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大きな物語も小さな物語も終わった 大上段から「正義」押しつける左翼な人々
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投稿者 Q太郎 日時 2004 年 6 月 02 日 18:13:39:4V2zl9FyN7Ano
 

(回答先: 宮台真司・仲正昌樹トークセッション〜「共同体」と「自己決定」〜発言録 投稿者 Q太郎 日時 2004 年 6 月 02 日 18:11:03)


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大きな物語も小さな物語も終わった
大上段から「正義」押しつける左翼な人々
金沢大学助教授 仲正昌樹さんに聞く(上)2002-7-25
 
左転回はじめたポスト・モダニスト
救世主に立候補した柄谷行人
マイノリティを代弁するという欺瞞
  (続き)マイノリティ、望んでなったわけじゃない
アイデンティティ・ポリティクスの問題
「一般の人に教える」という傲慢
革命から暫定的改良へ


左転回はじめたポスト・モダニスト
――近著『ポスト・モダンの左旋回』のテーマから話してください。
★今までポスト・モダニズムの論客として知られていた人たちの中に、ここ4〜5年間くらい、急速に左翼的な場面で発言するようになった人たちがたくさんいます。有名なところから挙げていくと、高橋哲哉さん・小森陽一さん・柄谷行人さん・浅田彰さん(以下、敬称略)。それぞれ領域は違っているのですが、今まで言ってきたことからすると、必ずしも整合性がないような形で――本人にとっては整合性があるのかもしれませんが、何か急激に政治的になっていく風潮があります。
 これに対して左翼の論客たちは、「どうせポスト・モダニストの言うことはロクなものじゃない」と頭から拒否する人もいれば、逆にやたらと頭が柔らかくなりすぎて、「ポスト・モダニストが政治のことを語ってくれるのはいいことだ、30年前の再来だ」と安易に喜ぶ人もいて、何か妙に両極に分かれている。これはあまり真っ当な状況ではない。
 どうしてポスト・モダニストたちが、左の方から発言しないといけなくなってきたのか。ポスト・モダニストと言われる人たちは、自分たちの左旋回の理由をいろいろ挙げています。一番よく聞くのが「情勢が変わった」というやつです。「情勢が変わった」というのは、おそらくこういうことでしょう。実在する社会主義が崩壊し、反体制的な言説を言う人たちがいなくなった。それで自分たちがかわりに体制批判をするんだと。
 はっきり言って日本のポスト・モダニストで、これ以上きちんとした理由を言っている人はいないと思います。これに対して、デリダあたりだと、自分の「左旋回」の理由についてきちんと語っています。その内容は『ポスト・モダンの左旋回』を読んでもらうとして、デリダの話が出たついでに、「エクリチュールによるパロールの支配」というデリダの分析に即して日本のポスト・モダンの左転回を批判していきましょう。
――何か難しそうですね。
★ポイントはすごく簡単です。むしろ左翼運動をやってきた人はよく分かると思います。左翼の人々はよく「生きた言葉」という言い方をします。「現場の生の声」とか、新左翼になればなるほど、「生の、生の」といいます。
 しかし「生の言葉」と言っても、生に生きている人間はいろいろなことをしゃべっている。別に「革命の言説」ばかりをしゃべっているわけではない。むしろそれはごく一部でしょう。いわゆる疎外意識を持っていない人でも、そういうつもりで聞けばそういうこともしゃべってくれます。それを聞いた方が「生きた言葉」だと言っているだけのことです。
 左翼の人々に特有の決まったコードがあって、そのコードにあったものだけが「生きた言葉」だと、特定の左翼集団の中だけで再現前化=リプレゼント(represent)される。リプレゼントという言葉は、表象=再現前化とよく訳されますが、「代表」ないし「代弁」と訳しても全然問題ありません。いわゆる代弁主義というのは、まさに代表=表象の問題なんです。
 どんなに「生き生きとした言葉」などと言っても、結局のところ「意味の連関」を与えられていないと、言葉としてまったく生きてこない。そういう文脈の中で自分が生きてきたから、「これは生きている言葉だ」と感じる。それ抜きで「生きている言葉」なんてあり得ません。
