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「イスラームの世界観とムスリム少数派」 [中田考](3)
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投稿者 なるほど 日時 2003 年 12 月 13 日 18:37:53:dfhdU2/i2Qkk2

(回答先: 「イスラームの世界観とムスリム少数派」 [中田考](2) 投稿者 なるほど 日時 2003 年 12 月 13 日 18:36:03)

「イスラームの世界観とムスリム少数派」(3)

その場合のイスラームの法の考え方について、これを世界観ということで次のところで説明します。まずイスラームの世界観は二つに分かれます。一つは世界観といってもコスモロジー、宇宙論にあたるようなものです。その話をまずいたしまして、その次に、この世の秩序の話、この世界の話をいたします。
 最初に、「イスラームの世界観(1)」のほうです。存在論ですが、イスラームでは神は創造主であるという話はいちばん最初にいたしました。イスラームにおいてはこの世もあの世もすべて神の創られたものです。存在するものはすべて神によって創られたものである。神は創造主である。それはそうなのですが、神はそれだけではなくて、立法者である。神の意思は物事を「あれ」という、「光あれ」というと光があるわけですが、それと同じように「あれ」というと何でもあるわけです。そういう意思があって、この世界は神の意思によって創られたものである。それと同時に、これはクルアーンのなかにある言葉ですが、「アラーラフルハルクワルアムル」という、アッラーフには創造と命令というものがある。命令というのは人間に限られるものです。これは宇宙のなかで人間と、正確にいうとジンという妖精のようなものが入るのですが、ともかく人間が特別な位置を占めている。それは自由意思というものが与えられているのである。そういうことなのです。
 人間には特別な法が与えられている。法は二つあって、一つは自然の法であって、これはすべてのものが従っているわけです。ところがもう一つの法があって、それは人間が従うこともできれば、背くこともできるわけです。これがアッラーフの命令であります。
 アッラーフというのは宇宙全体の創造主であると同時に、法をくだす、人間に対して命令することのできる唯一の存在である。これがイスラームの一神教の考え方です。アッラーフの意思には、物事や世界を生み出す、そういう意思と、自由意思をもった人間に対して何かをやるのかやらないのかを試す、そういう法をたてるという二つの意思がある。これがイスラームの一神教の考え方です。どちらもアッラーフだけです。世界を創ることができるのはアッラーフだけですし、人間というか被造物に命令をすることができるのもアッラーフだけです。これがイスラームの一神教の考え方です。
 存在の世界、宇宙の世界と、法の世界というのがあります。西欧的な概念でいいますと、「ザイン(存在)」の世界と「ゾレン(当為)」の世界といいます。カントの考え方です。存在の世界と規範の世界があり、何々であるという世界と何々すべきであるという世界がある。それは神の意思に基づくのであります。
 話の前置きの部分で、人は生きる権利があるというようなことをいったときに、この世界だけで完結する世界だと、人は幸せに生きる権利があるといっても幸せに生きない人間がいる。それはそれで終わってしまうわけです。ところがイスラームの考え方だと、その命令というのは、神の意思として永遠の昔から永遠の未来まであるわけです。この世界で実現されない。それはそのとおりであります。イスラームでは人を殺してはいけないという命令があるわけですが、それは自由意思をもった人間に対して与えられた命令として、人を殺してはいけないという命令があって、それに対して人を殺す人間がいるわけです。殺されることがあるのですが、そちらのほうが現実であって、命令のほうは空しいものであるかというと、そうではないわけです。
 むしろイスラームの世界観では、この世界で人が殺されるわけですが、そちらのほうはあまり現実性がないのです。というと奇妙に聞こえるかもしれませんが、神学的にいうと、この命令は永遠の昔から永遠の未来まで神の意思のなか、あるいは神の知のなかで永遠に存在するものであって、この世界というのは一瞬一瞬で消えてしまうものです。人間が生きる死ぬというのはその一瞬の話である。最終的には、神の命令に背いて人を殺した人間は神の正義のなかでそれなりの応報を受ける。殺された人間のほうも神の正義のなかでそれなりに償いを受ける。そういうふうになっているわけです。命令の世界というのはけっして破られて空しいものではなくて、永遠の実在であって、それは神の意思のもとで神の正義のなかで完結されるものである。そういうことになっています。
 イスラームの宇宙観を非常におおざっぱにいいますと、こういうことであります。では、現実のこの世界というものがイスラームではどういうふうに考えられているかといいますと、イスラーム法が適用される世界、イスラーム法が通用する世界が「ダール・ル・イスラーム」と呼ばれるものです。これは「ダール・ル・イスラーム」、「イスラームの家」という概念です。これは今回のテーマに直接からんできます民族問題を考えるうえでも非常に重要です。
