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伊藤千尋『反米大陸』
http://www.asyura2.com/08/reki01/msg/202.html
投稿者 ワヤクチャ 日時 2008 年 2 月 09 日 20:38:12: YdRawkln5F9XQ
 

http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20080109

私は中南米のことはほとんど何も知らないに等しいが、ニュースやレポート等を通じて、近年、中南米で反米的な左派政権が次々に誕生していることや、メキシコ南部チアパス州でのサパティスタ民族解放軍の蜂起(1994年)など、先住民の抗議行動や反政府運動が活発化していることは、断片的な情報としてアンテナに引っかかっていた。ただ、それは必ずしも有機的な知識や主体的な関心へとつながるものではなかったと思う。

以前(たぶん90年代前半)、伊藤千尋氏の『燃える中南米――特派員報告』(岩波新書、1988年)を読み、胸が熱くなるような興奮と衝撃を感じたことは覚えているが、内容はほとんど頭に残っていない。

今回、伊藤氏の新著『反米大陸――中南米がアメリカにつきつけるNO!』(集英社新書)を書店で見かけて興味を持ったのは、内橋克人氏が『悪夢のサイクル――ネオリベラリズム循環』で、1990年代以降の日本で起きたことは、すでに70年代後半から80年代にかけてアメリカで起こったことの「反復」であり、その原型は70年代以降のチリやアルゼンチンで試みられた新自由主義改革の実験にあると指摘していたのを思い出したからである。

伊藤氏も本書で、「グローバリズムのなか、アメリカはかつて中南米で行ってきたことを、今や世界に広げようとしている。だから、過去の中南米の歴史を見れば、アメリカがこれから世界で何をしようとしているかが見えるのだ」という視点を提示しており、中南米の歴史が遠い外国の話でも過去の話でもないことを、リアルに且つ説得的に描き出している。*1

たとえば伊藤氏は、「なぜ、こうも反米政権が次々に生まれたのか。それには明らかな理由がある」という。「アメリカの圧力によって、中南米の各国で一九九〇年代に進められた新自由主義的な経済政策が原因だ」と。

 米シカゴ学派の理論に基づく新自由主義を、一九七〇年代にいち早く採用したのがチリ、アルゼンチンの軍事政権である。新自由主義は八〇年代に入ると、メキシコやブラジルなど債務危機に陥った国の経済を立て直すため、国際通貨基金による融資条件として現地の政府に強要された。九〇年代にはソ連の崩壊とともに、唯一の超大国となったアメリカの圧力のもとで、各国の親米政権によって中南米全域に広まる。自由な競争による繁栄の結果、雨のしずくが滴り落ちるように貧しい層にも富が浸透するという、「トリクル・ダウン」理論が正当化された。

 しかし、現実にもたらされたのは中小企業、地場産業の倒産であり、あふれる失業者であり、格差の増大だった。富める者は富を独占し、下層には富の一部さえも滴り落ちなかったのだ。その結果、せっかく生まれた中間層が再び貧困層に戻り、貧困層は極貧層に転落する。

以前、スーザン・ジョージの『債務危機の真実』(1989年、原著1988年)を読んだときは、「南北問題」のように思っていたことが、すでに今のこの日本でもありふれた日常と化している。だが、逆に疑問に思うのは、こんなにひどい状況になっているのに、なぜ多くの日本人は「反米的」にならないのかということである。とりわけ「愛国心」を強調するような政治家に限って、「親米的」どころか、自ら先走って「対米追従」路線を買って出たりしている。はたしてそれは「現実主義的」な外交方針であり、日本の「国益」に利するものなのか。そこにあるのは、軍事大国アメリカに対する畏怖の念なのか、それとも、共犯者的な「同一視」の投影なのか。

刺激的なのは、伊藤氏が、たんにここ数十年の問題を取り上げるだけでなく、ほとんど建国以来と言っていいアメリカの「侵略と支配の歴史」、その運動の形態、そこに貫かれている「明確な戦略と方程式」に注目していることである。本書を読んで驚いたのは、「アメリカの介入」というレンズを通して見ると、中南米諸国の動乱の歴史がいわば一貫したストーリーに見えてくるということ、さらに、近代日本のアジア諸国への「侵略と支配の歴史」さえ、その模倣や延長に見えてくるということだった。*2

 アメリカは、(メキシコとの戦争に勝利した後―引用者注)次の標的をカリブ海に向けた。それまでは北米大陸の内陸への進出だったが、これからは域外の侵略へと性格が変わる。スペインとの戦争に勝って、キューバとプエルトリコの支配権を握り、さらにスペイン領だったフィリピン、グアム諸島を手に入れて、アジア進出の基地を手に入れた。その過程でハワイを領有し、太平洋における拠点を築く。覇権国家としての今日の超大国、アメリカの出発点がここにある。

