アメリカがアフガニスタンを「欲しがる」わけ2001年9月28日 高山義浩(『国際保健通信』編集・発行人)

 ★阿修羅♪

[ フォローアップ ] [ ★阿修羅♪ ] [ ★阿修羅♪ 戦争・国際情勢2 ]

投稿者 dembo 日時 2001 年 10 月 05 日 18:26:00:

http://journal.msn.co.jp/worldreport.asp?id=010928takayama&vf=1

アメリカがアフガニスタンを「欲しがる」わけ2001年9月28日 高山義浩(『国際保健通信』編集・発行人)

------------------------------------------------------------------------


 
「高貴なワシ」作戦は、確かにテロ撲滅の作戦かもしれないが、ブッシュが喧伝するような「民主主義の戦い」ではない。この作戦は、民主主義を導くものではなく、既存の自由世界を守るためのものだ。僕たち日本人がこの作戦に参加するにしても、まず、このことは承知しておかなければならないだろう。敵を知る前に、僕たちはまず味方をよく知る必要がある。これは兵法の基礎のはずだ。そこで、アメリカがなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双方の殲滅を目指しているのか、考えてみたい。

 

 
●再生産される「ならず者」たち

 いまさら詳しい説明はいらないだろう。

 9月11日、ニューヨークとワシントンで同時テロ事件が発生した。ブッシュ政権がこのテロ攻撃に対する報復軍事作戦を「高貴なワシ」と命名したのは、その5日後の16日のことだ。ウサマ・ビンラディン氏の引渡し要求をタリバンは事実上拒否しているため、湾岸戦争以来の軍事力行使に向けて、世界が音を立てて動き出している。すでに内政はボロボロ、財力も軍事力もほとんどない「ならず者国家」が、今やアメリカを中心とした全先進国の最大の敵というわけである。

 冷戦期のアメリカは世界に軍事基地ネットワークを築き上げ、同盟関係を効率的に運用してきた。同盟諸国としても、現実に脅威が存在したため、これを積極的に受け入れてきた。しかし、ソビエトが崩壊し、中国をはじめとする共産諸国の多くが、国際的な基本ルールを受け入れるようになるに至って、この同盟システムの必要性は失われつつある。

 明確な敵対勢力が見当たらないのに、なぜ、コストのかかるアメリカの軍事プレゼンスを支持しなければならないのか、アメリカ人自身を含めて、同盟諸国は混乱しはじめていた。こうした中、今回のテロが発生した。アメリカに対する脅威は、同盟諸国を含めたネットワークへの脅威であると再解釈され、アメリカの軍事プレゼンスについての新理論が構築されつつあるわけだ。

 
●崇高な理想と陳腐な現実

 近年のアメリカの軍事プレゼンスは、中東の安定をきわめて重要視してきた。それは、たまたまそこに石油があるからである。そうでなかったら、湾岸戦争もなかっただろう。アメリカは軍事力を背景とした世界の基軸国である。アメリカは強くなければならない。そして不動でなければならない。すくなくともアメリカ人の多くはそう考えている。だから、アメリカが依存しなければならない石油資源を埋蔵している中東は、なんとしても掌握しておかなければならないことになる。

 ところが、この中東諸国とは、アメリカの同盟国ではなく、どちらかといえば折り合いの悪いイスラム教徒の住む国なのだ。まず、これが中東の不安定要因であり、世界の不安定要因となっている。

 中東石油に依存し続けるかぎり、石油供給の遮断という危機が、アメリカの喉元に突きつけられているようなものである。石油は、先進国生活者のあらゆるところで不可欠な存在となっており、それだけにこの依存は「民主主義」にとっての最大の危機をはらんでいる。アメリカが「自己正義に満ちた動機」で中東和平に腐心していることは認めてもいいが、しかし、同時進行で中東掌握のための戦略を遂行していることも事実である。

 民主主義の唱導者と自認するアメリカの矛盾は、湾岸戦争であからさまとなっていた。多国籍軍が守ったとされるサウジアラビアとクウェートは王制国家であり、イラクは共和国家だったからだ。アメリカにとっての自由世界とは、メードイン・アメリカの世界である。たとえ、国民によって選ばれた指導者であっても、メードイン・アメリカでなければ排除しなければならない。これがアメリカ流「自由世界への導き」である。

