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Re: 参考資料−アメリカインディアン
http://www.asyura2.com/0601/war82/msg/278.html
投稿者 こげぱん 日時 2006 年 7 月 08 日 22:13:05: okIfuH5uFf.Lk
 

(回答先: 血を流し続けてやっと認められる住人の当たり前の権利。イスラエルと英国はどこが違うか。なぜイスラエルだけが責めらるのか。 投稿者 東京音頭 日時 2006 年 7 月 08 日 19:11:25)

http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeBookPhoto/Thunderbird.htm

「北米インディアン生活誌」
C・ハミルトン編 横須賀孝弘・監修
和巻耿介・訳 社会評論社 より引用

チーフ・スタンディング・ベア(スー族)の言葉

私は白人がやってくるまで植物、鳥もしくは動物の種が絶滅した
なんて話をまるで聞いたことがない。バッファローが姿を消してか
らしばらくのあいだ、まだたくさんのカモシカ(エダツノレイヨウ)の
群れが残っていたが、白人ハンターはせっせとバッファローを全滅
させてしまうとすぐ、その目を鹿に向けた。鹿がいまたくさんいる
は保護区だけだ。白人はこの大陸にもとからいる人間の命を「害
虫」なみに考えたように、野生動物の命もそうみなした。インディ
アンが徳とした草木も「厄介者」(ペスト)であった。ラコタ語のボ
キャブラリーには英語のこれにあたるものがない。インディアンの
自然に対する態度と白色人種のそれには大きな開きがあった。
これは自然生命の環境保護論者と非保護論者の差であった。
この世に生まれ育ったあらゆる他の生き物同様、インディアンも
共通の母なる大地に養われていた。だからインディアンはあらゆ
る生物に親しみ、あらゆる生命体にかれと同等の権利を与えて
きた。大地のあらゆるものが愛され敬われてきた。白人の哲学
は、「地より出でて地に属す物」、軽く見て、うとんじていい物だっ
た。みずからを優越した生物の地位に置き、それを僭称し、同じ
枠、万物の自然秩序のなかにいる他のものに、劣等の地位と称
号を与えた。こんな態度が万物に対する白人の行為を支配した。
生きる価値と権利はかれだけのものであり、ゆえにかれは無残に
破壊した。森林は伐りとられ、バッファローは皆殺しにされ、ビーバ
ーは全滅に追いやられ、その見事に築造されたダムはダイナマイ
トで吹き飛ばされ、大洪水のもとをつくり、さらなる荒廃を招いて、
空の鳥でさえ鳴かなくなった。大気に甘い香りを放っていた生い茂
る大草原は掘り返された。わたしが子どものころにはまだ生きてい
た泉、川、湖は涸れてしまい、すべての人々が衰退と死の厄にさ
らされた。白人は、この大陸にもとからあった万物を絶滅させる
シンボルたらんとしてやってきた。白人と動物のあいだにこころの
つながりはなく、動物たちは白人が近づくと逃げるようになった。
なぜなら、両者は同じ大地に住むことができないのだから。


インディアンはその風習や伝統とは全く対照的な白人の流儀を
受け入れることができず、場合によっては受け入れを拒否された
ために、みずから怠慢の汚名を得てしまった。白人はそのごまか
しと弱さのためにインディアンの信頼を完全に失ってしまい、そん
な白人の失望のゆえに、なおさらインディアンは自分の部族流を
通すほうを好んだ。かれは昔ながらの風習や宗教にしがみつき、
それを変えようとしても変えられなかった。だから、最も活動的な
暮らしに生きて、すぐれて高い肉体の完成を遂げてきたインディア
ンを最も性格的に怠慢ときめつけてしまったのだ。じっさいは間違
いなのだが、こんな定義が一般人のこころに植えつけられている。

http://www.aritearu.com/Influence/Native/Nativeword/Douka.htm#4
民族虐殺の4段階

接触・宣教師が先住民に贈物を残したり、最初の接触をするために「飼い慣らした」   
インディアンを使う。

依存・宣教師たちは、先住民族を子供のように扱う。彼らの依存は宣教師がしばしば
多少なりとも実際に健康や栄養の改善をすることによって強まる。

衰退・先住民族の慣習を捨てさせるため、説得、贈賄、力が行使される。慣習的なふ
るまいは禁止され、子供たちは「文明」を学ぶため、両親から引き離される。

教化・宣教師たちの偏執な規範が、混乱したインディアンたちに押しつけられる。
彼らは教会を敬い、現金のために働き、雇用者に従い、小さな家族単位で生活
し、西洋風の衣服を着ることを教え込まれる。


「図説 世界の先住民族」 ジュリアン・バージャー著 明石書店より引用


http://www.aritearu.com/Influence/Native/Nativeword/Douka.htm#6
アメリカ政府が取ってきた同化政策の推移

