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貨幣や市場について   [バルタン星人さんへ]
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/728.html
投稿者 あっしら 日時 2004 年 7 月 12 日 20:08:12:Mo7ApAlflbQ6s
 


バルタン星人さんの「Re: 貨幣や共同体についてあれこれ」( http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/723.html )へのレスです。
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バルタン星人さん、どうもです。

貨幣論や労働価値説を優先的に取り上げさせていただきます。

まず、貨幣に関して言えば、貨幣から「価値(富)の蓄蔵手段」性が抹消され、貨幣が果実として貨幣を生むという利息取得が表舞台からなくなれば、“彼ら”の支配力を含めて近代の災厄のほとんどが解消されると思っています。
逆に言えば、どのような名称(概念)になろうとも、それらが生き残っている限り、“彼ら”の支配力を含めて近代の災厄のほとんども生き残ることになると考えています。
(ここでは説明しませんが、「貨幣蓄蔵」も「利息取得」も明示的な法改正ないし政治的権力によらなくても実質的な抹消が可能です)

【バルタン星人さん】
「その認識に異存はないつもりです。しかしなぜそうした「仮象」が成立し、「生きる循環論法」として現前しているのかということです。」


貨幣の記号化が可能になったのは、世界レベルでの社会的分業(産業連関性)の密度の高まりです。

企業(資本家)は利潤を追い求めて活動するものであり、その利潤は、貨幣表現のものです。利潤を得るためには、現存する世界化した「近代経済システム」が必要であると認識し、それから遮断されたなかでは存続できないことを理解した時点で、貨幣の実体が何であるのかは問題から抜け落ちます。

記号であっても、その記号の数量が増えれば購入できる財や債券も増えるというのが確かな現実であるのなら、実体は何でもいいのです。

逆に、手に入れた貨幣が純金であってもそれで購入できる財や債券がないのなら、拝金主義者でもないかぎり、それを稼ごうと頑張る人はいなくなります。

金属貨幣が価値実体と考えられていたのも、それが労働価値の体現物だったからではなく、Xがそれを入手したAだけに限定されることなく、BでもCでもDでも....支払い手段として有効だったからです。
BはX、A、C、D...から受領した貨幣を使って財を購入できる。CもDも..。


貨幣が貨幣として機能するのは、その価値実体性ではなく、他者関係性の在り様に支えられているからです。


(労働価値の体現物であることが貨幣の価値実体であるのなら、それが交換に繰り返し使えることは論理矛盾です。端的には、金鉱山における採掘・精錬の労働は、ワインなど他の消費財を生産する労働と違って、目減りがしない永遠の価値を有していることになってしまいます)


他者と遮断しては、お金を手に入れる(儲ける)こともできず、欲しいものも手に入らないと得心する関係性が世界化したことが、ペーパーマネーが確固たる貨幣として世界で(普遍的に)機能しているという理解が必要です。


岩井克人氏の「モノが、貨幣として流通することによって、モノを超える価値をもってしまうのである。無から有が生まれているのである。ここに神秘がある」と語っているのは、文学的に過ぎる貨幣論ですが、同じ貨幣(ある1万円札)が繰り返し交換に使えることを表現したものとすればそれほど的外れではありません。

それを、貨幣はモノであると考えたり、無から有が生まれていることを神秘と見ることが問題になります。
(貨幣は他者関係性の表徴でありモノではない。貨幣そのものが有用ではなく、他者関係性の基礎にある労働に有用の源泉があり、その交換とも言える財の購入手段として“意味”があるのだから貨幣は記号でもかまわないという理解に進めば神秘のヴェールをめくることができます。もちろん、そのためには人が類として欲深い存在であることが必須です(笑))

【バルタン星人さん】
「>「コーヒーが10円、鉄が20円と貨幣を媒介にして自明のごとく数値に還元」されるのなら、
>それよって既に分配の問題も解かれているということになります。
>交換は、現象としては「物の交換」ですが、実体は「労働の交換」です。


しかしそれは市場において貨幣を媒介に交換が成立した事後的な世界を自明なものとする錯視ではありませんか?」

労働価値は論理的存在ですから、現実の価値表現である価格は、交換を通じてのみ確認できるものです。(価格は労働価値からけっこう乖離しているものです。理念的な完全自由競争であれば、価格は労働価値にほぼ一致する)