 イスラームでは国民国家というのを認めません。イスラームにはダール・ル・イスラームしかないのです。「イスラームの家」がある。これはイスラーム法が適用されるところです。イスラーム法というのは、少なくともイスラーム教徒は普遍的な法だと考えていますので、どの時代どの民族にもかかわりなく、すべてに通用するものと考えています。その法が通用する土地がダール・ル・イスラームなのです。
 そこには国民国家という考えが入ってくる余地はありません。国民というか民族というものが独自の実態をもっていて、独自の文化をもっていて、民族自決権をもっているという考え方はありませんので、独自の法をたてるという考え方はないのです。すべての人間は平等である。イスラームではそういうふうに考えますので、人類はすべて平等なわけです。神も普遍的な宇宙の神ですから、それに従う。それがイスラームの考えで唯一の人間の秩序のあり方で、それは地球に一つしかないわけです。一つだけのイスラームの家というのがある。
 イスラームの家で実際に政治を行う権力がカリフ権というものです。カリフという言葉は皆さんも世界史で習っていると思いますが、もともとカリフというのは預言者の後継者という意味です。これは普通名詞です。会社の後継者とかそういう意味で普通に使います。預言者の後継者という意味です。これがイスラーム世界全体の政治的な権利になります。ダール・ル・イスラームというものがあって、それを一人のカリフが治めている。これがイスラームの政治のあり方です。
 一つ注意しないといけないのは、イスラームは普遍的な宗教であると、少なくともイスラーム教徒は信じておりますので、人種の差別というのはありません。すべての人種が平等です。
 もともと中東というか古代オリエントは多文化、多宗教、多民族、多言語が当たり前の世界なのです。すべての民族は仲良くしなければいけないという理念の話ではなくて、隣には別の言葉をしゃべる人間がいる、別の宗教をもった人間がいるのが当たり前の世界なのです。隣人は別の言葉をしゃべっている。隣人どころか同じ家族のなかでも言葉が通じない親戚がいっぱいいるのが当たり前の世界なのです。多民族、多宗教、多言語が共存するというのは理念でも何でもないのです。これは当たり前の現実です。それはイスラームが始まる前から、昔からそうなのです。もちろん共存するといっても、戦いがあることもあるわけですが、少なくとも多民族、多宗教、多言語の人間が一緒にいるということは当たり前の前提であります。そういう世界にイスラームは生まれています。そして現在もそうです。
 預言者の直弟子のなかにもアラブ人以外の人間がたくさんいます。白人というかギリシア人のスハイブとか、黒人のビラールとか、そういう人がもともといるわけです。そういうことは当たり前の世界です。すべての民族が生まれも関係なく一緒に信仰を共にするという平等な世界がある。これは当たり前のことです。
 イスラーム世界というのはそういう普遍的な世界です。それと同時に、イスラーム世界というとダール・ル・イスラームにはイスラーム教徒だけがいるのではないかと思われるかもしれませんが、そうではなくて多宗教を含んでいるのです。これも最初からそうですし、現在もそうです。最初のほうはもっとそうなのです。今のイスラーム世界はムスリムの人口、イスラーム教徒の割合が増えていますが、最初の頃は非常に少ないのです。というのは、イスラームでは強制的な改宗をさせなかったというか、歴史的にみると初期にはむしろ改宗をいやがったのです。というのは、単純な理由でして、税金が減るからです。
 イスラームには税金があるのですが、イスラーム教徒には浄財というのがありまして、宗教税というか、これは少なくて2.5%です。これは物によって違うのですが、お金の場合は資産の2.5%を納めるわけです。そういう浄財、ザカーというのがあるのです。それとは別に、異教徒からはハラージュ(地租)とか別のジズヤ(人頭税)といわれる税金を取るのです。その代わりにイスラーム教徒のほうは兵役があります。異教徒のほうは庇護民、ズィンミといいまして、ズィンマというのは庇護という意味です。守るのはムスリム、イスラーム教徒のほうの責任になります。異教徒は兵役がない代わりに税金を課されるというシステムです。税金をたくさんもらわないと国家が成り立たないので、異教徒がたくさん入ってくるのは大歓迎という感じで、むしろ最初の頃は改宗をいやがったので、最初の頃、イスラーム世界は異教徒が非常に多いというか、ムスリムが少なかったのですが、だんだん増えてくるのです。
 そのように、イスラーム世界というのはけっしてムスリムだけの世界ではない。レジュメのほうでは落ちているのですが、ダール・ル・イスラームというのはどうところかといいますと、ダール・ル・イスラームにおいてはイスラーム公法への忠誠、イスラーム公法を守ることと引き換えに、すべての宗教共同体が生命と財産と名誉の安全というもの、それから宗教法に基づく民事自治が保障される世界です。これがダール・ル・イスラームです。
(続く)

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