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 ★阿修羅♪
駐日イスラエル大使衝撃発言 2月から、日本人とユダヤ人のDNA鑑定を行う!
http://www.asyura2.com/07/dispute25/msg/231.html
投稿者 上浦 日時 2007 年 1 月 23 日 14:34:08: sWIwBAVNwuMS2
 

↑写真はキリストの顔(BBC作成)
日本に走る激震!

(引用開始)
 駐日イスラエル大使コーエン氏は大変な親日家である。彼は日本の文化、伝統、歴史についても洞察が深い。コーエン大使は松涛館空手の有段者でもあり、礼儀正しく、彼と会った日本人のほとんど全員が魅了されてしまうほどだ。

 昨年12月、コーエン駐日イスラエル大使がTV番組に登場して衝撃的な発言を行った「古代ユダヤ王国のユダヤ人12支族のうちの10支族19万人が日本にやって来ている。その調査のために、2月から、日本人とユダヤ人のDNA鑑定を行う」。
 
  「失われたユダヤ12支族」「日猶同祖論」等々といった文言に詳しい方ならピンと来るだろうが、一般には何がどうなっているのかさっぱり見当もつかないだろう。「日本人は混血民族なのだから、古代ユダヤ族が何万人紛れ込んでいようがいいじゃないか……」と思うのが普通かもしれない。だがここには巨大な問題が内包されている。
(引用終了)
続きはこちら インターネット行政調査新聞
http://www.gyouseinews.com/international/jan2007/002.html

日本人こそは“失われたイスラエル10支族だ”と主張するユダヤ人言語学者
ヨセフ・アイデルバーグ
歴史に謎を持つ民族──日本人とユダヤ人。そこには、不思議な共通点が数多く存在する。ユダヤ人言語学者ヨセフ・アイデルバーグは、そうした歴史の謎にとりつかれ、14年の間、日本の言語・宗教・歴史を調べた。

彼は断言する──日本人の先祖はヘブライ人だと。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb412.html

世界史のタブーである東洋系ユダヤ人と白人系ユダヤ人のルーツ
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F3/a2f1000.html#02

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コメント
 
1. 2018年5月12日 11:04:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13852]
テスト

[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理
2. 中川隆[-12387] koaQ7Jey 2018年5月12日 11:16:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13852]
ユダヤ人のY-DNAは E1b, I, J

日本人のY-DNAは D1b, O1b, O2

天皇一族のY-DNAは
華北漢民族系: Y染色体O2系統(旧 O3系統)
長江稲作民系: Y染色体O1b系統(旧 O2系統)

のどちらかだからユダヤ人とは全然違う:

日本人にはユダヤの血は全く流れていないよ

それから、アシュケナージはハザール人ではないというのが定説

アシュケナージは父系は古代ユダヤ人、母系はヨーロッパ女性

ハザール人のDNAは入っていなかった

______


古代イスラエル王家の DNAはY-E1b1系統


アフリカの万世一系として知られるエチオピア帝室のY染色体は、ハプログループE1b1a(E-V38)である(注1)。これは、統計学上明らかとなったデータに基づく(注1)。

注1)"DNA from 4,500-year-old Ethiopian reveals surprise about ancestry of Africans"(2015.10.8)
http://www.anthrogenica.com/showthread.php?5577-4500-year-old-Ethiopian-Y-DNA-E1b1-mtDNA-L3-and-considerable-Eurasian-admixture

ソロモン王とシバの女王の子、メネリク1世の男系男子であるエチオピア帝室がY-E1b1aということは
古代イスラエル王家はY-E1b1系統ということになる


メソポタミア地方の古代都市であるバビロンの王・ニムロド(Nimrod)のY染色体は、ハプログループE1b1b1a1b1a(E-PF2211/V13)であると推定されている(注1)。
注1)"Hamitic Genetics-The Roman and Latin E-V13, E-M35.1"
https://hamitic.wordpress.com/famous-hamitics-persons-of-halopgroup-e/

ノア→ハム→クシュ→ニムロドの末裔がY-E1b1b1a1b1aということは
ノアはY-E1b1系統ということになり、古代イスラエル王家がY-E1b1系統ということと整合する
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/794.html

【遺伝】アシュケナージ系ユダヤ人の母方の系統の起源がヨーロッパである可能性が浮上
Nature Communications 2013年10月9日

Genetics: Ashkenazi maternal lineages may originate in Europe
Nature Communications

アシュケナージ系ユダヤ人のミトコンドリアDNAの塩基配列解読が行われ、ユダヤ人の母方の系統がヨーロッパ起源である可能性が明らかになった。

これまでに、中近東やコーカサス地方を起源とする学説が表明されていたが、むしろヨーロッパ地中海地方であることが、今回の研究で示唆されている。

アシュケナージ系ユダヤ人の起源をめぐっては激しい論争が繰り広げられている。

父系遺伝するY染色体、母系遺伝するミトコンドリアと両親から遺伝する常染色体に関する遺伝情報を用いて祖先との関係を推定する研究が行われたが、相矛盾する結論が示されていた。

主に中近東(イスラエル/パレスチナ、レバノン、シリア、ヨルダンを含む領域)の人々を祖先とする見解があった一方で、主にコーカサス地方の人々が祖先だとする見解もあったのだ。

今回、Martin Richardsたちは、74点のミトコンドリアゲノムの塩基配列解読を行い、ヨーロッパ、コーカサス地方と中近東に由来する3,500点以上のミトコンドリアゲノムの解析を行い、アシュケナージ系ユダヤ人の詳細な系統史を再現した。

その結果、Richardsたちは、アシュケナージ系ユダヤ人のミトコンドリアDNAの変異の少なくとも80%が、中近東やコーカサス地方ではなく、先史時代のヨーロッパの系統を受け継いでいることを明らかにした。

この結果は、アシュケナージ系ユダヤ人の女性が、約2,000年前には、ヨーロッパに同化していた可能性を示唆している。

Richardsたちは、ヨーロッパの地元の女性が動員されて、改宗したことがアシュケナージ系ユダヤ人コミュニティーの形成にとって重要だったことが今回の研究結果で浮き彫りになり、今回の研究がアシュケナージ系ユダヤ人の系統史の再構築にとっての重要な一段階となったと考えている。
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/8799


ユダヤ人のY-DNA遺伝子 
http://www1.parkcity.ne.jp/garapagos/

  10月8日付けのNature Communicationsに

「アシュケナージ系ユダヤ人の母方の系統の起源はヨーロッパ」

という内容の論文がでました。

一般常識ではユダヤ人は中東のセム族出身の民族です。

ユダヤ教から分かれたキリスト教もイスラム教も含めセム族が世界の宗教の発信者だと言うことは驚くべきことです。 過酷な中東の砂漠環境で部族をまとめるために「神」が必要だったらしいのです。


  するとアシュケナージの人々は中東からヨーロッパに離散した際にヨーロッパ大陸の先住民を現地信仰から大量にユダヤ教に改宗・入信させたということになります。

ユダヤ教のどこが改宗・入信するほど魅力的なのか、もしくは精神的な抵抗がないよう現地信仰をうまく取り込んだのか(たとえば日本では仏教が「お盆」など当時の日本列島の縄文-弥生系の先住民の祖先信仰・習慣を大量に取り込みやっと民衆に受け入れられたように)は門外漢にはわかりませんが、短絡的に考えると

離散したユダヤ人は男性がほとんどで、まだ生活が不安定だった数千年前のヨーロッパの先住民の女性と交配し部族集団(むしろ宗教集団か?)に取り込み民族化していったと推測することも出来ます。

  mtDNAのハプロタイプの頻度分布は次のようにヨーロッパ大陸(つまり欧州白人)起源が81%も占めており、ユダヤ人本来の出自の中東系はわづか 8%に過ぎなかった。つまりアシュケナージ系ユダヤ人とはユダヤ教という宗教でまとまった珍しい宗教民族集団だと言えるのでしょう。

  興味のある方は是非、下記原著をお読みください。

A substantial prehistoric European ancestry amongst Ashkenazi maternal lineages

Marta D. Costa, Joana B. Pereira, Maria Pala, Verónica Fernandes, Anna Olivieri, Alessandro Achilli, Ugo A. Perego, Sergei Rychkov, Oksana Naumova, Jiři Hatina, Scott R. Woodward, Ken Khong Eng, Vincent Macaulay, Martin Carr, Pedro Soares, Luísa Pereira & Martin B. Richards

Nature Communications Volume: 4, 2543, Published 8-Oct-13


  ただし、図中の最大の頻度を持つハプロタイプmtDNA「K」は西ユーラシア系ではあるのですが中東でもかなりの頻度を持つので必ずしもヨーロッパ起源とは言えません。

メソポタミア農耕文明を興したのはY-DNA「J」系の「J2」ですが、農耕がヨーロッパに浸透する際にY-DNA「J2」のパートナーのmtDNA「K」も一緒に移動したと考えると「K」は中東起源とも言えるのです。

  欧米人はどうも敵対するイスラム文明の担い手であるY-DNA「J」が自分たちの出自に直接関与していることを認めたくないのでしょう。

もしAshkenajiのmtDNA「K」32%を中東起源とすると、ヨーロッパ起源は 49%、中東起源は40%となり拮抗するのです。欧米白人にとってはおぞましいことなのでしょうね!!

  ちなみに図中の最大の頻度を持つハプロタイプmtDNA「K」はアルプスで凍ったまま発見された約5300年前のアイスマンのmtDNAハプロタイプでもあります。ただしアイスマンのハプロタイプ「K」の子亜型「K1ö」は現代では既に失われ母親の女系は断絶したことが知られています。

一方、アイスマンのY-DNAの子亜型は「G2a」になりスターリンと同じコーカサス系となります。   

アイスマンの時代にコーカサスから既にアルプスまでコーカサス人は移動をしていたことが良くわかります。アイスマンの父親はヨーロッパに入った後先住民の女性と交配したと考えられますが、中東経由で母系と一緒に移動してきた可能性もあるのです。


  更に言えば図中の mtDNA「M1」は「M」系列の中で後述の「M*」の次に古い子亜型です。中東から西に出戻りしマダガスカル島の「M23」と共にアフリカ唯2の「M」系です。

これもヨーロッパ系ではありません。中東系(あえて言えばアフリカ系)なのは明らかです。

この論文の著者の分類は若干恣意的です、

西欧系mtDNA「N」系が最も多いのはその通りですが、アシュケナージの母方がヨーロッパ系と言いきるのは正しくはないですね。ヨーロッパ系と中東系の混合というのが正しいです。


  ヨーロッパで最大の頻度を誇るmtDNAハプロタイプは図のmtDNA「H」になりヨーロッパ人の40〜50%を占めています。


  では、Y-DNAから見たユダヤ人はどんな集団なのか?

一体何故、欧米人はユダヤ人のことを謎解き扱いするのだろうかY-DNAの頻度分布から調べて見ました。


  この分野の重鎮中の重鎮のHammerが2009年に子亜型・孫亜型までしっかりと調査した論文がありました。しかもこの論文の共著者にはこの分野の創始者のひとりのKarafetも、ユダヤ遺伝子研究専門のBeharも名を連ねているそうそうたるメンバーの報告になっています。研究者にはユダヤ人が謎の存在として調査せずにはいられないようです。

     
また調査中にわかったことは、欧米人が話題にするユダヤ人とはほとんどアシュケナージのことであってセファルディではないことも面白い一面です。

それほどアシュケナージが欧州ユダヤ人の中核で欧米の政治経済を動かす存在なのでしょう。


  調査では、海外の研究者はユダヤ人集団をひとくくりではなく「Cohen」、「Israelite」と「Levite」の3種類に分けて調査していました。

    また当方には良くわからないのですが、要するにユダヤ教を信奉する人は全てユダヤ人らしい。エチオピアのユダヤ人=Beta・IsraelのようなY-DNA「A」の黒人もユダヤ教信者なのでユダヤ人になるのだそうです。


・Cohen(Kohen)は世襲の司祭者の末裔らしく、アロンの男系子孫と考えられているらしい。アロンはモーセの兄なので当然Levite出身であることは言うまでもないのですが、何故モーセの子孫がいないのか?は、これから調べてみます。

・Israeliteは俗人、要するに一般大衆のことらしい、勿論、政治家も首相も宗教従事者以外は皆ここに属するようです。

・Liviteは「主みずからが嗣業」だそうで、あのモーセの出身部族だそうです。Cohenの男系先祖はモーセの兄のアロンと考えられているらしい。ということはCohenも本来はLeviteの一部のはずなのですが違うらしい。


  また研究者はAshkenazi(アシュケナージ)とSephardi(セファルディ)に分けても調査しています。


・Ashkenazi(アシュケナージ)は、ディアスポラ(離散)後にドイツ語圏や東欧圏に定住したユダヤ人を言うそうで、大雑把にヨーロッパ系ユダヤ人と言われているそうです。

・Sephardiはアシュケナージ以外の中東系ユダヤ人のことらしいが、それなら本家ユダヤ人ではないかと思われるのだがどうだろうか?


