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【驚愕】日本は1898(明治31)年まで一夫多妻制が認められていた---(反米嫌日戦線「狼」(美ハ乱調ニ在リ)より)
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投稿者 ミスター第二分類 日時 2006 年 6 月 04 日 23:32:50: syFUAx3Wc1pTw
 

出典
http://anarchist.seesaa.net/article/18832144.html#more

2006年06月04日

【驚愕】日本は1898(明治31)年まで一夫多妻制が認められていた---(反米嫌日戦線「狼」(美ハ乱調ニ在リ))より


司馬遼太郎が褒めちぎる明治って、男の天国みたいな時代だな。

ジェンダーを気が狂ったように攻撃する安倍シンゾーよ。
1898(明治43年)の民法改正まで、わが大日本帝国は一夫多妻制だったんだぞ。

帝国議会元老院のスケベ爺さんの執拗な抵抗があったそうだ。

これこそ、素晴しいスバラシスギル「日本の伝統」とやらだな。

日本の正しい歴史として、後世の日本を背負う青少年にきちんと教えてやらねばならんべ。

初代文部大臣となる森有礼(もりありのり)は、「妻妾論」という書物を書いている。

その中で森は、一夫多妻制を非難し、人間としての結びつきを強調し家族制度の改革を主張したんだな。

他にも森は「婚姻法・私案」にて、家父長的家族主義を廃し、婚姻は個人の同意を要すること、相手の不貞による離婚には相当の金をとることなどを主張した。


「妻妾論」には当時の一夫多妻制の内容が書かれている。

「先ず婚法に2通りあり、媒(仲立ち)を用いる婚を夫婦といい、その婦は妻と言われる。媒を用いない婚の相手は妾といわれる。夫婦の婚はその父母の協議や承諾で成立し、夫妾の婚は夫の専決と妾家の承諾で成立し、金若干を妾家に渡して得る。すなわち金若干で買い受ける。これができるのは貴族婦人であり、貴族夫人の家系は買女によって存する者多し」

びっくりしたなぁ。

偉い家系の貴族のほうが、金で買われていたんだ。

貧乏人のほうがマトモだったわけだな。
こりゃ明治維新の偉いさんは、みんなスバラシイわけだ。

そもそも封建社会では妾・権妻(ごんさい)が認められていたのだが、厳格な身分制度もあって、妾は主人夫婦とは主従関係で、現代の妾と違って、まちがっても正妻の座を追い落とすこともできなかったし、妾宅を構えることも、芸妓や娼婦と正式結婚することもできなかった。

水商売のネーチャンやフーゾクのお姉さんと結婚することはできなかったんや。
ところが、明治維新後は身分制度がなくなり武家も娼婦も同格となったうえ、1871(明治4)年制定の戸籍制度からは、妻も妾も同格の2親等として入籍できることとなったから、れっきとした戸籍上の妻妾同居が許可されたんだ。

おかしな話だが、妻の地位は封建制度より明治維新のほうが後退した、というわけだ。

元祖スケベの伊藤博文をはじめとする、明治の元勲たちの妻女は芸者や遊女、茶屋女中などをショーバイとしていた女性がほとんどだった。

維新の志士たちは所詮は下級武士。
非合法活動の舞台となる人目に付かない料亭や茶屋。
そこの女性とイイ仲になって、国元の妻子を捨て、離縁して結婚したケースが多かったようだ。

その虐げられた芸妓や娼婦が、上流婦人となったため、一夫多妻制度を黙認する風潮がつくられ、日本は、明治維新から30年以上たっても、一夫多妻制どのままだったんだな。

みんな忘れるなよ。

明治維新の元勲の家系は売女(バイタ)の流れを汲んでいるということを。

日本の名家などというのは、ほとんど、売春婦の家系だってことをな。


これは、しっかりと正しい日本の伝統として、ぜひ学校にて教えるべきだよね。

苦 笑。

一方、当時の農漁民の結婚観はどうだったのか。

当時は、日本のほぼ全域にいわゆる「若衆宿」「娘宿」があった。

地方で慣わしは違うが、男子は17〜18歳、女子は15〜16歳になれば、昼の仕事が終わると土地の世話人や長老の家に集まって、男たちは公共の仕事の打ち合わせや道具の手入れ、女たちは糸紡ぎ、織物、縫物などをしていたようだ。

それは、一人前になるための技術の伝承と言う役目もあったが、結婚相手を見つける場所でもあったのだ。

娘宿に男たちが覗きに着たり、一緒に茶を飲んだりして、仲間内で公認の関係となる。

しかし、自由放任とはならず、一定の掟に基づいており、その管理も若衆宿のリーダー格が取り仕切っていたようだ。

セックスは、「夜這い」によって教えられていたようだ。

 歩きしかない時代であったから、知り合うのは、同じ村同士、近隣の村同士がほとんどであった。

 流れ者や遠方の者との交際は村八分覚悟であった。

 村の生活はガラス張り。
 どの家庭の内情も筒抜けだったので、ほぼ釣り合いの良い結びつきが自然に出来ていたようだ。
 親も気づいていても最後まで口を出さないのが普通であった。


 現代と違うのは、ほとんどの土地で、娘は生家に居り男が通っていたということ。

 若い男女の労働力は貴重であったからである。


 数年後には婚礼となったり、子が生まれると夫の家に移ったりしていたが、終生一緒に暮らすことなくそのうち別れてしまう者も結構多かったそうな。

 いまより、ずっと女は自立しておったと言うことなのかもしれんな。

 以上、現代書館「近代女性史」より。

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[コメント]
 何か歴史は奇なりと言いますが、上流階級、上流社会の方が実際には乱れていたようですね。その上流階級・上流社会のやり方を広めるのはどうしてなんでしょうか・・・・・・
 やはり、為政者に都合のいいところがあるからなんでしょうかね。
 結局、多くの政治家の方々って格好イイ事いってるけどさ〜
 頭の中って空っぽなのね〜
 まあ、喋っている事を文書にして分析するとドタマの程度がどれ位かよーく分かると言う話もあるので・・・・・・・
 まあ顔や容姿とアジテーションで投票してる方々も反省する必要があるが・・・・・・

それから「狼」さんのホームページ、お勧めですので覗いてあげて下さい。

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