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Re: テスト
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投稿者 エンセン 日時 2004 年 9 月 20 日 01:07:06:ieVyGVASbNhvI
 

(回答先: Re: テスト 投稿者 エンセン 日時 2004 年 6 月 18 日 03:35:16)

 
【現代アメリカの陰謀論】ジム・キース──UFOと職業的陰謀論者
 

第6章 UFOと新世界秩序の邂逅
     ──ジム・キースとデーヴィッド・アイク

来たるべき世界的な専制体制の脅威を訴える新世界秩序の思想は、1990年代にUFO陰謀論と合体した。この一体化は、ジム・キースとデーヴィッド・アイクというふたりの陰謀論者の著作に代表されるものである。両者とも、キリスト教愛国者サブカルチャーの新世界秩序信念を取り込んで新世界秩序とUFOを強く結び付けたが、両者の手法は必ずしも同じではなかった。

キースとアイクの比較は、類似点を示すだけでなく、差異を際立たせるためにも有益である。両者の差は、まずは国籍(キースは米国人、アイクは英国人)、つぎに出発点と読者層である。キースはあらゆる面で職業的な陰謀理論家で、対象とする読者層は陰謀論者であった。彼の初期の関心は、歴史を形作ってきたとされる謀略の解明にあった。彼はジョン・F・ケネディの暗殺後に浮かび上がった陰謀論的な環境に身を置くことができた。この暗殺が起きたときキースはわずか14歳であったが、彼はその後に栄えた陰謀論者たちの世界に住処を見出したのである。彼自身は決して極右ではなかったが、陰謀主義にのめり込むにつれ、キリスト教愛国者の世界観を受け入れるようになった。またキースは、陰謀主義に長く関わってUFO分野には遅れて来たが、死の間際にはUFOが彼の関心の中心を占めていた。

一方キースとは対照的にアイクは、陰謀主義に至る旅路を環境政策やニューエイジから出発している。「ニューエイジ」は常に漠とした概念であるが、アイクにはこの種のテーマが多数見出される。すなわち、精神的啓蒙や超越信仰や非物質的な実体を探求し、さらに見えざる力を突き止めて動員すれば世界が転換するなどという概念である。

アイクの登場は、ニコラス・グッドリック=クラークのいう「ニューエイジ環境における陰謀論の風土病的流行」を示唆している。クラークはこの流行を様ざまな外圧と結び付け、それらの実例として、1970年代に精神的な転換をもたらした挫折、グローバリゼーションに伴なう経済的圧迫、中産階級の失業、積極的行動やいわゆる政治的公正に対する激しい反動などを挙げている。

どのような理由かはさておいても、アイクは個人的、社会的な救済の約束に惹かれる人びとに読者層を見出した。早くから彼は、世界の転換が邪悪な要因によって妨害されているという信念を固め、これが新世界秩序であるとますます思い込み、最終的に邪悪な地球外生命体へと到達した。キースと同様にアイクも、政治的な右翼から出発したのではないが(その反対である)、徐々にキリスト教愛国者の思想をほとんど受け入れるようになった。しかも両人とも、UFO研究に登場したのではないが、最終的にほとんどの急進思想を取り込んでいった。

ジム・キース──UFOと職業的陰謀論者

ジム・キース(1949─99)は幼少時の1950年代のなかばから周辺出版物に寄稿していたが、当時の著作を探すのは困難である。1972年、23歳のときサイエントロジー教会に加わって10年間そこに留まっていた。キースが陰謀論作家としての経歴を歩みはじめたのは10年後の1992年で、スチームショベル・プレス誌と関係するようになってからである。

スチームショベル・プレス誌は、ケン・トマスが発行する陰謀に関する定期刊行誌であった。トマスは、この出版のきっかけをビート時代の1980年代初期の熟年会員の影響としている。実際、その後スチームショベルと誌名を替えた最初の号には、ティモシー・リアリーと一緒にLSD体験をしたリチャード・アルパートことラム・ダースのインタビュー記事が載せられている。

この雑誌は何度か発行が途切れたあと、1992年の第4号から定期刊行となった。この雑誌の最大の関心事はケネディの暗殺であったが、UFOやヴァチカンやドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルムなどの多数の謀略記事も掲載されていた。キースは第1号以来、多数の記事を寄稿している。同誌にはケネディ暗殺とUFOの記事は毎号欠かさず掲載されていたが、キースは幅広いテーマに寄稿していた。彼は決してUFOの専門家ではなかったのである。

