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GLA・高橋佳子(TL人間学)の『真創世記・天上編』のウソと矛盾
http://www.asyura2.com/0311/lunchbreak1/msg/290.html
投稿者 罰天使 日時 2003 年 11 月 20 日 18:25:24:.cqmwk1ePLJyg


GLA・高橋佳子の『真創世記・天上編』のウソと矛盾

 すでに高橋佳子の『真創世記』(名義は佳子ですが、実際の著者はSF作家:平井
和正)の「地獄編」については、その内容にある食違いやまちがい・矛盾について指摘
しました。
 父親であるGLA開祖・高橋信次の著作の矛盾とあやまりが、あまりにもひどい事
から、娘の佳子の著作も同じ愚行を為しているだろうと思ってはじめた作業ですが、
やはり「天上編」にも、ありました。
(ページ数に続く章題は、引用文のくだりのある目次の見出しです)

---------------------------------------

●P19:私達も長い転生のくりかえし

「たとえば、パウロというキリストの使徒をご存じでしょうか。パウロにしても、彼は
このように語っております。
『私が行おうとすることは、すべてその天使が私を指導してくださり、それによって私
は動いているのだ』と手紙の中に書いたこともあります。」

注)パウロの書いた「手紙」となれば、新約聖書の中にあるということになります。
「ローマ人への手紙」「コリント人への手紙」「ガラテヤ人への手紙」「エフェソ人への
手紙」「フィリピ人への手紙」「コロサイ人への手紙」「テサロニケ人への手紙」を調べ、
「テモテへの手紙」「テトスへの手紙」「フィレモン人への手紙」も、パウロ書簡文書は
ぜんぶ調べましたが、佳子が指摘したような文面は、1行もありません。
 だいいち、彼女のいうパウロとは、彼女の叔父(信次の弟)の高橋興和(前世)のこと
です。この興和パウロが、こんなでっちあげに協力したのでしょうか。
 いずれにせよ、使徒パウロに関して、これは虚偽の記述です。


●P28-30:憎み合う夫婦の真の意識は・・・

 1976年の夏に、不和な中年夫婦がやってきたので、その過去世意識(90%の意識)
と対話を開始。その過去世意識の言葉が次のようなもの。
「私はアメンホテップ4世(アクナートン)が説かれる心の教え・・・それらをうかがい
ました。モーゼの教え以来、いやそれ以前から起こっている多くのまちがいを、アメンホ
テップ4世は正してゆかれました」

注)イクナートンがファラオとして君臨し、アメン信仰をやめてアトン一神教を創立し、
テルエルアマルナに遷都したのは、在位BC1380〜BC1360(前14世紀)ごろ
です。
 彼がアモン神官たちの権勢の強大化を嫌って、そのような「宗教改革」をおこなった
のは事実ですが、それらは「狂信的改革」とされ、彼がなくなるとすぐに元のアメン信仰
に戻ったのは有名です。
http://www.tabiken.com/history/doc/A/A212L200.HTM
http://www2.wbs.ne.jp/~ryuzoji/List_of_Hero/AncientOrient.htm

 さて、そのイクナートン王が「モーゼの教え以来、それより前からの間違いまで正した」
とありますが、これは明らかなあやまりであり偽りです。
 なぜなら、モーゼはイクナートンより100〜200年ほど後代の人物だからです。
現在の説では、BC13世紀半から前12世紀初頭ごろの人物とされています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BC

 まだ生まれていないモーゼを、なぜイクナートンは知っているでしょうか。またなぜ、
その教えを受けたという、この90%の過去世人格が、すでに当時、モーゼが過去の人で
あるかのように「それ以来のまちがいを正していった」などと言えるのでしょうか。
 こんなでたらめを平然と語るのが「90%の過去世意識」などであるはずがありません。
すなわちこのエピソードは虚偽です。「不和な中年夫婦が相談にきた」という話自体も
たぶんフィクションでしょう。
 

