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日本マスコミ「臆病」の構造―なぜ真実が書けないのか  ベンジャミン・フルフォード著
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投稿者 feel 日時 2004 年 12 月 06 日 01:34:45:/berAdga6DXu.
 

日本マスコミ「臆病」の構造―なぜ真実が書けないのか
宝島社 (2004-11-18出版)
フルフォード,ベンジャミン【著】
http://tkj.jp/books/4796643753/

はじめに
1.人質
2.小泉純一郎
3.記者クラブ
4.皇室
5.武富士
6.NHK
7.ソニー&松下
8.差別
9.住専
10.私はこうしてジャーナリストになった
あとがき
解説


出版社 / 著者からの内容紹介
なぜ「真実」を書けないのか
「ヤクザと不良債権」の記事が原因で「日経ウィークリー」を退社した著者の、体験的日本ジャーナリズム批判。知っているのに伝えないという「ウソより重い罪」はどこから来るのか。ヤクザ、皇室、武富士、人質バッシングから警察、芸能界まで日本メディアの書けない話が満載。度を超えた日本メディアの「臆病」のせいで、日本はフィクション国家を演じ続ける。

出版社からのコメント
あらゆる業界が「不良債権」の総決算を迫られるなか、「最後の護送船団」を維持する日本のマスコミ業界。
著者が20年以上にわたる日本でのジャーナリスト生活のなかで行き着いた結論は、タブーに触れずして物事の本質は語れないという事実だった。「外国人記者だから書けた」という著者の数多くの記事が、そのまま日本ジャーナリズムの硬直を浮き彫りにしている。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
フルフォード,ベンジャミン
『フォーブス(Forbes)』アジア太平洋支局長。1961年カナダ生まれ。外交官の父のもと、少年時代をキューバ、メキシコ、アルゼンチン等で過ごす。上智大学、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)を卒業後、日本でジャーナリスト活動に入る

はじめに

ウソより重い罪

 私がこれまで出した、『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』『ヤクザ・リセッション』『泥棒国家の完成』という3部作(いずれも光文社ペーパーパックス)のなかで、日本の読者に一貫して伝えてきたことは、日本経済が直面している「ほんとうの現実」についてである。
 日本の長期不況の背景にはヤクザの存在があり、「政・官・業・ヤクザ」の鉄の四角形が日本を破滅に導こうとしている、と私は繰り返し主張してきた。
 幸いにして、本の内容には少なからぬ反響があり、多くの方からさまざまな意見や感想、批判もいただいた。また、日本経済の未来に関するインタビューや講演依頼も増えるようになった。どういった形であれ、日本人の間で自分たちの国の未来を議論するきっかけとなったことは喜ばしいことだと思っている。
 
 さて、私の本について日本のメディア関係者から聞かれる感想の最も代表的なものといえば、こうだ。
「フルフォードさん。私もあなたと同じ考えです。ただ、あなたはガイジンだからそれが書けるんですよ」――こう聞くたびに、私はこんなジョークを思い出す。

 
 世界各国から象の研究者が集まった。それぞれテーマを考え、研究論文を書くことになった。イギリス人は、野生象の神秘の生活ぶりを。フランス人は、象のセックスについて。アメリカ人は、象を育てたのち金儲けをする方法。ドイツ人は象に関する哲学的考察。そして日本人は?答えはこうだ。「象は日本人をどう思っているか」


 日本人は、明らかに周りを見過ぎである。異常な臆病さを持っている。「外国人だから書ける」という指摘に対する私の答えはいたってシンプルだ。日本人の記者も書けばいいではないか。何を気にして書かないのか。日本の有力なマスメディアの記者たちは、私が書いている内容など、皆知っているのである。それどころか、外国人記者が絶対知りえないような重大な数字や、それだけで政権が吹っ飛ぶくらいのインパクトを持つ、政治家の秘密も知っている。ただ、何らかの理由により、目を閉じ、ニュースを握り潰し、積極的な調査報道を行わないのだ。私の本が反響を呼ぶ意味は、ここにもある。つまり「なぜ知っているのに書かないのか」という疑問だ。

