月刊『ボーダーランド』(休刊)より悪魔関連

 
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投稿者 SP' 日時 1999 年 10 月 23 日 10:50:28:

20世紀末に蘇った“中世の亡霊”集団 (96年10月号)

月岡よし=文
奥平謙二=取材
ロビー・カポネット=撮影

 黒い布に覆われた十文字の祭壇の上には、ロウソク、剣、ドクロ、聖杯、香などが並べられていた。時刻は夜の10時半。春とはいえパリ郊外の、しかも屋外の冷え込みは厳しい。だが、先刻から祭壇の周囲で瞑想している人々は微動だにしない。水を打ったような静寂の中、今夜執り行われる黒ミサを司る大司祭クリスティアンが、霊媒パトリック・ゲランとともに現れた。彼らは1人の若い娘を伴っている。
 娘はすでに、半分トランス状態にあるようだ。身にまとっていた薄物を脱がされると、黒い祭壇の上に身を横たえた。ゲランが呪文をつぶやき始める。と、娘の体が震えだした。最初はかすかに、やがて激しく震える娘の体に、霊媒・ゲランが手を置く。大司祭・クリスティアンは彼らの神、すなわち悪魔に祈りの言葉を捧げている。
 突然、ゲランが今夜の生け贄である雌鳥をつかみあげ、首を切り落とした。絶叫する雌鳥の声、首のないまま走り回る胴体。おびただしい血が、娘の白い胸の谷間を流れ落ちる。彼女の唇から、すすり泣きが漏れた。その声はしだいに激しさを増し、うめき声に、ついには金切り声へと変わっていく。オルガスムにも似たトランス状態が頂点に達しようとする、まさにそのとき、ゲランが娘の上に、彼女と直角に交わるように体を横たえた。
 これは、実際に行われた黒ミサのもようである。“この現代に何を今さら”と、思われる方も多いだろう。闇が深く、魔女や妖怪たちが夜空を飛び回っていた中世ならともかく、この現代において“悪魔”だなんて。しかし、現代でも“悪魔”が原因で引き起こされる事件は意外に多い。
 たとえば、89年4月メキシコ。米国国境に近い北部の牧場で、男性ばかり12人の遺体が埋められているのが見つかった。これは、麻薬の密輸グループが警察に捕まらないよう悪魔崇拝の生け贄として殺したもので、死体の一部は切断されており、儀式に使う道具も見つかった。
 ごく最近では、今年4月16日、米国ロサンゼルス市西部地区のアパートの一室で、日本人の惨殺死体が発見された。被害者は横浜市港北区出身の青年で、首などを50か所以上も刺されたうえ、首と左手首にコード状のもので絞められた跡があった。現場の状況などから顔見知りの犯行と見られ、また彼の交友関係がほとんどパソコンネットを通じてのものだったため、ロサンゼルス市警では、彼が頻繁にアクセスしていたパソコンネットワークの捜査に乗り出した。
 これだけならば、“現代のコンピュータ・ネットワーク社会を象徴する一事件”で終わってしまうのだが……。6月3日付の読売新聞によれば、彼のパソコン通信でのユーザーネームは「デビル・キヨ」。神秘や心霊現象に興味を抱き、霊媒師などとの交流もあったという。また、彼がメンバー登録していた「マックウェアズ」というフォーラムには、事件直後から「私の神キヨ」「キヨは神」などのユーザーネームで、同一人物のものと思われるメッセージが現れるようになった。
 キリストやマリアへの信仰が表だとすれば裏面に当たる悪魔崇拝は、私たちが想像するよりもはるかに強く、キリスト教社会の深層に今も息づいているのである。
 事実、ローマ法王・ヨハネ・パウロ二世は86年バチカンで行った演説の中で「悪魔はまだ我々の中にいる」と公言しているし、93年にローマ法王庁のジャック・マルタン枢機卿が公表した日誌によれば、ヨハネ・パウロ二世は82年春、フランチェスカという娘の悪魔祓いをしたこともあるという。また、91年春にはABCテレビがニューヨークのジェームズ・ルバー司教らによる、16歳の少女に対するエクソシズムを放映し、賛否両論を巻き起こしたこともあった。
