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『母権と父権』に沿って――江守五夫批判
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投稿者 乃依 日時 2005 年 2 月 19 日 05:53:29: YTmYN2QYOSlOI
 

(回答先: 『家族私有財産及び国家の起源』を巡る民族学史 投稿者 乃依 日時 2005 年 2 月 19 日 05:52:15)

『母権と父権』に沿って――江守五夫批判
 

 配偶者および子供の私的所有からの解放、人間の性愛の家族管理および国家管理からの解放を革命の重要なファクターと考える者にとって、婚姻制度、家族制度、親族制度、国家制度といった一連の制度が永遠普遍のものであるどころか、常に一定の強制を伴って作られてきたものであり、またどのようにも変わりうるものであることが確認できさえすれば、民族史学が描く個々の結論の細部に対し、純学術的関心を抱くことを必要とはしない。まったくどうでもよいことである。例えばもし母権制が優れた親族形態でありながらもそれは偶然的所産であり人類史のほとんどが父権制によって占められていたと結論されたとしても、この場合われわれは父権制を打倒し、母権制を樹立するまでである。それはちょうど、原始共産制の実在が歴史的に確認されようとされまいと、今日の私的所有に根ざした資本主義経済制度が普遍的な、われわれを規定する運命ではない限り、これを打倒し、共産制社の建設を志向できるのと同様のことである。

 この意味で、『母権と父権』を発表し、社会的に一定の影響力を与えたかに見える江守五夫の人類史的仮説が、どのような純学術的結論を持っていようと、その結論によってわれわれの理論と行動が影響を受けるようなことは全くない。あらゆる学説に対処する場合に必要な姿勢、すなわちその学説を支えるイデオロギー性を正確に読み取り、修正排除する学問的な操作を行えばよいのである。しかしそれが学術的役割を超え、社会的影響力を持つ政治的文献であった場合、そのイデオロギー性に対して沈黙していることは許されないものとなる。

 不幸にして江守五夫の『母権と父権』はこのような政治イデオロギーを内在した書物であったし、さらに悪いことには江守氏が少なくとも革命勢力の側に共感的ポーズをとり、随所でモルガン=エンゲルスの諸説の正当な継承者であると言明しながら、その実、マルクス=エンゲルスといささかも関係のない諸説を展開し、マルクス主義の間に、性敵対的道徳を持ち込んで、われわれを再び、資本主義経済制度に根ざした観念の中に引き戻し、そこへ永遠に封じ込めようとする以上、われわれもまた江守批判のための論陣を張らなければならない。

 彼はまず、『母権と父権』(1973年)において、民族学史上、モルガン、エンゲルス、ブリフォールトらの進化主義民族学が持つ正当性を、機能主義民族学を含む進化主義に反対する立場にあるすべての学説を、その方法論の本質的差異に触れることなく一括した反進化主義に対峙させて論じる。これによって彼は、まず肯定的理論としての進化主義民族学が持つ方法論をそのものに言及することを避け、自らの進化主義人類史仮説が弁証法に根ざしていないことを隠ぺいするのである。江守氏にとってモルガン=エンゲルス説は、このようにして自らの仮説の正当性を支えるための観念的裏付けとして、単なるイデオロギーとして導入されるものにすぎないである。この観念とは〈親族制度もまた変わるに違いない〉という素朴な確信、および〈むさい男が権力を手放せば、慈愛に満ちた社会が出現するはず〉といった未来に対する希望、それもいたって市民主義的な、聖母マリア=ナイチンゲール願望(男性が女性に一方的に投影するやさしさ願望)にほかならない。ただ、こうした飛躍的結論は論証の後に回すことが正しいだろう。そこでまず、彼の仮説をそのものを概観してみることにしたい。