●P52:天上界探訪(2)奴隷解放戦争の兵士

 佳子が天上世界へいって出会った一人の人物について。
「1700年代のアメリカ人です。南北戦争へ出たといっています。
---亡くなったのは南北戦争の後ですか?
『後です。私は北軍に参加しました・・・私は北軍として戦いました』

注)これもでたらめです。なぜなら、南北戦争は「1861〜1864年」の間に起こった
戦争です。「1700年代」ではありません。もし、1700年代に生まれた人だとした
ら、どう考えても62歳よりは上の高齢で兵士として参戦、そののち亡くなったことに
なります。
 そんなバカなことがありえないのは、いうまでもないことでしょう。
 このエピソードも佳子の無知のボロがでた作り話です。


●P53天上界探訪(3)ある生物学者の反省

 あきらかに「進化論(種の起源)」のチャールズ・ダーウィンとわかる生物学者の霊
との対話にて。
「かつて神学を学び、それに矛盾を感じ、新学説をとなえた人です。
『私は神学を学び、その頃の神学に矛盾を感じました・・・』」

注)あるサイトよりダーウィンの経歴を引用します。
「チャールズ・ダーウィン(1809-1882)は16歳になったとき,エジンバラ大学医学部に
入学したが,博物学に興味を持った。ダーウィンが医師になる意欲がないのを見て,父親
は牧師の勉強を薦めた。ダーウィンはその考えを受け入れて,1827年,ケンブリッジ大学
神学部に入学した。しかし,後にダーウィンは「完全な時間の浪費だった」と言っている」
http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/biology/evolutiontheory.htm

 佳子が言っているのとは、少しちがうようです。「天上編」だと、ダーウィンとおぼ
しい霊は「神学に矛盾を感じ、進化論を生む最初のきっかけになった」という意味のこと
を語っており、いいかえれば「進化論への最初の反面教師的ステップ」という「有意義性」
を付与しているようです。
 ところが、実際のダーウィンは生前からしてすでに「完全な時間の浪費」と語っていま
す。つまり「神学に矛盾を感じたから進化論を考えついた」という事はひとことも語って
いません。「まったくの無駄だった」という表現と、「矛盾をきっかけに新説が生まれた」
という表現の間には大きなへだたりが存在します。
 おそらくは、佳子が「ダーウィンは神学を学んだ」というプロフィールの沿革だけを
知り、「その神学の矛盾によって進化論を思いついたのだろう」と勝手に想像してでっち
あげたのが、上記のエピソードであろうと思われます。


●P92:宇宙と表裏一体の科学を!

 秦の始皇帝の家来で武官だったという48歳の「張」という人物の霊との対話。
「『秦の始皇帝はひどい人で、最後には結局殺されたです』
---今は?
『暗い世界にいます』
---(焚書坑儒などの)王のやり方については?
『反対。私は仏の教えを信じてました。ですから、それを見ていたので、おかしいと思い
ました』」

注)このエピソードも、二つの点で致命的なまちがいを犯しています。
 ひとつは、秦の始皇帝の死因は、暗殺ではなく「病死」です。BC210年に巡幸中に
現在の河北省で病没したというのが史実です。
 ふたつめは、この張さんの「仏の教えを信じていた」というセリフです。秦の始皇帝
の武官なら、BC3世紀〜2世紀にまたがる生涯だったでしょう。ところが、その時代、
中国にはまだ「仏教」が伝来していないのです。
 中国に仏の教えが伝来したのは、2世紀以上のちの西暦開始前後、漢の時代のことです。
http://www.leadtravel.com/japanese/fujiao.htm
http://homepage3.nifty.com/54321/chuugoku.html#koyaku

 したがって、この「張」さんの話もでたらめ。虚偽です。


●P93-94:天上界探訪(10)竜樹(インドの仏教学者)が語る仏陀の教え

「私はまちがっておりました。それは申すまでもありません。私自身がなぜ霊的なことを
禁止して、それまでの文章に形をつけたか。その時には、もうすでに悪霊に犯された人々
が多く出てきていたのです。(霊的)現象ばかりを尊び、いつしかその現象が魔に支配
され、それでも語りつづけている人々が、多くなりすぎてしまったのです。