 これからアフガニスタンがアメリカ主導で国際社会に復帰するとすれば、王制に引き戻されることになるかもしれない。「まさか?」と首をかしげる人は、カンボジア和平を思い出せばよい。「カンボジア人民共和国」が国連主導でどうなっただろう。

 北京にいたシハヌーク国王が呼び戻されて「カンボジア王国」になったのである。資本主義諸国にとって、一番手なずけやすい政治体制だったからだ。

 「高貴なワシ」作戦は、確かにテロ撲滅の作戦かもしれないが、ブッシュが喧伝するような「民主主義の戦い」ではない。この作戦は、民主主義を導くものではなく、既存の自由世界を守るためのものだ。僕たち日本人がこの作戦に参加するにしても、まず、このことは承知しておかなければならないだろう。敵を知る前に、僕たちはまず味方をよく知る必要がある。これは兵法の基礎のはずだ。

 では、アメリカはなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双方の殲滅を目指しているのだろうか。

 
●崩壊しつつあるサウジアラビア

 アメリカがアフガニスタンを欲しがる話の前に、中東最大の石油供給国サウジアラビアの現況について解説しておかなければならない。

 サウジアラビアは、表面的にはアメリカの友好国である。「表面的に」というのは、アメリカを友人と考えているのはサウジアラビア政府だけであって、民衆はそれを支持していないという意味だ。欧米資本主義諸国は植民地支配の方法論を、こうした途上国に適用することを忘れてはいない。つまり、民衆の支持が得られにくい国では王制を強く支援して、その王族を抱き込んでゆくわけだ。

 サウジアラビアの王制は、その国民をカネで手なずけることで維持されてきた。石油の富によって、市民は課税されず、医療も教育も無料である。イラクと違って、サウジ市民には国家への忠誠はなく、苦境を耐え忍ぶことも知らない。市民は、豊かさを与えるがゆえに彼らの政府を支持してきただけである。

 石油価格が低下しはじめる80年代までは、このやり方に問題はなかった。だが、80年代初頭は1万7千ドルだったサウジアラビアの1人あたりGDPも、今では7千ドルへと低下している。政府はいまも財政赤字を無視して、国民へのサービスを続けることで、なんとか支持をとりつけようとしている。だが、石油による収益が今後改善する見通しはなく、経済の破綻は目前に迫っている。それはすなわち、王制の破滅を意味している。

 一方、サウジアラビアの宗教界は、延命に躍起になっている王族に極めて冷淡である。政府が欧米の「不信心な軍隊」を湾岸戦争のとき招き入れて以来、宗教指導者たちは、王族を含む現政権を疑問視している。もちろん、政府への宗教的疑問の裾野が広まれば、それだけ宗教的過激派の勢力がましてゆくものだ。現在、サウジアラビアでは高校・大学卒業者の失業率が25%に達しているが、そうした就職のあてのない都市部の若者たちを中心に、過激派の活動は活発になりつつある。

 不満層は他にもある。アフガニスタンでソ連軍を相手に義勇兵として闘った経験をもつ約800の人々だ。彼らの宗教的信念が、現政権の宗教的不純を見逃すはずがない。サウジアラビア政府がオサマ・ビンラディン氏を見捨て、アフガニスタンを叩くアメリカと協調するならば、軍事訓練を施され、殉教を怖れぬ彼らの反乱は、現王制を大きく揺るがすことになりかねない。

 サウジアラビアの内乱が近いと、ホワイトハウスは踏んでいるのではないかと僕は思う。内乱の導火線は露出しており、その周辺で多様な火花が散っている。そしてもし内乱に突入すれば、紛争は石油の管理権をめぐる戦いへと進展し、油田地帯もしくは精製施設そのものが戦場となる可能性が高い。そして、この世界最大の産油国の危機は、世界的な恐慌の引き金となりかねない。

