アメリカの鷲(Alain Boureau)

 
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投稿者 SP' 日時 1999 年 11 月 27 日 16:54:35:

以下『鷲の紋章学−−カール大帝からヒトラーまで』(アラン・ブーロー著、松村剛訳、平凡社)第六章より。


 一七七六年七月四日、まさにアメリカ合衆国の独立宣言が出されたその日、十三州議会はひとつの委員会を結成し、「合衆国の印璽のための銘」を準備する任務をゆだねた。つまり、この問題は緊急かつ重要だと判断されたのである。委員会を構成する三名は、独立宣言起草委員会の最も有力な人物、ベンジャミン・フランクリンとジョン・アダムズとトマス・ジェファソンであった。ここでは、国の記章となることを目的とする記章の「無から(ex nihilo)」の創作の現場に立ち会うことができる。これは議会にとっては、存在自体(独立戦争の最終的な勝利の前である)に関しても本質(いくつかの州の逡巡はなお強力であった)に関してもまだもろい国民統一の中心的な道具を作ることであった。委員会は、いかなる前例にも頼らなかった。もちろん、さまざまな州では独自の紋章が選ばれてはいたものの、それは非政治的なアレゴリーを用いる都市の手法であった。それに対し、合衆国の印璽は、ひとつの国民的な案を表象すべきだったのである。
 この第一次委員会は、ただちにアンティル諸島のフランス人の協力を仰ぐことになった。当時フィラデルフィアに住み、ジョン・アダムズが「画家を職業とする」と述べた男とは、ウジェーヌ=ピエール・デュ・シミティエールであった。植民地主義のヨーロッパとの断絶を望むアメリカの姿勢にもかかわらず、委員会は紋章体系の伝統的な技術で満足し、印璽の表面にはフランス人の提案を採用した。それは、一七七六年八月二十日に提出された委員会報告と、トマス・ジェファソンの書類の中に発見されたデュ・シミティエールの素描によって知ることができる。
 逆説的にも、印璽のこの第一案は、造形表現においても語彙の表現においても、おそらくはヨーロッパの十八世紀末の貴族的反動と結びつけるべき、紋章の再興の流れをくんでいる。印璽の表面には、このために創作された「アメリカ合衆国の紋章」が中心に描かれている。楯には、諸州の住民の出身国を指示する(pointing out)六つの小楯が並べられ、伝統的な言辞で描写されている。すなわち、イングランドの薔薇、スコットランドの薊、アイルランドの竪琴、フランスの百合の花、ドイツの鷲、オランダのライオンである。赤い楯形の縁飾りとしては、これらの小楯を、金色の鎖で結びつけられた銀色の十三の小楯が囲み、「アメリカの独立十三州のそれぞれ」の頭文字(一ないし二文字)が書かれている。ヨーロッパで中世末期に発展した「支えられ飾られた楯(a lecu soutenu et timbre)」の紋章にならって、アメリカの楯の両側にはふたつの象徴的な支え、上にはかぶと飾りが置かれ、標語が添えられている。「右側には、自由の女神が、現代への暗示として鎧を着て、右手に槍と縁なし帽をもち、左手で合衆国の楯を支えている。」左側では、剣と秤をもつ正義の女神が、デュ・シミティエールが当初描いていた、民族衣裳をつけたアメリカの戦士(ジャケットと狩猟ズボン、トマホーク、火薬袋、煙草入れ、片手にカービン銃、片手に楯)の形象にとって代わっている。かぶと飾りは、輝く三角形の中に神の眼を描いている。「多から一へ(E pluribus unum)」という銘だけが、印璽の最終案に残ることになった。この第一案は、そこに示された逡巡と動揺によってこそ、興味深いものである。すなわち、

 −−歴史的な過去(紋章の形態、ヨーロッパの出身地の表現)と政治的な現在(鎧、独立戦争の戦士、諸州の列挙)と精神的な計画(理性および/ないしは信仰の光、自由の女神と正義の女神、統一)の間の揺れ。
 −−符合的な抽象化(頭文字)と具体的な描写(人口と戦闘)とアレゴリー性の間の揺れ。
 −−表象されたもろもろの価値(理性、信仰、正義、統一、自立)の間の揺れ。
 −−国民と領土(いくつもの部分から形成された)の間の揺れ。

