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「産業資本主義」の終焉:国民経済と年金問題:“高齢化社会”が問題なのではなく“供給活動投資額”が問題
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/866.html
投稿者 あっしら 日時 2004 年 8 月 02 日 23:20:46:Mo7ApAlflbQ6s
 


今回の参議院選挙で自民党が敗北した一つの要因が、国会議員の国民年金未払い・未加入への怒りや国民を無視した抜き打ち採決が主たるものであったとしても、「年金改定問題」であったことは確かだろう。

通常国会で成立した政府案(与党案)は、年金保険料の引き上げと年金給付額の減少の両建てで「年金問題」をとりあえずは先送りしようというものである。
民主党が提起した対案は、厚生年金・国民年金・共済年金を統合し、所得に応じた保険料負担と「年金目的消費税」の二階建てにしようというある種の抜本的改定である。
3党で抜本的改定論議を続けることが合意されたことから、与党も、今回成立させた「年金改正法」は当座しのぎのものだと考えているのであろう。

奇妙な話だが、厚生労働省や財務省のキャリア官僚そして政府・与党の政治家は、民主党案は現段階で政治的判断から打ち出せないものだと判断しながらも、将来的には消費税を引き上げることで年金財源を確保するしかないと考えており、「しめしめ、民主党にめいっぱい地ならしをして欲しい」と思っているはずだ。


■ 「年金問題」の本質

「年金問題」は“少子高齢化”が根本問題だと考えられている。

就業可能人口が減少していくなかで老齢者人口が増大していけば、勤労者の活動成果(所得)の18%程度(企業負担分を含む)で済んでいる負担が30%や40%になり、日本経済は活力を失ってしまうというのが広く了解されている見方であろう。

確かに、これまで年金保険料を年間50万円(企業負担分と合わせて100万円)負担していた年収400万円の勤労者が、100万円(企業負担分と合わせて20万円)を負担するようになれば、可処分所得が大きく減少するので、輸出がその分増加しない限り供給活動も大きく縮小する。

だから、今から、徐々に年金保険料の負担率を引き上げていく一方で年金給付額を引き下げていくというのが今回の「年金法改定」の趣旨である。

このような政治の動きや“識者”の説明を見聞きしてプッと吹き出さないひとは、いい加減でデタラメな説明を疑いも持たずに受け容れてしまう、まともな思考をしないひとであり詐欺に引っ掛かりやすいひとだと断じる。


“少子高齢化社会”という人口構成の変化は、「年金問題」とはまったく無関係なのである。
“少子高齢化社会”という人口構成の変化が問題になるとしたら、第一に供給力の低下であり(完全雇用でも輸入超過になる経済状態)、「年金問題」は、そのような供給力低下から派生する二次的問題でしかない。

逆に言えば、供給力が国内の需要を超えるもの(貿易収支黒字)である限り、「年金問題」は、政治家(官僚)と企業経営者の智恵で発生させないことができるし、発生させないことで国民経済も順調に成長する。
発生させるべきではない経済状況のなかで政治家や官僚が「年金問題」を発生させると、供給力は徐々に低下し、ついには国内の需要を下回る(貿易収支赤字)レベルまで落ち込むことになる。そして、この過程は「デフレ不況」そのものだから、企業も勤労者も地獄の責め苦を味わう。


日本の舵取りをしている人たちが、このような基本論理さえ理解していないことに愕然とさせられる。

日本の総人口1億3千万人のうちおよそ6000万人が供給活動に従事している。
これは、人口の半分が就業することで、ほとんどの国民がそこそこの生活を営むことができ、さらに10兆円もの貿易収支黒字を計上する「供給力余剰」状況に日本があることを意味する。
就業していなければ年金も受給していない幼児・園児・児童・生徒・学生の過半も、なんとか生存しているという状況ではなく、遊びや好きなものを消費できる経済環境にある。