 こうした疑問は、何もいまに始まった話ではない。日本で、沈黙するメディアを批判する際にしばしば引用されるのは、1974年、フリーランスのジャーナリストであった立花隆のリポートが、時の田中角栄首相を退陣に追い込んだとされる出来事だ。

 膨大な資料から田中角栄の資金力を解明した立花の「田中角栄研究」(『文藝春秋』1974年11月号)を読んだ大手新聞社の幹部たちは「それらのことはすべて知っていた」と語ったという。このエピソードから30年以上経つが、メディアの体質はほとんど変わっていないように見える。
 田中角栄は、大手メディアの調教、飼い犬化を成し遂げた政治家だった。1960年代、自民党の幹部にあって電波行政を牛耳っていた田中は、大手町など東京の中心にあった国有地を格安の値段で新聞社・テレビ局に与え、ネットワーク化させた。正当な競争原理を排除し、まさに「護送船団」の庇護におく一方で、「軽井沢発言」と呼ばれるマスコミ恫喝など、締め付けも忘れなかった。その効果は絶大で、大蔵省がリードしてきた金融界の「護送船団」が一応の終止符を打ったいまも、メディアの「護送船団」は全く完全な形で残っているのである。

[軽井沢発言]1972年、田中首相が軽井沢で番記者9人に対し「俺はマスコミを知りつくしている。つまらないことはやめだ、わかったな。キミたちがつまらんことを追いかけず、危ない橋を渡らなければ、俺も助かるし、キミらも助かる」という主旨の発言をしたというもの。

 メディアにとって、国民に知らせるべき真実を報じないことは、ウソを書くことよりも重い罪である。私は2002年に「権力に取り込まれたプレス」(原題:「」)という記事を『フォーブス』誌で書いた。
 その主旨は、経済不況の責任は日本のメディアにもあるというものだ。特に新聞社、テレビ局といった大手メディアが形式的な経済政策批判を続けたおかげで、バブル崩壊後、この日本には取り返しのつかない時間的、経済的損失が残されてしまった。その間、彼らのやってきたことといえば、日本をダメにした「鉄の四角形」をより強固にし、改革は進んでいるとヤクザもビックリのウソをつく「自民党組」の手助けでしかなかった。そしていま、依然としてメディアには「真実」を報道する勇気がないように見える。

一番信じられるのは右翼の街宣車

 カナダ人である私は約20年間にわたり、日本でジャーナリスト活動を続けてきた。通信社を皮切りにキャリアをスタートさせ、あるときには組織に属し、あるときにはフリーランサーとして、そしていまは米国の経済誌『フォーブス』のアジア太平洋支局長という立場にある。本書はそんな私が見続けてきた体験的な日本メディア論である。
 これまでの取材経験から言って、私のようなガイジン記者には、アンダーワールドの情報が集まりやすい傾向がある。また、日本のメディアには全く対応しないような人物が、英語によるインタビュー申し込みには応じるというケースも少なからずある。これは、単に外国人記者がエキゾチックでもの珍しいという好奇心だけでなく、日本のメディアに対する失望や嫌悪、不信も含まれている。その理由の多くは、日本のメディアが取り合ってくれない、あるいは取材をしても報道はしないという姿勢を崩さないからである。

 なぜ彼らは知っていることを書かないのか。なぜジャーナリストになったのか。なぜ聞くべき質問をしないのか。その臆病さの背景には何があるのか。「真実の日本の姿」を報道するという、本来日本人によってなされるべき仕事が、むしろ外国人によって積極的になされる奇妙さとは何なのか。私はそれらの疑問について考えるようになった。
 そして取材生活を通じて次第に分かってきたことは、まず、記者クラブというギルドを形成し、政・官・業と度を越した馴れ合い関係を持っているメディアの癒着構造。もうひとつは、日本の社会には書いてはならない「タブー」が驚くほど多いということだった。具体的に言えば、皇室、警察、ヤクザ、検察、被差別部落や在日韓国人など差別に関すること、創価学会など。しかし、それらに切り込まない「真実の報道」などフェイクに過ぎないと分かっていても、あえてそれには触れない。これは読者、国民に対する重大な裏切りと言わざるを得ない。

