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「産業資本主義」の終焉:戦後日本の「農業(漁業)→産業→商業・サービス業→金融業」発展形態:「労働の交換」を理解するため
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/757.html
投稿者 あっしら 日時 2004 年 7 月 14 日 17:52:26:Mo7ApAlflbQ6s
 


『「産業主義近代」の終焉:戦後日本が豊かになったのはただ単に「より多く働くようになった」から!?』
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/490.html

『「産業主義近代」の終焉:“自然の恵み”ではなく“人々の恵み”が産業を発展させ生活も向上させてきた。』
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/692.html

の続きです。
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戦後日本の歴史を顧みれば、食糧の確保さえままならなかった戦後混乱期から、働けば少しずつ“近代生活”を手に入れられる高度成長期を経て、お金を払ってひとに面倒をみてもらったりお金がかかる遊びに興じるようになり、ついには、庶民のあいだでもお金を金融取引で増やそうとする動きが見られるようになったという変容過程を窺い知ることができる。

(戦後混乱期に金融取引やサービス業がなかったというわけではなく、平均的庶民の生活様態だとご理解いただきたい)


今回は、近代の経済論理を理解するために、このような「農業(漁業・牧畜)→産業→商業・サービス業→金融業」という経済の発展形態を考えてみたい。

戦後日本の発展形態は、人という生き物の生存活動の優先度と社会的分業(貨幣を媒介とした労働の交換)の動態的変化をわかりやすく示している。

人は、まず何より生き続けるために食糧を確保しなければならない。
衣服は“恥”を隠したり寒さをしのげるものであればよく、住居は洞窟だろうが粗末な掘っ立て小屋でもいい。
戦後日本には既に近代産業の技術や労働作法を知っている人が数多く存在し、彼らが日々の活動力を支える食糧を手に入れ、日本で産出できない原材料を確保すれば、産業の再生を図れる条件にあった。
その支援をしてくれたのが、意図や目的は別として、戦後日本の在り方を決めた米国政権(支配層)である。

自家消費を超える農産物を生産している農民も、産業が生産する財が手に入らないという状況であれば販売に意味を感じないから増産意欲を持たなくなる。(戦後混乱期の農民は貨幣ではなく物と米を交換したのはこの反映である)
農民が欲しい財を生産する産業の復興が、農業生産の拡大の必要条件である。(徴兵されていた主要な働き手が復員したことでその条件も整う)

渦中を生きていた人たちは論理もクソもなくただひたすら家族が生き延びるために日々の生活に励んでいたはずだが、産業が確立(復興)するためには、経済取引によるものであれ、政府の徴用と配給を通じたものであれ、農家が余剰の食糧を生産していなければならないという論理が基礎にある。
(共同体(国家)の構成員全員が食糧生産(確保)にいそしまなければ生存できない状況であれば、地から超然とした支配層も生まれ出ない)

“自然の恵み”を受け時間の余剰もある農民から自生的な工業は発展していくが、自立した産業が生まれるためには、それに従事する人たちの生存を支えるために、農民自身と国家機構に属する人たちの食糧需要を超える余剰が必須条件なのである。
(もちろん、英国のようにそれが北米大陸から輸入する食糧で賄われていてもいい。現在の日本のような低い食料自給率でも国家社会が存続できているのは、そのような歴史過程を経て輸入で食糧が手に入れられる強力な産業国家を築いたからである)


日本は朝鮮戦争特需を契機として高度成長期に入っていくが、成長を支えたのは、対米輸出であり、余剰食糧を生産する農民の需要であり、生産性の上昇とともに実質給与を徐々に増やした産業勤労者の需要である。

とにかく輸出で稼がなければ産業が必要とする日本にない原材料を手に入れることができない。
(そうはいっても発生する輸入決済用のドル不足は国際借り入れに依存していた。これは70年頃まで続いた。そして、借りたドルを日本円で返済するわけにはいかないから、利払いと元本返済のためさらに輸出に励まなければならない)

国内市場においては農民の購買力が重要な位置を占めていた。
当時の日本で層として唯一とも言える財を余剰に生産している農民がそれを売って手にした貨幣を産業が生産した財を買ってくれなければ、産業は、産業勤労者に支払った給与を回収できないのでうまく回っていかないからである。