10兆円の「供給力余剰」がどれくらいものかをイメージするのなら、国家公務員が111万人おり、その人件費が11兆7700億円であることを思い浮かべるのがいちばんわかりやすいだろう。
貿易収支黒字の10兆円で、中程度以上の生活をしているはずの公務員をさらに100万人抱えることができるのである。
現在の日本の供給力は、それほど大きな余剰を誇っている。
しかも、この10年間で見れば、それが、供給活動に従事する就業者数が300万人以上も減少するなかで実現されているのである。

“少子高齢化社会”と言っても、戦争のように数年間に300万人が犠牲になり人口が急減するわけではなく、緩慢な傾向である。
仮に、就業者人口が年率3%減少するとしても、生産性が年率で3%上昇していけば供給力は変わらない。そして、生産性の上昇に見合う年金保険料の負担増ならば、勤労者の可処分所得が減少することもない。

問題は、これまで何度も説明してきたように、生産性をスムーズに上昇できない経済状況であり、それへの対応策として勤労者の可処分所得を減少させていること(首切りを含む)なのである。


7年にわたるデフレ・スパイラルは、国内も“供給力過剰”状況にあることを意味する。
そして、それが起こす「デフレ不況」のために、一部の輸出優良企業を除く多くの企業が存続をかけた厳しい経営を続けている。

現在の日本は、戦後60年近くをかけて形成してきた供給力を十全に活かせない経済状況のなかで喘いでいるのであり、敗戦直後のように供給力不足で苦しんでいるわけではない。
(現実の経済問題をスムーズに解決する処方箋は、供給力に見合うまで供給活動投資額を増加することである。この問題については別途説明する)

実質生活水準が低下するハイパー・インフレであれば、供給活動投資額や赤字財政支出を減少させる金融・財政政策を採らなければならないが、今の日本経済は“供給力過剰”がもたらすデフレの渦中なのである。

日本の産業は国際競争力においてずば抜けたポジションを占めており、国民経済を脅かす競争相手がいるとしたら、海外に製造拠点や開発拠点を移した日本企業というのが現実である。
(中国企業が本格的な脅威になるのは早くても5年後だろうし、産業競争で決着が付いた米国に今さら日本企業を脅かす家電メーカーなどが生まれるはずもない)

日本経済の世界貿易に占めるシェアが低く、その原因がコスト高にあるという状況なら、給与水準を引き下げてでも輸出の増加をはかるという政策は意味がある。
しかし、この35年を振りかえれば、欧米諸国とのあいだで生じた「貿易摩擦」のために、繊維のように供給力を政治的に削減したり、家電や自動車のように現地生産に切り換えることで対応した歴史である。
給与水準を引き下げて価格競争力を高めたからといって輸出が増加できる世界経済ではない。
米国を中心とした輸入需要がどのように変動するかが、日本の輸出量を規定する唯一とも言える要因である。
中国や韓国の企業も、輸出を増加させるためには日本企業から部品や製造装置を輸入しなければならない状況なのだから、日本が「世界の工場」の中核なのである。
幸い外国為替レートは変動相場制である。日本のインフレ率が米国のインフレ率よりも高ければ、円ドルレートは「円安」に動くから、給与水準を高めても、輸出企業の粗利益減少はたいしたものではない。
生産性上昇=固定資本形成がスムーズに利益増加につながる緩やかなインフレに移行するほうが、企業の存続を賭けた愚かなデフレ誘導策よりも、輸出企業も含む日本企業の利益増加にずっと貢献するのである。

「近代」の歴史で、現在の日本ほど国民経済運営で恵まれた条件にある国家はないと言っても過言ではない。(大英帝国のように武力侵攻で植民地を拡大して販売市場を確保する必要はない)

個人も企業も、稼いだお金をより多く吸い上げられるような政策はイヤだろう。
しかし同時に、個人も企業も、稼ぎが少なくなる経済状況はイヤなはずだ。

歴史は一時も休むことなく歩み続け、国民経済が置かれる内的条件も外的条件も変容する。その変容を的確に掴み、理に適った政策を採らなければ、貧乏人がもっとも打撃を被るとしても、かつて高額所得者であった人たちも徐々に貧乏人の列に加わることになる。