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 彼はまず反進化主義陣営の側からモルガン批判に対して十分に対処した上で自らの進化仮説に取り組む。この場合彼の導きの糸となっている思想家がブリフォールトとマードックであるらしいことは言外からもしれる(ことにブリフォールトに対する彼の共感は、1972年の彼の訳書『婚姻―過去と現在』に付した長文のあとがきの中で存分に表現されている。ブリフォールトに身を寄せたこのあとがき以前の彼の思想に対しては『原始共同体― 民族学的研究』における石川英吉氏同様、私もそれをブリフォールト=江守説として高く評価するものであることを付記しておく)。内容からは直接現れてはこないが、この点をより厳密に捉えておくとすれば、江守氏の思想的バックボーンはブリフォールトからマードックへの転身を図っているようである。江守氏の進化仮説の中核が1949年『社会組織』においてマードックが唱えた〈婚姻居住様式の変化〉に負っている点は後にみるとしても、モルガン=エンゲルスの原始概念の一つであり、ブリフォールトも全力で防衛した原始乱交説、および旧来の進化主義民族学の重要な柱であった人類史の単系的進化説を、進化説の前提として、まず放棄しているからである。

マードック同様、私もまた単系的進化説に疑いを持つものである以上、この点についての江守氏の諸説に批判を加えるつもりはない。また、原始乱交=集団婚説の放棄にしても、単に「モルガンのいう意味の集団婚 が存在しなかったとしても、集団的な性関係が全く存在しなかったわけではない」(p56)といった程度の用語上の嫌悪にとどまっているならば、私がウェスターマークの同様の批判に対するエンゲルスの反批判(『家族私有財産……』p45〜46)をここで再掲するのも大人気ない。事実、私もまた今日的意味の付着した〈乱交〉とか〈集団婚〉とかが、その当時の性関係実態または婚姻実態を正確に表しているとは思っていない。だが、こんなことはまたモルガンでもそうだったのである。

 では何故に、江守氏は、あえてモルガンのいう意味での集団婚 は存在しないと言明したのだろうか。この点の考察は重要である。

 確かに江守氏は、一見、性肯定的な立場に立って、ピラウル婚やエスキモーの妻貸しなどの事例を語ってはいる。「原始民族の場合、〈性〉が夫婦の独占物であるという観念はもともとなく、それゆえ〈性〉は解放されるまでもなく、すでに開放されていたのである」(p59)とか「原始的な婚姻秩序のもとでは、〈性〉は、決して夫婦に排他的に帰属するものではなかった」(p54)とかの理解も、それがもしプラヌア家族以降の発展段階に位置づけられているならば、それはそれですばらしい説だった。というのも、初期の婚姻制度とは、今日のわれわれが考えるような〈性〉とか〈愛〉とかの上に立った制度でも、生物学的親子関係の社会的認知の上に立った制度でもなく、たかだか居住規制によって起こる労働力の移行、および親族成員の確保のための出自認定の上に建てられた制度であると考えられるからである。制度によって生ずる二次的心理を抜きにすれば、元来、婚姻制度は婚姻当事者の性に対していささかの関心も持ってはいなかったのである。したがって上記の江守氏の理解は―元来開放されていた〈性〉が、婚姻制度の肥大化に伴う夫婦観念の増長に従い、しだいに独占物化されていく過程―を示しているのであって、原始民族の生活理解ではない。江守氏の原始という用語は何を意味しているのか明確ではないが、少なくともそれがモルガンの原始、野蛮にあたるものであるなら、これはつとに反モルガン=エンゲルス的である。だいたい単系的出自規制による氏族制度が確立していないこの時期に、夫婦という用語を持ち込むこと自体、許されないこと(もちろん〈夫婦〉の概念定義もされていない)なのである。ブリフォールトに接し、親族名称の問題を重視していた江守氏であればなおさらのこと、この過失にはある意図が隠されているとみたほうがよい。