 だからこそ、アメリカは中東の石油戦略を大きく改める必要があるのだ。前置きが長くなったが、これこそが「高貴なワシ」作戦の重要な意図と結びついてくる。

 
●カスピ海周辺の石油資源

 サウジアラビア内乱の衝撃を緩和するには、欧米諸国のサウジ・オイルへの依存を軽減させる必要がある。とすれば、どこが新たなサプライヤーとして浮上してくるだろうか。アメリカの覇権に反抗的でなく、新たな開発の余地のある国々。それには非常に都合のよい国々がある。すなわち、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンという4つのカスピ海周辺諸国である。

 1991年のソ連邦崩壊によって誕生した4つの新生諸国には、推定で2千億バレルの石油が眠っているとされ、その量は、世界最大とされるサウジアラビアの埋蔵量に匹敵する。また、トルクメニスタンに存在する天然ガスの埋蔵量も相当なものだ。

 102兆立方フィート、これはロシアとイランに次ぐ、世界最大級のガス資源である。これらの油田・ガス田開発のために欧米石油メジャーが乗り出しているが、技術的には今からでも掘り出せる状態にあるという。問題は別のところにある。それは、採取した原油と天然ガスを、どのようなルートで運搬するかということだ。

 現在出てきている案は4つある。中央アジアから中国に至るパイプラインを建設する計画と、ロシアやトルコなど西方へ通じるパイプラインを建設する計画、そしてイランを通して湾岸に南下させる計画。しかし、これらの計画では、中国、ロシア、イランといずれもアメリカに友好的とは言いがたい国々を経由させねばならず、石油をめぐる不安は解消されがたいだろう。

 そこで石油メジャーが注目しているのが、トルクメニスタンからアフガニスタン経由でパキスタンにパイプラインを通すというプロジェクトである。これが実現すれば中央アジアの原油、天然ガスを中東を通すことなく入手可能となる。また、このルートだと、輸送距離も大幅に短縮され、プロジェクトそのもののコストも抑えられることになる。供給先の東アジアにも近くなる。

 加えて、この石油をめぐる資源開発は、石油建設大手にとっても、流涎のプロジェクトとなる。実際、このプロジェクトには500億ドルから700億ドルの海外投資が必要だと考えられている。中東の尊大な王族に頭を下げながら契約を更新するよりは、中央アジアのアパラチキ(元共産官僚)を小銭で丸め込んで新たな開発をする方が、アメリカ経済にとっては安定が見込めるし、なにより夢がある。

 ただ、この計画を実現するためには、厄介な連中がいる。それは、言うまでもなく反米的なタリバンだ。彼らが、パイプライン構想のど真ん中でイスラーム原理主義の理想に燃えている限り、構想は頓挫したままである。彼らはまさに石油開発の「ならず者」なのである。

 
●尻馬にも乗り方がある

 キューバ・イラン・リビア・イラク、そして今回のアフガニスタンと、アメリカは定期的に「ならず者国家」を指名している。アメリカは唯一の超大国という立場を利用して、自らの利益をグローバルな問題への対応としてすり替え、他国の協調を引き出そうとしている。

 日本だって石油は必要だし、いまのところアメリカが先進諸国の音頭取りをしていることは間違いない。だから、現在の日本がとり得る分別ある態度とは、たしかに「尻馬に乗る」ことだろう。しかし、僕たち日本人はアメリカをよく観察し、その意図を測りながら「尻馬に乗る」ようにしておかなければならない。そうでなければ、また湾岸戦争のときのように「あんなにカネを出す必要があったのか?」とボヤく羽目になる。「アメリカの言うとおりにやっていれば、きっと認められる」と信じているのは、まったく見当外れの信仰だ。

 もうそろそろ気が付いた方がいい。アメリカの言っていることはほとんど当てにならないし、矛盾だらけだ。むしろ日本は、彼らのやっていることをよく分析してゆくべきだ。そうすれば、ヨーロッパのように上手に尻馬に乗れるようになる。望むなら、馬から降りることだって可能になるだろう。

 アメリカにおける日本論者たちは、アメリカが提供している安全保障に日本がタダ乗りしていると批判する。そして、アジアの民主主義を防衛する責任とコストをもっと日本は負担すべきだと要求する。しかし一方で、日本がアジアでの独自外交を進めようとすれば、彼らは必ず横ヤリを入れてくる。日本がアメリカに対する依存体質、従属的な体制を清算しようとすることを決して許そうとはしない。頑なに沖縄の米軍基地を撤退させようとしないことは、そのひとつの証左でもある。

