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メディアファシズムを許さないために [JANJAN]
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投稿者 white 日時 2007 年 6 月 28 日 12:27:06: QYBiAyr6jr5Ac
 

□メディアファシズムを許さないために [JANJAN]

 http://www.janjan.jp/media/0706/0706267907/1.php

メディアファシズムを許さないために 2007/06/28
 「みのもんたの朝ズバ」は、あたかも一般国民の代弁者ごとき装いを作り上げ、視聴者の共感を得ようとしているテレビ番組です。しかし、このような番組が時として国民に大きな誤解や偏見を与え、冤罪を作り上げる手助けをしている場合も少なくありません。これはまさしくメディアファッショなのです。

 ここで、このようなテレビファシズムとも言える最近の報道番組について述べます。

 元早稲田大学大学院教授で経済評論家でもあった植草一秀氏が、電車内で女子高生に痴漢行為を行い、「都迷惑条例違反」の現行犯で逮捕された事件がありました。

 この時のテレビ各社の報道を見て、警察が流す情報を種に、その事実関係の確認もせず、コメンテーターと称する者どもやタレント弁護士どもが、勝手で無責任な放言を繰り返していた。こういう状態を見て、わが国のテレビ報道とジャーナリズムに危機感を持ちました。

 犯罪の捜査や裁判における法原則は、「推定無罪」です。それがいつからか「推定有罪」を前提にしたような無責任な思いつきコメントが、テレビ各局で面白おかしく放映され、たれ流されている……こういう実態は報道のあり方として間違っており、まさにテレビファシズムです。

 今回の事件についても、他の刑事事件についても、正当な裁判で結論が出るまで、「推定無罪」を前提にした報道に徹すべきがテレビや新聞メディアのあるべき姿ではないのかと考える私は、今回の植草事件は、政財界にパイプのあった植草氏が、何らかの特別情報を入手し、それらの情報公開に都合の悪い政治家、官僚、財界人が仕向けた、でっち上げの冤罪だと信じています。なぜなら、最初に逮捕された時の状況があまりにも出来すぎていたからです。

 そして、公正な裁判を期待していましたが、冤罪を出し続ける裁判官、司法と行政が癒着した裁判など期待しようもなく、また冤罪を作り出してしまいました。日本の刑事事件が起訴されれば99%有罪という悲観的な結果を見ると司法に期待することなど所詮は無駄なことなのでしょう。このような司法権力に対して日本の弁護士たちは何をやっている……国の根幹たる3権がどれも信用されなくなったらどうなるのか……歴史をみれば明らでしょう。

 しかし、新聞やテレビ報道ぐらいは本当のジャーナリズムを貫徹してもらいたいものです。新聞・テレビなどのメディアが本来の役割を放棄し営利主義一辺倒になっている社会は自由主義社会でもなんでもないのです。一部の特権階級によって操られているメディアファシズムです。われわれ国民は、このような者どもに誑かされてはいけないのです。

 次に、「サンデープロジェクト」という番組を取り上げます。メインキャスターの田原総一朗のキャラクターでもっているような番組ですが、「政治家とのディベート的な要素を持ち込んだ手法の番組」などと評され人気番組だったようです。

 私は、商工ファンド問題(目ん玉売れ、腎臓売れなどの脅迫取立てが問題になった事件)が世間を騒がせた時、「サンデープロジェクト」のメインスポンサーであった「日栄」に対する田原氏の対応が実にいい加減な奴だなと思った時から、この番組を見なくなりました。

 私の家族も、政治家に対する追い立てるような田原氏の質問口調に嫌気がさしたようで、ほとんど見なくなりました。田原氏のトークはディベートなどとは縁遠いものだから不快感があるのです。

 以下、ディベートについて調べてみました。

「debate」  
a formal argument or discussion of a question, for example, at a public meeting or in Parliament or Congress, with two or more opposing speakers, and often ending in a vote.”( Oxford Advance Learner’s Dictionary, 5th edより)
(疑問に関するフォーマルな議論又はディスカッション。例えば、公的な集会又は国会、議会において、2つ以上の対立する発言者によってなされ、しばしば、投票によって終わるもの)