 さらに彼が近親姦禁忌に対して「最も原始的な段階においてすでに存在していたものであって、ホールド内婚制の段階でも、一定の近親者の間では結婚は禁じられていたのである(p72)と、インセストタブーに対して、その質、意味等を考慮することもなく、ア・プリオリに導入するとき、弁証法を解さず、いたずらに自己の学説上の問題解決を焦る反動家の相貌を露呈する。彼にとってなんらかの形の婚姻制度は人類創生期から存在していたのであり、社会的に認知された性関係を営む夫婦が存在し、その子とともに一定の期間、特定の家屋で何がしかの世帯共同体を形成していたのである。彼のこうした原始社会に対するイメージは生活実態と制度とのの無原則的な混合である。たかだか三十人から五十人程度の原子ホールドにとって世帯共同体などという下位単位に、いったいどんな特別な役割を分担させる必要があったというのだ。育児―それは男女の最初の分業が下位単位として当たった。性愛―おそらく江守氏はこれを言いたいのだ。原始対偶婚説、これを江守氏は普遍的人間愛の上に制度化したいのだ。しかし、原始ホールドにとってこれを制度化することにどんなメリットもないうえに、夫婦ワンセット的共同性を強調すればするほど階級分解の起こっていない小社会は危機に陥る。だいいち三十〜五十人程度のホールドが同世代成員の男女バランスを均等に保ち続けることなどまったく考えられないことなのである。

 

 こうした共同世帯、夫婦愛的イデオロギーは血縁共同体が双系制であると断ずるに至って、その反動性を鮮明にする。江守氏が双系制という概念を用いる以上、子の出自規制が父方の親族にも母方の親族にも平等に辿られることを意味するが、父親の生物学的役割が知られていない原始にあってこれが可能なのは、ただ社会的に認知された一定期間の夫婦関係が存在し、この上に社会の諸制度が乗っていなければならない。こうなれば実質的に、離縁可能な近代的単婚にほかならない。しかし、特定の男女の性関係の上にその社会の基礎を置くとすれば、相続、継承など共同体の利害から分化した利害がすでに発生していなければならない。このような利害は内婚制をとる血縁共同体にとって全く現実的ではない。古代社会にとって子に対する関心は高かったに違いないが、性関係に対しては規制を設けるほど強い関心を抱く理由は存在しない。もしも、その子のうえに系譜を辿ろうとするなら母系以外にはあり得ないのである。

 江守氏は双系制の導入によって夫婦愛的共同世帯を社会的に認知させようとする。だがその瞬間から彼自身、前者の『婚姻―過去と現在』においてカトリック教会のスポークスマンと批判したシュミット神父の双系性理論にまでそれと気付かずに後退してしまうのである。江守氏の母系―父権仮説はこうした基本的事項のイメージ的後退の上に展開される。大筋をまとめてみると、外婚制を採用した血縁共同体は地理的合理性に基づいて夫婦の婚舎を夫方に求める。だがこの性的分業の合理的解決は農耕の発達による女性の済的役割の向上に伴って矛盾を生じ、女性をホールド内に確保し続けたいとの要求は妻問い婚を生む。こうして母の経済的優位性に対する全社会的承認が成立すると出自は母系的に辿られ、妻方居住婚が登場。真の母系制が成立する。ただ、この間も酋長は一般に男性であり、家父長制の裏返しとしての女人政治制=母権制は存在しない。

 一方、農耕のより一層の発達は男性の経済的役割を次第に高め、その地位は逆転するに至る。すなわち男をホールドにとどめたい、とする要求である。そこでこの妥協的解決としてトロブリアンド島などでは叔父方居住婚がとられ、ひとまず妻の夫方居住を実現するが、その子に対する父親の愛は、子が成長して叔父方に取られるにしのびなかった。そこで交叉イトコ婚の導入、破形としての夫方居住婚を成立させ、その結果として父子相続を可能にする。こうして個人財産の父子相続が交叉イトコ婚のさらなる破形として成立すると必然的に父系制が確立され、家族が発生する、というものである。もちろんこのほかにも彼は、単系的進化の例としていくつかの母系→父権移行過程の概念を引き出す。双方の親族の労働要求としての妻方→夫方居住婚と、二重→夫方居住婚など。夫方が妻を連れ出す対価としての労役婚、花嫁代償などがこれである。また、家父長制から一夫一婦制への転換については「父子関係について争う余地のない子供をもうける」ためというエンゲルスの説に加え、「有力な妻方」の「正妻権要求」とするウェーバーの持参財産の概念を導入した。