貧乏人に一時的にお金を回しても、彼らはそのほとんどを財やサービスの購入に回すしかないのだから、回したお金は、様々な経路を通って負担した企業に還流し、それが原資となって高額所得者の懐に戻ってくる。

(★ 参照投稿:『「産業資本主義」の終焉:戦前米国の経済発展:広告宣伝や営業マンは“需要”を喚起しているのか?:「供給→需要原理」』( http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/782.html ))


逆に、稼いだお金をひとに回したり吸い上げられるのはイヤだと握り締めたままであれば、この間の日本経済と同じように、売上と利益が低迷し、破綻する企業や高額所得者からの脱落者が徐々に発生することになる。

稼いだお金は吸い上げられたくないという思いを国策として実現することで、次の稼ぎが少なくなる経済状況を再生産する愚を続けているのが、この間の日本なのである。


■ “少子高齢化社会”だから公的負担率が増加して当然と言う虚妄

そうは言っても、一人の年金受給者を支える就業者の数が減るのだから、勤労者の年金保険料が増えるのは仕方がないじゃないかと考えている人もいるだろう。

経済論理でマジックは使えないのだから、それはその通りである。

しかし、勤労者の年金保険料が増えることと勤労者の可処分所得が減ることはイコールではない。
年金保険料の負担が10万円増えたとしても給料総額が10万円増えれば、社会保険料は所得から全額控除されるので、可処分所得の減少はゼロである。
そして、人件費を支払う企業も、生産性を2.5%ほど上昇させれば、負担増で起きる粗利益の減少を回避することができる。

公的負担率を上昇させなくとも、給与総額の増加と生産性の上昇で公的負担の増加に対応すれば、勤労者の可処分所得と企業の粗利益の減少を避けることができるのである。

そして、負担が増加した年金保険料から給付される年金の消費性向が80%だとしても、80%は供給活動を行なっている企業の売上として還流する。
貯蓄に回される残りの20%は、「デフレ不況」が解消されれば、固定資本形成や国債引き受けの重要な原資となるものだから問題はない。


逆に、政府・与党や民主党案のような対応策がどのような悲劇をもたらすか考えてみたい。
両者とも、基本的に、年金保険料の負担増=可処分所得の減少と年金給付額の減少=可処分所得の減少を引き起こす政策である。(民主党の「年金目的消費税」も、可処分所得の減少につながる)

(★ 参照投稿:『「産業資本主義」の終焉:消費税(付加価値税)は国民経済を破壊する“悪魔の税制”:消費税なら物品税の拡張適用が本道』( http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/861.html ))

家計の消費性向が一定だとしても、可処分所得の減少はGDPの消費総額は減少につながる。(たぶん、老後の不安からさらに消費性向が低下することになるだろう)
消費総額が減少すれば、企業の売上(粗利益)が減少し、なかにはそれによって損失に陥るところも出てくる。売上の増加で損失をカバーできないと見通しを持てば、製造原価を下げるために海外に製造拠点を移すか、人員削減を行うか、給与水準を引き下げることになる。

日本政府は、ハイパー・インフレ状況で採用すべき経済政策を正反対の経済事象である「デフレ不況」に適用するという愚を犯しているのである。
(戦前年金制度が導入されたのは、軍事費=軍需産業をスムーズに動かすと同時に、消費財の過度なインフレを抑制するためである)


実のところ、現在の「年金問題」は、このような企業行動や国家政策から生じている。

供給活動の縮小は、付加価値の総和であるGDPを減少させ、社会保険料収入も減少させる。社会保険料の減少を受けて、政府は生き残った勤労者にさらなる社会保険料負担増を求める。それは勤労者の可処分所得減少を意味するので、さらに、GDPの消費総額が減少し、社会保険料収入が減少するという悪循環に陥る。
この悪循環から逃れられるのは、輸出の増加で国内の売上不振をカバーできる企業だけである。

まさに、政府と企業が自分たちの存立基盤である日本経済を破壊し続けているのである。支配層は、緩慢な経済破壊行為を自らやっているにも関わらず、「敗戦責任」や「バブル責任」と同じように、“少子高齢化”のせいで避けることができなかった経済衰退だと説明して知らん顔をするはずだ。

