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イエスのヒーリングは本物のシャーマンには敵わない
http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/609.html
投稿者 中川隆 日時 2010 年 7 月 17 日 00:52:51: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: 独占インタビュー 元弟子が語るイエス教団「治療」の実態!! 投稿者 中川隆 日時 2010 年 7 月 11 日 23:15:00)


アイヌのシャーマンの治療分野として大きく以下のジャンルがある。

1.ウェインカラ(透視・千里眼)
霊的障害(サイキック・アタックなど)、心的要因、具体的要因を透視して呪術を施したり、その障害の具体的な治療方法で対応するもの。「空」の境地に入るといわれる。

2.トゥス
治療師のトレンカムイ(憑き神)や患者の先祖などを降ろし、トゥスクル(トゥスする人)の肉体をそれらに支配させ、病因や治療の方法を託宣いただくもの。 いわゆる「トランス状態」に持っていくため、トゥスクルの神憑りの間の記憶はないらしい。

3.ウェポタラ
祈祷師による呪術に準すると考えられる。魔実的要素が濃い。

4.フッサラ
悪霊の嫌う薬草や植物などをを用いて祈りと共に病人に憑く悪霊を追い払うもの。 ウェンカムイ(悪霊)払い。

6.薬物療法(単品・複数のアレンジの治療法)
多くは、民間伝承によるが、霊的なアドバイスにより薬草は個別性に応じて配合するらしい。 筋骨格系、神経系に働きかけ、歪みの矯正、身体のバランス保持やリラクセーションをはかる。 カイロ、整体、指圧、マッサージなどのボディワークの概念を含むとされる。

9.テクマウ(手当て療法)
カムイへ祈り、行う手当て療法。外気功に対応するらしい。

これらの秘儀の継承は家系的に受け継がれるのもと、臨死体験し、魂が持っている要素を引き出し秘儀を授かることが多い。

REF034 二風谷アイヌのウェポタラ 1     Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 1         N.G.Munro D-2
13'00" 1933 白黒サイレント
94011001 (ORG・RETAKE)(Hi8), 92090202 93052603 (AGFA版・字幕無・チセノミと混)(Hi8), 96030801 (非復元版・日本語字幕・チセノミ混)(β-CAM)     

帰化スコットランド人医師N.G.マンローは、第二次大戦前、二風谷アイヌへの医療と健康改善につくしながらアイヌ研究を続けた。その中で撮影され、生前未完成に終った悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その1(原版16mm)。エカシの祈祷(アッツシ、イナウ)、儀礼(庭先、家の脇:樹の枝)、治療(庭先・川岸、数種類のイナウ)、樹に祈祷(刀、着物を治療に使用)、火のついた草束を患者がくぐる、エカシの踊り(イナウ、刀の使用)、女性の踊り


REF048 二風谷アイヌのウェポタラ 2      Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 2     N.G.Munro D-2
15'00" 1934 白黒 サイレント
92090202 93052603 (チセノミと混じっている)(Hi8)     

N.G.マンローの悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その2(原版35mm)   

川辺での治療、家の脇での呪い・治療、織物(糸紡ぎ、アットゥシを織る)、揺り篭の子供をあやす、赤ん坊を背負う、頭にのせたものを運ぶ、炉端の周りに集まり食事をする、女性の踊り、輪舞(男女)

http://tokyocinema.net/far-eastlist.htm


不思議なアイヌの超能力


アイヌの霊の世界 (小学館創造選書 56)を取り上げたいと思います。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%81%AE%E9%9C%8A%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E5%89%B5%E9%80%A0%E9%81%B8%E6%9B%B8-56-%E8%97%A4%E6%9D%91-%E4%B9%85%E5%92%8C/dp/4098200562


著者の藤村さんは、アイヌ研究の第一人者で、
現在は北海学園大学の名誉教授ですが、
以前、開拓記念館の研究員をなさっていたときに
主に道東各地のアイヌ文化に関してフィールドワークを実施し、
さまざまな長老の方々と語り合う中で徐々に受け入れられ、
その本質に触れていくことができるようになったということでした。

この本の中で「憑き神」について述べられているところを要約しますと、


・誰にでも憑き神は憑いている。

・憑き神は人が生まれるとともにこの世にやってきて、
 その人が死ぬとその霊共々あの世に返っていく。

・先天的に憑いて来る霊には2種類あり、1人から最大3人で-ある。

・後天的に憑く霊は4種類ある。
 非常事態(たとえば病気)などのときに助けに来たりする霊もいれば、わるさする霊もいる。

・個人以外に人間の集団に憑く神もある。家系や村などの集団組織ごとにいる。

・同じ憑き神が複数の人を渡り歩くことはない。

・その人の動きやしぐさを観察すると、その人の憑き神がわかったりする。

・憑き神を知るためには「トゥス(シャーマン)」のところへ言ってみてもらうと判明する。

・その個人が成長するとともに憑き神も成長し、老化する。


…などなど、という感じですね。

現代スピリチュアリズムで言うところ「守護霊」とは同じ雰囲気のところもあれば、
そうでないところもありますが、大きな差異が見られるわけではない、とも思います。
「わるさする神もいる」、ということですから、それは「憑依霊」として分類されますね。

「守護霊」というと、なんでもかんでも守ってくれるもの、と勘違いしそうですが、
「その人(集団)の成長を助けてくれる見えない存在・神さま」と考えるほうがあっているようですね。

そして、それらの憑き神などの存在を、
普段は意識できないように、この世界もできているわけですが、
どうもこれはちゃんといるんだなーと感じる体験ができるのが、
上記にもあったシャーマン的な特異能力を発揮するような人に出会ったときですね。

http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/023/


本の中に「不思議なアイヌの超能力」という章があり、
そこには巫術行為(トゥス)の系統について述べられています。


 ・トゥスは世代世襲制である。家系をはずれてトゥスができるようになる人はいない。

 ・母親がトゥスをする人であって、子供が誰もできない場合、
  母方の兄弟の子供にできる人が現れたりする。

 ・例えば、姉がトゥスをよくする人で、その姉が急死した場合、
  ぜんぜんできなかった弟が代行する場合などもある。


ということで、霊能力には家系が非常に大切と言うことも分かります。

そういえば有名な霊能者さんのお話を聞くと、ご先祖様が霊能者をやっていた方もいらっしゃいますし、
そのままでなくても、お医者さんだったり神主さんお坊さんだったり、という方が多いような気も致します。

そうするとその方の拝む対象や、浄化の仕方なども自然とその系統を受け継いでいくようです。

また「ノイポロイクシ」と呼ばれる能力もあるそうで、
著者の藤村さんがご存知でそれができるという方はお二人いて、まずある古老の方は、


 ・あるときに「頭痛」がして、そうすると五分以内に来客が来ることがわかる。

 ・その来客も遠方から来る見知らぬ人に限って起こる。

 ・必ず頭痛する部位が、頭の右か左に偏り、
  左の場合は位の高いような大切なお客であるし、右の場合は並の人である。

 ・「はげしい頭痛」がある場合は、とてつもなく偉い人の来客である。


ということであり、もう一人のおばあさんの場合は、


 ・来客する1時間か30分くらい前に頭痛が走る。

 ・荒々しい頭痛の場合は女性の来客で、緩やかなときは男性の来客である。

 ・訪問理由の概略と来客の年齢まで分かる。


という感じで、来客に関して分かるという共通点はあるものの、
細部の情報の伝わり方はそれぞれ違うようなのですね。


それで、「どうして分かり方がちがうのか?」というのは、
私の考えでは、おそらく頭痛が走るようなやり方で、その方々の「憑き神」、
つまり「守護霊」さんたちが教えているのからなのではー?と思うわけですね。
つまり、憑き神さんたちとその受け取る人の能力差によって、
サインの受け渡し方法が違うのだろうと思うのです。

ですから、いろいろ便利そうだからと
若い人などが興味本位で超能力を伸ばそうとしてもそうならないのは、
きちんとそれぞれの憑き神さんが受け取る人の能力や人格を配慮して、
受け取る準備ができている人のみに、お知らせを送っているためと思われます。


ちなみに後のおばあさんの場合は、嫁いだ先のお姑さんがそういう能力があった方で、
離婚した後、自分の故郷に帰ってからご自分にも能力が出てきた、ということですから、
霊能力には実際の血のつながりだけでなく、さまざまなご縁も非常に大切なのかもしれませんね。

そのほか、この本にはカラスの鳴き方でもって来客や死別、
向かいの家でご馳走がある、それが自分の家に回ってくるか、こないか(笑)、
天気のよしあし、豊漁の有無などもわかる、ということですから、
カラスさんもいろいろ考えておしゃべりしているものなのだなーとも思いますが、
今ではすっかり忘れられている以心伝心的なコミュニケーションがあったおかげで、
昔の人々も厳しい自然の中で生き延びて来られたのかもしれないと思いましたね。
http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/024/

アイヌ文化の中のスピリチュアル的な行為の代表としては、
ツス(降霊現象)とウエインカラクル(観自在・千里眼能力)が挙げられるかと思います。

要するに、恐山のイタコさんのような力のある方が村の中にいて、
何か問題が起こるとお伺いを立ててことなきをえた、ということですね、
いわゆる「シャーマン」がいたわけです。

具体的にはどのような感じだったかということで、
今でも活躍中の方がいらっしゃればよいのですが、
なかなか「アイヌ式」などと謳っておやりになっていらっしゃる方は居ないようなので、参考文献として


『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ―伝承の知恵の記録』
 青木愛子 述 長井博 記録
   樹心社 1983年 新版2001年 ¥2000+税

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795224803/reborn0a-22/250-1298541-7861852

の記述をお借りしますね。

『ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。
対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前にいる相手でなければならないということはなく、
電話に出ている1千キロ離れた相手であってもかまわないし、
今どこに居るかわからない人のことであってもかまわない。
想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。
治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。

開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。
貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。
こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヶ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。
生まれる時の様子が見えるので、雄か雌かわかる。

商売の運勢を見てもらいに人が来る。
その商売で動くおかねの様子が見える。
ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。』


…ということで、この本に出て来る青木さんも、
なかなかお見通しな方だったようですねー。
見たくなくても見えてきてしまう、とのことですから、
とても霊感がおありの方だったようです。

それで、そのような能力というのも、
青木さんの場合は、若い頃に死の淵を彷徨ったことから始まったようですね。

臨死体験をして、あちらの世界へ行きかけたのだが、
「お前はまだやりのこしたことがある!」とかなんとか
守護天使さんのような方に言われて舞い戻ってきたら、
いつのまにかそのような能力が付いていた、という体験談も良く聞きますよね。

また強制的に臨死体験をするようなことをして霊感を高める修行は、
各地の伝統宗教などにも良く見られますね。

ネイティブアメリカンの方などでは
呪術師見習いがひとりで少しだけの食糧を持って荒野をさまよい、
精霊の声の導きを待つ、といういわゆる「ヴィジョンクエスト」などもあり、
ほんとに命がけで行なったようです。

ただ共通しているのは、「見える」ようになるということは、
自分ひとりの力で行なっているわけではないと言うことですね。
ただ、聴きに来る方は「その人自体がエライ先生」と言う風に祭り上げやすくなってしまうので、
霊能者自身も勘違いしやすい、道を誤りやすい、という弱点もあるようです。

そのような能力があっても青木さんのようにずっと謙虚な姿勢を保つというのは
霊能者自身にとっても難しいでしょうから、様々な人にできるだけ救いの手を差し伸べると言う事と共に、人間的にバランスを保つというのは、この世に学びにきている大きなテーマかもしれません。
http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/020/

アイヌ最後のシャーマン_青木愛子フチは「ウエインカラ」ができたそうです。

それは何かというと「千里眼」ですね。

「陰部まで見える」って書いてありましたから、よっぽど見えたそうです、でも見たくない人のも見えて困ったと思いますが。それはがんばってようやっと女湯覗けたらおばあちゃんだらけだった(小6の修学旅行にて)、という感じでしょうか?(^^;)

まぁつまり彼女は数少ない本物のアイヌ霊能者「ウエインカラクル」だったのですね。


たとえばある方が見てもらいに来て、封筒にお金をいただく、そうするとあける前に金額がわかる、そしてそのお金は借金したものだということが見える、だとするとなかなか受け取れない、というような感じだったそうです。

この方は10年位前までご存命だったそうですから、なかなか現代の神人のようだったんだなぁーって思いますね。

あとは「ツス」といって神がかりになることですね、イタコさんのようになることがおできになったようです。

それでその「イタコ」という言葉の語源もアイヌ語にあるようで「イタック(言葉)オイナ(宣託)」の変化だそうです。

それでははー出てきました、アイヌ語で「守護霊さん」というのは「トレンペヘ」って言ったそうです、「憑き神」っていうことですね。

だいたいどんなに凡人でも3人くらい憑いていて、守っているようです。自分の子供の憑き神は大体見ていれば親がわかったそうですが、わからん場合はこういう人に頼んでみてもらったそうです。ご先祖様がどうとかもですね、沖縄ではユタさんがそうですね。

そして書いてあります。


『一人ひとりが持っている光(注:オーラ?)が見える。

明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。

何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚せい剤、物欲の強い様子等が見える。


ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。

現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。』


ということですね。自分なんかは細かいことは見えないですが、おそらくこの光の量というのは良くわかるんだと思うんですね、ですから、自分が遠くから見ていてもそれは結構良くわかるので占いができるんだと思いますし、あまりはずさないのかな?って思うんです。でももっとはっきりわからないとあかんなぁーっては思いますね(^^)。
http://blogs.yahoo.co.jp/fy3on3/6770078.html


ウテキアニ(育みわかちあう愛) 青木愛子ババの一周忌に思う

1989年の秋、日本列島の「気の文化」を考える上で、また日本人の生き方を見つめ直す上でも国内の先住民族・アイヌの伝統文化を学ぶことが最も重要なことだと考えた津村喬さんから、「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修名で私と連れ合いにコーディネートをしてほしいという要請があった。 

その前年、私は一年近くアイヌの人達と仕事をしたおかげで、道内のかなりの数のアイヌの人達と知り合っていた。とりわけアイヌ語でカムイノミ(神事)のできるエカシ(長老)や伝統的な女の手仕事を身に付けているフチ(おばあさんの尊敬語)との出会いは強烈で、北海道で生まれ育ってはいたものの今まで実際には知る機会がなかった目に見えない世界・魂の領域を私が意識するようになれたのもこの頃からだった。

 ぜひ年内に第一回目を実施したいという津村さんからの要請を引き受けてはみたものの具体的な提案はなく、全てこちらにおまかせ方式。これは大変な課題を背負ってしまったと悩みつつも、自分が出会い感動したアイヌのコスモロジーをなんとか他の人達にも伝えたいという気持ちがいわば私のエネルギーになっていた。

 アイヌの伝統文化の根幹に学ぼうとするならばシャーマニズムは不可欠なものだが、沢山出会ったアイヌの人達から今もシャーマンがいるという話は一度も聞いたことがなかった。よく考えてみれば、和人がいっきにおしよせた明治以降、厳しい同化政策が一方的に進む中でアイヌの信仰やシャーマニズムの世界は特に差別の対象にされてきたのだから、私が知り合ったアイヌの年輩者達がそれらの事を今でもそう簡単に口にすることはできなかったのだろう。

はたして薬草や呪術的な世界に精通したシャーマンは今も存在しているのだろうか。

どういう組み立て方にしようかと考えあぐねた私は、「アイヌ自然医学」というテーマの研修をするならばやはりこの本しかないと思ったのが『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ(樹心社)』だった。

これは札幌在住の写真家で伝承医学研究家の長井博さんが記録した本で、アイヌの伝統医術の世界、とりわけ人間の誕生・出産に関するコスモロジーが青木愛子ババを通して驚くほど豊かに語られていた。

アイヌに関する書籍は次々出版されていたが、この本のように一人の実在するシャーマンの口から伝承医術が具体的に語られている内容のものは当時これ一冊といってよかった。

 表紙の言葉をそのまま紹介すると

「青木愛子はアイヌコタンに代々続いた産婆の家に生まれ、古代から継承されて来た産婆術(イコインカル)、診察・治療のための特殊な掌(テケイヌ)、薬草(クスリ)、整体手技、あるいはシャーマンとしての技量をも駆使して(ウエインカラ ツス ウエポタラ)、地域住民の心身健康の守り役、相談役として活躍している。

本書は十年にわたって愛子の施療の実際を見、その言葉の一つ一つを丹念に記録して、アイヌの信仰と文化の実態に迫った伝承の知恵の書。」

と書かれていた。

 研修の核となりうる存在はこの人だと思ったもののいっさいの噂を耳にしたことがなかった当時の私は、もしかしたら亡くなっているのではという不安をいだきながら大急ぎで愛子ババ探しを始めた。しかし、意外にも出会いは短距離で実現した。ババは二風谷に健在で、親しくしていた樺さんの母方の叔母さんにあたるというのだ。

「連れては行くが、それから先の話は自力でやるように。」と樺さんに念をおされながら私達が訪ねて行ったのは研修実施一ヶ月前の事だった。

初めて訪ねて行った時の愛子ババは、すでに産婆としての現役時代を終えてはいたものの、鋭い眼光でいきなり「アイヌのモンキー見物に来たのか!」と煙草をふかしながら言った。

参ったなあと思うほどこちらを見透かすような強い眼力と迫力で、こういう人には素直にしなくてはと思った途端、

「なしてそんな青っちょろい顔してる。」とババは連れ合いに向かって言いながら自分の近くに手招きした。

私達がそばににじりよるとババはポイと煙草をほおってよこした。

「いいから二回吸ったらババさよこせ。」。

連れ合いが言われるままに煙草を吸いババに戻すと、今度はババがまたその煙草を一口大きく吸い、薪ストーブの焚き口を開けて火の神様にアイヌ語でなにやら祈りはじめた。私達にはアイヌ語は解からなかったが、何か連れ合いのために神々にお願いしてくれているということはよく伝わりありがたい気持ちになった。


 この時、愛子ババは私達と初めて会ったのにもかかわらず、連れ合いが帝王切開かつ仮死状態で生まれ、決して丈夫とはいえない体で育ち、一ヶ月前に母親を癌で亡くしたせいで身も心も疲れており、父親も病弱で心配の種であることなどを瞬時にして感じとっていた。

質問などいっさいなしで、ババの心の中には連れ合いのことが色々観えてしまっていた。ババはこういうふうにいろいろ観えてしまうことを“胸の知らせ”と言っていたが、初対面で私達はいきなりシャーマンが持つウエインカラ(千里眼)の力を思い知らされた。

 祈り終わるとババはすぐに

「ババのこと信じるか。」

とたずね、私達が信じますと心からそう思って答えると、

「ババのことを信じてこの薬草がなくなるまで煎じて飲めば丈夫になる。間違いないから。」

と言いながら部屋中にぶら下がっている薬草の中から連れ合いに必要なものを選び、無造作に渡してよこした。そして何度も

「あんたのためにやる薬だから他の人には絶対やるんじゃないよ。信じて飲めば効くんだから。」

と言った。

その時ババが連れ合いのために選んだ薬草は、ヤマニンジンとシケレベ(きはだの木の実)、キトピロ(行者ニンニク)だった。

この日、私達はアイヌのシャーマンがウエインカラ(千里眼)と薬草術によって人を癒やすことを身をもって体験した。そしてババは一ヶ月後に研修で訪ねて来る人達にも会うことを約束してくれた。

 再び二風谷を訪れるまでの間、連れ合いはババの薬草を毎日煎じて飲み、どのくらいからか記憶はさだかではないが一ヶ月後には慢性的な下痢が止まり、血色の良い顔になっていた。

生まれつき胃腸が弱いせいか下痢状態の便があたりまえだった彼にとってこれは画期的なことで、どんなに沢山食べても痩せていた体に少しづつ肉がつきはじめていた。


■89年12月、慌ただしい師走の隙間をぬうようにして「アイヌ自然医学を訪ねて」の第一回研修ツアーは実施され、冬〜夏〜秋〜春と季節を変えながら4年続き、5年目は京都気功会の企画として、さらに翌年は春なお寒い道北の白樺樹液採集の森を訪ねつつ通算6年間行なわれ、延べ120人余りの人達が参加した。

 研修内容は毎回かならず二風谷を訪ねて愛子ババと歓談することをはじめ、大長老の葛野エカシや亡くなった織田フチ、木幡エカシ、当時まだ国会議員ではなかった萱野茂さん、杉村京子フチ、千歳コタンのフチ達、その他多くのアイヌの人達の様々な協力に支えられた。チプサンケ(舟おろしの祭り)やラォマップ・カムイノミ(伝統漁法による鮭迎えの儀式)にも参列させてもらった。

また、不治の病いを愛子ババに助けられ、それ以後伝承医学の研究をライフワークにされている長井博さんには、ほとんど毎回お話を聞かせていただいた。


しかしなんといってもこの研修の核となったのは愛子ババである。回を重ねるごとに急速に体調を崩していったババは、入退院を繰り返し、こんどは無理かなと思っていても不思議に研修ツアーの時は自宅に戻っていて皆に会い続けてくれ、毎回参加者とババとの間にはなにかしらのドラマが生まれた。

 ババはウエインカラでその人の不幸や心の傷を観てとると、「かぁわいそうにぃ〜。」と独特の言い方と眼差しでその人を包んだ。いきなりとも言えるその愛の癒しに沢山涙を流した人達がいた。

「いつまでも空家(独身)にしとかないで、もっと素直になれ。幸せになんないばだめだ。」と言われた人。

「真っ直ぐいけ。真っ直ぐいってどんとぶつかれ。」と言われた人。

「あとはここ(胸のチャクラを指差して)、ここの窓を開けばいいだけ。すぐそこまできてるんだから。」と言われた人。

「今のこの人と一緒になれば幸せになるから。」と言われて翌朝すぐに相手の所に行って結婚を決めた人。


ババは終始一貫して皆に最愛の人を見つけ、結婚して幸せな家庭を育むようにと言っていたが、大宇宙の法則からしてそれが自然な営みなのだから自然に逆らわずに生きることが一番だと説いていた。

 また、ババは参加者の何人かの手を握り、ほんの少し手相を観てはその人の不幸や具合の悪さをいったん自分に引き受けその人を癒した。

「なんともない。だいじょうぶだから頑張って。」とババに言われた人は、手を握られている間に悪い手相が消えていた。不思議な話だが本当だ。

ババの説明によるとその人を癒そうとする時、その人の病いや悩みをババはいったん我身に引き受け、その後自力あるいは自分の憑き神様達の力で、引き受けた悪いものを自分の外に祓い落とすのだそうだ。 

皆と歓談しているうちにフゥーフゥーと肩で大きく息を吐きながら、水をがぶがぶ飲むこともしばしばで、

「憑いてた悪いもん引き受けてやったしょ。したから火照って、火照ってどうもなんないしょ。」

と私に耳打ちしながら着ている物を次々脱いで肌着一枚になったこともあった。


こうした“いったん我身に引き受ける癒し”の行為にはものすごいエネルギーを必要とし、歳をとり体が弱ってきたババにはだんだんそれがしんどくなっていた。それにもかかわらずババは自分に助けを求める人が傍らにいれば、たとえ相手が無意識でもつい手を差し伸べ悪いものを引き受けてしまっていた。

 愛子ババは、優れたイコインカラクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、薬草や整体を含める各種療術師であった。カムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)も行ない、さらにはウェプンキネ(看取り)も行なっていた。その人がさわやかにあの世へと旅立つことができるようにその人のトゥレンペヘ(憑き神)と話し合ったりしながら臨終に立ち会うこともしていた。

 これについては昨年9月に出版された『女と男の時空: /ヒメとヒコの時代(藤原書店)』という本の中で、旭川医科大学助教授の松岡悦子さんが「魂を見守る人」というタイトルで愛子ババのことを書いている。84年から88年までの4年間に松岡さんが愛子ババのもとに通って話を聞いたもので、これを読むと愛子ババを通して知るアイヌのシャーマンの役割とは、総じて「魂を見守る」ということなのがよく解る。

助産を意味するイコインカルは見守るという意味であり、臨終を看取るウェプンキネということばも見守るという意味なのだそうだ。

つまり愛子ババは直接的には生まれてくる赤ちゃんや死にゆく人を見守りながら、この世とあの世とを行き来する魂を見守る役目をはたしてきた。そしてこれまでアイヌのコタン(共同体)には、愛子ババのようなシャーマンがかならずいて人々の健康と生と死を見守ってきたのだ。


■私達が「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修ツアーをきっかけにして愛子ババと出会った時、ババはすでに現役時代を終えて少しづつあの世へ旅立つ準備を始めていたともいえる。八人の子宝に恵まれ、皆無事に成人してはいたものの私と同じくらい歳の末の娘さんは不治の病いで病院生活が長く、どんなに他人を癒すことができても我が子にその力は効かないのだとババは時々シャーマンの運命を悲しそうに語った。

 私達は6年間、ババと一緒に食事をし、歓談し、研究者のような質問をさけ、ただただ一年に一度皆でババに会うのを楽しみとした。「たまげたなあ。皆、心のきれいな人ばっかしでないの。」とババは大きな目を見開いて言い、かならず皆のためにアイヌ語で祈ってくれた。津村さんが愉気をしてあげるととても気持ちが良いと喜び、「先生こんどいつ来る?。ババの生きてるうちにもう来ないっしょっ。」とわざとだだっ子のように言うのが口癖だった。

 そんなババが第4回目春の時には一緒に山に入り、子供の時よく遊んだというカンカンの沢まで行った。途中茂みの中に生まれてまもなく亡くなったお父さんの霊が姿を現わし、ババはうわさ通りの立派な風貌だとすごく喜んだ。その日の夕方、ババは今まで自分が祝い事の儀式の際、神々と交信するために用いてきたトゥキ(お椀)とトゥキパスイ(捧酒箸)を参加者全員の前で津村さんに贈った。

唐突にお祈りを始め「このトゥキをシサムのツムラに贈るのでカムイよどうかそれを許して祝ってください。」というような内容の祈りが終わると、なんの説明もなしにいきなり津村さんにあげるから持って帰れと言った。津村さんが驚いて「こんな大事なものはいただけない。」と断わると、「甥っこや娘らが持つよりも先生んとこさいくほうが生きる(トゥキが)から。祝い事にしか使ってこなかったんだよ。なしてさっさとしまわない。」とババは相変わらず乱暴な口のききかたをし、隣りにいる私になぜ津村は受け取らないのかと目で言った。ババは津村さんを代表にこうして自分のもとに集い、自分からの一方的な愛だけでなくお互いに癒し合う交わりを本当に喜んでくれていたのだ。

そしてこれから先も手渡した神器が愛と幸せを祝う働きをなしていくようにとババは願っていた。恐縮している津村さんをうながしてババからの贈り物を受け取ってもらいながら、私は全員がこの神器と共に大事な心をババから託されたという実感を抱いた。


■ババがあの世へ旅立ってからも、時々私にはあの独特な話し声が聞こえてくる。

「自分が今までこうして生きてこれたのも、愛のおかげさ。こんな田舎の、それもうんと昔に、なしてババに愛子なんて名前ついたのさ。“愛”でしょ。愛のために生きる人になれって、愛をみんなさ伝える人になれって、どっか上の方(神様)でババの親にそういう名前をつけさせたのさ。

アイヌもシャモ(和人)も全国世界中、神の道は一つなんだよ。“ウテキアニ(註:ウ・互いに テク・手 イ・それを アニ・執る)”さ。解かるかい。

こうやって(自分の両脇にすわった人の手を握り)あんたもあんたも(目で一同に手をつなぎ合うよううながす)ほらこうすれば伝わってくるっしょ。これがウテキアニ。これが愛でしょ。」。研修ツアーで遠くから訪ねて来た皆にババが一番伝えたかった話だ。

 癒しにおいて大切なのは超能力や技術よりもむしろ愛だということは、愛子ババだけでなく多くのヒーラーが語っていることで、気功でもそれは同じことだろう。世界が健康でなければ個人の健康もないという立場も愛を基にしてこそ成り立つものだ。

自分では何も書き残すことのなかった愛子ババは直接触れ合った私達に、大切なものの伝え方、遺し方を教えてくれた。ババの愛に包まれた者は、また自分が出会った人にその愛を手渡していけば良いのだと思う。今は神戸で暮らすババの神器が、協会のこれからの活動の中で、津村さんのそして私達の人生の中で、愛と幸せを祝うことができるようにと祈りたい。
http://www2.comco.ne.jp/~micabox/grugru/aiko1.html

青木愛子の人となりを簡単に紹介するならば、収入になるかどうかの問題は置くとして、アイヌ世界のプロフェッショナルとしてのイコインカルクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、クスリや生体を含める各種療術師であるといえよう。

…巫女の側面としては、ツス(降霊現象)とウエインカラ(千里眼)がある。ツスは昭和二十一年五月(三十二歳)に始まり、ウエインカラは章は三十年(四十一歳)、癌の手術で死にかけた時から始まっている。

例えば人生相談のものが来て、すでに他界している先祖の霊にお伺いしたいというようなことで、愛子の肉体に死者の霊を降ろして語らせる現象をツスと呼ぶ。

ウエインカラ、いわゆる千里眼で何でも見えるようになると、人生相談の者が来てもツスをする必要がなくなり、もっぱらウエインカラして見るようになる。巫女として、他の種々のカムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)等も行う。


というわけで、愛子さんも小さいころから能力があってということではなく、途中からよくわかるようになって来た方のようですね、さらに、女系の方は代々そのような能力をお持ちの方のようです。

では実際にはどのような感じでわかったかというと、

距離と時間を越えて見える

ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前に居る相手ではなければならないということはなく、電話に出ている一千キロ離れた相手であってもかまわないし、今どこに居るかわからないある人のことであってもかまわない。想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヵ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。生まれるときの様子が見えるのでオスかメスかわかる。
商売の運勢を見てもらいに人が来る。その商売で動くお金の様子が見える。ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。

…例えば、一緒に居る人たちには見えないのだが、愛子にだけは大蛇が沼に居るのが見える。

死者の霊が見える。例えば愛子の親しい友人が交通事故で死亡した。死亡してから四十九日目の間は、その友人の例が愛子のところに遊びに来るのが見えて、対話する。愛子にとっては日常的なことなので恐ろしいという気持ちは起きない。

四十九日が来ると、すでに死亡しているその友人の親族の霊が友人の霊と一緒に現われて歌をうたったりする様子が見え、その声も聞こえる。これは四十九日で終わる場合である。


またオーラはこのように見えていたようで、大変興味深いですねー。


一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚醒剤、物欲の強い様子等が見える。

明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽くしている様子が見える。ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。


と、なるほど、私も光の量が違うということは良くわかるようで、くすみが内ない人ほど良い人ですよね、しかし、もともと心が温かい人でも、さまざまなストレスがたまっているとその周りにくすみがたまっていってしまって、そのストレスを発散できていない状態が長い間続くと、もともと明るい朗らかな方もふさぎ込むようになってしまったり、ガンコになってお酒に走ったりというわけで、オーラの明るさというのはまず非常に重要かつわかり易いその方の性格、状況の指標になったりしますよねー(^-^)。

ですので、まずスピリチュアルなこと学び、またそれを人生上で活用していくときに、オーラがわかるのとわからないのでは結構差がつくような感じも、実は致しますね。

「そんなオーラなんて普通の人がわかるようになるはずがな〜い!レインボーブリッジも封鎖できませ〜ん!」

とあきらめてしまうのは簡単なのですが、まぁ自分としては自分が一応わかるようになったということは、もっと霊感体質で、かつ慈善的な活動なさっているような人はたくさんいらっしゃるわけですから、そのような方もうまくその能力を特に難しいことを学ばなくても活用できるようになる時代が来ると思うのですね。
http://www.uranaiblog.net/user/fy3on3/fy3on3/62550.html


歴代継承者について 本書より引用


この本の原稿締めきり間近になって、愛子からこれまでになかった伝承記憶を思い出して語られ、また筆者が再度フィリピンを訪れて確認した事実により、これまでの原稿をそのままにした上で、更に歴代継承者の項を設けたい。この部分を加えることによって歴代の輪郭がよりはっきりしてくるかと思う。

初代の産婆は1756年(宝暦6年)頃、現在のフィリピン共和国・バギオシティー、ラクナムの地、ルソン島北部山岳地方を支配したイゴロット族の聖地アシュラムで生を享けている。

この初代に産婆や薬草等の治療の技術、及び信仰について授けたのは、アシュラムの開祖である

ティエンチンイー(天静一)という名前の男性であった。ツスの中で初代の霊が名乗っている

天静一の名は、実は初代その人の名前ではないことがはっきりした。初代は降霊現象(ツス)の中で、自分の名前を名乗っていないというのが事実である。


天静一は、中国人名のようだが、現在までの筆者の調査によっても、その出身地は不明のままになっている。現在までに判明していることは、船でルソン島に渡りついた異国人である。

薬草その他の治療の技術にすぐれた男で、彼が瞑想の地と定めて住みついた場所が、後にアシュラムと呼ばれるようになったようだ。この地方はイゴロット族の居住域で、天静一はイゴロット族を中心にして周辺の少数民族の畏敬を集めた人物であったようだ。


初代の産婆はそのアシュラムから北海道まで渡って、シトシというアイヌレヘ(アイヌ語名)のシャモと結婚している。シトシはコタン(村)の人々をトバットミ(強盗集団)から護る役目等を持ち、初代の方は産婆や子育ての技術、薬草等の治療術を生かしながら、夫婦で北海道各地のアイヌコタン(村)を巡回した。


初代81歳の時に訪れたヤマモンベツコタン(現・沙流郡門別町庫富)が最後の地となる。初代は、アトイサムという名のシャモの老婦人のチセ(家)に身を寄せている内に急に容体が変化し、おせわになったその老婦人にテケイヌ(診療・治療のための特殊な能力を持つ掌)を継承して他界した。

この時、初代を追って来ることになっていた夫のシトシは、まだコタンに到着していな
かった。この時の老婦人、シャモの女性が二代目継承者になるのであるが、初代との間には血縁関係のないことを、念を押しておきたい。


この二代目アトイサムは出生地不明、1775年頃に生を享け、1855年頃に他界したようだ。

初代からの教育的伝承はほとんど受けておらず、カムイノミ(神儀)の儀式的な継承のみであった。アトイサムは自分の子供に継承せずに、1851年頃に生れたまだ幼ない孫に三代目するカムイノミを行ない、他界している。やはり実践教育的な継承の期間が、ほぼなかったといえる。

三代目ハイネレの夫はアイヌ語名・門別アンリケチュウという名で、比較的若くて他界したと伝えられている。シャモであったようだ。

四代目は、三代目ハイネレの第二子長女・ウコチャテクが継承して、20歳頃に13歳年上の貝沢ウトレントクと結婚している。ウトレントクの父親はウカリクン、母親はシュトラン、祖母カシテクン、二風谷地方の古いニシバの家系であったようだ。


五代目継承者の愛子は父ウトレントク、母ウコチャテクの第七子四女である。以上を簡単に整理すると、青木愛子に伝わるアイヌイコインカル(助産術)やテケイヌ等は、ルソン島のイゴロット族のアシュラム(聖地)から運ばれていることになる。

アシュラムの方にはヒーリング(心霊技術)が歴代継承され、既に他界したが、トニー・アグパオアが現れて、その手術の真偽が世界的な話題になったようだ。

真偽の問題を論ずる趣味は筆者にはないが、聴診器も注射もメスも使わずに手当てを
行なう特殊な掌をアイヌ語でテケイヌと呼ぶことを報告しておきたい。


二代目、三代目はヤマモンベツコタンに、四代目、五代目は二風谷に定住した。初代以降五代目まで、アイヌの信仰と文化の中で人生を送っている。

しかし、アイヌと結婚した者は、現在までの調査では四代目ウコチャテク一人が判明しているだけである。

http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeWorld/Books/Upashikuma.html


青木愛子さんについては

アイヌ民族 (朝日文庫) (文庫)
本多 勝一 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%B0%91%E6%97%8F-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%AC%E5%A4%9A-%E5%8B%9D%E4%B8%80/dp/4022613572

でも詳細に紹介されています。  

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01. 2010年7月17日 07:35:34: MiKEdq2F3Q

輪廻転生とシャーマニズム


 われわれには自我があり、それは脳などの有機的な組織に依拠しておらず、ゆえに死後も存在し続けると仮定してみよう。

では、その次にはどうなるのか?