 こうした進化仮説の細部に関しては、ここでいちいち批判しても始まらない。より精密な仮説を対置するのが筋だろう。そこで、ここではイデオロギーに関係する目立った部分だけを取り上げてみよう。

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 彼の仮説はほとんどが居住規制とともに進展する。これは「外的影響をこうもりやすい社会構造のひとつの面は、婚姻居住様式」(『社会組織』)であるとするマードックの説の母系制以前への拡張である。母系制に先行する夫方居住婚の存在は、母系制を経由しない父権制の存在を上手に説明するかに見えるが、実はこの説は固定的な夫婦の婚舎の存在を前提としているのである。だが、このような婚舎を持ちながら異質の価値観を必要とするほど離れた外婚制種族が双系性を維持することは可能だろうか。この説は氏族の種族内分解説をとるモルガン=エンゲルスの否定(これを肯定すれば居住規制は無意味になる)であるばかりか、自らの双系説にとっても矛盾である。居住規制は単系氏族の成立を待って初めて問題となる。また、狩猟(土地勘を必要とするような)は日常的な労働ではなく、季節的集団的なものであることを付記しておく。

 次に彼はブリフォールトが主張する、未開人の恋愛観の欠如を批判して、氏族制度(外婚制)は内部での恋愛を禁ずるものとしてあるという。彼の普遍絶対的恋愛感の全面展開である。切々と慕う男を歌う北米インディアンの少女の詩を彼は長々と引用する。だが、ここからわれわれが読み取れるのは、男女の分業が固定化し個人の意識にまで浸透した社会的価値観の反映だけである。個人的な感情のひだを読み取ることはできず、社会のタテマエをそのまま自分のものとして歌い上げている。これはブリフォールトのいう十九世紀以降の恋愛とはもちろん違うし原始のそれとも違うだろう。社会の諸制度との弁証法的関係を無視した一般的な〈愛〉など存在しはしないのだ。

 江守氏はいう。「自分の息子を成人後も自分のもとにとどまらせ彼に財産を譲りたいと思う父親は、息子をして『交叉イトコ婚』を行わしめる」(p166)これは父性愛、父子愛だ、と。だが、これは同時に他の亜氏族に自分の娘をやることを意味する。彼はこれをどういうわけか見落とす。なぜ父は息子しか愛さないのか。その答えは簡単である。父が手中にしている男性的地位は息子しか継承できないからである。父は息子を通じて他の亜氏族に流出するはずの地位およびすでに形成されつつある私的財産を自らの手中にとどめておきたいだけなのだ。トロブリアンド島でも父子愛はこうした諸制度の結果として、その本質を隠ぺいする社会的要求の反映として現れている(この点に関してはW・ライヒ『制道徳の出現』が見事な解決を示している)。

 こうして江守氏は反進化主義民俗学主として批判したマリノフスキー以前の線にまで後退してしまう。マリノフスキーは人類史の起源の問題を考察することを慎重に避けるが、愛情は未開・文明を問わず人間一般の心理である、とする彼の説を、江守氏は人類史の起源にまで拡張する。江守氏の抱く普遍的愛情は、人類史の不幸な一時期、家父長制と私有財産制によって汚されたにすぎない。洗えば落ちるものとして存在する。だから、氏族社会の性関係についても、「それは……配偶者の選択という機能を持った習俗……性的欲求の充足を目的とするものとはいえない……選択の契機―つまり本人自身の愛情―が強く働いているのである」(p91)と平然といい切る。彼にとって愛情は常に社会に帰属し、姓は愛情に帰属する。こうして人間の性的営みのすべては一夫一妻的な婚姻制度の下に統制されるのである。