 この辞書の定義では、ディベートでの代表的な特徴が例示で示されています。

 その特徴とは、「集会や議会等の公共的(public)な議論を行う場において、何らかの論点、課題について」、「対立する複数の発言者によって議論がなされ」、「多くの場合、議論の採否が議論を聞いていた第三者による投票によって判定される」の3点に集約されます。

 テレビ局、テレビ番組の時間的な都合で一方的に発言をする、相手の発言を切ってしまうようなやり方は、とてもディベートなどと呼べるものではないのです。だから田原氏のやり方は不満や不快感を持たれる……これもひとつのメディアファッショです。

 田原総一朗氏については、各界からいろんな評価があるようですが、国民の代弁者たる国会議員への、あまりにも失礼な物言いに対して不快感を持つのは私だけではないと思います。田原氏の紋切り方の質問や二者択一のような質問で政治家に回答を求めるやり方は実に失礼であり、決してディベートなどと呼べるものではないのです。

 政治家の加藤紘一氏が「この番組は政治家にとって非常に出るのが怖い番組なんですよ」と番組内で発言したことからも、この番組の異様さが感じられます。鬼の首を取ったようなやりとりに不快感を持たれるようになっているのです。国民受けしていた過去は、それまでになかった手法に斬新さを感じただけで、国民が本当に知りたい政治家の発言や考えが記憶に残らない番組となっているのです。

 政治家諸君、こんな番組に出演する時間があるなら、街頭に出て演説をしなさい。そして、じっくりと国民に考えや政策を訴えることです。テレビに出ると名前が売れるなどと安易に考える時代はもう終わりなのです。タレントじゃあるまいし、政治番組をエンターティメント化する番組に出ても何の得もないのです。

 ビート・たけしの「TVタックル」は家族全員が好きな番組です。これはビート・たけしのキャラクターがそうさせているのでしょう。「ふざけているようで、なかなか面白い、ちょっと真実もある、たけしが聞き役で余計なコメントを言わない」という理由でしょう。この番組では、政治家自身が大得していると思います。

 ここで、田原総一朗という人間の情報を掲載しておきます。どう感じるかは、読者の皆さんがご自分で判断してください。

●田原氏は故田中角栄氏に関する著書や記事を数多く寄稿している。その中の1つ『戦後最大の宰相 田中角栄〈上〉ロッキード裁判は無罪だった』にてロッキード事件は陰謀で田中角栄氏は無罪であるとの陰謀論を展開している。

 しかしその内容が誤解や伝聞や憶測だけで構成されていること、田原氏が指摘している内容の殆どがすでに反論されていること、事件の当事者にするべき取材をしていなかったこと等により、徳本栄一郎氏らから内容の破綻を批判されている。そして、このことに関して田原氏は現時点まで再反論は行っていない。

● 『サンデープロジェクト』では、菅直人氏の年金未納問題に絡む代表辞任騒動の討論で、菅氏の言い分に全く耳を貸さず(自身の過失ではなく、行政の過失。後に武蔵野市が菅氏に謝罪の書面を送付。また小泉純一郎首相の国会答弁により菅氏の冤罪が確定。)一方的に激しく非難。そして、菅氏に「明日辞めて下さい」と公の電波を用いて、半ば辞任を強要。

 しかし、直後に、批判者の田原氏自身に未納期間(1977年2月〜9月)があったことが発覚。翌週の番組において謝罪。また、番組内の田原氏の説明により明らかにされ未納期間は、えん罪であった菅氏に対して問題となった期間よりも遥かに長期間の未納であった。

 謝罪時の田原氏の発言は「これからがんばることで責任を果たしていくので続投することにしました」というもので、菅氏に辞任を迫りながら、自らの辞任などの明確な社会的責任はとらなかった。田原氏は「逆風は吹くだろう。だがそこから逃げず、あえて批判に身をさらしながら年金問題を追及していくのがぼくの使命だと思った」という論点ぼかしの発言をして失笑をかう。

●日本共産党が公表した宮澤内閣時代の内閣官房報償費(いわゆる官房機密費)の会計記録で、田原氏が香典代として5万円を受け取っていたことが明らかになり、田原氏も番組内でこれを認めた。