 アメリカは自らのリーダーシップに依存する日本を嘆きながら、一方ではこうした関係の継続を主張しているわけだ。今回のアフガニスタン報復にしてもそうである。

 日本が「主体的に」この戦争に参加することを期待しながらも、決して「参加しない」という選択肢を許そうとはしていない。

 僕たち日本人は、平和をひたすらに祈ったり、自衛隊派遣を憲法違反だと騒いだりするまえに、こうしたアメリカの一貫性のなさを批判することから始めるべきではないだろうか。今回のことで永田町を批判するのは簡単だ。しかし、それではおそらく何も変わらない。むしろ、いま日本人に求められているのは、永田町が外圧から解放され、もう少し自主的な判断ができるように、国際世論を形成してゆくことではないかと僕は考えている。

 外交はなにも、永田町と霞ヶ関だけで完結しているわけではない。日本のアメリカに対する依存体質、これを清算するのは政府だけの仕事ではない。むしろ国民こそに、そういうメンタリティーを自主的に清算することが求められている。多くの反戦論者が「憲法があるから派兵できないはずだ」と主張している。ここにも依存体質がみてとれる。なぜ「憲法にあるように派兵してはいけないのだ」と言えないのか。

 国際情勢を自分の目でよくみる。そして自分の判断をくだし、国内法あるいは国際法による根拠を求める。さらに同意見の人々で世論を形成し、国内外への圧力に変える。これが国際問題と関わる僕たち日本人の出発点となるべきだ。さもなくば21世紀の日本人もまた、前世紀と同様、気づかぬうちに戦争に巻き込まれ、焼け野原で呆然としていることになりかねないだろう。


 
「高貴なワシ」作戦は、確かにテロ撲滅の作戦かもしれないが、ブッシュが喧伝するような「民主主義の戦い」ではない。この作戦は、民主主義を導くものではなく、既存の自由世界を守るためのものだ。僕たち日本人がこの作戦に参加するにしても、まず、このことは承知しておかなければならないだろう。敵を知る前に、僕たちはまず味方をよく知る必要がある。これは兵法の基礎のはずだ。そこで、アメリカがなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双方の殲滅を目指しているのか、考えてみたい。

 

 
●再生産される「ならず者」たち

 いまさら詳しい説明はいらないだろう。

 9月11日、ニューヨークとワシントンで同時テロ事件が発生した。ブッシュ政権がこのテロ攻撃に対する報復軍事作戦を「高貴なワシ」と命名したのは、その5日後の16日のことだ。ウサマ・ビンラディン氏の引渡し要求をタリバンは事実上拒否しているため、湾岸戦争以来の軍事力行使に向けて、世界が音を立てて動き出している。すでに内政はボロボロ、財力も軍事力もほとんどない「ならず者国家」が、今やアメリカを中心とした全先進国の最大の敵というわけである。

 冷戦期のアメリカは世界に軍事基地ネットワークを築き上げ、同盟関係を効率的に運用してきた。同盟諸国としても、現実に脅威が存在したため、これを積極的に受け入れてきた。しかし、ソビエトが崩壊し、中国をはじめとする共産諸国の多くが、国際的な基本ルールを受け入れるようになるに至って、この同盟システムの必要性は失われつつある。

 明確な敵対勢力が見当たらないのに、なぜ、コストのかかるアメリカの軍事プレゼンスを支持しなければならないのか、アメリカ人自身を含めて、同盟諸国は混乱しはじめていた。こうした中、今回のテロが発生した。アメリカに対する脅威は、同盟諸国を含めたネットワークへの脅威であると再解釈され、アメリカの軍事プレゼンスについての新理論が構築されつつあるわけだ。