 この頃また流行の兆しを見せつつあるサタニズムだが、現代において最大の隆盛を誇ったのは、ベトナム戦争によって社会が根底から揺れ動いていた60年代から70年代にかけての米国においてであった。
 その60年代のアメリカに登場し、70年代にはメンバー5000人を誇った全米最大の悪魔崇拝教団「チャーチ・オブ・サタン」。「チャーチ・オブ・サタン」は、“黒い教皇”と呼ばれた指導者、アントン・ザンドール・ラヴェイによって、66年に設立された。
 ラヴェイは、1930年シカゴ生まれ。サーカスのトラやライオンの調教師を振り出しに、催眠術師、オルガン奏者などを経て、サンフランシスコのカレッジで犯罪学を学ぶ。やがて、子どもの頃から興味のあったオカルトや魔術に関する勉強を始め、カルト的な秘密の教義に通じた彼は、人肉嗜食や狼男、吸血鬼などについて入場料を受け取って講義をするようになる。
 異様な黒塗りの家で行われるこの講義は人々の注目を集め、ラヴェイはやがて、熱心な聴講者であった映画監督ケネス・アンガーたちと「マジックサークル」という名のオカルト研究グループを結成。そしてついに66年5月1日ヴァルプルギスの夜、中世の死刑執行人に倣って頭髪を剃り落とし、「チャーチ・オブ・サタン」を設立。自分は司祭長に、妻のダイアンは女司祭長に就任した。
 それからの活動は、逐一衆目の的となっていく。67年、悪魔主義による婚礼を主催。同年5月、3歳になる娘に悪魔主義の洗礼を実施。12月、チャーチ・オブ・サタンの会員だった水夫の葬儀を実行。これらはすべて全米に報道され、そのたびに入信の申し込みが殺到した。
 さらに、女優のジェーン・マンスフィールドが離婚係争中の元夫に呪いをかけてくれとラヴェイに依頼し、裁判に勝利。だが、ラヴェイに嫉妬した恋人との関係がこじれ、ラヴェイによって呪いをかけられたその恋人とともに、自動車事故で死亡、というニュースが伝えられると、会員は一気にふくれあがった。そして69年、ラヴェイが自分の哲学を詳しく語る『ザ・サタニック・バイブル』が出版されるや、50万部という大ベストセラーとなってしまったのだ。
 その一方で、悪魔崇拝に因を発すると思われる凶悪事件も勃発するようになる。
 69年8月8日、チャールズ・マンソンの率いるマンソン・ファミリーが引き起こした、あまりにも有名なシャロン・テート殺人事件。当時人気の女優、シャロン・テートをはじめ、その友人や無関係の人間まで計5人もの人間が虐殺されたこの事件の実行犯の1人、スーザン・アトキンスはチャーチ・オブ・サタンのメンバーであった。シャロン・テート殺人事件の3年前には、トップレス姿の魔女として教会の儀式にも参加していた。彼女は、臨月だったテートの体を何回も刺し貫き、そのナイフの血をなめた、と後に告白している。
 シャロン・テートは『ポランスキーの吸血鬼』で主役を演じたのがきっかけで監督ロマン・ポランスキーと結婚し、このとき彼の子どもを身ごもっていた。彼女が懐妊した頃ポランスキーの撮っていた映画が、若妻が“悪魔の子どもを身ごもる”というストーリーの『ローズマリーの赤ちゃん』であり、その中の悪魔主義者の首魁役を演じたのがラヴェイだったことなどからも、この事件 はさまざまに取り沙汰された。
 テート殺害に直接加わってはいないが、チャールズ・マンソン自身もサタニック・カルトに深い関わりを持ち、サンフランシスコの悪魔崇拝結社「悪魔の使徒(デヴィルズ・デザイプル)」などと接触があったと言われている。彼は現在、無期禁固の刑でアメリカ、コーコラン刑務所に収容中だ。
 また、76年から77年にかけてニューヨークで、車にいる女性を次々と撃ち6人を殺害、6人に重傷を負わせた「サムの息子」ことデイヴィッド・バーコウィッツ。彼も“サム”とはサタンのことであり、悪魔にとり憑かれた隣の犬に命令されて殺人を犯したのだ、と語っている。
