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呪は「いのり」にも、「のろい」にもなりやすい
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投稿者 へなちょこ 日時 2004 年 6 月 11 日 05:41:03:Ll6.QZOjNOr.w
 

(回答先: 名前で呼んだとたんそれは呪になってしまう 投稿者 へなちょこ 日時 2004 年 6 月 11 日 05:30:44)


 呪、「のろい」と読んでいただくと、少し困る。ま、「のろい」には違いないが、一般的に、使われていると思われる呪詛的ではないと言うことである。広い意味での「のろい」と取ってもらえればありがたい。
従って、この場合、「シュウ」とでも読んでいただいて、イメージを膨らませてもらえれば幸いである。
 その「シュウ」の話をこれから少ししてみたいと思う。こうして、その発する言葉にこだわり、そのイメージを造っていくことが、すでに「シュウ」だと言える。日本は、古代より、「言霊が、さきはう国」と言われ、言葉の霊力を信じてきた。良い言葉を発すれば、良いことが起こり、悪い言葉を発すれば、悪いことが起こると言う考えである。
「昔は、いざ知らず、きょうび、そんなこと、ダーレも信じとらせん」と、多くの方が思われるかもしれないが、決して、そんな、薄っぺらな科学主義では、この「シュウ」は、払いきれない。その典型的なものは、結婚式などの時に、端的に現れる。又、マスコミや、一部の団体が、盛んに気にする差別語と言われる、それこそ、差別され、忌み嫌われる言葉。まるで、そんな言葉があるから差別が生まれるとでも言っているようである。こういった社会現象が、今日生まれているのは、言霊信仰のたまものである。表現の仕方がおかしいが、皮肉のつもりである。
 私のHPを見て、いろんな人から、いろんなご意見をいただく。有り難いことである。その中に面白いものがある。「大変右翼的な考えだ。」と言うのと、「大変左翼的な考えだ」というのが若干ずつある。これには、私自身、苦笑せざるを得ない。ここでは、2重に「シュウ」が、掛けられている。まず、私を政治的人間だと決めつける。その上で、「右翼だ」「左翼だ」という、レッテルを貼るのである。このレッテルを貼ることにより、呪を掛ける。全く正反対の二つがあるのは、呪を掛けた方の立つ位置が違うから、私の居場所が違って見えるのである。自ずから、その人の大きさ、心の容量が、見えてくる。これは、私の「呪詛返し」ならぬ「シュウ返し」である。これには、やはり苦笑せざるを得ない。
 この呪は、元々、いのりである。神への祈り、何か解らない、畏れ多い物に対する祈りである。その祈りが、矮小化したところに、のろいがある。その祈りが、人間に向かった時、その思いが限定化され、シュウとなる。従って、シュウは「いのり」にも、「のろい」にもなりやすい。
 一番身近で、日常的なシュウが、名前である。人間は、生まれ出でたときは、名前を持ってはいない。しかし、その己自信は、ちゃんと存在している。しかし、すぐ、名前が付けられる。すると、その名前に自ら拘束され始める。知らないところで、突然自分の名前を呼ばれれば、「ハッ」として、一瞬緊張が走る。名前は、元々、他人と識別する符号に過ぎない。しかし、その名によって、他人ばかりか、自分をも、知らぬ間に律し、拘束している。名前がなければ、自分ではないような錯覚に陥る。これこそ、シュウである。私は、時々変な体験をする。見ず知らずの人が、目の前にいる時、この人の名前は、こんな名前に違いないと、ふとその名が浮かぶ。すると、その人の横のいた連れ合いらしい人が、まさにその名を呼ぶのである。そう思っていた、自分がびっくりしたりする。そんな話を周りの人にすると、そんな体験を持っている人は、結構いる。これは、どんな現象なのか良くは分からないが、少なくとも、その名を当てられた人からは、その名前の持つ自分自身の、又他人からのシュウが、かなり発散しているに違いない。そして、人間は、それを敏感に感じ取る感性を持っているのに違いない。そのように思われるのである。
百鬼夜行が跋扈する時代、平安の書物を見ていると、女性の名前は決して出てこない。男尊女卑の時代で、女性の名前なんか、忘れ去られた。と習ってきたが、これは、とんでもない間違いである。女性は、か弱い存在だから、表に現さない。名を表に現さないことは、魔物から身を守る最大の方法だったのである。魔物の「シュウ」から、身を守ったのである。平安の貴族は、フェミニストだったのである。これは女性ばかりではない。男性の名前に麻呂とつくのが多い。「まろ」「まる」である。これは、現在も使っているあの「おまる」、うんちをする物の事である。私は、こんなに汚い名前だよと言うことによって、魔物が、さけて通ることを期待したのである。「シュウ」は、のろいへと変わりやすい紙一重の所にある。
 ところで、名前を伏せると言ったら、匿名と言うことになるが、このインターネットの世界は、その多くを匿名で渡れる。この膨大なサイバースペースを匿名で過ごせると言うことは、まさに魅力の世界である。多くの方が、熱中し、はまりこむのも無理はない。一切のシュウから、解放された世界である。名前も、役職も、社会的地位も、一切関係ない。しかし、悲しいかな、一切解放されているにもかかわらず、わずかな言葉の端々からそれを感じようとする。悲しい性であろうか。シュウは、サイバースペースのわずかな隙をついて、入り込もうとする。だから、益々匿名は、繁盛する。
 暦の大安も、仏滅も、厄年も、みんな「シュウ」である。こんな物と思っていても、やはりとらわれる。先祖の霊だの、水子の祟りだのと言って、金を召し上げる、宗教まがいの強請商売がある。こんなものに、簡単に騙されてしまうのも、シュウの持つ強である。
 戦後社会は、特に宗教について考えることをなおざりにしてきた。学校で教えるのは、タブーだ。公共の場で、論じるのは、信仰の自由に反する。などと言うたわけた論理が、平然とまかり通り、臭い物のようにふたをしてきた。それは今も変わらない。従って、「オウム真理教」のような物が出て、多くの若者がとらわれることになる。そして、その後、迷える彼らを、ダーレも救うことは出来ない。ただ、我が町から出て行けと言うだけで、ダーレも救えない。勢い盛んな新興宗教だろうが、2000年の歴史を持つ既存の宗教だろうが、ダーレも救えない。宗教が宗教の体を成していない時代であるが、習俗だけは、日々変わることなく我々の、生活を規制し「シュウ」は、その威力を益々盛んにしている。現代日本人は、それへの認識すら出来ず、唯ストレスの中にうごめいている。
 柿本人麻呂の歌といわれる、
     しき島の  日本(やまと)の国は  言霊(ことだま)の
                          さきはふ国ぞ  まさきくありこそ
と言う万葉集の歌、考え方によっては恐ろしい歌である。

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