 
●崇高な理想と陳腐な現実

 近年のアメリカの軍事プレゼンスは、中東の安定をきわめて重要視してきた。それは、たまたまそこに石油があるからである。そうでなかったら、湾岸戦争もなかっただろう。アメリカは軍事力を背景とした世界の基軸国である。アメリカは強くなければならない。そして不動でなければならない。すくなくともアメリカ人の多くはそう考えている。だから、アメリカが依存しなければならない石油資源を埋蔵している中東は、なんとしても掌握しておかなければならないことになる。

 ところが、この中東諸国とは、アメリカの同盟国ではなく、どちらかといえば折り合いの悪いイスラム教徒の住む国なのだ。まず、これが中東の不安定要因であり、世界の不安定要因となっている。

 中東石油に依存し続けるかぎり、石油供給の遮断という危機が、アメリカの喉元に突きつけられているようなものである。石油は、先進国生活者のあらゆるところで不可欠な存在となっており、それだけにこの依存は「民主主義」にとっての最大の危機をはらんでいる。アメリカが「自己正義に満ちた動機」で中東和平に腐心していることは認めてもいいが、しかし、同時進行で中東掌握のための戦略を遂行していることも事実である。

 民主主義の唱導者と自認するアメリカの矛盾は、湾岸戦争であからさまとなっていた。多国籍軍が守ったとされるサウジアラビアとクウェートは王制国家であり、イラクは共和国家だったからだ。アメリカにとっての自由世界とは、メードイン・アメリカの世界である。たとえ、国民によって選ばれた指導者であっても、メードイン・アメリカでなければ排除しなければならない。これがアメリカ流「自由世界への導き」である。

 これからアフガニスタンがアメリカ主導で国際社会に復帰するとすれば、王制に引き戻されることになるかもしれない。「まさか?」と首をかしげる人は、カンボジア和平を思い出せばよい。「カンボジア人民共和国」が国連主導でどうなっただろう。

 北京にいたシハヌーク国王が呼び戻されて「カンボジア王国」になったのである。資本主義諸国にとって、一番手なずけやすい政治体制だったからだ。

 「高貴なワシ」作戦は、確かにテロ撲滅の作戦かもしれないが、ブッシュが喧伝するような「民主主義の戦い」ではない。この作戦は、民主主義を導くものではなく、既存の自由世界を守るためのものだ。僕たち日本人がこの作戦に参加するにしても、まず、このことは承知しておかなければならないだろう。敵を知る前に、僕たちはまず味方をよく知る必要がある。これは兵法の基礎のはずだ。

 では、アメリカはなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双方の殲滅を目指しているのだろうか。

 
●崩壊しつつあるサウジアラビア

 アメリカがアフガニスタンを欲しがる話の前に、中東最大の石油供給国サウジアラビアの現況について解説しておかなければならない。

 サウジアラビアは、表面的にはアメリカの友好国である。「表面的に」というのは、アメリカを友人と考えているのはサウジアラビア政府だけであって、民衆はそれを支持していないという意味だ。欧米資本主義諸国は植民地支配の方法論を、こうした途上国に適用することを忘れてはいない。つまり、民衆の支持が得られにくい国では王制を強く支援して、その王族を抱き込んでゆくわけだ。

 サウジアラビアの王制は、その国民をカネで手なずけることで維持されてきた。石油の富によって、市民は課税されず、医療も教育も無料である。イラクと違って、サウジ市民には国家への忠誠はなく、苦境を耐え忍ぶことも知らない。市民は、豊かさを与えるがゆえに彼らの政府を支持してきただけである。

 石油価格が低下しはじめる80年代までは、このやり方に問題はなかった。だが、80年代初頭は1万7千ドルだったサウジアラビアの1人あたりGDPも、今では7千ドルへと低下している。政府はいまも財政赤字を無視して、国民へのサービスを続けることで、なんとか支持をとりつけようとしている。だが、石油による収益が今後改善する見通しはなく、経済の破綻は目前に迫っている。それはすなわち、王制の破滅を意味している。

 一方、サウジアラビアの宗教界は、延命に躍起になっている王族に極めて冷淡である。政府が欧米の「不信心な軍隊」を湾岸戦争のとき招き入れて以来、宗教指導者たちは、王族を含む現政権を疑問視している。もちろん、政府への宗教的疑問の裾野が広まれば、それだけ宗教的過激派の勢力がましてゆくものだ。現在、サウジアラビアでは高校・大学卒業者の失業率が25%に達しているが、そうした就職のあてのない都市部の若者たちを中心に、過激派の活動は活発になりつつある。

