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ジョージ・ソロスが語るボリス・ベレゾフスキーなどロシア新興財閥の“姿”
http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/344.html
投稿者 あっしら 日時 2004 年 10 月 06 日 03:57:30:Mo7ApAlflbQ6s
 


ロシア経済の“略奪”と政治的支配で名を馳せているロシア新興財閥(オリガルヒ)についてジョージ・ソロス氏が語っている部分があったので紹介する。

『ソロスの資本主義改革論:オープンソサエティを求めて』(ジョージ・ソロス著/山田侑平・藤井清美訳/日本経済新聞社/本体価格2100円)より:(書籍自体はお金と時間に余裕があればというレベルの推奨度です)


「 一九九六年一月、私はダボスの世界経済フォーラムに出席して、ロシア共産党の大統領候補、ゲンナジー・ジュガーノフがビジネス界の人々に歓迎されている姿を目の当たりにした。そこで私は、やはりダボスに来ていたボリス・ベレゾフスキーに会い、もしジュガーノフが当選したら、あなたは吊るし首にされるでしょうね、と言った。候補者のなかでだた一人、誠実な改革者と思われたグリゴリー・ヤブリンスキーを支持してもらいたいと思って発した言葉だったが、私は甘かった。エリツィン・ファミリーの不正行為にベレゾフスキーがどれほど深く関与しているか、気づいていなかったのだ。後にベレゾフスキー自身が公の場で語ったところによると、彼の身の安全についての私のこの警告が、彼に決意を固めさせたのだという。彼はダボス会議に出席したロシアの他の有力ビジネスマンと語らって、エリツィンを再選させるための同盟を結成したのである。
 そのようにして彼らは財閥になったのだ。それは見事な手並みの政治操作だった。エリツィンの当初の支持率は一ケタ台だったにもかかわらず、彼らはエリツィンを当選させることに成功した。選挙運動を取り仕切ったのはアナトリー・チュバイスだった。詳しい事情は分からないが、想像力を働かせてみることはできる。チュバイスの側近の一人が、約二〇万ドルの現金を詰めたスーツケースを持って首相官邸を出たという話があるが、それが遊びに使うカネだったとは考えられない。新興財閥は、エリツィン支持の見返りとして莫大なものをもぎ取った。悪名高い「株式交換融資」で国家に貸し付けたカネの担保として、最も価値の高い国有企業の株を手に入れた。エリツィンの当選後、これらの企業は競売にかけられ、財閥の間で山分けされたのである。
 私はチュバイスをよく知っている。私の見るところ、彼は本物の改革者なのだが、彼の言う「赤茶色の脅威」、すなわち社会主義とナショナリズムが一体化したものと戦うために、悪魔に魂を売り渡したのだ。このまま手を拱いていると、その脅威がロシアを支配するようになると思ったのだ。エリツィンの再選後、チュバイスは再び経済の舵取りを任されたが、財閥を制御することはできなかった。エリツィンが改革派のニジェゴロ州知事、ボリス・ネムツォフを第一副首相に抜擢し、身内として遇したときには、私はこれで希望が持てると思った。チュバイスが選挙で手を汚していたが、ネムツォフはクリーンだった。チュバイスが断固たる姿勢をとれない相手に、ネムツォフは厳しい姿勢で臨むことができた。私はこれを、エリツィン体制がチュバイスのリーダーシップの下、略奪資本主義から正当な資本主義への移行を本気で望んでいる証拠と受け止めた、財政赤字と通貨供給量は許容範囲内に抑えられ、滞納されていた税が徴収され始めた。インフレ率と金利が低下し、株主の権利が尊重されるようになって、株式市場はブームに沸いた。外国のマネーが株式や債券にどっと流れ込んだ。ロシアの借り手は、ロンドンの銀行間金利に二五〇ベーシスポイント上乗せしただけの金利で、五年間の融資を受けることができた。

 私が一九九七年に、国営電話会社スビャズインベストの入札に参加することにしたのは、このような背景があったからだ。とはいえ、ロシアの腐敗のひどさは十分すぎるほど知っていたので、ずいぶん悩んだ。慈善活動だけにとどめて、手を汚さないでいる方が楽だったに違いない。だが、ロシアには外国からの投資が慈善活動以上に必要だった。ロシアが略奪資本主義から正当な資本主義に移行できあんれば、私の慈善活動はすべて無駄になる。そこで、スビャズインベストの競争入札に参加する決心をし、首尾よく落札に成功した。国が不正な取引で損失をこうむらずにすんだ本物の入札は、これが初めてだった。われわれはかなりの代価を支払った―二〇億ドル弱で、その半分近くを私の会社が負担した―が、正当な資本主義への移行が成功すれば、きわめて実り多い投資になるはずだった。
 残念ながら、そうは問屋が卸さなかった。この入札によって、財閥たちの間に延々と続く激しい諍いが起きたのである。盗人たちが仲間割れをしたわけだ。財閥のなかには、正当な資本主義への移行を強く望んでいた者もいたが、合法的なやり方でビジネスを行う能力がないため、それに抵抗する者もいた。スビャズインベストの入札とその結果に最も強い反発を示したのは、ボリス・ベレゾフスキーだった。彼のグループが入札に負けた後、彼は、そのような結果を許したチュバイスを破滅させてやると、固く心に誓ったようだった。私は彼と何度も率直な話し合いをもったが、彼のその気持ちを変えさせることはできなかった。「あなたは何十億ドルもの資産を持つ大金持ちではないか」と私は言った。彼の最大の資産は、世界有数の石油会社シブネフチだった。「あなたはただ、自分の資産をうまく運用するだけよいはずだ。自分でできないのであれば、投資銀行にやらせる手もあるではないか」私がそう言うと、「あなたはわかっていない」と彼は言った。「カネの問題ではなく、チュバイスや他の財閥連中にやられるわけにはいかないのだ。われわれは取引したのだから、約束は守らせなければいけない。こちらがやらなければ、やられるだけなのだから」
 強大な財閥が、入札結果ばかりか政府の財閥制御策の成果をも覆そうとしている歴史的な場面を、私は間近で目撃することになった。財閥たちの争いは、滝に向かって流されているボートのなかでケンカをしているようなものだった。互いの非難合戦が展開されるなかで、ベレゾフスキーは、チュバイスが偽の出版契約を結んで九万ドルの報酬を受け取っていたことを暴露した。このカネは実際には、エリツィンの選挙対策本部長として辣腕を振るったチュバイスに、他の財閥たちが謝礼として支払ったものだった。チュバイスは打撃を受け、わが身を守ることで手一杯になった。税の徴収を進めるためには、チュバイスが直接、指揮を執る必要があったため、税収は落ち込んだ。アジア危機の影響が表れはじめるなか、一九九八年に入ると景気は下降に転じた。そして一九九八年八月、国内債務の事実上のデフォルトという形でクライマックスを迎え、国際金融市場に大きな衝撃を与えることになった。」


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「ロシア政界とユダヤ財閥の影響力」
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「ロシア政治経済ジャーナル」
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「ロシア学校占拠事件とプーチンの独裁(田中宇の国際ニュース解説) ―オリガルヒが米英の意を受けバサエフを支援したという見解」
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「再掲:プーチン対オリガルヒ(AKAZUKIN)」
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