【結び】

 
★阿修羅♪

[ フォローアップ ] [ フォローアップを投稿 ] [ ★阿修羅♪ Ψ空耳の丘Ψ8 ] [ FAQ ]

投稿者 全文 日時 2000 年 7 月 03 日 23:08:56:

回答先: 【10】忘れられた民族大虐殺:第二のレイプ 投稿者 全文 日時 2000 年 7 月 03 日 23:08:15:

【結び】


南京大虐殺は9年間におよぶ戦争期間中に日本人によって犯された野蛮行為のサガの中のただ一つの出来事です。大量虐殺前から日本は空襲攻撃力を戦場の武器としてだけでなく民衆を威嚇する意味でも利用するタブーを初めて犯した国家だという悪評が既に鳴り響いていました。そして日本の武装軍団は虐殺活動に着手しながら上海を手始めに南京に向かって大陸を進みました。
中国人に対する日本の「最終解決案」がない間、大日本帝国政府は中国の特定地区にいる人々を全滅させる政策を支持しました。共産主義のゲリラ部隊が日本軍と猛烈に効果的に戦っていた中国北部では、「三箇条」方針(「全て奪え、全て殺せ、全て燃やせ。」)という最も過激な政策が行なわれました。苛立っていた日本人大佐が日記の中でこの政策の残酷さを明かしています。「私は上官からこの地域にいる全ての人々を殺せと言う指令を受け取った。」
結果的に中国北部地方にいる全人口を絶滅させることを意図した巨大なテロリスト活動が1941年に実施されました。そしてこれにより4400万人の人口が2500万人まで減少しました。大半の作家たちは何百万人に上る人々が安全な場所に逃げたと推測しましたが、ジェリスアーチャーという中国人作家は、地域から消えた1900万人の大半が日本軍に殺害されたと考えました。「チャイナズブラディセンチュリー」の作家RJランメルは、損失人口の5%だけが殺害された犠牲者だとしても、100万人近くの中国人が殺されたことになると指摘しました。
また日本軍は中国人に対して、生物兵器の無情な実験も行いました。中にはドリトルが東京を襲撃した1942年4月に、アメリカの飛行機援助の疑いがかけられた中国の村々に対して報復の手が向けられたこともありました。襲撃機の着陸地帯としての役割を果たしていたかもしれない地域で日本軍は25万人の民間人を虐殺し、20000スクエアマイルの地域内にある全中国飛行場を開墜しました。また同様に、戦争中、全ての街や地方が病気による腐敗の標的にされたこともありました。日本の飛行機が上海や寧波やChangtehのような都市部の中に伝染病の病原菌を持つノミをばらまいたり、コレラ、赤痢菌、腸チフス菌、炭疸病原菌、パラチフス菌などの病原菌が入った瓶が川や井戸や貯水池や家の中に投げ込まれた事実が現在、発覚しています。さらに日本軍は中国人の市民や軍隊の民衆に伝染させようと、死に至る病原菌を食料の中に混ぜました。腸チフス菌が注入されたケーキが、腹をすかした農民を誘惑するために野営地の周りにばらまかれました。腸チフス菌やパラチフス菌が注入された巻物が、何千人に上る避難前の中国人捕虜に与えられました。
最終的な死者数は1,578,000人から6,325,000人の間というほとんど信じ難いものになりました。RJランメルは3,949,000人が殺害され、その内400,000人が民間人だったという賢明な数字を出しています。しかし彼はさらに日本軍の略奪や爆撃や医療実験で何百万人に上る人々がが飢餓や病気に陥れられて死んだことも指摘しています。これらの死者数も最終値に足せば、有に日本軍は中国に対する戦争で1900万人以上の中国人を殺害したとも考えられます。


