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Re: もうだめだ!と思って選択した分かれ道、「葦刈」がえがく人生絵巻
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投稿者 gataro 日時 2005 年 12 月 09 日 09:18:13: KbIx4LOvH6Ccw
 

(回答先: もうだめだ! 絶望の心理と犯罪 投稿者 デラシネ 日時 2005 年 12 月 08 日 18:47:28)

デラシネさんの「運の良い人、悪い人」の投稿でまた、「葦刈」という話を思い出した。古くは「今昔物語」や「大和物語」の説話で取り上げられ、海音寺潮五郎の「王朝」ものにも脚色された形で出てくる物語である。たしか世阿弥の能にも「葦刈」があったはずだ。

摂津国に住む夫婦が、貧乏のためにいったん離別し、それぞれに生計を立てることを決める。その後、都に上った女は貴人の後妻になり、男は難波の浦で葦を刈る人足となり乞食さながらの落ちぶれた様を見せる。
「君なくて、あしかりけり(=「葦刈」と「悪しかり」の掛詞)と思えども」と、あなたがいなくなって悪いことをした、別れなきゃ良かったと思う、と男は後悔する。もう過去には戻れない。

以上が簡単なストーリーであるが、手元の現代教養文庫「今昔物語」(西尾光一著)から現代語訳を以下に転載してみる。

今は昔、京の町に一人の貧しく、何の取柄もない若者がおりました。知人もなく、父母や親戚もなく、自分の家というべきものもなかったので、ある人のところで使われていましたけれど、そこでは少しも芽が出ませんでしたので、もしや他によい所でもあろうかと、あちこちに身を寄せてみましたが、どこへ行っても変りばえなく、とうとう宮仕えも出来ず、どうしようもなくなってしまいました。

彼の妻は若く、美人でしたが、心もやさしくみやぴやかな人柄でしたので、この貧しい夫に従ってよく苦しみにたえて暮していました。いろいろ思い悩んだあげくに夫は妻に言いました。
「生きてこの世にある限り、そなたと二人でもろともにと思っていたが、日ごとにますます貧乏になる一方なのは、もしかすると、二人が夫婦となって、いっしょにいるのが悪いのではないかと思う。そこで別れてみようと思うが、どうだろう。二人でそれぞれに白分の運をためしてみようではないか。」

妻は、
「わたしは決してそうは思いません。こうして貧乏するのもすべて前世の報いでしょうから、お互い、飢え死ぬまでも諸共にと思っておりました。しかし、おっしゃるように何をしてもだめで、どうしようもないことぱかりですから、お言葉のように二人いっしょにいるのが悪いのかも知れません。あなた一人ならぱ、いいこともあるとお考えなのでしたら、別れることもいたしかたありません。」
と答えました。男はその通りだと決心して、お互いに相手の幸福を祈りながら泣く泣く別れました。

その後、妻は若くて美しかったので、口口という人のもとに身を寄せて、使われる身となりました。女は風雅のたしなみ深くやさしい心の持主でしたので、主人から眼をかけられ、主人の妻がなくなってからは、親しく身の回りの世話などしているうちに、いつしか憎からず思われるようになりました。後には主人も妻として扱い、家事万端を任せられるようになりました。やがて、主人は摂津の守に任ぜられ、女は国守夫人として、いよいよ倖せな年月を送っていました。

さて一方、もとの夫の方は、妻と別れて自分の運を試みたのですが、その後はいよいよ落ちぶれて、とうとう京にもおられなくなり、摂津の国の片田舎まで流れて来て、農夫になり下がって人に使われていました。下衆(げす)のする田作り・畠作り・木伐りなどの荒仕事は、慣れないこととて、この男には無理でしたので、雇い主は、彼を難波の浦へ葦を刈りにやったのです。