 こうした道徳的意図を持った政治的文献がどのような結論に向かうのかはおのずと明らかである。近年の若者の性解放論を否定して彼は結論する。「過去の汚れた一夫一婦制を真にその名に恥じない新しい一夫一婦制へと改めるためには―つまり、婚姻を真に夫婦相互の人格的愛情の上に築きあげ……対等な地位と権利を実際に享受せしめるためには……私有財産制を止揚する以外に」(p247)ない、と。こうして、いかなる経済制度にも根ざさない、道徳の上に根拠を持つにすぎない婚姻秩序を志向する改良主義者は臆面もなくエンゲルスの名を口にする。「エンゲルスは……未来の共産制社会において、真に輝かしい一夫一婦制が成立することを予言した。……本書は……エンゲルスと同一の結論に到達したのである」(p247)と。

 冗談ではない。いったいエンゲルスがいつどこで、そのような反動的、非弁証法的言辞を展開したというのだ。1970年12月「ジュリスト増刊、性」において、江守氏は次のように書いている。まずここでもスウェーデンその他の“無軌道”なフリーセックスを批判、自身の社会体制止揚後の一夫一婦制説を開陳した後、エンゲルスを引用して「性愛は本性上、排他的であるので、性愛にもとづく婚姻は本性上、単婚である」(『家族私有財産……』p105)から、共産主義社会達成後は「妻が多夫的となるという方向よりも、夫が真に一婦的となるという方向」(同前p105)を示唆した、と。これをもって彼はエンゲルスを革命後における一夫一婦制支持者とみなすのである。ところがエンゲルスがこう書いたこの節は実に資本主義経済下における民主的平等観の上に乗った市民社会が向かうだろう方向を示唆しているにすぎない。こんなことは、マルクス=エンゲルスの弁証法的に書かれている書物を読む際のイロハで、誤読を指摘するのもばかばかしい。彼にはもともと、エンゲルスを語る資格がないのである。エンゲルスがここで言う性愛とは(私的所有の意識にともなって発達した)個人的性愛、私的所有の本質に根ざしたアンビバレントな感情「古代がその性愛への踏みだしをたちきられたところ、そこから中世がやりなおす。すなわち姦通から」(同前p99)と書いた、その性愛なのだ。姦通を生み出す心理、これを独占欲の激闘と言い換えてもよい。こうした歴史的認識からその本質を導くのがマルクス主義というものだ。

 江守氏が恐る恐る引用した次の一句、「新しい世代……この人びとがいよいよ現れてきたときには……今日の人間がどう考えているかには、まったく頓着しないだろう。彼らは彼ら自身の慣行を……実践にかんする彼らの世論を、みずからつくりだすであろう。――それでおしまいである」(同前p106)これがエンゲルスの「資本主義的生産の一掃後における両性関係の秩序」に関する結論なのだ。現在の社会矛盾を止揚する方向は語れても、未来社会を語るための材料(未来の社会矛盾)を持たないため、未来を占ったりはしない。これこそが弁証法というものなのである。

 わたしにとっていろいろと問題のあるエンゲルスではあるが、認識論としての弁証法をここまで歪められてしまっては、もはや黙ってはいられない。江守氏は革命から人類解放の可能性を排除してしまう。マルクス=エンゲルス主義の皮をかぶった宣教師なのだ。同じ論文の中で、彼はベーベルを批判し、その裏付けとしてレーニンのクララ・ツェトキン対談(『レーニン青年婦人論』p27)を引用する。だがレーニンはそれを革命的な時代(同、p28)に限定して語ったし、同じ対談でベーベルを高く評価している(同前p18)。フリーセックスに対する反動的政策はスターリン登場まで存在しなかったのである。

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