ほとんどの人々にとって虐殺行為を犯した日本兵や日本人士官たちの心境を正確に想像することは不可能です。しかし多くの歴史家や目撃者や生存者や加害者自身が大日本帝国陸軍の残虐性について独自の理論を立てています。
日本人学者の中には、南京大虐殺の恐怖や他の日中戦争の踏みにじる行為は、「圧迫移行」と呼ばれる現象が原因にあると考えている者たちがいます。「隠された恐怖:第二次世界大戦の日本の戦争犯罪」の作家タナカユキによると、近代日本陸軍は次の二つの理由で創造の瞬間から大きな残酷な潜在意識が芽生えたと述べています。それは、軍隊が属している士官や兵士に負わせられる無慈悲な独裁処置と、天皇への近接によって地位が指名される日本社会の階層的な性質です。南京侵略前、日本軍は自らの兵士たちに対して果てしない屈辱感に服従させました。日本兵たちは士官の下着を洗わさせられ、士官が血が流れるまで兵士を殴っても不動に立っておくように強制されました。オーウェル言語を使用して「鞭撻」と呼ばれる日本兵を殴る日課は、士官たちに「愛の行為」と称され、「鉄拳制裁」と言われる日本海軍の暴力折檻は、よく「愛の鞭」と呼ばれました。
人々の生と死を握る力や、厳格な命令によって生じる鬱憤のはけ口が、外国に出た日本兵にいきなり与えられたなら、最小の力を持つ下層部の者たちさえ、よく加虐的になると言われています。外国の土壌や植民地領度で、天皇の代表者である日本兵たちはこの大いなる力を限りなく活用しました。中国では、最も下の日本歩兵さえ最大の力を持つ優れた現地人よりも上になり、長年、蓄積されていた怒りや憎しみや権力に対する恐怖が、南京で手に負えない暴力として爆発するのは火を見るより明らかでした。日本兵は上官が与える全てを我慢して受け入れ、そして次は中国人が、日本兵が与える全てを受け入れなければなりませんでした。
また虐殺行為に至った第二の要因として、学者たちは日本軍が中国人との戦いに備え、何十年間にも渡ってプロパガンダ活動や教育や社会教科で、多くの人々に中国人に対する悪意に満ちた軽蔑を育ませたことを上げています。日本人と中国人は同一人種のよく似た特徴(曲解するとユニークな自分自身に対する日本人の姿があるかもしれません。)を分かち合っていますが、この帝国陸軍の日本人たちは、虫をつぶしたり、ブタを屠殺するよりも殺すことが簡単な人間以下のものとして中国人を見ていました。実際に戦前であろうが、戦後であろうが、全階級の日本軍メンバーが頻繁に中国人をブタと比較しました。ある日本人士官が通信員に告げた一例があります。「率直に言って貴方の中国人に対する考えと私の考えは完全に違うようだ。貴方は中国人を人間と見なしているが、私は中国人をブタと見なしている。」また南京で中国人捕虜を10人毎に縛り、窪地の中に落として焼き殺した日本人士官は、この殺人行為がブタを屠殺するのと全く同じだと説明して自分の行動に対する弁明を行ないました。1938年、日本兵アズマシローは「ブタは(中国人)の命よりも現在、価値がある。ブタは食用になるからだ。」と南京で書いた日記上で打ち明けています。
三つ目の要因は、信仰宗教です。神聖な意味に暴力を吹き込むことで、日本帝国陸軍は聖戦やスペイン宗教裁判時にヨーロッパの人々を駆り立てたものに相当するぐらい強力に文化的な命令法を暴力化しました。ある日本人将官が1933年の演説で「それぞれの持つ一発の弾丸は帝国の方針で満たされ、それぞれの銃剣の先端は国家の美徳で焼き付いていなければならない。」と言いました。
中国での作戦に対する正義に疑いをかけていた日本人は皆無に等しい状態でした。南京大虐殺に参加した元日本兵ナガトミハクドは、天皇が生まれつきの世界支配者であり、日本人は世界の頂点に立つ人種であり、アジアを支配することは日本の宿命 だと考えるように育てられたと言いました。地方のキリスト教信者が、彼に「神と日本の天皇はどちらの方が偉大ですか?」と尋ねると、彼は言うまでもなく「天皇」が正解だと言いました。
独自の思想で神より高い存在を持つ日本軍にとり、戦争がたとえ暴力的になったとしても、最終的に日本だけでなく、同様にそれで生じた犠牲者に対しても利益を与えると確信して、次の段階に進むのは簡単でした。中には、日本の勝利達成のための虐殺行為が、日本の「偉大な東アジア繁栄球」の下で、より良い中国の創造を手助けする必要手段だと見なしている者もいました。この姿勢は独自の美徳に全てしてしまう主張をしながら、無意味に生徒や兵士を殴る日本の教師や士官の性質に共鳴しました。
おそらく中国の圧迫を日本兵に正当化させようとするときに、この自己妄想の普及意識を概説したのはマツイイワネだったでしょう。彼は1937年に上海を去る前に味方の兵に告げています。「私が前線に行くのは、敵と戦うためでなく、兄弟を静めることに着手するあるお方の意向に従ってだ。」そして彼は中国侵略について述べました。