ともかくこの分野の重鎮中の重鎮の Hammaer と Krafet の二人が加わって研究・調査しているくらいなので、ユダヤ人の起源は欧米人にとって、我々が想像できないほど重大な?魅力的な?題材のようです。


以上の前提でY-DNAの頻度分布を見ると

● CohenのY-DNA頻度分布はAshkenaziでもSephardisでもセム系のY-DNAであるY-DNA「J」が80%近くを占めており、ユダヤ人本来のセム系の遺伝子を維持しているオリジナルJewであることが見て取れます。

  いわゆる純系のレヴィ部族に近いと言え、由緒正しいユダヤ教徒=ユダヤ人のようです。「司祭」なので厳しく男系部族遺伝子を守ってきたのでしょう。


● LeviteはSephardiとAshkenaziでかなり異なる様子です。

  Ashkenajiではスラブ系Y-DNA「R1a」が52%も占め、10%のセム系「J」からスラブ人がレヴィ族を乗っ取った様子が見て取れます。   

「主嗣系」にもかかわらずです。過去に何か入れ替わる歴史があったはずですが、一体何が起きたのだろう?   

Ashkenaziを にせユダヤ人と呼ぶ人もいますが、この遺伝子頻度を見るとAshkenajiの Leviteに関しては充分納得出来ます。

  一方、Sephardiではスラブ系「R1a」は4%しかないのですが、代わりにインド亜大陸発の移行期のY-DNA「K」が23%も占めており、バルカン系と思われるY-DNA「I」も20%を占めています。40%以上が他遺伝子に置き換わっているのです。

  不思議な頻度分布です。主嗣系にもかかわらず、他の遺伝子の混入が激しい。一体どこで交配したのだろう? これではSephardiを中東系と定義するのは非常に無理があります。

  ともかくLeviteと呼ばれる集団は、本来のセム系ではなくすっかり他の遺伝子集団に変貌している。ユダヤ教にとってはLeviteという存在はどうでも良い包末集団なのかもしれない。

いや、それも変です。Leviteを調べると包末どころか、他の Cohen や Israeliteのように相続できる土地や財産を持たない代わりに、彼らから寄付・寄進を受ける神聖な立場のようです。   

何しろモーセの出身家系の子孫のはずなのですから。その神聖な存在のはずにも関わらず、ある時 Y-DNA「R1a」,「I」や「K」等の異遺伝子集団にごっそりと乗っ取られたのだと思われます。

そうして AshukenaziとSephardi は確立し、現代まで存続してきたようです。   


● Israeliteは俗人=一般ユダヤ人なので現代イスラエル人の標準的はY-DNA頻度と考えても差し支えなさそうです。

36%程度が本来の中東セム系Y-DNA「J」であるが、ラテン(地中海)系Y-DNA「E1b1b」も20%程度あり、   ゲルマン系のY-DNA「R1b」も13%もあり、パキスタン系のY-DNA「R2」もあるなどCohenやLeviteとも異なる頻度分布を示しています。一体どんなキッカケでユダヤ人に紛れ込んできたのだろう?不思議です。

  ユダヤ人が布教活動でいかに多くの信者を取り込み、ユダヤ教徒=ユダヤ人という宗徒=民族を実践してきた特異な「宗教民族」であることを如実に表しているようです。

  余談ですが、あのヒトラーの父親はユダヤ人だったとの説が根強くありますが、ヒトラーのY-DNAはユダヤ人 Israeliteの重要な構成成分の「E1b1b」なので間違いなさそうです。


● ユダヤ人全体としては、セム系Y-DNA「J」が約43%なので今でも中東系と言っても差し支えなさそうですが、次が約17%の地中海(ラテン)系、11%のゲルマン系Y-DNA「R1b」と続きます。

  いかにAshkenaziやSephardiのLeviteが異様で特徴的な特異なY-DNA頻度分布を持つかが改めて良くわかります。   

とにかく「主嗣系」のLeviteが何のためにセム系以外の他 Y-DNA遺伝子を Ashkenajiでは71%も取り込んできたか、非常に興味深いのです。

当然そうしなければユダヤ教は消滅する危険性があったからには間違いなかったのでしょうが、どんなことが起きたのか?ディアスポラなのか?  

Leviteがヨーロッパ系Y-DNA遺伝子「E1b1b」,「I」,「R1a」と「R1b」を71%も取り込む過程で、現地の先住ヨーロッパ女性と交配を強力に進めた結果、mtDNAの約80%もがヨーロッパ系に変貌したものと考えられます。   

アシュケナージやセファルディはユダヤ人が中東をでてヨーロッパ大陸に新天地を求めて移動したときに現地ヨーロッパの先住女性と交配しながら新しいユダヤ教徒=ユダヤ民族を形成していったものと思われます。   

その間に現地改宗男性も教徒に加わり、アシュケナージはセム系からヨーロッパ的に大きく変貌していったと思われます。
http://www1.parkcity.ne.jp/garapagos/


シシリー (土曜日, 05 7月 2014 23:02)


「アドルフ・ヒトラー」は「ユダヤ人」ではなく、何の変哲もない、一般的な「オーストリア人」の可能性が高い状況です。

「アドルフ・ヒトラー」のY染色体ハプロタイプを調査した結果、「E1b1b」であった為、「ユダヤ人」とのデマを広めた者がいました。迷惑な話です。確かに、ユダヤ人であるアルバート・アインシュタインも同じ「E1b1b」であるように、イスラエル人からよく検出されるY染色体ハプロタイプ「マーカ」です。

しかし、Y染色体ハプロタイプを知る者はすぐ分かるのですが、「E1b1b」は、その他、イタリア人、ギリシャ人、エジプト人等からも多く検出される「マーカ」であり、「アドルフ・ヒトラー」が生まれ育ったオーストリアでは、国民の10%が「E1b1b」を占めています。

↓「E1b1b」はヨーロッパ全ての国民から、多かれ少なかれ検出される「マーカ」であり、ジョンソン米大統領、ナポレオン・ポナパルト、ライト兄弟等も同じ「マーカ」です。
http://www.eupedia.com/europe/Haplogroup_E1b1b_Y-DNA.shtml

結論として、「アドルフ・ヒトラー」は「ユダヤ人」ではなく、何の変哲もない、一般的な「オーストリア人」となります。
------------------------
「ユダヤ人」との説があることは知っています。しかし、「アドルフ・ヒトラー」は政治家であるため、生前から、誹謗、中傷、攻撃する話は山ほどあるのは当然です。また、面白おかしく捏造した説もたくさんあります。しかし、科学的根拠もなく、記録すら無いものは、評価には値しません。現時点では「デマ」レベルと考えるほうがいいでしょう。
------------------------

http://ugaya.jimdo.com/2013/08/06/%EF%BD%84%EF%BD%8E%EF%BD%81%E3%81%8C%E7%B4%90%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%84%E3%81%A8%E3%81%AF/  



【Y-DNA】ハプロタイプで語るスレ5【mtDNA】

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 01:14:13.26 ID:bCXeThSu

デヴィッド ロスチャイルドはEタイプのユダヤじゃないかな
Jだと鉤鼻だけど、この人はそうでもない


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 01:35:31.75 ID:0v1h9MNN

ロスチャイルドの直系ならJ2だよ
Jだと鉤鼻だとかはない

それは=鉤鼻じゃなくなれはJではなくなるということになるからな


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 01:44:51.71 ID:0v1h9MNN

ロックフェラーはセファルディと言われてるからそれが本当なら
かなりの確立でEだな


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 03:58:46.29 ID:Q9nrpMEV
>>25
アインシュタインもEだそうだけど、セファルディなの?

地理的にはアシュケナージっぽいけど

どっちにしても、ユダヤの定義の1つはは母系で継がれてることのはずなのに、父系でも中東由来のY-DNAが見られるってことは、案外ユダヤ人ってヨーロッパに入ってきてからも内婚的だったのかな

あるいは実際は経済的に困窮して、ユダヤの小金持ちに買われるように嫁いできたゲルマンやスラブの娘っ子を、改宗させて名目上ユダヤ人と言うことにしたのかな。そしてむしろユダヤの血は父系的に継がれていったとか


28 :片手鍋:2013/12/08(日) 07:44:24.26 ID:X+efL8eU

なぜ母系重視かと言うと単にセム系は母系で増えやすいから


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 11:09:03.36 ID:MlJdVYKE
>>27
アシュケナージは基本的にドイツに住む白人とユダヤ人との混血ユダヤ人で碧眼だったりする。アインシュタインはアシュケナージと言われるが、
中東にいた時の形質がでてるんじゃないかな。
http://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=22177000005&GroupCD=0&no=


33 :片手鍋:2013/12/08(日) 11:14:08.99 ID:X+efL8eU
>>32
Eを中東系って言ってる?
http://www.eupedia.com/images/content/Haplogroup-E1b1b.jpg


36 :片手鍋:2013/12/08(日) 11:38:28.90 ID:X+efL8eU
>>32
イタリアンハゲとE系統遺伝子は相関があるはずだ。
http://www.eupedia.com/images/content/Haplogroup-E1b1b.jpg
http://articleimage.nicoblomaga.jp/image/64/2013/5/1/5105b22666325fe6805bcacace652b9a2e2ec4fb1382539878.png

すなわちチョンマゲとイタリアンハゲは同じくDE系統をルーツに持つ


37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 11:41:38.94 ID:MlJdVYKE
>>33
悪い。中東と言ってもイスラエルでアラビアじゃなかった。
Eでアラビアでは少ないのな。


38 :片手鍋:2013/12/08(日) 12:12:32.67 ID:X+efL8eU
>>37
通説では「YAP遺伝子」が中東で多いって話なんだよね?
あれもY染色体だっけか

Eが多いモロッコは北アフリカだしね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Y-DNA_haplogroups_by_populations_of_Near_East

でも↑ここではモロッコ(Arabs)だね。
なにゆえモロッコがアラブなのか。アラブの定義とは何なのか。

しかもモロッコ人ハゲてないよね。
ハゲてもらわないとこまるじゃないか。
DEハゲ理論が台無しだ。


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/08(日) 12:27:33.61 ID:mImuiEn8

E1b1b が突出して多いのはベルベル人とソマリ族
http://www1.parkcity.ne.jp/garapagos/10-6.htm


255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/19(木) 00:30:37.65 ID:TDt/5Syt

Y染色体にはもう数十個しか遺伝子が乗っていない

それに対してX染色体は1400個以上遺伝子が乗っている

男はXY
女はXX

男の子が父親に似ないとは言われるけど、Yの数十個しか遺伝子をもらっていないから確かに似にくいんだ

そして遺伝子がいっぱい乗っている、女性を大事にしていない人種というのは確実に発展はしないだろう

欧米はレディーファーストだとか、行き過ぎた文化に女性に処女を求めたりすることがあった

ユダヤ人も母親がユダヤ人な場合、ユダヤ人だ

女性を大事にしない人種は遺伝子的観点からみて、発展する余地が少なく遅れをとるだろう


263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/19(木) 14:49:43.38 ID:EJ3p1psQ
>>255
>ユダヤ人も母親がユダヤ人な場合、ユダヤ人だ

アブラハム、イサク、ヤコブって男系だよね。
いつから女系に変わったんだろ?


