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神戸新聞記事
http://www.asyura2.com/0403/nihon12/msg/207.html
投稿者 エンセン 日時 2004 年 3 月 10 日 18:37:17:ieVyGVASbNhvI
 

(回答先: 「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」の掲示板は停止したままのようです 投稿者 エンセン 日時 2004 年 3 月 10 日 18:28:17)

 
申請から1年 受け入れ先で難航
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2004/03/10

 神戸の連続児童殺傷事件で逮捕された男性が関東医療少年院から仮退院した。少年院からの仮退院は通常、地方更生保護委員会に申請して数カ月で実施される。申請から一年もかかった今回のケースは異例だ。

 関東地方更生保護委員会は昨年秋、男性の更生状況に問題はないと判断している。これだけ時間がかかったのは、受け入れ先の調整が難航したためとみられる。

 男性の受け入れ先はプライバシー保護の観点から公にされないが、少年犯罪史上例のない凶悪事件で逮捕された男性が今後、社会人として生活していくには、地域社会との「共生」と家族の「再生」という二つの重い課題が待ち受けている。

 男性の家族の精神的なダメージは大きく、親子関係の修復にはなお時間が必要なため、受け入れ先は当面、家族以外の第三者とし、機が熟した時点で家族と暮らすことになるとみられる。

 しかし、忘れてはならないのは事件で子供を失った遺族の存在だ。遺族が受けた心の傷は決して癒えるものではない。

 「少年の健全育成と矯正」という少年法の精神に立った男性に対する手厚い更生プログラムの必要性は言うまでもないが、法務当局による遺族への十分な説明とケアが図られなければ、男性の真の更生は完結しない。

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/0310ke18770.html


「追い込まないで」 社会復帰を訴え
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2004/03/10

 神戸市の連続児童殺傷事件で、加害者の男性(21)が十日、関東医療少年院から仮退院したことを受け、少年審判で男性の付添人を務めた弁護士は「周りが騒いで男性を追い込んでしまうと社会復帰が難しくなる」と訴えている。

 弁護士は、男性が更生したとされることに関し「自分の命の価値に気付いたことで、人の命を奪ったことへの贖罪(しよくざい)の気持ちが生まれた」と分析。

 被害者側が懸念する再犯の恐れについて「少年は短期間で大きく成長する。心配はしていない」と言い「少年院が最高の手厚い態勢で臨んでくれたようだ」と話した。

 その上で、男性に対し「犯した罪の重みは消えないが、自分が人に愛されていることを忘れず、強く生きてほしい」と呼び掛けている。

 今回の仮退院をめぐり、法務省側が遺族側に更生状況など一定の情報開示を行った点については「事件ごとに場当たり的な対応をしている。何らかの統一的なルールが必要だ」と指摘。

 この事件などが契機となり、二○○○年に刑事罰適用年齢を十六歳から十四歳に引き下げるなど少年法が改正された点に触れ「厳罰化しても、少年犯罪の抑止力はまったくない」と強調した。

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/0310ke18760.html


「心、取り戻したのか」 男性 贖罪の言葉残す
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2004/03/10

 全国に衝撃を与え、少年法改正の契機となった神戸の連続児童殺傷事件から約七年。当時十四歳だった男性(21)が十日、仮退院した。「いつかはこの日が…」「人の心を取り戻したのか」。傷の癒えない遺族らの胸に、不安と疑問が入り交じる。娘を失った母親からは「逃げないでより良く生きて」との呼び掛けも。一生かけて罪を償う―。重い十字架を背負ったままの再出発だ。「酒鬼薔薇聖斗」を名乗った男性には、長く困難な道のりが待ち構えている。

 事件当時十四歳だった加害男性(21)は、逮捕当初、「欲望のまま行動するのが人間本来の姿」と口にするなど、その反社会的価値観や心の闇の深さは、社会を震かんさせた。

 一九九七年十月、関東医療少年院に送致された男性は、面会に訪れた関係者が少年院のスタッフに対し、「一人で死なせてほしい」と繰り返すばかりだった。

 法務省は男性の特別カリキュラムを作成。スタッフも増員し、矯正教育を続けるうちに、「無人島で独り暮らしがしたい」「社会で温かい人間に囲まれて生きたい」と心境の変化を見せ始めた。

 中等少年院に移送後は、初めて、二十人余りの少年たちと集団生活を送り、相手の気持ちを理解することなど、人との接し方を学んだ。また、職業訓練などにも励み、将来の具体的な展望を抱くようになったという。

 贖罪(しよくざい)教育では、遺族の手記を何度も読み返し、スタッフと語り合う中で、「二度と同じ気持ちにならない」と話すなど、被害者や遺族の痛みや苦しみを理解できるようになった。

 「夢まぼろしのようだ。犯罪で自己の存在を確認しようとしたことが理解できない」とも語ったという。

 あれから約七年。事件当時をこう振り返ることができるようになった男性は「罪の重さを一日たりとも忘れず、できることは何でもしたい」と誓い、少年院を後にしたという。

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/0310ke18750.html


2遺族「変わっていてほしい」 痛みと苦しみ共有を
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2004/03/10