 チャーチ・オブ・サタン自体は、やがてメンバー同士の衝突や支部の独立などで統制がとれなくなっていき、失望したラヴェイ自身も活動を停止してしまう。それが今から6年ほど前のことであり、現在、ラヴェイにコンタクトを取る方法としては、郵便局の私書箱に手紙を出すしかない。だが、『ザ・サタニック・バイブル』は現在も悪魔主義者たちに連綿と読み継がれており、鉄条網のついたフェンスに囲まれた、かつてのチャーチ・オブ・サタンの教会には今もラヴェイが隠れ住んでいると、まことしやかに囁かれている。
 ラヴェイや、犯罪に走るような過激な者たちとは異なり、日常の中に溶け込み、市民権を得ている悪魔主義者たちもいる。
 三ツ星レストランのシェフであるジェイソンは、料理は芸術であり自分はそれに全エネルギーを注いでいると言う一方で、悪魔の存在を信じ、ネズミのミイラを作っては飾っている“異教徒”でもある。彼が動物たちのミイラを作る、つまり死体に興味を持つわけは、「自分がどこに向かっているのか、そして今何をしているのかを自覚するため」であり、異教徒となった理由は、「キリスト教はうそっぱち」だからだ。
「キリスト教徒たちは、神のご威光を人々に知らしめたいという渇望に駆り立てられて、神の怒りの炎とやらをあちこちにふりまき、人を裁判にかけて焚刑にした。俺の崇拝する神々は、俺に跪くことを要求しないし、神に許しを乞わなくてもいい」
 しかしラヴェイについては、「人はそれぞれ天職を見つけ、何ものかになるが、彼は悪魔主義者になることを選んだのだ」と、さめた目で見る。子どもの頃よく遊んだ遊園地が取り壊されて、コンドミニアムになると決定したことに腹を立てたラヴェイが、呪いをかけたと公言した土地は今でも空き地のままであり、彼の力のひとつの証明と見られているが、その事実に関しても「土地に利用価値がないと分かったのか、トラブルを恐れたのか」と、冷ややかだ。
 15歳のときラヴェイの『完全なる魔女』を読んだという、ジェイソンの恋人ジュリアは、結果としてラヴェイの黒魔術ではなく、白魔術を選ぶこととなったが、現在も魔術を行っている。祈るのは女神に対してであり、満月の晩やメンスで血を流しているときに、「人生をいっそう完全に生きることができますように」と祈るのだという。精霊を呼び寄せるために儀式を行うこともあり、水晶を使って瞑想することもある。
 彼らのような人々は、キリスト教でいうところの“悪魔崇拝”ではなく、コラムにもある“キリスト教以前の異教の神群”への回帰と、見なすべきかもしれない。しかし、彼らのような“普通の”人々の心をキリスト教が集約できなくなっているにもかかわらず、それに代わるものがないことが問題なのであり、今や“普通でない”悪魔崇拝者は、確実にその数を増やしつつある。
 中流家庭のティーンズたちが“ハリウッド・ヴァンパイアズ”というグループを作り、前歯をヤスリで尖らせお互いの血を吸い合い、地元の血液バンクを襲撃するという事件も起きた。サタニズムにのめりこみ、教団に操られて麻薬や売春に走る子どもたちも後を絶たない。
 大人たちにいたっては、自分の6歳の息子を“悪魔祓い”のために殺した看護婦、“魔法をかけた”と言ってトルコ人青年を殺害した石工、“母親に魔法をかけた”実の父親を殺した兄弟、とサタニズムの信奉者は枚挙にいとまがない。
 社会全体がアイデンティティを見失いつつある今日、これらの事件は、70年代同様“悪魔崇拝”が爆発的な隆盛を見せる前触れなのかもしれない。


悪魔崇拝者と対決するLA特別捜査官 (97年2月号)

      草薙健=文・取材・撮影
マイケル・ディグレゴリオ=取材協力

 悪魔犯罪捜査官という言葉を聴いて日本人ならまず何を思い浮かべるだろうか?