 そのために、私はそれを禁止するより方法がなかったのです。私自身にそれほど霊的な
力があったわけではありません。・・・しかし、あの時代には疫病も流行し、それととも
に悪霊が大いなる力をふるっていたのです・・・私は、仏陀の説かれた教えだけでも正し
く人に伝えなければ、その気のつけ方が間違った方向に進んでしまったように思います。
・・こんな私をお赦し下さい。

 当時、私の手元に仏陀の教えが来た時に、教えはもう原型をとどめておりませんでし
た。おそらく・・・第1次結集(仏陀死後、各教団統一のため代表者が集まり、遺教を
編集したこと)、第2次結集のときには、だいぶ形がなくなっていたように思います。
・・・私自身は念動力について研究いたしました。そのころの密教は、己自身の魂の力
を発揮させる、ということが大切だったのです・・・」

注)果たして、この自分の生涯を謝罪している「霊人・竜樹」は、本物でしょうか。
 史実にある「竜樹」は「竜樹菩薩」と呼ばれるほどの大乗仏教の確立者ですが、その
人が「私の教学はまちがいだった」と述べているのですから、穏やかではありません。
大乗仏教全体に関わる問題です。
 
 インターネット上の資料などで調べると、次のようなことがわかります。

*龍樹(ナーガールジュナ)。西暦150〜250年頃在世。南インドのバラモン僧出身で、
大乗仏教(マハーナーマ)を理論的に集大成した。

 竜樹誕生前、紀元前後の部派仏教は、形式化・保守化し、上座部(小乗)仏教は思弁
哲学的傾向を強めた。苦行による自己の解脱が目的となり、形式主義におちいり、衆生
救済という原始仏教のありようから離れていった。
 そこで起こった改革運動が「大乗 (マハーヤーナ)」仏教で、全人類の救済を約束
して「菩薩道」を説いた。その際、従来の上座部仏教を「小乗」と批判した。

 竜樹は、そんな背景で、バラモン(婆羅門)の学問をすべて習得したのち仏教に転向、
上座部仏教(小乗仏教)を修めた。同時に初期の大乗仏教を学んで傾倒し、大乗の諸経典
に通暁した。初期・般若経典に従来からあった「空」概念とともに『中論』を著し、大乗
仏教を確立。

 当時、大乗運動は全インドで展開。『般若 (はんにゃ) 経』 『華厳 (けごん) 経』
『維摩 (ゆいま) 経』 『法華 (ほっけ) 経』 『大無量寿経』 『浄土経類』 等、
基本的大乗経典が成立。

 彼は「空」の思想を論理的・哲学的に整理し、すべてのものは実体がなく空である
(無自性・般若の空)という立場を表明。「有」でも「無」でもない両極端を避けた
「中観(ちゅうがん)」の思想に結実。のちにそれは「中観」派として、多大な影響を
与え、龍樹以後の大乗仏教は大なり小なりその影響を受ける。
 ただ、平易だった初期大乗仏教を難しく哲学化し、在家中心を出家中心に傾かせたと
いう側面も否定できません。

 いずれにせよ、「自利利他」「衆生済度」「菩薩行」を重視する大乗仏教の大成者で
あることは、まちがいのない所です。中国・日本では「八宗※の祖」とたたえられてい
ます。
※(倶舎宗・成実宗・律宗・天台宗・華厳宗・法相宗・三論宗・真言宗)

http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/mahayana.html
http://www.kosaiji.org/Buddhism/chugan.htm
http://www.mahoroba.ne.jp/~felix/SGI/Bud-His/
 
 こうして見ていくと、「天上編」の記述は、やはり史実とは相当に異なるようです。
だいいち、仏教史を見ると、竜樹さんが死後にあやまらなければならないことをした
とは、とても思えません。当時、小乗仏教の世界で「霊現象(霊道現象)」ばかりを
やっていたというような事実もなければ、疫病や悪霊の流行が新しい大乗仏教を生む
きっかけになったなどということも書かれていません。

