中東危機が触発したUFO大攻勢(『UFOS & SPACE』1981年11月号)

 
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投稿者 SP' 日時 1999 年 12 月 07 日 18:51:33:

特別掲載/UFO軍事分析 ICUFON代表コールマン・フォンケビクツキー

 1978年、UFOの地球監視体制は従来の範囲を超え、オセアニアからアジアにまで広がった。このUFO大攻勢の背後には“世界の火薬庫”中東の緊張増加があったのだ。

 米国防総省(ペンタゴン)といえばアメリカの最高軍事機関で、世界最強の軍事力と世界最高の宇宙探査能力を誇っている。そのペンタゴンが、1952年以来、JANAP146号という法令を発布している。これは、陸・海・空3軍に対して、米合衆国の領空内に不法侵入してくるUFO勢力を迎撃し、武力によって防衛せよと指令するものだった。
 何十年も前から、米合衆国の軍部のトップクラスは、UFOが地球外起源だということを、疑いのない事実だと立証していたのである。
 たとえば、アメリカ海軍が1959年7月に発行したMERINTという文書は、敵性または未確認の航空機、ミサイル、潜水艦などの報告の仕方を細かく規定している。その文書には、報告すべきものとしてUFOもはっきり取り上げられており、イラストまで掲載してあるのだ。
 また、1969年10月20日付けの米空軍幕僚サマリー・シートには、次のような記述が見られる。
「……さらに、国家の安全に影響を及ぼしかねない未確認飛行物体については、JANAP146号もしくは空軍規則55−11の指示どおりに報告すること。これらの目撃報告はブルーブック(米軍UFO調査機関)からは除外される」
 各国の軍部が武力対決の姿勢をとる理由については、つい最近機密解除されたアメリカ空軍および情報機関の極秘文書によって明らかになった。UFO部隊は、もっぱら“立入り禁止区域”を集中的に監視しているのである。原子力施設、宇宙開発関係の施設、軍事施設、戦略上の拠点などに対する、UFOの全地球規模の偵察行動が各国の軍部の神経を逆なでし、さまざまなリアクションを引き起こしてきた。
 たとえば、米空軍航空大学校で使用している『初等宇宙科学』という教科書の第2巻には、次のような記述が見られる。
「1957年7月24日、クリル諸島に駐屯のソ連対空部隊は、UFO編隊に対して砲火を浴せかけた。同島に駐屯するソ連の対空部隊が全力をあげて攻撃したにもかかわらず、UFOには1発も命中しなかった。UFO編隊は光を放ちながら、ものすごいスピードで飛び回った」
 また、フロリダの海軍基地でキューバ空軍の動静をスパイしていたアメリカの情報機関NSA(国家安全保障局)の特別班Aは、1967年3月に、キューバ空軍がUFOと交戦した事実をキャッチしている。
 まず、キューバ防空指令部のレーダーが、高度1万メートルを時速650マイルで飛行するUFOを捉えた。そのUFOはキューバ領空の北東に侵入してきた。ただちに、ミグ21ジェット戦闘機2機が発進、迎撃行動に入った。戦闘機はUFOから5キロの距離まで接近したが、その明るく輝く球形の金属製物体には国籍を示すマークは何一つ認められなかった。
 キューバ防空指令部は、戦闘機にUFO撃墜を指令した。ところがその数秒後、パイロットから金切り声の報告が届いた。「隊長機が空中爆発した!」その後の交信で明らかになったところによると、隊長機は完全に分解してしまったらしい。煙も炎も認められなかったという。
 UFOは3万メートルにまで高度を上げ、針路を南南東にとり、南米大陸の方角に飛び去っていった。
 この事件の情報を入手したNSAでは、特別班Aに対して詳細な報告を要求し、一切を機密扱いにした。関係者の1人が、10年後にようやく公表に踏み切ったため、明らかになったものである。
 こうした各国軍部の姿勢についてはNASA(米航空宇宙局)の公式資料からも裏付けられる。この文書は1978年2月1日付けのもので、翌年の5月1日に再度通達されている。
「米合衆国の領空内に侵入してきた未確認飛行物体に関する報告は、軍部にとって、通常の防衛監視行動の一環としてきわめて関心の高いものである。それに加えて、米空軍ではもはやUFO目撃報告の調査は行なっていない」
 この意味するところは明白である。UFOの活動は国家の安全にかかわるものなので、ただちに防衛行動をとらねばならない。そのためには、統合幕僚本部に権限を集中し、そこで作戦の立案および行動を統括すると共に、ホットラインでNORAD(北米防空指令部)と緊密な連絡体制を確立せざるを得ないのである。