日中間の争いはまさしく「アジア一家」の中の兄弟同士の戦いだ.......。我々はこの争いが中国人自身に繁栄される手段だと見なされなければならないと最近、確信している。我々がこうするのは彼らを嫌悪しているからではなく、反対に彼らを愛し過ぎているからだ。ちょうど年上の兄が不作法な年下の弟から必要ない全てを取り上げて、適切に振る舞うように折檻する家族内の話と同じだ。

戦後史の過程がどうであれ、南京大虐殺は人間の道義心に対する汚点として残り続けています。しかしこの汚点に対して特に反感を感じるのは、この話に対してきっちりと結論が出されたことがないと言うことです。虐殺から60年経った後も、日本人は国家としてまだ南京の犠牲者たちを1937年の土壌中だけでなく、歴史上の忘却にも埋もらせようとしています。この恥ずべき数々の無礼の中で、南京大虐殺の話は僅かな人々が公共社会に対して組織的に証拠書類を提供したり、語ろうとしているので、西洋諸国では辛うじて知られているのが現状です。
この本は日本の修正論者による退廃から被害者を救い、何百、何千に上る南京の示されていない墓場に私自身の碑文を捧げようとして書きました。そして人間の性質の陰の部分に入る独自の調査で締めくくりました。南京から学んだいくつかの重要な教訓の中に、文明化自体が非常に薄い織物だということがあります。日本人は絶対に変わらない比類ない邪悪で危険な民族だと言う考え方がありますが、ファイル保管庫の日本人戦争犯罪に関する重要書類と同様に、世界史の中の神々の古代虐殺に関する説明書を読んでみると、私は第二次世界大戦時の日本人の態度が、危険な人々に生み出されたことよりも、危険な時期に無防備な文化の中で、異なうことを言って人間本能を危険に合理化する危険な政府によって生み出されたと言う結論を出しました。南京大虐殺はどれだけ簡単に人間が若者たちの性質を抑圧する効果的な殺人機会に変貌できるかを例証する警告的な話として考えられます。
また別の南京から学んだ教訓の中に、大量虐殺における力の役割ということがあります。大規模な殺人の傾向を歴史上、くまなく調べている者たちは、混ぜ物がないように政府内に力が集中すると、確実に止まらない力の意識が南京大虐殺のような虐殺行為を引き起こす致命的なものになると書き記しています。1990年代、おそらくデモサイド(人種や国民に対する計画的な大量虐殺と、政府による大量虐殺を含めた用語)の世界最高権威者RJランメルは、今世紀と過去における虐殺行為に関する研究を系統的、かつ量的に仕上げ、そこで「力は人を殺し、絶対の力は絶対に人を殺す。」という有名な君主アクトンの芝居を概説する印象的な研究体を使用しました。ランメルは政府内に力の抑制が少なければ、たぶんその政府は外国政府に対して戦争を遂行しようと気紛れに活動したり、心理的に陰鬱な衝動を指導者に引き起こすことになると見出しました。日本だけが例外でなく、南京大虐殺のような虐殺行為は、軍隊や皇室幹部に支配される独裁主義体制に人々を統治する束縛のない力と、病的な目的を人々全員に理解させる抑制のきかない力を譲り渡して成長すれば、必然的にどうなるか予想できるはずです。
そしておそらく全ての中で最も悲惨な三つ目の教訓があります。それは私たち全員が恐ろしいほど容易に心だけが大量虐殺の事実を受け入れる不動の見物人になっているということです。南京大虐殺は世界の一面記事で大々的に紹介されたにもかかわらず、世界の大半の諸国は街全体が屠殺されている間も傍観しているだけで何もしませんでした。南京虐殺に対する世界の反応は最近起きたボスニアやルワンダでの虐殺に対する反応と無気味なほど酷似しています。何千人もの人々が信じられないほど残酷に死に陥れられている間も、世界はCNN を見ながら手を握りしめているだけでした。アメリカ合衆国や他の諸国が「最終解決案」を遂行して早期にナチスを防ぐ仲裁をしなかったのは、大量虐殺が密かに実施され、連合軍兵士がキャンプを解放して自分自身の目で恐怖の大きさを見るまで大半の人々が文字どおりに報告文を真実と受けとめられずにいたためだと論じるものがいます。しかし南京大虐殺やユーゴスラビアで以前に起きた殺人に対して、この様な言い訳は出来ません。南京での虐殺行為は、ニューヨークタイムズのような新聞で何ページにも渡って浮き彫りに公表され、ボスニアを踏みにじる行為は実際の映像が各リビングルームのテレビで最後まで毎日、放送されました。明らかに人間の性質の中にある言い逃れが、言葉で言い表せない悪魔のような行動を数分以内に平凡化させ、自分とは関係ない脅威がどこか遠くの場所で起きているとだけ定めさせています。
残念ながら世界はまだ日本人の謝罪拒否や、南京での犯罪証人拒否や、そして世界史からこの出来事を抹消する過激論者たちによる試みなどの日本人の第二の虐殺に対して不動の見物人のように勤めています。この不正行為の大きさを説明するために、日本とドイツが戦争被害者に対して行なった戦後の賠償を比較してみます。金銭が殺害された犠牲者たちの失った命を取り戻したり、生存者たちに与えられた拷問の記憶を消し去れないのは確かにその通りですが、少なくとも被害者たちに与えられている新たな災害の範囲を伝えることは出来るはずです。