ここで考えて欲しいのは、産業が輸出以外では富(貨幣的余剰)を生まないということである。

当時の日本の貿易収支は基本的に赤字だから、近代的産業の“真の利潤”である国外からの貨幣的富(余剰)の流入超過はなかった。
厄介なことに、産業勤労者は、家族ともども生きていくために必要な食糧を農民から購入しなければならないのだから、給料全額を産業が生産した財の購入に費やすことはできない。
これは、産業総体として、産業内連関では支払った給料の全額が回収できず、利潤の獲得どころか費用の回収さえできないことを意味する。
農民が産業勤労者に食糧を販売して得たお金すべてを産業が生産した財の購入に費やすことで初めて産業総体としてトントンの収支になる。
(これは産業総体に戻ってくるという話で、具体的にどの企業に戻ってくるかという問題とは別だから、利益を上げる企業もあれば、損失を被る企業もある。また、農民や産業勤労者そして公務員がタンス預金をすればその分は回収不足になる)


※ このような状況にあった日本の産業を支えていたのは、日銀と銀行が行った「信用創造」である。どこかの企業が新たに借り入れたお金は、別の企業への支払いになるのが通常だから、新規借り入れ分だけ産業全体の回収可能金額が増加することになり、絶妙な生産調整が行われていれば、どの企業も利益を上げることができる。
戦前・戦中の苦い経験や資金不足が続いていた事情から、東京オリンピック頃までは赤字財政支出はなかった。貿易収支も赤字だったのだから、日本の産業は、銀行の「信用創造」を利益源にしていたことになる。高度成長期が高率インフレの時代だったことは、年々膨大な「信用創造」が行われていたことを意味する。
当時は円ドルが固定レート(1ドル=360円)だったので、日本のインフレ率が米国のインフレ率を下回っている限り、国際競争力がインフレ率の差分だけ自動的に上昇する論理にあった。
このようなことから、当時の(大蔵)官僚は、経常収支動向と物価動向を気にかけなら政策を決めていた。(内外で潜在需要が高い産業分野に資金を融通し、その行き過ぎを経常収支動向と物価動向でチェックするという“統制経済政策”である)


この頃の日本は、産業勤労者の実質所得は低かったので、料理も洗濯も繕い物もお母さんがやるもので、サービスの購入は医療やたまに楽しむ外食といったものだった。
手間暇を惜しむよりもお金のほうが貴重で、穴のあいた靴下も、捨てるものではなく母親が繕って履き続けた。(家電製品や自動車などの輸送機器は一部富裕層が買うものだった)

商業も、家族経営の商店がほとんどで大都市部にデパートがあるという程度だった。スーパーが目立つようになったのは60年代中期以降である。これは、その当時の庶民の可処分所得が食糧や日常的な衣服や雑貨を買い求める程度でしかなかったことから、庶民向けに大規模な近代的商業が林立する経済条件はなかった。

戦後日本の産業は、輸出振興を第一義に、農民も産業勤労者も欲しい(必要な)生活利便品(衣服や日常生活用品)の生産を重点を置いたもので、そのための産業活動の制御は、基本的に貸し出し先の選別によって行われた。
民間(企業と家計)に余剰資金がほとんどなく外国為替取引も規制されていたから、企業を興すにしても、設備投資をするにしても、銀行から貸し出しを認めてもらえるかどうかが実現できるかどうかの決め手だった。(今は傲慢な政策を口にしているトヨタもそのような保護政策を通じて大きくなったのである)


日本が本格的に高度成長に入ったのは米国から最先端製造ノウハウを導入し始めてからである。
それにより生産性が大きく上昇し、生産量が増えた財は米国など輸出にされ、70年頃には貿易収支も黒字基調になった。(スクラップ&ビルドを通じた急速な生産性の上昇とその成果を活かした輸出の増加)

生産性の上昇によって増加した財が全量輸出できるのなら、守銭奴的に強欲な企業経営者が給料を上げなくても企業経営に支障をきたすことはない。
しかし、繊維・鉄鋼・TVなどで日米貿易摩擦が起きたように、安くて品質もいいからといって自国経済(国民生活)が破壊されるような量の輸入を受け容れる国家はない。
そうであるなら、強欲な企業経営者であっても従業員の給料をアップせざるをえない。そうしなければ、産業は、過剰な設備投資の重荷で倒れることになる。(産業総体が給料を上げたのは、論理的には“自己保身”なのである)

日本人の生活が豊かになっていったのは、産業の“自己保身”政策により、同じ時間で産出する量が増えた成果(財)を徐々に勤労者が手に入れていったからに他ならない。

それでも、急成長する産業が生産する財を輸出・農民・産業勤労者・公務員で引き受けることはできない。
産業が供給する財の多くは耐久財であり、普及期を終えると買い換え需要しか期待できない。モノクロTVがカラーTVになり、軽自動車が普通乗用車になり、ビデオやパソコンそして携帯電話と新規製品を生み出してきたが、従来的ペースで生産性を上昇させる条件はなくなった。これが、高度成長期から成熟期への移行の論理である。