一つの可能性として、霊魂は死した身体を離れた後ただちに、あるいは間隔をおいて生まれ変わり、別の身体に入って新たな人生を始めるという考え方がある。

実際、太古から特定の信仰を持った人々は死後の生まれ変わり、すなわち『輪廻転生』を疑わざる事実として受け入れてきた。

世界の主要宗教のうちヒンドゥー教と仏教の二つはとりわけそういった思想の中核を成しており、初期のケルト人のキリスト教会でも積極的に輪廻転生を教義として導入していた。
 
 近代科学の登場以前、人間には霊魂が存在するということ、そして死後の世界の存在は疑問を差し挟む余地もない“事実”であって、その存在を疑う者などほとんどいなかったのである。

世界宗教の教えはそれぞれ、独特の死後の世界観を持っていて、それは基底となる精神風土あるいは文化潮流によって大きく異なっている。前述したヒンズー教や仏教の教えでは、人は最終的に現世の苦しみを逃れ、最高原理である梵天との神秘的で至福に満ちた合体に至るか、涅槃に入るとされる。また古代ギリシア人、ローマ人、ヘブライ人は、死後の霊魂は暗いハデスや冥土に向かって旅立つものと信じられてきた。
 
 肉体は滅んでも霊魂は永遠に消えず、再びこの世に生まれ変わる――催眠術での『過去生』への退行、子供が突然思い出す他人の経験、あるいは大人の中にある『遠い記憶』、デジャ・ビュ(既視体験)の経験――生まれ変わりの証拠であるとされるこれらの体験を徹底的に収集かつ分析するため、中国国際生命科学院が大規模な調査を実施した。

同院の性現象研究室の科学者、賈天全(カーテンゼン)、張建佛(チョウケンウェイ)両教授はその調査結果から、輪廻転生の存在を確信している。調査では6人の転生が確認され、分析の結果、中国で起こった転生には次のような特徴があることが分かった。

転生は都市部では起こらない。中国の転生事例は辺鄙な山奥の小村に多く、人口の多い都市部には一例もない。

前世から今世への転生時間は一定しない。

収集した事例では4時間、4ヶ月、11年あるいは18年と“再生”に要した時間はバラバラであった。

前世の記憶は、3〜7歳くらいまで残る。

言葉を話せない2歳以前は不明だが、7歳以降は前世の記憶よりも今世の生活の比重が重くなるため、前世の記憶は薄れるか、時には完全に消滅してしまう。

転生した人間は、超能力を持つ人が多い。

調査では千里眼、予知能力、念力を持つ人や、心霊能力(死後の霊を実体として見る能力)を持つ人が確認されている。

前世と今世の性は同じとは限らない。

前世で男性だった人が女性に生まれ変わる場合もあるし、その逆もある。

生活習慣や趣味嗜好には前世の影響力があるとされる。前世で煙草好きだった人は、今世でも三歳の頃から煙草を吸っていたとか(オイ…)。

前世を思い出すのは、肉体的負担を伴う。前世のことを連日話したあと2、3日間、思い風邪のような症状になる人もいる。


 前世を覚えていると主張する人は世界中に数多く存在する。

しかし、よく耳にする批判の一つとして、有名な歴史上の人物の生まれ変わりと称する人があまりにも多すぎるというものがある。

1930年代には、ジョアン・グラントというイギリス人女性が、古代エジプト(ギリシアと並んで前世の話によく出る行き先)の華やかな人生の思い出を続けざまに脚色してみせて名声を得た。

他にも、スコットランド王ジェームズ四世としての前世を思い出した女性や、チャールズ二世の愛妾ネル・グウィンだったと称する女性などがいる。

しかし、アメリカにおける188件もの事例を対象とした最近の調査では、大半の被験者が矛盾だらけのお粗末な前世を思い出していることが分かっている。


◆逆行催眠と前世

 逆行催眠というものがある。

催眠術を使うことで、人を青春時代や子供時代、幼児期へと年齢退行させ、忘却の彼方にある過去の記憶を取り戻そうというものだ。

この逆行催眠を徹底すると、胎児の状態を超えて前世にまで遡ることができるという。

輪廻転生の研究においては、当初、意識的に前世を思い出すケースが対象となる事例の中で大部分を占めていたが、1950年代初めに催眠術の被験者が誕生の瞬間からさらに前世まで逆行することで、輪廻の証拠となる比類ないほど大量の情報を採集できることが発見され、この分野の研究は飛躍的に進歩した。俗に『前世逆行』と呼ばれる初の重要な事例は、1952年コロラド州で行なわれている。
 
 モーリー・バーンスタインという名のアマチュア催眠術師が、ヴァージニア・タイという若い女性に催眠術をかけ、精神を前世まで逆行した結果、彼女が1798年から1864年まで中流階級のアイルランド女性ブライディー・マーフィーとして生活していたことが分かったというものだ。

その時、タイは中西部アクセントからアイルランドなまりにすっかり切り替わると、19世紀前半のコークやベルファストでの日常生活について、説得力ある細かい内容をとうとうと述べたという。

バーン・スタインが1956年にこの事例の記録を出版すると、たちまち大評判となり、彼に倣って催眠術による前世逆行実験を行おうとする者が雨後の筍のように続出した。
 
 もっとも当時のアイルランドに関する記録はほとんど残っておらずタイの話を確認することは難しいことから、バーンの実験に疑問を呈する人も少なくない。

結局、逆行催眠で得られた記憶が本当に前世の記憶なのかどうかは、歴史的にも確認できる詳細な前世記録を収集し、その中に時代錯誤と思われるものを探すことでしか証明され得ないのだ。

催眠術によって極めて暗示にかかりやすい状態にある被験者が、催眠術師の誘導的な尋問によってヒントを得たか、あるいは知っている歴史記録をもとに空想を作り上げただけという可能性を完全に除外することはできないだろう。

 
 例えば、ハリー・ハーストという被験者は、前世逆行によってラムセス三世時代のエジプトに古代都市テーベが存在したことを記憶していた。

その他にも、彼はローマで広く使用されたセステルティウス硬貨を持っていたと述べた。

しかし、ハートの証言の細部を確認するように依頼されたエジプト学者は、そこに明らかな矛盾点を数多く見出した。

ラムセス時代のエジプト人なら、この都市を“オン”とは呼んでも“テーベ”とは言わない。テーベとは後代のギリシャ人作家たちがつけた地名なのだ。

さらに、エジプト人は歴代のファラオに番号をつけたりはせず、誕生や王位や治世の名前を複雑に大系立てて、同名異人の支配者を区別していた。
 
 当時のエジプト人がラムセス“三世”などという現代的な称号を知ってるはずがないのだ。

また、セステルティウス硬貨が初めて流通したのは、ラムセスの治世から1千年後のことだった。

しかし、このような決定的な矛盾点にさえ、逆行催眠による前世の記憶の妥当性が完全に否定されるわけではないと主張する研究者もいる。前世の記憶が現世の体験にどの程度ふるいにかけられるかの問題にしかならないと言うのだ。

研究者たちがこうした前提を認める以上、前世でイタリア人だった人がその記憶を英語で述べたとしても、被験者が空想にふけっているという決定的証拠にはならないということになる。

一方で、被験者が異国語を話した数少ない事例を調べれば、前世の記憶の信憑性をより確実に評価することができるという主張も確かであろう。
 
 心理学者イアン・スティーヴンソンは、逆行催眠の被験者がノルウェー語を的確に交えながら当時のスウェーデン語を流暢に話したという事例を紹介している。

しかし、こうした事例に対して心理学的な立場から有力な批判・反駁を行おうという研究者も存在する。その一人イアン・ウィルソンは人間の驚異的な記憶力を証明するある事例を挙げている。

ジャンというマージサイト出身の若い被験者は、1556年にチェルムズフォードで行なわれた巡回裁判で魔女として裁かれたジョアン・ウォーターハウスという少女の劇的な前世を思い出したと言う。

ウィルソンは古い記録を徹底的に捜索し、確かに同名の女性がこのときの巡回裁判で魔女として裁かれたことを確認した。
 
 では、ジャンの事例は輪廻転生の確固たる証拠になり得たのかというと、それとは逆だったのである。

当時の資料によれば、実際に裁判があったのはジャンが述べた日時から10年後の、1566年7月だったことが分かったのだ。

この混乱の元凶と思われる情報源は巷に流布していた巡回裁判に関する書籍であった。

ジャンの語った1556年とは植字工が犯した致命的な写植ミスであったのだ。

ジャンが、どこからその記憶を仕入れたのかは正確には指摘できなかったが、安っぽいラジオ・ドラマか少女漫画、あるいは図書館で隣の人が開いていたページから偶然的に拾った記憶だったのかもしれない。


ウィルソンは自分の研究結果をまとめて、次ぎのような結論を下している。
 
 催眠術下で得られる前世の記憶は、実際は、脳が記憶とは認識しない内容を想起するときに起こる無意識の剽窃、つまり“隠された記憶”という心理学的現象の例である。

ウィルソンはさらに、催眠術下でさまざまな人生を思い起こすのは、一般的には子供時代の精神的外傷(トラウマ)の結果として、一部の精神病患者に現われる多重人格になぞらえることができるとも示唆している。

生まれ変わり現象に対して、多重人格障害を理由に持ち出したウィルソンの主張は物議をかもしたが、1950年代以降、多重人格障害は催眠逆行療法と並行して増加傾向にあり今や世界的な広がりを見せている以上、彼の論点は軽視されるべきものではないであろう。

◆シャーマニズムと人格分裂

 興味深いことに、多重人格症の患者の中には分裂した人格のほかに不可解な人格、例えば死んだ人間の“魂”の人格が存在する例があり、『悪魔憑き』や『憑依現象』と勘違いされることがある。

また交代人格が、自分は複数の人間に乗り移っていた『霊』だと主張したケースもあり興味深い。

当然、そのような死者の記録を調査して、実際に該当する人物が見つかった例は皆無に等しく、被験者が潜在意識の奥で作り上げた空想上の“魂”であることは歴然としている。

このように近年、退行催眠で“思い出した”記憶には多分に被験者の空想が混在することが分かったため、すでに欧米では退行催眠の妥当性に対する信頼は大きく後退している。
 
 確かに被験者に催眠術かけ、記憶を遡って昔の自分に戻させることで、顕在意識の上では忘れてしまった潜在的記憶を呼び起こす退行催眠は、現在でも幼少時のトラウマをさぐる目的で心理カウンセリングなどで活用され、また宇宙人に連れ去られ記憶を消されたと主張する人たちの記憶を取り戻す目的で用いられることがある。

しかしその一方で、催眠術師あるいは心理療法師の誘導の仕方如何によって、退行催眠が偽の記憶を作り出してしまう可能性も警告されている。

カールトン大学のニコラス・スパノスと共同研究者は、このことに関する興味深い実験を行っている。
 
 スパノスらは被験者に、「自分の眼球運動と視覚探索能力がよく連動している」と信じさせ、それはベビーベッドの上で揺れるモービルのある病院で生まれたからと説明した。

そして、被験者の半数には「実際にそう確かめる」という名目で退行催眠をかけ、半分には幼児期の体験をイメージするようにという“記憶再構成誘導”を施した。

すると、催眠をかけられた人の56%、誘導を受けた人の46%が、実際にはなかった揺れるモービルの病院の様子を思い出したのだ。

あるいは退行催眠に依って前世を思い出したという事例は古来から存在したシャーマニズム、ないしシャーマンによる憑霊現象などと比較することができるかもしれない。

 
 多くの部族社会で重要な地位を占めるシャーマンは宗教や呪術を司る特殊技能者で、シベリア、中央アジア、北アメリカ、オセアニアなどの狩猟採集文化に広く見られる。

シャーマニズムは、シャーマンを中心とする宗教形態で、通常、そこでは精霊や冥界や霊の世界が一般的に信じられている。

シャーマンは恍惚状態に入ることで自己の魂を霊の世界に送り込み、霊と意思を通じ合わせる特殊な存在であるとされる。

その際シャーマンはしばしば幻覚や幻聴を引き起こす――彼らに言わせれば“神聖な薬物”を使用する。

例えばシベリアのシャーマンは、トランス状態や幻覚を起させる薬として、ベニテングタケやカラカサタケなどのキノコを煎じた液を飲む。
 
 多数の人類学者や古代宗教の研究者によれば、このように意識の変革を起させるためにキノコなどの幻覚性物質を用いるのは極めて古い時代、おそらく人類の歴史と同じくらい古いのではないか、と述べている。

古代ギリシアでは、エレウシスの神秘宗教の新入会員に“女神の姿が見えるようにするため”、特殊な菌類を飲ませた。

同じように、古代インドでは、ソーマというものが“神々の食物”であると同時に、神々の顕現に接したいと考える人々のために選ばれた食物でもあると言われていた。このソマの正体が、シャーマンが飲んだ何らかの幻覚性物質のようなものであろうことは現在では異論がない。
 
 さらにスペインの年代記作家ゴンサロ・ドビエドによれば、ネイティブ・アメリカンのシャーマンたちは、霊と意思を通じ合わせることができる秘密の手段を持っていたという。

「シャーマンは恍惚状態にあるように見え、また不思議な苦痛を感じているようでもあった。……

彼は意識もなく地面に横たわり、族長やその他の人々が自分たちの知りたいと思うことを尋ねると、霊がシャーマンの口を通して、きわめて正確な答えを与えた」


と彼は書いている。しかし、古代のシャーマンたちと同様、トランス状態に入る現代の霊媒師たちは幻覚性物質など用いていない。彼らが霊を憑依させる(厳密にはそう信じ込む)ための主要な手段はおそらく“自己催眠”であろう。

 
 先に多重人格障害について述べたが、シャーマンや霊媒師が“支配霊”とか“霊の導き”と呼んでいるものの大半は、この多重人格症の一例に過ぎないのではないか、という解釈である。

この場合“別の自我”は、表面に現われると本来の人格を完全に乗っ取ってしまうため、当人には別の人格になっていたときの記憶はまったくない。

こういうと、通常の多重人障害のパターンと、シャーマニズムの憑霊あるいは交霊会で霊媒が支配霊を呼び出すときの様子はあまりにも違いすぎる、という反論もあるだろう。

しかし、シャーマンや霊媒師は霊魂を呼び出す際に、ほぼ例外なくトランス状態に入る。とすれば、トランス状態の下で、霊媒が自分でも気付かないうちに別の人格を出現させたと考えることも可能なのだ。
 
 実際、この現象は精神病歴のない正常な人に催眠術をかけた際にも、不意に起こる場合があることが知られている。

ではこの場合、霊媒の出現させた“第二の人格”が特定の限られた人しか知り得ない情報を知っているのはなぜだろう。

これを説明するには、人間の心に潜む驚異的な力、俗に『神話作成』として知られる能力を引き合いに出さねばならない。神話作成とは、誰かが催眠術にかけられてトランス状態にあるときに、よく“過去生”という形で語られるものだ。

これは非常に説得力のある詳細な話や、神話を創作する能力を伴っており、その結果が一部の霊媒に“潜在意識の偽造”の能力を与え、死者の声や生前の癖や筆跡、さらには作曲やデッサンのスタイルまで真似る力を与えるという。
 
 実際に、催眠術にかかった被験者が、突然、通常の生活では気付いてもいなかった才能を示す場合があることはよく知られており、ある人は催眠状態で見事な絵を描き、またある人は巧みな歌を歌う。

人間は通常、脳細胞の1割しか使っていないといわれ、残りの9割の部分は無意識状態で普段は意識できない領域である。

催眠中に失われていた記憶を呼び戻したり、あるいは非常に重たいものを軽々と運んだりするなど、催眠術には脳細胞の残りの9割を活性化させる働きがあると言えるのだ。

潜在意識の偽造は、交霊会の霊媒師や恐山のイタコなどに特有の心理現象というわけではない。意識的であれ無意識的であれ、おそらくは死人の生まれ変わりを称する多くの人々に適用できると言わなければならないだろう。
 
 いわゆる前世を記憶していると主張する人々は、宗教的に輪廻転生が認められてるインドやスリランカ、その他アジア地域などで出生している場合が多い。

ヴァージニア大学の朝心理学者、イアンスティーヴンソンがインドで収集した事例の3件のうち2件は、貧しい境遇の子供が上位カーストの一員として前世を記憶していたという。

この場合、子供の側に願望的思考が窺えるだけでなく、生まれ変わった人格が元の家族に財産の所有権を主張する可能性も認められる。

実際、ヴィア・シンという子供が、前世での父親ラクシュミ・チャンドに財産の三分の一の分与を公然と要求したが、チャンドが不運にみまわれて新しい父親より貧しくなってしまうと、元の家族への関心を失ってしまったという妙に現実的な事例まである。
 
 スティーヴンソンが収集した有力な事例には、前世で負った傷跡に相当するアザを持った子供たちが数多く含まれている。

その一例がラヴィ・シャンカールというインド人少年の場合で、この少年は前世で惨殺されて首をはねられたアショーク・クマーという少年だったと主張した。

実際、スティーヴンソンはシャンカールの顎の下にナイフの傷跡に似た、細長いアザがあるのを発見している。しかし、アザは生まれ変わりが実在する決定的証拠にはとてもなり得ないのが実状である。

むしろ、このようなアザに合理的な説明をつけるために、わざわざ前世の記憶を作り上げたというのが本当のところだろう。とはいえ、多くの事例の中には、虚言や精神分裂症そして催眠による神話作成だけでは説明できない事例があることも確かである。
http://www.fitweb.or.jp/~entity/shinrei/rinnetensei.html 

「神々の糧」:トリプタミン幻覚剤と意識のビッグバーン

ホモ・サピエンスは5万年前に知性が爆発的に急成長し、アフリカから脱出した150人程度のグループが現在のすべての人類の祖先となったとされている。アフリカで意識のビッグバーンを引き起こしたものは何だったのか。

『神々の糧(Food of the Gods)』のテレンス・マッケナは、強いエクスタシー感覚をもたらす世界中の向精神性植物を比較検討し、アフリカ中部で幅広く植生し、人類祖先の食糧となった可能性があるのはトリプタミン幻覚剤を含有する植物・キノコ類ではないか、と推理する。

トリプタミン系のシロシビンを摂取すると視覚が鋭敏になり、性的な興奮を誘発するという実験を引き合いにしながら、マッケナは5万年前の激変を以下の3点から考察している。


■ 1. 鋭敏な視力は狩猟や採集を大幅に向上させ、食糧の大量確保が可能になった。

■ 2. 性的な興奮を引き起こし、人類の急速な繁殖に役に立った。

■ 3. シャーマン的なエクスタシーを経験し、超自然的な判断力・予知能力・問題解決力をもつ指導者が現れた。


視力向上によって「狩猟される側」から「狩猟する側」に転換したともいえる。裸眼視力が3.0〜5.0に上がっただけではなく、心の目による察知能力も高まり、安全な住み家や集落を確保したうえで、生めよ殖やせよ、が起こったのかもしれない。

やがて超自然との交流を専門にするシャーマンの家系が生まれ、神秘世界や生命現象が徐々にコトバで表現されるようになり、ここから宗教や文字社会へと発展した、と想像できる。

わたしが主張したいのは、初期人類の食物に含まれていた突然変異を起こさせる向精神性化学化合物が、脳の情報処理能力の急速な再編成に直接影響を与えたということである。

植物中のアルカロイド、とくにシロシビン、ジメチルトリプタミン(DMT)、ハルマリンといった幻覚誘発物質は、原人の食物の中で、内省能力の出現の媒介を果たす化学的要素となり得るものだった。<中略> 

この過程のもっと後の段階で、幻覚誘発物質は想像力の発達を促し、人間の内部にさまざまな戦略や願望をさかんに生み出し、そしてそれらが言語と宗教の出現を助けたのかもしれない。(p41)


著者はエクスタシー感の高い“ドラッグ”を以下の4つに分類する。


1. LSD型化合物・・・近縁はヒルガオ、麦角など

2. トリプタミン幻覚剤・・・DMT、シロシン、シロシビン(豆類など)

3. ベータ・カルボリン系ドラッグ・・・ハルミン、ハルマリン(アワヤスカのベース)

4. イボガイン科の物質・・・アフリカと南米に存在


余談だが、本書では『神々の果実(Magic Mushroom)』にも登場するベニテングダケについては、若干の向精神性はあるものの、安定的なエクスタシーはもたらさないとして除外されている。

私も『神々の果実』を読んでみたが、インドのソーマ(Soma)に関しては文献学的に説得力があるが、飲尿習慣を絶対の前提とするところが難点だ。また、神話学やユダヤ・キリスト教に関しては、拡大解釈が甚だしい。


ともあれ、人類の祖先がアフリカのトリプタミン幻覚剤で意識のビッグバーンを経験したと仮定すると、その後の放浪地では良質の幻覚剤に恵まれなかったということか。

エジプト脱出のモーゼは麦角(LSD)の知識が豊富だったという説もある。エレウシスの秘儀は麦角ビールのような特殊大麦飲料を使っていたという考察もある。だが、麦角は一歩間違うと大量の死者を出す猛毒物質でもあるため、扱いが困難だ。


アヘンは中国を攻略する薬物となり、“スピリット(精神)”と呼ばれるようになった蒸留アルコール飲料も、大量の中毒者を出して社会不安を広げた。

アヤワスカは現在注目されているものの、これを使っていた中南米の民族が戦略的な優位に立てていたかどうか。

砂糖・コーヒー・茶・チョコレートは、医薬品や催淫剤としては期待倒れだった。現代社会が抱えるタバコの害についてはすでに周知の通りだ。


現代社会では草原で狩猟をするような視力は不要であり、人類全体の視力は低下する一方だ。生めよ殖やせよの効果が効き過ぎたせいなのか、地球上の人口がこれだけ増えても年中型の発情は続き、それでも満足できず、「もっともっと」とドラッグを求めている。

残された快感と英知の世界は、シャーマン型のエクスタシーの世界だ。このエクスタシーを一般庶民が常時体験するような革命の日々は、果たして訪れるのだろうか。

モーゼが視たヘルメス蛇の幻想 ― 龍神イエスを導くマトリックス


ヘブライ大学の認知心理学の教授がモーゼ研究で面白いことを言っている。


◆AFP:十戒を受けたときモーゼはハイだった、イスラエル研究報告(2008/3/6)  旧約聖書に登場するモーゼ(Moses)はシナイ山(Mount Sinai)で神から10の戒律を授かったとされているが、それは麻薬の影響による幻覚経験だった――イスラエルの研究者によるこのような論文が今週、心理学の学術誌「Time and Mind」に発表された。

 ヘブライ大学(Hebrew University)のベニー・シャノン(Benny Shanon)教授(認知心理学)は、旧約聖書に記されている「モーゼが十戒を授かる」という現象に関し、超常現象、伝説のいずれの説も否定。

モーゼもイスラエルの民も麻薬で「ハイになっていた」可能性が極めて高いとしている。

 モーゼが「燃える柴」を見たり、聖書によく出てくる「声を見た」という表現も、麻薬の影響を示しているという。

 教授自身も麻薬を使用して同様の感覚を味わったことがあるという。

1991年、ブラジルのアマゾンの森林で行われた宗教儀式で、「音楽を見る」ための強力な向精神薬、アヤフアスカを服用。精神と宗教のつながりを視覚的に体験したと言う。

 アヤフアスカには、聖書の中でも言及されているアカシアの樹皮でつくる調合薬と同程度の幻覚作用があるという。

「アヤフアスカ」はアヤワスカとも呼ばれる幻覚調合剤で、エハン・デラヴィやグラハム・ハンコックなど意識の冒険家たちが何度も服用している。

このアヤワスカを飲むと大蛇の幻覚を例外なく見ると言われているが、シャーマンとしてのモーゼがアカシア樹脂を使って同様の幻覚作用を得ていたとすると、モーゼの「蛇の杖」や「炎の蛇」や「青銅の蛇」も説明がつく。


蛇信仰は世界中で普遍的に存在するが、旧約聖書の創世記では蛇はサタンの化身であり、イブをけしかけて知恵の実を食べさせた。

一方、エジプト脱出のモーゼは杖を蛇に変えたり、堕落した民を炎の蛇で殺してしまうという“蛇使い”だ。

◆旧約聖書 『民数記(Numbers)』 21:4−9 (新共同訳)

彼らは、ホル山を旅立ち、エドムの領土を迂回し、葦の海を通って行った。

しかし、民は途中で耐え切れなくなって、神とモーセに逆らって言った。

「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます。」 

主は炎の蛇を民に向かって送られた。
蛇は民をかみ、イスラエルの民の中から多くの死者が出た。

民はモーセのもとに来て言った。

「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください。」 

モーセは民のために主に祈った。主はモーセに言われた。

「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者ががそれを見上げれば、命を得る。」 

モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

最も不思議なのは、ユダヤの民が許してくださいと哀願したときに、蛇にかまれても死ぬことのない“解毒装置”として、「青銅の蛇」を用意したことだ。蛇にかまれても、この青銅の蛇を見ると命を得るという。

偶像を拝んではいけない、他の神を拝んではいけないといいながら、チャッカリ蛇の偶像を用意したことになる。

みんな死ぬのが怖いので、この青銅の蛇をありがたや、ありがたやと拝むに決まっている。どうして蛇の天敵である「鷲」や「鷹」の像を使わないのか。あるいは「ヤウェ、ヤウェと10回繰り返せば直る」という言葉のパワーを使わないのか。


◆旧約聖書 『列王記 下(II Kings)』 18:1−4 (新共同訳)

イスラエルの王、エラの子ホシュアの治世第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。

彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。

その母の名はアビといい、ゼカルヤの娘であった。

彼は父祖ダビデが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行い、聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの造った青銅の蛇を打ち砕いた。

イスラエルの人々は、このころまでにこれをネフシュタンと呼んで、これに香をたいていたからである。


時代が下ってヒゼキヤ王の時代になると、モーゼの造った青銅の蛇は打ち砕かれてしまう。

蛇神は拝んではいけませんよ、何度注意しても、人々は蛇を拝んでしまっていたということだろう。

しかしながら、この蛇拝みの元を造ったのはユダヤ教の開祖モーゼなのだ。

蛇神というとおどろおどろしいが、いわゆる地の神の象徴であり、龍神さまと言ってもいい。龍神の側に立って、旧約聖書にある「ヤウェ vs 龍神」の対立構造を読み取ると以下のようになる。


ヤウェがこの世を創造したけれど、ロクなもんじゃないよ、この世界は。

アダムとイブを救うべく、知恵の実を食べさせる龍神さまの電撃作戦がついに決行!

ところがヤウェが「原罪」と恐怖政治の手法を使って闇の人間支配を継続。

これに反撃すべく、モーゼが登場。ヤウェだけを拝むように見せかけて、「青銅の蛇」を拝まざるを得ない仕組みを構築。

ヤウェの化身ヒゼキヤ王がこの工作に気づき、龍神の通信機「青銅の蛇」を破壊。

互角の戦いといったところか。

で、この後にユダヤの律法主義を批判しながら登場するイエスは、さて、どちら側の化身なのか。

正統派のキリスト教会は口先でユダヤ教を否定・超克したと言いながら、<ユダヤの神=キリストの神>という路線を選択。

一方、キリスト教の異端であるグノーシス派は<ユダヤの神=サタン、キリストの神=龍神>を選択している。

ユダヤ教の神ヤウェがサタンであるとすると、アダムとイブに知恵づけをした蛇が本当の神さま(龍神さま)だったということになる。

また、イエスこそが龍神の化身であり、ヤウェが仕組んだ「原罪」を浄化するために、あえて十字架に掛かって犠牲になったという解釈や、スキをついてサタンをコブラツイストで締め上げたという解釈も成り立つ。

中世のキリスト教では、旧約の神様が偶像崇拝はいけないと何度も警告したにもかかわらず、イエスの磔刑や聖母マリアを偶像にしてしまう。

一方、東欧で栄えたグノーシスのボゴミール派は、龍神イエスを処刑した十字架を拝むなんてトンでもないということで、十字架を含めいっさいの偶像を否定した。

ルネサンスになると、エジプトのヘルメス主義やギリシャの秘儀、ユダヤ教のカバラなどを融合した新プラトン主義が台頭する中で、「十字架に架かる蛇」(フラメル紋章)も現れる。

反カトリックの神秘主義者は<蛇神=イエス>をほのめかし、詭弁のキリスト教徒は<これはモーゼの青銅の蛇を意味し、イエスの磔刑を予言したもの>とうそぶいて、“旧約は新約の予表”という預型論(タイポロジー)に溺れる。

いずれにせよ、一方が神で他方はサタンであるという善悪二元論を超越しない限り、旧約を“聖”書に仕立て上げたバイブルであれ、旧約を全面的に否定したグノーシスであれ、英知に至ることは不可能であろうね。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1714647


02. 2010年12月14日 21:29:03: MiKEdq2F3Q

シャーマンのイニシエーション


イニシェーションは宗教用語で、入会儀礼と訳されている。
仏教の出家もフリーメーソンの入会もこのイニシェーションを通して確実なものとなる。
この儀礼の重要な要素は個人として「死と再生」を象徴的に体験することである。
キリスト教では洗礼をすることで、これまでの自分を清算し、キリスト者として再生する重要な儀礼となる。
この洗礼はもともと川に行き、頭まで水の中に沈めてしまうという力強いものであった。
スタインベックの小説『怒りの葡萄』にも川での洗礼の場面が出てくる。
この水をかける儀礼は、インドの場合には王様の即位儀礼と関係がある。
これを仏教では潅頂といい、王の資格を持つ者の頭頂に頭から水をそそぎかけた。

この水は聖なる力の象徴であり、この水をかけられた瞬間、彼は個人ではなく天国の代理人となるのである。

  残酷な風習と考えられる割礼も、イニシェーションのひとつである。
正式に割礼を受けた者は、それまで母親の所有物であった関係を断ち切り、その象徴である血を出すことで、初めて男の世界の仲間に入るという象徴行為であった。
しかしこうしたイニシェーションの伝統は、地縁、血縁の結びつきが生きている時には効果的に働いていたが、現在ではイニシェーションの伝統そのものが失われ、また維持されているところでもその効果は疑わしい。
それは時代の要請によって、新しく生まれた宗教団体の閉鎖的な空間のなかでしか力を持ちえないのかもしれない。 
http://www.s-net.ne.jp/benri/institut/dw/199606.html


イニシエーションとは、入社式または加入礼とも呼ばれる、通過儀礼の一つである。
外部の人間が新たに共同体に加入する時、しばしば苦痛を伴う儀式の洗礼を受けなければならない。

こうしたイニシエーションがなぜ必要なのかをシステム論的に考えてみよう

@ イニシエーションとしての成人式


代表的なイニシエーションは、男の子(場合によっては女の子)が、母親との甘えた関係を断ち切り、成人の仲間入りをするときに受ける割礼である。
割礼とは性器の一部を「断ち切る」儀式で、男の子の割礼の場合には陰茎包皮を切除し、女の子の割礼の場合には陰核の全体あるいは一部を切除する。
割礼は、イスラム教圏、ユダヤ教圏、アフリカ、アジア、オーストラリア等で行われ、全世界の割礼人口は10億人と推定されている。

日本の成人式では、割礼は行われないが、縄文時代では、上顎の両犬歯と、下顎の前歯2本を左右対称に抜き取る抜歯が、成人となるためのイニシエーションとして行われていた。

今でもオーストラリアでは、抜歯をしている民族がいる。
この他、小指や耳たぶの切断、鼻の隔膜や処女膜の穿孔、頭蓋変形、唇や首の伸長、瘢痕文身など、痛々しい身体毀損と暴力がイニシエーションとして世界各地で行われている。


A イニシエーションとしての入学式


暴力を伴うイニシエーションは、遠い過去のあるいは未開の社会で行われている野蛮な習慣というわけではない。

現代の日本でも、イニシエーションを目にすることができる。
個人的な体験談で恐縮だが、応援団の先輩が一年生全員をしごく歌唱指導という行事は、私が高校に入学した時に経験したイニシエーションだった。
一週間にわたって、新入生は二種類の校歌に寮歌を加えた三種類の歌と応援を練習する。
歌や振り付けを間違えたり、たるんでいると受け取られたりすると、応援団員に「ふらふらしてんな!」と怒鳴られ、ど突かれる。
こうしたバンカラなセレモニーは、創立が古い田舎の高校によく見られる。

そうした練習が、その後何かの行事で本番を迎えたことはなかったし、大体、寮など廃止されてなくなっていたから、寮歌を覚えることなど無意味である。
歌唱指導は、それがイニシエーションであることを除けば、正当化する理由は何もない。
すなわち、歌唱指導の本当のねらいは、応援団員という最も愛校心の強い先輩たちが、校歌という集団との自己同一の象徴を新入生に叩き込むことによって、彼らに集団の一員としての自覚を持たせるところにある。


一般的に言って、日本の大学や高校は、海外の学校とは異なって、卒業よりも入学の方が難しい。
このことは、日本の学校が、機能的・手段的性格よりも、共同体的性格を強く帯びていることを示している。
入学試験に合格するために、受験勉強という苦難を経ることも、一種のイニシエーションである。

B イニシエーションとしての入社研修


学校だけでなく、会社に入る時にも、似たような、苦痛を伴うイニシエーションを受けなければならない場合がある。
最近では、企業も、定年までの人生をそこで過ごす共同体ではなくなりつつあり、機能的・手段的になっているから、しごき型の研修は減ってきているが、かつては、次のような研修がよく行われていた。

「仕事は男の戦場だ」
「気力は体力に先行する」

1969年(昭和44年)、都内の電機メーカーの社員だった男性は、箱根山中の研修所で、大きな声を張り上げた。
天井からは、黒墨で書かれたげき文がつるされていた。
2泊3日のスケジュールで、テーマごとの討論会は、相手を論破するまで延々続く。
討論というよりは、ば声の飛ばし合いに近い。
中には、精神的に追い詰められ、泣きだす社員もいた。
睡眠をほとんど取れないのに、早朝からは2キロのマラソンも強制され、講師がムチのようなものを持って追いかけてきたという。
現在、50代になるこの男性は研修を振り返り、

「参加しつつどこか冷ややかに見ていた。今も酒の席で話題になったりするが、あの研修が仕事で役に立ったとは思わない」

と語った。 この男性は、研修の意味をあまり理解していないようだ。

しごき型の研修が実用的でないのは、私が受けた歌唱指導が実用的でないのと同じことである。
何十年も経った後でも、酒の席で話題になるのなら、この研修は、本来の目的を達成しているということができる。

もしも、入社の時、社長の退屈な話を聞くだけだったならば、それも一種のイニシエーションではあるが、決して、これほど記憶に残ることはなかっただろう。


C イニシエーションとスケープゴートとの関係


通過儀礼の原型は、出産である。

子宮から、狭い隘路を経て、この世に生まれ出る過程は、死ぬときと同様に、大変に苦痛に満ちたものなのだそうだ。
成人になるなど、新たな生まれ変わりをするとき、擬似的に出産のプロセスが反復される。

しかし、イニシエーションとしての通過儀礼には、システム論的観点からすると、別の機能もある。
入所式としてのイニシエーションとスケープゴートは、方向は反対だが、機能は同じである。
すなわち、自分たちと異質であるにもかかわらず、自分たちと同じ共同体に属する中間的存在を完全に排除することにより、共同体の境界(システムと環境の差異)を明確にすることがスケープゴートであるのに対して、外部から自分たちと同質のメンバーとなる中間的存在者に、境界を意識させることにより、共同体の境界(システムと環境の差異)を明確にすることがイニシエーションなのである。
どちらのケースでも、中間的存在者が境界を通過する時、暴力がふるわれるという現象が起きることが多い。

通過儀礼一般には、暴力は必ずしも必要ではない。
例えば、結婚式は、イニシエーションとしての性格がない通過儀礼であるから、既存のメンバーから暴力を振るわれるということは、まずない。
しかし、既存のメンバーがいる集団に入る時には、境界を通過する新参者に何らかの苦痛を味合わせることによって、境界をはっきりさせ、システムと環境との差異である、システムの秩序を維持しなければならないわけである。
http://www.nagaitosiya.com/a/initiation.html