266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/12/20(金) 02:27:35.81 ID:ZxEAwKC7
>>263
実は建前とか
そうでもなきゃ混血もしてるはずのアシュケナージ系のアインシュタインのY-DNAが中東系のEなはずがない
あるいは意外にも内婚的だったとか?


267 :片手鍋:2013/12/20(金) 11:46:57.41 ID:1yifz514
>>263>>266
あのね、赤ちゃんっていうのはお父さんとお母さんが交わってできるので
お父さんとお母さんの両方の遺伝子をもらって生まれてくるんですよ。


582 :Anonymous:2014/01/24(金) 23:08:15.61 ID:hfG15UMz

ユダヤって母系だからY染色体って意味ないんじゃないの?


588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 11:46:20.86 ID:Fr+xgJug
>>582
ところがアインシュタインのY-DNAは中東系のE。
予想以上にユダヤ人は内婚的な集団だったか、母系継承はほぼ建前だったか


589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 11:51:12.96 ID:FlYx9kSo
>>588
前者の方だよ
ユダヤの閉鎖性はかなり根が深い


590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 12:32:17.93 ID:i71BsIWt

ユダヤ確立以前の基層に卑弥呼的な母系社会が有ったんだろ。


591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 12:42:51.83 ID:21gwrWzs

ユダヤは閉鎖性というより、選民意識があって
ユダヤ人が読んでるタルムード、ゾハールには「異邦人(ユダヤ人以外のこと)と性交渉したならばラビに鞭打たれる。

ラビは、その懲らしめられたユダヤ人は雌驢馬と性交渉したからだと言った」とか他にも色々書いてあるけど
ユダヤ人以外の人と結婚するのはかなり難しいように思う


680 :記憶喪失した男 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:5) :2014/01/28(火) 14:50:38.04 ID:6w0OAudp ?2BP(1000)

教えてほしいんだけど、ユダヤ人はEに含まれるの?


687 :記憶喪失した男 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:5) :2014/01/28(火) 18:21:20.50 ID:6w0OAudp ?2BP(1000)
>>685 
D系統がハム系やセム系になることなどありえないでしょう?


688 :片手鍋:2014/01/28(火) 18:54:02.57 ID:sMoy9eoI
>>687 
そう、Eがハム。


689 :記憶喪失した男 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:5) :2014/01/28(火) 19:05:00.89 ID:6w0OAudp ?2BP(1000)
>>688 
ユダヤ人はセム系で、Eを含むということでいいの?

Qは何人なんだい?


690 :片手鍋:2014/01/28(火) 19:20:59.22 ID:sMoy9eoI

Qがセム。
ただこの父系はあんまり子供できないんで、
ユダヤ人は母系を重視することになってるわけだ。


691 :記憶喪失した男 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:5) :2014/01/28(火) 19:25:29.33 ID:6w0OAudp ?2BP(1000)
>>690 
アインシュタインはユダヤ人だけど、ハム系の父系祖先をもっていたということだね。


692 :記憶喪失した男 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:5) :2014/01/28(火) 19:27:30.02 ID:6w0OAudp ?2BP(1000)
>>690 
ユダヤ人が母系を重視するってのは、古代からなのかい?
ドイツ第三帝国によって、ドイツに住むユダヤ人女性の八割はドイツ人ゲルマン民族男性と結婚したと聞いたけど。


702 :片手鍋:2014/01/29(水) 01:01:43.45 ID:6MYMSKYD
>>692
>ドイツに住むユダヤ人女性の八割はドイツ人ゲルマン民族男性と結婚した

その結果がこうなわけでしょ。
http://i.dailymail.co.uk/i/pix/2013/03/31/article-0-002BCB7D00000258-577_634x584.jpg

695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 19:51:34.34 ID:TjDFZiUk

ノアを人類の出アフリカとすると

ハム F
セム DE
ヤペテ C

698 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 23:36:36.33 ID:Yj582ohQ

アフリカの諸民族を Y-DNA ハプロタイプと言語で分類すると、

E の中で、E1b1a がニジェール・コンゴ語族、
E1b1b がアフロ・アジア語族(セム系以外のいわゆるハム)、
ナイル・サハラ語族とコイサン語族が A (A1b1)、
ピグミーが B だと思う。

あと、セム系(ユダヤ、アラブなど)は J が多い。
J が E の言語になったのがセムじゃないのかな。

694 :片手鍋:2014/01/28(火) 19:45:43.47 ID:sMoy9eoI

「ゲルマン人」の定義はよく分からない
オリバーカーンとかスペンサーウェルズみたいなの?


700 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 23:52:41.01 ID:Yj582ohQ途
>>694
ゲルマン人を印欧語族ゲルマン語派の言語を話す人々だとすると、
北欧(フィンランド以外)は I1 なんで元はそうかもね。

でも、印欧語族は R だしな。R1a がスラブ、インド・イラン語派、
R1b がケルト、ラテン、ゲルマン語派にざっくり対応するけど、
そんなに簡単ではないのだろう。


701 :片手鍋:2014/01/29(水) 00:11:54.31 ID:6MYMSKYD
>>700
やっぱりI1=「ゲルマン」になるのか。
いかにも、白デニソワとネアンデルタールが混ざった人種が混ざっているという容姿の人達。


701 :片手鍋:2014/01/29(水) 00:11:54.31 ID:6MYMSKYD
>>700
やっぱりI1=「ゲルマン」になるのか。
いかにも、白デニソワとネアンデルタールが混ざった人種が混ざっているという容姿の人達。


703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 01:03:09.81 ID:JZMvRs6p

アシュケナジのYDNA 現地民と違うけど


815 :片手鍋:2014/02/01(土) 13:28:05.74 ID:MUg5cEoi

白人ってか黄色味のない白さの肌(pasty white)は洞窟人由来だよね。

でも、ネアンデルタールとの混血で変に知恵持ってるのがいる。
それでうっかり人間だと思ってしまうと
http://i.dailymail.co.uk/i/pix/2013/03/31/article-0-002BCB7D00000258-577_634x584.jpg
こういう結果になる。

やたら成長が早く、ふけるのも早いのが特徴。


818 :大韓民族回帰 ◆XB7AjTRRiE :2014/02/01(土) 13:43:30.18 ID:pDGkNi6J
>>815
アインシュタインもそうだが、ユダヤ系の遺伝子と白人が混血し障害ではない完全に近いアスペを作りだした。

近代ヨーロッパはそういう人種、次世代のヒト進化のきっかけまでたどり着いた結果として現代の社会秩序を生み出した。

あと成長が早いのは欧米人の遺伝体質だよ。

いずれにしてもこれからのデジタル社会でハイテクを使いこなし頭で人類を支配するデジタリアンが成立する。

そしてその先には遺伝子的なあらゆる欠点を改善したゴッドサピエンスが形成されヒトは遂に種として別れる。

831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 14:50:29.73 ID:LhYwWHsi
>>815
>ユダヤ系の遺伝子と白人が混血し障害ではない完全に近いアスペ を作りだした。
>近代ヨーロッパはそういう人種、次世代のヒト進化のきっかけまでたどり着いた結果として現代の社会秩序を生み出した。


近代化が成功だったとはいえんよw
まだたかだか100〜200年程度だろう

ユダヤ人の成功は、遺伝によるものではなく職業選択の不自由性によるところが大きい

アスペルガーのなかには成功した人もいるが不適応者も沢山いただろう

つまり近代化と遺伝は無関係だしアスペルガーが近代化に対応したともいえない
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1386316632/


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

3. 中川隆[-12398] koaQ7Jey 2018年5月12日 11:28:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13864]

地中海やメソポタミアの民族のY-DNA は J と E1b1b の混合

■J : 中東のハプログループで、北方のJ2と南方のJ1に分かれる。


J2の分布図
http://livedoor.blogimg.jp/nandeya_umeda/imgs/0/d/0d3ee44d.jpg


・J2はメソポタミア北部で誕生し、西はアナトリアからヨーロッパ南部、東はペルシアからインドまで広がっていった。古代のエトルリア人・ミノア人・アナトリア人(南方)・ポエニ人・アッシリア人・バビロニア人がそれに当たる。

・J2はギリシャに数多く見られ、特にJ2bはギリシャで誕生したと思われる。また、J2aが最も集中しているのはクレタ島であり、この地に起源を持つものだろう。興味深いことに、J2aはインドのカースト上位者にも多く見られる。バラモンは主にR1a・R2・J2aで構成されている。これら3つのハプログループがアーリア人の侵入における遺伝子の移動経路を示している。


J1の分布図
http://livedoor.blogimg.jp/nandeya_umeda/imgs/d/c/dcaf6923.jpg

・J1はアラビア半島の人々のほとんどに見られ、中でも72%に達するイエメンが発祥の地と思われる。中世のイスラム人の侵攻によって中東・アフリカ北部からスペイン南部まで広がった。


■E1b1b


E1b1bの分布図
http://livedoor.blogimg.jp/nandeya_umeda/imgs/8/e/8e25b66c.jpg


・最後にアフリカからヨーロッパへ大規模移動をしたのがE1b1b(公式にはE3b)である。26000年前にアフリカの角あるいはアフリカ南部で登場し、新石器または旧石器時代に中東に進出した。

・ヨーロッパ〜近東で最も多いEのタイプがE1b1b1a(またはE-M78、E3b1a)である。新石器時代初期にエジプトからレバント・アナトリア・ギリシャに進出し、J2と混血した。

・E-V13はレバントで興った農業の伝播を担った部族である。ギリシャ北部のテッサリーが伝播の起点であり(約8000年前)、バルカン半島やドナウ盆地からフランス北部、ロシアまで広がっていった。

・E-V22はレバントに在住していた部族のものであり、フェニキア人やユダヤ人に多い。フェニキア人が地中海沿岸で活発に活動したため、E-V22がその領域に広がった。


「2000年前のヨーロッパにおけるY遺伝子の分布図」がこちらです。
http://livedoor.blogimg.jp/nandeya_umeda/imgs/8/4/841806fa.jpg

http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51174468.html

ユダヤ人周辺のDNA

(1) ユダヤ人固有の DNA:


  ユダヤ人とは、すでに多くの人種が混合してしまい、現在では ユダヤ教を信奉する宗教的ユダヤ人が”ユダヤ人”と定義されている。それにもかかわらず、アシュケナジー、スファラディーを問わず、コーヘン(男系で継承する 祭司職の家系、 イスラエル12部族の「レビ族」よりも狭いグループ)にだけある特徴的なDNA断片群が見出され、ユダヤ人種を識別するのに用いられている。

  * アシュケナジム: 東欧系ユダヤ人・アシュケナズ=ドイツの意、 現在 米国のユダヤ人の大半)

    セファルディム: 1492年に追放されるまでスペインに住んでいたユダヤ人で、その後北アフリカなどに拡散、元 駐日大使のエリ・コーヘン氏など

    ミズラヒム: 長らくアラビアに居住、 ミズラ=東
    その他、 エチオピアのダン族、 ミャンマーのマナセ族、 ジンバブエのレンバ族 など。


  1997年、テクニオン-イスラエル工科大の腎臓の専門家であるカール・スコレスキー(Karl Skorecki) 博士と、アリゾナ大学の遺伝学の専門家マイケルF. ハマー博士によって、その特徴あるDNA配列がY染色体上にあることが発見された。

  Y染色体のイントロン(ジャンク(がらくた)遺伝子 = 生体機能を発現しない部分、全DNAの95%以上)における、突然変異が起こった場合その形質が継承されやすい3つの部位(サイト)と、突然変異が頻繁に起こる6つの部位(サイト)の、 計9つのサイトを一つの組として調査し、コーヘン階層では非常に多く変異が起こっているが、普通のユダヤ人の間ではそれほど一般的でなく、ユダヤ人でない集団の間では稀であるという結果が得られた。その 9つのサイトがすべて変異している割合は、