 このことは、吉本隆明なんかもちゃんと説いていたはずなんですがね。なんだかそれが、単純に「庶民を知れ」というレベルになってしまうと、余計おかしなことになる。いわゆる庶民なんて、言葉の中にしかいないものです。もし、庶民性とか日常性という言葉が意味をもつとすれば、それは自分が対抗している相手の、庶民性や日常性の欠如を批判するときだけです。そうではない庶民性一般だとか、日常性一般なんていうのは、自己正当化の論理でしかありません。
他者の痛みが本当にわかるか  政治的に言うとそういうことなのですが、もうちょっと抽象的・哲学的に言うと次のようになります。「私がこういうふうに思考している」という事実は絶対に確実な事実である。普通デカルト以降の近代哲学はそこから出発します。
 しかし「自分が考えている」と言っても、そのときの自分の言葉は、やっぱりどこかから与えられた言葉なんです。日本語なり英語なりドイツ語なり、私たちは人からもらった言葉でパターン化して認識し、「私はこう考えている」と考えているわけです。つまり私たちの「自我」は、記号の媒介性を通じて自分自身の中で再現前化されている。
 キリスト教には、「聖書は、死んだ文字ではなくて生きた言葉だ」と繰り返し説いてきた歴史があります。デリダ的に考えれば、「生きた言葉」というのは、実はこうしたキリスト教的伝統からきている。けれども、イエスが語った言葉を知っている人は、原初キリスト教会においてもほとんどいない。死んだ文字=エクリチュールによって再現前化された「生きた言葉」でしかないのです。それを「生きた言葉」と言うことの矛盾は、キリスト教をやっている人間だったら、しみこんでいるはずです。
 キリスト教圏に起源を持つマルクス主義は、そうした矛盾には無自覚なままに「生きた言葉」という言い方だけを継承した。日本のマルクス主義者はおそらくそれを無意識的に輸入したのでしょう。それが今やマルクス主義者ではない人、自分では右翼的だと思っている人間でさえ、「生きた言葉」とかと言い出すようになっている。
 デリダは、そういう意味でエクリチュールの問題にしつこくこだわっています。デリダは、生きた言葉なんてことを語ることがいかに不毛で、場合によっては非常に危険なことをちゃんと知っていました。だから、そう簡単に「生きた言葉」なんて言えなかった。
 ところが日本でデリダを研究してきた人たち、例えば高橋哲哉のような人は、デリダに関する著作の中ではそうしたことをきちんと解説しているにもかかわらず、自分が例えば「従軍慰安婦」問題について発言する段になると、なんかやたらとナイーブになって、素朴に「代弁」してしまう。でもマイノリティの女性たちの言葉をきちんと代弁することなんてできるのか。
 「私はそんなことがあったなんて知らなかった。聞いてショックを受けた」というような、「よくある素朴な語り口」は、率直に言って大ッ嫌いなんです。「聞いてショックを受けた」なんていくら言っても、それで自分に何ができるのか。できることは限られているわけでしょう。それこそ自分の全財産を投げ捨てて、宗教的な行者みたいな生活でもしない限り、本当の意味で「応答」することはできないはずなんです。「無限な応答=責任がある」なんて本気で言うのだったら、そこまで行かなければならない。哲学者として発言するのならば、そこのところをもう少し考えて発言する必要があるんじゃないか。
 高橋哲哉が呼ばれて話をするのは、だいたい普通の左翼団体みたいなところです。あんまり難しいことを言っても駄目でしょうから、お涙頂戴で「同情しましょう」と言ってしまうのでしょう。しかし、哲学者や批評家としてそういう言い方をするのは、ちょっとおかしいと思う。
 自分が活動家になったつもりで言うんだったらいいんです。でも、そのつもりがないのなら、そういう言い方はすべきではない。むしろ哲学者や批評家ならば、「他者の声をきくというのはどういうことか、ちゃんと考えてみましょう。他者の声なんて本当に聞けるんでしょうか」と問題提起すべきだ。
 そういう言い方をすると、間違いなく嫌がられますがね。「それは他人の痛みが分からない人間の言うことだ」といって会場から怒鳴る人がいたりする。僕だったら、「自分の痛みは自分の痛み。他人の痛みは分からない。そんなことくらい分からないのか」と怒鳴り返します。ポスト・モダンとかと言うのなら、そういう態度をとるべきなのではないか。それがこの本を書いてみたいと思った一番最初の動機なんです。