 これまでにも何度か書いてきたように、私はかつて日経の英字紙「The Nikkei Weekly」で仕事をした経験がある。だが、不良債権とヤクザに関する記事などに対し、「もうそのような記事は書かなくてもいい」という上司からストップをかけられるようになった。
「なぜお前はこのような記事を書かなければならないのか」と問われ、「正義のためです」と答えたとき、彼らは笑った。「正義ってなんだ?」。
 私はその極度の「事なかれ主義」を軽蔑し、それ以来、日本の大手新聞、テレビの報道にかけるスピリッツをさほど信用しなくなった。
 だからいまでは、日本で信頼できるのは、まず右翼の街宣車。次に週刊誌と夕刊紙。そして大手紙や民放テレビ、最後がNHKという、一般的日本人とはかなり異なる基準を持っている。

射殺された『フォーブス』ロシア版編集長

 国民全体の利益を考え、真実を報道することは、ジャーナリストの使命だ。しかしそのためには、ときにリスキーな取材をし、サラリーに見合わないさまざまな努力が必要になる。それは必ずしも簡単なことではない。ここである一人のジャーナリストについて書いておきたい。

 2004年7月9日、『フォーブス』誌のロシア版編集長、ポール・クレブニコフ(41)がモスクワの路上で何者かによって射殺された。さまざまな報道によれば、夜、事務所を出た彼は、地下鉄の駅に向かう途中、突然乗用車の中から銃撃を受けた。9発の弾丸のうち、4発が彼に命中し、乗用車ジグリはその場から走り去った。
 ポールは直ちに救急車で病院に搬入されたが、その時点ではまだ生きていたという。しかし、収容された病院のエレベータは、誤作動を起こした上、その場に約9分間も停止してしまう。そして、彼は治療を受けることなく命を落とした。

「闇に光を当てた」

 ポールは私の友人であり、同じ『フォーブス』誌のスタッフとして、仕事をしたこともある仲間である。その名前からも分かるように、ロシア系アメリカ人である彼は、語学に秀でた勇敢なジャーナリストだった。私とは違い、敬虔な信仰心も持ち合わせていたことを覚えている。
 2000年、コピー機をめぐる企業戦争をテーマにした記事では、共同で日本企業の取材をしたが、長い時系列を踏まえた彼の経営論は、緻密でかつユニークなものだった。
 その彼が、なぜターゲットにされたのか。『フォーブス』ロシア版は4月に創刊されたばかりで、その特集記事は「ロシアの億万長者100人」だった。ロシアの捜査当局は「事件は被害者の職業と関係がある」と踏み込んだ発言をし、上位にランキングされた新興財閥や政治家ら、記事に不満を抱いていた勢力によって「消された」可能性が指摘されている。ロシア・ジャーナリスト連盟のヤコベンコ事務局長は「彼は地雷を踏んだ。闇を好むロシアおビジネス界に、彼は危険を冒して光を当てた」と語った。ロシアではこの10年で少なくとも21人の記者が殺され、うち15人はプーチン政権下でのできごとである。しかも犯人は誰一人検挙されていない。

 だがこの事件に、アメリカのメディアは敏感に反応した。『フォーブス』はもちろん、ほとんどの主要紙がロシアに自由な報道体制を求めるキャンペーンを張り、事件の真相を追究する取材班を立ち上げた。彼の死を無駄にさせない努力は、いまなお続けられている。『フォーブス』は「ポール・クレブニコフを悼む」という特集を組んだ。社主のスティーブ・フォーブスはこう書く。