アシュケナージ系コーヘンで45%、 
スファラディー系コーヘンで56%、 
一般のユダヤ人では全体の3〜5%

  したがって、アシュケナージ系コーヘンも、スファラディー系コーヘンも、ほとんど同じように約半分はこのコーヘン特有の男系遺伝のDNA群を保っていることになる。(それぞれ1000人近くからサンプル) アシュケナジーを にせユダヤ扱いする人もいるが、実際はそうではなく、ロックフェラー、ロスチャイルドのほうが DNA的に偽者であることがわかる。

(→ 下のJ2a系統参照)
http://famousdna.wiki.fc2.com/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93J%E7%B3%BB%E7%B5%B1


  この調査結果により、アフリカ・ジンバブエの レンバ族がユダヤ人の末裔であることが証明された。 彼らは、外見上完全な黒人であり、割礼と安息日を守り、豚肉とカバの肉を食べないなどの風習を持ち、イスラエルからセンナという所を経て南アフリカに移住してきた という伝承が代々伝えられている。

また、彼らの祭司職のグループは”ブバ族”と呼ばれ、彼らによるとブバ族はイスラエルの12部族の一つであるとされている。

彼らのY染色体DNAの変異箇所の調査により、レンバ族全体の男の 9%、”ブバ族”では 53%が、コーヘンに特徴的なDNA変異を持っていることが分かった。

これは、イスラエルやアメリカのユダヤ人と全く変わらない割合である
by.ニューヨークタイムズより、 文献1999年、 ニューヨークタイムズ(2003 9 27・再))

  注) アシュケナジー系は ハザール国(コーカサス)とは全く無関係。(↓(2)の2)) 

またアシュケナジーはれっきとしたユダヤ人であり(↑)、東欧の血が濃い。(↓(2)の4)) 

これに対して、”にせユダヤ”とは、ワスプ(ドイツ系白人)のロックフェラーや クレタ島出身のロスチャイルドを言う。

  ただし、北イスラエル10部族のDNAについては、祭司職を含む「レビ族」の大部分が南ユダと北イスラエルの分裂の時、ヤロブアムから職を解かれ、南ユダへ移動したので(U歴11:13−15)、今のところ、このDNA変異箇所によっては、イスラエル10部族の手がかりを知ることはできず、新たに特徴あるDNA変異を見つけなければならない。その中にまだユダ族などが混じっていれば、ユダと共にいるコーヘンのこのDNA断片群が発見されるかもしれない。


  * コーヘンのY染色体DNAのハプロタイプは、  J1a1b1b1a2a1a1a4(J-L147.1*, subclade-YSC234)  ・・・・ 

(J系統のハプロタイプ) 
http://famousdna.wiki.fc2.com/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93J%E7%B3%BB%E7%B5%B1

で、紛れも無くJ系統。

ただし、J1?(マホメットなどと同様に、むしろアラビア人に近い??) 

他の一般的なユダヤ人は、J2a系統。(↓)


  ** 英語版ウィキの『アロンのDNA』では、 コハニムの約半分が J1c3(J−P58)、 15%が J2a(J−M410) となっている。

(Y-chromosomal Aaron)
https://en.wikipedia.org/wiki/Y-chromosomal_Aaron

J系統 というだけなら、アシュナジー・コハニムの 88%(67人、n=76)、スファラディー・コハニムの 76%(52人、n=68)で、どちらも8割は J系統。 残りは E3b、R1b、R1a、K2など数%。

  ・・・・ 確かにモーセ五書におけるアロンの出自には曖昧さが残る。「レウィイ(レヴィ)族のあなたの兄弟アハロン(アロン)」(出エジプト4:14)で登場し、エジプトにおける在留異国人のイシュマエルの子孫の可能性がある。

(兄弟 アフ(EX) = 創世記25:18「(イシュマエルの子孫の)すべての兄弟たちは互いに敵対して住んだ。」: 肉親の兄弟のほかに、民族的な兄弟の意味もある) モーセが口下手ではなくアロンを必要としなければ、J2aだけだったかもしれない。 モーセは、アムラムとヨケベデ(どちらもレヴィ人)の子供。
(出2:1、民26:59) 

アロンの子の祭司はエルアザル。大体ここから、すべての祭司職への父系遺伝が繰り返されていった。そして、意外にも、長い歴史の中で比較的よくその特徴あるDNAが保たれてきたことが立証された。

  (2) ユダヤ人が属する Y染色体DNAハプログループ:   

Y染色体DNAハプロタイプ系統樹(2003)
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/000000sekaiidennsi101.htm

List of haplogroups of historic people(有名人のハプロタイプ)
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_haplogroups_of_historic_people#Y-DNA


    F(セム) >  G、H、I、  J  > J系統=アブラハムの子孫  > J2a が オリジナルのユダヤ系、 G2c(アナトリア) は捕囚の時混血? or ディアスポラ時代?

    (ハム)  > A、B、C、  D、E  >  E系統= クシュ、ミツライム、プテ、カナン  > E1b1b1a3 は 主にフェニキアとの混血

    K(ヤペテ) > L、M、N、O、   P > Q、R  >  R1a1 は ディアスポラの時に東欧系が混血 (アシュケナジムのみ)

  1) J2a系統:  Y染色体DNAハプロタイプの J系統は、セム系の J1系統と J2系統に分かれる。

(ヨーロッパのY遺伝子分布)
http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51174468.html


  ・ J1(M62、中東の南部系) ・・・ アラビア半島全体 30%、 特に イエメン 70%
       ex) モハメッド(イスラム教創始者ムハンマド、570-632; ヨルダン王族2名より分析) J1a2b2*、 ペルシャ・カージャル朝の王(1772-1834) J1
      ・・・・・ これはどう見ても イシュマエルの子孫である。父親はアブラハムで、母親はエジプト人。

  ・ J2(中東の北部系) ・・・ J2a(M41): クレタ島、インドのバラモン階層(R + J2a)
                     J2b(M63): ギリシャ、アナトリア(トルコ中部)、バビロニア、エルトリア(ローマ初期の支配層)

  この J2a 系統に ユダヤ人が集まっている。 J系統は アブラハムの子孫と考えられ、オリジナルのヘブル民族(セム → エベル)の流れがここにある。

  ∴ J1: イシュマエルの子孫(ハガルはエジプト人)
     J2: イサクの子孫(=イスラエル民族、サラは同族) + ケトラの子孫(ミデヤン、 ヨクシャン → シェバ、デダン など、 創25:1−4)

       ex) あるロシア系ユダヤ人 J2a1b(J−M67)、 あるルーマニアのユダヤ人 J2(J−M172)、

  ロスチャイルド家 J2a1b3(J−L210) ・・・ もちろん、J2aであるからといって本当のユダヤ人であるとは限らない。(ロスチャイルドはJ2a(M41)の多いクレタ島出身であり、実は にせユダヤである。ユダヤ教は全く信奉していない。 

「クレテ人(クレタ島の人)は昔からのうそつき、(性的な意味で)悪いけだもの、なまけものの食いしんぼう」(テトス1:12) ・・・ BC600頃の クレタ島出身の哲学者エピメニデスの格言を 流用。当時、キリスト教宣教を妨害する 評判の悪い自称ユダヤ人たちがいて、間違った教えで人々を翻弄していた。

  (ロックフェラーはドイツ系白人のワスプで、出自が明らかに異なる。デビッド・ロックフェラーのユダヤ教は形だけ。)

  ヨーロッパのユダヤ人家系は J2が多い。

現在のイスラエル国はJ2が 20−30%。(レバノン 30−40%、ヨーロッパ 5−10%、その他 アナトリア、イタリア中部、南イタリア、アラビアなどに広く分布) 

ところが コハニム(レビ族のうちの祭司職、アロンの男系子孫)に アラビア系の J1系統が集まっているのは驚きである。主が しるしのために、本来のユダヤ人でないアロンを任命したとしか考えられない。(↑の(1))

  また、ヨセフの時、外国人支配時代のエジプト(ヒクソス時代)なので、エフライムとマナセには E系統(YAP)は入っていないで J系統・セム系が保たれていると思われる。

  晩年のアブラハムのケトラの子(東に行ったが)は 父系遺伝から J系統であり、日本人にはJ系統がいないため、日本人がケトラの子孫であるという説は間違い。

  2) G2c系統:  これもセム系で、アシュケナジ系ユダヤ人に G2cのみが見出される。コーカサスのG2aは入っていない。

  ・ G2a ・・・ コーカサス(黒海、カスピ海の北)、 イラン、アフガニスタン、カシミール
         ex) ヨシフ・スターリン G2a1a、 アイスマン(コルシカ島・特殊) G2a2a1b
  ・ G2c ・・・ アナトリア(トルコ中部)、 アシュケナジム・ユダヤ

       ・・・・・ したがって、アシュケナジムが ハザール王国(コーカサス)の改宗者の子孫(7−10c)という説は、DNAから見て間違いで、現在では俗説とされている。


  3) E1b1b1a3(E-V22)系統:  E系統は、創世記10章の ハムの子孫(クシュ、ミツライム、プテ、カナン)の代表であり、D系統と共に、Y染色体DNAに YAP変異を持ち、アフリカ、地中海沿岸に、ごく普通に非常に幅広く分布している。

(A系統、B系統を半ば駆逐するような形で) 日ユ同祖論に近い議論でたびたび言及される YAP共通の点は、E系統と D系統が ごく初期の段階で分かれ、その後は互いに交流の形跡が無いことから、YAPのしるしはそれほど重要な意味を持たないと考えられる。

(初期の 階段状ピラミッドまでは共通と思われる。 バベルの塔 → エジプトの階段状ピラミッド → エジプトの大ピラミッド → 小規模のピラミッド状の墓; → チベット・中国のピラミッド、 → 日本の海底ピラミッド)

  ・ E1a(E−M33)系:  西アフリカ   

(→ るいネット)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=245376


  ・ E1b1a(E−M2) ソマリア、エチオピア、ギニア、サハラ以南  ・ E1b1a7(E−M191) モザンビーク、ジンバブエ、南アフリカ
          ex) ラムセス3世 E1b1a(E−V38) (・・ 2012 12)、  バラク・オバマ E1b1a(E−V38)

  ・ E1b1b(E−M215、M35 (旧)E3b)系: 東アフリカ、北アフリカ、南ヨーロッパ(ドイツとオーストリアに9%弱もいる)

          ex) アドルフ・ヒトラー E1b1b1(E−M35) ・・・  E1b1b1a3 と異なり、フェニキア・ユダヤ系ではない

  ・ E1b1b1a(E−M78、 (旧)E3b1a)、 ・ E1b1b1a1(E−V12)、 ・ E1b1b1a2(E−V13) 古代ギリシャ人、 ・ E1b1b1a4 モロッコ人


  ・ E1b1b1a3(E−V22) フェニキア人、古代ユダヤ人(レヴァント(=シリア、パレスチナ(ペリシテ人の地)))、アラビア半島
     ・・・・・・ E系統のユダヤ人の多くは、初期の歴史の中で本来のJ系統ユダヤ人グループに合流したものと考えられる。 ソロモン以降、フェニキアとのかかわりの時代に 積極的な交流があったことを示す。(アハブの妻イゼベル)、 さらに古くは ヒッタイト(ヘテ人)、モアブ人などが混じっているはずである。

   ● ハム系 → ミツライム(エジプト) → カスルヒム → ペリシテ人(E系統)  + J2系統(シリア人)  ≒ フェニキア人(言語はセム語系の フェニキア語、 人種は混合)  → BC9cにはアッシリアに服属、 カルタゴへ移る → ポエニ戦争以降 共和政ローマに併合

  ハム系 → シドン人
  ハム系 → カナン → ヘテ人(ヒッタイト) ・・・ エジプトに、”鉤鼻”のヒッタイト兵士の彫刻、ヘテ人とはアブラハムの頃に交流、
  エサウの妻(ヘテ人2人と ヒビ人1人) → 5人の子 → エドム人 ・・・ このエドム人がフェニキアの航海技術を持ち、ユダヤ人と共に 南洋ルートで沖縄・山陰に来たと考えられる
(→ (1) エドム人とユダ族の移動 ) 
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/000000sekaiidennsi3.htm