鶏と卵の関係になるが、産業国家として成功した日本はサービス業を必要とするようになった。
産業勤労者は、生産性上昇の分け前を実質所得の増加というかたちで手に入れていった。それで、欲しかった家電製品や自動車を買い揃えていったり、念願のマイホームを長期の借金を伴いながら手に入れた。
それでも、可処分所得のすべてを産業が生産する財に使うわけではなかった。
食事を豊かにするためにもお金は使われたし、アイロン掛けなど面倒な仕事をひとにやってもらうためにもお金は使われたし、家族の娯楽や女性をはべらせる夜の遊びに使われるお金も増えていった。
(かかとに穴があいた靴下は繕うよりもゴミ箱に捨てたほうがいいと思われるようになり、家族のためにセーターを編んだりするのも、経済的メリットではなく、楽しみとして行われるようになった)

ポイントは、このような産業勤労者や公務員の消費行動が産業の成長を支えたことである。
クリーニング屋・飲食店・風俗店などに支払われたお金がそこで働く人たちの所得になり、その人たちも家電製品や自動車を買うようになった。食生活の変化で求められる新しい食材を農民が生産することで農民の所得も増加し、産業が生産する財をより多く購入するようになっていった。(農民の場合、農機具や肥料なども産業から購入する)

もしも、産業勤労者の家計が、出費を惜しみ家族でできることは自分たちでやり、増加した可処分所得を将来に備えて貯蓄に回していたら、高度成長やその後の低成長も達成できず、現在と同じような「長期デフレ不況」と大量失業者の発生に陥っていた可能性が高いのである。
(貯蓄が設備投資を中心にした借り入れを通じて経済活動に投入されるものであるなら、生産性の上昇すなわち財の供給量増加につながるわけだから、出費を惜しむ結果である貯蓄と矛盾する。だから、可処分所得が少なかったり消費性向が下がるときには、設備投資は控えられ、貯蓄は退蔵と等しくなる)

産業勤労者の家計が産業活動に従事した活動力と自分たちが必要な活動を他のひとの活動力をお金を媒介にして交換したことが、高度成長期のある時期以降の日本経済を支えてきたのである。

85年以降の日本は、「財テク」という言葉が日常語になったことに象徴されるように、庶民までが株式投資や不動産投資に手を染めていった。
これは、平均的産業勤労者が、膨大な返済が付きまとうとはいえマイホームを手に入れ、利便性や娯楽性を高める家電製品を揃え、自動車を保有した上で、外食を楽しみ、たまには海外旅行にも出掛け、将来に向けて貯蓄をしてもなお所得を残すようになった状況の反映である。


貯蓄と「財テク」の違いは、貯蓄が将来に備えるものであるのに対し、「財テク」はお金でお金を稼ごうとすることである。
(かつての貯蓄は、インフレーションによるお金の実質価値の目減りをできるだけ防ぎながら将来に備えるもので、お金でお金を稼ぐという目的はほぼない。現在のようなデフレ状況は、金利ゼロでもお金の実質価値が増加するので、貯蓄がお金でお金を稼ぐ要素を付与する)

株式投資にしろ不動産投資にしろ、株式を保有し配当を受け取ったり、土地や建物で何か事業を行うのなら「財テク」にはならない。
株式や不動産を購入し、ある限定期間だけそれを保有し、価格が上がったときに売却して利益を得ることを目的にした“投資”が「財テク」である。

逆に考えれば、配当率の増加や不動産を通じて得られる収益の増加を超えた株式や不動産の価格上昇分が「財テク」の恩恵である。

配当率の増加や不動産を通じて得られる収益の増加は、それぞれ産業・商業・サービス業の事業収益に依存するものである。
企業の利潤や不動産を使用する費用に見合う収入があることに依存するということだから、大枠としては、これまで説明してきた産業連関の順調な推移が必要条件となる。

では、「財テク」の恩恵は何に依存(由来)するものであろうか?