 クレブニコフはソ連崩壊後のロシアの政治・経済界の動向を追い続けた。新興財閥が政界のボスと組んでロシア経済が疲弊する中、数千億円にのぼる国有財産を私物化していく状況を糾弾した。
 生前、クレブニコフは2冊の本を出版している。エリツィン時代にロシアを実質的に支配していた政界の黒幕、ボリス・ベレゾフスキーの伝記『クレムリンのゴッドファーザー(Godfather of the Kremlin)』そして、ロシアにおける犯罪組織とチェチェン紛争を伝えた『野蛮人との会話(Conversation with a Barbarian)』だ。これらは、危険にひるむことなく果敢に真実を追究したジャーナリストとしての彼の姿を伝えている。(『フォーブス』日本版04年11月号「ロシアの未来を信じ続けたジャーナリスト」より)

 日本ではさほど報道されなかったが、この事件に関しては、アメリカ主要紙を中心に1000件を超える報道、論評、証言などが出た。米ロの外交問題にも発展し、国を挙げて事件の解明にむけた努力をしている。1人の人間が倒れれば、100人の人間が立ち上がるシステムがここにはある。事件によって沈黙することが、闇の勢力の狙いであるならば、それはメディアの一員として絶対に抵抗すべきことだからだ。私にとって、ポールの死はまったく他人事とは思えないできごとだったが、だからこそ、この事件を決して忘れてはいけないという気持ちを抱いている。

 ジャーナリストは本来、「組織の一員」ではなく、個人である。たとえ同僚でなかったとしても、私に命をかけて真実を書こうとしたポールの勇気を、忘れさせないようにする義務がある。そうすれば、もし、私が同じような目に遭ったときも、誰かが私の仕事を受け継いでくれるだろう。私はそのように考えている。

 さてこの日本で、生命の危険を冒してまで、真実を書こうとする記者がいるだろうか。国民全体の利益を考える、愛国心と正義を持ったジャーナリストがどれだけいるだろうか。そうした問いかけについて、本書が読者それぞれの考えるきっかけになれば幸いである。

1.人質

おかしな「自己責任論」

 メディアの問題という以前に、この日本には国民、いや人間に対する愛情というものがないのだろういか。そう思わせた事件が、イラクで起きた一連の「人質」バッシングだった。
 外国人記者たちの目から見て何より驚きだったのは、まるで鬼の首でも取ったかのような、日本のメディアの攻撃的な論調である。残念なことに、彼らは弱い立場にある人間、情報を持たない人間に対してのみ、厳しい姿勢で追求する傾向がある。この元気さのほんの一部を、官邸記者クラブに持っていけば、日本はいまごろ格段にすばらしい国になっているはずだ。

 まず、はっきりと言えることは、生きて帰国できた人質に対する、日本人のあの冷たい視線というのは、世界中のどんな国においても見られない異様な反応ということだ。彼らが「イラクの三馬鹿」などと呼ばれているのを聞いたときには心底びっくりした。メディアは同じ日本人を「自己責任」と攻撃し、政府筋から流された「自作自演」説を書き立てて、チャーターした飛行機代を早く払えと催促する。なぜそんな仕打ちを受けるのかといえば、彼らが「イラクへ行くな」という政府の方針に逆らったからである。

 確かに、人質になった3人の見通しの甘さ、不注意に対する批判はあるかもしれない。だからといって、自己責任といって彼らを社会から追放する理由はない。日本では、無償の善意というものがほとんど信じられなくなっているようだ。イラクでストリート・チルドレンを救うと言えば、それだけで不審な目で見られ、偽善者のような扱いを受けてしまう。
 イラクでは03年11月にも、日本人外交官2名が何者かによって射殺されている。彼らは不幸にも命を落としたが、このときイラクの危険地帯に入ったことで非難する人間はいなかった。それを、死者に鞭打つ遠慮もあっただろうが、彼らが外務省の人間でなければ、何を言われていたか分からない。