部族社会では危機が訪れるとシャーマンが変成意識状態の中で啓示を受け部族を導き、部族を危機から救おうとする。

 シャーマンのイニシエーションには「シャーマンの病」と呼ばれる精神的な危機がある事が知られている。
その構造は神話の構造と共通している。


1、セパレーション(分離・旅立ち) 
地下世界 天上界 異界への長く苦しい旅立ち


2、イニシエーション (通過儀礼) 
異界で神々、悪霊、祖先霊、動物の霊と遭遇する。
精霊に出会ったシャーマンは苦痛の中で象徴的にバラバラに引き裂かれる。
死と再生のプロセスを通過して シャーマンは深い人格変容をとげる。


3、リターン(帰還)
シャーマンは宇宙の智慧と癒しの力を得て共同体の一員として再統合する。

 現代の、拝み屋、新興宗教の教祖などの霊媒体質のシャーマンに共通するのは人生の中で突然、極端な不幸、災難、困難に出会い、発狂寸前まで追い込まれることだ。
病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。
危機状態を通過したのち霊能力を活かし、相談事を請け負う拝み屋になるのである。
ただし祈祷師、拝み屋、今風にいえばスピリチュアル・カウンセラーにもピンキリがあり、無意識が浄化されていないと物質的な現世利益に走り精神を病んだり、体調を崩したりする者がいる。
シャーマンの危機は現代医学では重度の精神病と診断されている。


精神的な危機に陥った住民を経験豊富なシャーマンは歌や踊り、祈りによって適切な処置を施し共同体の中に着地させる。
精神的な危機を理解できる指導者がいない文化では精神病の患者は共同体から隔離され誰からも相手にされない。

薬づけにされ、病室に閉じ込められる。
シャーマンがいない共同体では危機状態に陥った者の精神の苦しみはより増すばかりである。


 神話に表れる英雄、シャーマン、神秘家の体験、精神分裂病患者(統合失調症)の旅には共通の構造がが見られる。
自我の境界を超えると様々な無意識のイメージやヴィジョンの洪水に襲われる。
同じ無意識の海に飛び込んでも神秘家やシャーマンは泳ぎ、精神分裂病患者は溺れてしまうのである。

 20世紀の初頭イヌイットのシャーマンはデンマークの探検家に偉大な精霊シラについて話した。

「宇宙の霊であるシラは、目には見えない。声が聞こえるだけだ。
わたしらが知っているのは、シラが女のようにやさしい声をしているということだ。
とても上品でやさしい声なので、子どもでさえこわがらない。
そしてシラはこう言う。『宇宙を恐れるな。』」 と


 シャーマニズムの研究によるとシャーマンになるには二つのパターンがある。
召命型と探求型である。

沖縄と奄美には「カンカカリャ(神懸かり)」「ムンスイ(物知り)」「カンヌプトゥ(神の人)」と地域によって呼び名がことなるユタが存在する。
ユタはほとんどが女性であるがカミグルイ、カンブレ、カミダーリィと呼ばれるイニシエーションを経験する。

ある日、結婚生活を送っていた主婦の心身に異常が起きる。
夢や日常の中に神々が表れたりして精神状態が不安定になり、様々な体の不調を訴えるのである。
そのうちに神の歌を歌い一日中踊り続けたりするようになる。
当然、「モノグルイだ」「神グルイだ。」と近所で噂になる。
シャーマニズムの伝統が生きづいている地域ではこれが「聖なる病」であることが理解され家族は精神病院ではなくユタを訪れる。

やはり、カミダーリィとわかり一人前のユタを目指す。
ただしカミダーリィが起きた人が全員ユタになる訳ではないようだ。

「精霊から何代か前の先祖の葬られた場所を探し当てて供養しなければいけない。」

といわれ何年も探し歩いて彷徨しているユタもいる。
精霊にもやり残した仕事があるのだろう。
又、精霊と交流するうちに自分は特別な存在としてエゴがますます強化することもある。

無意識の抑圧に無自覚な人が妄想の中で神社巡りをつづけることもあるのである。
無意識に抑圧や緊張がある者が霊的な能力を得るとその能力故に自滅するケースもある。
突発的に神懸かりになる召命型のユタには人生でさまざまな災難が降りかかり、病気、貧乏、友人、家族、兄弟の死、夫の浮気、離婚などの苦悩と極端な不幸な経験をつむものが多い。

絶望しても死ねないことは普通の人では耐えきれない人生である。
しかし3次元の世界では不幸だがのちに神様の世界から見れば素晴らしい経験だという事を知るのである。
そして超自然的な出来事の中で思考が落ち、神に選ばれた自分の運命を受け入れ自覚した人がユタになるのである。
生まれながらのユタとして人々は「ウマレユタ」と呼び神と直接交流出来る人として特別視する。

ユタには人々をカミンチュ(神の人)に導くことを使命と自覚している人もいる。
カミダーリィを経ないでユタのもとに通っているうちに、ユタのシステムをおぼえていつのまにかユタ稼業を始める者を「ナライユタ」と呼ぶ。
探求、修行型は東北のイタコに相当する。


カミダーリィをシャーマンの病とも呼ぶが召命型のイニシエーションは世界中の先住民の文化に共通してみられる。

変成意識状態の中でシャーマンの今までの肉体は完全に解体される。
頭は切り離され手足と骨盤、関節はバラバラに分解される。
心臓や内蔵が生きたままとりだされる。
筋肉が奇麗にそぎ落とされ目がくり抜かれたりする。
体液が抜き取られ、そして釜で煮込まれたりする。
シャーマンはその間ほとんど息をせず臥せっているのである。
最後に骨が拾い集められ、肉がかぶせられる。

解体と再生は3日から7日続きイニシエーションは終了する。
これらはLSDやメスカリン、アヤワスカなどの向精神物質の摂取でも同様な報告がある。

シャーマンの病とはまさしく跳ぶ前に屈むことなのである。
http://homepage.mac.com/iihatobu/index.html

うつとシャーマニズム


以前このブログで、私のうつ体験について書いたとき、インディアンのシャーマニズム(呪術的民間信仰)について詳しいある人が、

「先生の体験って、シャーマンのイニシエーション(呪術師になるための通過儀礼)そのものですね」

と話してくれた。


そう言われてみれば、自分ばかりでなく、うつの人のカウンセリングをしていても、自然とシャーマニズムについて話すことが少なくない。

どうやら私の目には、うつの人々とシャーマンとが、重なって見えることが多々あるらしい。

一体なぜそうなるのか、話の流れなどを具体的に思い出し、考えてみた。


シャーマンは、世界各地、特に古くから続く文化を踏襲している地域において、より多く存在し、日本語では「呪術師」あるいは「巫師(かんなぎ)」と訳される。

多くはトランス状態に入り、神の言葉を伝えるという職能の人々のことである。

日本で代表的なものとしては、巫女があげられるが、現在なお実質的な影響力を持つ人々として知られるのは、沖縄周辺の「ユタ」や青森県の「イタコ」が有名である。

青森県の「イタコ」の場合、視力障害を持つ人などが、その職能を身につけるために厳しい修行を行い、その立場を得る。

しかし、沖縄地方の「ユタ」の場合、一部の例外を除き、それまで一般人として生活していた人が、何らかのきっかけで一種の精神病様状態「カミダーリ(神障り)」に陥り、それを克服する中で、自らの「ユタ」としての能力と天命に目覚めていくという経緯をたどる。

イニシエーションにおいてシャーマンがたどるプロセスについて、井上亮(故人)という心理学者から聞いた話がある。

井上氏は大学に助教授として在任中、海外留学先を決める際、周囲の驚愕をよそに、さっさとアフリカはカメルーンの呪術師のもとに留学することを決め、1年を経て、実際に呪術師の資格を得て帰国した人で、さほど口数は多くないが非常に魅力的な人物であった。
シャーマンになるためのプロセスの中では、いくつかの課題を克服せねばならないという。
中でも、特に私の記憶に強く残っているのは、「孤独」と「恐怖」の克服である。

氏自身も、「恐怖」の克服こそがもっとも大きな課題であるとして、通過儀礼の中心に位置づけておられたように思う。

シャーマンの通過儀礼においては、「恐怖」の対象は、単なる観念ではない。

戸のない小屋で、夜一人で睡眠をとることを命じられ、ベッドに横たわっていると、黒豹が小屋の中に入ってくるというのである。

この黒豹は、たしかに実体ではあるが、ある大きな存在の化身らしく、普通に自然の中で生活している生きた黒豹とは違うようだ。

通過儀礼を受ける者は、これから逃げてはならないし、起き上がってもならない。

氏が儀礼を受けていた際も、確かにこの黒豹が、小屋に侵入してきた気配があったということである。

これまで自分が生活していた日常の世界から、未知の異世界へと通路が開かれていくとき、夢や物語の中では、異世界を象徴する存在は、しばしば獰猛な動物的性格を帯びる。

以前、このブログで『こぶとり爺さん』の解釈を試みたことがあったが、爺さんが最初に見た異世界の姿もまた、異形の鬼(妖怪)どもの宴であった。

そして、やはりこの爺さんも、「鬼に食われてもよい、わしは踊るのだ」という形で、恐怖を克服したのである。

ごく普通の人の場合でも、外部からの圧力によって表現することを妨げられた感情は、「怒り」という様相を帯びる。

それは、檻に閉じ込められた、あるいは鎖につながれた獣が、怒りのためにより凶暴になるというイメージに似ている。

異世界も異世界への通路も、潜在的にはとっくに存在していたのだが、ただ人の側にそれを受け入れる準備ができていなかったために、意識の向こう側に閉じ込められていたに過ぎない。

かなり前の放送だが、NHKスペシャル『脳と心』の最終章「無意識と創造性」に、宮古島のユタである、根間ツル子さんという女性が出演しておられた。

先に述べたユタの例に漏れず、彼女もまた離婚という節目をきっかけに精神病様状態となり、他のユタのもとを訪れて、「この人はユタになる人だ」と見抜かれたのだという。

都会であれば、「精神病」あるいは「人格障害」で片付けられてしまう状態だ。

根間さんに初めて神がかりが起きた頃、ある一つのことが強く訴えられた。

番組では、当時の神がかり中の根間さんの肉声が放送されていたが、まさに壮絶なまでの叫びであった。

「ああ私が悪かったぁー!…………
何としてもこの井戸を、これだけは、これだけは頼みます……!」

と、すでに使われなくなり、埋もれてしまっていたある井戸を再び掘りなおすことに、強く執着したのである。

根間さんは実際にこれを実現し、そしてユタとなった。

万物の根底にある地下水脈、地下世界という異界と、この世とをつなぐ通路。

根間さんの魂、あるいは宮古島の人々や自然の魂にとっては、それがその井戸だったと言えるだろう。
この場合、「井戸は、単に象徴に過ぎない」と言うことはできない。

心理的に大きな何かを乗り越えるというのは、単に「心の持ちようを変える」というのとは、まったく次元を異にする。

うつという病を乗り越えるにも、まず例外なく、ある現実との実際の闘いなくして、遂げられることはない。

だから根間さんも、実際に井戸を開通させねばならなかったのだ。

万物の根底にある地下世界のイメージによって表現される領域を、ユング心理学では「普遍的無意識」と呼ぶが、ユング自身もまた、当時ヨーロッパを席巻していたフロイト心理学と袂を分かった後、精神病様状態をともなう極度のうつを経験している。

そののち、ユングはこの考えを体系化するに至るのだが、彼もまた、フロイトとの決別という苦難に満ちた過程を経ることで、普遍的無意識に達する井戸を開通させたのだと言える。


うつの人々の特徴は、一言でいうならば、ものごとの本質・本筋・矛盾を見抜く目に、曇りがないことである。

だから、まわりの雰囲気や、慣習や、馴れ合いに流されず、いつも本当のことが見えてしまう。

要するに、非常にシャーマン的なのだ。

こういった人々の割合は、どれほど多く見積もっても1パーセントくらいではないかと、私は考えている。

はっきり言って、特殊と言わざるを得ない。

そして、そこにこそうつの人々の苦悩と劣等感がある。

一般の人々は、自力では大きな存在とは繋がれない。
それを導き、繋げてやるのがシャーマンである。

本来の姿のままに自然と人間とが有機的に絡み合い、人間性が生き生きとした文化の中であるならば、シャーマンのような立場となるべき人が、うつになるタイプの人々の中には少なくないのではないかと思うのである。

本来ならば、常に真実を見、正しい言葉を語り、尊敬を集めてこそしかるべき人々が、踏みつけにされ、もがき苦しまねばならない社会。

一体われわれは(というよりも私は)、これをどうすればいいのだろうか。

http://kohocounsel.blog95.fc2.com/blog-entry-55.html

■カミンチュ(ユタ)とは  


沖縄本島・離島・奄美諸島に古来から存在する民間の巫女・シャーマンのことを一般にユタと呼ぶ。

運勢の吉凶を見たり、死者の口寄せ、先祖事などの霊的相談に応じる。

昔からカウンセラーや精神科医の役割も果たしていた。

他の地方のシャーマンたちと同様、ほとんどのユタは女性である。
カミンチュになった動機を聞くと、ほとんどが「好きでなったのではない」と言う。

他の地方の霊能者と違い、沖縄や奄美のユタは、ユタになることを運命づけられていると思われる人が多い。

そういう人々のことを「サーダカウマリ(性高生まれ)」とか「カンダカウマリ(神高生まれ)」などと言う。


  ■ユカミンチュの成巫(せいふ)過程  


カミンチュの多くは人生のあるときに、離婚や親族との死別などの不幸な体験をきっかけに神懸かりになり、「カンダーリィ(神ダーリィ)」と呼ばれる巫病を患う。

この期間中は精神状態が不安定になり、人によっては不眠、拒食、意識喪失、大声で歌い騒ぐ、身体が震えるなどの状態が続き、精神病者と紙一重になる。

しかし、これはほとんどのカミンチュが経験する「関門」なのだ。

この間、彼らは自分に憑いた神霊や先祖霊に命じられるままに、いろいろな御嶽を回って祈らされたりする。

こうして彼らは自分と関係が深い神霊や先祖霊によって祖先の道を悟る。

するとカミダーリが収まり、霊感が得られる。
この状態をチヂアキという。

そして、ユタと神霊との関係ができ、判示をする存在ができる。

こういう存在のことを「ジヂブン(守護霊)」などと呼ぶ。

カミンチュになった後でも、病気、貧乏、身近な人の死、離婚などの不幸な体験を何度も経験する。
また、幼少時から病弱な人が多い。

ユタのほとんどを占める女性のユタは、ほとんどといって良いほど離婚歴がある。

こうして、ユタになることを拒む彼らにさまざまな災難が降りかかり、けっきょくイヤイヤながらカミンチュに招命されることを承諾するのだ。


  ■カミンチュの分類  


カミンチュには2つのタイプがあり、宮古では天ヌザーを扱う者と、グソー(あの世)ザー
を扱う者にわかれる。

前者は、主に神や遠い先祖に向けた儀式を行う。

後者は死に関連した儀式を専門とし、宮古ではグソーザスとかスンガンカカリャと呼ばれたりする。

沖縄では死者が出ると一族揃ってユタのところへ行き、ユタは死者の胸の内を家族に語り聞かせる

「生まれユタ」と「習いユタ」という区別をする場合もある。

生まれユタは生まれつき神懸かり能力をもっていたり神事を直接神から習った人で、習いユタは、そういうことを他のシャーマンから習ったという違いがある。


  ■カミンチュの役割  


沖縄文化圏では古くから、ユタ禁止、ユタ征伐、ユタ狩りなど、琉球王国時代から明治政府、戦時体制下まで幾度もユタを禁圧した歴史がある。

だが、民衆の要求に支えられて潜伏し、いままで生き続けてきた。

青森のイタコなどは絶滅寸前のようだが、沖縄・奄美のユタは、民衆の必要性に応じて、その数は増える一方であるようだ。

ユタの存在に対して否定的な見解をもつ人々の多くは、祖先の祟(たた)りをことさらに強調し、人の心を畏怖(いふ)させることを問題とする。

だが近年は学者の間でもユタに対する肯定的な意見が多くなってきつつある。

たとえば1997年の多文化間精神医学会のシンポジウム「癒しと文化-土着の中の普遍」では、沖縄土着の癒しの三つのキーワードの一つにユタの「判じ」を挙げ、ユタはある意味で地域の精神保健を担っていたという意見も出ていた。

専門家の間にも、ユタによって「精神的安定」が得られ、それが沖縄人の長寿の秘けつの一つとする見解さえあるようだ。

ユタに見てもらうことを「ユタ買い」という表現をする。

沖縄の精神科医は、患者さんにユタを薦めることもあるという。

こういう習慣を「医者半分、ユタ半分」という。

お医者さんも、その効果をある程度認めているからこそ薦めるのだろう。

多くの人は「カミンチュ=霊能者」と思うだろうが、まったくイコールだとは言えない部分があるように思われる。

カミンチュの多くは先祖ごとを主として行い、人々に「癒し」を与える。

だが、社会や人間を罪から救うというもっと普遍的な目的のために、カミンチュとして立つ者も存在する。

私(百瀬)が会ったある女性カンカカリャは、自分の使命は皆を公平に扱い、神の教えを広め、新しいカンヌプトゥ(神の人)を産み出すことにあると信じている。

だからこそ、われわれはユタの存在を無視できないのだ。
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TG/mikoclub/yuta01.html

神人(カミンチュ)=ユタへの道先日、伊良部島でお会いした女性から、お電話をいただきました。

その内容は、沖縄の神人(カミンチュ)から、

「あなたは、神さまから、神人(カミンチュウ)にならなければいけない時期に来ています」

と告げられたので、そのことを受け入れて宣言した後、今、毎日、拝所(ウガンジョ)を回っているんですが、何か、アドバイスはありますか?ということでした。

神人になるということは、最終的に、

自分の神を持つ = 神につながる = 神の役目として生きる道

のことを言います。

これは、決して、なまはんかな気持ちではできないことです。

今年の3月の宮古島・伊良部神事のときに、伊良部島に住んでいる方で、現在、神人修行中という女性に逢いました。

その方の苦しさがよくわかりますので、これからのアドバイスをしましたが、神の声と、自分の気持ちをどうバランスよく調和をとるかが、とても難しい期間なのです。

この神人になる道は、普通は、”三年修行”と呼ばれていて、三年間は何をさしおいても、最優先のテーマとして、神の言葉に素直に動かなければいけません。
特に、沖縄以南の神人と呼ばれる人たちは、昔からこのこの期間の苦しさを経験していますので、よく知っています。

でも、周りの人に頭がおかしくなったと思われたり、変な人になったと敬遠されたりするので、この苦しさから逃げ出そうとして、家族の命をとらえたり、大きな事故が起きたり、想像を絶する経験をしている神人も少なくありません。

だから、ほとんどの神人は、自分の三年修行の話はしません。普通の方には、理解できない苦しみがあるからです。

この期間がどんな感じかというと、まず、自分のしたいことは、ほとんでできません。
すべての意思は、神にあるからです。
自我を完全に消すための修行期間ですので、自我と神のいうこととのはざまに陥る苦しい時期なのです。

そして沖縄地方独特の神さまごとに手をあわせる祈りには、必要なものを買い揃えたりもしますので、祈るたびに、お金もかかります。

さらに、祈る時間は、朝も夕も夜中も関係ありません。
神が必要とするときに、動けなくてはいけませんから、ほとんどの方は、仕事ができなくなってしまいます。

こういう経済的な問題や生活パターンの変化は、家族の問題を引き起こしたり、夫婦関係や親戚関係にも、大きな影響がでてきます。

皆さんが、普通だと思っている日常の現実世界での優先事項が、一切できないこともよくあるからです。

神に使え、神の一部となり、神の役目をする神人(カミンチュウ)とは、そういう役目の方たちなのです。

伊良部の神人と話しているときに、”大和の国の人”と私たち日本人のことを呼んでいましたが、現在の日本で活躍しているセラピストやヒーラー、また、スピリチュアルカウンセラーよ呼ばれる人たちとは、まったく違う存在くらいに、ものすごい経験をしなければできない仕事だと理解してください。

私も昔は、自分のことを”霊媒師”としか説明できなかった時代がありますが、今は、癒しの時代のおかげで、世間で受け入れられていることに感謝しています。

しかし、神人は、土地を守り、先祖を守り、すべての御霊のふるさとの神さまの伝言を正しく伝える役として、一生、働らかなければいけない役目の人なのです。

私も実は、大和の人間ではめずらしく、”三年修行”を経験しています。

だから、沖縄や伊良部島の神人に逢っても、互いの歩んできた道の苦しさを理解しあえますし、その結果で得られたお互いの”霊格”を尊重しあえるのです。

お電話いただいた60代の女性は、琉球地方に最初に神が降りた場所と呼ばれる久米島出身ですし、さらに、現在、沖縄本島でも、自分なりに祈ることをずっと続けていた方ですが、それまでの祈りとは、桁はずれの修行の道に入ったことになります。

守るべきところを守る方がいない場所が多くなってきているのも、沖縄以南の島々の現在の大きな問題です。実は、そういう方たちがいないと、天災や災いから、守る霊力や神さまの力が弱まってしまうからです。

現代の風潮の面倒なことはなるべくしないで楽をしようとする一方で、こういう苦難の道へ進んでも、みなさんの土地や日本や地球を守ろうとする方もいらっしゃることを知っておいてください。

だから、皆さんにお願いしたいのは、ウタキや拝所のルールを正しく知り、神人(カミンチュウ)の方たちとの付き合い方も覚えて、その大切なルールを誰かに伝えていかなければ、この日本を守る大きな霊力バランスが、崩れてしまうことになることを知っておいてほしいのです。

現在、それぞれの土地を守っている神人たちと、これから神人(カミンチュウになられる方たちへのご理解と、大切にすることの意味を知り、これからもさらなるご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

すべての過去を司る神々たち、そして、その役目を果たす神人たちに、心からの感謝と愛をこめて。
http://heartland.ti-da.net/e979275.html

ノロ神様に会いに行く

蝉のシャワーを浴びながら、緑の森の中を登っていきます。
 どこへ向かうかというと…

ノロ神様という生き神様に会いに行こうと山を登っていきました。

 奄美大島には「ノロ神様」とか「ユタ神様」といった生き神様がいらっしゃる。
見てもらったという友達が「すごいよ〜。」と言っていた。
 何がすごいって、例えば電話で話をしていたら

「テレビの上に赤ちゃんの写真を飾ってあるわね。やめた方がいいわよ」

と見てもないのにぴたりとあてるんだそうだ。

 実は奄美に来てから病気やケガばかり、いいことがないなあと思う今日この頃。
今後の指針のために見てもらおうと思って以前から考えていて、やっと実現したわけ。

「卯年の子供がいるね」
「馬がいるね〜。男の子みたいに活発な女の子」

 などなど、不思議にピタリと何年かを当ててくる。
「何に気をつけなさいね」など注意した方がいいこととか、色々お話ししてくださった。

 最後に持ってきた焼酎に何やら唱えてくださってから
「これを家の水回りに全部流してお清めをしてね。
それから外に塩を撒きなさいね。それで家の状態が良くなるから」

「あなたは下をよく見て気をつけて歩きなさいね」

 ハハハそういえば、何もないところで転ぶのは私の特技。

 実は男の子が欲しいと切望してはいたのでちょっと聞いてみたのだが、
「二番目は男の子みたいに活発でしっかりしてるから男の子だと思ってその子に期待なさいな」
と笑顔で言われてしまった。

 それにしても、生き神様。
そこまでみることができるとは。結構すごいのではないかな?
うなずきながら、また道を下っていった。高く昇った太陽が眩しい……。


____________


ユタ神様の所へ行かれたんですね!

島の皆さんもユタとノロを混同してノロ神と言うことが多いのですが、ノロは那覇ン世の時代琉球王朝から辞令を受けて政を担った神女のことでもちろん制度としても今は残っていません。

tokorineさんが行かれたのは奄美の土着信仰のユタ神様です。
同様の例に青森むつのイタコがありますね。
よく当たると言われるユタ神様が島内には二人か三人いらっしゃいますね。
一般の人が普段の生活で意識することはまずありませんし、話題にすることもありませんが、人をみることの出来るユタ神まで昇華できた方はほんの一握り氷山の一角です。

それは過酷な修錬(奇怪な言動を伴なう心身分裂状態)を乗り越えられた稀有な方です。

突然の天命に打たれその道に踏み込んだ殆ど大多数の人たちは心身分裂の迷路を抜け出すことなくその状態のままひっそりと各シマの家々で半隔離状態のまま忘れ去られたように生涯を終わります。
その数はかなり多いようです。またその状態から元の健全な状態に戻ったという例は殆ど聞きません。
普通人からすれば怪しい幻聴の天声に操られ彷徨い行った修行祈念の跡(人知れず夜中に徘徊して行った呪術の跡)を、(少しだけ霊場を感じとれる)私は泉や林や山中の随所でみかけます。
奄美の土にしみ込んだこの霊力が島の闇にぶきみな奥深さを与えているのかも知れません。
投稿: tokorin | 2006/07/13 17:36


ユタ神様に会われたのですか?

私も奄美時代にユタ神様体験あります。
本当にいろいろぴったり当てるので、びっくりしてしまいます。
私はユタ神様のような自然から力を授かった人たちを尊敬します。
だって、その力を悪い方向で使わず、私たちを助けようという良い方向で使ってくださるから・・・。
投稿: patinha | 2006/07/13 19:57 
http://tokorin.cocolog-nifty.com/sky/2006/07/post_83da.html

こんにちは…私は沖縄県に移住して、10年になる男性です。
人間は、二つの人がいます。

1つは、無宗教・無関心・信じない人
もう1つの人は、信じる人

以前は、正直前者でした…
何が、霊だ?はぁ〜?って感じでした。

しかし、災いや、女性関係のもつれや、事故に不幸、まるで、映画の中にいる気分でした。

ある日突然呼吸が出来なくなり、首を締め付けられ、耳元では何やらゴチャゴチャ…

頭がおかしいのか? それとも、アルコール中毒か?
おっかしい自分がいました。

精神科はチョット抵抗があったので、うつかな?と思い、心療内科へ行く。

しかし、処方された薬は効果なし。
7つの心療内科に出向いたが、薬の副作用が…

おかしい…おかしい…あ゛ーーーーーーって感じでしたが、ある日友人が、
お前変やね。
さっきから、水ばかり飲んでるよ。
ん?
それと炭水化物ばかり採る。
?????

友人は、私のことを心配してくれて、ユタと呼ばれる人や神人と呼ばれる人に、僕の写真を持って
相当相談に行ってくれたのですが、
どれもこれも、偽者で、3万円5万円のお金がドンドン出て行きました。

ホームページを調べては、出向き、偽者。
新聞読んでは出向き、偽者。

自分も動ける時は、ネットで調べて、東京へ行ってみたりしましたが、最後には、壷買えとか
供養するには、100万円かかるとか、ほんと、偽者しかいない…。

ある日の事、もうこうなったら、ヤケくそで、適当に会えそうな霊能者に予約を入れ、言われた
10万円を封筒に入れて、ICレコーダー(録音機)をポケットに入れて、大阪まで出向いてみました。

話をしている最中に、色々試してみようと思った。
結局話し上手なただのオッサンだった。

ホテルで、再生すると会話は全て、聞きだした情報から、もっともらしい事を言っているだけ。

あきれたもんだ…

そうこうしている間、ドンドン調子が悪くなり、病院へ。
お医者様から、あなたの場合、私たちの領域では何も出来ない。

と言われたり、原因不明の病気(症状は当てはまるが病名はつけれない)などに、6ヶ月間苦しみ
続け、
総合病院のMRIや血液あらゆる観点から4ヶ月もかけて入退院、
挙句の果てには心臓にカテーテルをグサリさして、全ての検査を沖縄で二つの病院で行ったが、原因は解からず、
結局、実家に逃げ帰り、皆さんも知っている程の大病院で検査しましたが、何の回答も無い。


戻った時に友人からの電話 → いたいた! 本物!!

慌てて飛行機に飛び乗り、向かうは沖縄。

着陸した瞬間に、ドーンと重たい。
ロビーを出て、友達の車へ飛び乗った。
彼は無言で、見知らぬ山へ…
で、友達に本物?
まず、間違いない。

何で?
金いらんらしい…

そんなん、後で壷か?

行けば解かる…

そうこうしてると、到着。
ん?
敷地に入った瞬間、軽い…? 何で?
友達もニヤリ?

お邪魔したのは、だだっ広いフローリングの25畳はある小屋。
座布団も無い。
ひんやりしたお寺みたいな空間だった。

鏡がでっかくて、自分が写った。
んー確かに、死人みたいな色してる。

待つ事10分。
きったない、軽自動車で、オバサンがお待たせ♪

って、大丈夫か?
どう見ても、ただのオバサンで、時計もしていないし、化粧も無い。
貧乏臭い…

でも、近くで目を合わせた瞬間!!!!

眼光の鋭さに、びびった。

何一つ会話せず、膝を突き合わせて、じーーーーーーっとこっちを伺う。

ドンドンずけずけズバズバ、人の過去喋る喋る。

全て当たり。

そして、今度は、質問した瞬間に、涙がポロポロでて(男なのに恥ずかしい)号泣した。

それから、しばらくして、私の側面から出てきた、(誰か知らん)に、文句と罵声を浴びせ

この子に構うな!!
離れろ!!
さもなくば…
って言う、対決をしてくれました。

オバサンは、取り除いてくれた。
苦痛も1週間ほどでウソみたいに無くなった。
http://blogs.yahoo.co.jp/okinaha001/1121743.html


03. 2010年12月24日 18:29:28: MiKEdq2F3Q

イタコの口寄せ


恐山
http://www.youtube.com/watch?v=-WUGBMDBC2E&feature=related

イタコおろし
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%81%8A%E3%82%8D%E3%81%97


死者の名前や命日などの手がかりを元に、動物の牙や骨のついた数珠を鳴らしながら行う儀式。

1回あたり約20分。謝礼として数千円を払う。

神社で働く巫女とは区別され、口寄せ巫女や村巫女と呼ばれる。起源は不明だが、江戸時代後期に東北を旅した紀行家・菅江真澄の日記に登場する。イタコの語源は「神の委託(いたく)」とも、アイヌ語の「イタク(言うの意味)」とも言われる。

「イタコ」にはどこで会える

 当地域(むつ・下北)では、

恐山大祭(毎年7月20日〜24日)と恐山秋詣り(毎年10月、体育の日を最終日とする土、日、月の3日間)の年2回、

恐山境内の中にいるので、入山料を支払って恐山へ入る。

時間は、恐山開山時間(6:00〜18:00)。

予約等はなく、順番待ちとなる。また、最近ではこの期間以外にも恐山にいる場合があるらしい。

料金には特に決まりはなく、”気持ち”や”志(こころざし)” で金額や品物を渡すそうだが、目安として一口(一人降ろして、一人につき)3,000円位からといわれている。

”口寄せ”の雰囲気

サウンドFILE1(386K)35秒
サウンドFILE2(276K)24秒

http://www.mutsucci.or.jp/kanko/itako-03.htm


消えゆくイタコ 修行を敬遠・高齢で廃業…今や十数人


盲目の女性が死者を呼び寄せる。「口寄せ」と呼ばれる儀式を受け継いできた東北地方の巫女(みこ)が姿を消そうとしている。厳しい修行が敬遠され、福祉政策の充実で生計を立てる手段としての意味も薄れている。


目の不自由な巫女は、青森県の「イタコ」が有名だが、それ以外の東北各地にも存在していた。

 秋田「イタコ」、岩手と宮城が「オガミサマ」、山形「オナカマ」、福島「ミコサマ」。近親者を亡くした人たちからの要請で「死者の霊を体に乗り移らせ、言葉を伝える」という儀式が「口寄せ」だ。依頼者のタイプに合わせて定型の口上を使い分けているとの見方もあるが、健康や縁談、商売などのよろず相談にも応じている。いずれも国の無形民俗文化財に選ばれている。

 かつて東北には500人以上いたが戦後、廃業が相次ぎ、秋田、山形、福島県では途絶えたとされる。いまは青森、岩手、宮城県に十数人残っているだけだ。

 遠洋漁業の基地である宮城県気仙沼市の唐桑町で「オガミサマ」をしている小野寺さつきさん(85)は14歳の時、病気で視力を失った。20歳から岩手県の巫女の家に住み込みで修行をした後、独立した。この半世紀、海難事故と隣り合わせの漁師町で、「口寄せ」や行方不明者捜しの相談に乗ってきた。多い時には1日に十数人の訪問者があったが、最近は体調を崩し寝たきりになった。

 戦後の一時期まで20〜30代の若い女性も珍しくなかった巫女は今、高齢化が進み平均年齢が70歳を超えている。

日本三大霊山の一つ、青森県下北半島の恐山では年数回の祭事の際、北東北各地から「イタコ」が集まってくる。かつては40人近くが参加していたが、近年は4人だけだ。大半の女性が高齢化で足腰が弱くなり、外出が難しくなってきた。

■視覚障害者の環境、変化

 青森県八戸市で63年間、「イタコ」を続けている中村タケさん(78)は「厳しい修行が敬遠され、後継者がいなくなった」と話す。

巫女は少女期から師匠役の先輩巫女の家に住み込み、家事をこなしながら技術を習得する。すべてが口伝えで、断食の一種である「穀断ち」や水ごりもある。修行は3〜5年かかり、師匠への「お礼奉公」も義務だ。

 文化庁伝統文化課の石垣悟調査官は「目の不自由な女性を取り巻く環境が大きく変わった」と分析する。巫女は戦前まで、三味線と歌で各地を巡り歩いた「瞽女(ごぜ)」などとともに視覚障害者が社会で生きるための重要な仕事だった。ところが、戦後は盲学校への就学が義務化され、修行を支える徒弟関係が成り立たなくなった。音声ソフトの普及でパソコンへの入力作業が簡単になり、視覚障害者の職業選択の幅も広がってきた。眼科医療の進歩で幼少期の失明も減っている。

_________

青森の恐山のイタコについて


1 名前: こわい 投稿日: 2000/07/16(日) 11:58

青森の恐山のイタコと呼ばれる霊媒師達は本当に死者の霊を自分の体に落として遺族に
話が出来るのでしょうか?知ってる人教えてください。

2 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2000/07/16(日) 13:12

本当に出来る人も居る・・と聞いた事があります。
まあ・・あくまで噂ですけどね。

3 名前: いたろう 投稿日: 2000/07/16(日) 14:19

ある男が恐山のイタコに死んだ女房の口よせをしてもらった。 女房が降りてきて、

「私は、あなたより○○さんの方が好きで、関係もっていた」

というような内容を話した。 男は、イタコを死んだ女房だとマジで思いこみ、逆上してその場でイタコを絞め殺した。
恐山で本当にあった話です。

5 名前: 名無しさん@おっぱいがいっぱい 投稿日: 2000/07/16(日) 17:50

「すいません友人の○○を呼んで貰えますか?」
「仏さんの没年月日は?」
「昭和○○年○月○日、交通事故で死んでます」

ジャラジャラと数珠を鳴らすと経を唱えしばらくすると何かが降りてきたようで歌うように話し始めた・・・・・
実は呼んで貰った友人の○○は今でもピンピンと生きておりイタコが本物かどうか試したのです、

9割方のイタコは偽物でその能力はかなり低い物です、でも中には

「これ仏さんでねぇ、悪戯は止めてくれ」

とズバリ言い当てるイタコも居ます。


12 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2000/07/18(火) 22:32

ホンモノのイタコにあいたけりゃ、冬、行け。

籠もってるイタコがそうだ。見つけだせるかな?