 さらに、「第1次仏典結集」は、釈迦入滅(死去)の直後、弟子のマハーカシャパー
が、500人の弟子たちを集めて、まだ生々しい釈迦の言動の記憶を確認しあったわけ
ですので、それほどひどく形がなくなっていたはずはありません。
 また、第2次結集は、その100年後におこなわれていますが、これも竜樹が生まれ
る約3〜400年前の話ですから、竜樹さんが「原始仏教よりだいぶ形が崩れた」など
とコメントするのは不自然です。

 また、本人は「霊的能力はあまりなかった」といいながら、一方では「念動力を研究
していた」などと、でたらめを言っています。竜樹が念動力を研究したことも、密教を
研究したことも、ともにありえないことです。
 なぜなら、インドで大乗仏教の「密教」が成立するのは紀元7世紀、竜樹さんが死去
してから500年も後のことなのですから。なにより、インドにおける「密教」とは、
「ヒンズー教(バラモン教)化した仏教」のことを意味するのですから、バラモン教を
マスターした竜樹が、逆行に等しい「密教」研究をしていたはずはありません。「魂
力を発揮・・・」云々にいたっては、なにをかいわんやです。

 つまり、「天上編」の竜樹の霊はニセモノです。竜樹を「仏教を哲学化して難解に
した」という側面だけ取上げ、自分たちの方が優れているとするために、ウソ話で
おとしめただけです。なんと失礼な女子大生でしょうか。
 しかし、「菩薩道」を重視して「衆生済度」を唱える大乗仏教の大成者を、こんな
におとしめていながら、現在のGLAでは「菩薩道を行じる」という「ボーディサットゥ
バー宣言」を提唱しています。
 天上編の竜樹が正しいなら、佳子もGLAも「ボーディサットゥバー宣言」を撤回
するべきでしょう。「衆生済度」「菩薩行」も言うべきではありません。今日、彼らが
その用語を使えるのは、約1800年前の「竜樹菩薩」のおかげなのですから。


●『真創世記』天上編P146-168「3章 4.人を生かす人生の目的と方法」と『GLA』
誌1977年6月号P57-73「連載第4回ミカエルは語る」の記事は、まったく同一です。
 1箇所だけ異なるところがありますが、それは機関誌の方で書かれてあることが削除
されている点です。

 機関誌にはこうあります。
「二年前、ある研修会の時、私のもとへ嫁と姑の関係にあるお二人の方がいらしたこと
があります」(P65)

『真創世記』では同一箇所が、こうなっています。
「二年前、私のもとへ嫁と姑の関係にあるお二人の方がいらしたことがあります」
(P158)

 つまり「ある研修会の時」という一節が抜かれているのです。これがあるのと無いのと
では、印象がことなります。「研修会」といえば「組織・教団」をイメージさせるので
まずいと言う判断から削除したのでしょう。
 研修会で教団信者の嫁姑問題をあつかったという印象と、一般の人が個人的に面談を
申しこみ、個別に会ったという印象とでは、佳子の「引き立ち方」がちがいます。
 このような姑息な作業を、すでに26年前から、高橋佳子という人間は恥知らずにも
おこなってきたのです。

●P171:形式にとらわれすぎる

「アッシリアに征服された同じユダヤ民族で、のちに異教徒としてあつかわれたサマリア
人という人々がいますが、そのサマリア人は山中で傷ついた人を救っていきます。
 ところが同朋であるユダヤ人は、見て見ぬ振りをして、みんな逃げていってしまうの
です。
 後からきたサマリア人は、傷ついたユダヤ人を背負って宿まで連れてゆき、見ず知らず
の人々の宿代を支払うのです。
 イエスは『この人こそ神の子ではないか』といっています。つまり、今のキリスト教が
訴えていることと、イエスによって語られたこととでは、矛盾しているのです」

注)これは、新約聖書『ルカによる福音書』(第10章30〜36節)の事を指している
ようです。「ようです」というのは佳子の無知が生んだ虚構が混じっているからです。
普通は、「サマリア人のたとえ」といって、イエスが語った「たとえ話」のひとつとして
有名です。
 それを引用しましょう。