名目フロー所得(GDP)を縮小させる政策や行動は、問題解決につながるものではなく、よりいっそう問題を悪化させる愚策であるという基本さえ理解していない連中が日本の舵取りを担っているという悲劇的な状況である。


平成10年まで8%未満だったGNP(国民所得)に占める年金給付額は10%に達している。これは、年金受給者の増加も要因だが、分母であるGNPの縮小が大きな要因である。この6年間で名目GDPが6.5%ほど縮小しているからである。


日本の就業者数は97年の6,560万人をピークに低落傾向にあり、政府の対米金融35兆円がもたらした輸出増加の恩恵を受けている現在でも6,390万人である。

2200万人が加入している国民年金は、若年者を中心に高い未納状況が問題になっている。支払い免除者(免除率13%ほど)を含めて、加入者の37%ほどが未納である。
20歳代の未納率は50%を超えている。年金そのものが信頼性を失っているだけではなく、学生も強制加入で25歳未満の失業率が9.2%という惨状なのだから、当然と言えば当然であろう。
国民年金の受給者は2100万人ほどで給付額は10兆円ほどである。

源泉徴収ではない国民年金は、地方の零細自営業者が次々と破綻し、年金制度への信頼が失われているなかで保険料収入を回復させるのは困難である。
(国民年金の未納は、逆に今後さらに増加すると予測している)

サラリーマンの厚生年金加入者は、97年の3,347万人から01年の3,158万人と189万人も減少している。
厚生年金の平均適用月額報酬は318,000円だから、平均負担年金保険料は、40,740円(折半20,370円)×12=488,880円と推定できる。
48.8万円に189万人をかけると、年金保険料収入が9,2340億円ほど減少していることがわかる。(この他にも、不況のために徴収できない厚生年金保険料が480億円ほどある)
厚生年金の保険料収入は20兆2千億円で、厚生年金の受給者は2100万人で給付金額は30兆円(国庫負担の基礎年金1/3は控除済み)とされているから、10兆円弱の収入不足である。年金積み立て金は148兆円ほどだから、それを積み立て金で赤字を補填しても15年ほどで枯渇する。
(年金積み立て金の半分ほどが焦げ付いているなどと言われているが、取り崩しの必要に応じて政府が日銀に国債を引き受けて貰ってでも返済しなければならないお金である)

だからと言って、生き残った勤労者に給与が増えないまま年金保険料の負担増を強いれば輸出の増加がない限りGDPが縮小し、それが失業者の増加や給与切り下げにつながり、年金保険料収入の総額はほとんど変わらないものになる。
それどころか、再就職できない人たちが生活保護など公的扶助を受けるようになれば、社会保障関連費の総額が増えることになる。

供給力過剰状況で「年金問題」を解決する基本は、可処分所得を減少させないかたちで保険料収入を増加させる方法しかないのである。
それを企業が忌避すればGDP=付加価値は徐々に縮小するのだから、縮小を輸出で逃げる術がない企業にとっては自殺行為である。

■ 基礎年金国庫負担分を1/2に引き上げる意味

「年金問題」では、基礎年金の国庫負担分を現在の1/3から1/2に引き上げるという政策が決められており、それをどのように実現するかが焦点になっている。


与党の基本的な実現方法は、所得税の公的年金等の控除や老年者控除の縮小で税収を増やし、07年度以降は消費税をアップするというものである。
細田官房長官の小泉首相在任中の06年度に消費税のアップを決定する可能性もあるという記者発表は、この基本シナリオに則ったものである。

国庫負担分を引き上げること自体は問題ではないが、そのような増税策で実現されるのなら、日本経済の破壊を推し進めることになる。


基礎年金国庫負担分が1/2に引き上げられることで得をすると“錯覚する”のは企業である。
なぜなら、年金保険料は企業と勤労者が折半で負担しており、基礎年金国庫負担分が1/2に引き上げられることで企業の年金保険料負担=人件費が軽減されるからである。
企業の負担減少額は、基礎年金の1/6の半分である。