 ホラー映画ファンならば、お馴染みのオドロオドロしい怪事件に、空しく、しかし勇敢にたちむかっていくヒーローたちを思い浮かべるかもしれない。しかしそれはあくまでもフィクションの世界の登場人物である。ところが、今回、われわれは実際にアメリカの現場で働いている現役の悪魔犯罪捜査官へのインタビューに成功した。その内容を紹介する前に、まず背景について簡単にふれておきたい。
 1966年にサンフランシスコで設立された悪魔教会については本誌96年10月号で紹介している。もちろんそれ以前にも悪魔崇拝者たちの集会はひそかに行われていた。しかしアメリカ社会が根底から揺れ動いた60年代に、社会の表に登場して宗教として公認され、新たな布教活動や、氾濫する映画、書籍、音楽などを通して全米各地に広がった悪魔崇拝は、それ以来さまざまな犯罪行為を生み育ててきたのだ。その代表的なものは、儀式を通じた幼児虐待や殺人、幼児ポルノの製作、麻薬の売買、キリスト教会への冒涜行為などだ。
 そして70年代、80年代と各地で発生する怪しげな猟奇的事件に困惑し続けていた警察組織の内部でも、そんな現状に対応しようとする人物たちが育っていった。まだ全米に数10人しかいないと言われている彼らのことを、われわれは悪魔犯罪捜査官と呼んでいる。しかし、後に紹介する特殊な事情によって彼ら自身はこの言葉を使ってはいない。だからこの文章を読んでさっそくアメリカの警察署に連絡をとり、悪魔犯罪捜査官にコンタクトをはかっても、おそらく変人あつかいされるだろうし、あるいは警察への報復をたくらむ悪魔崇拝者の1人とみなされるかもしれない。
 では、毎年いったい何人くらいが悪魔崇拝の犠牲になっているのか?
 もちろんそんな資料は発表されてない。ところが、ある現役の悪魔犯罪捜査官が、驚くべき数字を教えてくれた。なんと全米で毎年5万人もの人々が悪魔崇拝の犠牲になっているというのだ。しかも犠牲者のほとんどが年端もいかない子供たちだという。
 もしそれが本当なら、悪魔崇拝のために、毎年地方都市ひとつ分くらいの人間がいけにえとして殺されていることになる。
「これはちょっとマユにツバつけて……」
と思った方もいるだろうが、即断するのはまだ早い。まず最初に「犠牲者5万人」と主張するその根拠から話してみよう。疑うのは、それを読んでからでもけっして遅くはない。
 この数字はもともとユタ州立刑務所の犯罪心理学者アル・カーライル博士が、囚人の中にいた悪魔主義者たちから収集した話を基にはじき出し たものである。それをロサンゼルスの東に広がるリバーサイド郡の元悪魔犯罪捜査官、カート・ジャクソン警部が支持し、警察内部に広めていった。そして、今ではかなりの人数の現役捜査官たちがこの数字を承認している。ところで、FBIが発表している殺人事件の犠牲者数は、平均すると毎年全米で2万6000人くらいである。だから、捜査官たちの語っている犠牲者はその2倍近いことになる。やはりちょっと変ではないか?