 国土が膨張したアメリカに吸い込まれるように、ヨーロッパから、移民がなだれ込んだ。そこで問題になったのが、食糧の確保だ。一八六五年の奴隷解放後、アメリカは安い労働力を求めて、海外に食糧基地を作ろうとした。果物や砂糖、コーヒーなどの生産基地となったのが中南米だ。カリブ海の航路を通じてアメリカに直接に産物を持ち込める中米・カリブ諸国は「アメリカの畑」となった。

チキータ(ユナイテッド・フルーツ社系)やドール(スタンダード・フルーツ社系)といったバナナ・ブランドの起源が中南米でのバナナ・プランテーションにあったというのは驚きだった。*3

さらに瞠目すべきなのは、中南米諸国の政治的混乱の一端が、アメリカの多国籍企業による政治への介入に由来するということ。《その過程で、ユナイテッド・フルーツ社は、中米各国の政治家と癒着した。現地の政治家に賄賂を渡して便宜を図ってもらい、さらにユナイテッド・フルーツ社にとって都合の良い政策を進める政権が生まれるよう、政党や政治家に資金援助した。会社にとって都合の悪い政権を倒すことすらやってのけた。》

たとえば同社は、「一九一一年にホンジュラス政府を崩壊させるため、対立陣営に資金を出し」、「同社の援助で二度も大統領になったマヌエル・ボニージャ将軍は」、見返りに「バナナへの課税を廃止」した。

グアテマラでは、「一八九八年の大統領選挙で当選したエストラダ・カブレラ将軍の独裁政権の時代」以来、「ユナイテッド・フルーツ社はこの国の政治に君臨し、やがては国家の経済政策を決定するようになる」。1944年、暴政に怒ったグアテマラの民衆が反政府デモを起こす。45年には大学教授アレバロが大統領に当選し、低賃金で過酷な労働をさせられていた労働者の待遇を改善するなどの民主的な政策を進める。その後のアルベンス大統領も、土地をもたない農民に土地を与えるため、農地改革を進めたが、アメリカ政府はグアテマラ政府に対して、「巨額の補償金をユナイテッド・フルーツ社に支払うよう要求し」、それが拒否されると、「アメリカはグアテマラ政権の転覆を決意する」。《このときのアメリカの国務長官は、第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和条約や、日米安保条約にかかわったジョン・フォスター・ダレスで、弟はCIA長官アレン・ダレスだった。この兄弟はともに、ユナイテッド・フルーツの大株主だった。》

このときにアメリカ政府が考え出した「介入の名目」は「農地改革をするような政府は共産政権だ」というレッテル張りだった。そして、実際にCIAが「グアテマラへの秘密介入計画を作成し」(大統領も承認)、「隣の親米国ホンジュラスには、密かに武器が空輸された」。CIAは「アメリカで軍事訓練を受け、アメリカに忠実な」アルマス大佐(グアテマラ国軍)を指導者に据え、米軍とユナイテッド・フルーツ社の全面的な支援のもと、グアテマラに侵攻させ、クーデターを成功させる。だが、政情は安定せず、グアテマラは「その後三六年間も続く内戦に陥った」。

こうした内幕を知ると、アメリカがいま現在イラクでやっていることも驚くには当たらない。

恐ろしいのは、こうした介入・操作の手法が方法的に確立されているということで、米陸軍は1946年に「米軍アメリカ学校」を設立し、そこで年間1000人の中南米エリート軍人を集めて教育しているという。その主眼は「国内の反政府派の鎮圧や弾圧」の方法であり、「科目には心理作戦、尋問方法などがあり、クーデターの起こし方、その後の統治方法、反政府派市民に対する拷問や暗殺の方法、狙撃手の訓練方法、諜報機関の組織のつくり方など、およそ民主主義とはほど遠い内容が授業で教えられる」。その卒業生の名簿を見ると、「中南米の軍事政権や、軍部の幹部がずらりと並んでいる」という。これがアメリカの「自由と民主主義」の血生臭い「真実」なのだ。

「おわりに――日本へ」の中で、伊藤氏は、「アメリカの存在をめぐって、日本では大きな誤解があるのではないか」と言っている。「アメリカに追従しなければ日本はやっていけないのだ」と国民の多くが信じ込んでいるが、「アメリカは中南米で歴史的に行ってきた政策を、日本でも行おうと」してきただけであり、「こうしたなかで、アメリカにただ従うだけなら、日本は生き残るどころか、アメリカの餌食になるのが落ちだろう」と。