「既に分配の問題も解かれている」というのは、価格が交換によってのみ現象するものであるのなら、そのような価格が付くという前提として、それらを買う人がなにがしかの貨幣を保有していることを意味します。そして、その貨幣は、ほとんどの場合、なんらかの活動に従事することで手に入れたものです。

貨幣を保有している人がコーヒーや鉄の供給に見合うほどいなければ、そもそもコーヒーや鉄はそれほど市場に出てこない(誰も買える人がいなければ他者のためにつくる人はいない)のです。

これは、産業主義近代の終焉に大きく関わる問題ですから、「供給→需要原理」として詳細に説明する予定です。


【バルタン星人さん】
「つまり「市場経済」が真の意味で貫徹した近代における歴史的事実が、あっしらさんのいう究極の「他人依存性」の原因と言える訳です。世界市場は外部性としてある「他者」を未知の使用価値−商品の所有者として、あるいは商品そのものとして「交換可能性」という虚構を媒介に「内部」に吸い込み続けるブラックホールの様なものです。まさに「人間と人間の関係が物と物の関係」として現前する歴史性、出来事性が経済学の出生の秘密であり、「経済学」は世界を数学的規則性に還元しようとする「錯視」ではないかと。」


「錯視」とか、「還元しようとする」というものではなく、現実にそのような現象しているから、そのように表現したり解釈していると考えたほうが落ち着きがいいと思いますよ。(「錯視」とか「還元しようとする」という解釈のほうが転倒しているという意味です)

世界を数学的規則性に還元しようという思考操作ではなく、世界は数学的規則性を持つ近代経済論理に縛られていると認識するほうが突破力があると思っています。
(人がそんなものに縛られたままでいいのかという価値観問題も含めて...)


【バルタン星人さん】
「あっしらさんの論議が「本来の機能の喪失=死せる貨幣が生きるが如く踊る」とすれば異論があります。赤面するようなヘーゲル主義むき出しで言えば上記のように産業資本主義=世界市場の成立いう歴史性においてその本質が実現されたとも言えるわけです。
問題は貨幣ではなく「市場経済」が物質代謝を実現する歴史的特殊性が、人が何を欲望し何を断念するのかを組織するという確たる「現実性」にあります。まさに市場を司るものが神になるわけです。」

「死せる貨幣」は、価値実体(モノ)性が喪失したことのみに関わる表現であり、それは現実世界の人々の関係性がどのように変容したかということで重要な“出来事”であるという見方です。

後半部分は、「近代経済システム」である限りそれは継続するという意味で同意します。

【バルタン星人さん】
「単刀直入に言えば「市場の均衡」は貨幣のあらゆる商品に対する交換可能性(しかも「永遠」という時間性を持った)によって決済を先送りされた仮象ではないかということです。
つまり不足や過剰は市場に媒介され調整されるという錯視(幻想)は貨幣の時間性(永遠)が 不均衡を先送りしている、解決ならざる解決であるが、現実に商品には価格が設定され(売れようが売れまいが)モノのフローとしては成立している「現実的な」根拠があるわけです。
貨幣という特殊な商品が無ければ市場は成立しないとすれば、貨幣はカント的な「超越論的仮象」であり啓蒙で否定できない「宗教」です。宮台信司氏の言を借りれば「嘘であるが必要な嘘」になります。」


「市場の均衡」というのは、思考操作としてのみそう言えるもので、“市場は常に不均衡”です。

これまでは、労働力を貨幣で買い入れ、それを通じて生産した財を市場で貨幣と交換することで、不足や過剰を調整しようとしてなんとかやってこれたわけです。
(一度たりとも「市場の均衡」なぞ達成されたことはない。事後的にああであったことは均衡だったと言えるわけです。これは国際収支についても言えるわけです。均衡論を現実だと誤解すると、米国は貯蓄不足だから経常収支が赤字であるという静態的な説明でことたれりとなります)