「イエスは答えて言われた。『ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲
われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行っ
た。
 たまたま、(ユダヤ人の宗教指導層である)祭司がひとり、その道を下って来たが、
彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。同じようにレビ人(ユダヤ人で神殿に奉仕する
階級)も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思
い、近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて
宿屋に連れて行き、介抱してやった。
 次の日、彼はデナリ(金貨)二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱して
あげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います』
 この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思うか』
 彼(イエスに質問した律法の専門家=パリサイ人)は言った。『その人にあわれみを
かけてやった人です』
 するとイエスは言われた。『あなたも行って同じようにしなさい』」
(ルカによる福音書 第10章30〜36節)

 サマリア人とは、聖書辞典によれば、BC722年、アッシリアにバビロン捕囚された
跡の北イスラエルに、他地方より異民族を移住させた結果うまれた、異民族とユダヤ人の
混血民族のことです。純粋のユダヤ人とは異なる聖書の信じ方をしたので、宗教的にも
「混血」状態になっていました。
 両者は、血統的にも宗教的にも「純血VS混血」という、互いに不倶戴天の敵のように
反目しあっていました。そういう深刻なユダヤVSサマリアの歴史的・民族的問題が集約
されている「たとえ話」でもあります。
 したがって、佳子のように「アッシリアに征服された同じユダヤ民族」「同朋である
ユダヤ人」と断言することは、あたかも異民族との混血がなかったかのような、史実を
歪めた不正確な表現です。

 佳子の書き方だと、あたかもイエスが語ったことは「実話」であったかのようですが、
実際は、論争をしかけられたときに答えた「たとえ話」です。
 しかも、「天上編」の記述は、あきれるような誤解・うろ覚えの捏造をまぜています。
「天上編」の記述は、イエスも語らなかった全くの「つくり話」なのが、再度読み比べて
いただければ、細部にわたって検証できるでしょう。

 たとえ話と実話の区別もつかない、文字通り「お話にならない」佳子の聖書知識です。
もしかしたら佳子は、正しいサマリア人の定義を知らなかったのではないでしょうか。
この程度なのに、信者たちには「イエスの12使徒はバカ弟子だった」と1977年当時
に豪語していたのですから、あきれたものです。佳子は「先生」ではなく、「ウソツキ」
で「バカ」というほかありません。

参考:善きサマリア人
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/noguchi/samaria.html


●P179:神は人を試さない

「一番、不確実なマルコ伝が、一番信用されているというのも、不確実だからこそ信憑性
があるのでしょう。きちんと整ってしまっているものは、あとで手が加えられているから
です」

 マルコ伝、すなわちマルコによる福音書は、最も初期にできた福音書ですが、それだか
らといって「一番不確実」だという評価が、聖書学者たちの間でくだされているなど、
聞いたことがありません。
「マタイ」「マルコ」「ルカ」は「共観福音書」として、だいたいいっしょに扱われる
ので、佳子がいうように「マルコ」が不確実なら、ほかの福音書も同じく不確実という
ことになります。どれがもっとも「不確実」か、などという評価基準は意味をなしません。
 ですから、マルコ伝がもっとも不確実で一番信用されているというのは、佳子の思い
つきのでっちあげです。福音書の成立過程も知らない無知は、隠しようもありません。
 ヨーロッパのキリスト教文明が、2000年間に蓄積した福音書研究のすごさを知ら
ないから、こんなバカげたことが書けるのです。

参考:新約聖書成立史表
http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/sin.nenpyou.html


●P184:安息日になぜイエスは働いたか

「唯物的な法の見方をした司教たちによって、彼(イエス)は十字架にかけられたので
す」

 P220:既成概念を超越する

「イエスを異端者として殺したのは、当時のユダヤ教の司教たちです」

注)「司教」は、キリスト教カトリックの聖職階級のことで、「ユダヤ教」の「祭司」
とは異なります。ユダヤ教では「祭司(コーヘン)」「教師(ラビ)」というのが通例
で、「司教」「司祭」などという言い方はしません。
「司教」という聖職名は、キリスト後にできたものですから、ユダヤ教の「司教」と
いうのはありえません。これは、カトリックの「神父」がプロテスタントの「牧師」に
あたるのが、よく知られているように、聖書・キリスト教の世界では「常識」です。
 ユダヤ教とキリスト教の区別もつかないで、どうしてイエスのことやモーゼのことを、
正しく解説し、人々の疑問に答えられるでしょうか。まったくふざけた無知まるだしの
記述です。