答えは、余剰貨幣と「財テク」の恩恵を得られるという“幻想”がともに存在し、“幻想”の対象が流通していることである。

事業や生活で必要なものを超える余剰貨幣がなければ、不要不急の株式や不動産を購入することはできない。
10億円で買った“モノ”が11億円で売れるという見通し(「財テク」の恩恵を得られるという“幻想”)がなければ、配当を目的とせず使用を目的としない株式や不動産を買うバカはいない。(株式の場合は値下がりを予測して投資することもできるので、10億円で売った“モノ”を9億円で買い戻して利益を上げることができる)
しかし、「財テク」の恩恵を得られるという“幻想”が生きているのなら、“幻想”の対象である株式や不動産を保有しているひとも、もっと高くなってから売ろうと考えるから、新規の株式や不動産が市場に現れないと余剰貨幣を投じる対象が不足することになる。(不足が価格上昇の要因であるが、誰もが株式や不動産を握り締めて売りが無であれば取引は成立しないので価格上昇は現実のものとはならない)


80年代後半の「バブル形成」は、余剰貨幣と「財テク」の恩恵を得られるという“幻想”がともに存在するなかで形成されたものである。

余剰貨幣を支えたのは、「プラザ合意」以降の超金融緩和政策であり、有力企業が徐々に資金を自主調達できるようになり貸し出し運用に窮するようになった銀行の「財テク」向け貸し出しであり、企業が積み上げてきた内部留保である。(余剰貨幣に占める家計を使う個人投資家の比率はたいしたものではない)

「財テク」の恩恵を得られるという“幻想”は、土地や株式はインフレ率を超えて右肩上がりに高くなるという「土地神話」と「株式神話」が基礎であり、政策的に増加した余剰貨幣が実際に株価や不動産価格を上昇させたことや大手新聞までが煽った「財テク神話」に支えられていた。

最後の投資対象の不足は、NTTを中心とする政府放出株式や企業の時価発行株式、そして、有名な「地上げ」が補った。(それでも“幻想”の量に対して不足だったから、株価も地価も急上昇した)

「財テク」の恩恵は、余剰貨幣を持つAから投機資産を持つBへの貨幣の移転によってのみ現実化される。
多くが「財テク」の恩恵を得られるという“幻想”を抱き、余剰貨幣があるうちに、投機資産を売却した者のみが実際の恩恵を手にする。
いちばん損失を被るのは、“幻想”が消滅する直前に投機資産を購入した者である。
ひとより早く“幻想”と余剰資金を手にして投機資産を購入した者は、「バブル崩壊」後でも利益を上げることができる。

「バブル崩壊」で誰もが損をしたかのようにも言われているが、それは嘘であり虚妄である。ちょっと考えればわかるように、損をした人がいるということは得をした人がいるということである。貨幣と資産の交換である「財テク」は、得をした人がいないまま、損をする人だけがいるということはないからである。

「バブル崩壊」の悲劇は、ただ一つ、預金者のお金を「財テク」や異常に値上がりした不動産購入のために貸し出した銀行が“崩壊”したことである。
端的には、得をした人たちが「財テク」を通じて預金者のお金も手に入れたことが、その後の悲劇を引き起こしたのである。
150兆円とも言われる大量の預金が、“有能”か“幸運”かはたまた“秘匿情報”の持ち主であった「財テク」行使者の手に渡ったはずである。

だから、財務的危機に陥った銀行への公的資金の投入は、銀行の犯罪的貸し出し行為や「財テク」で儲けた人たちをそのままに、庶民が預金を保護し銀行の存続を助けたことを意味する。
そうでありながら、政府(財務省)は、「財テク」(直接金融)を煽り続け、金融利得(「財テク」の恩恵)に対する課税を事業活動の所得よりも有利なものにしようとしているのである。


このような経済の発展論理(戦後日本経済史)を理解しないまま、“失われた10数年”とも言われる「長期デフレ不況」への処方箋を書くことはできない。

敗戦そして「バブル崩壊」と「長期デフレ不況」といった自らの失政の要因を明確にすることも反省の弁もないまま、その後も支配者として国家を運営するのみならず、そのツケを庶民に回している“エリート”たちを信じ続けたり委ね続けるのなら、庶民は“生き地獄”に突き落とされることになるだろう。

★ 参照投稿

米国支配層(世界支配層)は「産業主義近代」の終焉が近いことを知っていて、その後の世界に向けて動いている。
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/395.html

「産業主義近代」の終焉で最大の打撃を受けるのは、世界で最も成功した産業主義国家日本である。
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/419.html

「産業資本主義の終焉」=「停止状態」を悲観せず「始まり」として待望した“平等私有財産制共産主義者”J・S・ミル
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/454.html

「産業主義近代」の終焉は、マルクスではなく、ケネーの正しさを実証する:重農主義者は「産業主義近代」の終焉を予感していた。
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/430.html

「産業主義近代」の終焉:産業資本家と労働者は本当に対立(敵対)関係にあるのか?
http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/690.html


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