琉球人から見たフェニキア人は 背の高い人々だったとされる

(下に 沖縄のフェニキア遺跡)
http://www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00%200%200%20seisyo%20syuuhuku3.htm


  モアブは、アモンと共に、アブラハムの甥のロトと彼の娘たちとの近親相姦の子孫

  ・ E1b1b1b2(E−Z830) アルバート・アインシュタイン ・・・ 上記(E1b1b1a3)と異なるので、本当のユダヤ人ではない
  ・ E1b1b1b2a1*(E−M34) ナポレオン・ボナパルト ・・・ 家系が中部イタリア出身
  ・ E2(E−M75) サハラ以南

  ・ セファルディム(北アフリカ)や、特に エチオピアのユダヤ人(ベト・イスラエル(ダン族)、A3b2(M13) 41%、E3*(M40) 18%、E3b(P2) 32%、 J2(M172) 5%・・・ E系統50%、黒人系で90%以上、ユダヤ系は5%もいない)への E系統の混入率は高い。(ディアスポラ時代に混入)

   


  4) R1a1系統:   R1a1: 東欧系、 R1b: 西ヨーロッパ人の40〜80%

  2005年の調査により、 アシュケナジー系男系 Yの 11.5%が R1a1系統であり、母親がユダヤ人で 一部の東欧系の父親の子供がユダヤ教になったことを裏付けている。 ( R1a: 東欧人で 54−60%、2001年) 母系(ミトコンドリア↓)の80%以上との違い

  * また、アシュケナジムのミトコンドリアDNAの解析では、はるかに多く、母系の81%がヨーロッパ系(mt−DNAの H 20.5%、K 31.8%、N1b 9.2%、J6.3% など)、中近東(ペルシャ、アナトリア) 8.3%、アジア1.1%であり、80%以上が(コーカサスではなく)ヨーロッパ人種であることを裏付けている。

(→ Nature Asia、 
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/8799

Figure10 (2013 10))
http://www.nature.com/articles/ncomms3543


  これは、エルサレム陥落後まもなく ヨーロッパ人の妻を多く娶ったためといわれる。歴史では、8-9世紀に北フランスにユダヤ人集団の記録があり、14末-15世紀にかけて西ヨーロッパを追放され(イギリス1290−、フランス1394−、ドイツ15c−)、東欧へ移動し、特に ポーランドの保護に入った。この時、特に 現地人の妻との間に子孫が多くできたことを表している。(同族結婚では奇形などが多くうまく育たなかったと思われる。)


  ** アシュケナジー系の 人口ボトルネックの存在:

  25〜32世代前、すなわち 1200-1400年頃に アシュケナジムが わずか250−420人程度にまで減少した形跡が発見された。これは、ヨーロッパ人と比べて、劣性遺伝疾患が100倍に増幅されていることなどから推測されたものである。 この時期には、十字軍による組織的虐殺、あるいは ペストの罹患 および その迫害 という、きわめて厳しい環境下に置かれた歴史を経てきた事を表している。(申命記28章の のろい、「星の数ほど多くても、残された者はわずか。」(28:62) ただし、今は回復の時になってきている。)

(「東欧系ユダヤ人は250〜420人が創始者」ゲノム解析で判明、2014、記事元・WIRED.jp.)
http://wired.jp/2014/10/02/ashkenazi-jewish-population-has-distinctive-yet-similar-genomes/


ヨーロッパY-DNA遺伝子調査報告 セム度・メソポタミア農耕民度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

10-7. セム度・メソポタミア農民度調査 Y-DNA「J 」 rev.3

  ヨーロッパ人の遺伝子Y-DNA「I 」の兄弟遺伝子は「J 」です。「J1」はセム種です。ヨーロッパ人にとって、セム語族は極めて重要です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、 この3つの宗教全てを始めたのはセム語族だからです。欧米の宗教はセム種によって開示されたのです。 当時ローマ人以外は野蛮だったヨーロッパ人は宗教なんて高尚な概念はなかったのです。ただの未開集団に過ぎませんでした。しかしローマがキリスト教を受け入れて変化が起きたのです。

  そのローマ人は地中海系民族だったのでやはり野蛮なヨーロッパ人とは一線を画していたのです。そしてヨーロッパに農耕文明をもたらしたメソポタミア文明人は 「J2」遺伝子集団と考えられています。農耕技術を持ってヨーロッパ大陸に拡散をしていったためほとんどの欧州人に「J」遺伝子が交配されています。 「J」はラテン遺伝子の「E1b1b」と共にヨーロッパ人の重要な遺伝子なのです。「J」は「G」と同様にコーカサス発祥の遺伝子です。コーカサスはヨーロッパの母なる土地です。

  欧米では、世界最古の民族はアルメニア人だと、以前言われていましたが、Y-DNA遺伝子の調査では、シーラカンス古代遺伝子のY-DNA「D」と「C」以外の新世代遺伝子Y-DNA「F」の中で 最も古いタイプがコーカサス遺伝子Y-DNA「G」ですが、その頻度が最も高いグルジア人が最古のような気がします。いずれにせよアルメニア人も発祥の地であるコーカサス一帯が 現代文明人の故郷のような気がします。実は「G」遺伝子を持つコーカサス民族には農耕をヨーロッパにもたらしたメソポタミア遺伝子「J2」の頻度も高く、 当時最先端の文化を誇っていたはずなのです。

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3-7. Y-DNA「J 」   セム度・メソポタミア農民度調査 rev.4

  ヨーロッパ遺伝子度調査で最もアクセスが多いのはY-DNA「J」と「R1a」です。訪問者の方々は世界を揺り動かしているイスラム教とアラブを含むY-DNA「J1」のセム族に非常に 興味がおありのようです。そこで当ガラパゴス史観はEupediaからヨーロッパの情報を転載したいと思います。次に「R1a」情報をお伝えします。Exiteの機械翻訳なので オリジナルが読みたい方はEupediaをどうぞ。


Y-DNA「J1」 アラブ度調査

Y-DNA「J1」遺伝子の現在の分布です。アラブ人の基幹遺伝子ですが、ヨーロッパに意外に浸透していることが良くわかります。


  Y-DNA「J1」は、恐らく東アナトリアのクルディスタン中部のヴァン湖の近くで始まった中東のハプロタイプです。 東アナトリアは ヤギ、羊および牛が中東で最初に飼育された地域です。Y-DNA「J1」は、中東とヨーロッパの至る所で牧羊者の生活様式の拡大にほとんど確実にリンクされます。

  ヨーロッパと西アジアのY-DNA「J1」の出現頻度は、ある1つの地域社会と隣の地域社会では相当に変わる傾向があります。

  ヨーロッパで最も高い国毎の頻度が、ギリシャ、イタリア、フランス、スペインおよびポルトガルで見つかりますが、人口の5%を滅多に超えることはありません。
  しかしながら、イタリア・フランスおよびスペインは、Y-DNA「J1」が全く出現しないエリアを持っています。

  北ヨーロッパでさえ「J1」の頻度は0.5%未満ですが存在します、「J1」の非常に局所的な出現地域がスコットランド、イングランド、ベルギー、ドイツおよびポーランドで観察されました。

  Y-DNA「J1」のより明確な分布図を得るにはより大きなサンプル・サイズが必要です。

  驚いたことに、このY-DNA「J1」が起こったと思われる地域、コーカサスとアナトリアでさえ、地方間に広い不一致があります。

  例えば、北東のコーカサスのダゲスタンのKubachi人およびDargin人はY-DNA「J1」が80%以上ありますが、北への200kmしか離れていない隣人のイングーシの「J1」出現頻度は かろうじて3%に過ぎません。

  ヴァン湖の周囲の東アナトリアのY-DNA「J1」の出現頻度は30%以上ですが、しかし南西アナトリアにはわずか2%しかありません。

  クルディスタン内でさえ頻度は大幅に変わります。

  地域のサンプル・サイズの小ささが確実に問題となります(特定の集団のみを調査している可能性があり地域の平均ではないかもしれない)。

  アラブの国々の中で、南イラクのマーシュアラブ人(81%)(湿地のアラブ人:チグリス-ユーフラテス湿地の住民)が最大頻度になります。スーダンのアラブ人(73%)、イエメンの住民(72%)、 ベドウィン人(63%)、カタール人(58%)、サウジ人(40%)、オマーン人(38%)およびパレスチナのアラブ人(38%)と続きます。

  他に、アラブ首長国連邦(35%)、湾岸アルジェリア(35%)、ヨルダン(31%)、シリア(30%)、チュニジア(30%)、エジプト(21%)およびレバノン(20%)で高頻度で観察されます。

  アラブ人の大部分はY-DNA「J1c3」小亜型に属します。


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10-7. Y-DNA「J 」   セム度・メソポタミア農民度調査 rev.4

世界の主要な宗教であるユダヤ教も、ユダヤ教から生まれたキリスト教もイスラム教も全てセム系Y-DNA「J 」が興した宗教です。

ただしヤーヴェやキリストが「J1 」か「J2 」かは 現在の遺伝子調査では定かではありません。

イスラム教のムハンマド(マホメット)は成立年代から見てアラブ系のY-DNA「J1 」と思われますが。


Y-DNA「J2」 メソポタミア農耕文明民度調査

  Y-DNA「J2」遺伝子の現在の分布です。チグリス・ユーフラテス川の肥沃な三角地帯で農耕革命を興しヨーロッパに農耕を伝えた集団なのでほぼヨーロッパ全土に浸透しています。

http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

  ローマ帝国の最大版図です。ローマ帝国の拡大とともにY-DNA「J2」メソポタミア農耕文明の農民が拡大していったことが良くわかります。

http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

  ローマ時代のキリスト教徒の分布図だそうです。Y-DNA「J2」の分布と重なります。

「J2」農民がローマ帝国の拡大とともにキリスト教を拡大していったことが分かるそうです。 つまり先住民がキリスト教に改宗したと言うより、ローマ人が進出したと考えられるようです。(現代の中国の少数民族政策に似ています、漢族を大量に少数民族の多い地域に送り込み、 地域ごと漢族で乗っ取るやり方です。)


  Y-DNA「J2」は、最後の氷河期の終わりごろ15000年〜22000年前に間で、中東のどこかに現われたと思われます。

  その現在の地理的な分布は、肥沃な三日月地帯からの新石器時代の拡大を支持していると議論されています。

  この(第一次の)拡大はY-DNA「G2」とY-DNA「E1b1b」に関連ずけられるレヴァント地域での穀物農業の開発より、むしろ紀元前8000年〜9000年ごろから始まったZagros山脈および 北メソポタミアからの牛およびヤギの飼育法の拡散と恐らく関連付けられます。

  第二次の「J2」の拡大が、銅の製作という冶金法の到来(ドナウ谷の低地、アナトリア中部および北メソポタミアから)と最も古いいくつかの文明の興隆で生じたのかもしれません。

  ほとんどの古代の地中海・中東の文明はY-DNA「J2」が優勢だった領域で繁栄しました。

  これはハッチ人、フルリ人、エトルリア人、ミノア人、ギリシャ人、フェニキア人(とそのカルタゴの支流)、イスラエル人の場合と、より低い程度ですがローマ人、アッシリア人および ペルシャ人もです。

  中期青銅器時代から鉄器時代までの偉大な船乗り集団の文明はすべてY-DNA「J2」男子によって支配されました。

  雄牛崇拝を伴った古代「J2」文明の別の関連付けがあります。

  雄牛のカルトの最も古い証拠は、新石器時代のアナトリア中部、特にCatalhoyukおよびAlaca Hoyukの遺跡に遡ることが出来ます。

  雄牛描写はクレタでミノア文明のフレスコ画およびセラミックスに遍在しています。

  雄牛仮面のテラコッタ小像および雄牛角のある石の祭壇は、キプロス(新石器時代までさかのぼった西アジアからのY-DNA「J2」の第一次と思われる拡大)で見つかりました。