価値実体を喪失したペーパーマネーは、“商品”と考えないほうが特性がよく見えるようになります。
宮台氏風に言えば、「価値実体がない貨幣ういう嘘が通用する世界になったが、その種の嘘が必要であることには変わりない」ということになります。


【バルタン星人さん】
「あっしらさんの「法や宗教と同等の観念的存在」であり「電線」であることには深く同意します。しかし
市場なしに貨幣なしにどうやってやっていくか、前出のように「商品(市場)は欲しいが貨幣はいらない」
(プルードン)は成り立たないのではないか。」


これは冒頭の説明及び第一のレスの内容にかかわるもので、何をもって貨幣と呼ぶのかという問題になります。

現在のように中央銀行が貸し出しを通じて供給するような貨幣に不可欠性はなく、貨幣と呼ぶ必要がないある表徴でことたれる関係性に既に達しているという見方で、プルードンを擁護します。

【バルタン星人さん】
「ぐちゃぐちゃと何が言いたいのかといえば「スイカを欲し貨幣をもつ買い手」と「スイカを持ち貨幣を欲する売り手」の均衡というのは本当か?ということです。」


均衡はないと説明しましたが、大枠で均衡を強いる論理はあり、それは「供給→需要原理」です。
(スイカや夏みかんといった“自然の恵み”を享受する財は、同じ労働で違う供給になるので少し厄介になりますが、株式会社農業として考察すれば同じ論理が作用するようになります)

【バルタン星人さん】
「貨幣退蔵を道徳的、理性的に批判できないわけです。」

労働が保存できないものである限り、人が労働成果物で生存を維持している限り、道徳はさておき、貨幣退蔵という行為は理性的な批判対象になります。
(貨幣退蔵であって、貯蓄ではないことに留意してください。預け入れをした経済主体(銀行)が金庫にしまったままにすれば、貨幣退蔵になります)


【バルタン星人さん】
「需要−供給は経験的にある程度の予測は付きますが変動要素は排除できないのです。暴落すれば「油代もでない」価格で出荷することになりますが、「時間とともに腐敗するナマモノ」という商品を持って市場から退場するのは不可能なわけで、スイカをブルトーザーで踏み潰して作付面積を調整するわけです。
食糧自給率の問題で言えば「模範国」イギリスにおいても
ギリスにおける農業的土地利用の変化
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~sekido/uk/agriculture/change.html
余剰生産物は「政府の買い上げ」という「外部性」により処理されるしかないわけです。」


スイカが、腐敗性に富んでいるものであり、“自然の恵み”であり、“単発勝負”(年1回の収穫)であることが「外部性」を要請します。

人々のお金があり余っているとしても、スイカの需要は限定的ですから、「外部性」がなければ、価格が急落したスイカ農家は借り入れでもしないと生活が成り立ちません。

政府が買い上げるという経済行為は、英国の納税者が少しずつですがスイカ農家に贈与をしていることを意味します。(それが共同体性の在り方でもあります)


【バルタン星人さん】
「しかも、マルクスをもじって言えば「人間は所与の条件を元に生産を行う、しかし思った通りではなく」です。「これをあれくらい作る」といってもその通りできる保障はありません。
私は市場−バザールの様なものはどうしても必要だと思います。ヘーゲル主義丸出しで情けなくなりますが経済と政治の分裂を止揚する祭事的空間という意味で。そのときだけ流通可能な「時間とともに価値を失う貨幣、ナマモノ(羊)の様に腐っていく貨幣」によって媒介される....」

近代産業の強みは、自然条件にあまり規定されずに年中無休で生産でき、加工ですから「これをあれくらい作る」ことができることにあります。
問題は、作ったものが確実に想定した価格で全量売れるわけではないということです。


市場があるからといって、生産の過剰と不足が調整されるわけではなく、価格で折り合いが付けられるというだけの話です。
その価格を見て、生産の調整が行われることになりますが、それが市場に出たときに“均衡”をもたらすという話はまったくありません。(裏目にでることもあれば、無思慮な人が得をすることもある)


市場を通じた貨幣媒介の交換といっても、そんな役割しか果たせません。
だからこそ、生存維持活動の主要部分は、ある程度狭い「開かれた地域共同体」で自存的独立的に行うほうがいいと考えています。


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