 佳子は自分の「魂の兄弟」(5人の分身)の一人が、ドイツの宗教改革の「ルター」
だったと、講演会などで語っています。ラテン語で書かれた難解なバイブルを、誰にも
わかるように、初めてドイツ語で訳して広めたほどの人物です。そんな偉人を過去世に
持つのに、こんなお粗末な聖書知識では、なんとしても納得がゆきません。
 つまり、ルターだとか旧約聖書の預言者エリヤとかの佳子の「分身話」も、みな虚偽
だということです。


●P221:三位一体のスーパーレリジョンとは

「イエスが説かれた教えは、けっして旧約聖書を完成させたものではありません。イエス
は霊的にアモンに指導を受けていますし・・・イエスの教えもまたこの日のための発展
途上の道程にあったのです」

注)ここでいう「旧約聖書」とは、その主要部たる「律法(モーゼ五書)」「預言書
(イエスの誕生を預言したものを含む)」のことです。それを完成させるというのは、
旧約の預言書に書かれたイエス誕生とその救いの予言が、モーセ以来の戒律や律法と
ともに止揚されて「実現」「成就する」ことを意味します。
 したがって、それらの予言は、イエス登場によって「成就」したので、洗礼者ヨハネ
が「旧約時代最期の預言者」と呼ばれています。
 つまり、イエスによってすでに「旧約聖書は完成」されているのです。それがために
イエス在世当時の「聖書」とは別の形で、イエスの言行録を中心とした「新しい聖書」
が別に編纂されて「新約聖書」となり、それまでの聖書を「旧約聖書」と呼ぶことに
なりました。
 細かい点では「100%完成した」とはいえないかもしれませんが、佳子のように
「まだ未完成で劣ったもの」といわんばかりの論調で故意に書けることではありません。

 ちなみに「新約」「旧約」の「約」とは「神との契約」の「約」です。すなわち、
新しい聖書は、モーセと神との間の旧来の契約が、イエス出現によって完了したので、
「新しい神との契約が結ばれた」という意味で「新約聖書」というわけです。
 イエスは、旧来の契約を満了させ、更新したのですから、モーゼ以来の教えと律法
は「完成(完了)」されたものとみなされますし、これが定説です。すなわち「旧約・
新約」と聖書をわけて記述すること自体が、「旧約聖書が完成されて新約聖書が生まれ
た」という事実を認めているのです。

 したがって、佳子が「旧約聖書は完成されていない」というのは、いいがかりであり、
聖書に無知、かつまたその文化に一片の敬意も払わない不遜な態度です。イエスの教え
が発展途上などと、どの口が裂けてそんな言葉を放ったのでしょうか。一応、大部分は
完成したと見るのが妥当です。

 本当に、「天上編」に確信があるなら、ローマ法王とユダヤ教の大ラビの二名を前に、
「イエスの教えは発展途上」と説得してみなさいと言いたい。60名ばかりの新聞記者
団の質問ぜめにも耐えられない者が、よくもこんな大口をたたくものです。
 アモンうんぬんにいたっては、父親の与太話をまねしたたわごとに過ぎません。自分
の出る幕がなくなるから、イエスをわざとおとしめているのです。
 こんな高橋佳子ごときの者に、26年前から現在・未来にいたるも聖書やイエスを語る
資格は、まったくありません。

 旧約聖書を完成させるために生まれてきたことを、次のようにイエス自身が語って
いるからです。

「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するため
ではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消
えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。だから、これらの最も小
さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ば
れる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。
言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなけれ
ば、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」
(マタイによる福音書5章17〜20節)

「律法と預言者はヨハネの時までである。それ以来、神の国の福音は宣べ伝えられ、だれ
もが力ずくで、そこにはいろうとする。しかし、律法の一画が落ちるよりも、天地の滅び
るほうがやさしい」(ルカによる福音書16章16〜17節)