 フリジア帽のついた〈自由〉の形象以上に、この動揺によって、フランス革命の象徴体系とその中心問題が予告されている。すなわち、国がもう個人の顔をもたず、第一に権力であるとは主張しないとき、国をどう表象すべきか、という問題である。採用された解決策は、似通っているように見える。それは、いくつもの持物を積みかさね、それらが一定の形象を産み出すことを期待するという方法であった。アメリカ独立もフランス革命も、ひとつの存在を指示するにあたって、個人を描くために作られた言語(紋章、寓意画)を用い、人の有機的統一を綜合的な集合によって代えようとしたのである。
 ひとたび国の紋章の障害がとり除かれれば、より多くの自由を与えられた裏面に関しては、デュ・シミティエールの古風な専門的知識からは解放され、多様な提案がなされた。委員会のメンバーひとりひとりが、ある存在を指示するのではなく、新しい共和政の主導的原則を示す寓意的な絵を素描した。国家は政治的なものを必要としていたのだが、委員会メンバーは道徳的な場面を提示したのである。ジョン・アダムズの提案は、「シャフツベリ卿の著作のいくつかの版の中のギベリン作の版画に現われるようなヘラクレス。ヘラクレスが棍棒に寄りかかっていると、〈徳〉が、ある山を指さしつつ、それを登るよう彼を説得する。〈怠惰〉は、花咲く道のほうを眺め[……]彼を〈悪徳〉に引き寄せようとして、身体と雄弁の魅力を発揮している」であった。アダムズ自身、この集合はあまりにも複雑で独創性に欠けると認めていた。しかし、古典的図像体系から直接出てきたヘラクレスの図像は、しばらくの間、共和政象徴体系の中に加わり、民衆の強力な統一を意味することになった。
 トマス・ジェファソンは、次のようなものを描くよう提案をした。「昼は雲、夜は火の柱に導かれる、砂漠の中のイスラエルの子供たち。裏面には、誉れ高きわれらの祖先で、われわれがその政治原則と統治形態を継承している、サクソン人の指導者、ヘンジストとホーサ。」
 ここで求められているアイデンティティは、具体的な現在ではなく、隠喩(イスラエルの子供たち)と、ゲルマン世界との血縁的、政治的関係(それはいまでも、「アングロ=サクソン」という言葉が証言している)の主張であった。
 ベンジャミン・フランクリンは、別の聖書の場面〔『出エジプト記』一四章〕を提案し、それが第一案の裏面に採用されることになった。

  冠をかぶり、手に剣をもって屋根なしの戦車にすわるファラオが、イスラエルの民を追って、紅海の分かれた水の間を通っている。神の存在と導きを示す火の雲から出る光線はモーセの上にかかり、モーセは海辺に立ち止まり、ファラオを溺れさせるために海に手を差しのべている。銘は、「暴君への反逆は神への従順」。