閉山されてるから、途中で凍死するかも知れないし、間違いなく幽霊に会える。 それでも行くなら、止めはしないが。


ホンモノのイタコはすごいよ。

当人しか知らない事、例えば銀行の暗証番号を当てたもん。誕生日とか、簡単な数字じゃないぞ。 俺と、死んだ人の体重をあわせた数字だったから。

それがビンゴだったのは驚いた。それに、メッセージを聞く事も出来て、すっきりした。

ホンモノのイタコに間違いなく会いたかったら、冬、行け。 ただし、命の保証はないぞ。


36 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2000/09/10(日) 02:24

家では毎月お払い行ってるけど(あおもりにいないおでしさん)
その人は新聞にも載った行方不明者のいどこを突き止めたよ。

新聞は汚いからその辺を伝えなかった(作りと思われたくないから)。 みんなメディアで知ったのはうそだよ。
ほんとにあった話はメディアに載らないから。

39 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2000/09/10(日) 02:35

入院先の病院名をあてたイタコが一人います。調べようはなかったって話。
千葉の旅館の女将から聞きました。
http://piza.2ch.net/occult/kako/963/963716325.html

イダコ祭り


去年亡くなった義母をおろしてもらいに親戚と一緒に、青森県おいらせ町のイダコ祭りに向った。普通はイタコだがここではなまってタが濁音のダになって「イダコ」とよぶ。イダコ祭りは午後1時からと聞いていたので、途中、八戸で昼食をとり午後1時過ぎた頃においらせ町の法運寺に到着した。一人200円の入場料(下足代)を支払い、入り口で手渡されたビニール袋に履物を入れて手に持ち、およそ100畳近い本堂の中に足を踏み入れると、すでにイタコの口寄せを聞く為に集まった人々で一杯だった。中年のカッチャ(おかあさん)もいるが見た所ほとんどがバッチャ(お婆さん)である。横になって仮眠をとったり、お菓子をたべたり、それぞれ畳の上でイタコを囲み自由な姿でくつろぎ順番待ちをしている。バッチャ(お婆さん)の住む霊界に迷いこんだような一種独特な非日常的な風景である。

 近くのバッチャ(お婆さん)に話を聞こうとしたらどうも様子がおかしい。素性のはっきりしない者にいきなり話しかけられたのでバッチャ(お婆さん)は驚いて引いてしまったらしい。それと長髪の男を身近で見かけることがなかったのか私を男か女か判別できなかったらしい。目もそうとう悪いのかイルカのTシャツのお陰なのか50過ぎの中年男を20歳の大学生と思ってくれた。それでも思いっきり地元の訛りをいれて話すと安心したのか口を開いてくれた。


イタコの順番待ち


 「早朝4時から来て待っていた。」という。すでになんと8時間も経過している。それでも誰かに先を越されたらしい。

「1年に一度は先祖の声を聞かないと落ち着かないので、毎年欠かさず来ている。」
「ほとんどの人が死んだ旦那や両親、兄弟姉妹、子どもと次々におろす。」
「ほとけを一人おろす度に千円をはらう。」


恐山では一霊三千円なので何故か法運寺は二千円も安い。昔は二十銭、百円だった。

おそらく恐山は全国からバスで大挙してやってくる観光客を相手にしているので値上げしても客足は落ちず、恐山と違って法運寺はどちらも地元なので口寄せもリピーターが多いからではないかと思われる。それでも大抵5〜6人も降ろすのでバッチャ(お婆さん)達にとっては結構な金額になり、さらに値上げすればかなりの金銭的な負担になってしまう。

「一人で何人もほとけを降ろす人が多いので待つ人ごとに30分以上かかるのがざらだ。今からだとあんたたちは夜になるのではないか。」という。

イタコが何人いるか数えてみると6名いてそれぞれ膝元にメモ帳が置いてある。順番を待つ人が多いのでそこに名前を記入することになっている。すでに名前が20名ほど記入済みである。

衰退するイタコ祭り


 イタコは恐山が有名だが、恐山にイタコが住んでいるのではなく、普段は青森に散らばって住んでいる。イタコが恐山の大祭の時だけ各地から集まって来るのである。

青森県は昔、右側は南部藩で左側は津軽藩に分かれていた。以前は盛んだったイタコの市も最近では恐山の他に津軽の川倉地蔵堂と南部の法運寺の三カ所だけだという。法運寺の本堂は明治14年に建立され翌年の15年よりイタコの口寄せがはじまり、その歴史は昭和10年頃から始った恐山よりも古い。

法運寺に集まったイタコの人数は最盛期80人もいたが昭和29年には50人、昭和40年に31人で今年は6人である。イタコはあきらかに衰退の一路をたどっている。

シャーマニズムの形態

 最も古い日本の宗教の形態はと問えば仏教でも神道でもなく、それはシャーマニズムである。シャーマニズムはおそらく数十万年も遡ることができる人類最古の宗教的伝統でもある。世界中の狩猟採集民族にはあらゆる事物には精霊が宿るというアニミズムの信仰がほぼ共通して見受けられる。そして霊的存在と交流する人々をシャーマンと呼ぶ。

エリアーデによるとシャーマンにはトランス状態になって肉体から抜け出して霊的存在と交流して帰還するエクスタシー(脱魂型)と霊がシャーマンの肉体に憑依するポゼッション(憑依型)がありイタコは憑依型である。


東北地方におけるシャーマンが誕生するプロセスには2つのタイプがありイタコ系とカミサマ系に分かれる。

カミサマ系はある日、突発的に神懸かり、シャーマンの病とよばれる変容をへて、祈祷師としてデビューする。信者を持つ新興宗教の教祖タイプである。南部では屋号をつけて○○のカミサマと呼ばれる。津軽ではゴミソと呼びカミサマ系は死者の口寄せをせず予言や託宣、占い、災難を祓う祈祷を主に行なう。

イタコ系はほとんどが盲目の女性でイタコの師匠に弟子入りして一定期間修行して、死んだ人の霊をおろさせる口寄せの技術を学んで自立する。


イタコの口寄せ

 イタコの順番待ちが22番で遅くなるのは明らかなので、夕方まで外に出て海に行くなり、ゆっくり温泉につかるなりすることにして法運寺を後にした。三沢市内の200円の温泉につかり、さっぱりした所でとりあえず5時頃戻ってみると待っているのはちょうど後一人で、次にはあっけなく順番が回って来てしまった。順番待ちのメモ帳を見るとかなりの人がキャンセルしている。どうやら待つことを嫌って、あきらめたのか、すぐに口寄せ可能なほかのイタコに移動したようだ。


中村タケ

私たちが口寄せを依頼したのは中村タケ巫女である。

現在75歳、3歳の時に麻疹で失明して、13歳のころイタコの修行に入り、15歳で法運寺でデビューした、この道約60年のベテランである。

CD「日本語を歌・唄・謡う」(アド・ポポロ企画、制作)では人間国宝の中村鴈治郎や桂米朝とともに中村タケ巫女の口寄せも収録されている。マスコミに登場することもあるが、かといって尊大なところはなく人柄はいたって純朴で謙虚だ。


昔の口寄せ


昔の口寄せには決まりがあり「百日過ぎているかどうか?」をイタコは問題にした。

百日すぎなければ霊はよんでも答えず、別な霊を呼んでしまうからだという。

しかし厳格に定められていたこの決まりも守られなくなり最近はなんでもかんでも降ろすイタコもいるようだ。

明治以前の仏おろしは一回の口寄せで話が出来なくなるくらい消耗し、1日に1〜2回が精一杯だったらしい。

特に恐山はあまりにも有名になったために、商売目当てにイタコのほかにカミサマやゴミソも参加するようになった

短時間で現金収入が得られるので、口寄せの時間も2〜3分と短くなり、本来の地元のイタコによる死者の巫儀の意義はすたれ、観光客相手に簡単な口寄せで済ましてしまうお粗末なものになってしまった。

 イタコはかつては地元の人々との繋がりの中で部落のオシラサマの儀礼や正月の恵比寿まわり、農作物の作柄を占ったりと濃密な関係を保っていた。

口寄せには死口(しにくち)といって行方不明になった死者の霊を憑依させ「ワ(私)のからだはどこそこにある。」と遺体の場所を遺族に告げることもあった。

ほかに生口(いきくち)といって行方不明の生霊(いきりょう)を憑依させ居場所をつげることさえあった。生口(いきくち)は最も辛く3時間も汗だくになりながら全国の神さん稲荷さんにお願いして四方八方手を尽くして探してから魂を抜きイタコの身体に寄せる、

そうしてタコ部屋に監禁させられていた行方不明者をあてたイタコ(三浦かしの)もいた。

昔の東北は津々浦々までイタコが大勢いた。かつては生者と死者の境界が分たれてはおらず生と死は連続していた。その名残りをイタコは今に伝えている。


形骸化した口寄せ


間山タカ(1988年恐山)

嘘のほとけでも降ろすからイタコはインチキだといわれるがイタコにもピンからキリまであり、よく当たると評判がたつイタコには長蛇の列ができた。

特に最も評判が高かったのは伝説のイタコ間山タカだった。

しかし優れたイタコもよる年波には勝てず次々と他界しイタコの数はかなり激減した。真性のシャーマニズムを期待して出かけても恐山でのほとけおろしは型にはまった口寄せしかみられないのが現状である。

恐山の口寄せパターン


イタコが数珠を鳴らしながら仏おろしの祭文を歌う。


「あーいーやーあー」
「今日は呼んでくれてうれしい。」
「本当は死にたくなかった。」
「家族の健康を願っている。」
「夫婦、兄弟、親子、仲良く暮らしてくれ。」
「某月某日、喜びあり。良いことがある。」
「某月某日、交通事故に気をつけろ。戸締まりに気をつけろ。」
「今日はおまえに会えて良かった。喜んで帰る。」


イタコが数珠をじゃらじゃら鳴らす。
はい3000円です。


イタコの修行

 昔の全盲の女性はイタコになるしか生活の道はなかった。盲目の娘は特に霊能力がなくとも、まわりの勧めにより、しかたなく、イタコの師匠のもとに弟子入りするのである。入門は早いほど良いとされる。

J・ピアスによると7歳くらいまでの子どもは透視、テレパシー、予知能力がありESPも多数報告されるという。そして7歳から14歳 ころまでの子ども達は暗示にかかりやすく、8歳から11歳がその頂点だといわれる。子供は大人の様に世界と自我との境界がはっきりと確立されてはいない。自我がまだ未発達の方がイタコの世界感を受け入れやすいのである。

師匠も弟子も盲目なので般若心経や観音経などのほか三十から四十のイタコの巫歌を口うつしでおぼえる。様々な仏教、神道、修験道、民間宗教の神々、権現、大明神、菩薩、諸天善神の名前とダラニ、祝詞をおぼえなくてはならず、おぼえが悪く10年もかかったイタコもいたという。


イタコの入魂儀礼

 仕上げの入魂儀礼は「大事ゆるし」と呼ばれる。祭壇が祀られている行場で弟子に神懸かりが訪れるまでおこなわれる。食事は精進で塩断ち、穀断ちをして干し柿、干し栗、などの果実で餓えをしのぐ。水垢離の行場にはしめ縄がはられ、師匠も弟子も真新しい白装束に5尺のはちまき、白足袋を身につけ、冬でも暖をとらずに食事前に日に三度、毎日水を三十三杯かぶる。マントラを唱えながら右回りにぐるぐる旋回したり、気合術師を呼んで気合いをかけることもあったらしい。イタコの弟子は極度の疲労と緊張の中ではげしく身体を震わせて失神する。師匠はその時に「何がついたか?」と問いかける。そうして答えた神仏の名がイタコの生涯の守護霊になるのである。
 

 最後に「師匠上がり」といって商売道具の数珠を譲り受けて師匠から独立するのである。イタコの数珠はイラタカ数珠と呼ばれ普通の数珠と違い独特である。珠は無患子(むくろじ)の実で子安貝、熊の爪、獣の牙と角が使われている。イタコはこのイラタカ数珠をじゃらじゃらならしながら「仏おろしの祭文」を語って仏に来てもらうのである。


シャーマンの病


 イタコの入魂儀礼も時代と場所によって多様であるが、いずれにしても神懸かりになる為に大変な苦行をする。寒い冬の水垢離は冷気に耐えかねて逆に身体に熱を発生させる。下半身に発生した熱が背骨を通って頭まで達成して変化が生じるのである。蛇や龍はこの熱エネルギーの象徴である。不動明王が右手にもつ、倶利伽藍(くりから)の剣に蛇が巻きついているのは、このことを表しているように思える。正常な意識では耐えられないので思考から切り離すため祝詞や祭文といったマントラを延々と唱え続ける。イタコは変成意識状態の中で神や仏と出会うのである。

 右耳の上にある大脳の右側頭葉は魂の座と呼ばれている。自己と意識の接点があり、右側頭葉を刺激するとテレパシー、光のヴィジョン、音の幻聴、人格の変容、体外離脱体験が起きることが解っている。この領域に脳の損傷がおきると魂の抜けた自動機械の状態になり、さながら生きる屍のようになる。


イタコの入魂儀礼は堪え難い疲労と緊張によるストレスが引き金になり大脳の右側頭葉の回路にスイッチが入るのだ。儀礼はスイッチが入るまで続く。

そうして右脳の中から声が聞こえるようになって、はじめてイタコが誕生するのだ。

イタコ系は人為的だがカミサマ系の教祖達は人生の中で極端な不幸、災難、困難を経験して発狂寸前まで追い込まれる。病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。

日常を超えたこのような体験はシャーマンの病と呼ばれる。

意識の成長・進化


 体験を否定して自我の崩壊、分裂が起こることもある。自我がある程度発達していないと恐怖のあまり退行してしまうのだ。閉じこもってそこから出て来ようとしなくなる。退行してしまうと、自我を越えることも社会にも適応できない状態に置かれてしまう。

 体験が肥大化すると、自分は凄い人間なんだとうぬぼれてしまう。教祖が信徒に攻撃的になったり人に対して抑圧的、支配的になってしまうのは抑圧された無意識のエネルギーに巻き込まれてしまっているからである。カルトや新興宗教の教祖にこのようなタイプがいるので注意が必要だ。

 私たちは自分の思考や感情を波動として周囲に放射しているので自我の境界が薄くなった人は気をつけなくてはいけない。霊能や特殊な能力をえて人に認めてもらいたいというのは自己評価欲求が満たされていない段階なので、問題を生じやすいのである。

 不思議なヴィジョンを見たり、異常な肉体の感覚を経験したり、このような普通では考えられない体験を大いなる自己に統合できれば意識の成長・進化がおこる可能性がある。

 それには抑圧されたエネルギーを解放し、体験を否定も肯定もせずただあるがままに見てゆく観察的な自我を育てることが必要だ。

http://homepage.mac.com/iihatobu/work/itako.html#anchor11



04. 中川隆 2011年4月05日 19:42:45: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q

これが本物の宗教の予知能力:


凶事予言していた長野・諏訪大社


諏訪大社下社「世相を占う神事」………… 
 
過去20年で最悪! >

今年2011年の「世相」や「農作物の豊凶」を占う諏訪大社の「筒粥(つつがゆ)神事」が14日夜から15日早朝にかけて下諏訪町の諏訪大社下社春宮で行われ、世相を占う「世の中」は「三分五厘」と厳しい結果が出た。

諏訪大社七不思議の一つに数えられる同神事で、雪が舞う中、神職らは束にしたヨシの茎44本を小豆入りの米とともに炊き、茎に入ったかゆの状態で稲、野菜など43種類の農作物と世相を占った。

神事を終えた北島和孝権宮司は、以下の判断をしました。

@「今年は怖い1年。過去20年間の中で最も悪い結果が出た」。

A「春は早めに訪れるが途中で予想外のことが起き、足をすくわれる」。

B「農作物の豊凶」は「秋蚕(あきご)」「サトイモ」「晩稲(おくて)」の3品目が大豊作、「インゲン」「ナスビ」が不作。


2011年は金融市場は今までの清算を迫られる一年になりますが、諏訪大社の神事でも「怖い一年」ということになれば、これは金融市場だけではなく、一般社会全般が「怖い一年」になるということになります。

株の大暴落か大地震? あるいは大事故? 怖いですね〜…………

http://blogs.yahoo.co.jp/snow_torajima/32237928.html
http://33109244.at.webry.info/201101/article_7.html
http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/3323737.html

東日本を襲った大震災、そして福島第1原発の事故と放射能汚染…。この恐ろしい事態を予言≠オていた神社があったことがわかった。


今年1月、長野県諏訪郡の諏訪大社下社春宮で行われた神事で占われた結果が「今年は怖い1年。過去20年間で最も悪い結果が出た。春は早めに訪れるが途中で予想外のことが起き、足をすくわれる相」だった。

諏訪大社の下社春宮では、毎年1月14日の夜から15日早朝にかけて、1年の世相や農作物の豊凶を占う「筒粥(つつがゆ)神事」が行われる。

釜の中に米5合、小豆3号、水2升、そして44本のヨシ(葦)の束を入れ、ヨシへのお粥の入り方からその年の吉凶を占うもの。古式にのっとって火は木と木をすり合せてつけ、一晩、寝ずの番でたき続ける。よく当たることから「諏訪大社七不思議」のひとつとされている。

今年の同神事では、農作物について「秋蚕」「サトイモ」「晩稲」の3品目が大豊作、「インゲン」「ナスビ」が不作という結果が出た。問題は「世の中」についての結果だ。示されたのは「三分五厘」という数字。「五分」を最高とする中では厳しい数字だった。

神事を終え、北島和孝(かずのり)権宮司は

「今年は怖い1年。過去20年間で最も悪い結果が出た。

春は早めに訪れるが途中で予想外のことが起き、足をすくわれる相」

と語り、地元紙などに掲載された。

3月11日の東日本大震災とその後の暗い世相を見事に言い当てているではないか。

25日、改めて北島権宮司に話を聞くと、神事では不吉な兆候がいくつも出ていたという。


「まず例年になく、早すぎるぐらい早く火がついた。そしてヨシを入れると、普通は対流に合わせて回るのに、今年はヨシが沈もうとせず立っていたんですよ。

もう20年間神事を担当していますが、過去にこんな動きはなかった。口には出しませんでしたが、イヤな感じがしました」


「上中下」で見る農作物の占いでも異変は起きていた。「基本的に『下の下』とは読まないようにしているのですが、今年はどうやっても『下の下』としか読めないのが数本ありました」。

縁起を担ぎたくても、どうしようもなかった。

「三分五厘」については「満点の五分と読むことはなく、縁起を担いで四分台も言いません。良くて三分八厘、悪いときで三分四厘です。昨年は三分四厘で、本当は今年も四厘と出ていたのですが、氏子さんに希望を持ってもらおうという意味で五厘としたのです」。本当は過去最低≠フ数字が出ていたのだ。

北島権宮司は、自身の予言≠ノついて「地震のことがわかったわけではなく、良くない年だと感じていました」と振り返った。気になるのは「怖い1年」と占った点。この後もまだ悪いことは続くのか?

「被災された皆様は大変な思いをされたと思いますがこれで勘弁。後は良くなる≠ニ皆で考えていきましょう。悪いと言葉に出すと悪くなります」
希望を持って生きるしかない。.

http://www.tokyo-sports.co.jp/hamidashi.php?hid=12993


05. 2011年4月06日 22:12:56: MiKEdq2F3Q


「筒粥神事」諏訪大社春宮 1月14日


 「小正月に何かの神事があったはず」と調べると、「筒粥(つつがゆ)神事」でした。それは毎年定番のニュースとして流れていましたが、遠い世界の事のように思えて記憶に留めることはありませんでした。

 このサイトは「御柱祭」を紹介するために立ち上げました。平成8年のページが残っていますから、今から7年前のことです。内容は徐々に「諏訪大社」へシフトしていましたが、諏訪大社そのものは、まだ「入口でウロウロしている」存在でした。そんな現状ですから、「筒粥神事は1月15日」と初めて知りました。

 上社本宮に「筒粥殿跡」があります。「跡」ですから、「現在の神事はどこでやっているのだろう」と本を読み進めると、上社ではすでに廃(すた)れていたことがわかりました。併せて、諏訪大社下社春宮では現在も行われ、それが「歳時のニュース」として流れていたことを知りました。

 1月15日、テレビニュースに“聞き目”を立てていると、昨夜から行われた筒粥神事の映像が流れました。小さな社殿の中で、大勢の神職が釜を囲み長いシャモジでかき混ぜています。長野県南部の「霜月祭」は「寒い・眠い・煙い」で知られていますが、ここでは「足のしびれ」が加わり「荒行」とでも言えそうな神事に見えました。

 茎の中に入ったあずき粥の量で農作物と世の吉兆を占う葦束は、テレビ画面では触るのもおぞましいもののように見えました。「葦味の小豆粥」と思えば(一度は)舐めてみたい気もしますが…。一日遅れとなる16日の信濃毎日新聞には、「農作物は全般に良くない見通し」で「世の中は昨年並み」とありました。

 學生社刊『諏訪大社』には以下のように載っています。


 正月十四日の夜半より、春宮筒粥殿内にて忌火を切り、神釜に米五合・小豆二合・水二升を入れて炊き上げ、これに葦茎を五寸余りに切ったもの四十二本を一束にして入れ、十五日早暁神前にこれを供え、祝詞奏上後、各々の葦一本ずつを切り離して、これを割きその中に入っている粥と小豆の分量によって吉凶を占う。神事終了後、結果を拝殿より、参集した群衆に発表したのち木版にしてわけ与えた。古来農家はこれによって農業計画を立てていたが「神占によって耕作するも一も違うことなし」といい、七不思議の一つに数えられている。

 『諏訪史第二巻』には、「御筒粥御炊所若宮祝とある摺物による」として、四十二種の作物を紹介しています。その中から稲だけを追うと「小くま早いね・はびろ早いね・立澤早いね・出羽いね・白佐どいね・ひだいね・しら葉いね・よほいね」とあり、これが幕末頃の品種とわかります。

 「しら葉」を除いて「小熊(諏訪市)・羽広(伊那)・立沢(原村)・出羽・佐渡・飛騨」と地名を当てはめてみました。「よほ」は、諏訪の古代米「諏訪余穂」とわかりました。神託で、この中から今年作付けする稲を選んだのでしょう。


筒粥神事(火入れ) 17.1.14

 諏訪では「どんど焼き」と呼ぶ道祖神の祭りがあります。1月14日の夜に行われるので、この祭りに関わると筒粥の見学はできません。ようやく役員から解放されたのが平成17年です。あとは寒さだけがハードルなので、重装備をして春宮へ向かいました。

 夜8時、宮司を始め神職8人が幣殿前に並びました。幣殿の案に置かれた葦束は三方に載せたまま下げられ、それを高く捧げ持った神職を先頭に行列は筒粥殿に向かいます。一部凍結した雪が残っていますから、沓(木靴)では滑るのでは、と心配してしまいました。

 報道関係者を除くと、参観者という名のギャラリーが数人という寂しい神事です。現代では、占いは「当たるも…、当たらぬも…」という評価ですから世間一般では関心がないのでしょう。しかし、別に見せ物ではありませんから神事は坦々と進行します。

 まず忌火(いみび)を起こします。古式通りという、空木(ウツギ)の錐と桧の板の摩擦で発火させます。手揉みでキリを回転させますが、熱が冷めないように手早く交代できる体勢を取るので神職同士の背中が密着してよく見えません。

 かつてこの神事を見た人から「30分かかった」と聞かされていました。テレビカメラがその瞬間を狙っていますが、「古式にこだわらなくてもいいのではないか」と思っている私は座(撮影場所)を外しました。待つこと○○分。当時の人々には「神の業(わざ)」とも見えそうな発火器具の助けを借りたのか、神職の豆が出来た手が想像できそうな奮闘努力の結果なのかは分かりませんが、煙が上がり筒粥殿内に動きが見られました。

 報道用ビデオライトが当たるとフラッシュ不使用のシャッターチャンスです。30分の1秒ですから(被写体ブレはあっても)手振れの心配はありません。高く掲げたカメラの液晶画面を見ながら静かにボタンを押しました。その中の「ベスト版」が上写真です。フラッシュによる影もなく、焚き火の光源による暖かみのある自然な筒粥釜を切り取ることができました。

 狭い社殿内に「大祓」の唱和が満ちあふれ、神事に相応しい場となっています。普通の調理と同じですから、煮こぼれしないように火力を調整し差し水をします。担当者は葦束の下に大きなシャモジを入れ持ち上げるように混ぜていますが、かなり力がいるようです。

 その一部を覚えられるほど「大祓」が繰り返されます。聞くと、約5分の「大祓」を10回繰り返すそうです。さらに薪の補充と攪拌が続きます。小一時間経過すると、神職一人を残して引き揚げました。後は交代で炊き上げるのでしょう。私も、気が緩むと意識の中心に座りこむ空腹と寒さに、「これが限界」と引き揚げました。

 占いの結果は翌朝発表されます。しかし、同じ朝でも真冬の5時です。筒粥殿の前で誓った「明日また来よう」ですが、就寝時間が近づくに連れて気力が萎え、布団に潜った時点で“潔く”諦めました。


諏訪大社筒粥目録 平成17年1月29日


 同じ頂くのなら神事のあった1月中に、と春宮へ出かけました。授与所に声を掛け、(名前が分からないので)筒粥占いの表が欲しい旨を伝えると、「少し待ってください」と探し始めました。神事から二週間後では“完売”かなと覚悟を決めた頃、「秋宮なら確実にあります」と、この後の行き先を告げてくれました。

 明後日には遷座祭が執り行われる秋宮授与所の巫女さんから、「下の社務所へ」とさらに“転送”されました。初めて見る社務所内は、神職の袴姿がなければ普通の事務所と変わりありませんでした。

 早速、正式名が「諏訪大社筒粥目録」とある一覧表の内容を見ると、はるご(春蚕)・なつご・あきご、とあります。野菜の出来を占うとばかり思っていましたから、「エッ、蚕」でした。もっとも、蚕そのものではなく絹が生成される繭の出来です。天候の変動や病気に左右されやすいことから占いの対象にしたのでしょう。これを見て、今年は秋蚕(あきご)が「上の上」だから、「春と夏は少なめにして、秋で勝負」というような判断をしたのでしょう。

 かつては、よく当たるので『諏訪の七不思議』の一つに数えられていました。私は農家ではないので「作況指数」を知る機会はなく、「筒粥占い」がどの程度当るのかは分かりません。当たり外れはともかく、両者の統計を比べてみるのも面白いかもしれません。

 最終項には「世の中」があります。これだけは「上中下」の組み合わせではなく「三分六厘」でした。五分を満としますから72%となります。100%の世の中とはいかなるものか定義できませんが、とりあえず天気予報で言うところの「平年」と同じに考えることにしました。「それでは、平年とはどういうものか述べてみよ」と言われても困ってしまいますが…。


春宮の筒粥神事(火入れ) 平成21年1月14日 


 「これが春宮か」という工事用のシートで覆われた幣拝殿を見ました。「修復中」であることをコロッと忘れていたので、翌朝の「幣拝殿内での神事をこの目で」はなくなりました。しかし、「神楽殿の中で占う」ことはこの先数十年はないだろう、とプラス思考に切り替えました。

 見回すと、指を折って数えられた4年前とは大違いの、神事を待ち受ける人の多さに驚きました。報道関係者を含めて30人はいるでしょうか。これを見て写真を撮ることは諦めました。筒粥殿は間口が1間しかなく、しかも壇上にありますから、神事を直接見られる(写真が撮れる)のは最前列の5、6人に限られます。

 社殿前に貼り付いている、いつ着火するともわからない瞬間を待つ人垣を遠くに見ながら、氏子総代や出番待ちの取材記者数人と焚き火を独占しました。30分過ぎ、40分を経過すると、輪の中で「異常事態」の声が挙がり始めました。9時を大きく回ると、私と違い仕事で来ている記者にも待ち疲れの言葉が洩れるようになりました。真剣に火を起こそうとしている当事者には力が萎える、簡便な着火方もつい口に出てしまいます。

 ここまで「キコキコ」と伝わってきます。私は「弓切り」で経験していますから、この音では着火しないことを知っています。この分では手の豆はすでに破れているでしょう。明日の筋肉痛も思いやられます。

 9時50分、ようやく火が着いたようです。少しの間の後、待ちかねた「大祓」の声が流れてきました。ここからは、工事用の塀の間を通して筒粥殿が見通せます。その前に陣取る人垣は、10時40分に「大祓」が終わるまで崩れることはありませんでした。前回は「大祓」の映像を撮り終えた報道陣が帰ると、上写真のように筒粥殿内は丸見えでした。“長期戦”に備えて自宅と焚き火を往復している大総代に尋ねると、「二年ほど前から増えてきた」と言います。

 ようやく疎らになった見学者を見て、私の出番と筒粥殿に近づきました。権宮司が見守り“当番”が攪拌する左写真は、フラッシュを使わなかったのでブレ気味ですが、計算した通りの「味のある映像」となりました。

 自宅は、ここから車で40分の距離にあります。「車内で待機」も考えましたが、カメラの低温によるバッテリーの消耗が気になります。心身(主に空腹)の充電も兼ねて自宅へ戻ることにしました。

http://genjin.cool.ne.jp/simosya/tutu.htm


筒粥神事(神占神事) 1月15日


 平成21年。1月15日の神事は初めてなので全く様子がわかりません。“不測の事態”に備えて、コンビニで買ったアンまんと肉まんを腹に収めました。余裕がありすぎる3時半ですが、(昨夜来て)焚き火があるのを知っていますから、車内で待つよりと境内に向かいました。

 夜半の雪がうっすらと境内一面を覆っています。「まずは筒粥殿」とその前に立つと、…扉が閉まっています。現在は「簡略化」が進み、昨夜(0時)をもって炊き上げが終了したのかと思いました。しかし、冷ます時間が必要なことに思い当たり、自分の人生そのものの考えを恥じました。

 周りだけ黒い土を見せている焚き火の番人は昨夜の若者でした。本人は「成り行きで」と言いましたが、氏子総代と思われる父から言い渡されたのでしょう。体の前後を交互にあぶりながら、菅江真澄が天明4年(1784)に書いた筒粥神事の模様に想いを馳せました。

 御社(みやしろ)のこなたかなたに、榾(ほだ)焚きて人集まりて、ワラ靴の氷・袂の霜とかしてあたりぬ。御社の片辺は柱四つ立たる中に鼎(かなえ)すえて、今日の筒粥煮るめる。御神楽の声を聞きつつ待ちいたるに、やがて小さやかなる戸押し開きぬれば、我先にと潜り入るに、脇差のツバに頭打たれ、袖などをかしこの釘に引っかけて、これを撫でつつあと見返りて、…

『信濃資料叢書』から「熊谷本・すわの海」

 焚き火に当たるのはまったく同じですが、私は、ダウンジャケットにマウンテンパーカー。下は2枚重ねの(効果があるのか疑問の)発熱素材のタイツ、ウレタンのインナーブーツに靴用の使い捨てカイロを入れた長靴という重装備でした。

 4時15分、社殿が開かれ準備が始まりました。権宮司が、まだ湯気が上がる葦束を取り上げて三方上に置きました。滑るのでしょうか、慎重な手さばきです。
 すでに“正装”した祢宜(写真左)がそれを捧げ持ち、神楽殿の奥へ安置しました。

 5時前に、神職と氏子総代が神楽殿に着座して神事が始まりました。いよいよの筒粥占いですが、権宮司の背中の動きしか見えません。一本ずつ「上・中・下」を組み合わせた「良し悪し」を声にします。別の神職が書き留めているようですが、ここからは見えません。

 5時40分頃だったと思います。祢宜が神楽殿の廻縁に座ると、報道各社のビデオライトが一斉に点灯しました。占いの公表です。かつては「筆で、懐紙に記録」でしたが、今は「目録」がもらえます。それでも筆ならぬボールペン(鉛筆)で記録している人を見て、私も「古にありけむ人のように」とポケットのボールペンをまさぐりましたが、指先の余りの冷たさに、その手を出すことはありませんでした。

 急ぎて御やしろの下にかがまり集いて、我も我もと押し合いよりて、矢立に息しかけて、今や今よと待ちぬれば、祝、赤黒白の袂豊かに、階段(きざはし)に昇りて、柏手ハタハタと聞こえて後、ややありて、白き袂の祝、筒破りて、なりわい(作柄)の良し悪しを呼ばう。人々、手毎に束短かの筆にて、懐紙に書き付く。こは、米・麦良かりつるよ、今年は世の中よかるべし。「※去年の今日の占い悪しかりと聞こえし毎に、浅間山破れて(噴火して)世の憂いとなりぬ」 この占いの尊さよ。御粥は子(夜12時)の始めより、御橋に日当たるまでに煮やし奉ることは、年毎の試しなりけるなど、声高に語るに、かんわざ(神業・神事)果てぬれば、皆帰りぬ。


※「」内は『秀雄北越記本』で、世相がわかるので加えた。

 神事終了後、参観者のリクエストで、神楽殿の廻縁に割られた葦が公開されました。LCVのビデオライトのサービスもありきれいに撮れました。左右の「青白」が気になりましたが、自宅のモニター上で確認すると諏訪大社の紋が入った手拭いでした。

 筒粥目録をいただくまでは帰れません。授与所内では準備をしているようですが、コピーにしては時間が掛かり過ぎています。6時15分頃にようやく手にした目録を見ると、何と判定が手書きです。古例に倣えば自前の紙に自分で記入すべきですから、神職の多忙さを思い感謝しました。

 授与所の横に権宮司が現れると、一斉にカメラが取り巻きました。「神事は終わったのに何だろう」と早く帰りたい気持ちをいさめて待つと、占いの総括というか解説でした。


『長野日報』の16日付の朝刊では

北林権宮司は

「火のつきが悪かったこと、いつもは(釜の中で)回転する筒が回転しなかったこと、粥が水っぽかったことが気になる。全体的には気持ち上に読んでいるので、少し下だと思ってもらえばいいと思う。水不足が心配。景気はあまりよくない。冒険はせず、うし年であり、確実に一歩踏み出すように。来年の御柱祭に向けて力を蓄えて欲しい」


と述べた。

とありました。確かに、なかなか火が着かなかったのを「この一年の先行きを表している」と考えると、…やはり『諏訪七不思議』でしょうか。昨夜は、市販の「火起こしセット」を購入した方が、と思ったことが恥ずかしくなりました。これで、年頭の占いをズシリと感じると同時に、この先どうなるのかという不安に包まれました。


御柱年の筒粥神事 平成22年1月15日


 修復が終わった幣拝殿で筒粥占いがありました。去年は工事中とあって神楽殿で行われましたから、二度目となる見学は、(私にとっては)幣拝殿で行われる初めての神事となりました。

 以下の写真は、テレビ局のビデオライトの照射に便乗して、フラッシュなしで撮ったものです。“補助光”の恩恵があるとはいえ、シャッタースピードの表示は「1/4」秒です。自分でも不思議に思うほどファインダー内の像が揺れません。「諏訪明神の力添え」を思いましたが、寒さで硬直した体を原因とした方が自然でしょうか。

 「夜空にうっすらと“赤屋根”が」と言っても、このキャプションがなければいつもの幣拝殿に見えるでしょうか。神職が壇上の「筒粥」に向かって拝礼するカットですが、白衣と赤い屋根が予想した以上に効果的に撮れていました。

 ビデオライトが集中していますから、幣殿の奥まで明るく撮れました。フラッシュ使用と比べると、明るさと解像度で劣りますが、より自然に撮れていました。

 右に宮司が着座して神事を見守っています。中央の権宮司が筒を割って判定をします。それを、左の祢宜が復唱して書き留めます。指がかじかむのでしょう。時々火鉢に手を寄せていました。

 祢宜が、今年の占いの結果をまとめて公表しました。菅江真澄は「白き袂の祝、筒破りて、なりわいの良し悪しを呼ばう」と書いていますから、当時は「集計した結果」をまとめて告げることはなかったのかもしれません。その分聞き漏らしがないように真剣に書き留めたのでしょう。

 現在は、実質には、報道関係者に伝え、その記事が歳時記という形に変わっています。しかし、二日通して参観すると、世の中の変化に関わりなく古来より連綿・粛々と行ってきた諏訪大社神職の姿に「諏訪大社の古さ・伝統・“凄さ”」を改めて見ることができました。