勤労者(給与所得者)も給与明細上の負担が基礎年金の1/6の半分だけ減少するが、所得税の増税や消費税の増税というかたちで、減少した負担以上の負担を強いられることになる。
それは、軽くなった企業負担分のほとんどと国民年金(たぶん共済年金も)の国庫負担分の一部を合わせて金額だと考えればいいだろう。

政府・与党の政策で実現される基礎年金国庫負担1/2なら、勤労者は、企業が負担していた分まで“自己負担”することになるので、現在の1/3のほうが軽い負担なのである。


企業や政府は国民の多数を占める勤労者をうまく騙して得をすると思っているかもしれないが、そんな都合がいい話にはならない。
勤労者にのしかかる負担増はそのまま勤労者家計の可処分所得の減少だから、GDPは縮小し、デフレ・スパイラルがさらに悪化することになる。


■ “少子高齢化”は移民の受け入れで解決するのか


奥田日本経団連は、人口減少=“少子高齢化”対策として、労働力移民の受け入れを提唱している。

日本経済が完全雇用状況ならそのような政策も考慮に値するが、完全失業者が320万人で就業断念者も増加している経済状況でそのような政策を本気で要求しているのなら、思考力が破綻していると断言する。

お金をたっぷり持っている移民のみで人口が増えるのであれば、居座り続ける外国人観光客が増えたという話になるからGDPの需要増加に貢献するが、日本で就業しなければ生活もままならないという人たちの移住で人口が増えるのなら、就業機会を与えない限り、政府が社会保障を通じて面倒を見なければならない。

移民として受け入れていながら国家が面倒をみないという醜態を見せれば、日本は、再び不埒で無責任な国家という烙印を押されることになる。
移民を受け入れるということは、日本国民と同じ保障を付与する責務を負うということである。
経済状況がおかしくなったときは、国民みなが身を削って移民の生活を支えるという覚悟がない限り、労働力としての移民を受け入れるべきではない。
(日本で移民排斥運動というおぞましいものを見たくない)


現在の日本で問題なのは、労働力の不足ではなく、「デフレ不況」という販売価格の下落圧力を受け、下落した販売価格でも利益が得られるようコスト削減目的で製造拠点を海外に移転し、そこから日本に輸出していることである。
供給活動に従事する人が減少すれば所得減から需要が減少するという経済の基本さえ理解できずに、コストを削減すれば利益が増えると皮相な考え方をしていることが、「デフレ不況」を悪化させているのである。
大手企業経営者の組織である日本経団連は、移民の受け入れを提唱するのではなく、この問題こそをまず解決しなければならない。


日本人が就業したくないと考えている職種があるとしても、320万人の完全失業者がいて、若年層の失業率が9.2%にもなっている日本が、政治(人道)的配慮ではなく、経済的思惑で移民を受け入れるというのは倒錯である。

3Kなどと言われ就業したくないと思われている職種は、外国人に依存するのではなく、必要な数がそれに就業したくなる水準まで給与を引き上げることで解決すべきである。


移民の受け入れは、日本経済が完全雇用状況(失業率2%以下)に回復してから考えても十分間に合うテーマである。


人口が減少に比例して供給力=需要が減少したとしても、資本増殖を至上命題としている企業以外はなんら問題ない。
企業も、中国など発展途上国は数多くあるのだから、そこに進出して経済成長に貢献すれば、売上や利益が減少するという問題は解決できる。
移民を受け入れてまで日本で供給力を維持することを考えるより、世界の需要地でひとを雇用し、その人たちが得た所得の連関的循環が生産した財の需要につながる方策を採ったほうがずっと合理的である。
供給活動に従事しない家計は消費者になれないのだから、日本のGDPだけを拡大しても、輸出を増加させることはできない。
それこそ、日本で生産した財を輸入してもらうために経済支援をしなければならないという惨状になるだけである。

日本は、“やや供給力過剰”という経済活動力を保てば十分やっていけるのである。


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