ドイツ政府は今までに少なくとも880億ドイツマルク(約4兆6000億円)の賠償金と慰謝料を支払い、今後も2005年までに残り200億ドイツマルク(約1兆500億円)を支払う予定です。ドイツが支払う被害者個人への賠償金、失った財産に対する賠償、賠償手当、国家規定に基づく支払い、特例の最終賠償金、イスラエルと他16ヶ国の世界協定の戦争被害金などの要因を全て足すと、総計約1240億ドイツマルク(約6兆5000億円)という数字になります。これに対して、日本は戦争犯罪に対する賠償を全くしていないに等しい状況です。スイスでさえ、ユダヤ人の銀行口座から盗んだ金額と引き替えに 国債を発行して何百億ドルの支払いを約束している時代に、日本にいる多くの指導的立場の役人たちは、日本が賠償や謝罪をする必要はないと信じ続け(あるいは信じることを装い続け)、日本政府が非難されている多くの悪事は実際は起きたことがなく、それが起きたという証拠物件は中国や他の日本非難者に偽造されたものだと論じています。
現今、日本政府は全戦争賠償問題は1952年のサンフランシスコ講和条約で決議されたという姿勢をとっています。しかしこの条約をよく読んでみると、この問題は単に日本が財政状態を建て直すまで延期すると述べられていることが明らかになります。条約の第5章14行目には、「日本は連合国に賠償金を支払うことを認可する。また日本の資源が現在、乏しいにもかかわらず、経済成長を継続すれば、この損害や被害と同様に他の義務に対する全ての完全賠償も行なうことを認可する。」と書かれています。
冷戦による最も皮肉な出来事は、日本が賠償金の支払い責任から逃れただけでなく、アメリカ合衆国から以前の敵国を経済大国や競争国に作り上げる何百億ドルという援助金を受け取ったことです。現今、アジアでは日本の人々が軍国主義を再開する前途に対して大きな関心を持っています。レーガン政権の間、アメリカ合衆国は日本に軍事力を強化させようと押し進め、戦時中に日本から被害を受けた多くの人々を心配させました。第二次世界体戦中、ダグラスマッカーサー元帥の救急キャンプに奉任し、日本文化によって生じる競争的な国民精神についてもよく理解しているピューリッツア賞受賞者、およびフィリピン外務大臣のカルロスロマロが警告しました。「歴史を無視する者は、その被害者になる傾向がある。日本人は大変意志の固い人々です。彼らは頭も良い。第二次世界大戦が終結したとき、誰も日本が世界の中で主要な経済大国になるとは考えていなかったが、彼らはそうなった。ここで彼らに軍事大国になる機会を与えれば、彼らは軍事大国を創り上げるだろう。」
しかし冷戦が終結に近づき、中国はいち早く、共産主義体制のさなぎから抜け出し、戦争中に日本に脅されていた他のアジア国家も国際経済の舞台で上昇するように励み出しました。それからの数年間は日本人戦争犯罪に関する活動も大きな闊歩を見せました。人口統計学的にアメリカ社会はアジアよりも成長しました。職業が科学分野に集中している両親たちと違い、若い世代の中国系アメリカ人や中国系カナダ人たちはいち早く、かつては北米のアジア人にとって控え目な職業だった法律や政治やジャーナリズムの分野への影響を高めました。
南京大虐殺に対する公共的な自覚は、私がこの本を研究し出したときからそれを終えるまでの間にかなり増大しました。1990年代には南京大虐殺、慰安婦、日本人の戦争犠牲者に対する医療実験、さらに他の日本が犯した第二次世界大戦中の虐殺行為などに関する小説や新聞記事の激増が見られました。サンフランシスコの学校地区では、教育カリキュラムに南京大虐殺の歴史を入れる計画が立てられており、中国人の不動産開発者たちの間では、中国人虐殺博物館を建設する青写真が作成されています。
この本が完成しようとしている時に、アメリカ合衆国政府は過去の戦争履歴を日本人に直面させる圧力を与えよるとする活動家の要求に応え始めました。1996年12月3日、司法省は日本人の戦争犯罪者たちの入国を禁止する名簿を作成しました。1997年4月、前アメリカ合衆国大使ウォルターマンデールは新聞記者に、日本は正直に正面から歴史に面し、戦争犯罪に対して完全謝罪をする必要があると告げました。さらに南京大虐殺はアメリカ合衆国の国会で紹介される法案にもされました。1997年の春にかけて、国会議員が人権活動家たちと共に、第二次世界大戦時のアメリカ人や他の諸国の捕虜への虐待に関して日本を責め、その戦争被害者たちへの公式謝罪と慰謝料を求める法案を下書きするために働きました。
さらに日本政府を戦時中の政府の残したこの遺産に関する全真相に直面させるこの動向は日本国内でも増大し、自分自身を単なる単独の日本人と見ていない日本国民の間に虐殺行為の公式否定における大きな恥辱と困惑を駆り立てました。少数派が将来、近隣諸国の信用を得る期待をするならば、政府は過去の事実を承認しなければならないと声を発しました。そして1997年、日本の和解団体が次のような陳述を解き放しました。

