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「クラウゼヴィッツの暗号文」広瀬隆
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投稿者 外野 日時 2005 年 1 月 29 日 17:40:40: XZP4hFjFHTtWY

(回答先: この件については私自身、勉強不足ではありますが・・。 投稿者 デラシネ 日時 2005 年 1 月 29 日 09:30:20)

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 「クラウゼヴィッツの暗号文」広瀬隆著(1984刊)より

 ■ あとがき

 ギターを片手に中東の砂漠を旅していたとき、そのギターのまわりに集まって来た
アラブ人の子供たちが、いつしか私を愛してくれるようになった。私も彼らと歌をう
たい、遊ぶ時間を心からの愉しみと思うようになった。しかしその頃の私には、別の
恋人たちも居た。その近くの海岸でスケッチ・ブックに絵筆を運んでいた時、可愛い
ユダヤ人の少女たちがまわりを取り囲み、色々と話しかけてきた。彼女たちと共に写
真を撮り、できあがったら送る、という約束をして別れた。
 そのような歳月のなかに、この本の冒頭に書いた不思議な体験が生まれた。アラブ
人やユダヤ人の子供と過ごした私のロマンティックな旅は、突然、おそろしい現実へ
と入り込んで行った。目の前には戦争があったのだ。なぜこの子供たちが殺し合うよ
うになるのか知りたい。戦争のすべてを知りたい。自分でそう思ったのは、これが初
めてである。
 この子供たちに宛てた手紙は、その後の激しい戦闘のなかで、いつしか返事の来な
いものとなって行った。なぜ返事が来ないのだ……と自分の想像におびえながら、私
は戦争に関する書物を読みまくった。しかし多くの書物は、兵器のおそろしさやスパ
イの恐怖など、ひとつずつ鋭く解き明かしていながら、全体を動かす力が何であるか
については口を閉ざしていた。そのすべてを組み合わせた時に何が描き出されるかを
知りたいというのが、私の願いである。
 …(略)…

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 (冒頭部分)