彼がちょうど葦を刈っている時、かの摂津の守が、その妻を伴って任国の摂津に下る途中、この難波の辺に車を留めて一休みし、あたりの景色を眺めているところでした。彼は多くの家来や脊族(けんぞく)と共に酒を飲み、物を食べなどして遊び戯れていました。奥方は車上で女房たちと難波の浦の趣き深い景色を興じていました。折しも、その浦では葦刈りの最中で、大勢の下衆たちが一心に働いておりました。その中に一人、下衆の姿ではあるけれど、何となく上品で趣き深く見える男がいます。奥方は不思議な胸さわぎがしました。どうも見たような顔です。目を凝らしてよくよく見つめますと、どうも昔の夫によく似ています。もしや僻目(ひがめ)かとさらに見直しましたが、まさしくそれに違いないのです。

あわれな、みすぼらしい姿で葦を刈っています。「なんと痛ましいことだろう。いかなる前世の報いでこうまで落ぶれたのだろうか。」と思うにつけても、涙がこぼれて止まりません。さりげない顔をして人を呼んで、
「あの葦を刈っている下衆の中の、しかじかの男を呼んでみておくれ。」
と命じました。使いが走って行って、
「おい、そこの男、御車でお呼びだぞ。」
と、呼びつけました。
男は思いもかけぬことゆえ、驚いてキョトンと上を向いて立ったままです。
「早く参れ。」
と使いが声高にうながしましたので、葦を刈るのをやめ、鎌を腰にさして、車の前にやって参りました。

奥方は何年ぶりかで近々に昔の夫を見ました。水にぬれ、土に汚れてどす黒くなった麻布の帷子(かたびら)(単衣)を着ています。袖もなく、丈も膝まで、腕も足もむき出しです。くしゃくしゃにつぶれた鳥帽子をかぶり、顔も手足も泥だらけで、穢(きたな)らしい姿です。膕(ひかがみ)や脛(はぎ)には蛭(ひる)が食いついて血みどろになっています。奥方はこれを見ただけでぞっとして、気分が悪くなりそうでしたが、人に
命じて物を食わせ、酒などを飲ませました。車の方へ向いたまま、がつがつ食べている顔は、まことにいやらしく、興ざめに思われました。

奥方は車中の女房たちに、
「あの葦を刈っている下衆どもの中で、この男が由緒ありげで哀れに思えましたので、つい気の毒になって取らせるのです。」
と何気なく言いつくろい、衣を一枚車中から出して、
「これをあの男におやりなさい。」
と言い、紙の端に和歌を書いて、着物の中に忍ばせて渡しました。
  あしからじと思ひてこそは別れしかなどか難波の浦にしもすむ
  (お亙いにめいめい悪くはなるまい、倖せをつかもうと思って別
  れたはずだったのに、なぜあなたは難波の浦で葦などを刈って
  碁らしているのですか。)

男は、衣まで賜わるという思いがけぬ親切に、いったいどうしたことかとあやしみ驚きました。見れば、紙の端に書いたものがあります。取って見てやっとわかりました。さては車の中の人はあの昔の妻だったのか。そう思うにつけても、自分の不運が悲しく恥ずかしくてなりません。

「御硯(すずり)をお借り致したく存じますが。」
と言って、切ない思いをこめて書き奉りました。
  君なくてあしかりけりと思ふにはいとど難波の浦ぞ住み憂き
  (あなたと別れて後はますますひどい葦を刈るような境遇に
  落ちこんでしまいました。別れたのは失敗だったと思うにつけて、
  この難波の浦がいっそう住みにくく思われてきます。)

奥方はこれを見て、いよいよ衷れに悲しく思うのでした。さて、男は葦を刈らずにどこかに走り隠れてしまいました。

その後、奥方はこのことを誰にも口外しませんでした。

誰しも、貧富はすべて前世の報いであることを知らず、愚かにも、我が身の不運を恨むものです。この話は、その奥方が年老いて後に語ったものでしょうか。それを聞き継いで、世の末までこんなふうに語り伝えたということです。(巻三十第五話)

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