●政治改革関連法案の可否をめぐり自民党が紛糾していた1993年に「総理と語る」で、総理の宮澤喜一氏に対し執拗な挑発を行い、例の似非ディベートで「やります」、「やるんです」との言質を取ったが、政治家改革関連法案が廃案にされると、そのインタビューの模様が何度も放映され、宮澤氏が退陣に追い込まれるきっかけを作った。

 これらの田原氏の言動を考えれば、いかにいい加減な者かおわかりでしょう。しかし、こんな者の発言でも公共の電波から流されると信じてしまう国民がいるということも事実なのです。だからメディアファッショなのです。

 私たち鼻たれ50代はこういういい加減なメディア報道を許せるものではありません。こういうメディアをやっつける方法がないかと考えてみました。

 ほとんどの人はどこかの新聞を定期購読しているものと思います。日常生活の中で、新聞を毎日配達してもらってますが、これは配達してもらう新聞と引き換えに購読料金を支払うという契約をしているのです。新聞は「新聞の紙」を購入しているのではなく、新聞に書かれた情報を購入しているといえる購読契約をしているのです。

 だとすれば、正確な情報を読むために新聞を購読することを前提としているはずですから、もし、間違った記事や正確性を欠く記事・情報が載って、その情報に基づき、購読者自身が不利益を被るようなことがあれば、当然その新聞社を訴えることができると考えられます。

 最近、私が住む福島県であったことなのですが、1人のサラリーマン男性がある女性から婦女暴行で訴えられ、警察に逮捕されるという事件がありました。そして、詳しく取り調べをした結果、その女性の狂言とわかり、サラリーマン男性は不起訴で釈放されました。

 ところが、この男性は企業を解雇され、妻とも離婚するはめになってしまったそうです。当然、この男性は警察と女性に対して損害賠償訴訟を起こしました。その結果、女性に対しては賠償命令の判決が出されましたが、警察への損害賠償は棄却されてしまいました。

 本当に気の毒としか言いようのない事件でありますが、この男性が逮捕された時、新聞各社は「犯罪者」のごとき報道をし続け、それらの情報を鵜呑みにしてしまった企業や妻は実に冷たい仕打ちをしてしまったのです。植草事件と同様、メディアファッショがさらなる悲劇を生んでしまったということであります。

 このような場合、新聞記事のために不利益を受けた男性やその妻、そして、企業などは、新聞各社に対して損害賠償と謝罪広告を求める権利があるものと考えます。また、正しい情報が提供されていると信じて購読契約している一般購読者にも「契約不履行」として各新聞社を訴える権利があるものと考えます。

 ひとつの誤報記事を原因として、日本全国で多くの方々がそれぞれ個人で訴訟を起こしたら、新聞社は果たして対応できるものでしょうか?

 インターネットなどを活用すれば、訴状や準備書面を配信して、原告の氏名・住所だけを変えて個々人で裁判所に提出すればできることですから、数千人規模の方々が本人訴訟を起こすことは実に簡単にできることだと思います。

 一方の新聞社は、負担する弁護士費用だけでも巨額になるとともに、報道機関として強烈なダメージを被るでしょう。

 日常的に一般国民が購入する商品などに問題があった場合、前記のような異議申し立てや訴訟はどのような商品やサービス提供にも適用できるものです。このようなことが、大企業の横暴さに歯止めをかけられる国民の手段になるかもしれません。このような訴訟は使い方によって強力な武器になるものなのです。

 現代日本においては、個人対企業の関係で圧倒的に個人が不利な状況に置かれております。一国民、一個人がマスメディアや大企業を相手に、互角以上に闘いを挑める方法として、多くの国民による各々の本人訴訟提起が有効的なものだと考えます。自分や家族を守り、被害の回復をさせ、より平安な国を築いていくためにも、同様の訴訟は必要なものなのかもしれません。

 私たち国民は、メディアファッショを許さないためにも果敢にメディアを叩いていかなければならないと考えます。それは共生社会実現のためでもありますから。

(安藤一平)

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