 空が白み始める中で、権宮司から「占いの解説」がありました。今年の御柱にも触れて、「トラ年の御柱祭は荒れると聞いている。俺が俺がと前に出ることは止めて、氏子全員が一致協力してお諏訪さまを盛り立てて欲しい」と話がありました。聞き覚えの思い出しなので正確ではありませんが、私には「下社木落しの過熱」を指しているように聞こえました。最近は「お舟祭り」で部外者による乱れが続きましたから、「木落しの華乗り」を巡って暴力沙汰が起こるのを心配したのでしょう。


 「長野日報社」1月16日付の朝刊から、一部を紹介します。


(前略) 吉凶を占った北島権宮司は神事後、

「三分四厘といっても卑下する必要はないと思う。時間や季節の流れが早い年になる気がするので、何事も早めの準備をするといい。良いときと悪いときの波があると思うので、良いときを持続させる努力を」

と述べた。御柱祭にも絡め「今年は諏訪の氏子の力が試される年。自分が自分がと前に出ることなく、協力して踏ん張ってほしい」と話した。

http://genjin.cool.ne.jp/simo-sinji/tutu2.htm

民主党政権になって続発する神社仏閣での変事


2009年10月8日 伊勢神宮「樹齢数百年」巨木倒れる

台風18号の影響で、三重県伊勢市の伊勢神宮では、境内の杉の巨木が根元近くから折れたため、朝から参拝の受け入れを停止。この杉の木は、伊勢神宮の内宮の正殿近くにあったもので、樹齢がおよそ800年、幹の直径がおよそ3メートル、高さが40メートル以上。


2009年10月8日 伊勢の夫婦岩の大しめ縄が切れる

台風18号による荒波の影響を受け、三重県伊勢市二見町沿岸にある夫婦岩を結ぶ、二見興玉神社の大しめ縄5本がすべて切れた。約10メートル離れた夫婦岩を、約35メートルのしめ縄5本で巻き付けるように結んでいた。9月5日にしめかえたばかりだったという。

2009年10月14日 灘のけんか祭りで見物客1人が死亡

14日夕に同県姫路市の松原八幡神社付近で行われた「灘のけんか祭り」で、見物客の男性が神輿にぶつかって死亡。

2009年11月21日 神社の大木が倒れ七五三参拝の女性直撃

福岡市東区箱崎1の筥崎宮(はこざきぐう)(田村靖邦宮司)で21日午前、木が倒れて参拝客の女性が怪我。倒れた木は高さ17メートル、幹回り2メートル25、枝ぶりの幅20メートルのエノキの大木。


2010年3月10日 鶴岡八幡宮のご神木の大イチョウが倒れる

鶴岡八幡宮(吉田茂穂宮司)のご神木とされる大イチョウが、10日午前4時40分ごろ、根元から倒れているのが見つかった。樹齢は800〜1000年。

2010年4月3日 三重県の上げ馬神事で上がり損ねた馬が即死

三重県の無形民俗文化財として指定を受ける「上げ馬神事」が、東員町の猪名部(いなべ)神社で行われたが、壁を上がり損ねて転んだ馬が首の骨を折って即死するアクシデントが発生。

2010年4月18日 妻科神社のご神木のケヤキ倒れる

18日午後7時半ごろ、長野市妻科の妻科神社境内で、ご神木のケヤキ1本が倒れた。「どすん」という音を立てて地面に横倒しになったが、けが人や建物などの被害はなかった。翌朝も通り掛かった近くの住民らが驚いた様子で眺めていた。

2010年4月27日 永平寺 樹齢700年のご神木が真っ二つ

福井県永平寺町の曹洞宗大本山永平寺で27日夜、樹齢約700年の杉(高さ約45メートル、直径0・8メートル)が折れ、鐘楼堂に倒れかかり、屋根の一部を壊した。近くの祀堂殿の屋根にもはずみで折れた枝が当たり一部が壊れた。当時、強い風が吹いており、杉があおられて折れたとみられている。


2010年5月8日 長野の御柱祭 ワイヤーが切れて柱が落下し2人死亡

8日夕方、長野県下諏訪町の諏訪大社で行われていた御柱祭で、大木の柱を境内に建てていたところ、柱を支えていたワイヤが切れ、柱に乗っていた3人が15メートルの高さから地上に落下し、このうち2人が死亡。                
      


新潮45 2010年5月号


◆現代に宿る神々を求めて/山村明義

由緒ある神社に去年の春、鳩山由紀夫が願掛けに来た。選挙勝利の祈願だったが、その日の朝なぜか宮司が剃刀でひげを剃ろうとした時手元が狂い、顔から出血し血が止まらなくなってしまったという。


2010年5月5日 神社の祭礼中に馬暴れ6人重軽傷 滋賀・大津

滋賀県大津市長等の国道161号で、長等(ながら)神社(大津市三井寺町)の「5月例大祭」の行列に参加していた馬2頭が突然暴れ出した。このうち1頭に乗っていた男性(30)が落馬し、足の骨を折る重傷。また、馬の手綱を引くなどしていた16〜54歳の男女計5人が打撲などの軽いけが。観客にけがはなし。


2010年08月25日 日吉神社境内の国の重要文化財の三重塔が落雷?で出火

岐阜岐阜県神戸町神戸の日吉神社の境内にある国の重要文化財の三重塔から出火、3階部分の屋根裏の一部が焼けた。現場周辺は当時、激しい雷雨だったといい、落雷の可能性があるとみて大垣署が調べている。


2010年09月06日 鹿島神社で樹齢400年の御神木の杉の木が突風で根元からなぎ倒される

宮城県加美町で6日夕から夜にかけて強い風が吹き、同町の鹿島神社で樹齢400年以上とされる神木のスギが倒れた。けが人はなかった。仙台管区気象台は7日、竜巻の可能性があるとみて調査を始めた。

2010年09月08日 三井寺境内の樹齢約300年のシイの大木が倒れる

滋賀県大津市園城寺町の三井寺境内にある樹齢約300年のシイの大木(高さ約10メートル、直径約70センチ)が、台風9号の強風で倒壊。


2010年09月23日 祭りの人混みに落雷、34人重軽傷

千葉県いすみ市大原地区では「大原はだか祭り」が開催されていたが、祭り終了後に神輿の担ぎ手らが終結していた同市立大原小学校の校庭に落雷があり、34人が負傷して病院に搬送された。

2010年10月10日 だんじりに挟まれ男性死亡

大阪府泉大津市で開かれた秋祭りで、だんじりを引いていた同市の男性(28)が別のだんじりとの間に挟まれて死亡した。


2010年11月02日 白鳥神社で樹齢800年以上のご神木のイチョウが根元付近から折れて倒壊

宮城県村田町村田の白鳥神社(村田守広宮司)境内で、樹齢800年といわれる町指定天然記念物の「イチョウ」の大木が根元付近から折れ、倒れた。同町内では同神社から約2キロ離れた倉庫屋根のトタンが飛ばされたほか、店舗の看板が壊れるなどの被害もあった。同町では「突風による被害ではないか」とみている

早いとこ民主党をなんとかしないと、このままでは大変なことに・・・?! 

(コメント)

日本で民主党が政権を取ってから急速に日本の国力や国運が弱まっていて、それに呼応するかのように神社仏閣などで不吉な出来事が相次いで発生している。列挙した事件がそれぞれ違う年に単独で起きたのなら、それは単なる不運な事故で済まされるだろうが、民主党政権の誕生以降に続けて起きると、さすがに偶然では済まされなくなる。これらは何らかの警告であり、神の怒りの表れなのだろうか。
                 

http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-647.html
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-696.html


6. 中川隆[5756] koaQ7Jey 2016年12月29日 17:50:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[6197]


消えゆく「死者との交信」―― 青森のイタコを訪ねて 12/29
http://news.yahoo.co.jp/feature/466


動画アリ


あの世に旅立った魂を降ろしてもらい、遺された者はその魂の言葉を聞く。

「どうして突然、逝ったのか」「思い残したことはないの?」——。

逝った者と遺された者。

東北に根付いたイタコはその両者の間に身を置き、魂の言葉をやりとりしてきた。

イタコとは何者か。魂を呼び寄せ、その言葉を聞く「口寄せ」とはー。

最盛期の昭和40年代に300人以上いたとされるイタコはいま、6人しか残っていないという。晩秋の東北でイタコに会った。(Yahoo!ニュース編集部)

和室に老女が座っている。白装束。顔にも手の甲にも深いしわがある。

現役最高齢のイタコ、中村タケさん(85)だ。

タケさんは目が見えない。かつてイタコは、盲目の女性がその役を担った。
いま、盲目のイタコはタケさんだけだ。


向き合った女性に「亡くなったのは、いつですか?」とタケさんが問うた。
午後の太陽が窓越しに部屋を照らしている。


死者の魂を降ろす「口寄せ」。
依頼した庭田美子さん(左)は頭を下げ、イタコに向き合う(撮影:田川基成)


その女性、庭田美子さん(59)も正座していた。

「4年前です」。庭田さんが父の命日や名前などを告げると、タケさんは座ったまま背を向け、祭壇に向き直った。


「口寄せ」が始まる。

死者の魂を降ろし、声を聞く


青森県八戸市の山間にある南郷地域は、古くからイタコ文化が栄えた。タケさんは今もここで「口寄せ」を行う。先立ったあの人は、心の中で何を考えていたのか。それを聞くために、人々はタケさんの家に足を運ぶ。


八戸市近郊の庭田さんは、4年前に亡くした父の思いを知りたかった。


イタコの中村タケさんが住む八戸市の南郷地域。依頼者の庭田さんの父は、この空のどこかにいる(撮影:田川基成)


高校3年生の時、庭田さんが「農家を継がない」と宣言して以降、娘と父はほとんど口をきかなくなったという。娘はその状態で家を出て、結婚し、子どもが生まれた。孫を連れて帰っても父の冷淡さは変わらない。娘の頑固さも父譲り。歩み寄る言葉を互いに交わさぬまま、父は他界した。


あれ以来、庭田さんには、ずっとわだかまりがある。どんな事情があったにせよ、父は父。自分の夫や子どものことを本当はどう思っていたのか。それが知りたい。厳しい言葉でもいい。父の言葉を聞きたかった。

「口寄せ」、始まる


庭田さんに背を向けたまま、タケさんの「口寄せ」が始まった。


「ここに申し願い頼み奉る 極楽の役人どもに 今 呼びしたい方の道を 必ず与えて下さることを…」


「口寄せ」で経文を唱え続けるタケさん(撮影:田川基成)


白装束が時に左右に、上下に揺れた。眉間にしわを寄せ、強く目をつむる。苦しそうにも映る。ゆっくりした、まさに絞り出すような声で経文。この地方だけの方言か、イタコしか使わない言葉か。傍らで耳を傾けても、経文の意味を解することは難しい。


「降りてきてください」


口寄せの間、経文が続く。白装束にも経文(撮影:田川基成)


15分ほどが過ぎ、タケさんはそう口にした。経文の、最後の言葉だ。


タケさんが向き直った。咳払い。素早く数珠をこする。仏になった庭田さんの父。その思いがタケさんーイタコの口を突いて出ようとしていた。

亡き父の言葉はー


「思いそめての大難だ(思いがけない災難があったのか)。心寄せて喜びのだつきに(みんなが集まって何か良いことがあったのか)」


降りてきた父の、最初の言葉だった。そして、一言ずつ、区切るような言葉が続く。


「(仕事を)頑張ることを人生の一番の願いとして暮らした時代もあったが」「あんたたちの来る楽しみを心の喜びにしながら」「(家族と会う)喜びを届けてみたかったという心残りはあるけれども」「何と言葉に交わせばよろしいか(言葉にすることができなかった)」


晩秋の八戸市で庭田さんは亡き父の言葉を聞いた。涙が出た(撮影:田川基成)


イタコの口を借りた父の言葉は、およそ20分続いた。途中から顔を上げて聞いていた庭田さん。彼女は和室を去る前にこう言った。


「涙が浮かびました。(自分が自宅に)帰れば、(父は)うるさがって、孫の顔なんか見たくない、という感じだったので。(本当は)そう思ってくれていたんだ、って。しみじみと思いました」


父の言葉を聞いている間、確かに、庭田さんの目はうるんでいた。

あの世はありますか?


タケさんには、仏が降りて来た時の記憶はない。何を喋ったのかも覚えていない。あるのは、仏が降りた瞬間に、背中のあたりがもやもやと温まるような感覚だけだ、と言う。


國學院大学大学院特別研究員の大道晴香さんによれば、イタコは神仏の声を聞く巫女(みこ、シャーマン)の一種であり、盲目や視力の悪い女性が主にその役を担ってきた。巫女文化は東北に古くから広く存在し、イタコ以外にも、オガミサマ(岩手県・宮城県)、ワカサマ(福島県)などがいた。しかし、いずれの巫女も、既に途絶えているか、数名を残すだけだという。


カメラは確かに口寄せをとらえた。巫女となったタケさんはレンズの前で、庭田さんの父になった。死者との交信である。しかし、そんなことが本当にできるのか。失礼だとは思いつつ、盲目のイタコに尋ねた。


あの世は「ある」。イタコのタケさんはそう言う(撮影:田川基成)


——仏様なり、神様なりが実際に降りてくるんですよね?


「はい、降りてきます」


———敢えて聞くんですが、あの世は本当にありますか?


「それはね、ある、ある。あると思います。私も終わって行ってみない(いない)から、ね、あの、こういうとこだよ、って言うことはできないけど、でも、あの世があるから、みんな、仏さんになれば行くとこに行って、仏という道をちゃんと守って暮らしている。私たち(イタコはそう)伺ってきたから、それを信じてます」

水垢離、断食。厳しい修行


タケさんは3歳で全盲となり、13歳でイタコに弟子入りした。弟子は、師匠の家に住み込み、学ぶ。修行は長ければ10年ほど。身を浄めるために冷たい水を浴びる「水垢離(みずごり)」や「穀断ち」(断食)などの苦行もある。目が見えないため、100近い経文はすべて耳で覚える。タケさんはおよそ2年で独り立ちした。


口寄せで使った物、その時の仕草。あれは何だったか。それもタケさんに尋ねた。


「口寄せ」の時に背負う「オダイジ」。開けたことはない(撮影:田川基成)


背負っていた、布で包まれた竹筒は「オダイジ」と呼ばれる。独り立ち直前の「師匠上がり」の際、師匠が与える。竹筒の中に入っているという巻物は、一度も取り出したことがない。一度でも開くと、巻物は「二度と収まらなくなる」と教えられたからだ。


数珠をこすって鳴らすのは、魂が降りる場所を知らせるためだ。数珠に取り付けた六文銭は、三途の川を渡るときの船賃である。


数珠に取り付けた六文銭。こすって音を出し、魂の降りる場所を知らせる(撮影:田川基成)

厳しい自然が育んだ文化


「カミサマ」と言われる青森県の他の巫女などと違ってイタコには明確な特徴がある、と國學院大学の大道さんは言う。イタコは「師匠のもとでの修行」が必須であり、例えば、ある人が突然、「仏が降りてきた」などと言っても、イタコになれるわけではない。江戸時代まで師匠の系譜をさかのぼることができるイタコもいる、と大道さんは指摘する。


東北の人々は昔から、厳しい自然に悩まされてきた。貧しい土地で作物が取れるのか、いつ漁に出ればいいのか。そんな日々の心配事にも、イタコは「占い」や「お祓い」で応えてきた。口寄せだけが、イタコの役割ではなかった。


その文化も最近、大きな曲がり角にある。八戸市在住の郷土史家で、長年イタコの実態調査を進めてきた江刺家均さんは「イタコは現在、6人しかいません」と言う。


イタコ文化について語る八戸市の郷土史家、江刺家均さん(撮影:田川基成)


江刺家さんによれば、東北には「死ねば、お山さ行ぐ」という言い伝えがある。特に青森県の下北地方では、死者の魂は「恐山」に向かうと信じられてきた。そうした死生観が、イタコ文化を育んだ。しかし、50年前に60人ほどだったイタコは激減した。「自分が生活していくのに精一杯で、師匠になるイタコさんがいなくなった」と江刺家さん。恐山に口寄せの場を設けるイタコはもう、2、3人しかいない。


大道さんも、時代の変化を強調した。東日本大震災の後、宮城県の人たちから新たな依頼者が訪れるなど、口寄せへの需要は高いまま。しかし、イタコ減少の流れは変わらない。「福祉、医療制度が発展したことが大きい。目が見えないからといって、イタコを職業に選ぶ人は圧倒的に減りました」と大道さんは言う。

「最後のイタコ」、その姿は


イタコは、このまま消えるのだろうか。


八戸市に住む松田広子さん(44)を訪ねた。最年少のイタコで「最後のイタコ」とも呼ばれる。松田さんは高校生の時、病院でも治らない症状をイタコに治してもらったことに心を動かされ、この道に入った。そのイタコが後に松田さんの師匠になる。


「最後のイタコ」と言われる松田広子さん(撮影:田川基成)


「いま考えると」と松田さんは言う。「免許がないので不便(な職業)なんですけどね。毎月決まった給料が入ってくるわけでもないですし」。依頼者に地元の住民は少ない。「東京からが来る方が多いですね。沖縄や北海道からも来ます」。全国各地からネットを通じて問い合わせがあり、そして八戸に足を運んで来る人がほとんどだ。今は毎月、10日ほどイタコの仕事口を手掛ける。

「オシラサマ」のお祓い


松田さんには2人の子どもがいる。大将君(7)と、樹理ちゃん(6)。正座した2人に対する「お祓い」の様子を見せてもらった。松田さんの両手には、家の神様「オシラサマ」。二つあるのは、男女の対を意味している。


松田さんの両手に「オシラサマ」。男女の対だという(撮影:田川基成)


それを子どもたちの背中や肘、頭などに触れさせていく。“悪い虫”がつかないように、である。オシラサマを遊ばせる「オシラサマアソバセ」も見せてもらった。その家の1年を占う儀式だ。これもイタコの役目であり、古くから東北に根付いている。


「オシラサマ」を手にする松田さんの子どもたち(撮影:田川基成)


松田さんは樹里ちゃんに後を継がせるつもりはない。「もう神様仏様のせいにする時代でもないですし、イタコで生きていくのは難しいと思います」。松田さんが弟子を取らなければ、イタコの習俗は途絶える可能性が高い。

83歳のイタコ「弟子を取らなかった」


八戸の市街地と港を結ぶ国道を車で走ると、イタコの電柱広告が目に入る。タテに大きく「小笠原イタコ」の文字。昔はあちこちにあった電柱広告も、今はここしかない。


広告の主、小笠原ミヨウさん(83)は20歳でイタコの道に入ったという。10年ほど前までは、恐山でも口寄せの場を設けていた。最近はそれも難しくなった。ぜんそくが悪くなり、イタコとして動くことができないからだ。カメラ取材の日も「これでも治ったほうです」と言いながら、時々激しく咳こんだ。


ミヨウさんは弟子を取らなかった。「自分が(修行で)つらい思いをしたから、同じ思いをさせたくないと思って」のことだ。そう、イタコは誰でもなれるわけではないのだ。


夜明けの八戸港。市街地とここを結ぶ間にイタコの小笠原ミヨウさんはいる。静かな海も時に荒れる。その自然の中で、人々はイタコを頼った(撮影:田川基成)


自身も覚えていない、数え切れないほどの死者との交信。それを手掛けてきたミヨウさんは、あの世をどう捉えているのだろうか。新幹線が八戸を通る時代にあっても、あの世を信じているのだろうか。


「私も死んでないから、そっちの世界は分かりません」


イタコでも分からない?


「分からない。でも、私はこれ(イタコ)で良かったと思っています。私は神様仏様のおかげで、今日まで救われたと思っています」


————あの世から魂を降ろし、亡き者の言葉を聞く。イタコがつくる習俗の世界。その声と音と共に、イタコのいる空間を動画で感じ取ってほしい。あなたにも。
http://news.yahoo.co.jp/feature/466


7. 中川隆[-5833] koaQ7Jey 2017年11月30日 08:01:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

古来より宗教的体験はその記述を追ってみると病気の症状である場合が多い。
マイケル・ガザニガによれば、モーセやブッダ、ムハンマドについても側頭葉てんかんが疑われるという

側頭葉てんかんと神秘体験。


宗教的・神秘的な体験は
側頭葉の癲癇(てんかん)
によって起こると言われています。


側頭葉てんかんとは、てんかんの一種。

側頭葉てんかんの原因は、
仮死分娩、
脳炎・髄膜炎の後遺症、
はしか、
突発性発疹、
先天性脳腫瘍、
大脳皮質の形成障害、
脳血管障害、
頭部外傷など、
非常に多岐にわたる。


意識の喪失・痙攣はせず、
患者は発作が起きると
聴覚・視覚・嗅覚・触覚に異常を覚える。
茫然自失状態となったり、
よくわからない言葉を話したりする。


側頭葉てんかんの障害を持つ患者は、
発作が起きてなくても、
ゲシュヴィント症候群と称せられる特色を持つ。


@過剰書字(たくさん文章を書かずにいられない)
A過剰な宗教性・道徳性
B攻撃性
C粘着性
D性に対する極端な態度


側頭葉てんかんで有名な人は、
ゴッホ、
ドストエフスキー、
ルイス・キャロル、
アイザック・ニュートン、
ギュスターブ・フローベール


天才ばかり。


さらには、
パウロ、
ムハンマド、
モーセ、
仏陀、
ジャンヌ・ダルク

宗教関係者は、
伝記から推測するに
てんかん発作を経験していると思われる。


側頭葉は、
強烈な宗教体験を知覚するとき、
幻聴が聞こえるときに活動するとされている。

特定の電気を頭に流す事で、
神秘体験、宗教体験をする研究は盛んだ。
脳に流れているのは、
微弱な電流。

すでに、操作することが可能だと言う。

特定の電流を頭にあてることで、
頭が良くなるヘルメットなどもすでに開発されている。

オウム真理教のヘッドギア。
あれも似たような効果を狙っていたはずだ。

教祖の体験した、
側頭葉てんかんによる宗教体験を、
ストーリーを聞き、
左脳が理解し、
擬似的に、間接的に体験する事で
宗教というものは産まれているのですね。


側頭葉てんかんの患者は、
しばしば神の降臨・神との接触など
神秘体験をすることが知られています。


「神は側頭葉にいる」


そんなジョークもあるのです。

この、
側頭葉てんかんと神秘体験について、
擬似体験させてくれる小説があります。


山田正紀著 
『神狩り』
『神狩り 2 リッパー』


側頭葉の発火で
目の奥が、
バチバチッと光る感じで
超能力が発動して、
天使見えるようになっちゃう。
そんな話。

おすすめのSF小説。

そうだ。


今日、
てんかんについて書いたのは、
京都は祇園にて、
花見客6人をひき殺した事件。事故?

その死亡した運転手が、
てんかん患者だったというからだ。

てんかん患者、
パニック障害、
これらは似た症状が起きるのだが、
身近で見た事があれば、
運転が危険だと言う事は明らかだ。


てんかん患者に対する、
運転免許証の交付は、危険。
事故に直結します。
てんかん協会の対応が求められます。
https://ameblo.jp/zion69noiz/entry-11222862687.html


てんかん患者として知られる著名人 (Wikipedia)


俳優

ヒューゴ・ウィーヴィング(俳優)
ダニー・グローヴァー(俳優)


音楽家

アダム・ホロヴィッツ(ビースティ・ボーイズのMC兼ギタリスト)
リチャード・ジョブソン(ザ・スキッズのボーカル)
ニール・ヤング(シンガーソングライター)
大江光(作曲家)
沢田泰司(TAIJI)元Xのベーシスト)


イアン・カーティス(ジョイ・ディヴィジョンのボーカル)
ステージ上で発作を起こすこともあり、自殺の一因になったとの説もある。

ジョージ・ガーシュウィン(作曲家)
多型性神経膠芽腫の最初の徴候として、めまいや短時間のブラックアウトと同時に、焼けたゴムの様な臭いがしていたという。そして、腫瘍を取り出す手術を施されたにもかかわらず、6ヵ月後に死亡した。


芸術


エドワード・リア(画家)
子供の時に発症し、姉のジェーンも頻繁な発作に罹っていて、早世したことから、遺伝からくるものだったのではないか、と推測されている。彼は自身のてんかんを恥じていて、生涯周囲には隠していたという。しかし、自身の日記で各々の発作の様子を記していた。


フィンセント・ファン・ゴッホ (画家)


スポーツ選手

ピート・アレクサンダー(元メジャーリーグ選手、300勝クラブ投手)
バディ・ベル(元メジャーリーグ選手)
トニー・ラゼリ(元メジャーリーグ選手)
フローレンス・ジョイナー(陸上選手・ソウルオリンピック金メダリスト)


作家

フィリップ・K・ディック(SF作家)
フョードル・ドストエフスキー(作家)
ビョルンスティエルネ・ビョルンソン(作家、ノルウェー国歌の作詞者)
晩年に脳卒中に倒れた後、部分てんかんに罹った。


ギュスターヴ・フローベール(作家)


宗教

ピウス9世(カトリック教会の司祭)


ジャンヌ・ダルク(カトリック教会の聖女)


ギュイヨン夫人(神秘主義思想家)
ジョセフ・スミス・ジュニア(末日聖徒イエス・キリスト教会の設立者)
リジューのテレーズ(カトリック教会の聖人)

パウロ(新約聖書の著者の一人)


アビラのテレサ(スペインのローマ・カトリック教会の神秘主義思想家)
慢性的な頭痛や一時的なブラックアウトに悩まされ、酷いときには4日間も昏睡状態に陥ることもあったという。


ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(イスラム教の開祖)
側頭葉癲癇が、彼にインスピレーションを与えていた原因の一つである、という分析がある。


エゼキエル(預言者)
スウェーデンのビルギッタ(スウェーデンの聖職者)


学者

ソクラテス(哲学者)

エマヌエル・スヴェーデンボリ(科学者・政治家・神秘主義思想家)

カール・グスタフ・ユング(精神科医・心理学者)
幼少時、失神を伴う痙攣発作をたびたび起こしていた。


君主・王族

ミカエル4世(東ローマ帝国マケドニア王朝の皇帝)
イヴァン5世(ロマノフ朝第4代のモスクワ大公)
ジョン(イギリス王子)
ヴェストマンランド公エーリク(スウェーデン王子)
フェルディナント1世 (オーストリア皇帝、ハンガリー王、ボヘミア王)


政治家

ガイウス・ユリウス・カエサル(軍人・政治家)
ハリエット・タブマン(奴隷解放運動家)
イーダ・サクストン・マッキンリー(ウィリアム・マッキンリー第25代アメリカ合衆国大統領夫人)

ナポレオン・ボナパルト(軍人・政治家)
夜中に短時間しか眠らなかったというエピソードは、睡眠中に発作を起こすため、連続した睡眠が得られなかったことに起因している。


なお、彼は一般に「3時間しか眠らなかった」と言われるが、実際は昼寝をしていて、それを含めれば6〜8時間に達していた(当時彼に仕えていた人の日記などからそう判断される)。

ウラジーミル・レーニン(ソビエト連邦建国者)
亡くなる最後の数ヵ月前に発病し、てんかん重積が原因で死亡した。ちなみに、その発作は50分間も続いた。


その他


ダニエル・タメット(円周率暗唱のヨーロッパ記録保持者)
https://blogs.yahoo.co.jp/smkss434/3285585.html


大宗教の誕生と「側頭葉てんかん」


エドガ・ケイシーの眠りながらする予言、療法なども「てんかん」なのではないかと思う。ケイシー自身は「てんかん」を頭の病ではなく腸の問題であると喝破しているところがすごい。


「てんかん」を次のように考えているようだ。


ケイシーは、テンカンになる原因として、主に、


1.頚椎、脊椎の歪み

2.出産時もしくは出産前に発生したトラブル、

3.内分泌腺の不均衡

4.腸の乳び管の癒着や炎症


などを
あげています。


※(妊娠中の母親の不適切な食事が原因のものもある)


さらに、魂の選択して、自分の魂の成長のためにテンカンとして生まれた。あるいは
両親の魂の成長のために自分がテンカンで生まれることを選択した(病を持った
子どもの世話をすることで、両親が精神的、霊的に成長していく)というものもあるようです。(ameblo.jp/sorakazeum)


お腹への「強打」あるいは殴打のような、傷害あるいは外傷

* 付着に帰着するお腹の炎症を作り出す幼年期の発熱
*脊柱の傷害(特により低位背骨)
*妊娠合併症
*困難あるいは異常分娩に起因する出産時外傷

より明確に、ケイシーは、てんかんのほとんどのケースに腹部癒着が乳糜管にあると述べました。
乳糜管はリンパ系の一部です。
それらは腸を通し消化された食物の通路として小腸から栄養素を吸収します。
乳糜管中の付着は、栄養素(特に脂肪およびタンパク質)の吸収を阻害をすることができます。
また、付着は血液リンパ循環とを阻害し、バランスあるいは「調整」から神経系を影響外にします。
神経系不調整はてんかんにおいてケイシーリーディングで引用された主要な要因です。

(blog.kushiroph.com)


側頭葉てんかんと宗教の誕生


(blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime)


「脳の中の倫理」(マイケル.S.ガザニガ著、梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店)という本を読んでみた。


脳という臓器が、


(1) 辻褄を合わせようとする(左脳の「解釈装置」で辻褄の合う物語を作る)臓器であり、

(2) 記憶も書き替えられるし、
(3) 不都合なことは忘れる臓器


だ、という研究の紹介だ。


著者自身が、特に、左右の脳を分離した状態の研究の大家であり、左脳の「解釈装置」に詳しいので、この本の後半の説明は面白い。犯罪の目撃証言がいかにあやふやなものかがよく分かるし、自分の記憶も簡単に信用してはいけないということもまた分かる。


「信じたがる脳」と題された第9章では、宗教的な体験と側頭葉てんかんの関連性

についての面白い仮説があった。


側頭葉てんかん は、てんかんの一種だが、意識の喪失や痙攣を伴わない。


患者は発作が起きると、 聴覚、視覚、嗅覚、触覚に異常を覚え、 しばらく茫然自失状態となったり、 口をぺちゃくちゃ動かすような症状が現れたりする。


側頭葉てんかんの患者は、発作が起きていない状況でも、ゲシュヴィント症候群と称せられる特色を持つとされこれは、


1. 過剰書字(たくさん文章を書かずにいられない).......作家、音楽家
2. 過剰な宗教性・道徳性......宗教家、心理学者
3. 攻撃性..........政治家、スポーツ
4. 粘着性..........学者
5. 性に対する極端な態度(非常に強まるか、弱まるか).....英雄


を示すという。典型的には画家のゴッホがそうだ。


ゴッホ以外にも側頭葉てんかんと考えられている有名人は、


ドストエフスキー、ルイス・キャロル、
アイザック・ニュートン、ギュスターブ・フローベール


などの天才、さらには、


パウロ、ムハンマド、
モーセ、仏陀、ジャンヌ・ダルク


などの宗教関係者が伝記から てんかん発作を経験していると思われるという。


側頭葉は強烈な宗教体験を知覚するときや、幻聴が聞こえるときに活動するとされており、弱い磁場を発するヘルメットで、側頭葉を刺激して、側頭葉てんかん発作のような明確な宗教体験をした(カナダのローレンシアン大学のマイケル・パーシンガーの研究)という研究もある。かつての、オウム真理教のヘッドギアも似たような効果のものだったのだろうか。


ガザニガの仮説は、大まかにいえば、


教祖の側頭葉てんかん発作ないしはそれに近い脳活動が宗教体験のもと になって、これが


左脳の解釈装置で現実と(ないしは物語と)一緒に解釈され、


ゲシュヴィント症候群の特徴を持った教祖が他人に影響を与える


ことによって、これが


現実生活に合ったものであった場合に、その宗教が大きくなっている のではないか、というようなストーリーだ。

側頭葉てんかん


(detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa)


現在の脳科学では側頭葉癲癇患者が発作時に神秘体験をするといわれていますし、かなりの宗教的聖人とされている人が側頭葉癲癇であったろうとされています。


確かユングも側頭葉癲癇が疑われてるはずです。


側頭葉電気刺激で正常者でも神秘体験が再現性があるので、一定の脳への刺激で(激しい宗教的修行や臨死体験などの脳の低酸素状態で出現します)人間に内在してる宗教感覚が体感できる能力は遺伝子的に組み込まれてるのは明らかなんです。


彼はそれを癲癇患者なりに直感で人類共通にある宗教感覚と思ったんでしょう。


太古の昔から人類の進化には宗教とは切っても切れない関係があります。


氷河期などの環境の激変を乗り越え、飢餓や捕食者との戦いの連続の危機的な状況で集団で狩猟採取生活をし、子供を育て、農耕文化へと発展する進化の過程で集団をまとめるのは強いリーダーとシャーマニズムであると思われます。


自然を畏怖し死者を敬っていたのはかなり太古のネアンデルタール人でさえ遺跡に痕跡があるのです。


それこそが彼の言う文化や地域関係なく人類の共通の集団感覚なんでしょう。


あなたの思考する脳は人類200万年の進化の結晶であり、行動・思考はあなた個人の独創的なものでなくDNAに組み込まれた一定のパターンの中で選択してるはずです。


東京女子医大脳神経センター 脳神経外科
(soufusha.co.jp/hori/)


平沢研一、林 基弘、山根文孝、堀 智勝


日本全国において てんかん患者は120万人に達し、うち難治性は成人例で25%、小児例で13%、全体で17% (20万人)である。


これらの中で、側頭葉てんかん は、手術治療の最もよい適応の一つと考えられている。以下に側頭葉てんかんを概説し、我々の取り組みについて述べる。


発作: まず、


1. 上腹部のこみ上げるような不快感、

2. 異次元にいるような感じ、

3. ものが大きく見えたり、小さく見えたりする、

4. 恐怖感やいやな臭い、

5. 既視感


などの前兆から始まり、


6. 意識が混濁


する。


この際、


7. 動作を停止し、虚空を凝視する


ことが多い。さらに典型的には


8. 舌なめずりや、

9. 手でものをいじる、

10. 部屋の中を歩き回る


、といったいろいろなタイプの自動症がみられる。


一回の発作が1分程度と長いことが多く、また、発作後も意識混濁が数分間続くことが特徴的である。
https://blogs.yahoo.co.jp/smkss434/3285722.html

宗教とは何か(1)宗教とは宗教でないものではない
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150331/1427727600

 「宗教とは何か」ということについて、少しずつ考えてみようと思う。


 「宗教」とは何なのか。われわれは、たしかに何かを宗教と呼んでいる。しかし、「とは何か」ということになると、話は簡単ではない。

 これは、学問的に定義するのも難しければ、一般的な言葉で答えるのも難しいであろう。多くの場合、宗教とは何かと問われたら、「たとえば、キリスト教とか仏教とか」と個別の宗教を挙げるのではないかと思われる。あるいはそれから共通点を探そうとする。

 しかし、あらゆる「宗教」に共通のものは存在するのだろうか。われわれは、それが何であるとき、それがどのようであるとき、あるものを宗教と呼ぶのか。そのことは明らかに自明ではない。宗教の定義は、宗教学者の数だけあると言われている。


 上にあげたような、個別の宗教の名前を列挙することで「宗教」なるものを見出そうとする作法は、結局のところ「宗教なるものは存在しない」という態度を表していると言える。つまり、存在するのは個別の宗教だけであり、それらの上位概念たる「宗教」は、名称だけが存在するとみる。

 あるいは、これと対立するものとしてあえて挙げるなら、個別の宗教を超えた「宗教なるもの」が確かに存在するとみる立場もあるだろう。つまり、先に「宗教なるもの」があり、個別の宗教は全てその一つの表れのとみる。どちらをとるかは議論する価値があるだろう。

 一方で、この二つは「個別の宗教は複数ある」という認識は共有しているが、それすらもない場合もある。つまり、ある個別の宗教こそが普遍的実在だとみなす場合である。これは「原理主義」と呼ばれるが、こうなった時、他の宗教に対する非寛容が生じる。宗教は場合によっては、人間生活のあらゆる側面を規定するからである。