 しかしそう思うのはまだ早い。それと言うのも、実はFBIが発表している犠牲者は、死亡が確認された事例だけなのである。殺人に目撃者がいなくて、しかも死体が発見されなければ、たとえ殺されても犠牲者としては認められない。つまりそこには行方不明者が含まれていないのだ。
 93年の1年間にFBIのコンピュータに登録された全米の行方不明者数は86万8345人だった。その約85%が子供である。
 一方、ヴァージニアに本拠があるナショナル・センター・オブ・ミッシング&モレステッド・チルドレンという司法省の資金援助を受けた民間団体の発表によれば、94年に全米で行方不明になった子供たちの数は約26万人だった。そのほとんどは離婚した親に連れ去られた子供や家出人たちで、報告の後に発見される場合も多い。ところが、それでも何の手がかりもなく行方が知れないままの子供たちが、毎年、何万人も発生している。しかも、その多くは満足に歩くことさえできない幼児たちなのだ。いったいこれをどう説明したらいいのか?
 一般に受け入れられている説明では、さらった子供たちに奇妙な情愛生活を強いる幼児性愛者たちの存在が取りざたされている。しかしこの人数は、たとえば、全米各地に手を広げる何者かによって、子供たちが組織的に誘拐され、殺害され、その死体が人知れず処理されていると考えてもけっしておかしくないほどに大きな数字である。
 陰惨な、悪魔的事件の疑惑につつまれているのはアメリカばかりではない。今年10月20日、ベルギーの首都ブリュッセルに約30万人の人々が集まり、幼児ポルノと殺人の撲滅を叫びながら、当局の煮え切らない対応に抗議するデモ行進を行った。ヨーロッパでも幼児虐待はすでに深刻な問題なのだ。そして捜査官によると、幼児ポルノは麻薬売買とならぶ悪魔崇拝者たちの重要な資金源らしい。さらった子供を悪魔に捧げる前にまずポルノを製作する悪魔崇拝者たちがいるというのだ。ひょっとして悪魔崇拝者たちはベルギーにも手を伸ばしているのか?
 捜査官はその可能性を認めている。そもそも悪魔崇拝は中世ヨーロッパで始まったもので、その後、移民たちとともにアメリカに渡ったのである。
 しかし、なぜ子供たちばかりが狙われるのか? 答えはこうだ。
「神は子供たちを愛している。だから神を憎んでいる悪魔は、子供たちを汚し殺すことによって神を苦しめようとするのさ。悪魔崇拝者たちが好んで子供をいけにえにする背景にはそんな宗教的な理由がある。子供を虐待したり、子供にたいして信じられないほど酷いことをする人間は、すべて悪魔に影響されているのだと、私は思っている」(捜査官)
 ではこれから、1人の悪魔犯罪捜査官の視点を借りて、アメリカ社会に深く根づいている悪魔崇拝の実態に迫ってみたい。
 しかし、「まず最初に理解して欲しいんだが、私はこの仕事のことを一般にはあまり公表したくないと思っている。テレビへの出演依頼もあったがすべて断わった。これは非常にセンセーショナルであると同時にとても個人的で精神的なことがらだから……」
      ※
「おい、ちょっとこっちに来てくれないか? 変な死体があるんだ」
 友人からそんな電話が掛ってきたとき、ロサンゼルス、リバーサイド保安官事務所の捜査課に勤務するルーベン・パディラ捜査官はまだ普通の警察官だった。彼が首をかしげながら検死官室にかけつけてみると、そこには、ズタズタに裂けた黒いローブを身にまとった男の死体が横たわっていた。ローブの裂け目には赤黒い血がべっとりと染みついていた。
「やあ、この男なんだけどね。真っ昼間に、走ってる列車に向かって、ゆっくりと歩いて行ったらしいんだ」
 困惑した表情で検死官は続けた。