「ネイティヴ・アメリカン 写真で綴る北アメリカ先住民史」より引用

武力で破れ、保留地に閉じ込められたインディアンは、合衆国政府の同化政策への
服従を余儀なくされた。同化政策とは、インディアンの伝統的な生活様式を根こそぎ
にしようとする政策である。これにより、大勢の子供たちが家族や部族社会から引き
離され、連邦が設立した寄宿学校にいれられて、インディアン文化とは無縁の環境
で教育された。寄宿学校では、欧米の歴史とキリスト教的価値観を強調した教育が
ほどこされ、英語以外の言語は禁止されて、手仕事を主体とした職業技能訓練が実
施された。これはカナダでも同様で、やはり同化目的の寄宿学校が設立されている。
しかし、政府の思惑にもかかわらず、先住民の子供がみずからの出自を否定するこ
とはなかった。そして1887年、合衆国議会は、先住民文化を根本的に破壊するよう
な、一段と厳しい政策を導入する。当時、東部であれ西部であれ、白人改革家たち
は、インディアンのために残されている土地があまりに多すぎると考えていた。また、
東部の改革家は、個人単位の財産所有が“文明化”につながり、ひいてはそれがイ
ンディアンを救済するはずだと信じた。彼らの主張は、インディアンの土地は従来の
共同所有より個人所有のほうが、強欲かつ不当な行為から守ることができる、という
ものだった。かたや開発業者はといえば、インディアン個々人に土地が割り当てられ
れば、規制をはずれ、自由に取り引きできる土地がふえると期待する。かくして1887
年、インディアン改革諸組織の支持を得た一般土地割当法(いわゆるドーズ法)が、
議会を通過した。このドーズ法により、部族単位で所有されていた保留地は160エー
カー(65ヘクタール)もしくはそれ以下に小さく分割され、インディアン一人ひとり、お
よび家族に振り分けられることになった。そして残った“余剰地”は、合衆国に売却さ
れたのである。ドーズ法は、インディアンにとって大きな厄災でしかなかった。最良の
土地の大半が白人に貸与あるいは売却され、あきらかに違法な行為も数多く見られ
た。インディアン諸部族が、ドーズ法以前に所有していた土地は1億4000万エー
カー(5600万ヘクタール)だったが、1887年から、割当政策が破棄された1934
年までに、じつに約9000万エーカー(3600万ヘクタール)がインディアンの手を離
れている。さらに、土地とともにインディアン人口も減少しつづけ、19世紀末になる
と、インディアンは絶滅への道をたどるかに見えた。1890年から20世紀初頭にか
けて、インディアンの保留地での生活は、悲惨としか表現しようのない状態が続い
ていた。保留地の多くで、インディアンの指導者が指導者としての意欲を失い、ある
いは投獄され、あるいはこの世を去った。そんな保留地の経済をささえていたのは、
土地の賃貸や季節労働、政府の施しのみである。インディアン局の管理官は、保留
地内に住むインディアンの生活をすみずみまで管理し、白人の生活習慣を一方的
に押しつけた。たとえば、先住民の昔ながらの衣服は禁止され、男性の長髪は許さ
れず、信仰の儀式は厳禁、違反した者には投獄や重労働が科された。カナダでも、
宗教行事は禁止されている。またインディアン管理官は、保留地に警察機構を設
け、“首長”を任命して、部族を管理させた。1920年代に入ると、過去のインディ
アン問題の解決は方法は誤っていたのでは、という反省が広まっていった。それま
での数々の政策によって、インディアンは何千万エーカーもの土地を奪われたばか
りか、極貧と病気にあえいでいたからである。が、それでもなお、インディアン独自
の信仰と文化は、とだえることなく、脈々と息づいていた。やがて1934年、議会は
インディアン再組織法を制定する。これにより、土地割当制度は廃止されて、一部
の土地がインディアン部族に返還された。また、経済発展のための貸付基金が創
設されて、ある程度の自治権も復活する。ところが、こうした“インディアン・ニュー
ディール”計画も、第2次世界大戦の勃発で、中断せざるをえなくなる。そして終戦
を迎える頃には、過去の失敗もかえりみず、連邦政府はふたたび同化政策へと
回帰していった。1950年代、合衆国は“ターミネーション”と呼ばれる連邦管理終
結政策を遂行し、一部の部族と連邦政府との特異な関係に終止符が打たれた。
これと期を同じくして、インディアン局は、部族による土地共有を根こそぎにしよう
と、保留地に住むインディアンを都市中心部に転住させる大規模な施策に着手す
る。そしてこの転住政策は、政府がインディアンへの責務から逃れるための方策
ともなっていくのである。しかし、1950年代末、先住民から土地を奪い、いっそう
の貧困に追いやっていた終結政策は、インディアンの抵抗と一部議会の反対を
受けて、ようやく廃止の方向に向かった。終結政策により、インディアンの指導者
たちは彼らの財産や市民権が危機に瀕していることを知った。危機感はしだいに
つのり、1960年代初期、インディアンは“レッド・パワー”運動を展開する。

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<コメント>
私事で恐縮ですが、アメリカで車を運転していた時にたまたまインディアン居留区に入ってしまったことがあります。そこで目にしたのは、人生の希望を無くしたのか、ボロを着て(休日だったにせよ)朝からアルコールを飲んでうつろな目をしている、棄民とでも言うべき男女の一群でした。そのころ私は新自由主義教信者だったせいか、単に「こいつら、釜ヶ崎のオッサンと同じグウタラか」としか思いませんでしたが、よくよく考えれば他民族に征服され、固有文化を失い、魂が殺されれば人間誰しもそうなるでしょう。

話はそれますが、今日のアメリカで恐ろしいのはニューオーリンズで見られたように、
被収奪層がインディアンのみならず黒人、一部白人のまで拡大して、棄民層が異常なまでに拡大していることでしょう。黒人や一部白人もやはり文化を失い、棄民に転落し、アメリカの社会不安や社会瓦解の原因となってしまっていますが、伝統文化喪失と格差拡大によって急速に根無し草社会になりつつある日本が、インディアン居留区やニューオーリンズ化しない補償はありません。「テポドンの脅威」は目に見えるだけわかりやすくていいですが、文化が滅び社会が砂漠化し、やがて他民族の文化的征服を許す恐怖は目に見えない分、軍事的外圧以上にたちが悪いと言えそうです。

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