過去の戦争において、日本は横柄に、尊大にアジア諸国に対してまるで侵略者のように振る舞い、特に中国で大量な数に上る人々に苦難をもたらしました。1930年頃の15年間、日本は中国に対して戦争を起こし続けました。戦争活動は何千万人に上る人々に被害をおよぼすまで続けられました。ここに我々は日本の過去における過ちを心から謝罪し、許しを求めます。

日本国内の現在の世代は重大な選択に迫られています。彼らは、日本が犯した侵略戦争が神聖なもので、アメリカ合衆国の経済力に日本が単に敗北したただの戦争だと自分自身を欺き続けることが出来ます。そして反対に、日本が戦争に敗北し、これ以上、人々に過酷な「愛」を押しつけられなくなったので世界が良くなったという真実を承認して、恐怖の国家遺産を明るみに出すこともできます。
 日本は合法的な責任だけでなく、南京で犯した悪事の承認に対する道徳的な義務も負っています。最低でも、日本政府は犠牲者たちに公式謝罪して、暴動で人生を破壊された人々に賠償金を支払い、そして何よりも大切なことは次の世代の日本国民にこの虐殺の真相を教育する必要があります。国際社会からの敬意を受け、この歴史上の汚点に終止符を打つことを期待するなら、これらの長く遅れている前進は日本にとり重大なことです。




フォローアップ:



  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。