…(略)…

 朝の斜光が室内の壁を赤く染める頃、私は遺書をしたため、砲声轟くエルサレムか
らバスに乗った。キリストがはりつけにされた場所は”されこうべの丘”と呼ばれた
が、中東一帯は、二千年後の現代、まさに”されこうべの丘”と呼ぶにふさわしい。
聖なる都エルサレムのまわりは、前を望むも後を顧みるも、戦闘による死体の山で溢
れていた。
 バスはわずかのイスラエル兵士だけを乗せ、弾丸のようにシナイ半島占領地帯を疾
走した。いくつかの停留所を過ぎた時、緑の木立が終り、その先が砂漢になった地点
で、すべての兵士がおりてしまった。運転手だけとなっていた。すると彼は運転席か
ら振り向き、突然、「おりないのかね。この先は保証できないよ」と言葉を投げてき
た。「俺は戦車の操縦士だ。しかしお前さんはここから引き返したほうがいい。この
先は非常に危険なんだ」
「いや、覚悟はできている」と私は言葉を返した。「ガザのイスラエル軍司令官と会
う約束をしてあるのだ。行ってくれ」
「きのうも、この先で子供が手榴弾を投げてきた。死ぬために行くようなものだ」
「構わない」
 大型バスは、再び全速力で走りはじめた。窓に金網が張ってあるのを見れば、今に
も手榴弾が飛んで来るのではないかと感じられた。道ばたに目を凝らしながら、気違
いのように危険地帯を走りまくる車体にしがみつけば、これがまさにタンクの運転で
あると理解されよう。このイスラエル人たちが、パレスティナからアラブ人を追い出
し、殺しているのだ、と私は内心で激しく憤りながら、長い距離の果てに目的地へ到
着した。
 イスラエル軍の司令官と会い、ガザでの占領状態がいかに平和的であるかを一時間
近く聞かされた私は、その説明を深く疑い、彼らの案内を断って難民キャンプヘ入っ
て行った。そこまでは予定通りだった。
 しかしキャンプヘ足を踏み入れた瞬間、エジプト人の子供が蟻の大群のように押し
寄せてくると、私はその群衆のなかに呑みこまれてしまった。あの司令官が、ひとつ
だけ正しいことを言っていたと分かったのは、この時だった。
「兵士と一緒に入らなければ、キャンプでの命は保証できない」という警告である。
 オレンジやバナナの皮が四方から投げつけられ、一斉に私の頭といわず肩といわ
ず、烈しくぶつかってきた。やがて石が飛んできたのである。
 身動きならず、私は言葉の通じる者をさがした。
 それが見つからないまま手真似で絶望的な会話を続けるうち、一人の青年が英語で
まくし立てながら、背中をドーンと激しい力で突いてきた。振り返ると、そこには、
黒く、憎悪に輝く双眼があった。
 男の言葉から分かったのは、日本人が、イスラエル人と同じようにアラブの敵だと
いうことだった。
「お前たち日本人は、アメリカ大統領の靴のヒモだ!」と青年は叫んだ。鋭い軽蔑の
言葉だ。
 怒号が高まり、遂に、私の背中にナイフがつきつけられた。”殺(や)れ”という
合図を誰もが手で示していた。それは、いつか映画で見たように、古代ローマ人が円
形闘技場でネロに示した仕草──親指を下に向ける動作だった。すでに、ジリジリ焼
けつくような暑さになっていた。
 最早、すべて観念した私は、「これで死ぬ」と確信した時、奇妙なことだが、全身
を硬直させていた緊張が氷のように解け去り、恐怖さえ覚えなくなっていた。ただ、
彼らと私のあいだの重大な誤解を消すため、自分の言い分を口に出すことは忘れな
かった。私は大声で怒鳴っていた。
「殺したければ、殺してくれ。ただし、私はイスラエルの犬ではない。エルサレムの
アラブ人に教えられ、難民キャンプのことを知るために来た。日本人ではない。ただ
の人間だ」
 ナイフが背中に食い込むように感じた。私は、静かに言い足した。
「信じなくてもよい。しかし、もしアラブの敵なら、私はイスラエルの兵士を連れて
ここへ来ただろう」
 男は私の目をしばらく観察した。それから突然、ナイフが背中を離れた。
「俺はサナッド・アリ」と言って、青年が強く手を握ってきた。「俺たちは見世物
じゃない。何を見に来たのだ」
「すべてを教えてくれ。問題は分っているつもりだ」
 やがて部落のなかを案内され、先日まで普通の家で暮していたガザのエジプト人
が、わずか六畳ほどの広さの小屋に十人以上詰めこまれ、廃墟のようなその家には床
さえなく、土間のうえで寝起きしていることを知らされた。部落全体が人で埋めつく
され、立錐の余地なき有様だった。
 世界一の人口密度だ、と彼らは吐き捨てるように言った。その広大な牢獄に、アラ
ブ人はわずかな空き地を作り、そこを神聖なるモスクと定めていた。
 イスラエルによる虐殺があったことなど、彼らは次から次へと戦争について語り、
ここでは全員がコマンドだと言った。深く意見を交しながら、赤貧のサナッド・アリ
が”おごりだ”と振舞ってくれたコーラを乾いた喉に流し込んでから、子供たちの大
行列とアラブの歌に見送られ、日暮れ近くに私は難民キャンプを出た。このような体
験のあと、人は口をきけないものだ。
 夜、エルサレムに戻ると今度は、そのアラブ人の敵、イスラエル人の農場での仕事
が待っていた。その夜は接客用の大食堂のテーブルに、ナフキンと食器を並べなけれ
ばならなかった。私に指示を与える中年の婦人が近づいて来ると、作業の要領を教え
ようとした。
 私には、そのふくよかな表情のイスラエル人が、昼間接した難民キャンプのアラブ
人と対比されて見えた。今ごろ彼らは、あの狭い部落のなかでどれほど厳しい夕食の
時を過しているだろう。
 ガザの情景を想像してみれば、目の前の豪華な食卓は許し難いものだった。
 近づいて来るイスラエルの婦人に、激しい視線を投げかけていた私だった。
 彼女はテーブルの上に落ち着き払った仕草で手を伸ばし、ナイフとフォークを並べ
て見せた。だがその瞬間に私が見たものは、ナイフとフォークではなかった。心臓が
凍るように感じながら、彼女の手首の内側にまだ鮮明に残っているナチの強制収容所
で押された焼きゴテの囚人番号を、私は読み取っていた。
 この時から、深い謎が私の心のなかに生まれたのである。
「人はなぜ戦争するのか……」

 …(略)…
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