  ハッチ人、シュメール人、バビロニア人、Canaait人およびカルタゴ市民にはすべて雄牛崇拝(インドヨーロッパ語族か東アジアの地方と対照的に)がありました。
  シヴァ神またはパールヴァティー女神に専心的なすべての寺院で示されるヒンズー教の脅えた雄牛、白い雄牛、はインドヨーロッパ語族に起源を持っていないが、インダス渓谷文明まで さかのぼることができる。

  ミノア人のクレタ、ヒッタイト人のアナトリア、レヴァント、バクトリアおよびインダス渓谷は、さらに雄牛を飛び越える伝統(雄牛の突進をよける儀式)を共有しました。

  それは、Y-DNA「J2」頻度の高い頻度の2つの地方、スペインのアンダルシアおよびフランスのプロバンス地方で伝統的な闘牛として今日まで残存しています。

  Y-DNA「J2」の世界で最も高い頻度は、北東のコーカサスのイングーシ人(男性のY-DNAの88%)およびチェチェン人(56%)に見られます。

  両者はNakh民族グループに属します。彼らは少なくとも紀元前3000年以来その地域に居住しています。

  彼らの言語は他の言語のグループではなく、離れているダゲスタンの言語と関係があります。

  しかしながら、ダゲスタン民族(Dargin人、Lezgin人、アバール人)は、Y-DNA「J1」(Dargin人では84%)に属し、ほとんど完全にY-DNA「J2」は欠損しています。

  Y-DNA「J2」の他の高い出現頻度は、Azeri人(30%)、グルジア人(27%)、Kumyk人(25%)およびアルメニア人(22%)を含む他の多くのコーカサス民族中に見られます。

  しかしながらこの地域の低い遺伝的多様性のために、コーカサス一帯でY-DNA「J2」が始まったとはほとんどありえません。

  ほとんどのコーカサス民族の人々は同じY-DNA「J2a4b」(M67変異)子亜型に属します。

  観察された高い局所的な頻度は、むしろ創始者効果(例えば一夫多妻の長い伝統による首領および王の血統の増殖、ロシア人が19世紀にコーカサスの征服以来抑えこもうとしたこと)の結果に なるでしょう。(貧民が自由に結婚できる現代と異なり、古代は権力者のみが女性を独占し自分の子孫のみを世に送り出してきた事実、このため権力者のY-DNAのみが長い間受け継がれてきた。 中央アジアのジンギスカンの子孫1500万人現存が良い例)

  コーカサスの外で、Y-DNA「J2」の最も高い頻度は、キプロス島(37%)、クレタ島(34%)、イラク(28%)、レバノン(26%)、トルコ(マルマラ海沿岸地域およびアナトリア中部ではピークで30%)(24%)、 ギリシャ(23%)、イタリア(23%)、シシリー(23%)、南イタリア(21.5%)中部北部)等で観察されます、 そしてアルバニア(19.5%)、ユダヤ人の人々(19?25%)も同様です。

  ワラキア人の人々の4分の1(バルカン諸国のロマンス語話し手の孤立したコミュニティー)はY-DNA「J2」に属します。彼らが住んでいるマケドニアおよび北ギリシャでは平均以上になります。

  これは彼らがラテン語から伝わった言語を話すという事実に組み合わせられます、ということは彼らの大部分がバルカン諸国の他の民族グループよりローマ人(あるいは少なくともイタリア人)を 祖先に持つことを示唆します。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

ギリシャ人とローマ人の Y-DNA遺伝子

ギリシャはヨーロッパなのか?? 地中海とバルカン半島
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm

  集めたY-DNAデータの中から地中海周辺とバルカン半島、旧オスマン帝国領土に絞りまとめて見ました。先ずはインターネットから借用した地中海周辺の地図を頭に叩き込んで下さい。 そのあとでY-DNA頻度データを見て下さい。 地中海の北岸と南岸に限り、東岸の近東諸国のデータは省きました。


結果をまとめて見ました。


1.ギリシャ
  予想通りラテン系Y-DNA「E1b1b1」が主要で、次いでメソポタミア農耕民系Y-DNA「J2」やアナトリア系Y-DNA「R1b」やスラブ系Y-DNA「R1a」、クロマニヨン系Y-DNA「I」等が続いています。

  またY-DNA「J2」と共にメソポタミア農耕を興したらしいY-DNA「G」もある程度残っています。 このアナトリア系のY-DNA「R1b」はロシアのバシキ―ル人がほぼ純系で、恐らくアフリカのチャド系Y-DNA「R1b」も同系ではないかと推測しています。


2.トルコ
  最も多いのはメソポタミア農耕民系のY-DNA「J2」です。テュルク民族のオリジナル遺伝子と思われるY-DNA「N」(ヤクート人の遺伝子)が、 西に民族移動を進める過程でイスラム化すると同時に各地の遺伝子を取り込み 最後に到達したアナトリアで東ローマ帝国を形成していた先住民のY-DNA「J2」と「R1b」と「 I 」、更にラテン系の「E1b1b1」を取り込み成立したのがセルジュクトルコと 後継のオスマントルコなのでしょう。 調査の対象によって出現頻度がかなり異なることがわかります。現代トルコ人は均質ではなく調査対象の選び方でかなり変わるか、地域差がかなりあるのでしょう

  またオスマン帝国時代にアフリカ北岸も領土にしたため、アフリカ系Y-DNA「A」や東ユーラシア時代に取り込んだと思われるY-DNA「C」(タタール系でしょう)も現存しています。


3.バルカン諸国家
  アルバニア人だけがラテン系遺伝子を強く残していますが、他は見事にバルカン系遺伝子のY-DNA「 I2」が主要遺伝子となっており、旧ユーゴースラヴィアの国名にもなった スラヴ系Y-DNA「R1a」が続きます。

  どうやらアルバニア人だけが極めて特徴的な遺伝子構成のようです。他の諸国は遺伝子構成は現代では基本的に似通っているのですが、宗教と言語の違いが極めて厳しく、 紛争地帯の最大の要因のようです。


4.バルカン周辺諸国家(旧オスマン帝国の影響があった諸国)
  バルカン系遺伝子Y-DNA「 I2」とスラヴ系遺伝子Y-DNNA「R1a」が核の民族群のようです。


5.イタリア
  ここではイタリア北部の遺伝子調査結果は出てきません、キチンと系統的に調査されたデータは意外にないのです。

  研究者の注目はやはりイタリアらしいラテンの色彩の強い地中海ど真ん中のイタリア靴のつま先最南端部のカラブリア州や島々のようです。 Y-DNA「E1b1b1」が核のシシリー島とバイキングY-DNA「 I1」が核のサルディニア島の違いがはっきりとわかります。恐らく島民の気質も大きく違うのでしょう。 特に不思議なのはマルケ方言を話すイタリア中央部のMarchigiano方言民の人々で、非常に希少なY-DNA「T」がほぼ100%なのです。 勿論ジェファーソン元アメリカ大統領(Y-DNA「T」)の出身地なのでしょう。このようにイタリア半島部と島々は遺伝子的にかなり面白い国なのです。


6.フランス・プロバンス地域
  フランスの地中海沿岸部のため、もう少しラテン系遺伝子の割合が多いのかと推測をしていましたが、ケルト系Y-DNA「R1b」が60%近くを占める典型的な北欧系地域でした。 恐らくイタリア北部も同じような傾向ではないかと推測できます。つまりヨーロッパ大陸部は北欧で、バルカン半島やイタリア半島、イベリア半島のような地中海に飛び出した地域と島々のみが南欧 つまり地中海地域なのでしょう。もう少しイタリア研究論文の調査を進めて見ます。

7.スペイン
  スペインは各地方がスペインからの分離独立を声高に叫ぶような不思議な国家なのです。スペインを統一したのはカスティーリャ王国ですが、 現代にいたっても国家への帰属意識は意外に低いのだそうです。 それぞれの州が好き勝手に叫んでいるようなのです。実は予想に反してラテン度は低くケルト度が高いのです。スペインのY-DNA「R1b」はラテン気質をみても ゲルマン系ではなくケルト系に近いと思われます。

  バスク人はイギリスのケルト系と並ぶほぼ純系のケルト系遺伝子集団です。
  ガリシア州はスペインの中で最もラテン系遺伝子が多い州。
  アラゴン州はバルカン系遺伝子が最も高い州。
  独立の声が最も大きいカタルーニャ州はバスクの次にケルト度が高い州です。
  ポルトガルは独立していますが、遺伝子的にはイベリア半島民の一部です。


8.ベルベル人
  アフリカ北岸一帯に分布するベルベル人は見事にラテン系遺伝子Y-DNA「E1b1b1」の民族です。アフリカ北岸はカルタゴやハンニバル将軍などの歴史があり、 恐らく古代ローマ時代は当時の文明の先端に位置していたと思われます。 特にトゥアレグ族はほぼ純粋なY-DNA「E1b1」遺伝子集団です。


9.アラブ人
  サラセン帝国など、アラブY-DNA「J1」の拡大でアフリカ北岸はアラブ一色に染まりY-DNA「E1b1b1」はひっそりとわき役に落とされました。 しかし遺伝子調査は極めて明快に今でもY-DNA「E1b1b1」が民衆の遺伝子の核であることを示しています。 つまりアラブの文化を取り入れイスラム教に改宗した集団はイスラム・アラブ人の一員となり改宗せずに独自の信仰を守った集団はベルベル人として非定住・遊牧の生活を選んだものと思われます。

  これは中国で中華文明に取り込まれた異遺伝子集団は漢民族に取り込まれ、そうでない集団は辺境の少数民族化したのと同じような様相です。

  ベドウィン人はアフリカ北岸のアラブ人の中でも古いアラビア語を話す集団らしいですが、ラテン度はほとんどなくアフリカの主要遺伝子の一つであるY-DNA「E1a」を多く含み、 恐らく交易を通してだろうと推測できますが、むかなり特殊な交配を行ってきた民族集団のようです。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm




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4. 中川隆[-12397] koaQ7Jey 2018年5月12日 11:30:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13864]

それから、イエス・キリストの父親はフェニキア人で墓はライン川に有るよ:


ドイツ(ビンガーブリュックの町)にはイエスの実父のお墓があるとも伝えられています。
イエスはタルムード(ユダヤの律法とその解説)によると、ローマ兵の射手(姓:Panthera)とマリアの間の私生児でした。

教会はそれを否認しましたが、パンテラのお墓が発見されたことにより、タルムードの中のこの話の信 憑性が高くなりました。

墓碑銘によると、パンテラは西暦9年までシドンというフェニキアの町(現在レバノン)に派遣されていて、その後ライン地方へ転勤させられたそうです。
http://kobe.cool.ne.jp/daini_densho/page010.html


ナザレのイエスのY染色体ハプログループが判明しました。

ここで、神にY染色体なんてあるのか、神の子にY染色体なんてあるのか、と思った人は熱狂的なキリスト教徒です。


ナザレのイエスのY染色体グループが判明しました。ちゃんと根拠のある確かな学説です。


フェニキア人・ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ(Tiberius Iulius Abdes Pantera, 紀元前22年頃-紀元後40年)の

Y染色体は、ハプログループJ2(J-M172)であると推定される。

ティベリウス・ユリウスは、フェニキアのシドン出身で、約40年にわたりローマ帝国の兵士として、

第一コホルス弓隊に属し、積年の功によってローマ市民権が与えられた(注3)。

パンテラ(注4)とは「豹」を意味し、アブデスは「神のしもべ」を意味する。

彼は「アブデス・パンテラ」という名であったが、

ローマの市民権が与えられた際に「ティベリウス・ユリウス」というローマ人名に創氏改名する栄誉を得た。


このアブデス・パンテラのY染色体ハプログループがわかったのです。

アブデス・パンテラと同一人物なのかはわかりませんが、二世紀の学者がイエスはローマ兵士パンテラの息子であると主張している文献は存在します。


このパンテラがナザレのマリアと子をなして、イエスを生んだという一つの有力な学説であります。


この学説によると、イエスのY染色体ハプログループはJ2ということになり、中東系であるということになります。


ただし、あくまでも学説の一つです。、ぼく自身はあくまでもイエスはマリアの夫ヨセフの息子と信じていますから、J1に属すると思っています。


まあ、イエスのY染色体ハプログループに関してこんな学説もあるんだよということを知っていただければと思います。キリスト教会がどんな対応をするか楽しみです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881148365/episodes/1177354054881541891

