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−或る人事の視点から−
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投稿者 如往 日時 2006 年 10 月 20 日 10:27:10: yYpAQC0AqSUqI
 

(回答先: 考察者Kさんの提案とどのようない関連があるのでしょうか。お差支えなければ教えてください。 投稿者 東京音頭 日時 2006 年 10 月 19 日 09:59:23)


 東京音頭さん、こんにちは。
 Kotetuさんには割り込みにて失礼します。


 私は在日外資系企業に約10年間勤務し、その殆どを管理部[administration]で人事[personnel division]の業務に携わってきましたが、米国と日本では人事政策(就業規則・労働協約・賃金体系・人事考課・福利厚生等)に関する基本理念に大きな違いがあることに驚かされたものです。差異を構成している素因と考えられるものには、第一に、米国では政策が照準にする期間が長くても半年、短いものでは3ヶ月であるのに対し、日本では1年が通例だということです。第二に、米国のものは明文化した契約があるとは云え、日本人スタッフから見れば極大雑把な賃金体系(支払い規則)があるだけで、解雇に関する条項では圧倒的に使用者側に有利であること等、全体的に労働者には不利な内容でした。それでも、10年を経る間には改革が進み、福利厚生を除けば相当な部分に日本的慣行が徐々に採り入れられても行きました。

 さて、“通勤手当”のことですが、日本的賃金体系では通勤手当は家族手当・住宅手当・(食事手当)・(物価手当)等の所謂生活補助給(与)として位置付けられています。これらは給与規程の中に明記されていない限り、会社側に支払いの義務はありません。何時頃どのようにして一般化したのか不勉強で詳細は不明ですが、通勤手当も戦後の賃金闘争によって労働者側が獲得してきた各種手当の一つであるのは確かでしょう。使用者側の善意(?)で成立した手当もあり得ないことはないでしょうが、大部分は時代の要請や人々の政治意識の高まりを背景にして活発化した労働運動の紛れもない成果であることを忘れてはならないと思います。たとえ十分に満足がゆくものではないとしても、右も左も関係なく多くの働く人達がその恩恵に浴して来たのです。

 >私は、企業がこのような、例えば 通勤時間の30パーセントの時間は、報酬を払う、なんてことに決まったら、(そんなこと出来るのか疑問ですが)、ただただ、企業は、遠くの人を雇わなくなるだけか、色々な抜け道を使ってさけるだけだろう、と思う、とKさんには、書きました。住むところで差別するなんて、とっくの昔からされていますよね。

 在宅勤務等、仕事によっても就労形態は多様化してきていますので、拘束時間に通勤時間を盛り込むこと、すなわち通勤時間を賃金換算することは経験上も難しいと感じています。手当として加給するにしても論理的整合性をどのように維持したらよいのか戸惑いますし、結局は人事院勧告のように官僚的で無理矢理にこじつけたものになってしまうのではないかと予想しています。
 何れにしても企業にとっての第一義は経済的合理性を追求することですから、可能な限りコスト(通勤手当等)の掛からない人を雇用しようとするのは当然と云えば当然です。一方、求職活動の一環として求職者側には企業選択の自由があり、また遠距離通勤になっても勤務するか否かは被雇用者側に裁量権がありますので、使用者側が就職決定後に条件変更を迫ってみたり、負担の大きい遠距離通勤を雇用継続の条件にしたりするのでなければ、その限りにおいて両者はフラットな関係にあると思われます。

 >今は知りませんが、わたしの若い頃(といってもそんなに大昔じゃないですよ(笑)は、東京の企業の多くは、一人暮らしの女性(つまり、自宅が地方の人)は採用しませんでしたから。何の人権問題にも、労働問題にもなりませんでした。これは、住む所というより、生活環境での差別ということになるのでしょうか。(男性経営者の目から見れば差別ではないのでしょう)でも、とにかく、地方が自宅の人は、不利ということです。

 一言で云えば、会社にとって経費のかからない人を優先して雇用したいと考えるからで、自宅通勤者が優先順位の第一に措かれ、勢い長男・長女が対象になっていました。無論、経費節減が職責でもある管理部の意向が少なからずはたらいていたことは否めません。けれども、大量に定期採用を行っていた先頃では70年代初頭や80年代半ばに見られたことで、採用が抑制されたときには寧ろ能力重視(コネも実力?)が標榜されて、この限りではなかったと実感しています。

 >このような、遠距離通勤にしろ、法なんかあってないような労働時間は、法律の制定なんかでは、解決しないだろうな、とは思います。(今の政権では特に、抜け道があるに決まっている)例えば、一極集中ひとつとっても、これは、政府の怠惰でこうなってしまったのか、大企業がこういう方向がこのましく、労働者の生活など無視されて推進されてきたのか、どのような利害関係があるのか、制度はどうなっているのか、詳しく調べないと どうしょうもない、ということは、わかります。

 無論、労働内容によっては拘束時間のような外形的な条件が評価に影響を及ぼす場合もありますが、結局のところ現実の成果を含んだ労働評価の問題ではないかと考えています。少し古い統計で恐縮ですが、日本の賃金体系(労働省『賃金労働時間制度総合調査』1982年)では一人平均月間賃金額の構成で基本給(本人給+職能給)が約80%以上を占め、業績給は3%以内に止まっています。その後、成果主義や年俸制が導入され、業績給の比率は大幅に大きくなってきていますが、それと同時に生活補助給も単なるブレクダウンの項目の意味でしかなくなってきています。従来の労務拘束による対価としての賃金と云った意味合いではなく、労働者側にとっても自ら職能基準書を起案し、会社の事業計画や業績(営業計画)と照合して賃金体系を策定していくことが重要な課題であると思っています。

 何分にも東京音頭さんの問いの趣旨には外れたレスになり申し訳なく思っています。それにしても、労働者にとって悪化の一途を辿るような雇用環境にあって労務外の拘束性を賃金換算することにどんな現実味があるのか得心しかねています。寧ろ、自己の職能評価を確立しそれに相応しい対価を得るために就労先や関係機関にはたらきかけていくことこそが私達が取り組むべき新らたなテーマと考える次第です。

 また、会いましょう。

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