潜在的な脅威のエスカレート

 わがICUFON(国際UFO星間宇宙船調査分析ネットワーク)では、数十年間にわたって、軍事、科学および技術の面からの調査研究を実施してきた。その主要な関心事は、UFOによる全世界的な監視行動に対し、世界各国の軍部がどのような戦略をもって臨んでいるかを見きわめることであった。
 私たちの調査により、驚くべき事実が明らかになった。各国政府および科学者たちが過去30年間にわたって行なってきた「UFO隠蔽政策」によって世界の平和と安全がおびやかされるようになっており、その潜在的な脅威はとめどもなくエスカレートしつづけているのである。
 1967年6月に勃発した6日間戦争はアラブとイスラエルの間の緊張を高め、米ソおよびその同盟諸国の海空作戦行動がこの地帯で活発化した。それにともない、UFO部隊も彼らの監視行動を地中海沿岸および中東の諸国へと切り換えている。
 1969年から78年にかけて、厳重な検閲にもかかわらず、マスコミを通じて多数のUFO目撃報告が公表された。IATO(国際航空輸送協会)やICAO(国際民間航空機関)に所属する民間航空のパイロットからも報告が寄せられている。これらの報告から、UFOが中東およびアフリカ諸国の動静にぬかりなく目を光らせていることが判明した。好戦気運の高まったこれらの諸国に向けて、航空機や船舶で輸送されていく大量の兵器に対しUFOは沈黙を守りながらも、監視を怠らなかったのである。
 1978年に入ると、アフリカ諸国の政情不安はさらに増大した。イラン革命で中東危機が高まり、石油危機ももち上がった。さらに、翌年末にはソ連がアフガンに侵攻し、1980年9月にはイラクがイランに戦闘を挑んでいった。政治的、軍事的緊張は日ましにつのり、地中海からペルシャ湾、アラビア湾の一帯にかけて、米ソの軍事力が大々的に集結した。
 この戦略作戦行動は通信網をも含み、そのため地域は中東だけでなく、極東、インド洋、北太平洋(ソ連、日本、フィリピン、中国)、さらにはオセアニア(オーストラリア、ニュージーランド)にまで広がっていった。
 これにともなうUFOの活動については、各国政府の戦略作戦行動が軍事機密に属するため、強力な検閲体制がしかれ、断片的な手がかりしか得られない。だが、それらの情報をつなぎ合わせていくと、明らかなパターンが浮かび上がってくる。その中で、とくに重要な事件は次のようなものである。
〈オセアニア〉 1978年10月21日、オーストラリアのメルボルンで、フレドリ ック・バレンティッチがセスナ機もろともUFOに誘拐された。これはほんの手はじめにすぎない。
 11月から12月にかけて、アメリカ第7艦隊と第5艦隊は、パキスタンおよびイラン海軍と共同で、大規模な作戦演習を実施した。この「ミッド・リンク作戦」は西インド洋、アラビア海、ペルシャ湾にまたがって展開された。それにともない、沿岸一帯でUFOが散発的に目撃されている。最近になって、中国南部にもUFOが出現していたことが明らかになった。
〈アジア〉 1978年11月10日、クウェートの油田に巨大な円筒形UFOが着陸した。UFOは赤い光を点滅させながら、7分間にわたって着陸していたが、その間、周囲250ヤードにわたって油井ポンプが作動を停止し、通信網も途絶した。
〈ヨーロッパ〉 1978年12月9日から17日にかけて、UFO編隊がイタリア各地にたてつづけに襲来した。イタリア国防省は、この事件を調査したが、調査結果については口を閉ざしている。
〈オセアニア〉 1978年12月末、オーストラリアとニュージーランドでふたたびUFOの行動が活発になった。12月30日から31日にかけて、ニュージーランドのカイコウラで、アーゴシー機に乗り組んだテレビ局のカメラマンにより、UFOが16ミリ・フィルムで撮影された。
 このフィルムを分析するため、まず最初にはせ参じたのが、米海軍の物理学者で光学専門家のブルース・マカビー博士だったというのは、なんとも意味深である。11月から12月にかけて、この海域で繰り広げられた米海軍の大演習と、なんらかの関係があると考えてもおかしくはない。
 ICUFONでは、このUFOフィルムを分析して、それが25年前にブラジルのバラ・ダ・ティジュカで撮影されたUFOと驚くほど類似していることに気づいた。ブラジルのUFO写真は、ブラジル軍部の専門家とペンタゴンによって徹底的に分析されている。両者の類似は、UFOの外見に惑わされてはならないという格好の教訓である。UFOはまやかしの大ベテランなのだ。
 以上のようなUFOの大規模な監視偵察行動は、中東危機が引き金となったものである。そのことを理解すれば、アジアやオセアニアにまで広がったUFOの活動の真意を把握できる。これに対して各国の軍部がどのような対応をするか、私たちは注目する必要がある。一歩間違えば星間大戦をも引き起こしかねないからである。むやみな挑発は、絶対に避けねばならない。 ■ 中村省三訳


              CHAPTER XXXIII
          UNIDENTIFIED FLYING OBJECTS

33.4 HUMAN FEAR AND HOSTILITY

In Lyons, France, "admitted" space travellers were killed. More recently, on
24 July 1957 Russian anti-aircraft batteries on the Kouril Islands opened fire on
UFO's. Although all Soviet anti-aircraft batteries on the Islands were in action,
no hits were made. The UFO's were luminous and moved very fast. We too have
fired on UFO's. About ten o'clock one morning, a radar site near a fighter base
picked up a UFO doing 700 mph. The UFO then slowed to 100 mph, and two F-86's
were scrambled to intercept. Eventually one F-86 closed on the UFO at about 3,000
feet altitude. The UFO began to accelerate away but the pilot still managed to get
to within 500 yards of the target for a short period of time. It was definitely saucer-
shaped. As the pilot pushed the F-86 at top speed, the UFO began to pull away. When
the range reached 1,000 yards, the pilot armed his guns and fired in an attempt to
down the saucer. He failed, and the UFO pulled away rapidly, vanishing in the dis-
tance.



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