●それでもまだ続く「スーパーレリジョン(久遠の宗教)」幻想

『真創世記』天上編では、第5章「スーパー・レリジョン(久遠の法)」という章題が
あり、さらにその項目のひとつに「スーパー・レリジョン」があり、この本自体における
締めくくりが「三位一体のスーパー・レリジョンとは?」です。
 そして、「創世潮流(GENESIS MOVEMENT)」という『真創世記』のタイトルを再利用
して「教団活動」を煽り出した2001年から、この「スーパー・レリジョン」という
用語が、24年ぶりに表ざたになりました。

 この四半世紀前の『真創世記』を最後の一滴まで利用し、搾り尽くそうという貪欲さ
には、驚くべきものがあります。人に書かせたものを骨までしゃぶりつくそうという
生臭さ、いじましさすら感じます。
 これは佳子が、21世紀になってからも「自分はミカエルでありつづけている」こと
を指しているのはいうまでもありません。しかも「講師や信者に言わせる」という形で、
姑息に発表しているのです。
 それは、次のような機関誌の記事を読めば歴然とします。

*2001年8月号P63 
(GLA講師・久水宏之氏が、「文責・GLA誌編集部」の名の元に、『新しい力』
の発売を記念して、その読後感を発表した文章)
「まず拝読して思いましたことは、このご本にはエネルギーと力がある。(中略)
私自身の衝撃は、『真創世記』(祥伝社刊)の「ミカエル宣言」を初めて読ませて
いただいたときと通じるものがありました。ですから、私にとっては、第二の「ミカ
エル宣言」のような衝撃を受けたご本であります」

*2001年11月号P44
(八ヶ岳伝道者研鑽セミナーのレポート)
「今まさに信次先生が願われてきたことが成り、『真創世記』で預言されたスーパ
ーレリジョン(久遠の宗教)が成った」

*2002年1月号P62
(幹部による新春座談の中で、実母・会長の高橋一栄の言葉より)
「先生の説かれる神理こそ、真の宗教。スーパーレリジョン(久遠の宗教)」

*2002年5月号P50
(フロンティア・カレッジ・セミナーのレポート)
「先生はIさんの道行きを共に辿られた。七七年に『真創世記』を読んで集い、
九三年、ニュープロジェクト発足のとき帰国」

 こうして煽られた会員の方たちは、そりゃあ一生懸命です。
 たとえば先日、GLA関係者への自主的視察に遠出した際、通りかかった都内のGLA
会員の方とおぼしい、あるお店には、店舗前の自動販売機に『新しい力』や『私が変わり
ます宣言』のポスターが貼られ、お店のシャッターにも「ジェネシス・ムーブメント」の
マークが、ペンキで描かれていました。
 ですが、いかんせん、ポスターはガムテープで雑に貼っただけで、あちこちはがれかけ
てますし、マークの下に書かれた英語のつづりもまちがっているので、なんだかなあと
思いました。ずっこけてますね。こんなんで、ホントに私も世界も変わるんだろうかと、
人ごとながら不安になりました。

 この「スーパーレリジョン」という最後の章で、20歳の佳子は平井和正氏の筆を
借りて、こう書いています。

「私は、あらゆる所に足を運んで、よく講演会を行うことがあります。すると、その
場所において、多くの光の天使たちが天上より下り、多くのかつての預言者たちが天上
より下って、彼らは私の講演を聞いているのです」P220

注)あらゆる場所って、どんな場所? ウソばっかりついちゃだめだよ、お嬢ちゃん。
誇大妄想は病気だよ、診察受けたら?といってあげたかったですね。もし、私が平井
和正さんのように、当時の彼女の近くにいることができていたら。