 神戸市須磨区の連続児童殺傷事件で、加害男性の仮退院について、殺害された土師淳君=当時(11)=と山下彩花ちゃん=同(10)=の遺族側には十日午前、関東地方更生保護委員会から「本日、関東医療少年院を仮退院した」と、連絡があった。

 両遺族の代理人によると、午前十一時前、遺族と代理人に電話で通知があったという。男性の居住地について、同委員会は「近畿地方ではない」と説明。仮退院の経緯については「後日、要望があれば説明したい」と答えたという。

 淳君の父守さん(47)は加害男性の仮退院について、「重い十字架を背負って生きてほしい」と公表した手記で述べた。男性の更生については「判断は非常に困難」とし「保護観察期間を過ぎた後も、何らかの方法で経過を追ってほしい」と要望した。

 守さんは、淳君が殺害されて六年にあたる昨年五月の神戸新聞社とのインタビューで、「事件は一生忘れることはできない」と心情を打ち明けた。毎週、明石の菩提寺(ぼだいじ)に通い、月命日には住職に自宅に来てもらっているという。

 事件を機に、犯罪被害者の司法参加などの拡大を訴えてきた。同事件でも、法務省に仮退院情報の開示などを求める要望書などを提出。今回の情報開示を評価し、さらに踏み込んだ対応の必要性を強調している。

 一方、彩花ちゃんの両親はこれまで三回、法務省から矯正教育のプログラムや男性の変化について説明を受けた。昨年九月には、医療少年院で男性を担当していた教官や精神科医らと面会した。

 母親の京子さんは、男性に贖罪(しよくざい)感情が芽生えているという説明を受け、「人間は変われるものなのかもしれない。変わっていてほしいと思うようになった」と振り返った。「更生して罪を自覚し、遺族の痛みと苦しみを共有してほしい」と願った。

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/0310ke18740.html


神戸・連続児童殺傷の男性仮退院 事件から7年
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2004/03/10

 一九九七年、神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で逮捕された当時十四歳の中学生だった加害男性(21)が十日、収容されていた関東医療少年院(東京都府中市)から仮退院した。昨年三月に医療少年院から仮退院の申請を受けた関東地方更生保護委員会(さいたま市)が認めた。小学生五人が相次いで襲われ、うち二人が殺害された少年犯罪史上例のない事件から約七年。男性は今後、保護観察に付され、保護観察官や保護司から生活指導を受けるなど特別なサポート体制のもとで生活、社会復帰を目指す。

 仮退院は地方更生保護委員会の委員や保護観察官が本人に直接面接するなど調査し、三人の委員で構成する合議体が同日決定。男性は午前八時五十五分に仮退院した。居住地は公表されていないが、家族以外の第三者が身元を引き受けたとみられる。被害者の遺族側にも同日午前、「(男性の居住地は)近畿地方ではない」などと仮退院が伝えられた。

 男性は九七年六月に逮捕され、神戸地検が神戸家裁に送致。神戸家裁は一連の事件を男性の犯行と認定した上で「精神病ではないが、今後重い精神障害に陥る可能性がある」として医療少年院送致を決定した。

 関東医療少年院に収容された男性は二○○一年十一月、中等少年院に移されたが、神戸家裁が〇四年十二月までの収容を決定。その後、事件の反省が顕著で、〇二年七月に二十歳を迎えたことから、同少年院が社会での保護観察の処遇へ移行するのが望ましいとして、昨年三月下旬、仮退院を申請していた。

 当初は出院準備教育課程が終了する昨年九月にも仮退院するとみられていたが、受け入れ先の確保などに予想より時間がかかったとみられる。

 関係者らによると、男性は少年審判で「性的サディズム」と指摘されたが、一般の青年と同じレベルまで改善。精神障害の兆候もみられず、集団生活にも溶け込めるようになったという。

 また、事件について「犯罪によって自己の存在を確認しようとしたことが理解できない」と振り返り、「二度と同じ気持ちになることはない」と反省。被害者、遺族に対しても「一生償い続けたい」などと話しているという。

 連続児童殺傷事件 1997年2―3月にかけ、神戸市須磨区で小学生の女児ら4人が金づちで殴られたり、ナイフで刺されたりして、小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)=が死亡。5月24日には、同6年の土師淳君=同(11)=が殺害され、27日に遺体の一部が中学校の正門前で見つかり、その後、犯行声明文が神戸新聞社に届いた。同年6月、兵庫県警は殺人容疑などで近くの中学三年の少年=同(14)=を逮捕。神戸家裁は医療少年院送致とし、関東医療少年院などに収容された。神戸家裁は2002年7月、20歳になった男性を仮退院後の保護観察期間も含めて04年末まで収容継続を決定。同少年院は昨年3月、関東地方更生保護委員会に男性の仮退院を申請した。

 保護観察 犯罪者や非行少年を対象に、通常の社会生活を営ませながら自立更生を促す制度。保護観察処分は判決や家裁の決定で受ける場合と、刑務所の仮出所や少年院の仮退院で受ける場合に大別される。いずれも国家公務員の保護観察官が地域ボランティアの保護司と連携し、処分対象者に必要な指導や助言を行う。保護観察に付された少年や仮退院者は2002年で約5万4500人。

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/0310ke18710.html

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