救世主に立候補した柄谷行人
――本の方では柄谷行人のNAMに対する批判が中心ですね。
★ええ、かなりしつこく書きました。柄谷行人について一番反発を感じたのは、NAMを立ち上げるちょっと前に、『週刊読書人』に「私はアソシエ21のメンバーに何人か会ったけれども、あれは古い左翼がブント系の時の運動の夢を再現しようとしている」と書いていたことです。それを読んで「柄谷はいったい誰のことを言っているんだ」と思いましたね。
 話を聞いてみるとどうも柄谷は、僕なんかもそうですが若く新しい会員の話はほとんど聞かないで、アソシエ21の中でも特に古い、昔有名だった左翼の人とだけ話をして、「ああ、これは古いんだ」と決めたらしいんです。いかにも昔っからいる偉そうな「左翼の爺さん」ばかりと話をすれば、「昔話」になるのは当たり前です。
 この本の第2章で「マルクスと自然の鏡」という言い方をしましたが、はっきり言って皮肉です。つまり柄谷自身が古い左翼のイメージを持っているから、そのイメージをアソシエ21に反映させて見てしまう。おそらく柄谷は、左翼というのはプラカードを持ってデモ行進して、権力を奪取するといったイメージしか持っていない。そういうイメージの中で、もう一度左っぽいことを急に言い始めたわけです。
 しかし柄谷が言っていたことからすると、「資本主義というのは自己差異化する差異の体系」なわけでしょう。『マルクス その可能性の中心』の中で柄谷は、資本を操っている主体といった話は、極力しないようにしていた。どこかのセクトが今でも言っているような、大ブルジョアジーだとか、国家独占資本家といった話は全く出てきません。
 ところがなぜかその柄谷が、例の『可能なるコミュニズム』あたりから、急に「抵抗の主体」ということを言いはじめる。労働者は生産の場においては抵抗の主体に立てないけれども、消費の場においては主体に立てる可能性があるんじゃないかと。「これはすごい」と言っている人がいますが、論理的に考えて全然説得力がない。
 人が労働の場、生産の場において抵抗の主体として立てないのなら、どうして消費の場だったら立てるのか。単純に考えて、モノを買う場合には、こっちの方がお客様になるから「立てる」くらいのことしか考えられない。
 そもそも柄谷が言ってきたように、資本主義というものは記号化・自己差異化された存在で、独占資本家といった特定の主体がコントロールしているわけではないのなら、それに対してケンカを売るというのは、非常に馬鹿げた話です。台風に対して立ちはだかっているようなものでしょう。
 「抵抗する」こと自体には意味があると思う。しかし資本主義が記号の体系だとするならば、記号の差異化というものを特定の方向に誘導するなんて、そもそも人為的に可能なのか。そのことをちゃんと突き詰めて考えてみる必要がある。
 ところが柄谷は、近著の『トランス・クリティーク』を見ても、一方においては自己差異化する差異の体系の話をまだやっていて、その一方でそれを超えて運動する抵抗の主体という話をしている。記号が勝手に運動している速度を超えて人間が抵抗するというのはあまりに説得力がなさすぎる。あれで納得できる方がおかしいんじゃないか。
 何か困っていることがあるから「抵抗」するというのなら、この本でもプラグマティズムの話をしましたが、もうちょっとプラグマティズム的な態度をとるべきです。ところが柄谷は自分はひとつの大きな真理・大法則を解明した、だから、その法則を逆手にとって実践するんだという態度を取る。でもそうした議論というのは、必然的に目的論的になり、自分が救世主のようになってしまう。その結果、他人に多大な迷惑をかけてきたのがコミュニズムの歴史だったんじゃないか。
 学者や知識人に、「大法則や真理を言って欲しい」と要望をする人は世の中にはけっこういます。けれども、そんなことをいちいち聞いていちゃダメです。それでは本当の意味での主体性≠ヘ育たない。
 実は僕は、柄谷こそそう言うべきだと思っていました。ところがいつまでたってもそういう言い方をしようとしない。むしろ逆に、自分は現代思想のすべての蓄積をもって語るというふうな態度を取る。自分はポスト・モダニズムとマルクス主義の両方の頂点に立って語っている。まさに柄谷が最終審級になって語っている。いずれにしても柄谷の「NAMの原理」みたいに大上段に語るのは、もうそろそろ終わりにすべきだ。

