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Re: 実践的惰性態について
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投稿者 ビルダーバーグ4世 日時 2004 年 4 月 26 日 17:05:56:nunETXnuDo8yc
 

(回答先: それでは後ほどよろしく 投稿者 すみちゃん 日時 2004 年 4 月 26 日 15:42:31)

 4世は3世と同一人物です。
 東洋文明について、詳しく知っているわけではありませんが、東洋文明は基本的に「個」というか、個人意識がほとんどない文明形態です。マルクス風に言えば、「個が共同体に埋没し、自我が確立しないレベル」、つまり、アジア的共同体というわけです。
 従って、ギリシャ文明以来、個人の存在を極めて重視してきた西欧文明とは、基本的に異なるわけで、どちらに優位性があるか、は論じられない、と思います。
 ただ、産業革命以降、資本主義の世界化を牽引してきたのは、西欧文明であり、このため、例えばイラクのように、個人主義に基づく近代民主主義に馴染みのない国や地域に、これを強要することから、混乱が生まれるのだ、と思います。
 東洋と西欧が対等であり、全く異なる文明だ、というなら、どちらが好きか、は好みの問題でしょう。まあ、平たく言えば、隣同士、皆、知り合いの田舎と、お互い、なにも知らない都会の違いに類似しているでしょう。
 結局、「資本主義の世界再編」という近代を動かしてきたドライビングフォースが「文明の衝突」をもたらしているわけで、「なぜ、東洋(非西洋)から、資本主義が生まれなかったのか」ということに尽きる、と思います。
 笠井氏のいう「集合観念」というのは、パリ・コミューンのような、群集蜂起・革命の時には、個々人の観念が、超越的な雰囲気の中で、融合することで、個々人の孤立性が解消される、という見解ですが、この「超越的体験」が瞬間のみに成立し、持続しない、という点に挫折の理由があるわけです。まあ、ハレとケみたいな話です。サルトルが言う「実践的惰性態」(弁証法的理性批判をご参照下さい。サルトルの著作の名です)というのも同じことを指しています。小生は、結局、問題は「時間」であり、官僚制の発生の根源も、日常的惰性(時間)に「特権的瞬間」(蜂起等)が屈することに起因する、と思っていますが、ニーチェのいう「超人(イーバーメンシェン)でない限り、日常的惰性を克服することは不可能だ、(つまり、ケ現在の人類には「克服不可能のテーマだ)と思っております。

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