 宗教が個人の内面の問題だとされている場合は、人間生活の「それ以外」の領域は宗教からは自由である。しかし、宗教によっては、教義的に、「それ以外」の領域が存在しないものもある。たとえば国家の法律や社会の慣習が、宗教の教義と一致している場合である。そこでは、実践の領域も宗教の制限下にある。そのような場合、内部での連帯は強くなるが、異質なものへの排斥の念は強くなる。「他のもの」が入り込む隙間がないからである。

 しかし、他の宗教に対してどういう態度をとるのか、とってよいのか、とるべきなのかも宗教によっていろいろある。そして、それが教義上明らかにされている場合とされていない場合、あるいは教義にはなくてもコミュニティ内では暗黙的に決まっている場合がある。こうした複雑な実感のからみあいが個別の宗教を成立させている。


 もっとも、何かが「宗教である」ことが、われわれにはなぜかわかるとは言えるだろう。それを言葉にするのが難しくとも、われわれには、あるものが「宗教」あるいは「宗教的」であるのかないのかの判断はできている。そこには何か基準があるはずである。


 宗教とよく対立するのは「科学」である。科学者の多くは、宗教を過去のものとする。宗教は確かに、たとえば連帯を成り立たせ、想像の力を育て、倫理観を培ってきたと、「歴史的に」宗教に意義があったことは認める。しかし、理性を十分に使えるようになった人類には、もはや宗教は必要ないというのがそこでの考えである。このような発想は、本人が明示的に主張している場合と、暗黙の前提としている場合がある。

 こうした主張に対して、宗教の側からは、たとえば科学も一つの宗教であり、あらゆるイデオロギーも宗教であるとする反論がみられることがある。確かに、あらゆる体系を宗教とみなせば、それは宗教に見えるだろう。もっともそれは、メタファーの持つ性質による。メタファーとは、Aというものを理解するために、AをBであるととらえることによって、AのもつB的側面だけを強調するものだからである(ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』参照)。

 しかし、ここで重要なのは、それが便宜的な理解ための一つの方法であるということである。AをBであるととらえることが可能でも、AをBであるととらえること「によって」AがBであることを保証するわけではない。たとえば科学を宗教ととらえたところで、科学が宗教であることを証明するわけではない。

 それは、たとえば人間をサルであるととらえたところで、人間がサルであることを証明しているわけではないのと同じである。人間をサルであるととらえると、確かに人間のもつサル的側面が強調される。しかし、それは人間がサルであることの証明ではない。われわれは、人間をふつう人間だと思っており、サルだとは思っていないし、「違い」の方に注目しても、同じくらい見出されるからである。

 つまり、科学を宗教であるととらえるのは自由だが、そう考えたところで、われわれが科学を「科学」と呼び、「科学教」と呼んでいないのはなぜなのかという問題が生じる。「宗教とは何か」という問いに答える糸口は、一つはこのあたりにあるのではないかと思われる。

 もっとも、「科学も一つの宗教である」という宗教の側からの反論が、単に宗教の自己保身のための主張だとする判断は早計である。宗教の側と科学の側では、「宗教とは何か」ということに対する根本的な実感が異なるかもしれないからである。実際には、追求すべきなのはそうした対立の一つ上の視点からの理解である。


 いずれにしても、われわれが「あるものが宗教である」ことを判断していると考えられること、そして、あるものが「宗教ではない」ことも同様に判断していると考えられることから、「宗教とは何か」を問うにあたっては「宗教とは何でないか」という問いも掲げておくと、求める答えが得られる可能性は高くなるであろう。
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150331/1427727600


宗教とは何か(2)少なくとも宗教は「信じる」ものである
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150401/1427884200


 前回、宗教と科学の関係について少しだけ触れたが、これについて「宗教とは信じるものであり、科学とは認めるもの」ではないかというコメントをいただいた。一般的には根強い考え方だが、今回はこれについて考えてみたい。


 「宗教とは信じるものであり、科学とは認めるものである」を解釈すると、ここで言われていることは、それとかかわるに際しての「態度」の区別であろう。つまり、宗教とは信じるという態度とともにあり、科学とは認めるという態度とともにある。このように考えれば、たしかに納得する人はたくさんいるだろう。日常的な言葉での表現としてはきわめて簡潔である。


 もっとも、ここで分析的な態度をとれば、ただちに「信じることと認めることの違いは何か」という問いが生じる。あるいは、「違いは何か」以前の問題として、信じることと認めることは別のことであるのかという問いもあるだろう。後者から考えてみることにする。


 単純に考えれば、言葉が違うのだから、違うものだと言えそうである。しかし、そのことは必ずしも自明ではない。なぜなら、「信じる」と「認める」という言葉を使い分けているのは、単に日本語という言語体系における習慣かもしれないからである。それが認知的なものと対応しているかは、必ずしも定かではない。

 とは言え、ここでは「違うものである」という態度をとりたい。私の実感では、同じものについて、「信じる」という時と「認める」という時では、思い描いているものが違うからである。これは、あくまでも私自身の実感に根差した判断であるが、多くの人は同意されるところではないかと思う。


 もっとも、信じることと認めることが別のことであり、それらに違いがあるとしても、それが宗教と科学の違いを説明するわけではない。なぜなら、宗教的な主張であっても納得すればわれわれは認めることがあるし、また科学的な主張でもたとえば「それは科学である」というお墨付きだけで信じている場合もあるからである。


 もっとも、宗教が基本的に「信じるもの」であるのは確かであろう。以下、特定の宗教を「信じる」ことについて少し考えておきたい。


 ちなみに、ここでおもしろいのは、ふつう、信じるのは個別の宗教のみであり、「宗教なるもの」を「信じる」人はいないということである。「○○教を信じる」とは言えても、「宗教を信じる」という言い方にはどこか「頭痛が痛い」と同じようなものを感じるのは、おそらく「宗教とは信じるものである」という前提がそこにあるからであろう。「私は宗教を信じる」と言う時、多くの場合の返答は「どの宗教?」であり、それなら「宗教なるものを信じる」ことは可能ではないと考えられているか、少なくとも一般的ではないと考えられる。


 では、特定の宗教を信じるようになるそれぞれのケースについて考えてみる。


 一つは、いつの間にか信じている場合である。このケースでは、子どものころから、あるいは社会にとりこまれる過程で、ある宗教を信じているのが当然だという認識を受け入れざるをえなかったというものが多いであろう(別のケースには、過去を否定する形で特定の宗教を信じ始める場合、たとえばある種の「洗脳」があった場合などがある)。

 もっとも、そうした事情で言わば「はじめから」特定の宗教を信じている場合でも、ある機会にその宗教を離れるケースは存在する。反対に、「その宗教を離れる」という選択肢を知る機会そのものがない場合もある。ドーキンスが『神は妄想である―宗教との決別』の冒頭で描いている「私は、そんなことができるとは知らなかった」である。こうした場合、その宗教の教義によっては、危険なものを生み出す可能性がある。そこでは、場合によっては不可避的に他者を排斥しなければならないからである。


 次に、自らの判断で特定の宗教を信じ始める場合である。そこでは、もともと宗教を信じていなかった、あるいは別の宗教を信じていたが、自分の意思と判断で特定の宗教に入信する。たとえば、自分の実感と最も合致する考えを持っている宗教を選ぶ場合もあるだろう。

 しかし、新たに入信する場合の多くは、比較検討したうえで選ぶというよりも、ある一つの宗教との強烈な「出会い」体験に根差している場合が多いと言える。それは、「どれかの宗教にかならず入信していなければならない」という制約でもない限り、わざわざいくつかの宗教を比較検討してどれかを選ぼうという動機が得られることがまずないからでもある。特定の宗教を信じることを、たとえば国家に強いられる場合は、そこでの主張は「この宗教を信じよ」であり、「どれでもいいからどれか一つを信じよ」ではない。

 「出会い」体験に根差している場合、どの宗教を選ぶかというのはつまり、こちら側から選ぶというよりも、「宗教の方からやってくる」場合が多い。そこでは、実はその人の内面ではすでにその宗教に親和的な、あるいはその宗教のものそのものである認知体系ができあがっている。なぜなら、知らない概念に名前はつけられないからである。そこでは、名前がついていることが存在を保証するのであり、「求めていたものが、確かにあった」ことに人は感動する。


 ここで、「信じる」というものはあくまでも内面的なものであると考えておきたい。われわれは、ある宗教を内面的に信じている場合と、ある宗教にかかわることを外面的に「実践している」場合がある。もっとも、「実践する」というとすでにある何らかの内面に照らして何かを実行に移すというニュアンスがあるから、ここでは単に「行う」と言った方がよいかもしれない。

 外面的という場合、たとえばその宗教の認知体系をもっているかどうかとは関係なく、その宗教と関係のある儀式なり行事に参加することを指す。そのような場合をわれわれはふつう「信じている」とは呼ばない。

 典型的な例は、日本で多くの人が仏教や神道、あるいはその他の宗教に関わる物事に接していながら、多くの人が「私は無宗教である」と言うことである。つまり宗教は、内面的生活がないところでは、文化や社会の一部となる。したがって、特定の宗教を「信じている」状態にあるには、特定の内面状態を持っている必要があると考えられる。

 その意味で言えば、「自分の意思と判断で入信する」場合も、多くは内面的にはすでに「信じて」おり、入信のための何らかの手続きを行うのは、あくまでも公的に、つまり外面的に「信じているとみなされる」ためであると言える。


 では、ある宗教を信じている時の「内面」はどのようなものであるのか。

 次回はそれについて考えてみたい。
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150401/1427884200


宗教とは何か(3)宗教を知るには、心から信じるしかない
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150402/1427976000

 前回、「ある宗教を信じている時の内面はどのようなものであるのか」という問いを残した。今回はそれについて考えることにする。


 ある宗教を信じている時の実感がどのようなものであるかは、外からの理解は難しいであろう。そこでは、本人に話をきくのがひとまずの方法ではないかと思う。

 たとえば、「神がいるから信じるのではなく、信じるから神がいる」という主張がある。これは特に唯一神の存在を前提とする宗教を信じる人の主張であり、そうした人の実感を伝えるものであると思う。


 言いかえればこれは、認識についての問題であろう。つまり、「神がいるから信じる」という場合、神をどのように認識するのかという問題がある。

 それが、五感で感じられるものの場合は、他者との共有は容易であろう。「これだ」と示せばよい。しかし、多くの場合、神に限らず宗教的なものは五感では感じられないと言える。別の宗教を信じている人どうしでは時に、文字通り話が通じないからである。

 もっとも、人間は五感で感じられる世界にまずは生きているのであり、たとえば見たり触ったりできるものが、「宗教的なもの」として登場する場合もある。しかし、何らかの道具を使う場合も、それはあくまでも「向こう側」に到達するための手段であると言える。宗教における「リアル」は、精神的な領域にしか現れないのである。そのことが、他者からの理解を難しくする。


 言いかえれば、「信じていない人に信じさせることはできない」と言えるであろう。「信じるから神がいる」とは、「信じている」という状態になることによって、「神が認識できるようになる」ことを指す。そこではやはり、信じることが先なのである。それなら、信じるという行為によって宗教が生まれたのだから、宗教が「信じる」ものであるのは当然かもしれない。

 そこでは、あくまでも信じた結果として「神がいる」のである。しかし、いったん神を信じれば、あらゆる物事が、神が存在する証拠に見えてくる。神を信じていなければ、「これが証拠だ」とみせられても、神は見えないのである。なぜなら、その人の内面にはまだ「神はいない」からである。


 布教を行う場合に「まず、問答無用で神を信じてください」という態度になりがちなのは、裏から言えばつまり、それしか入り口がないからであろう。もっとも、ここにあげたようなパターンは、個人の内面を重視する宗教におけるものである。特に一神教の発想であろう。たとえばキリスト教である。

 キリスト教では、「神」が「イエスを救世主として遣わした」と心から信じれば、それだけでキリスト教徒になる。洗礼その他の儀式は、あくまでも他者からキリスト教徒であると「みなされる」入り口である。


 逆のパターンは、内面に信仰がなくても、外面的な行いに参加しているうちにいつしか内面も変化してゆくことである。そこでは、教義を理解している必要はない。時には、教義がわからなくても、実践してさえいれば「救われる」からである。これは、たとえば中世のカトリックにみられる。宗教においては、教義の理解と実践は別なのである。


 逆に言えば、教義を理解するだけでは、ある宗教を知ったことにはならないということになる。なぜなら、信仰という内面的実践を持っていない限りは、実感が異なるだろうからである。

 しかし、内面がいったんある宗教の認知体系になってしまえば、それ以外はみえなくなると考えられる。二つ以上の宗教を同時に信じている人がいないのは、そのためであろう。ある宗教を知るには、その宗教を「心から信じる」しかないのである。いくつもの宗教を「同時に」心から信じることは、構造的にできないのであろう。宗教理解が難しいのは、この点にある。


 前回「科学」と対比した際に、科学の側と宗教の側では「宗教とは何か」についての理解が根本的に異なるのではないかとしたが、それは確からしいと思われる。
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150402/1427976000


「神秘体験」とは何か(1)サードマン現象
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150408/1428501600


 「宗教」について考えることの延長として、親和性が高いと思われる「神秘体験」について考えてみたい。


 いわゆる「神秘体験」を定義するのは難しいが、

(1)日常的に起こるものではないこと、
(2)多くの人にとって不可解な現象であること、

くらいを確認しておけばとりあえずは問題ないであろう。

 一般的によく言われるのは「科学では説明がつかない」ということだが、これは話が逆で、実際には神秘体験と呼ばれる多くの現象は科学ではけっこう説明がついている。つまり、どちらかと言えば「科学で説明できない」のではなく「日常的な実感で説明がつかない」もので、科学で説明がつかないと「思われている」のが神秘体験なのである(要するに、他のあらゆる領域でもそうであるように、一般的な実感は専門的な説明とはかけ離れていることが多いのである)。


 「サードマン現象」というものがある。一言で言えば、とくに非日常的な場面において、何らかの危機的状況に陥った時、そこにいないはずの「誰か」(サードマン=第三の人)が現れて助けてくれるというものである。実例については新潮文庫の

『サードマン: 奇跡の生還へ導く人』
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3-%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E7%94%9F%E9%82%84%E3%81%B8%E5%B0%8E%E3%81%8F%E4%BA%BA-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%BC/dp/4102184910

にたくさんある。

 たとえば雪山で遭難したとき、誰かの励ます声が聞こえる。あるいは正しい道を教えてくれる。共通するのは、自分ではない「誰か」の存在を感じることで、生還した人は決まって「誰か」に「助けられた」と言う。


 これは実際には幻覚と呼ばれるものの一種であるが、本人にとっては強烈な体験であるために、とても自分で起こしているとは信じないことが多い。しかし、実際は自分の脳が起こしている。人間の心に起こることは、最終的にはすべて脳が起こしているのである(脳と心は、同じ一つの存在だからである)。

 たとえばわかりやすい例は、夜道を一人で歩いている時に誰もいないのに気配を感じるというものである。あるいは幽霊が見えたとか自分の部屋に誰かいたとかでもよい。いずれも、自分がそう思ったことがリアルに「見えてしまう」。これは、前回あげた「信じるから神がいる」のメカニズムに通ずる。

 実は人の脳は、外部刺激、つまり感覚器官からの入力が単調になると、スクリーンに映画を映すかのように外部に内面状態を映すようになる。それは、脳にとっての整合性を保つためである。実際にはこれは四六時中やっているのだが、環境が単調になるとその傾向が明白に強まる。

 たとえば夜道なら、ふつうは真っ暗、つまり視覚的変化に乏しく、周囲は静まり返っているから、聴覚的にも変化に乏しい。そこでは、小さな刺激にも過敏に反応して、「何か」を見出し、「意味」を作り出してしまう。わざわざ木を人と見たり、風の音を人の声と聞いたりするのである。これがひどくなるとサードマンも現れる。

 もちろん、サードマン現象が起こる要因は一つではない。というより、「誰か」の存在を感じたという部分が共通しているだけであり、実際にはいくつかの異なる現象がまとめてサードマン現象と呼ばれていると言えるだろう。しかし、このように要素を追ってみると説明は可能である。

 そもそも、人間の脳は生存のために情報処理を行うべく動いているのであり、非日常的な状況になればなるほど、非日常的な体験をしやすくなる。たとえば雪山の例では、低体温、低酸素、孤独感といったストレスも認識に大きく影響を与えている。サードマン現象では、幻聴とはとても思えないようなリアルな呼びかけを聴いたりもするが、人間の認識が常に「外部刺激」とそれによって引き出される「記憶」の「統合」により生じていることを考えれば、それとて不可解なものではない。


 上のような例は、状況次第で誰にでも起こるものである。宗教と関連付けて言えば、「誰か」をたとえば「神」だと認識してしまえば、信仰心が篤くなることは容易に想像される。

「宗教とは何か(2)少なくとも宗教は「信じる」ものである」
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150401/1427884200

で「出会い体験」について書いたが、宗教と神秘体験の親和性が高いのはこのようなことからも説明可能だろう。逆に言えばそれは人間の認知構造に根差しているために、宗教という体系性を持ったものとセットで認識されると、なかなか離れがたいものになるのである。


 この「極限状態」の軽いバージョンが、もろもろの宗教的な「場」であろう。「場」には物理的な「場所」と、特定の「機会」を両方含むが、前者ならいわゆる「聖地」や教会、聖堂、寺院、祭壇等、後者は儀式・儀礼である。

 こうした場では、日常とは異なる体感を引き起こす要素、とくに視覚的、聴覚的にうったえかけるものが多い。あるいは大人数で歌を歌う時の肉体的同調、お経のように単調で一定周波数の音を聞く、炎を見つめるなど、いずれにしても環境的に非日常的な外部刺激がつくられている。だからこそ、そこでは神や仏も感じられるのである。


 さて、神秘体験については、上に挙げた状況的に起こりやすい場合のほか、先天的、あるいは後天的な体質により起こりやすい場合、そして自ら起こす場合があるであろうが、それらについては次回以降にふれることにする。
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150408/1428501600


「神秘体験」とは何か(2)神秘体験が起きやすい体質
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150409/1428584400


 「宗教」について考えることの一環として「神秘体験」を取り上げているが、前回は「状況的に起こりやすい」場合に注目してみた。今回は、「先天的、あるいは後天的に体験しやすい体質を持っている場合」について考えてみたい。先天的という場合は遺伝的特質によるもの、後天的という場合は怪我などによる損傷によるものだが、いずれにしても肉体的、身体的ということである。


 「幻覚」を頻繁に体験する場合は、現代社会では何らかの病気と診断されていることが多い(幻覚そのものが病気なのではなく、症状の一つとして幻覚が起こる)。しかし、何が病気かはあくまでもそれぞれの時代にそれぞれの場所で文化的に定義されるものである。われわれは常に、自らを基準にして物事を測るからである。


 たとえば、ジュリアン・ジェインズは、文献からの分析で、四千年ほど前までの人々はみな現代でいう「統合失調症」の状態にあったのではないかと推測している

(『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』)
https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E6%B2%88%E9%BB%99%E2%80%95%E6%84%8F%E8%AD%98%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F%E3%81%A8%E6%96%87%E6%98%8E%E3%81%AE%E8%88%88%E4%BA%A1-%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BA/dp/4314009780


そこでは、「病気」という概念はおそらくなく、今でいう「幻覚」は日常体験だったと考えられる。これは、古代人の信仰心の篤さと関係があるかもしれない。古代では、およそ信仰のないところに歴史は生まれていない。

 あるいは、統合失調症は精神障害であるが、より物理レベルに近いところで言えば、側頭葉てんかんがある。側頭葉はもともと宗教的体験と関係が深い領域であるとされるが、たとえばよくあげられるのはサウロの例である(サウロはパウロの改宗前の名前である)。

 記述によれば、サウロはダマスコへ向かう旅路で突然強い光を受けて倒れ、目が見えなくなった。その時、「なぜわたしを迫害するのか」というイエスの声を聞いたという。側頭葉てんかんでは発作が起きると五感に異常を覚え、幻覚を体験することが多い。もちろん、これだけで断定できるわけではないが、その他の記述ともあわせてみれば、サウロが側頭葉てんかんだった可能性は高いとされている。

 このように、古来より宗教的体験はその記述を追ってみると病気の症状である場合が多い。マイケル・ガザニガによれば、モーセやブッダ、ムハンマドについても側頭葉てんかんが疑われるという

(『脳のなかの倫理―脳倫理学序説』)
https://www.amazon.co.jp/%E8%84%B3%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86%E2%80%95%E8%84%B3%E5%80%AB%E7%90%86%E5%AD%A6%E5%BA%8F%E8%AA%AC-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BBS-%E3%82%AC%E3%82%B6%E3%83%8B%E3%82%AC/dp/4314009993


このように考えれば、ある時代までは、ある種の病気を持つ人は「異常」とレッテルを貼られるどころか、尊敬される対象だったのである。各地にみられるシャーマンも何らかの特異な体質を持っていることが多い(あるいは、幻覚作用のある植物を使うことも多いが)。


 神秘体験を得てそれが宗教と結びつく場合、特定の宗教の敬虔な信者となる場合と、本人が新たな宗教の教祖になる場合、あるいはサウロのように伝道者となる場合がある。いずれにしてもここで重要なのは、本人が、それが宗教的経験であると本気で信じているということである。実際には自分の脳によるものであるが、そうした知識がなければ宗教的体験であると解釈するのも無理はない。

 一般に、いかなる話であれ第三者が語るよりも本人が語る方が説得力が増すのは、身体的に空間を共有していると体感が伝播するからであるが、ここでは、本人が本当に強烈な体験をした経験を臨場感をもって思い出しながら語ることで、時にその体感とともに信念体系をも伝播させる。こうして本人が知らないうちに教祖なり伝道者なり、敬虔な信者となるのである。


 このように、宗教的体験が人間の認知構造に根差していると考えれば、人間は誰もが宗教的体験を覚える可能性があることになり、常に一定程度の宗教家や信者がいることは理解される。特定の宗教を知る者にはその宗教のリアリティが高まるであろうし、宗教を知らなければむしろ、そのような体験をすることで人間は宗教を作り出したと言えるのかもしれない。

 その意味では、人間にとって「宗教」とは、信じる方が普通であるようなものかもしれないだろう。つまり、どちらかと言えば、「信じる」ことを選択するのではなく、「信じない」ことを選択するのである。
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150409/1428584400


「神秘体験」とは何か(3)自ら起こす場合
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150415/1429095600


 宗教を考える延長上で「神秘体験」に注目しているが、前回と前々回ではそれぞれ「状況的に起こりやすい場合」と「体質として起こりやすい場合」をとりあげた。今回は、「自ら起こす」場合について考えてみたい。少しあやしくなってきた。


 宗教において神秘体験を自ら起こすというと、いわゆる「修行」というものがかかわってくるであろう。「修行」というともっぱら東洋的な語感であるが、ここでは何にせよ、「何らかの形で身体にはたらきかけることで、心理状態あるいは脳内状態を自発的に変化させること」を指すことにする。つまり、心と身体が一つであることを利用している。

 宗教的行為のほとんどは、もともとはその意味での修行である。これは、伝統宗教でも民族宗教でも、新興宗教でもかわりはない。その本来的な意味からずれて表面的なところだけが残ったとき、それは文化に取り込まれるのだとも言えるであろう。そもそも各宗教にある聖地の巡礼にしても、もともとは祈ったり拝んだりすることが目的というよりも、そこに行くまでの行程が修行であった。修行はすべて、特定の精神状態に行きつくための一連の手段であり、最後のところだけをやっても意味がないのである。


 修行は、必ずしも苦行ではないと言われる。しかし、苦しいかどうかは本人の感覚によるだろう。外から見てどんなに苦しそうでも、本人の中では至福体験であるかもしれないから、これを区別することにあまり意味はないと思われる。苦行でも行きすぎると死んでしまうであろうから(それだから死んでしまう人もいる)、いずれにしてもどこかの段階でいわゆる脳内麻薬が出ていることは間違いないと考えられる。たとえばエンドルフィンであればいわゆる「ランナーズハイ」と同じメカニズムである。身体に負荷がかかりすぎると、脳の方が「もういいでしょう」と言ってくる。

 あるいは運動を促すドーパミンや、危機状態において「fight or flight」(闘争か逃走か)の判断を迫るノルアドレナリンも、出すぎると「行き過ぎ」を止めて精神状態を安定させるために相応のセロトニンが出る。セロトニンが大量に出ているときはいわば「落ち着いて」気分がよくなるから、思い切り身体を使ったり頭を使ったり、危ない状態になればなるほど、相対的にその後の「心の平穏」も強くなるのである(自傷行為のメカニズムもこれである)。これが修行や至福体験と関係が深いことは容易に想像される。


 もっとも、宗教ではそうした心と身体のメカニズムについて明示されない場合が多い。というか、それを明らかにしていたら宗教にならない。多くは、ただ教義に則って何事かを行っていれば、いつしか自然に特定の状態が生じる。そこで生じるのはあくまでも「体感」であり、その意味付けを行うのは本人である。したがって、人間の性質として自然に起こると本人が知らなければ、何らかの超越的なものを感じるほかなくなる。そこでは言わば、宗教は頭よりも先に身体を取り込むのである。


 その意味では、布教においては「とりあえず信じてもらう」のとは別に、「とりあえずやってみてもらう」というのがあり、その前提として「とりあえずふれておいてもらう」というのがあるのであろう。修行以前に環境として慣れ親しんでいること、つまり特定の宗教にかかわる何かが身の回りにあることは、動機づけとして重要な意味をもつと考えられる。つまり、文化の中からも布教するのである。そうして外堀を埋める。

 たとえばヨーロッパ文化におけるキリスト教を考えてみると、教会建築、聖歌、パンとぶどう酒、あるいはクラシック音楽は神の世界を表現するためにはじまったものであるし、絵画も当初はもっぱら宗教画である。さらには「科学」でさえも、当初の科学者たちは「神が創ったこの世界の素晴らしさを知るために」研究している場合が少なくない。こんな環境にいたら、無縁でいる方が無理があるだろう。

 キリスト教については、布教の過程でヨーロッパがキリスト教化すると同時にキリスト教がヨーロッパ化したと言われるくらいだから、文化と一体になることもまた宗教の宿命なのであろう。一般に宗教は、伝播した先ではもとのそれとは似ても似つかないものに変形する。これはキリスト教でも仏教でも同じである。そうしないと成立しないのであろう。

 逆に言えば、構造的に変形できない宗教は広められる範囲に限界がある。歴史的にイスラム教が日本に入ってこなかったのはそのためだという人もある。キリスト教がこれほど拡大できたのは、おそらく信仰の第一義を内面生活にのみ置くからである。そこでは、頭の中で信じてさえいれば、外面的に何をやっているかは言わば関係がない。「隠れクリスチャン」はクリスチャンだからこそ可能なのである。
http://nekonaga.hatenablog.com/entry/20150415/1429095600

シャーマンの病

 イタコの入魂儀礼も時代と場所によって多様であるが、いずれにしても神懸かりになる為に大変な苦行をする。寒い冬の水垢離は冷気に耐えかねて逆に身体に熱を発生させる。下半身に発生した熱が背骨を通って頭まで達成して変化が生じるのである。蛇や龍はこの熱エネルギーの象徴である。不動明王が右手にもつ、倶利伽藍(くりから)の剣に蛇が巻きついているのは、このことを表しているように思える。正常な意識では耐えられないので思考から切り離すため祝詞や祭文といったマントラを延々と唱え続ける。イタコは変成意識状態の中で神や仏と出会うのである。

 右耳の上にある大脳の右側頭葉は魂の座と呼ばれている。自己と意識の接点があり、右側頭葉を刺激するとテレパシー、光のヴィジョン、音の幻聴、人格の変容、体外離脱体験が起きることが解っている。この領域に脳の損傷がおきると魂の抜けた自動機械の状態になり、さながら生きる屍のようになる。


イタコの入魂儀礼は堪え難い疲労と緊張によるストレスが引き金になり大脳の右側頭葉の回路にスイッチが入るのだ。儀礼はスイッチが入るまで続く。

そうして右脳の中から声が聞こえるようになって、はじめてイタコが誕生するのだ。

イタコ系は人為的だがカミサマ系の教祖達は人生の中で極端な不幸、災難、困難を経験して発狂寸前まで追い込まれる。病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。

日常を超えたこのような体験はシャーマンの病と呼ばれる。


意識の成長・進化


 体験を否定して自我の崩壊、分裂が起こることもある。自我がある程度発達していないと恐怖のあまり退行してしまうのだ。閉じこもってそこから出て来ようとしなくなる。退行してしまうと、自我を越えることも社会にも適応できない状態に置かれてしまう。

 体験が肥大化すると、自分は凄い人間なんだとうぬぼれてしまう。教祖が信徒に攻撃的になったり人に対して抑圧的、支配的になってしまうのは抑圧された無意識のエネルギーに巻き込まれてしまっているからである。カルトや新興宗教の教祖にこのようなタイプがいるので注意が必要だ。

 私たちは自分の思考や感情を波動として周囲に放射しているので自我の境界が薄くなった人は気をつけなくてはいけない。霊能や特殊な能力をえて人に認めてもらいたいというのは自己評価欲求が満たされていない段階なので、問題を生じやすいのである。

 不思議なヴィジョンを見たり、異常な肉体の感覚を経験したり、このような普通では考えられない体験を大いなる自己に統合できれば意識の成長・進化がおこる可能性がある。

 それには抑圧されたエネルギーを解放し、体験を否定も肯定もせずただあるがままに見てゆく観察的な自我を育てることが必要だ。
http://homepage.mac.com/iihatobu/work/itako.html#anchor11


「神の存在」という幻想(1)
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/09/26/100035


ラマチャンドラン,ブレイクスリー『脳のなかの幽霊』
https://www.amazon.co.jp/%E8%84%B3%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%AE%E5%B9%BD%E9%9C%8A-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%EF%BC%B6%E3%83%BB%EF%BC%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%B3/dp/4042982115


ラマチャンドランは、局所発作(てんかんの発作)が大脳辺縁系に起こると、次のような症状になるという。


患者は、強い恍惚感から深い絶望、破滅のときが迫っているという気持ち、はては極度の怒りや恐怖まで、「感情がもえさかる」という。女性はときどき発作の最中にオーガズムを感じることがある。理由ははっきりしないが男性にはない。しかしなかでも一番注目に値するのは、神聖な存在を感じたり、神と直接コミュニケーションしたと感じるなど、感動的な霊的体験をする患者たちだ。周囲のあらゆるものが宇宙的な意味に満たされていると患者は言う。「私はようやく、すべてを理解しました。このときをずっと待っていたんです。不意にすべてがのみこめました」。「ついに私は宇宙の真髄を見抜きました」。

皮肉なことだが私は、この悟ったという意識、真実がついに啓示されたという絶対的な確信は、情動に関与する辺縁系からくるはずで、思考をつかさどる合理的な脳領域――真実と偽物を識別する能力をおおいに誇っている領域――からくるはずがないと理解している。

大脳辺縁系を理解しておこう。

http://www.cis.twcu.ac.jp/~asakawa/BrainScience2008/Pictures/Pinel002.jpg


辺縁系には、海馬・扁桃体・中隔・視床前核・乳頭体・帯状回などが含まれる。脳弓は長い神経線維束で、海馬と乳頭体をつなぐ。辺縁系は感覚や運動に直接かかわるのではなく、事象から抽出された情報や事象の記憶、事象に関連する感情などを扱う、中核的な処理システムを構成している。


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/d0/c319628432589f964219719493388cf9.jpg


辺縁系はすべての感覚系(視覚・触覚・聴覚・味覚・嗅覚)から入力を受ける。辺縁系の出力は、主として情動の体験と表出に向けて調整される。情動体験は前頭葉との相互結合によって媒介されており、内面の感情の豊かさの多くは、恐らくこれらの相互作用によっていると思われる。これらの感情を外界に向かって表出するには、視床下部と呼ばれる、小さな核が密に集まった部位の関与が必要になる。

もう一つ、てんかん(癲癇)についても理解しておこう。


てんかんは、突然意識を失って反応がなくなるなどの「てんかん発作」をくりかえし起こす病気ですが、その原因や症状は人により様々で、乳幼児から高齢者までどの年齢層でも発病する可能性があり、患者数も1000人に5人〜8人(日本全体で60万〜100万人)と、誰もがかかる可能性のあるありふれた病気のひとつです。「てんかん発作」は、脳の一部の神経細胞が突然一時的に異常な電気活動(電気発射)を起こすことにより生じますが、脳のどの範囲で電気発射が起こるかにより様々な「発作症状」を示します。しかし症状は基本的に一過性で、てんかん発作終了後は元通りの状態に回復することが特徴です。原因は様々で、脳腫瘍や頭部外傷後遺症などの明らかな原因がある場合は「症候性てんかん」、原因不明の場合は「特発性てんかん」と呼ばれます。(厚労省 http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_epilepsy.html

ラマチャンドランの説明では、


「てんかん」と聞くと、たいていは、ひきつけを起こして倒れる人を思い浮かべるだろう。こうした症状は、大発作と呼ばれる、最もよく知られているタイプのてんかんの特徴である。こうした発作はふつう、脳のどこかでニューロンの小集団が混乱した発火を行い、その活動が野火のように広がって脳全体をのみこんでしまうことによる。しかし発作には「局所的な」発作、すなわち1カ所の狭い範囲にほぼとどまっているものもある。この局所発作が運動皮質で起こると、連続した筋肉の痙攣が生じる(ジャクソンてんかん)。局所発作が大脳辺縁系に起こると、感情の症状がもっとも顕著となる。[以下、冒頭の引用に続く]

以上の記述によれば、辺縁系のどこかに異常な電気活動が起こると、神秘的な体験をするということのようだ。


この患者たちは神の目をまっすぐに見つめるという、類のない特権を発作のたびに享受している。こういう体験が(どんな意味においても)「本物」かそれとも「病的」か、誰が決められるだろう。医師はこういう患者に薬を飲ませて、全脳の神が降臨するのを阻止すべきなのだろうか?

http://wildhopeartgallery.com/wp-content/uploads/2015/04/Karen-Weihs_IMG_4977-1020x1024.jpg


この問いは、意外に重要な問いであるかもしれない。普通の「正常」な人は、このような神秘体験を病気とみなし治療すべきというのではないだろうか。しかしそれは「類のない特権」を否定するという抑圧的行動になる可能性を考慮したものであるかどうか。人類の進化を否定する行為になるかもしれないと考えた結果であるのかどうか。他方、それは後天的な経験の発現(単なる願望)という単純なことであるのかもしれない。
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/09/26/100035


「神の存在」という幻想(2) 神秘体験(宗教)は、精神疾患である?
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/10/26/210000


神秘体験(スピリチュアル/宗教体験)は病気(精神疾患)なのかどうかに関して、ラマチャンドランは、神経科学者として興味深い議論をしている。


大脳辺縁系のなかを神経インパルスの衝撃が大量かつ頻繁に通過すると、ある回路が永久的に「促進」されるか、あるいは大雨の水が丘陵をどっと流れ、新しい小川や溝や水路をつくるように、新しいルートが開かれるのかもしれない。このキンドリングと呼ばれる現象が、患者の内的な感情のあり方を永久的に変化させる――そしてときには豊かにする――のかもしれない。

こうした変化は、一部の神経科医が「側頭葉人格」と呼んでいるものを生み出す。患者は情動が強まり、ささいな出来事に宇宙的な意味を見出す。彼らはユーモアに欠け、ひどく尊大で、毎日の出来事をことこまかに日記に記録しつづける傾向(過書字と呼ばれる特徴)があるとされている。患者たちはときおり私に、神秘的なシンボルや記号でいっぱいの何百頁にもおよぶ書き物をくれる。患者の一部は、理屈っぽくて細かいことにうるさく、自分本位である(もっとも科学者仲間の多くにくらべればまだましだが)。そして哲学的、神学的な問題にとりつかれたように没頭する。