「それで、これなんだが、どうやらこの男の持ち物らしい。そいつをかかえたまま列車に飛び込んだわけだ。ちょっと中を見てくれないか」
 そう言われるままに、ルーベンはテーブルの上に置かれている薄汚れたバインダー式の黒いノートを広げてみた。中には文字のような記号がびっしりと書き込まれている。ひと目見るなり、彼はそれが何かを理解した。
「これは『ブック・オブ・シャドー(影の書)』じゃないか。悪魔崇拝者たちが大事にしている呪文集だよ。これを持ち歩いているからには、この男は司祭クラスだろう。ここに書いてある文字は、ルーニックという古代のヨーロッパの文字なんだ。今どきこれを使っているのは悪魔崇拝者くらいなものさ。ここには、こんな意味のことが書かれてある……」
 そう言って謎の文字をスラスラと英語のアルファベットに移し換えてみせるルーベンに、検死官は目をみはった。
「この男はきっと、自分の呪いの言葉にとり憑かれたんだろうな……」
 そんなふうにあっさりと語ったルーベンの噂は、やがてリバーサイド保安官事務所を離れ、アメリカ各地の警察署に広まっていった。それは80年代半ば頃のこと。アメリカでは、すでに悪魔崇拝にかかわる奇妙な事件が各地で頻発していた。しばらく後にサンタバーバラ警察署がはじめて彼を招待して開いた悪魔犯罪セミナーには、約200人の警官が集まった。こうして、悪魔犯罪捜査官としての、ルーベンの新しい仕事が始まった。
 セミナーでは、悪魔崇拝の歴史から始めて、犯行現場で得られる手がかりや、儀式を通じて行われる子供の虐待などの個々の犯罪とそれに適用できる刑法の知識、そして刑事訴追の方法や警官たちの安全確保などについて講義した。あいかわらず悪魔犯罪を信じない警官たちも多かったが、それでも、セミナーを開くたびにぞくぞくと警官たちが集まった。警察署長のコンベンションでも講演し、多いときには1500人の警官たちの前で講義した。
「この国では悪魔崇拝はれっきとした宗教の1つなんだ。彼らは憲法修正第1条で守られている。だから悪魔を崇拝したからといって逮捕することはできない」
 そこで警察は子供の虐待や誘拐や麻薬の取り引き、殺人、そしてキリスト教会への冒涜行為など、各種の犯罪が行われている場合に限って取り締まることができる。彼はそんな悪魔崇拝者たちを3つの基本的なタイプに分類している。
「まず、テンプル・オブ・セットのように宗教的な組織にまとめられた者たちや、その子供として生まれたときから悪魔崇拝にかかわっている伝統的な悪魔崇拝者たちがいる。それからダブラーといって、悪魔崇拝を面白半分に試している若者たち。さらに、リチャード・ラミレスのように犯行現場にスプレーで悪魔の印を残していたりする一匹狼の悪魔崇拝者もいる……」
“ナイトストーカ ー”とも呼ばれ、80年代半ば頃にロサンゼルス近郊の住民を震え上がらせた連続殺人犯のラミレスは、悪魔に忠誠を誓い、犠牲者をいけにえとして悪魔に捧げていた悪魔崇拝者でもあった。その一連の事件は全米のマスコミによってセンセーショナルに取り上げられている。
 さらに、自分のことを「サム(サタン)の息子」と呼んだ70年代ニューヨークの連続殺人犯、デイビッド・バーコウィッツについて、彼は語った。
「悪魔崇拝者としての彼をもっと深く追及していれば、きっとどこかのカルトグループとの何らかの結び付きが明らかになっていただろう。