 自由な民主主義国家において、自分の意思でイラクに行くということ自体をバッシングするのはおかしいというのが、国際常識である。日本で人質バッシングが拡大した時期、見かねたパウエル国務長官が世界の常識を代弁する形でJNNのインタビューに対して、こう話した。
「誰もリスクを引き受けなければ、我々は前進することができない。危険を知りながら良い目的のためにイラクに入る市民がいることを、日本人は誇りに思うべきだ」。
 外国の、しかもアメリカの政治家に指摘されること自体かなり情けないことだが、本来、これは小泉が真っ先に言う言葉だったはずだ。ところが、政府がやったことは正反対で、人質とその家族のネガティブ情報を非公式にメディアにリークすることだった。自民党の柏村武昭議員に至っては、「人質の中には自衛隊のイラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。そんな反政府、反日的分子のために血税を用いることは強烈な違和感、不快感を、持たざるを得ない」とまで公言した。正直言って、このような発言が大した問題にならないのだとすれば、日本国民は相当になめられている。意見を持つことすら許さないとは、日本はいつから北朝鮮並みの独裁国家になったのだろうか。

テレビは権力側の飼い犬

 一連の人質バッシングの引き金になったものは、人質家族たちの「自衛隊撤退要求」だった。2004年4月8日、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」の報道により、3人の日本人(今井紀明氏、高遠菜穂子氏、郡山総一郎氏)がイラクで人質になったことが判明した。犯人の要求は自衛隊の即時撤退。そして、いまにも首を切断されそうなビデオが送りつけられてくる。この場合、家族が必死になって人質の命を乞うのは当然で仕方のないことである。彼らはパニックに陥り、少々感情的に自衛隊の撤退と小泉首相への面会を政府に対して要求した。だが結果的に、この映像は、情報操作に長けた官邸サイドに政治利用されてしまう。

 あるとき、家族が泣きながら自衛隊撤退を要求するシーンは、朝から晩まであらゆる放送局で放映された。そもそも、この人質事件において、日本政府はほとんどまともな情報収集はできていなかった。いつも「お上」の情報頼みのテレビに独自のニュースがあるはずもない。彼らにできることといえば、「アルジャジーラ」を24時間モニタリングすることと、人質家族の泣き叫ぶ映像を集めることくらいしかなかったのである。
 そして、いつもは情報隠蔽に熱心な政府と外務省が、今回ばかりはテレビカメラの取材を最大限許可した。エキセントリックな人質家族の映像を存分に撮影させるためである。テレビがそれに飛びついた結果、たちまちのうちに「勝手にイラクへ行ったくせに、大きな態度の人質家族」という世論ができあがり、思惑通り、政府と外務省の責任論はかき消された。これは権力側が仕掛けたダーティー・トリックスにテレビが最大限利用されていることを意味する。

 いくら集団意識の発達した日本社会とはいえ、家族の命が差し迫ったあの局面で、「国に迷惑をかけてはなりませんから、子供は死んでもいいです」という親がいたら、もはや人間社会は成り立たないだろう。そうした人間として致し方ない感情すらも許されることはなく、逆に政府が巨額の身代金を犯人グループに支払ったのではないかという疑惑については、一切調査報道はなし。テレビは、権力側の世論操作の片棒を担いでいるという認識をいったいどれほど持っているのだろうか。

異様な記者会見

 人質が解放される前の4月14日、外国人特派員協会で開かれた家族たちの記者会見は、これも異様だった。世間からバッシングを受けた彼らは一様にショックを受け、外国人記者が何を質問しても「感謝と謝罪」そして「ノーコメント」を繰り返した。それは「感謝と謝罪」を「謝罪と感謝」といい直すほど、謝罪が強調された会見だった。まだ人質は解放されていないにもかかわらず、明らかに様子が変化し、自衛隊の撤退や政府を批判するようなコメントは一切なかった。
 外国のプレスはそれを「不自然で異様な記者会見」と報道した。家族たちの萎縮した様子の裏には、明らかに何らかのプレッシャーが働いているように見えたからである。このあたりから、外国メディアの関心は、人質の安否そのものよりむしろ、人質をめぐる日本人の異様な反応に移っていた。記事の論調のほとんどは、家族の様子の「不自然さ」と、政府が与えるプレッシャーを問題視するものだった。何らかの理由によって自由な発言ができない状況が明らかなのにもかかわらず、どうしてそのような変化が起きたのか、日本のメディアが検証することはあまりなかった。