 ジェファソンの選択とは逆の選択によって、純粋にアメリカ的な形象を求めるこのむなしい探求において、フランクリンは現在(独立戦争の摂理による正当化)だけを隠喩的に示唆している。
 委員会報告は棄却はされなかったものの、採用されず、何も起 こらないまま四年間が過ぎた。その間に一七七七年六月十四日、新国家に重要な象徴的持物が与えられた。それは、十三個の星のついた部分がある、紅白十三本の縞の国旗である。しかし、大蔵大臣サイラス・ディーンは印璽の不在を嘆き、一七七七年一月二十三日、ウィリアム・エマリーは委員会報告の討論を議会の議題にした。とはいえ、ジェイムズ・ラヴェル、ジョン=モリン・スコット、ウィリアム=チャーチル・ヒューストンといった、前ほど有力ではないメンバーによる新しい委員会が構成されたのは、一七八〇年三月二十五日になってからであった。新たな提案が議会に提出されたのは一七八〇年五月十日であったが、委員会はなおも「支えられ飾られた楯」の模範に従っていた。
 しかし、この楯は、新国家の固有の自立性をついに見いだしたように見える。制定されたばかりの国旗から、赤地に十三本の白い縞が採用され、かぶと飾りには、燃える雲の中に、十三個の星をもつ国旗の部分がもってこられたのである。あまり意味がない擬古趣味と引き換えに、数字の十三を中心とした独自の紋章を国家はもつのである。銘と支えは、十三州の統一の永遠性を断言している。「戦時も平時も(Bello vel paci)」諸州の合体は存在するのである。右側には剣で武装した戦士、左側ではオリーヴの枝をもつ平和の女神が、この銘の意味を示している。算術的な構成と不変性のうちに提示されたこの統一は、いかなる価値にも具体的な個人にもつながることはない。したがって、それには裏面があてられたのである。裏面の案では、当世風の衣裳をつけた女性が、奇妙にも椅子にすわり、フリジア帽が載った槍を右手に握る姿が描かれていた。場面の下には、一七七六年という年代が読める。上に、画家はまず「恒久(Semper)」と書いた。こうして、表面で表わされた永遠性を想起し、古典的図像体系においてよく知られていた解放奴隷のフリジア帽によって明らかに示される〈自由〉の寓意をつけ加えたのである。将来の平和が戦時の統一を持続させるのと同様に、一七七六年の自由は恒久(semper)なのである。その後、この案の作者は「恒久(Semper)」を消し、「自由(Libertas)」と書いたが、それもまた抹消し、「徳による不変(Virtute perennis)」と記した。それはまるで、十三州の戦時の同盟と一七七六年の解放しか語らない、叛乱の間だけ意味をもつ記号の偶発性を恐れたかのようである。しかし、すわった女性だけで、国民的アイデンティティを表現するのにじゅうぶんであろうか。この案は、アメリカの状況と記章とを接近させはしたものの、このアイデンティティはとり逃がしてしまっていた。そこで委員会は、右側の戦士に代えて、弓矢をもつ裸のインディアンを置くことを提案した。じつに、アイデンティティと一貫性は、たがいを排除しあうもののようである。
 その後、この案は忘れ去られ、一七八二年五月にはアーサー・ミドルトン、イライアス・ブードノウ、エドワード・ラトリジからなる第三次委員会が発足し、フィラデルフィア市民ウィリアム・バートンの協力を得て、バートンが描いたふたつの案からなる第三案を提出した。バートンは説明も執筆したが、それは紋章や図像学の用語をふんだんに使った衒学的な文章であった。われわれはここでこの複雑な構成の細部には拘泥しないが、注目すべき点は、バートンの第一案の表面の中心に合衆国の楯が置かれていることで、それがここでは十三個の星の縁飾りと、輝く眼の下に、鷲を載せたドリス式円柱の両側に十三本の紅白の縞(一方が六本、もう一方が七本)を配置した部分とからなっていた。かぶと飾りは、白地黒斑の地に雄鶏を載せた兜からなっていた。ふたりの人物が楯を支えていた。右側では、アメリカの〈権化〉である、光の冠をかぶった女性が、大きなチュニックをまとい、星の斑点のある綬をつけ、左手にもつアメリカ国旗には、白鳩がとまっていた。左側では、月桂冠を頂き羽根のついた兜をかぶって武装した騎士がおり、竪琴、百合の花、交差剣で飾られたのぼりのついた槍を左手に握っていた。「神の御加護(Deo favente)」という銘は、摂理の眼を示唆し、かぶと飾りの上には、もうひとつの標語「徳のみが不敗(Virtus sola invicta)」が加えられていた。この記章の極度の装飾過多は、色彩と配置の細部に注釈を加えるバートンの説明によって、さらに複雑になる。このがらくたの山の中には、すべてが集められ重ねられているのである。すなわち、

 −−兜、三羽の鳥、武装した騎士といった、疑似中世的な紋章。
 −−アメリカ国旗、竪琴の記章(バートンの釈義はこれを調和の価値として指摘しているとはいえ)、百合の花といった、近代的、国民的な紋章。これらは、フランスに対する恩義と、アメリカのスコットランド起源をともに示すものである。なぜなら、カール大帝とアカイウスの古い協約ゆえに、スコットランドの紋章の中に百合の花が存在するとバートンは主張しているのだ!
 −−摂理の眼とドリス式円柱というフリーメイソン的象徴主義。
 −−女性の姿をしたアメリカの〈権化〉の寓意像。
 −−銘の言語による教訓化。