Y染色体ハプログループJ2系統 【中東系】

ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ

フェニキア人・ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ(Tiberius Iulius Abdes Pantera, 紀元前22年頃-紀元後40年)のY染色体は、ハプログループJ2(J-M172)であると推定される(注1)(注2)。

ティベリウス・ユリウスは、フェニキアのシドン出身で、約40年にわたりローマ帝国の兵士として、第一コホルス弓隊に属し、積年の功によってローマ市民権が与えられた(注3)。

パンテラ(注4)とは「豹」を意味し、アブデスは「神のしもべ」を意味する。

彼は「アブデス・パンテラ」という名であったが、ローマの市民権が与えられた際に「ティベリウス・ユリウス」というローマ人名に創氏改名する栄誉を得た(注5)(注6)。


巷間では、アブデス・パンテラの息子とされるナザレのヨシュア(イエス, イェースース/Ίησοῦς)が、キリスト教の開祖とされる。

キリスト教(キリストきょう、基督教、ギリシア語: Χριστιανισμός、ラテン語: Religio Christiana、英語: Christianity)とは、「ナザレのイエスをキリスト(救い主)と信じ、イエス・キリストが、神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられ、復活したものである」と信じる宗教。世界における信者数は20億人を超え、すべての宗教の中で最も多いと言われる。

しかし、一方でイエスはキリスト教を説いておらず、あくまでユダヤ教の一派として教義を説き、それを、ユダヤ教と異なる教義として体系化したのは、彼の弟子であるペテロであるとする主張も存在する。

ナザレのイエスが救い主であるとする確証は現在のところ発見されておらず、聖書の記載内容に関して疑問視する人々が、欧米を中心として増加傾向にある(注7)。


注1)"Identifying Genetic Traces of Historical Expansions: Phoenician Footprints in the Mediterranean"
http://www.cell.com/ajhg/abstract/S0002-9297(08)00547-8?cc=y=

注2)"Haplogroup J2, Romans, Viticulture and Christianity."
http://www.anthrogenica.com/showthread.php?1614-Haplogroup-J2-Romans-Viticulture-and-Christianity

注3)P.Haupt/S.Hornung, "Ein Mitglied der Heiligen Familie! Zur Rezeption eines römischen Soldatengrabsteines aus Bingerbrück", Kr. Mainz-Bingen. In: Archäologische Informationen 27/1, 2004, S.133-140.

注4)パンサー(panther, 豹)を意味するラテン語。

注5)Marcello Craveri, La vita di Gesù, Feltrinelli, Milano, 1966, 466 pp

注6)Origenes Adamantius, Contra Celsum, AD 248

注7)『イエス・キリストはキリスト教の創始者ではありません』(2017.1.6)
http://oyakochoco.jp/blog-entry-1659.html?sp


http://famousdna.wiki.fc2.com/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93J%E7%B3%BB%E7%B5%B1

ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9


アブデス・パンテラの墓碑(バート・クロイツナハのローマンハレ博物館所蔵)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9#/media/File:R%C3%B6merhalle,_Bad_Kreuznach_-_Tiberius_Iulius_Abdes_Pantera_tombstone.JPG

発掘当時に描かれたアブデス・パンテラの墓石の絵(左端)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9#/media/File:Pantera_Grabstein.jpg


ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ(Tiberius Julius Abdes Pantera、紀元前22年頃 - 40年)は、古代ローマの兵士である。

2世紀のギリシア哲学者、ケルススがイエス・キリストの実父だと主張したとされるローマの兵士「パンテラ(Panthera)」を、彼に比定する説がある[1][2]。


発掘当時に描かれたアブデス・パンテラの墓石の絵(左端)

1859年、ドイツのビンゲン・アム・ライン近郊の村ビンガーブリュックで行われていた鉄道工事の際、ローマ時代の墓石が発見された。そこにはラテン語で下記の碑文が記されていた。

Tib(erius) Ivl(ius) Abdes PanteraSidonia ann(orum) LXIIstipen(diorum) XXXX miles exs(ignifer?)coh(orte) I sagittariorumh(ic) s(itus) e(st)

ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラシドニア出身、62歳かつて弓兵第一コホルスにて軍旗手(?)を務め40年軍務に服した者ここに眠る

この碑文から、アブデス・パンテラの出身地はフェニキアのシドンと解釈される。また、長年の兵士としての貢献により彼にはローマ市民権が与えられたと考えられ、ティベリウス帝治下にあって、ティベリウス・ユリウスというローマ人の名を授かったと推定された。

マリアがイエスを身籠もった時期、アブデス・パンテラの所属する弓兵第一コホルスはユダヤの地に駐屯していたことから、彼も同地で軍務に就いていたことが推定される。このことから、その際にマリアとの間で不貞を行い、彼女を孕ませたのではないかとする説が生まれた。

しかし、このような推定は、上記の碑文が唯一の論拠である上に、文は短く簡潔で解釈の余地が多々あり、推論に推論を重ねているに過ぎない。また、ケルススの主張自体もその著書『真言(Logos Alēthēs)』が湮滅し内容が伝存しておらず、オリゲネスの反論文 『ケルスス反駁(Contra Celsum)』に引用される形で現存するのみであり、明確な学術的根拠がある訳ではない。


脚注

1.^ イエスの父についてのケルススの主張
http://jewishchristianlit.com//Topics/JewishJesus/celsus.html

2.^ La vita di Gesù, 1966, 466 pp


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9

神の子とは古代ユダヤでは父なし子の俗称だった


マリアは「レイプ被害者」説の番組でBBCに抗議

 【CJC=東京】処女でイエス・キリストを産んだとされるマリアは、実はレイプ被害者だった、との説を取り上げた英BBCテレビのドキュメンタリー番組『処女マリア』がクリスマス直前の2002年12月22日に放映された。

 人気女優らを起用し、マリアの生涯をドキュメンタリー・ドラマ風に追ったもの。

マリアは貧しい無学な女性で、ローマ軍兵士にレイプされてイエスを身ごもったと受け取れる内容で、馬小屋で出産し3人の博士が立ち会ったなどの伝承は間違いとしている。

視聴者から翌日までに500件以上の抗議電話が殺到したという。
 共同通信によると、BBC担当者は

「微妙なテーマだが、われわれは番組を支持する。マリアは好意的に描写されていると思う」

と述べた。
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イエスは私生児か?


・・・生前のイエスがユダヤ人からどう見られていたかについて、記そう。

当時のユダヤ人には姓がなかった。
通常は自分の名の次にベン(ヘブル語)もしくはバル(アラム語)をつけ、次に父の名を置いた。

正確ではないが、イエスがヨセフの子なら、イエス・ベン・ヨセフという言い方をする。

この点、ロシヤ人の父称とやや似ている。いわばイワン・イヴァノヴィッチ・イワノフとはイワンの息子のイワンで、もしイワノフという姓がなければイエス時代のユダヤ人と同じ言い方になる。

当然のことだが、私生児には父称はない。トルストイの『復活』で、カチューシャが法廷の人定尋問で父称をきかれ、顔を赤らめて「私生児でございます」という場面があるが、父称のある国では私生児であるか否かが名前を見ただけでわかる。・・・

父称が姓のかわりをする社会で私生児がすぐにわかるのはユダヤ人も同じであった。
ではイエスは一体なんと呼ばれていたのか。


マルコ福音書(六3)に

「・・・この人は大工ではないか。マリアの息子(・・・・・)で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。またその姉妹たちも、ここの私たちと一緒にいるではないか」

という言葉がある。この「マリアの息子」という言葉は私生児に対する軽蔑的な表現であると、シュタウファーはいい、この表現の例をタルムード(ユダヤ教文書)からあげている。

私生児でも敬虔な生活をしている限り、その出生について何も言わないのが彼らの習慣だが、しかしその者が、不敬虔なまたは背教的な生活をしたときは、公然とその出生について誹謗するという。

いわばイエスが普通の敬虔な大工であるときは何もいわないが、柄にもなく会堂で妙な説教などはじめると、途端に「マリアの息子ではないか」といった言葉が出てくる。
こういう誹謗の言葉を後代が福音書に付加するとは思えないから、これは真正の伝承であろう。

さらにシュタウファーはマタイ福音書十一章九節やルカ福音書七章三七節の

「食をむさぼる者、大酒を飲むもの」

というイエスへの誹謗の言葉も、私生児を表すと指摘している。

これらのことは、イエスがヨセフの実子ではなかったこと、いわばヨセフは自分の子と認めず、周囲もそう見ていたことを示している。・・・


では、イエスは私生児なのか。

ユダヤ教ははっきりとイエスを私生児とし、タルムードには

「姦淫の女の息子」
「娼婦の息子」

とさえ言われている。まことにこまったことにマリアは、聖母とされるか姦婦・娼婦とされるかどちらかであって、それ以外に呼びようのない対象になっている。・・・

イエスは終始母マリアに冷たかった。

聖母マリア信仰は、聖書の記述によるのではなく、後にキリスト教信者が作り上げたものである。

それは賛美歌と共に信者を集めるのに大きな役割をはたしたが、イエスの行いとは相容れないものだ。
http://www.kojintekina.com/monthly/monthly60704.html

セム族は「父系社会」で、その名前=アイデンティティは「父**の子」として現されるものでした。

 ところがイエスは「ヨセフの子イエス」とは呼ばれないし、その父系もたどれない(マタイ1-16とルカ3-23の系図の不一致を見よ)。

ルカ3-23は「イエスは…人々の考えによれば、ヨセフの子であった」と微妙な言い回しをしています。さらにマルコ3-33は、イエスが「母や兄弟」を拒絶したとは伝えるが、父については何も言わない。

 これら全てを考えるなら、イエスは「父なし子」だったのでしょう。「私生児」だったかもしれません。

 父系社会の「父なし子」とは、きわめて厳しい運命です。
暮らしが苦しいだけでなく、人からもバカにされる。自己のアイデンティティさえ保持できない立場なのです。

 ここで注目すべきことは、古代ユダヤでは、このような「父なし子」は〈天の子=バル・アッバ〉と呼ばれた−ということです。

〈アッバ〉には、天=父=神の意味があります。

 想像すれば、人から「父なし子」と嘲笑されて育ったイエスは、「ちくしょう、オレは天の子なんだ!」と言い返していたのではないでしょうか? 劣等感が〈特別な自覚〉へ反転した−というのは、いかにもありそうだと思うのです。
http://yumiki.cocolog-nifty.com/station/2006/10/post_77f1.html

●マリアは、ヨセフと結婚する前に、誰か他の男性と関係を持ってイエスを身篭った。つまり、マリアは未婚で私生児を身篭ったティーンエイジャーだった。

しかし、夫となったヨセフは、その子供を父親として認知した。
イエスの「処女降誕」を主張しているのは、マタイ・ルカ福音書のみで、新約聖書のほかの部分には全くない。マタイ・ルカの福音書はあくまでもイエスを神格化するために、「処女懐胎」の思想を生み出した


●マリアが関係したイエスの父親は、ローマ軍の兵士だった。(ギリシャの思想家ケルススが178年頃書いた『真理の言葉』)。

イエスの父親は、ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラという名前で40年間、ローマ軍の兵士として務め、61歳でドイツで亡くなり、墓が1859年にドイツのビンガーブリュックで見つかっている)


●イエスには、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの腹違いの弟四人とマリア、サロメの腹違いの妹二人がいた。