もちろん、伊藤氏は感情的な反米主義を焚きつけようとしているのではない。「アメリカと手を切れというのではない。アメリカとはこれまでどおり、仲良くすればよい」とも言っている。*4 ただ、「世界の本流」はむしろ、「アメリカと距離を置き、独自に政治・経済圏を拡大」しようとする「欧州の考え方」であり、そういう発想からすると、日本に必要なのは「まずアジアでの信頼関係の醸成」に努力することだというのである。

そして、おそらく伊藤氏が一番言いたいことは、「自立する中南米から学ぶべきもう一つは、市民の力である」ということだと思う。

 南米の政権交代をもたらしたのは、アメリカ流の新自由主義の経済をそのまま採用した政府の失敗だったが、政府を変えたのは市民の力である。格差を広げ、弱肉強食の社会を作ろうとする政府に対して、市民が反対の意志を、投票やデモなどの形で明確に表明した。中南米の人々の強さは、逆境にめげずに自分たちの夢を持ち続け、それを社会に反映させようとする力だ。

*1:ここで私が思い出したのは、生田武志氏が、野宿者問題について、「日雇い労働者がリハーサルをして、フリーターが本番に臨もうとしている」と言っていること。生田氏はつねに欧米諸国やロシア等における野宿者の状況を参照しているが、それは各国の「国内問題」を比較するというだけでなく、それらが国際的に連動した問題であるということを示しているのだろう。

*2:アメリカが「中南米を「アメリカの裏庭」として、自国の勢力圏とみなしてきた」ように、近代日本も朝鮮半島や中国大陸を「自国の勢力圏」とみなし、侵略と支配を及ぼそうとしたのだが、そこには「明確な戦略と方程式」と呼べるようなものはなく、結局、泥沼的な自滅と敗戦に至ったということではないか。 ▲後で思い出したのだが、仲俣暁生氏の『極西文学論』(2004年)は、たえずフロンティアを求めるアメリカの「西漸運動」が太平洋を越えて日本にまで及んだという視座を提示している。仲俣氏によれば、アメリカは「建国の初めから「西向き」の運動を内包していた」のであり、「明白なる運命」(マニフェスト・デスティニー)と呼ばれて正当化された「その過程では多くのネイティヴ・アメリカンやその他の先住民の血が流され、彼らの土地が奪われた」。そして「一八九〇年に陸のフロンティアが消えたとき」、その先の「平和の海」(パシフィック・オーシャン)へと西漸運動は継続された。そして、ペリー来航による「開国」後の日本でも、「日本列島の西方にフロンティアつまりwest-more-landがあることを、多くの人びとが信じた時代がかつて存在した」。その「行きつく果て」がノモンハンだったというのが、仲俣氏による村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』の読解である。ただ、少なくともこの『極西文学論』では、アメリカの「南」(中南米)への介入は視野に入っていないようにみえる。 ▲ちなみに、伊藤氏によると、ペリーは日本に来航する5年前、メキシコとの戦争で「米海軍メキシコ湾艦隊司令長官としてベラクルス攻略作戦を指揮した」人間だという。ペリーの「開国」要求は「捕鯨の便宜を得る」ことや通商のためだったが、「琉球王国だった沖縄に上陸して一時的に占領し」たり、小笠原諸島を「石炭供給の港とするために土地の一部を買い」、アメリカに併合しようとするなど、「領土拡大の意図」も持っていたというのは見逃せない。

*3:もともとそれは、中米に鉄道を建設する過程で、「鉄道沿いの余った土地にバナナを植える」ことから始まったらしい。当初は「鉄道の建設資金のためにバナナを作っていた」が、やがて「バナナを運ぶために鉄道を作る」ようになったと。 ▲鶴見良行『バナナと日本人』(1982年)は主にフィリピンのバナナ農園の問題を扱った本だが、確認してみると、最初のほうに中南米のバナナ産業のことも少し触れられていた。

*4:エマニュエル・トッド氏は、アメリカによるイラク戦争に際して、ドイツとフランスが「ノー」と言ったことを受けて、「この外交危機の間、同盟国の離反が起っても、ワシントン政府はその都度反撃し、強制力なり報復能力なりを行使することはできなかった」と指摘している。《どこかの国がゲームの規則を守るのを止めて、アメリカ合衆国に「ノー」とでも言おうものなら……と思いきや、何と一同が驚いたことには、何も起こりはしないのである。》(『帝国以後』「日本の読者へ」2003年)

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