キースは1992年から単行本を出し、ときに年3.4冊のペースで1999年まで執筆を続けた。そのうちほぼ半数が、UFO関連のテーマを扱ったものである。ほかの作品の多くも、ブラック・ヘリコプターやマインド・コントロールなど、新世界秩序の陰謀論者には馴染み深いテーマを取り上げている。実際、1994年のキースの『アメリカ上空のブラック・ヘリコプター──新世界秩序の突撃部隊』は、1997年に改訂版も出され、このテーマに関する代表的な作品とみられている。

陰謀主義がキースの作家生活を支配していたのと同様に、彼の突然の死に対する反応も陰謀論が君臨した。彼は1999年9月7日にネヴァダ州リノの病院で、3日前に転倒したあとの合併症で亡くなった。ところが仲間の陰謀論者たちは、外科手術後の血液凝固が致命的な死因であったとわかると、「謎めいた状況」について陰湿に囁き合った。トマスは、「たとえジム・キースの死が陰謀ではなかったとしても、彼はわれわれがそう考えるのを望んでいたにちがいない」と言っている。

彼の死の直後に出版された報告書によれば、彼は自分自身の名前で作品を書いていただけでなく、後半の章で議論するフリーメイソンやヴァチカンが絡んだ奇怪な謀略論も、コマンダーXという偽名を用いて彼が書いたものとみなされた。キースの知人たちは、彼がコマンダーXであったとか、謎めいた著書を手伝ったことを否定している。

キースが常々もっていた信念とは、世界が悪意をもった世界エリートの支配下に陥る危険性が切迫しているというもので、「このエリートは、世界の金融を支配するロックフェラー家やロスチャイルド家やその一族、そして彼らと連携する社会階層から構成されている」と考えた。キースが1994年に書いたものでは、これらのエリート層が国連を介して支配し、2000年には世界を乗っ取る計画を立てているとする。彼にとって悪意のある敵は金融家だけにかぎられず、三極委員会、スカル&ボーンズ、外交問題評議会、マルタ騎士団、フリーメイソン、マフィア、主要な諜報機関、「ナチ・インターナショナル」と呼ばれるものなどを支えるすべての人びとであった。彼らはみな、「新世界秩序の支配者」として一枚噛んでいるとされた。

キースは亡くなる都市の1999年、イルミナティとフリーメイソンが大勢を占めていたオカルト的陰謀論の闇の領域に反エリート主義を持ち込んだ。キースは、わたしが超陰謀理論と呼ぶものの雑食性の流儀に則って、マイケル・ベイジェントをはじめとする多様な思想を取り込んだ。ベイジェントの理論──オカルトやニューエイジ・サークルではきわめて有名である──とは、イエスは十字架上で死なず、マグダラのマリアと連れ立ってヨーロッパに逃れ、そこで結婚して子どもを生んだという筋書きである。その後、彼らの血脈はヨーロッパの王家を生み出し、いつかイェルサレムで「世界の王」を王位に就かせることを望んでいるとする。

ここからキースは、世界の王座を称するものがヴェールを脱ぐには、千年紀に繋がる2000年こそが完璧な時機であると予想した。超陰謀理論の構造は入れ子になったロシア人形(マトリョーシカ)のようなものなので、キースはこの核となる内部集団の策謀を、従来の比較的平凡なCIAやビルダーバーガーズの陰謀などと衝突することなく付け加えることができたのである。

1990年代のなかばになるとキースは、新世界秩序の陰謀理論のあらゆる装備具を身に纏いはじめた。彼は、FEMA(連邦緊急事態管理庁)の強制収容所の3つの一覧表を地図とともに出版した。彼はこれら収容所の収監者を予測し、「強情な愛国者、あらゆる反体制主義者、新世界秩序反対を喚き立てる者、政治的不穏当者、そしてとりわけ……合衆国の全体主義支配が行なうつぎの<ベビーステップ>にみずから賛意を示さない集団や個人によって収容所は溢れるだろう」とした。

キースによれば、後者の範疇には、「銃をみずから引き渡さない……個人」も含まれるらしい。キースは、電子機器の埋め込みによるマインド・コントロールにも取り憑かれていた。彼は、CIAがマイクロチップを埋め込んで監視や行動を支配する技術を開発したと信じ込み、埋め込まれたと称していたティモシー・マクヴェイの作り話をおそらく真実であると思っていた。