(マルコ福音書)みんなマリアの子であるが、イエスとは父親が異なるー父親はヨセフもしくはその兄弟のクロパと思われる。

ユダヤの戒律により、夫が亡くなった時にその兄弟が跡継ぎとなることが決まっていた。クロパは正式な名前ではなく「呼び名」の可能性が高く、クロパはギリシャ語形で(聖書の中で)何度も登場するアルファイである。

イエスの磔に立ち会い、埋葬に加わった女性三人は、@マグダラのマリアAイエスの母マリアBイエスの妹サロメである。

(ここで「腹違い」と書かれているが、原文か翻訳の間違いであろう。イエスも兄弟姉妹もすべて母親がマリアなら、イエスと「父親違い」が正しいだろう)


●マリアもヨセフも先祖を遡るとソロモンやダビデらイスラエルの王に辿ることができる。つまり、イエスも正統な王家として、王位継承を求めていたのではないか。(つまり、斟酌されるのは、イエスの行動は宗教家としてではなく、政治運動だったのではないか。そのために、反政府勢力として殺害されたのではないか。

弟たちもこの「政治運動」に使徒として参加し)イエスとシモンが磔刑、ヤコブが石打ちの刑というふうに、五人のマリアの息子のうち三人がむごたらしい死を迎えた。


「マルコによる福音書」では、12使徒は、

@ペテロと名付けられたシモン
A猟師ゼベダイの子ヤコブ(大ヤコブ)
Bヤコブの兄弟ヨハネ
Cアンデレ
Dフィリポ
Eバルトロマイ
Fマタイ
Gトマス
Hアルファイの子ヤコブ(小ヤコブ)
Iタダイ
J熱心党のシモン
Kイスカリオテのユダ

であることが書かれています。12使徒の12は必ずしも12人ではなく、イスラエルの部族の総称という説もありますが、イエスの異父弟のヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの四人が12使徒だとしたら、ヤコブはHのアルファイの子ヤコブ、Iのタダイは、ヨセかユダの別名、シモンはJの熱心党のシモンのことでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/goo1956718/e/d36c199613e1dd41f56cd591aa4ae444

ドイツ(ビンガーブリュックの町)にはイエスの実父のお墓があるとも伝えられています。

イエスはタルムード(ユダヤの律法とその解説)によると、ローマ兵の射手(姓:Panthera)とマリアの間の私生児でした。

教会はそれを否認しましたが、パンテラのお墓が発見されたことにより、タルムードの中のこの話の信 憑性が高くなりました。

墓碑銘によると、パンテラは西暦9年までシドンというフェニキアの町(現在レバノン)に派遣されていて、その後ライン地方へ転勤させられたそうです。
http://kobe.cool.ne.jp/daini_densho/page010.html


新約聖書は、四つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)と使徒行伝、パウロのロマ書とかれの書翰集からなっている。

 実際には、現在にキリスト教は、イエスの死後の弟子であるパウロの解釈によって成り立っており、キリスト・パウロ教である。

しかもこれはローマ帝国で公認された内容(コンスタンチヌス大帝のニケーア会議)であり、このとき採択されず破棄または追放された文書を研究して原始キリスト教を復元しようとする研究もある。

 福音書も矛盾だらけである。

イエスの父ヨハネの系図は、アブラハムからつづいているが、マタイ伝とルカ伝で大きく異なっている。しかもイエスは母マリアの処女懐胎によるものであれば、父ヨハネの系図はまったく無意味であろう。

わたしはこのことを中学生時代に気付き、大いに悩んだ。ただし、武者小路実篤か倉田百三の本で、当時ユダヤを占領しているローマ兵によってマリアは犯されたのだという説があることを知り、妙に納得した。

当時、わたしの町も進駐軍の支配下にあり(敗戦当初は英連邦軍もいた)、近くの進駐軍の集会所には、夕方ともなると、焼跡の娘たちが群がり、兵士から貰うパン、缶詰、ビスケットなどを代償として売春をしていた。

パンパン・ガールという。松本清張の『ゼロの焦点』の世界である。

当時、小学校2年生のわたしは、「鬼畜米英」の兵士たちに、なぜお姉ちゃんたちが嬌声をあげて群がっているのか意味が分からず、夕方になると見物に行っていた。駅前で書店を経営していた祖母は、どこの娘か分かるらしく、見に行っちゃあいけないと云っていた。

その集会所(敗戦前は帝国海軍の将校集会所)は空襲で全焼したが、幅50メートルの川を隔てた我が家は、被災を免れた。落下してきた焼夷弾を屋根に上っていた祖父がモップのようなもので叩き、庭の池に落下させ、不発に終わった。ただしこれは祖父の武勇伝で、どこまで本当か分からないが、その焼夷弾筒はながらく池の傍においてあった。

もしその焼夷弾で我が家が炎上すれば、20歳前後の3人の叔母たちは、パンパン・ガールになっていたかも知れない。焼け残ったから、我が家は母が娘時代の着物などを売って食糧を購入し、一家の飢えを凌いだのだが、もし焼けていれば、女は身を売るしかなかったのだ。

身を売ればやがて私生児が生まれる。混血児である。混血児はわが町にも多くいたと思う。

そのためか、イエスが占領軍のローマ兵とマリアとの私生児、混血児であり、だからこそ、狭いユダヤ民族主義を脱し、愛を基調とする新教を提唱したというのは、妙に納得できた。 
http://members2.jcom.home.ne.jp/mgrmhosw/hikka100505.htm


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5. 2018年5月13日 00:43:21 : ZvcGS9qUik : PVQ@2AVsV6E[162]
そうなんだよね〜 古代ヘブライ語と日本語が酷似しているのが色々あると言うか、あり過ぎんんだよな〜。

三笠宮が生前某大学で古代オリエント史を教えていた。皇族が、日本史ではなく、何故、古代オリエント史?と、不思議に思ったことがあった。
「日本の皇室は、ヨーロッパの王室に引けを取らない。旨を張って良い」と言われたとか。

東北の方にはイエスの墓と言われているのがあるとか・・
DNA鑑定の結果はどうなったのかな?


6. 中川隆[-12444] koaQ7Jey 2018年5月13日 09:19:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13930]


ikz********さん 2012/10/19 16:29:16

日ユ同祖論 信憑性はどの程度なのでしょうか。

言語が似ている、歌をヘブライ語にすると意味が通る(君が代、かごめかごめ、 ソーラン節など)という具体的な共通点から、遺伝子が中国韓国人にはないものをもつという根拠不明なものなどが上げられます。

某掲示板では、宗教観が違いすぎる、戦前の白人コンプレックスの日本の学者が作り上げたものだとしているのをみて妙に納得してしまいました。確かにユダヤ教と神道、仏教は違いすぎます。まず一神と多神、偶像崇拝禁止と仏像とで明確です。

ただはっきりどちらに分があるとは判断しにくい部分が多いため詳しい方いたらよろしくお願いします。


aki********さん 2012/10/21 01:10:58

歌の類似性と言えば、和歌がインドの民謡と共通性が高いほうが注目に値すると思います。今でも日本人は海外の文化を輸入して、独自に発展させる才能を発揮していますが、昔もそうだったと考えるべきだと思います。ただし、ヘブライ語と日本語の類似性は他の言語と同程度で、かなり低いと思います。多くは音が似ているだけのコジツケになっていると感じます。

本当に日本語と近いのは、大陸の高句麗語です。言語が近縁かどうかを観察するとき、真っ先に見るのが数詞と言われています。日本語と高句麗語の数詞の比較を行うと、朝鮮語などよりもはるかに近縁の言語という結果が出るようです。

高句麗は滅亡して、その人々は女真族と名を変え、今は満州族と呼ばれています。

彼等は清帝国を築いたわけですが、清の時代に遭難した日本の商人が北京に行って驚いたのが、一二三四ではなく、ヒ・フ・ミ・ヨの日本語の数え方がそのまま通じたことだそうです。高句麗の流れを汲む女真族の言葉を話す人々と、北京で普通に接触できたようです。

百済は扶余・高句麗から枝分かれした王室で、朝鮮半島は異民族支配されていました。

そのため、百済の王室と民は異なる言語を話しているという指摘が、中国側に残っています。

神道の世界には古い朝鮮語が数多く残っていると指摘されることがありますが、実際にはそれが失われた高句麗語という説も出てきています。


高句麗語は日本語と同じ膠着語です。

系統が違う漢民族の言葉と文字がいきなり日本に輸入されたわけではなく、まず漢民族の言葉と直接接していた高句麗語が漢字表記されるようになり、それが、高句麗と近い山東半島や遼東半島付近の海人の手を経て日本にもたらされて、古い神道の祝詞の言葉などが作られていったと考えられます。

纏向型祭祀と高句麗国の東盟祭の類似性も、かなり指摘されているようです。

倭人文化圏が北九州から済州島を経て山東半島や遼東半島付近に分布していたと認識している中国側の史料が幾つか散見されるようです。

卑弥呼寒冷期と呼ばれる地球規模の寒冷化に伴って、飢饉に直面した高句麗地域の人々が日本に渡来した結果、弥生時代が古墳時代に変わっていったという説があるようです。

九州に山東半島原産の三眠蚕が入り、纏向(奈良)にも山東半島付近の製鉄と蚩尤(兵主・天日槍)の信仰が入っています。その結果、天照大神のモデルになった古い日女神を祭った比売許曽(ヒメコソ)神社が建てられるといった現象が起こったようです。

比売許曽は姫を祀る神社という意味の高句麗語(朝鮮古語)です。だから、比売許曽神社の末尾の「神社」は必要のない筈ですが、時代が下って元の意味が見失われた結果、付けられるようになったと考えられます。祝詞にも高句麗語由来の言葉が大量に入っている、というより、本来祝詞は高句麗語(吏読)だったそうです。謎が多いとされる「ひふみ祝詞」は、高句麗語として意味がほぼ通じる形で伝わっているそうです。飛鳥という都の名前も元は高句麗語のようです。

トルコからシルクロードを介して日本まで、膠着語圏が広範囲に広がっています。
文法的に近いため、日本語に輸入しやすかったことが考えられます。


たとえば、天皇を古い時代はスメラ・ミコトと呼んでいました。

シュメール文明と日本語の関係がかなり指摘されていますが、シュメール・ミグトと言えば、天降りた支配者のことで、日本語と音が似ているだけでなく、意味も一致しています。したがって、シルクロードを介して日本に入ってきたのは、なにも古代イスラエルの文化に限られるわけではないと思われます。

秦の始皇帝の兵馬俑はペルシャ式の軍団編成になっていて、ペルシャ人の人骨が近くから出ているようです。

ササン朝ペルシャの滅亡に伴って、シルクロードに逃れた王子が中国に亡命し、妻子を安全な日本まで連れて来ているケースもあるようです。わずか数年で日本とペルシャは繋がる距離にあります。西の文化が日本に断片的に入っていても、不思議ではありません。仏教も入れば、ギリシャ彫刻もガンダーラの地域で形を変えながら伝わっています。

しかし、文化的影響が認められるからと言って同祖論を持ち出すのは、不自然すぎると感じます。それを言うなら、人類はアフリカ原産の動物で、皆同祖という話になります。

遺伝子に関しては本来akatamayorihimeさんが御専門の筈ですが、完全スルーしているようです。相手にする必要もない勘違い、ということだと思います。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1195894356

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7. 中川隆[-12444] koaQ7Jey 2018年5月15日 07:44:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13966]

イエス・キリストが聖母マリアの処女懐胎によって誕生したというエピソードには、元ネタがあります。

エジプトで、永遠の処女とされる女神イシスが、太陽神ホルスを処女懐胎によって生んだという神話に基づく聖母信仰です。

ユダヤ教もキリスト教も、本来は太陽信仰の要素を含んでいたことを、精神分析学のフロイトが指摘しています。彼はユダヤ人知識階級の大学者ですから、間違えることはまずないでしょう。

処女懐胎のエピソードは、高句麗国の始祖である朱蒙や明姫の生誕の神話にも見られる、太陽信仰特有のものみたいです。明姫の生誕を祝う非公開神事は今も当家が伝承しています。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1195894356


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