 記号の膨張はあるものの、この案の中心的な図式は、第二次委員会の案(戦争と平和、同盟から統一へ)をとり入れ、それを古い装飾で飾ったのである。それは、武装した騎士に関するバートンの、逆説的でありながら論拠もある説明が示すところである。彼は言う。「この支えとその旗は、革命時のアメリカに完全にかかわっている」と。古風な装飾は、歴史的な状況を正当化する。こうしてアメリカの鷲は、漠然とした寓意的、装飾的な脇道から、白鳩(「アメリカの国旗の上の白鳩は、アメリカ政府の寛容と優しさを示す」)と雄鶏(「自由な国に必要な、用心と勇気というふたつの最高の特質によって、雄鶏はきわだっている」)とともに導入されたのである。鷲は、紋章の楯の中心にすえられた。「翼を広げた鷲は、最高の権威と権力の象徴であり、議会を意味する。[……]円柱の上に置かれた鷲は、合衆国政府の主権の寓意である。この観念をさらにはっきりと表現するために、小楯を分割する十三本の横帯の間に伸びる縦帯部分にふたつの形象(鷲と円柱)が重なっているのである。」状況や価値を周辺に追いやり、国旗を特別扱いする中心的な場所にこうして国の記号が生まれたことは、疑いの余地がない。合衆国は、それを代表=表象する個人を見いだしたのである。それは、鷲が意味する議会であり、もはやイスラエルやヘラクレスが隠喩として示す民衆ではなかった。民衆が表象されないのは、その名が無数にあるからである。英雄や預言者は民衆を導くが、共和政において、それは誰なのか。議会が民衆を代表=表象し、それにとって代わる。これこそ、代表=表象の古典的体制の、最後の記号的、政治的な策略であった。
 アメリカの鷲は、いかなる必然性からでもなく、ひとつの遭遇から生まれたのである。創設と同盟の時代に結びついた、記章の描写と正当化の段階と、その後の戦闘的な段階は終わり、純粋に国民的な記号の必要が感じられていた。国旗の 貧弱なアイデンティティは、個性的な原動力というダイナミズムを要求していた。そこで、さまざまな正当化の持物を恣意的かつ巧妙に集積したために、古典的図像体系の雑多な要素の中に鷲がとり入れられた。そして、優しい白鳩と猛々しい雄鶏が同時に存在したことは、鷲の中心的で支配的な地位を開いてくれたのである。
 バートンは、議会に公式に提出する前に、この案を単純にした。摂理の眼は紋章の楯から消え、印璽の裏面に移動し、そこでは、十三段の未完成のピラミッドの上に置かれ、これもまた元来は表面にあった銘「神の御加護(Deo favente)」も添えられた。今度は、鷲は兜の上の雄鶏の位置を占め、円柱の上の鷲の位置は、フェニックスにとって代えられた。左側の人物は、もはや槍ではなく棒を振りかざす当世風の兵士の姿になった。「徳のみが不敗(Virtus sola invicta)」という銘は、記章の下に移動し、かぶと飾りには「自由の復讐のため(In vindiciam libertatis)」と読める。こうして、あまりに遠い示唆(武具、竪琴、百合)が記章から削られ、左側の人物と新しい銘と、バートンが理解したかたちでのフェニックスによって、時代状況の表象が増大した。バートンの注釈は、「フェニックスは、グレート・ブリテンで滅び、アメリカにおける英国人の子孫たちによって生き返った自由の寓意である」というものであった。原因か結果かはいさ知らず、鷲はもはや議会の主権ではなく、合衆国の主権を表象している。そこでバートンは、国の紋章との明らかな関連でこの鷲を正当化している。すなわち、アメリカの鷲は「一方の爪で剣をつかみ、もう一方で笏をつかむ姿で表わされる[……]ドイツの〈皇帝の鷲〉(黒い双頭の鷲)」とは区別されねばならないのであった。それゆえ、バートンは単頭の共和政的な鷲の形態を提案する。「鷲がつかむ剣は、勇気と権威と権力の象徴である。国旗ないし記章(もう一方の爪で鷲がつかんでいる)は、鷲によって主権を表明されるアメリカ合衆国を表わしている。」ドイツの鷲の模倣により、当初の重苦しい図像構想が消え、十三本の縞の楯で表わされた統一観念のかたわらか上に、合衆国の帝国的なアイデンティティが表明されたのである。永続性は、将来の戦争から平和への移行に基づくのではなく(それゆえバートンにとって白鳩は、もはや平和と優しさではなく、無垢と徳を意味する)、未完成のピラミッドの出現とともに、征服の主張に基づくのである。こうして、案が出されるたびに、国家の存在が強化されてきた。有徳の民は、集結のしるしに続いて、力の記章を与えられたのである。
 一七八二年五月九日に議会に提出された報告は、熱狂を引きおこすことはなかった。一七八二年六月二十日に議会で採択され、アメリカ合衆国の大型印璽として決定される図案を描いたのは、議会書記チャールズ・トムソンであった。最終案が、諸州から選ばれた者の作ではもはやなく、議会の一官吏の手になることは注目すべき点であろう。
 トムソンの最初の素描は、バートンによって軽く修正され、ていねいな説明をほどこされた。つまり、この印璽には、翼を広げた鷲(トムソンは飛ぶ鷲のほうを好んでいた)が描かれ、鷲はその胸に、上部の青い横帯と十三本の紅白の縦帯とからなる合衆国の紋章の楯をもっていた。さらに鷲は、右の爪にオリーヴの枝(十三個のオリーヴの実がついた)を、左の爪に十三本の矢の束をもっていた。その嘴は帯をくわえ、そこには、「多から一へ(E pluribus unum)」という銘が記されていた。鷲の上方には後光(光輪をもつ雲)が配され、それが十三個の星を囲んでいた。
 こうしてついに、国民アイデンティティが、古典的記章体系から継承した道徳的正当化と状況への暗示をすべて廃した、この簡潔で単純な鷲とともに確立されたのである。それは、けっして釈義に困ることのないバートンの覚え書きに想を得たトムソンが断言しているところである。