 残念ながら、彼女が平井氏の筆で「天上編」にまとめさせた「霊界通信」のエピソ
ードは、ここでその問題点を指摘したものばかりでなく、ほとんどのケースが「でっち
あげ」「虚言」「その場の思いつきの連続」だったようです。
 坂本竜馬暗殺現場の場面(P94-97)など、なかなか堂に入っているようですが、すで
に1975年に司馬遼太郎さんの小説『竜馬が行く』(文春文庫)が出版されています
から、それを読んでいればいくらでも演じられます。
 手に刀傷の場所とおぼしいミミズ腫れができただの、痛みが走り腕がしびれただの、
ウソつき常習犯の書くことはまったく信用できませんので、これも証拠のない虚偽と断
じておきます。

『真創世記』の内容を本気にした私はじめ、高橋佳子の「その場かぎりの思いつき」
「虚言」に振りまわされた人間にとっては、やりきれないような結論です。

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<関係情報板群>

GLA・高橋佳子の『真創世記・地獄編』のウソと矛盾
http://www.asyura.com/0310/bd29/msg/165.html
http://www16.tok2.com/home/asyura/0310/bd29/msg/165.html
GLA・高橋佳子の『真創世記(地獄編)』:「ミカエルは法の後継者」のウソ 
http://www.asyura.com/0310/bd29/msg/232.html
http://www16.tok2.com/home/asyura/0310/bd29/msg/232.html

GLA(パナウェーブ成立に影響あった教団)高橋信次の著作を疑う
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/532.html
GLA高橋信次の著書『心の発見・現証編』にみる異言の虚妄
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/533.html
GLA高橋信次の著書(『心の発見』など)は虚偽とまちがいだらけ1
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/536.html
GLA高橋信次の著書(『心の発見』など)は虚偽とまちがいだらけ2
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/537.html
GLA高橋信次の著書(『心の発見』など)は虚偽とまちがいだらけ3
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/538.html
3の補遺
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/541.html
GLA高橋信次の著書(『心の発見』など)は虚偽とまちがいだらけ4
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/539.html
GLA高橋信次の著書(『心の発見』など)は虚偽とまちがいだらけ5
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/540.html

GLA・高橋佳子は講演・機関誌上で断言---「私は全能にして真の救世主である!」
http://www.asyura2.com/0311/lunchbreak1/msg/285.html
実録・高橋佳子(GLA/TL人間学・主宰)「ミカエル事件」編
http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/326.html
GLA(TL人間学)高橋佳子は「ミカエル大天使」ではない(1977年9月27日〜)
http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/394.html
実録・GLA高橋佳子(TL人間学・主宰)の「強暴な素顔」編
http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/406.html
実録・GLA高橋佳子(TL人間学・主宰)の「セレブな金銭感覚」編
http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/472.html
実録・GLA高橋佳子(TL人間学・主宰)のエグい「基本的性格」編
http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/492.html
人に見せるための「祈り」をするGLA(TL人間学)高橋佳子
http://www.asyura2.com/0311/lunchbreak1/msg/254.html

GLA(TL人間学)高橋佳子の顔写真:1977年6月と2002年11月 
http://www.asyura2.com/0311/lunchbreak1/msg/286.html

『阿修羅』サイト/GLA・高橋信次・高橋佳子関連記事板ミラー板群
http://www.asyura2.com/2us0310/bd30/msg/134.html

<宗教法人GLA(高橋信次・高橋佳子)関連情報サイト・掲示板一覧1>(15年6/13版)
http://www.asyura.com/0306/bd27/msg/358.html
http://www16.tok2.com/home/asyura/0306/bd27/msg/358.html
<宗教法人GLA(高橋信次・高橋佳子)関連情報サイト・掲示板一覧2>(15年7/1版)
http://www.asyura.com/0306/bd27/msg/530.html
http://www16.tok2.com/home/asyura/0306/bd27/msg/530.html
<宗教法人GLA(高橋信次・高橋佳子)関連情報サイト・掲示板一覧3>(15年8/24版)
http://www.asyura.com/0306/bd28/msg/542.html
http://www16.tok2.com/home/asyura/0306/bd28/msg/542.html
<宗教法人GLA(高橋信次・高橋佳子)関連情報サイト・掲示板一覧4>(15年10/20版)
http://www.asyura2.com/0311/bd31/msg/319.html

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