 人質の帰国後、『ロサンゼルス・タイムス』は「Japanese Hostages Return From Iraq to Hostility ,Not Hero Status」(人質に敵意の出迎え)『ニューヨーク・タイムス』は「Free From Captivity in Iraq, Japanese Return to More Pain」(帰国後のさらなる痛み)といった記事を掲載した。なにも欧米のメディアがいつも正しく、日本がおかしいというつもりはない。ただこのケースでは、あまりにも日本が異常だった。
 日本の読売新聞は、4月13日付の社説で「自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係諸機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である」と書いたが、ひどい社説だ。国民に対し、お上に負担をかけるなと説教している。これではまるで「政府や関係諸機関」のPR紙ではないか。読売の記者は、政府に迷惑をかける可能性のある戦争報道からは手を引いたほうがいいだろう。日本最大部数の新聞が、政府にとってはまったくありがたいメディアなのだ。

リスクは「アウトソーシング」

 人質事件のあとの5月には、フリーランスのジャーナリスト、橋田信介と小川功太郎も、ゲリラの襲撃を受け、帰らぬ人となった。彼らは、組織の方針で、安全な動きしか許されない大手メディアの記者たちに代わり、リスクをとって本当に意味のある映像を撮っていたジャーナリストである。04年7月、『ニューズウィーク日本版』は、日本のマスコミに関する特集記事を組んだが、英ガーディアン紙東京特派員のジャスティン・マッカリーのコメントは、そのまま、世界が日本メディアをどう見ているのかを代弁している。

 サマワに派遣された自衛隊の報道をみても、日本のジャーナリズムの欠点がよくわかる。
 出だしは好調で、メディアは防衛庁の取材自粛の要請を毅然としてはねつけた。ところが、すぐにいつものようにスクラムを組み、自衛隊の車両の後を車でぞろぞろ追いかけはじめた。
 だが、それも4月に民間人の人質事件が起きるまでのこと。政府の勧告に従って、報道陣はサマワを完全撤退。政府のチャーター機でクェートに出国した記者もいた。自衛隊の海外派兵は歴史的な事件なのに、今やその活動を伝えるのは少数のフリージャーナリストや小さな通信社しかない。
「橋田のような人々が空白部分を埋めていた」と、マッカリーは言う。「重大なニュースなのに、ほとんど伝わってこない。私たちも市内で不穏な動きがあるかどうかを知るのに、(オランダ軍に同行している)オランダ人記者の提供する情報に頼っていた」
(『ニューズウィーク日本版』04年8月4日号)

 大手メディアの記者に同情できるところは、たとえ本人にその気があっても、会社が危険を冒す取材を決して認めないところである。しかし、文字通り命がけで任務に当たっている、立場の弱いフリージャーナリストやボランティアの気持ちは、彼らが組織に守られ安全地帯にとどまる限り、理解できないだろう。

 あれだけ大騒ぎした自衛隊派兵問題も、いまはもうほとんど報道されることはなく、国民の関心もなくなっている。結局のところ、自衛隊がイラクでなにをして、どんな貢献をしているのか、分かっている日本人はほとんどいない。
 自衛隊派兵問題が日本国内で議論されていた時期、私はいくつかのメディアの取材を受けた。その際、この問題について世界ではどのような世論があるのか、インターネットで英語メディアを検索したが、ヒット件数は極めて少なかった。つまりこれは、日本にいる外国人記者が、そのニュース価値をほとんど認めていないということを意味しており、国際的には誰も注目していない議論だったということである。

 世界第2位の軍事費がかけられている「自衛隊」が、「非戦闘地域」で「人道支援」だけを行うという、矛盾だらけのストーリーは、そっと箱の中にしまわれようとしている。自衛隊は軍隊であり、イラクは戦闘地域という客観的事実に目を閉じた日本は、フィクション国家に終止符を打つ大きなチャンスをまたしても逃してしまった。かわいそうなのは、自衛隊員である。これからも、彼らはピエロであり続けるのだ。

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