  楯は、いかなる支えもなしに[すなわち、それまで楯の両側に配されていた寓意的形象なしに]、アメリカの鷲の胸のところに置かれる。それは、アメリカ合衆国はみずからの徳にのみ頼らねばならないと意味するためである。

 印璽の記号は、その措定的な断言によって、ひとつの強力な存在をすえている。そうして隠喩はとり除かれ、バートンの涸渇することなき弁証法を引き継ぐトムソンが建国の父たちの基本的な諸価値を難なく配分する注釈の中に追いやられた。しかし、図像は、その新紋章的な単純さにおいて、「これは合衆国の強烈な力であり、これは新しい帝国である」としか語っていない。ある意味で紋章からの継承の偶然によって借用してきた支配力の持物が、本質的な述語になったのである。その逆に、統一のほうは、十三という数字の反復、巻物の銘、青い上部によって、この力の存在に二次的に付与されている(「紋章の中の縦帯は、上部によって堅固に結ばれ、上部は縦帯に由来する統一と力に基礎を置いている。それは、アメリカ合衆国の連合と議会による諸州の統一の保持とを示すためである」)。平和と戦争の表象(オリーヴの枝と矢)自体、力のイメージに結びつけられ、戦時の同盟に続く平和的統合の期待を意味することはもうなくなった。平和と戦争は、中心的な述語に組み込まれたのである。

  オリーヴの枝と矢は、議会だけに与えられた平和と戦争をつかさどる権力を示している。

 インディアンの脇役とアメリカの戦士が消えた後に残る、唯一の純粋にアメリカ的な特徴は、鷲の造形的なかたちの中にある。トムソンは、最初の覚え書きの中でそれを特記していた。

  アメリカの飛ぶ鷲[……]アメリカの白頭鷲の頭と尾は白で、その体と翼は、鉛色か雉鳩の色である。

 最終案は、バートンが主張した帝国的な型と、トムソンが求めた土着の現実主義を融合している。
 建国の父たちの発想源となっていた、描写し正当化する寓意表現は、裏面の未完成のピラミッドに追いやられたが、遅い時期に彫られ、あまり用いられなかったこの記号は、貧弱な存在でしかなかった。表面と裏面の間には、あの政治的記号の矛盾がふたたび見られる。図像の記号的な生成と政治的市民権概念の到来は、表象(原則、瞬間、個人の)を特権視する傾向にあったが、他方、権力はみずからを示す。力の誇示は、軍事的な意味でしか理解されないのである。アメリカ独立革命は、フランス革命とは逆に、不活性な表現ではなく不透明な印象を選んだ。しかし、この印璽の歴史が示そうとした通り、この議論は現実のものだったのである。それをベンジャミン・フランクリンは、娘に宛てた一七八四年の手紙で裏づけている。理性や愛情の記章ではなく恐怖の記章が選ばれたことは残念だと、ユーモアのある懐疑的な調子でフランクリンは語っている。

  わたしたちの国(country)を代表するものとして、私としては、白頭鷲を選んでほしくはなかった。これは悪い習性をもつ鳥だ。きちんと生活の糧を得ることをしない。だいたいにおいて貧しく虱だらけだ。しかも、まったく臆病な奴で、フランス人が「産業騎士団」と呼ぶ騎士団にふさわしい。 だからこそ、この形象が白頭鷲の名で知られてはいるものの、むしろ、鷲よりはるかに尊敬に値し、本当のアメリカ土着の鳥である七面鳥に似ていることは、嬉しくないことではないのだ。さらにいえば、七面鳥(たしかに、いささか虚栄心があり、愚かではあるが、だからといって最悪の記章にはなるまい)は勇気ある鳥で、農場の中庭に赤いチュニックを着て侵入しようとする英国近衛隊の擲弾兵を攻撃することもいとわないだろうよ。

 同じ矛盾は、フランス革命の際にも見られ、それはブリュメールのクーデタ〔一七九九年、ナポレオン一世が総裁政府を倒して軍事的独裁政権を樹立〕によってしか解決されない。寓意的な複雑さは、集結のしるしの単純さに譲歩しなくてはならなくなる。ナポレオンの鷲は、革命の図像的遺産を考慮することなく、国威を語ることであろう。ここでもまた、理性的な構成を捨てて粗雑な象徴表現を選ぶことで、権力が確立したのである。



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