「理屈っぽくて、細かいことにうるさく、自分本位である」ことは、神秘家のみならず、似非科学者(似非評論家)の特徴である。やたら屁理屈をこね、些細などうでもよいことに拘り、自分は間違うはずがないと自信満々に主張する者に接すると、私は一体どうしたものかとおおいに悩む。


https://spiritualmusclehead.files.wordpress.com/2014/09/spiritual-1.jpg


「メルクマニュアル医学百科 家庭版」は、「側頭葉の損傷」について、次のように述べている。


右の側頭葉が損傷を受けると、音や形の記憶が障害される傾向があります。言語が左半球優位である人が左の側頭葉に損傷を受けた場合は、言葉の記憶や言語の理解能力が著しく低下することがあり、これはウェルニッケ失語症(受容性失語)と呼ばれます。ときとして、側頭葉の一部が損傷を受けると、ユーモアがなくなる、狂信的になる、性欲がなくなるなど、人格の変化が生じることがあります。


ラマチャンドランは、ポールというてんかん患者を診察した。


ポールは、自分の考えに夢中で、信者としての尊大さは持っていたが、深い宗教心の謙虚さはまるでなかった。…彼は歓喜を覚え、ほかのものは何もかも色あせた。歓喜の中で神をはっきりと感知した――カテゴリーも境界もなく、創造主との一体感だけがあった。彼はこの話を細部まで念入りに、とてもしつこく説明した。…翌日ポールは私の研究室に、派手な装飾の緑色の表紙を付けた膨大な量の原稿を持ってやってきた。彼が数か月前から取り組んでいる課題である。それには哲学や神秘主義や宗教に対する彼の見解、三位一体の神の本質、ダビデの星の図、霊的な題材を描いた精緻な絵、一風変わった神秘的なシンボルや図などが並んでいた。…ポールがフラッシュバックの話をしているときに「あなたは神を信じていますか」とふいに問いかけてみた。彼は当惑したような様子で「だって、ほかに何があるんです?」と言った。


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ポールのような患者は、なぜ宗教的な体験をするかに関して、ラマチャンドランは4つの可能性をあげている。

第1の可能性は「神が本当に彼らを訪れている」というもの。


もしこれが事実なら、それはそれでいい。神の無限の叡智にだれが疑問をさしはさめるだろう。残念だがこの可能性は、実験的に証明したり除外したりはできない。

これは科学者としては良心的な態度だろう。実験的に証明できないからと言って、この可能性を排除していない。しかし、ラマチャンドランがこのように言うとき、彼には「神」がどのようなものであるかについての一定の観念があると思われる。私にはそれがどのようなものであるかよく分からないので、実験的に証明できないと言われても、本当に?と疑問に思ってしまう。


第2の可能性は、「ありとあらゆる奇妙で不可解な感情の体験に対処するために、宗教的な静謐という、穏やかな沐浴を求める」というもの。


こうした患者は、まるで大釜が煮えたぎるように、ありとあらゆる奇妙で不可解な感情を体験するので、唯一の頼みの綱として宗教的な静謐という、穏やかな沐浴を求める。

精神安定剤としての宗教という考えは、かなり説得力あるように思える。免疫力が弱い子どもや老人(精神年齢)には、「ありとあらゆる奇妙で不可解な感情」が押し寄せてきても抵抗できるように宗教という精神安定剤を処方しようということになるのだろうか。

ラマチャンドランは次のような説明も検討している。


ごたまぜの感情が別の世界からの神秘的なメッセージとして、誤って解釈されるのかもしれない。

しかし、この説明はありそうもないとして、退けられる。


前頭葉シンドロームや精神分裂病、躁鬱病、それに単なる抑鬱などの神経および精神障害でも感情が混乱するが、こうした患者がこれほど宗教に心を奪われるケースはめったにない。…精神分裂病患者には、側頭葉てんかん患者のような強い熱情や、強迫観念めいた形は見られない。したがって、没我的な信心を、感情の変動だけで説明することはできない。


第3の可能性は、「キンドリング現象」によるというもの。


世界の不確かさに対処するには、辺縁系の他の部位や海馬にメッセージを送って闘争か逃走かに備える指令を出す前に、事象の顕著な特徴を何らかの方法で評価する必要がある。ところが辺縁系に発作が起こり、そこから出た偽のシグナルがこれらの経路を流れるとキンドリングが起こる。「顕著な特徴」の経路が増強され、脳組織どうしのコミュニケーションが増加する。人や事象を見たり、声や音を聞く感覚領域は、情動中枢とより密接に結合するようになる。その結果は? 顕著なものだけでなく、あらゆる物体と事象に深い意味がふきこまれ、患者は「一粒の砂の中に宇宙を」見たり、「自分の掌の中に無限を」つかんだりする。そして宗教的恍惚の海にただよい、宇宙の潮にのって涅槃の岸へと運ばれていく。

キンドリングにより、「宗教的恍惚の海にただよい、宇宙の潮にのって涅槃の岸へと運ばれていく」のならば、意図的に辺縁系に刺激を与えたくなるのではないか。…あなたは、「経験機械」につながれたいですか?(2015/2/20)で紹介したハッピーサプリが思い浮かぶ。

ラマチャンドランは、この可能性を実験的に検証した。その結果は?(次回に紹介)


第4の可能性は、「人間は、宗教的経験を伝達することを唯一の目的とする、特別な神経回路を進化させてきた」というもの。


超自然的な存在を信じる傾向が世界中のあらゆる社会にあまりに広く見られる。…生物学的な基盤があるとするなら、鍵となる疑問「どんな種類の選択圧がそのような機構を引き起こすのか」に答えなくてはならない。もしそのような機構があるとしたら、主として信仰や霊的な学習に関与する遺伝子あるいは遺伝子グループがあるのだろうか? 無神論者は、この遺伝子を持っていないか、これを出し抜くコツを習得しているのだろうか(これは冗談)。

この種の議論は進化心理学(社会生物学)の分野で行われているそうで、興味深いものがあるが、ここではラマチャンドランの話を聞くにとどめよう。


進化心理学の中心的な教義によれば、人間の特性や性向の多くは、ふつう「文化」によるとされがちなものでさえ、実は、適応的な価値を持っているので自然選択に導かれて特異的に選ばれてきた。…他方、こうした「進化心理学」の理論がいきすぎないように注意する必要がある。ある特性が普遍的に見られても、それだけではその特性が遺伝的に規定されているとは言えない。

では、進化心理学は宗教の起源をどのように説明するのか。


宗教(あるいは神や霊性を信じること)は、文化が主たる役割を果たしている料理に似ているのか。それとも強い遺伝的基盤を持っていると思われる一夫多妻婚のほうに似ているのか。

一つの可能性として、権威ある象徴を求める人類普遍の傾向が遵奉的な特性を促進し、同じ遺伝子を共有する社会集団(血縁集団)の安定性に寄与するのではないかと考えられる。したがって遵奉的特性の育成を促進する遺伝子は、繁栄し増加する。そしてこれを持たない人は社会的に逸脱した行動をとるために排斥され処罰される。…宗教遵奉の「遺伝子」を信じるかどうかに関わらず、側頭葉の特定の部位がこのような宗教的経験に、他のどの部位よりも直接的な役割を果たしていることは明らかである。

「宗教遵奉の遺伝子」は、誰かがまじめにその存在を証明しようとしているのだろうか。「権威ある象徴を求める性向」の遺伝子といったら、どうだろうか。もう少しブレークダウンしたら実験可能になるかもしれない。


患者にとってはどんな変化も本物で、ときには望ましくさえあり、医師には、人格に秘儀的な色合いがあることの価値を判断する権利はない。神秘的体験を正常であるとか異常であるとかを、誰がどんな根拠で決められるだろうか。「変わった」ことや「稀な」ことを異常と同等にみなす傾向が一般にあるが、これは論理的に間違っている。天才は稀だが非常に価値の高い特性であり、虫歯はごく普通にあるが、あきらかに望ましくない。

心に留めて欲しいのは、(側頭葉が宗教に関係しているという)まったく同じ証拠が、使いようによっては神の存在に対する反証ではなく、神の存在を支持する証拠にもなるということだ。例えば、大半の動物は色覚に関するレセプターや神経機構を持っていない。特権的な少数者だけが持っているのだが、だからと言って色が実在しないという結論になるだろうか? ならないのは明らかだが、ではなぜ同じ論法が神には適用されないのか。もしかすると、「選ばれた」人たちだけが、神の存在を知るのに必要な神経結合を持っているかもしれないではないか。

人格神を想定していると、全くナンセンスなことを議論していると思われるかもしれないが、次のような汎神論を考慮に入れて、もう一度ラマチャンドランの記述を読み返してみるのも面白いかもしれない。


汎神論…存在するものの総体(世界・宇宙・自然)は一に帰着し、かつこの一者は神であるとする思想をいう。「一にして全(ヘン・カイ・パン)」「梵我一如(ぼんがいちにょ)」「神即自然」などが標語として用いられる。世界そのものが神であるとするから、有神論のように世界の外にある神と被造的世界との絶対的対立を認めず、すべてのものは神の現象であり、あるいは神を内に含むとする点で、創造以後は神は被造物に干渉しないとする理神論と異なる。神を世界を統一する普遍的原理、法則性として考える点で合理的側面をもつが、その反面で自我の神への帰入、主観と客観との絶対的合一を説いて神秘主義に至りやすい。神と世界とについて明確な概念が形成された後で登場するのが普通である。ウパニシャッド、古代ギリシアの一部に最初にみられる。西欧近世以降のブルーノ、スピノザ、ドイツ観念論とその周辺の思想家たちの汎神論的思想は、宗教の非合理性を排して、近代自然科学と調和させようという意図で築かれたものである。[藤澤賢一郎/日本大百科全書(ニッポニカ)]
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/10/26/210000


「神の存在」という幻想(3) 「神モジュール」と「婚約数」
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/11/12/210000

今日、「神経科学」は、急速に進歩しつつあるようだ。Wikipediaによると、


神経科学は脳と心の研究の最先端に位置する。神経系の研究は、人間がどのように外界を知覚し、またそれと相互作用するのかを理解するための基盤となりつつある。

認知レベルにおいての研究(認知神経科学)では、神経回路がどのように心理・認知機能を生み出すのかが研究の対象となっている。近年、ニューロイメージング(例:fMRI、ポジトロン断層法 (PET)、単一光子放射断層撮影 (SPECT)、近赤外線分光法 (NIRS) )や電気生理学、経頭蓋磁気刺激法 (TMS)、ヒトの遺伝子解析などの強力な研究手段が発達してきたことにより、神経科学者(特にこのレベルの科学者を認知脳科学者とも言う)は、ヒトの認知や感情などのより抽象的な機能がどのような神経回路によって担われているかということについて研究を行うことが出来るようになった。従来は科学的に還元不可能と考える研究者さえいた多くの複雑な精神的なプロセスが神経活動と強固に結びついていることが解明されつつある。

「神の存在」を信じるというような「宗教的な体験」は、「認知や感情などの神経活動」の一種であるという観点から、「科学的な解明」を試みることは、「宗教対立」を「どうしようもないもの」と考えたり、「信仰の自由」を無条件に認めたりするような、「思考停止」に陥らないために有効な方途であろうと思われる。


ラマチャンドランは、側頭葉てんかんの患者が宗教的体験をする理由について、4つの仮説をあげていた。(前回の記事参照)


01.神が本当に彼らを訪れている

02.ありとあらゆる奇妙で不可解な感情の体験に対処するために、宗教的な静謐という、穏やかな沐浴を求める

03.キンドリング現象

04.人間は、宗教的経験を伝達することを唯一の目的とする、特別な神経回路を進化させてきた


ラマチャンドランは、第3の可能性を実験的に検証した。このキンドリング現象については、ラマチャンドランの説明より、次のブログ記事がわかりやすい。


キンドリングは元々てんかんのモデルとして考えられました。1967年にGraham Goddardがラットの脳を研究していて偶然見つけた現象です。彼は,ラットの脳をいろいろ電気刺激したけど,非常に低い電圧でどんなタイプの痙攣も起きない筈でした。ところが数週間実験を続けたら,その電圧で痙攣を起こすようになり,数ヶ月後でも同様に起こしたのです。つまりラットは電気刺激に感作されたのです。

この現象は,焚き木を燃やす時の焚きつけに似ていることからキンドリング(焚きつけ,燃え上がり)現象とよばれました。その後電気刺激でなく,化学物質の刺激でも同様の事が起きる事が分かりました。

てんかんでは,これと同じような事があって,痙攣が自然に起きる状態と考えられました。また抗けいれん薬の薬効を検定するのに動物のキンドリング・モデルが有効でした。

脳神経の条件付けによる過敏反応だとか,発作の反復により新たな神経ルートが構築され、小さな刺激で発作が再発するようになるなどが,想定されていますが,完全には解明されていません。(2004-11-12)

http://m2fazami.blog26.fc2.com/blog-entry-17.html 

ラマチャンドランの実験というのは、


キンドリングが側頭皮質から扁桃体までのすべての結合を無差別に増強するという説は、患者の電気皮膚反応を調べることで直接の検討ができる。通常、物体は側頭葉の視覚野で認識される。情動的な重要点――親しい顔あるいは恐ろしいライオン――のシグナルが扁桃体から出て辺縁系に伝えられると、情動が喚起されて発汗が始まる。しかし、キンドリングによってこの経路のすべての結合が増強されていると、なにもかもが重要点になってしまう。何を見ても――何の特徴もない見知らぬ人や、椅子やテーブルを見ても――辺縁系が強く活性化され、発汗が起こる。


ラマチャンドランは、この可能性を検証するために、同僚に紹介してもらった2人の患者に実験した。その患者は、過書字[毎日の出来事をことこまかに日記に記録しつづける傾向]があり、霊的なものを好み、宗教に対する自分の気持ちや形而上学的なテーマについて取りつかれたように話した。


(ラマチャンドランは)患者に、単語やイメージのランダムサンプルを数種類見せた。ごく普通の無生物の物体をあらわす単語、馴染みのある顔、馴染みのない顔、性的刺激となる単語や画像、性に関する4文字語、ひどい暴力や恐怖、宗教的な単語やイコンなど。

キンドリング仮説で予測すると、すべてのカテゴリーに対して一様に高い反応が出るはずだ。だが、驚いたことに、2人の患者は主として宗教的な単語とイコンに高い反応を示したが、他のカテゴリーに対する反応は、通常なら強い反応が出る性的な単語や画像に対する反応も含め、正常な人と比較して異様に低かった。

ここでラマチャンドランは、注意を喚起している。


側頭葉てんかんの患者がみな信心深くなるわけではない。側頭皮質と扁桃体の間には並行した結合がたくさんある。そのどれに問題があるかによって、人格が他の方向にそれて、取りつかれたように文章を書く患者や、絵を描く患者、哲学を論じる患者もいるし、稀にはセックスに夢中になる患者もいる。こうした患者のGSR[電気皮膚反応]をとれば、恐らく宗教的なイコンよりもそれぞれが夢中になっているものに関する刺激に大きく反応するだろう。この可能性については、私たちのところでも、他でも、いま研究が進行中である。

こういう話を聞くと、健常者と障害者との境界は曖昧なもので、「程度の差」に過ぎないように思えてくる。…本書は1998年に発行されたものであり、その後どれだけ研究が進展しているのだろうか。


さて、以下のような、ラマチャンドランの神経科学者らしからぬ話が面白い。これが本書の魅力である。(以下、「GSR」と訳されているところを「電気皮膚反応」に置き換える。)


神が電気皮膚反応装置を通して私たちに直接語りかけてきたのだろうか? 私たちは天国への直通ホットラインを手にしているのだろうか? 

宗教的な単語やイコンに対する反応が選択的に増幅されることで何ができあがるにせよ、この実験結果によって、提示した仮説の一つ――彼らが霊的になるのは、ただ周囲のすべてが重要点になり、深い意味を持つからだという説――が排除された。

キンドリング仮説は排除された。しかし、


結果は、あるカテゴリーの刺激(宗教的な単語やイコンなど)に対する反応が選択的に増強され、性的な意味合いの強いものなど他のカテゴリーに対する反応が実際に減少することを示している。とするとこれらの所見は、側頭葉に宗教や霊性を専門にする神経組織があって、それがてんかん発作によって選択的に強められていることを意味しているのだろうか? 

これは魅力的な仮説だが、他の解釈も成り立つ。私たちが知る限りでは、この患者たちの宗教的な熱情の引き金を引く変化は、どこでも起こる可能性があり、側頭葉で起こるとは限らない。それでもその活動性は最終的には辺縁系になだれ込み、宗教的イメージに対する電気皮膚反応の増強という同じ結果をもたらす。したがって電気皮膚反応が強いこと自体は、側頭葉が宗教に直接関係していることを保証するものではない。

辺縁系とは、次のようなものであった。(2015/9/26 の記事:「神の存在」という幻想(1)を参照)


辺縁系はすべての感覚系(視覚・触覚・聴覚・味覚・嗅覚)から入力を受ける。辺縁系の出力は、主として情動の体験と表出に向けて調整される。情動体験は前頭葉との相互結合によって媒介されており、内面の感情の豊かさの多くは、恐らくこれらの相互作用によっていると思われる。これらの感情を外界に向かって表出するには、視床下部と呼ばれる、小さな核が密に集まった部位の関与が必要になる。

以上のことから、ラマチャンドランは次のように結論する。


人間の脳には宗教的な体験に関与する回路があって、一部のてんかん患者ではこれが過活動になる。この回路が信仰心のために特別に進化したのか、それとも信仰心を誘導するような別の感情を生み出しているだけなのか(但しこれでは多くの患者の信仰心を支えている熱情を説明することはできない)は未だわかっていない。したがって脳に遺伝的に規定されているらしい「神モジュール」があることを示すのはまだまだ先のことになるが、神や霊性に関する疑問に科学的に取り組めるようになったというだけで、私にとっては十分に刺激的である。

「神モジュール」という考えは面白い。…私は、それは「恐れ」(地震や雷などの自然現象に対する恐れ)に由来しているのではないかと想像している。根拠はない。ちょっと言ってみたかっただけ。


人間の本質的な特性である信仰心…これはいまだ解明されない人間の本性の謎の一つに過ぎない。このほかの人間独自の特性――例えば音楽や数学やユーモアや詩作の能力――はどうなのだろう。モーツァルトが交響曲を頭の中でつくりだしたり、フェルマーやラマヌジャンのような数学者が段階的な証明を積み重ねることなしに、欠陥の無い推論や定理を「発見」するのを可能にしているのは何なのか。ディラン・トマスのような詩人が心を揺さぶる詩をつくりだすとき、脳の中ではいったいどんなことがおこっているのだろうか。創造の火花はすべての人のなかに存在する天与の火花のあらわれなのだろうか。皮肉なことにこの手がかりは「イデオ・サヴァン・シンドローム」(より政治的に正しい表現としては、サヴァン・シンドローム)と呼ばれる奇異な状態から得られる。精神遅滞がありながら高い才能を持つこの人たちは、人間の本性の進化――前世紀の偉大な科学者たちがとりつかれた主題――について貴重な洞察を提供してくれる。

確かに、人間の本性は謎だらけだ。私のような俗物にとっては、音楽家や数学者や詩人は、謎の生物だ。

イデオ・サヴァン・シンドロームとは、weblioによると、


精神障害や知能障害を持ちながら、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状を言う。

重度の精神障害を持つ人に見られる、ごく限られた特定の分野において突出した能力を発揮する人やその症状のことです。1887年に、J・ラングドン・ダウン博士により「イディオ・サヴァン(天才的白痴)」と名付けられ、のち「サヴァン症候群」と呼ばれるようになりました。その能力については特に規則性や傾向はありませんが、○月×日の曜日をすぐ当てられる、膨大な書籍を1回読むだけですべて暗記できる、一度聞いただけの曲を最後まで間違えずに弾ける、航空写真を一瞬見ただけで描き起こせるなど、異常なほどの記憶力・再現力が特徴といえます。一般的に男性に多く、また自閉症の人に多く見られます。サヴァン症候群についてはまだ解明すべき謎が多く残されていますが、現在では、左脳の損傷によるという説が有力視されています。

http://www.weblio.jp/content/%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3

こう見てくると、神を信じる人・信仰心が篤い人とは、モーツァルやフェルマーやトマスのようなサヴァン・シンドロームの症状を呈する人と同類なのかもしれない、と思ったりもする。

f:id:shoyo3:20151112174944j:plain

https://www.youtube.com/watch?v=aNdUqBQ2r5k 


(余談)婚約数について

数学の未解決問題に、いろいろ面白い問題があるようだ。素人には、問題自体が理解できないものが多いが、次の問題は理解できる。Wikipediaより、


婚約数とは、異なる2つの自然数の組で、1と自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数をいう。準友愛数とも呼ばれる。現在まで知られる婚約数の組はすべて偶数と奇数の組である。

一番小さな婚約数の組は (48, 75) である。…48の1と自分自身を除いた約数は、2,3,4,6,8,12,16,24で、和は75となる。一方、75の1と自分自身を除いた約数は、3,5,15,25で、和は48である。

【未解決問題】

・婚約数の組は無限に存在するか?

・偶数同士、奇数同士の婚約数の組は存在するか?

「全能の神」は、「婚約数の組は無限に存在するか?」の問いに、何と答えるのだろうか。…私は知っているが、人間には教えない、とか。
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/11/12/210000


「神の存在」という幻想(4) 「自然選択説」は「潜在能力」を説明できない
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/12/09/221912


前回「サヴァン症候群」の話が出てきた。サヴァン症候群とは、「精神障害や知能障害を持ちながら、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状」であったが、ラマチャンドランはこれに関心を持っているようだ。自然選択の話もこれに関連してのことだろう。でも「天才」の話が出てきたりしてなかなか面白い。


音楽や美術や文学の才能は、「自然選択説」で説明できるのだろうか? 自然選択説とは、


生物の進化を要約すると次の通りである。

生物がもつ性質が次の3つの条件を満たすとき、生物集団の伝達的性質が累積的に変化する。

01.生物の個体には、同じ種に属していても、さまざまな変異が見られる。(変異)

02.そのような変異の中には、親から子へ伝えられるものがある。(遺伝)

03.変異の中には、自身の生存確率や次世代に残せる子の数に差を与えるものがある。(選択)


上記のメカニズムのうち、3番目に関わるのが自然選択である。一般に生物の繁殖力が環境収容力(生存可能数の上限)を超えるため、同じ生物種内で生存競争が起き、生存と繁殖に有利な個体はその性質を多くの子孫に伝え、不利な性質を持った個体の子供は少なくなる。このように適応力に応じて「自然環境が篩い分けの役割を果たすこと」を自然選択という。(Wikipedia)

「進化論」は面白い話題なので、いずれ取り上げたいと思う。ここでは「自然選択」について、wikipediaの解説のごく一部を引用しておくにとどめる。

ラマチャンドランはこう述べている。


ダーウィンは自然選択の原理で、指や鼻などの形態的な特性の出現だけでなく、脳の構造も、したがって精神的能力も説明できると考えていた。言い換えると、音楽や美術や文学の才能や、そのほかの人類の知的な業績も自然選択で説明がつくと考えた。ウォレスはそうではなかった。ダーウィンの原理で指や足指が説明でき、単純な精神特性も説明できるかもしれないというところまでは認めたが。数学や音楽の才能といった人間の本質をなす一定の能力は、偶然による行き当たりばったりの作用では生まれてこないと考えたのである。

ウォレスがなぜそう考えたかというと、


(第1に)いったん文化や言語や文字が生まれると、人類の進化はラマルク流になった――即ち人が生涯に蓄積した知恵を子に伝えることができた。この子孫は文字を持たない者の子孫よりも賢くなるが、それは遺伝子が変化したかえらではなく、(文化という形の)知識が親の脳から子の脳へ伝えられたためである。このように脳は文化と共生関係にある。

(第2に)例えばあなたが現存しているアポリジニの社会から、ほとんど読み書きのできない先住民の子どもを連れてきて(それともいっそタイムマシンを使ってクロマニヨン人の子どもを一人連れてきて)、リオデジャネイロかニューヨークか東京で現代の公教育を受けさせたとする。彼はもちろん、そういう都市で育った子どもたちと全く違わない。ウォレスの考えによれば、これはアポリジニもクロマニヨン人も、彼らの自然環境の中で必要とされる知能をはるかに超える潜在的知能を持っているからだ。

数学の能力が、生存競争において有利に働くのだろうか。ネアンデルタール人やクロマニオン人が数学的潜在能力を持っていたのは何故か。


http://www.wakingtimes.com/wp-content/uploads/2013/05/Flickr-NASA-NASA-Goddard-Photo-and-Video.jpg


ラマチャンドランはこう書いている。


潜在能力を出現させた選択圧とはどんなものなのだろう。自然選択では、生物が表出している実際の能力の出現しか説明できない――潜在能力は説明できないのである。能力は、それが有益で生存を高めるものであれば、次世代に受け継がれる。しかし潜在的な数学力の遺伝子など作って何になるのか。文字を持たない人にどんな利益になるのだろう。行き過ぎのように思える。

ここが問題のところだ。道具が所有者の必要に先立って発達してきた。だが私たちは進化が先見性を持たないことを知っている! ここに進化が予知力を持っているように思える例がある。なぜそんなことが可能なのか。

ウォレスはこのパラドックスに力強く取り組んだ。数学の技能と言う特殊な能力が(潜在的なかたちで)向上することが、どのようにしてこの潜在能力を持つ一族の生存や、持たない一族の絶滅に影響を及ぼせるのか。ウォレスはこう書いている。「現代の著述家たちは、みな人間が非常に古い歴史を持つことを認めているのに、その大半が、知能はごく最近になって発達したと主張し、われわれと同等の知的能力を持つ人間が先史時代に存在していた可能性をほとんど考えないのは、いくぶん奇妙な事実である」

現代の私たちは、そういう人間が存在していたことを知っている。ネアンデルタール人やクロマニヨン人の脳容量は、実際に私たちの脳容量よりも大きく、彼らがホモ・サピエンスと同等あるいはそれを上回る潜在的知能を持っていたというのは考えられないことではない。

だとすれば、先史時代に出現した驚異的な潜在能力が、つい1000年前になってようやく認識されたことになるが、なぜそんなことがありうるのか? ウォレスが出した答えは神の御業(!)だった。「より高い知的存在が人間の本性の発達過程を導いたに違いない」。したがって人間の資質は、この世に表出された「神授の資質」である。

ウォレスとダーウィンの意見が対立したのはここのところである。ダーウィンは、自然選択が進化の主たる原動力であり、最も特殊な精神特性の出現も神の手を借りることなく自然選択で説明できる、と断固として主張した。

「神の御業」とは面白い。「より高い知的存在」は「現在の科学では解明できない」という代わりの修辞学的表現なのだろうか。


現代の生物学者ならウォレスのパラドックスをどのように解決するだろうか? 恐らくは、音楽や数学の能力といった限定的かつ「高等な」人間の特性は、通常「一般的知能」と呼ばれているもの――300万年の間に「暴走し」、爆発的に大きく複雑になった脳が到達した頂点――の特殊な発現であると論じるだろう。論理はさらに続く。一般的知能の進化によって、会話や狩猟、食物の貯蔵、複雑な社会儀礼などを始めとする多数の人間の行為が可能になった。そしてこの知能がいったん備わると、計算や音楽や、感覚の及ぶ範囲を超える科学的な道具の設計など、ありとあらゆる物事にそれを使えるようになった。

ラマチャンドランは、音楽や数学の能力に関して、この見解に反対している。「サヴァン症候群」の知見にたちかえり、次のように述べている。


「サヴァン」とは、精神的能力あるいは一般的知能が非常に低いにもかかわらず、驚異的な才能の「島」を持っている人たち。例えば、報告されているサヴァンの中には、IQが50以下で普通の社会生活がほとんどできないのに、8桁の素数を簡単に言えるという人たちがいる。これは終身在職権をもつ数学教授でもめったにできない離れわざである。

美術や音楽の世界には、ときどきサヴァンが登場して、その才能が後々まで人を驚かせ喜ばせる。…盲目で自分の靴の紐が結べない13歳の少年トムは、どんなかたちにせよ音楽の指導を受けたことは一度もないが、ほかの人の演奏を聴くだけでピアノを弾くことができた。歌を聴いて旋律を聴き取り、どんな曲でも1回で、熟練した演奏家と同じくらい見事に演奏した。

…こうした例は、特殊化した才能が一般的知能から自然発生的に出てくるのではないことを示している。もしそれ[特殊化した才能が一般的知能から自然発生的に出てくる]が事実なら、精神遅滞者がこうした能力を示すはずがない。それにこの点を立証するのに、サヴァンという特異な例を引き合いに出す必要もない。才能のある人や天才はみな、このシンドロームの要素を持っているからだ。「天才」というのはよくある誤解とは裏腹に、超人的な知能の同義語ではない。私が光栄にも面識を得た天才のほとんどは、本人たちは認めたがらないだろうが、サヴァンに良く似ている――限られた分野ではなみはずれた才能を持っているが、その他の面ではごくふつうなのだ。


ラマチャンドランは、サヴァンの例として、インドの天才数学者ラマヌジャン(1887-1920)の話を紹介しているが、ここではwikipediaから、若干引用しておこう。


ラマヌジャンは、極貧の家庭に生まれたが、奨学金を得て大学に入学。数学に没頭し、他の科目の試験に不合格。大学中退後、港湾事務所に勤務。…周囲の勧めもあって、1913年、イギリスのヒル教授等に研究成果を記した手紙を出したが黙殺された。しかしケンブリッジ大学のG.H.ハーディは、ラマヌジャンの手紙を読み、最初は「狂人のたわごと」程度にしかとらなかったものの、やがてその内容に驚愕した。というのも、ラマヌジャンの成果には明らかに間違っているものや既知のものもあるが、中には「この分野の権威である自分でも真偽を即断できないもの」、「自分が証明した未公表の成果と同じもの」がいくつか書かれていたからである。…ハーディは1から100までの点数で数学者をランク付けするのが好きだった。それによると、ハーディ自身は25点、リトルウッドが30点、偉大なるヒルベルトが80点、そしてラマヌジャンが100点だった。

ラマヌジャンの逸話として有名なものの一つに次のものがある。

1918年2月ごろ、ラマヌジャンは療養所に入っており、見舞いに来たハーディは次のようなことを言った。

「乗ってきたタクシーのナンバーは1729だった。さして特徴のない数字だったよ」。これを聞いたラマヌジャンは、すぐさま次のように言った。「そんなことはありません。とても興味深い数字です。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」。実は、1729は次のように表すことができる。1729 = 123 + 13 = 103 + 93。すなわち、1729が「A = B3 + C3 = D3 + E3」という形で表すことのできる数 A のうち最小のものであることを、ラマヌジャンは即座に指摘したのである。この逸話のため、1729は俗にハーディ・ラマヌジャン数やタクシー数などと呼ばれており、スタートレックやフューチュラマなどのSFや、ハッカー文化の文脈では「一見すると特に意味のない数」のような文脈でこの数が使われていることがある。

最後の「一見すると特に意味のない数」にも意味があるという指摘は面白い。これを拡張すれば、「一見すると特に意味のない事象にも、重大な意味があるものがある」となろう。


では、サヴァンや天才はどのようにして生まれるのか? 遺伝と関係あるのか? それは、次回に。
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/12/09/221912


「神の存在」という幻想(5) 宇宙信仰と創造性
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/12/25/200000


ラマチャンドラン,ブレイクスリー『脳のなかの幽霊』(15)

サヴァンや天才はどのようにして生まれるのか? 遺伝と関係あるのか? (サヴァン症候群とは、「精神障害や知能障害を持ちながら、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状」をいう)

ラマチャンドランの推論はおもしろい。


靴の紐が結べない、あるいは普通の会話ができないという人が、いったいどうして素数を算出できるのか。その答えはひょっとすると左半球の角回と呼ばれる領域にあるのかもしれない。…サヴァンが誕生の前あるいは直後に脳に損傷を受けて…彼らの脳が、幻肢患者で見られたような地図の再配置をしているという可能性はないだろうか?…ある部位が何らかの理由で、通常よりも多くの入力あるいはそれに相当する刺激を受け取るようになって、大きく密になっているのだろうか。それは数学的な能力にどんな結果をもたらすのか。これが8桁の素数を言える子どもを生み出すのだろうか? 実を言うとニューロンが抽象的な作業をする仕組みはほとんど分かっていないので、こうした変化の影響を予測するのは難しい。角回の大きさが2倍になると数学の能力がただ2倍になるのではなく、対数的に増加したり100倍になったりする可能性もある。この脳の体積の単純なしかし「異常な」増加が才能の爆発を引き起こすと推測することもできる。同じ論法が絵画や言語をはじめ、どんな人間の特性にもあてはまる。

「ニューロンが抽象的な作業をする仕組みはほとんど分かっていない」…こういう教科書風でない書きっぷりは好感が持てる。


この議論は滑稽なほど奇抜なうえに全くの推論だが、少なくとも検証可能である。数学サヴァンは左の角回が肥大しているはずだし、美術サヴァンは左の角回が肥大しているのではないかと考えられる。私の知る限りでは、こうした研究はまだ行われていないが、右の頭頂葉(角回がある場所)が損傷されると、(左側の損傷で計算力が損なわれるのと同じように)美術的な技能が大きく損なわれることがわかっている。

現在(2015/12)は、検証されているのだろうか。仮に否定されていたとしても、こういう検証可能な仮説を提起する能力は重要だ。他人の「議論」「提案」「仮説」「作品」等を紹介・批判するだけでなく、自らの「議論」「提案」「仮説」「作品」等を産み出せるようになることが望ましい。


同様の理論を使って、正常な人たちのなかにときどき天才や並はずれた才能が出現するわけを説明することもできる。あるいは、そもそも進化の過程でそうした才能がどのようにして生じたのかという、厄介な疑問に答えることができる。おそらく脳の大きさがある臨界に達すると、予期しない新しい特性が、自然選択によってとくに選ばれたというのではなく、ただ出現するのだろう。

「自然選択」ではなく、「ただ出現する」。「自然選択」については、別途考えてみたい。ここでは、「ただ出現する」という言い方が面白いのでメモしておこう。


サヴァンに関する私の基本的な議論――特殊化した脳領域のあるものが他の領域を犠牲にして拡大しているのではないか――は、いずれ正しいか正しくないか判明するだろう。しかしもし本当だったとしても、留意してほしいのはピカソやアインシュタインのようになるサヴァンは一人もいないということだ。真の天才になるには、才能の孤島だけでなくほかの能力も必要なのだ。大半のサヴァンは真に創造的ではない。…欠けているように思えるのは、創造性という、言葉で表現できない資質、すなわち私たちを人間であるとはどういうことかの本質にむきあわせるものである。…猿にタイプライターを与えておけば、いずれはシェイクスピアの戯曲ができるという言い回しは有名だが、意味のあるセンテンスがたった一つ出てくるまでに寿命が10億年ほど必要になるだろう−ソネットだの戯曲は論外だ。


https://i.ytimg.com/vi/WLHfFaWzFqs/maxresdefault.jpg


ラマチャンドランは、サヴァンは創造的ではなく、天才になりえないという。天才には創造性が必要だ。猿は創造性を発揮することができるだろうか。


少し前、自分が創造性に関心を持っていることをある同僚に話したことがある。すると彼は、頭の中でアイデアをとことんまでいじり、ランダムな組み合わせをしているうちに、審美的に心地よいものにぶつかるのだという、言い古された議論を繰り返した。それで私は、それならいくつかの単語やアイデアを「いじりまわして」、「ばかばかしく過度な行為をする」あるいは「物事をやりすぎる」という状態を表わす、心に響くメタファーを一つつくってみてくれと挑発した。彼は一時間ほどたって、頭をかきながら、オリジナルなものは全く思いつかなかったと白状した(非常に高い言語IQを持っているにもかかわらずと付け加えておこう)。私は彼に、シェイクスピアは一つのセンテンスにそういうメタファーを五つも盛り込んでいると指摘した。

@純金に金箔をはり、Aユリの花に絵の具を塗り、Bスミレに香水をふりかけ、C氷をなめらかにし、D虹にもう一つ別の色をつけ加える……は無駄で、ばからしい、余分なことでありましょう。