マイノリティを代弁するという欺瞞
――最後の章では、「大きな物語と小さな物語」について論じていますね。
★そもそも「大きな物語」というのはリオタールの言い方です。これはよく言われる話なんですが、historyという言葉自体が今の意味を持ち始めたのは 18世紀からで、シェークスピアの時代頃だと、historyとstoryの区別はついていなかった。17世紀には、ほぼ同じような意味で使われています。historyとstory、語源は同じギリシア語の「ヒストレイン」からきていて、もともとどっちも同じ言葉だったのです。
 それが18世紀になって「客観的な歴史なるもの」があるとなった。それは「物語」とは違う特別なもので真理性があるんだと。そこから歴史は唯一の真理とされていった。これをカントとヘーゲルが理論化し、その大前提自体はマルクスも受け継いでいるわけです。
 それに対してリオタールは、歴史というのは世界全体を説明している壮大なものだけれども、それは「大きい」だけでやっぱり物語じゃないかと言った。その「壮大な物語」が歴史に見えるのは、歴史=物語に参加している人間が、完全にその物語の一部になっていて、自分の言動が歴史=物語と連動していると思っているからです。そう思っていれば、その物語は本人にとってリアルであり、「歴史」でいいわけです。
 ところが、歴史というのは、やはり物語性を持っているという事実が暴露されてしまった。その一番の実例にマルクス主義がなってしまったわけです。マルクス主義も、30年前には結構リアルだったんだと思う。ところが、今から考えたら何で人々がマルクス主義を信じていたのか分からない。自然弁証法なんて、もはやかなりゴリゴリのマルクス主義者でも信じていない。今、無理にマルクス主義にこだわっているとすれば、労働価値説くらいでしょう。しかし投下労働価値説という一番単純なやつを信じている人はもうあまりいません。マルクス主義という「大きな物語」は崩壊したわけです。
 フーコー以降、問題になってきたのは、つまりは言説の問題だった。「客観性」というのは実は言説によって作り上げられている。それはさっき言ったデリダの話にもつながっています。言説によって多くの権力作用が生じているのであって、その言説を超えた究極の記憶みたいなものが、何か実体的にあるわけではない。だから、その言説の構造を(言説)実践的に変えていくしかない。それが元々の「小さな物語」の話だったんです。
 ところがこの「小さな物語」の方も、特に日本の場合、かなりねじれてしまった。つまり、「内(ウチ)の集団で扱っている問題こそがリアルなんだ」という「生きた言葉」路線へと、何だか妙に変な方向に進んでいってしまった。
 少数民族や性的マイノリティ、それから被差別部落、精神障害者の問題等々、「うちのところの話は、他人にいくら言ってもよく分からんはずだ」と押し通す。分かった顔をしている人に対して、「分かってない」というのは意味があります。けれども、「分かっとらん」ということを言い続けたところで意味がない。自分では当事者だと思っていない人間が「代弁」してみたりするのは、もっと意味がない。
 マイノリティには他人に知られない苦しみがある。それは確かにそうでしょう。ところが、「小さい物語」をやり始めた人たちは、とにかくマイノリティの言説に妙にこだわって、自分たちがそれを伝えるということを特権化してしまう。
 宮台真司が最初にテレビに出てしゃべった時のあのしゃべり方というのは、いかにも東大の社会学科のしゃべり方といいますか、左翼ぶっているぼっちゃん東大生の口調で、聞いていて気分が悪かった。
 誰かに責められるとすぐに「君、現実を知らないだろ? 僕はフィールドワークをやって、そういう人たちと話をして分かってるんだよ」っていう。そういう宮台的な態度というのは、一番典型的な「小さな物語」の左翼知識人がやりそうなことなんです。最近は宮台もそんなに露骨にはやっていないようですね。でも宮台に憧れ、「第二の宮台」になろうとしているようなタイプは増えています。
 僕も『情況』なんかに書いていると、「お前も宮台みたいなことをやれ。ウケるようになれ」と言ってくる人がいます。しかし、そうした「小さな物語」を代弁するのが社会正義に適っていると発想をするのは、非常におかしい。僕は一貫してそう言い続けてきたつもりです。

なかまさ・まさき
1963年生まれ。1996年東京大学総合文化研究科 地域文化研究専攻博士課程終了。現在、金沢大学法学部助教授。社会思想史・比較文学。著書に『貨幣空間』『〈隠れたる神〉の痕跡』他。

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