1990年代、民兵サークルのなかで流布した奇妙な物語のひとつに道路標識の順番がある。この説によれば、道路標識は保守用のなんの変哲もない情報を示したものではなく、新世界秩序の黒幕が最終的に米国を乗っ取る指令を出したとき、国連に指揮された外国の軍隊が従うべき暗号指令を示したものらしい。キースがこれを真剣に信じていたのは、『ブラック・ヘリコプター(2)』でまるまる一章をこの暗号の解明に充てていることからも明白である。

キースの作品が、右翼のキリスト教愛国者の正統説をますます忠実に辿るにつれて、汚染した情報源もどんどん取り込んでいった。このなかには強制収容所理論をぐっと拡張したウィリアム・パブストのものや、きわめて晦渋な陰謀理論を構築した極右のマーク・コエルンケのものも含まれている。キースの作品に露骨な反ユダヤ主義はみられないものの、過去や現在の反ユダヤ主義的な情報源も採用している。過去のものとしては、1920年代の英国人作家ネスタ・ウェブスターや、ウィリス・カートのスポットライト誌、ユースタス・マリンズの著作などが挙げられる。

これらのなかでUFOや異星人による誘拐やそれに関連するテーマは従属的な位置付けにすぎなかったが、キースは次第にこれらに傾倒していった。彼は、UFOが存在しないとは決して真剣に主張しなかった。その一方で、UFOを地球外生命体によるものとみなすことにも賛成しなかった。1992年に彼は、UFOが万事を実際に操っている「上層部」の被造物であり、彼らの目的に用いるために秘密技術を駆使して作られたものと推測した。

異星人による誘拐説に関してキースは、「アブダクティ」が異星人に捕まったと信じているのは、じつは俗世の権力の犠牲者にすぎないと確信していた。彼の見方では、アブダクティは、じつは地球外生命体に誘拐されたと思い込ませたCIAのマインド・コントロール研究の実験台にすぎなかった。政府は、この誤解のおかげで卑劣な「洗脳」活動を隠蔽することができたのである。同時に政府は、異星人誘拐説をもっともらしく信じ込ませるために、UFO研究の共同体に錯乱情報を拡げたとする。

キースの陰謀論びいきを考慮すれば、彼が第2章で述べた『第三の選択』の内容を頻繁に用いているのは驚くにあたらない。キースも、ミルトン・ウィリアム・クーパーと同様に、UFO侵略の内容を『第三の選択』の筋書きに合わせている。エリートが世界の完全支配を達成するのに、地球外生命体の侵略をでっち上げることほど好都合な話はない。キースはこの番組が嘘で塗り固めたものと気付いていたが、陰謀論者の視点では、何事も見かけとは異なるとみなすのが原則であるため、でっち上げにさえエリート支配の兆候がみられるとした。というのも、彼はこれがUFO研究家の信用を失墜させ、ほかの惑星に逃げ出すなどの話題の混乱に乗じる手段とみなした。要するに、『第三の選択』を信用する、しないにかかわらず、いずれにしろ背後では陰謀が蠢いているのである。

1997年から1999年に亡くなるまでキースは、異星人に関して若干異なった道を歩んだ。彼は新世界秩序理論を否定するつもりはなかったが、もっと複雑な可能性を考えはじめていた。この補助的な可能性とは認識論的な手法であり、とりわけほかの存在形態、おそらく非物質的な実体の存在を可能なかぎり考慮するというものであった。このためキースの晩年の作品では、異星人の経験と、異星人に誘拐されたと政府に心理操作された両方の経験が実在すると提案している。

彼の最後の作品となった挑発的な題名の『イルミナティの円盤』(Saucers of the Illuminati)では、イルミナティがUFOを出現させる魔術を発見したのかもしれないと推測している。さらに彼は、いわゆるメン・イン・ブラック(UFOについて暴露しすぎる人びとに干渉するといわれる不吉な3人組)が、オカルト主義者かなんらかの超自然的な王国の住人であると主張した。1998年の講演で彼は、物理的実体に縛られた存在から遠く遊離した人類は、オカルト主義者のいう「幽体離脱」のように、肉体を離脱して時間と空間を旅することができると述べている。

要するに、亡くなる直前のキースは、キリスト教愛国者や民兵のサブカルチャーから実質的にすべての新世界秩序の思想を吸収していただけでなく、異星人とUFOに関する実質的にあらゆる見方に適応できる多重認識論も選び取っていた。この考えでは、本物か虚構か、地球上か地球外が、無害か悪意があるかを問わないだけでなく、すべてが同時であっても構わないのである。


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