 不満層は他にもある。アフガニスタンでソ連軍を相手に義勇兵として闘った経験をもつ約800の人々だ。彼らの宗教的信念が、現政権の宗教的不純を見逃すはずがない。サウジアラビア政府がオサマ・ビンラディン氏を見捨て、アフガニスタンを叩くアメリカと協調するならば、軍事訓練を施され、殉教を怖れぬ彼らの反乱は、現王制を大きく揺るがすことになりかねない。

 サウジアラビアの内乱が近いと、ホワイトハウスは踏んでいるのではないかと僕は思う。内乱の導火線は露出しており、その周辺で多様な火花が散っている。そしてもし内乱に突入すれば、紛争は石油の管理権をめぐる戦いへと進展し、油田地帯もしくは精製施設そのものが戦場となる可能性が高い。そして、この世界最大の産油国の危機は、世界的な恐慌の引き金となりかねない。

 だからこそ、アメリカは中東の石油戦略を大きく改める必要があるのだ。前置きが長くなったが、これこそが「高貴なワシ」作戦の重要な意図と結びついてくる。

 
●カスピ海周辺の石油資源

 サウジアラビア内乱の衝撃を緩和するには、欧米諸国のサウジ・オイルへの依存を軽減させる必要がある。とすれば、どこが新たなサプライヤーとして浮上してくるだろうか。アメリカの覇権に反抗的でなく、新たな開発の余地のある国々。それには非常に都合のよい国々がある。すなわち、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンという4つのカスピ海周辺諸国である。

 1991年のソ連邦崩壊によって誕生した4つの新生諸国には、推定で2千億バレルの石油が眠っているとされ、その量は、世界最大とされるサウジアラビアの埋蔵量に匹敵する。また、トルクメニスタンに存在する天然ガスの埋蔵量も相当なものだ。

 102兆立方フィート、これはロシアとイランに次ぐ、世界最大級のガス資源である。これらの油田・ガス田開発のために欧米石油メジャーが乗り出しているが、技術的には今からでも掘り出せる状態にあるという。問題は別のところにある。それは、採取した原油と天然ガスを、どのようなルートで運搬するかということだ。

 現在出てきている案は4つある。中央アジアから中国に至るパイプラインを建設する計画と、ロシアやトルコなど西方へ通じるパイプラインを建設する計画、そしてイランを通して湾岸に南下させる計画。しかし、これらの計画では、中国、ロシア、イランといずれもアメリカに友好的とは言いがたい国々を経由させねばならず、石油をめぐる不安は解消されがたいだろう。

 そこで石油メジャーが注目しているのが、トルクメニスタンからアフガニスタン経由でパキスタンにパイプラインを通すというプロジェクトである。これが実現すれば中央アジアの原油、天然ガスを中東を通すことなく入手可能となる。また、このルートだと、輸送距離も大幅に短縮され、プロジェクトそのもののコストも抑えられることになる。供給先の東アジアにも近くなる。

 加えて、この石油をめぐる資源開発は、石油建設大手にとっても、流涎のプロジェクトとなる。実際、このプロジェクトには500億ドルから700億ドルの海外投資が必要だと考えられている。中東の尊大な王族に頭を下げながら契約を更新するよりは、中央アジアのアパラチキ(元共産官僚)を小銭で丸め込んで新たな開発をする方が、アメリカ経済にとっては安定が見込めるし、なにより夢がある。

 ただ、この計画を実現するためには、厄介な連中がいる。それは、言うまでもなく反米的なタリバンだ。彼らが、パイプライン構想のど真ん中でイスラーム原理主義の理想に燃えている限り、構想は頓挫したままである。彼らはまさに石油開発の「ならず者」なのである。

 
●尻馬にも乗り方がある

 キューバ・イラン・リビア・イラク、そして今回のアフガニスタンと、アメリカは定期的に「ならず者国家」を指名している。アメリカは唯一の超大国という立場を利用して、自らの利益をグローバルな問題への対応としてすり替え、他国の協調を引き出そうとしている。