 あの頃の警察は特定の犯罪をカルト犯罪とか悪魔犯罪とは認めていなかった。そして、これは大切なことだが、今でも、ほとんどすべての事件は悪魔犯罪として報告されていない。犯罪者として裁判にかけ、有罪に持ち込み、刑務所に入れるためにはそうせざるを得ないのさ。なにしろ悪魔にとり憑かれているなどと言えば、犯人は刑務所ではなく病院に送られてしまう。私はいつも警官たちにこうアドバイスするように心がけているよ。『必ず、普通の犯罪者として訴追すること』。だから、私自身も悪魔犯罪捜査官と呼ばれることはないのさ」
 それから、慎重に言葉をえらびつつ、捜査官は語り続けた。
「誤解して欲しくはないが、悪魔にとり憑かれてしまったと言って警察に救いを求めてくる人もいるんだよ。その大半は精神を病んでいる人たちだ。しかし、本当に悪魔にとり憑かれてしまったという例も実際にある。ごくまれなんだがね。
 脳障害による精神的なハンディキャップの場合には、脳の中で分泌される化学物質に問題があることが分かっている。それは医学上の問題さ。そうではなくて、悪魔にとり憑かれたとしか言いようのない状態が、肉体的に健康な人の身にも起こっているんだ……。
 たとえば、キミは『エクソシスト』を見たことがあるかい? あの映画はメリーランド州で実際に起こった事件にもとづいているんだよ。悪魔にとり憑かれたのは小さな男の子だったがね。そして彼の姉のボーイフレンドが悪魔に挑戦したのさ。『こんな小さな男の子じゃなくて、俺にとり憑いてみろ』と。で、その青年は悪魔にとり憑かれてしまい、あげくの果てに、彼女の職場の上司を殺害してしまった。その彼が法廷で語ったのが、「悪魔が俺に殺らせた」というあの有名なことばだ。
 事件の後、なぜその少年が悪魔にとり憑かれ始めたのか調査が行われた。そして母親が15歳くらいのときにウィッチ・ボードで遊んでいたことが分かった。そのとき彼女は、「もし質問に答えてくれたら、私の1人目の息子を悪魔に捧げます」と、約束していたんだ。人が何かにとり憑かれる場合にはそこに必ず理由がある。隠れた歴史と言ってもいいがね……」
         ※
 もし、このオカルト・悪魔犯罪捜査官を日本に呼んでセミナーを開きたいという方がいるならば、編集部までご連絡いただきたい。ただし、これはあくまでも捜査のアドバイスのためのものなので対象は警察関係者のみに限る。


現場写真が物語る奇っ怪な活動内容

捜査官ルーベンが任務の最中に撮影した現場写真。普通一般の目にふれることはないが、今回特別に掲載の許可を得た。上の写真はすべて、打ち捨てられた古い建物に刻まれた悪魔のサイン。悪魔崇拝者が人目を避け、廃屋で生活したり儀式を行ったりするのである。サインの中には、一般に意味不明の記号や文様が多いが、悪魔の象徴“逆さの十字架”や悪魔の復活を描いた映画『オーメン』にも登場した、悪魔を表す数字“666”も目立つ


「娘をいけにえに!」命令に逆らった悪魔崇拝者。彼は娘とともに闇に消えた

(左上)子供の頃、悪魔主義者である父親の友人に虐待された経験を持つ女性が書き綴ったノート。男は彼女の血をグラスで飲んだという。別のページには男にナイフで刺され血を流す自分の姿を描いている。(左下)娘をいけにえに差し出せと言われ、捜査官の元に逃げ込んできた悪魔主義集団「クローブン・フーフ(割れたヒヅメ)」の幹部。背中一面に悪魔を表す刺青が施されている。娘とともに逃亡生活を続けていたが、その後プッツリと連絡が途絶えた。(中央)自殺した悪魔教団の司祭が持っていた、悪魔の経典ともいえる「影の書」。ルーニックと呼ばれる古い文字で呪文がビッシリ書かれている。(右)悪魔崇拝者の祭壇にあった人間の頭蓋骨。犠牲者を一度埋め、それから掘り出し、頭蓋骨をミサ用に使用する



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