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「我こそは革命の王である!」 桓武天皇 【魔界遺産】
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投稿者 愚民党 日時 2005 年 7 月 31 日 20:32:38: ogcGl0q1DMbpk
 

(回答先: 古代社会主義国家としての律令体制 投稿者 愚民党 日時 2005 年 7 月 31 日 20:01:33)

http://www.kwai.org/taisho/isan/sawara.html


延暦13年(794)、
この地に都が移されて、平安京が誕生します。
そのめでたい儀式の最中に、祝辞を述べる臣を尻目に、
遷都を決定した桓武天皇は、ただ人集りを見つめておりました。
その視線の先の佇む一人の男。
果たして居るのか居ないのか、分からぬほどの幽かな気配。
その男を見ながら、桓武天皇は呟きます。
「未だ私を許してくれぬか・・・」
幽かな気配のこの男、この世の者では御座いません。
その名は早良親王、桓武天皇の弟で御座います。
今は亡きはずの早良親王をじっと見つめております。
恨めしそうな顔をするでもなく、怒りの形相をするでもなく、
ただそこにいるだけで、怖い。
果たしてそれは怨霊か、はたまた王者の罪悪か、
京の都が出来たのも、そこに魔界が出来たのも、
全てはここより始まります。

桓武天皇と早良親王、二人の命運を分けたのは、
平凡極まる官僚であった、二人の父親白壁王が、
皇位継承者が居ない為、66歳にして天皇になった時で御座います。
十年後、父が引退すると、桓武天皇は帝位につき、早良はその後継者となります。
この年は、宝亀12年(781)、
60年に1度巡って来るという、革命の年とされつ辛酉の年で御座いました。
「我こそは革命の王である!」
そう宣言するが如く、桓武天皇は意欲的に改革を行います。
自分には世の中を変えるだけの力と志がある。
勇敢に過去を否定し、次々と新たな試みを行う桓武天皇。
ついに桓武天皇は当時の都であった、奈良の平城京を捨て、長岡京に遷都致します。
古い政治体制は奈良に置き去りにし、
これまで政治に介入してきた仏教寺院の移転も禁止致します。
新たな都に、新たな政治、そこには新たな国の姿がありました。

飛ぶ鳥落とす勢いの、桓武天皇改革派。
しかしs、それを良しとしない旧体制の反対派は、
弟である早良親王を掲げ、桓武天皇に対抗しておりました。
改革派と反対派の軋轢の中、
桓武天皇の側近が、暗殺されるという事件が起こります。
下手人は反対派の刺客で御座いました。
下手人が捕まると、反対派の陰謀が露出致します。
側近を殺し、桓武天皇を廃し、早良親王を天皇に立て、
自分たちに実権を取り戻す。
これを察知した桓武天皇は、反対派の首謀者を数人処刑し、
早良親王を問い詰めます。
「私は何も知りませぬ、全ては彼がやったこと!
私はもとより兄上に、楯突くつもりは御座いません!」
早良親王は無実を主張しますが、
桓武天皇は早良親王を淡路に流刑と決め、反対勢力解体を目論見ます。
その企ては見事成功、皇位継承者を早良から自分の息子に移し、
もはや桓武天皇を邪魔する者はいなくなります。
「さあ、こkれから本格的にこの国は生まれ変わるのだ」
その矢先、淡路へ護送中の早良天皇は無実を訴え、断食し、
無念のうちに絶命し、その生涯を閉じます。
命を懸けて無実を訴えた早良親王。
しかし、死しても都に帰ることは許されず、
遺体は淡路に埋葬されます。

それからです、桓武天皇の婦人が死に、母親が死に、皇后が死に、
近親が次々と亡くなります。
「もしや、これは…」
桓武天皇の脳裏にある考えがよぎります。
「いや、王者たる者、心に迷いがあってはならぬ」
桓武・の王はそう自分に言い聞かせますが、
また婦人が死に、そしてとうとう後継者である息子も病に倒れ、
桓武天皇の疑念はますます募ります。

「ここ数年の不幸の元、それは早良親王の祟りに御座います」
祈祷師がそう告げたとき、
桓武天皇の疑念は確かな形を得、闇の中に浮かび上がります。
「早良よ、気付いておったのか…」
そう、桓武天皇は、自分の息子を後継者にするため、
早良親王に罪を着せ、流刑に処したので御座います。
その後も、桓武天皇の周りには不幸が絶えず、
思いがけない近親者の死の度に、
桓武天皇は闇の中でこちらを見つめる早良親王を見たので御座います。
そして、桓武天皇は弟の怨霊から逃れるため、
10年かけて造営した長岡京を捨て、
風水的にも優れた地形であるこの地を新たな都とし、
不安を解消するために、平安京と名付けたので御座います。
そして数々の神社仏閣を建立し、
多くの陰陽師を集め、霊的結界を都に張り巡らします。
しかし、その後も怪異が絶えず、
ついに桓武天皇は、早良親王に「祟道天皇」という号を与え、
側近暗殺事件の犯人たちを復命させ、
静かに70年の生涯を閉じます。

即位当初、改革に燃えていた桓武天皇は、
その晩年のほとんどを怨霊に怯えて過ごしたと言います。
王者の業の傍らに、ひっそり佇む物言わぬ死霊、
早良親王は果たして桓武天皇に祟る怨霊だったので御座いましょうか。
それとも、自分の弟までも死に追いやった、
桓武天皇が幻視した、自らの罪悪の化身だったので御座いましょうか。
どちらにせよ、千年の都、京都は、
早良親王に対する桓武天皇の思いの上に作られたので御座います。

あらゆる魔界を封じるための措置が施された平安京。
魔界を意識するということは、魔界の存在を認めることでもあります。
魔界の存在を前提に作られたこの都は、桓武天皇の思惑とは別に、
以後千年、その内側に数々の魔界を内包することになるので御座います。


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