 日本だって石油は必要だし、いまのところアメリカが先進諸国の音頭取りをしていることは間違いない。だから、現在の日本がとり得る分別ある態度とは、たしかに「尻馬に乗る」ことだろう。しかし、僕たち日本人はアメリカをよく観察し、その意図を測りながら「尻馬に乗る」ようにしておかなければならない。そうでなければ、また湾岸戦争のときのように「あんなにカネを出す必要があったのか?」とボヤく羽目になる。「アメリカの言うとおりにやっていれば、きっと認められる」と信じているのは、まったく見当外れの信仰だ。

 もうそろそろ気が付いた方がいい。アメリカの言っていることはほとんど当てにならないし、矛盾だらけだ。むしろ日本は、彼らのやっていることをよく分析してゆくべきだ。そうすれば、ヨーロッパのように上手に尻馬に乗れるようになる。望むなら、馬から降りることだって可能になるだろう。

 アメリカにおける日本論者たちは、アメリカが提供している安全保障に日本がタダ乗りしていると批判する。そして、アジアの民主主義を防衛する責任とコストをもっと日本は負担すべきだと要求する。しかし一方で、日本がアジアでの独自外交を進めようとすれば、彼らは必ず横ヤリを入れてくる。日本がアメリカに対する依存体質、従属的な体制を清算しようとすることを決して許そうとはしない。頑なに沖縄の米軍基地を撤退させようとしないことは、そのひとつの証左でもある。

 アメリカは自らのリーダーシップに依存する日本を嘆きながら、一方ではこうした関係の継続を主張しているわけだ。今回のアフガニスタン報復にしてもそうである。

 日本が「主体的に」この戦争に参加することを期待しながらも、決して「参加しない」という選択肢を許そうとはしていない。

 僕たち日本人は、平和をひたすらに祈ったり、自衛隊派遣を憲法違反だと騒いだりするまえに、こうしたアメリカの一貫性のなさを批判することから始めるべきではないだろうか。今回のことで永田町を批判するのは簡単だ。しかし、それではおそらく何も変わらない。むしろ、いま日本人に求められているのは、永田町が外圧から解放され、もう少し自主的な判断ができるように、国際世論を形成してゆくことではないかと僕は考えている。

 外交はなにも、永田町と霞ヶ関だけで完結しているわけではない。日本のアメリカに対する依存体質、これを清算するのは政府だけの仕事ではない。むしろ国民こそに、そういうメンタリティーを自主的に清算することが求められている。多くの反戦論者が「憲法があるから派兵できないはずだ」と主張している。ここにも依存体質がみてとれる。なぜ「憲法にあるように派兵してはいけないのだ」と言えないのか。

 国際情勢を自分の目でよくみる。そして自分の判断をくだし、国内法あるいは国際法による根拠を求める。さらに同意見の人々で世論を形成し、国内外への圧力に変える。これが国際問題と関わる僕たち日本人の出発点となるべきだ。さもなくば21世紀の日本人もまた、前世紀と同様、気づかぬうちに戦争に巻き込まれ、焼け野原で呆然としていることになりかねないだろう。

 
 -msnJ

 

 
●関連記事

 

* 正義のゆくえ〔後編〕利権合戦は世代を越えて
MSNジャーナル 2001年2月28日 (高山義浩)
先進諸国にとって、イラクは「人の住む国」ではない。「石油の採れる国」だ。世界全体の11%、1120億バレル。イラクは、サウジアラビアに次ぐ世界第2の原油埋蔵量が確認された国である。経済制裁も人ではなく、石油のみを考えて実施されている。経済封鎖をめぐる本当の側面、つまりイラクをめぐる石油利権について、僕たちは冷静にみておく必要があるだろう。

 

高山義浩 (国際保健通信)

 
1970年、福岡県生まれ。東京大学医学部保健学科卒。現在、山口大学医学部医学科に在学しながら、インターネットマガジン『国際保健通信』の編集人として活躍している。
近著として『アジアスケッチ 〜目撃される文明・宗教・民族〜』(白馬社)http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4938651351/249-0521485-8100306 


フォローアップ:



  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。