ひどく簡単に聞こえる。しかしなぜシェイクスピアがこれを思いつき、他の人は誰も思いつかなかったのか。私たちはみな、同じ単語を思いのままに使える。伝えられている概念には複雑なところも深遠なところもない。それどころか一旦説明されると全く明白なことで、「なぜ自分は思いつかなかったんだろう」という反応を引きだす。これは独創的で見事な洞察の特徴である。しかしあなたや私が、心の中で言葉をかき集めたりでたらめに混ぜ合わせたりするだけで、同じくらいエレガントなメタファーを思いつくことは決してない。欠けているのは天才の創造の火花である。この特性は現代の私たちにも謎のまま残されているが、ウォレスにとってもそうだった。神の介入を引き合いに出さずにいられなかったのも無理はない。


今回で、第9章「神と大脳辺縁系」を終わるが、最後に、ラマチャンドランが本章冒頭に引用しているアインシュタインの言葉をあげておこう。


この宇宙信仰の感情を、それが全くない人に説明するのは非常に難しい…。あらゆる時代の宗教上の天才は、この教義を持たない宗教的感情によって特徴づけられる…。私の見解では、芸術や科学の最も重要な機能は、この感情を呼び覚まし、感受性のある人たちのなかで、それを生き続けさせることだ。

私には、この教義なき(神なき)宇宙宗教が、芸術や科学の駆動力たりうるのではないかと思われる。

世界(宇宙)は分からないから面白い。
http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2015/12/25/200000


8. 中川隆[-7840] koaQ7Jey 2018年4月08日 13:24:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-10030]
神や精霊との交流が「芸能」の始まり

 今、芸能というと「エンターテイメント」をイメージする人が多いのではないでしょうか。「エンターテイメント」とは、人を楽しませる、喜ばせること。もともとは「もてなす」という意味でした。転じて、今では芸能を「見て楽しみ、日常の忙しさをひととき忘れるための娯楽」といったふうに考えられているようです。しかし、古い時代に遡ると、芸能はもっと深い意味をもっていました。

 今でもそうですが、「芸能」とは、踊る、舞う、歌うことです。その極致は、一口で言えば神々の世界と交流し、「狂う」状態に入ることです。精神が通常の状態ではなくなってしまうわけです。日常を忘れ、神のごとく非日常の世界に入る、忘我の境地。これが芸能の究極です。

 なぜ、こうした「芸能」が生まれたのか。起源はおそらく縄文時代以前、石器時代人からではないかと考えています。大自然のなかで、いわば丸裸の状態で生きていた人間は、自然の力を頼って生きていました。日が照らさないと作物が育たないし、雨が降らなければ作物は枯れ、自分たちも飲み水に困ります。そこで、畏怖をこめて天には神がいると考えるようになりました。地や山、川、海、森にもそれぞれ精霊が宿っており、大自然で起きる現象はすべて神や精霊の働きによると考えたのです。今なら気象衛星で台風だとわかりますし、大地震は地球を覆っているプレートが動くことによって起きることがわかっています。

 けれど古代では、神を怒らせると暴風雨や大地震が起きると信じられていたのです。こうした「超自然観」をアニミズムといいます。現在の宗教のはじまりといえるでしょう。

 アニミズムにおいては、人間は神様なくして生きられません。豊作も飢饉も自然災害も神様の気持ち次第ですから、神に祈ったり感謝したりすることが非常に重要です。

 この時、祈りや願いを通じて神様と交流する人を「シャーマン」といいます。「シャーマン」は自ら恍惚のトランス状態に入り、通常のヒトとしての人格を放棄して、神や精霊と交わり、お告げを受けます。病気の治療もおこないました。このような原初的な共同体の祈り(祭祀)や感謝(祭礼)における呪術的儀式が芸能の原点なのです。

権力者の登場とともに芸能の洗練化が始まる

沖浦さん アニミズムは、神と交わるという宗教以前の宗教でした。そして神と交わる役割は、独特の人格と能力のある人が果たしていました。時代が縄文から弥生時代へと移るにつれ、武力をもった「権力者」が現れ始めました。そして持てる者と持たざる者とに分かれていったのです。社会的な身分もはっきりしてきました。

 芸能もさまざまな職業のひとつとしてとらえられるようになります。職業である以上、見た目や動作の美しさやリズム感など技能や洗練が要求されます。持って生まれたものだけでなく、トレーニングや技能の伝承が求められるようになってきたのです。そうなると専門家がリードするグループが必要となり、芸能集団といわれるものが形成されてゆきました。それらの人たちが、王侯貴族などの権力者や寺院にかかえられて、神や仏の前で歌い、踊り、舞い、演技するようになったのです。

 洗練された芸能は、権力者を楽しませるものとして、あるいは外国から使者が来た時に自分たちの文化を誇示するものとして、演じられました。

 一方で、民間には祈祷師がいました。彼らは民間系の「シャーマン」でした。村落のなかに必ず一人はいて、豊作や病気の治癒のための祈りから占いまで何でもやっていたようですが、くわしい記録が残されていません。こうして芸能は、権力に抱えられて洗練されていくものと、庶民の生活に密着した土俗的なものとに分かれていきます。

神への捧げものから大衆の娯楽へ

 また、当時の芸能は寺社と深い関わりがありました。特に朝廷貴族と結びついた、力のある寺社は、専属の芸能集団を抱えていました。そして祭礼の日には境内で能や舞が演じられました。もともとは神々と交流し、その願いごとをかなえるための行事(神事)だったわけですが、社寺や仏像の建立や修繕のために寄付を募る「勧進」興行としても演じられました。仏や神の功徳をたたえながら信仰の道を説くという建前のもとで、芸能が演じられていたのです。

 このような興行にたずさわる人が「役者」と呼ばれました。役者とは、寺社の祭祀儀礼の際に特定の「役」をもつ人の呼び名だったのです。当時の人々は信仰心があつく、娯楽もほとんどないこともあって、寺院の境内などで祭礼の時に上演される勧進興行は、またとない楽しみだったでしょう。

 能もそうして生まれた芸能です。平安時代に能の原型が生まれ、室町時代に観阿弥・世阿弥の親子が能を舞台芸術として完成させます。賤民出身で各地を転々としながら多くの作品を生み出しました。世阿弥が書いた『風姿花伝』という芸術論には、神や仏に捧げるものでありながら、大衆的な娯楽としても人々を楽しませなければならないと苦悩する有様が書かれています。

 能も狂言も庶民のなかから生まれたものですが、特定の貴族が愛好し、次第に権力者たちに取り立てられるようになりました。しかし一方で、役者は身分の低い者とされ、差別されていました。世阿弥は日本が生んだもっともすばらしい芸能人だと私は思っていますが、彼も当時の貴族から「乞食所行」と呼ばれていたのです。生まれた年も死んだ年もはっきりとしませんが、各地をさすらう一生だったようです。

 世阿弥は、当時の社会で自分と同じように卑しい者とされ、差別されていた人々に目を向けていました。「三卑賤」と呼ばれる3つの名曲がありますが、これは殺生をして地獄へ堕ちた漁師や猟師が通りすがりのお坊さんに救われるという物語です。仏教の教えである「不殺生戒」(生きものを殺してはいけないという戒め)が行き渡っていた当時としてはとても意外な結末で、彼らも仏の慈悲によって地獄から救われるのです。


日本の芸能は社会の底辺から生まれた

沖浦さん 室町時代を境に、日本社会はしだいに中世から離れて現代につながる新しい要素が出てきます。具体的にいうと、鉄を利用したり森林を開拓したりすることによって農耕生産力が大きくあがり、余裕が生まれます。また、社会的分業が進み、さまざまな手仕事が生まれ、商品市場ができます。交通の便もよくなります。朝鮮から伝わった活版印刷も始まります。生産、交通、コミュニケーション、メディアの各分野で、社会生活が発達したのです。

 芸能もそのなかに組み込まれていったわけですが、先ほども述べたように、芸能者の地位は低くおとしめられていました。当時の日本は農本主義社会で、主食である米をつくる農民が「良民」とされていました。商業や工業にたずさわる人は農民よりも低い身分とされていましたが、生産に従事しない芸能はさらに低い身分とされていました。

 もともとは神に最も近い存在とされていたのですから、一番高い身分でも不思議ではありません。しかし、室町時代には、かつてのような宗教的な役割は否定され、物を生産しないで各地を流浪する芸人で、社会的にも卑しいとされてしまったのです。

 安土桃山時代に入ると、織田信長や豊臣秀吉による宗教政策によって、力をもっていた寺社の勢力が衰えていきます。寺社が握っていた芸能の興行権も大幅に制限され、寺社に管理されていた遊芸民たちの芸能活動は、各地の芝居小屋、つまり自由な市場へ積極的に進出することによって活発化しました。

 そしてこの頃から神仏信仰とは無縁な形で、芸能をエンターテイメントとして演じ、木戸銭といわれる入場料さえ払えば誰でも入れる芝居小屋という興行形態がしだいに確立していったのです。

 しかし広く大衆にもてはやされるためには、常に時代にふさわしい芸能を自分たちで創り続けていかねばなりません。この頃に生まれた芸能で代表的なものが「歌舞伎」や「人形浄瑠璃」「説教芝居」です。西洋社会における文化、すなわち音楽や絵画、演劇は、王侯貴族がパトロンとなった宮廷文化を中心に発展しましたが、日本の三大芸能はすべて低い身分におとしめられた人々のなかから、自主的かつ創造的に生まれたものです。

 「河原者」「河原乞食」とさげすまれながら、また、権力からの度重なる弾圧にもかかわらず、世界の芸能史上でも高く評価されている新しい舞台構造と演技様式を創り出していったのです。

突き抜けるパワーがあってこそ芸能

 歌舞伎とは「かぶき者が演じる芝居」というところから名付けられています。「かぶく(傾く)」とは、中世の頃は自由奔放にふるまうという意味でしたが、そこから異様な身なりで新時代の先端をいくファッションや、体制に背を向けて生きるアウトローを「かぶき者」と呼ぶようになりました。
 歌舞伎は、そうした「かぶき者」たちから生まれました。今でこそ日本を代表する伝統芸能のように思われていますが、原点は底辺に生きる人たちが最先端のファッションに身を包んで反体制を表現した芸能だったのです。

 三大芸能のほかにも、大道芸や門付芸、見せ物芸など数多くの芸能があり、人通りの多い道端や寺社の境内、お祭りなどで演じられていました。人々はそうした芸能を楽しみつつも、各地を転々としながら暮らす遊芸民たちを「その日暮らしの漂白民」として差別的に見ていました。

 その歴史は今の芸能のあり方や実態にもつながっているように思えます。華やかな芸能界に対する差別も、見えにくいながらも今日でも残っていますし、華やかなオモテ側のメディアに登場しない芸能の世界では、さらにきつい差別の影が残っています。

 だからこそ、芸能には娯楽的な部分だけでなく、怒りや反骨心など、この不安定で行き先もよくわからぬ時代を突き抜けるパワーが不可欠だと思っています。このような芸能の原点と歴史を知ってもらうことで、「芸能とは何か」をあらためて理解してもらえるのではないでしょうか。

(取材:2009年11月)
http://www.jinken.ne.jp/be/meet/okiura/okiura2.html


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

9. 中川隆[-12001] koaQ7Jey 2018年5月05日 08:18:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13237]

シャーマンの超能力とは何か?


人間の聴覚と音質について - Innocent Key
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=5214

このような資料を見つけました。コード社の資料ですがなかなか良く出来ています。最も先進的で個人的な経験とも一致する箇所が多い内容です。もちろんすべて同意ではありませんがここ近年でみた資料のなかではもっとも同意できる内容の多い資料だと思いましたので、同意できる部分についてのみですが、ここで紹介しておきたいです。

hugo_technology.pdf

ただし元の資料は当然ながらフル英語なのでかなり意訳というか自分の勝手な解釈による文章と、分かる範囲で個人的経験からの捕捉を追加しています。後半は持論の展開になりますので、原文の正しい解釈を求める方はそのまま原文の資料を御覧ください。

元はパワーポイントのファイルだったので原文はこちらでPDFにコンバートしておいておきます。


音の知覚

•既存の音響技術は単純な耳のキャパシティ(20-20kHzなどの聴覚の限界やスペック?)をもとにした測定値で評価されます。たとえば聴感補正された歪率やSN比です。

•画像認識では目から入るデータは10%で残り90%は脳内処理によるもので、オーディオでも同様です。

• 我々は個別の音を知覚しますが、これは耳からではなく脳から来ています。

• それらの分離した音は3次元空間に配置され、これも脳の処理によります。

• どのように個別の音を脳が分離しているかについての科学はまだ未発達であり、脳がどのように処理しているのかは乏しい理解しか持っていない。


ここで出ている話についてですが、たしかにオーディオ、いやこれは音楽制作のほうが個人的に経験が多いのでこちらで例えてしまいますが、非常に同意できる内容が多いです。耳の訓練によって聞こえる音=認識できる音の質と量は全く別物のように変わっていきます。それは脳の処理によって獲得された情報なのかもしれません。

たとえば音楽制作では音程やスケールの認識、コード進行、パート編成、音色、それらを組み合わせた楽曲の意図を正しく理解し、さらに表現するためには相当の訓練が必要です。音楽のエンジニアリングでもEQやコンプによる音の変化、そこからミックスやマスタリングへの応用、意図的な音づくり等、どちらも何年にも及ぶ訓練が必要な世界です。そして聞こえなかった音が聞こえる=認識できるようになるという経験は常に自分自身の成長とともにありました。

これはオーディオでも同じで部品や音質差の聞き分け精度は訓練で向上します。聞こえなかった音は頑張ればだんだん聞こえるようになるはずです。(もちろん自分自身も聞こえていない音がまだまだあるはずです)

そして現状では体系的な音質についての研究は進んでおらず、世間では音質議論そのものがヘタしたらオカルト扱いです。そもそも未だに従来の単純な測定スペックでしか評価ができないオーディオ機器の現状があります。見かけのスペックと音質の相関関係は事実上ほとんど崩壊しているのですが、そのような事実に対して納得の行く説明が未だにつかないのが現実です。

この資料で指摘しているのは、このような従来の指標のみではまったくオーディオ機器の性能を評価することは出来ないし、従来の常識に不足していることが多いということを訴えたいのでしょう。これはもちろん測定が無意味という意味では決してなくて測定には限界があるというのが重要な捉え方です。

バーでこのシーンを想像してみて


http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=5214

•あなたは楽器を別々に認識できます。

•あなたは誰かが隣で話している内容を理解できます。

•あなたは3次元空間で2つの音がどれくらい離れているか、実際の配置、高さ、左右、奥行きを認識できます。

•あなたが後ろに3メートル下がったとき、バンジョーはより遠くに聞こえます。それが20メーターならばその深さで感じ取れます。

•脳はそれらすべての処理と計算をリアルタイムで行います。

•科学は人間の脳が行うこれらの詳細な方法についての理解を持っていません。

•まだこの処理ができるように設計されたコンピュータはありません。

•そして私たちは当たり前のようにそれができます!


この話はまさに測定器と人間の感覚の違いを示しているように思います。個人的に思うオーディオでの音質差でこの内容が妥当だと思う根拠はノイズフロア内に埋もれた情報を聞き取ることが出来るという経験です。従来の学説ではそれは不可能ということになっていますが、オーディオ開発における経験ではそのような従来の説は完全ではないように感じています。

それはちょうど上記で言う、沢山の人や楽器の存在する実際の空間で、さらに反射音が複雑に絡み合っている環境で音を聞く例を使うと確かにうまく説明ができます。コンピュータや測定器がそのような環境で、どのような楽器がどんな曲を流しているのか、そしてまわりにいる誰が何を話しているかそれらを同時に全て認識することが出来るのかという話です。しかしそんなことはまず不可能です。人間でも母国語であれば騒音の中でも脳内補完で理解が出来ますが、それが聞き慣れない方言や覚えたての外国語だったら途端に聞き取れなくなってしまいます。

このように人間の聴覚は訓練に獲得された脳内処理によって成り立っており、単純なセンサーではないという話はそのとおりです。そして学習内容は人によって癖がありますから、オーディオにおける印象の個人差はそれらの経験の差によって方言のように生じていることでしょう。これがオーディオにおける評価の難しさではないかと思います。


ノイズフロア変調

•音楽信号に合わせてノイズが増減することは、ノイズフロア変調を生じます。

•耳と脳はこの問題に非常に敏感であり、それは脳が個々の実体へ音を分離するのを妨げます。

•リスニングテストは測定可能以下のレベルにあるノイズフロア変調に対する感度を示しました。

•ノイズフロア変調は音を明るく、固く、攻撃的にします。それは楽器の分離とピントを悪化させます。ノイズフロア変調を減らすことはなめらかさ、ピント、品位を改善します。それはより自然な音です。


ノイズフロア変調という意味はよくわかりませんが、この部分で述べられている実験結果は当サイトの基本的価値観である「音質=分離の良さ」と同じだと考えると、個人的な試行錯誤の経験と直接関係している内容です。特に測定限界以下にあるノイズフロアの成分変化=音質の変化というのは経験的にも確実にありました。

例えば当サイトで主張している電子ボリュームやアナログボリュームによる音質劣化、抵抗の音質差などがまさにこれに当てはまります。これらの熱雑音は音の分離を即座に確実に奪います。このようなランダムノイズは非常に音質にとって害のあるものです。しかしその変化は測定限界以下、ノイズフロア以下での変化でしかありません。そのような違いは認識不能ではないのです。ですがそこまで害があるようにはまだまだ主張されていないように思います。

たとえば100Ωと10Ωの違いなんてノイズレベルで言えば相当微小な差ですがそれでも耳で聞けば違いがわかります。実際にはそれよりずっと大きなノイズ要因を残した状態であっても、ずっと微小領域のノイズ源を除去したときにその違いはちゃんと聞こえるのです。これはノイズに埋もれた音は認識できないという俗説と反しています。たとえばノイズの多いオーディオ機器でも電源ケーブルや中の部品を変えたら音の違いがわかるという話です。それらの違いは完全にノイズに埋もれている超微小領域の差のはずですが、人間にはそれがわかるのはこのような耳の特性があってこそです。このような大きなノイズに埋もれた微小領域のノイズの差は測定することが不可能な領域ですが、音質にとっては違いが出てしまうのが事実です。この領域の精度はおそらく認識に個人差がありますがそれは訓練の多寡によるものでしょう。

上記のバーでの例えから見てみますと、人間の耳はノイズの中での特定の微小音を認識、特定できるように作られているようです。その理由はモガミ電線の方も書いていましたが、生命の進化の歴史に根拠があると思っています。たとえば風の音や水の音等さまざまな音が存在する自然界で天敵に襲われるときの状況を考えてみます。そのようなシチューエーションで外敵の存在を聞き分ける能力の有無は直接死活問題だったのでしょう。

このような特定の微小ノイズは測定限界以下の領域での変化であっても耳にとっては大きな影響があるということ…それはChord社も同様の見解のようです。ただし私自身は何でもノイズフロアを極限以下に持っていくことだけが重要という考えより、音質を悪化させる特定の要因に注目してそのような成分を減らすことが重要だと思っています。音質にとって害にならない=脳で分離処理できるノイズ成分はオーディオでは実はあっても構わないとも言えます。ですが測定器では害のあるノイズかそうでないかは区別が出来ません。測定器の単純なノイズフロアだけでは音質は評価できない可能性はあります。もちろん測定上でノイズフロアが極限に低ければ悪質なノイズも少ない可能性が高いというのは正しいです。逆にノイズフロアだけ低くても害のあるノイズばかりなら同じスペックの機器より音が悪いというのもありえます。

経験的に害のないノイズ、問題になりにくいノイズは振動とか電源の残留リップルとか歪成分とか発振波形も大丈夫のようです。これらの共通点は特定の周波数に依存している成分です。何らかの相関性があるノイズは耳で分離が出来る=これらは空間を埋めたり音を消したりしない(限度問題ですが…)ことが多いです。たとえばカップリングコンデンサの音質変化なども振動起因だと思っているので、こういうノイズは積極的に音作りに利用しても良いのではと思います。実際にハイエンドメーカーの設計を見てもコンデンサだけはそういう使い方を見かけます。ですが抵抗や半導体の発する完全なランダムノイズは音質の分離を即座に悪化させるので、出来るだけこういうノイズの発生を防ぐことが高音質への道、それがオーディオ開発での重要なポイントになるでしょう。


Chord社の主張するインターサンプルのタイミング精度について

私はChord社の主張しているタイミング精度の重要性、長大なFIRフィルタの必要性については同意していません。その理由を画像を使って説明したいとおもいます。もちろん画像と音声は性質が違うので単純比較は出来ませんが、ひとつの例えと思ってください。しかしこの例えではFIRフィルタの優位性はそこまで大げさな正当性があるのかどうか疑問という要点はなんとなく伝わるのではと思います。


オリジナル(生音)
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=5214

まずアナログの原音がこれだとします。この時点では情報量がめいいっぱいあるとします。

44.1kHz NOSのイメージ
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こちらは44.1kHzで収録されたデジタルデータのイメージです。この時点で情報はすでに失われてしまっています。NOSの場合はデジタルのカクカクをそのまま再生するのでこのようなイメージになるかと思います。


FIRフィルタのイメージ
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=5214


こちらはFIRフィルタのイメージ画像です。この画像自体はバイキュービックというフィルタですが、FIRフィルタに似ている特性のフィルタです。

ここで重要なのはNOSもFIRフィルタも元画像に近づいているわけではないということです。Chord社の主張はこのFIRフィルタの精度を高めるほど元のタイミングに近づくと主張しているようですが、実際には失われた情報は元に戻るわけではないのは画像で例えるとよりわかりやすいように思います。特に国内ではNOSがベストと主張するタイムドメイン派の存在もありますので両者の主張は真っ向から対立することになってしまいます。

ではどちらが正しいのでしょうか。

正直画像から優劣を判断するとしたら、元の画像(音源)の傾向によってフィルタが合う合わないは変わる=フィルタ自体に絶対の正解は無いのではないかというのが本当の答えのように思います。どちらにせよ決して元のデータに戻るわけではないなら、音源に合わせて好みに応じて選べるのが一番良いのではないでしょうか。

性質が違うとはいえ画像でこういう例えが成立してしまう以上Chord社の主張するフィルタの重要性は正しいのかかなり疑問に思っています。自社のFPGAが完全独自技術で超長大なFIRを使えることが既存メーカーに対する数少ない優位性なのでこのような主張をしているように考えてしまいますがどうでしょう?

Hugo等の高音質はこのFIRフィルタの長さによるタイミング精度の向上より、内部処理のハイサンプル化により内部SN向上と外部フィルタ回路を大幅に簡略化出来たことによる恩恵が殆どであって、実はフィルタはそれほど音質に貢献していないのではないかと考えてしまいます。実際彼らの言う貧弱なフィルタしか搭載していない典型的な既存DAC-ICであるAK4495でもHugoの音質は超えられました。この事実は彼らのフィルタの絶対的優位性の主張は完全ではない=音質にとって最重要な要素ではないことを示していると思います。

ついでですが、画像で例えるなら多分DSDはこんなイメージです。RGB各単色+ノイズによる拡散ですがそのかわり解像度は高いイメージです。もちろんハイレゾになればPCMもDSDよりも多くの情報量を持つことが出来ますので、この画像比較だけでDSDが良いっていう話じゃありません。あくまで一例なので厳密には違います。

DSDのイメージ
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=5214


関係するかもしれない話

追記で面白い話なのでリンクを貼っておきます。人間の認識能力の限界は予想よりも高そうです。生まれつき持っていない感覚を補うことが出来る能力が脳にはあるようです。これをみると脳が世界を見せているという話もますます信ぴょう性が高まります。


人間に新たな感覚を作り出すことは可能か?
David Eagleman / 青木靖 訳 2015年3月 (TED2015)
http://www.aoky.net/articles/david_eagleman/can_we_create_new_senses_for_humans.htm
https://www.ted.com/talks/david_eagleman_can_we_create_new_senses_for_humans?language=ja


私たちの体はとても小さなものからできていて、すごく大きな宇宙の中にいるわけですが、そのようなスケールの世界を私たちはあまり上手く把握できません。私たちの脳は、そういうスケールで世界を理解するようには進化して来なかったからです。私たちの認識はむしろ真ん中のほんの薄い領域に捕らわれています。さらにおかしなことに、私たちが自分の居場所と思っているその薄い領域においてすら、私たちは起きていることの多くを見てはいないのです。

たとえば世界の色を例に取って見ましょう。これは光波で、物に反射した電磁波が目の後方にある専用の受容体に当たることで認識されますが、私たちはすべての波長を見ているわけではありません。実際私たちが見ているのは、全体のほんの10兆分の1にすぎません。だから電波やマイクロ波やX線やガンマ線が今まさに体を通り抜けているにも関わらず、まったく気付かないのです。それを捕らえられる感覚受容体が備わっていないからです。何千という携帯電話の会話が今まさに体を通り抜けているというのに、それがまったく見えません。

そういったものが本質的に見えないという訳ではありません。ヘビに見えている世界には赤外線の一部が含まれているし、ミツバチが見る世界には紫外線が含まれています。そして私たちの車のダッシュボードにはラジオ周波数帯の信号を捕らえる機械があるし、病院にはX線領域の電磁波を捕らえられる機械があります。しかし私たち自身はそういったものを感じ取ることができません。少なくとも今のところは。そのためのセンサーを備えていないからです。

それが意味するのは、私たちの体験する現実は生物としての肉体に制約されているということです。私たちの目や耳や指先は客観的な現実を伝えているという思い込みに反して、実際には私たちの脳は世界のほんの一部をサンプリングしているに過ぎないのです。生き物の世界を見渡してみれば、異なる生き物は世界の異なる部分を見ているのが分かります。視覚も聴覚も欠くダニの世界で重要となるシグナルは温度や酪酸です。ブラック・ゴースト・ナイフフィッシュの感覚世界は電場で豊かに彩られています。エコーロケーションするコウモリにとっての現実は空気圧縮波から構成されています。それが彼らに捕らえられる世界の断片なんです。

科学でそれを指す言葉があって、Umwelt (環世界)と言います。「周りの世界」という意味のドイツ語です。どの生き物もきっと自分の環世界が客観的現実のすべてだと思っていることでしょう。立ち止まって自分の感覚を越えた世界があるかもしれないなどと考えはしません。自分に与えられた現実をみんなただ受け入れるのです。

ひとつ意識喚起をしましょう。自分がブラッドハウンド犬だと思ってください。世界の中心にあるのは「におい」です。2億という嗅覚受容体を備えた長い鼻を持ち濡れている鼻孔はにおいの分子を引き寄せて捕らえます。鼻孔には切れ目さえあって、鼻いっぱいに空気を取り込むことができます。犬はすべてをにおいで捕らえます。ある日ふと気づいて足を止めるかもしれません。そして飼い主の人間を見上げて思います。「人間みたいに貧弱で情けない鼻を持っているというのはどんなものなんだろう?」(笑)「空気をほんのちょびっとしか取り込めず、たった百メートル向こうに猫がいることや、お隣さんが6時間前この場所にいたことさえ分からないというのは?」(笑) 私たち人間はそのようなにおいの世界を体験したことがないので、そのことを特に残念とも思いません。私たちは自分の環世界にすっかり馴染んでいるからです。しかし私たちはずっとそこに捕らわれているしかないのでしょうか?

私は神経科学者として技術が私たちの環世界を拡張できる可能性や、それが人間としての体験をいかに変えることになるかに興味があります。技術を生物的な肉体に組み込みうることを私たちは知っています。何十万という人が人工的な聴覚や視覚を使って歩き回っています。その仕組みはマイクを使って信号をデジタル化し電極を直接内耳に繋ぐ、あるいは網膜移植なら、カメラを使って信号をデジタル化し格子状の電極を視神経に直接繋ぎます。15年前という比較的最近まで、そういった技術はうまくいかないと考える科学者がたくさんいました。なぜならそういった技術が話すのはシリコンバレーの言葉で、それは生物的感覚器官の言葉とは違っているからです。しかし実はうまくいくんです。脳はそういった信号の使い方をちゃんと見つけられます。どのようにしてか?

実を言うと、脳というのはそういったものを見も聞きもしてはいないのです。脳は音も光もない頭蓋骨の中に収められています。脳が見るのは様々なケーブルから入ってくる電気化学的な信号だけです。脳が扱うものはそれだけです。脳というのは、そのような信号を取り込んでパターンを抽出し意味付けを行うことに驚くほど巧みで、この内的な宇宙からストーリーをまとめ上げて、皆さんの主観的な世界を作り出しているんです。

ここで鍵になるのは、脳というのはそういうデータがどこから来ているのか知らないし、気にもしないということです。何であれ情報が入ってきたら脳はその使い方を見つけ出すのです。脳というのとても効率的な機械です。それは基本的には汎用計算装置で、どんなデータに対してもどう使えばいいか見出すことができ、 母なる自然が様々な入力チャネルを作り出す自由を生み出しています。私はこれを「進化のPHモデル」と呼んでいます。ここではあまり専門用語を使いたくありませんが、PHは「ポテト・ヘッド」の略です。この名前を使っているのは、私たちがよく知り気に入っている感覚器というのは目にせよ耳にせよ指先にせよプラグアンドプレイの周辺装置に過ぎないことを強調するためです。差し込むだけで準備OK、脳は入ってくるデータの使い方を見つけ出します。

動物の世界を見渡すと、様々な周辺機器が見つかります。ヘビには赤外線を感知するピット器官があり、ブラック・ゴースト・ナイフフィッシュには電気受容器があり、ホシバナモグラは鼻先の22本の突起を使って周囲を探って世界の3次元モデルを作り出し、鳥類の多くは磁鉄鉱を備えていて地球の磁場を感じ取れます。これが意味するのは、自然は脳を再設計し続ける必要はないということです。脳機能の基本が確立されたなら、あとは新たな周辺装置のデザインだけ気にすればいいんです。それが意味するのは、我々に備わる器官は別に特別で根本的なものではない、ということです。進化の長い道のりで受け継いできたものというに過ぎず、我々はそれにしがみついている必要はないのです。

そのことの良い例として「感覚代行」と呼ばれる現象があります。これは通常とは異なるチャネルを通じて脳に情報を送るということで、脳はその情報をどうすべきかちゃんと見つけ出します。空論に聞こえるかもしれませんが、これを実証した最初の論文が1969年のネイチャー誌に出ています。ポール・バキリタという科学者が、改造した歯科用椅子に盲人を座らせ、ビデオカメラを設置してその前に何か物を置き、被験者はその映像を格子状に並べた筒型コイルによって背中で感じるようにしました。だからコーヒーカップをカメラの前で動かすとそれを背中に感じるわけです。盲目の人たちは背中の小さな部分の刺激からカメラの前にあるものを驚くほど正確に言い当てられるようになりました。

その後これをより現代化したものがいろいろ現れました。「ソナー眼鏡」は目の前にある物の映像を音の風景に置き換えます。物が近づいたり遠ざかったりすると「ジジジジジジジジジ」と音がします。雑音みたいですが、何週間かすると盲目の人はその音をたよりに目の前に何があるかを非常に良く把握できるようになります。これは別に耳を使う必要はなく、こちらのシステムでは格子状の電気触覚を額に貼り付けて目の前にあるものを額で感じ取ります。なぜ額かというと、他に大して使う用がないからです。最も新しい例はBrainPortと呼ばれるもので、小さな電極の格子を舌に付け、ビデオ映像を電気触感信号に変換します。盲目の人はこれを驚くほどうまく使うことができ、ボールをカゴに投げ入れたり複雑な障害物コースを通り抜けたりできるようになります。舌で見るようになるんです。

突拍子のない話に聞こえるかもしれませんが、視覚は脳の中を流れる電気化学的信号でしかないということを思い出してください。脳はその信号がどこから来たのか気にしません。単にそれをどう使ったらよいか見出すんです。

私の研究室で関心を持っているのは、聴覚障害者のための感覚代行です。ご紹介するのは私が大学院生のスコット・ノーヴィックと一緒にやっているプロジェクトで、彼は博士論文に向けてこの研究を主導しています。私たちがやりたいのは、周囲の音を何らかの形に変換し、聴覚障害者が言われたことを理解できるようにすることです。私たちは携帯機器の性能と遍在性を生かし、携帯電話やタブレットで使えるものにしたいと思いました。またこれは身に付けて服の下に着られるものにしたいと思いました。

コンセプトを目にかけましょう。私が話すと、その音をタブレットが捕らえてチョッキに埋め込まれたたくさんのバイブレータに対応付けます。携帯に入っているようなモーターを使っています。私が話した言葉がチョッキの振動パターンへと変換されるわけです。これはただのコンセプトではありません。このタブレットはブルートゥース通信をしていて、私は今そのチョッキを身に付けています。だから私がしゃべると、その音がダイナミックな振動パターンへと変換されます。これによって周囲の音響世界を肌で感じ取ることができます。私たちはこれを聴覚障害者に試してもらっていますが、ほんのわずかな期間でチョッキの言葉を感じ取り理解できるようになることが分かりました。

彼はジョナサン、37歳で修士号を持っています。生まれもっての重度聴覚障害者です。普通の人の環世界の一部が彼には欠けているわけです。それで彼にこのチョッキの訓練を4日間、日に2時間ずつしてもらい、5日目の様子がこちらです。

(映像中 ノーヴィック) You

スコットが言葉を言い、ジョナサンがそれをチョッキから感じ取ってホワイトボードに書いています。

(映像中 ノーヴィック) Where

ジョナサンは複雑な振動パターンを解釈して、言われた言葉を理解することができます。

(映像中 ノーヴィック) Touch

ジョナサンはこれを意識的にやっているわけではありません。パターンがあまりにも複雑なためです。彼の脳がパターンを紐解いて、データの意味を理解するようになっているのです。私たちの予想では、このチョッキを3ヶ月も着ていれば彼は直接的な聴覚の感覚を持つようになるでしょう。ちょうど盲目の人が点字の上に指をすべらせたときに意識的な努力なしに意味が直接ページから飛び込んでくるように感じるのと同じように。

この技術は大きな変化をもたらす可能性を持っています。現在聴覚障害の唯一の解決法は人工内耳ですが、それには外科手術が必要です。しかもこのチョッキは人工内耳の40分の1以下の値段で作ることができ、この技術を広く世界に、最も貧しい国々にも行き渡らせることができます。私たちは感覚代行での結果に強く勇気づけられ、「感覚追加」について考えるようになりました。このような技術を使ってまったく新しい感覚を人間の環世界に付け加えることはできないでしょうか? たとえばインターネットからリアルタイムデータを直接人の脳に送り込んで直接的な認知経験を発達させることはできないでしょうか?

これは私たちの研究室でやっている実験ですが、被験者はインターネットからのリアルタイムデータを5秒間体感します。その後2つのボタンが現れ、どちらかを選択します。被験者は何のデータか知りません。選択が正しかったか1秒後にフィードバックが与えられます。ここで見たいのは、被験者はパターンが何を意味するのかまったく知らないわけですが、どちらのボタンを押せばよいか正しく判断できるようになるものかどうかです。被験者は私たちの送っているデータが株式市場のリアルタイムデータで、自分がボタンで売買の選択をしていることを知りません。(笑) フィードバックで正しい選択をしたかどうか伝えています。私たちが見たいのは、何週間かの訓練の後に、世界経済の動きを直接把握する感覚を持つように人間の環世界を拡張することは可能か、ということです。結果がどういうことになったか追ってご報告します。(笑)

これは私たちが試しているもう1つのことですが、今朝のこのセッションの間、TED2015のハッシュタグがついたツイートを自動的に集めてセンチメント分析にかけています。みんなが肯定的な言葉を使っているか否定的な言葉を使っているかということです。この講演の間ずっと私はこれを感じていました。私は何千という人々の集合的な感情にリアルタイムで繋がっているわけで、これは人にとって新しい種類の経験です。みんなが今どうしていて、どれくらいこれを楽しんでいるか分かるんですから。(笑)(拍手) これは人が通常体験できるよりも大きなものです。

私たちはまたパイロットの環世界を拡張しようとしています。ここではチョッキにクアッドコプターから9種類のデータ—ピッチヨーロール方位方向などが送られていてパイロットの操縦能力を向上させています。パイロットの皮膚感覚が遙か向こうの機体にまで拡張されているようなものです。これはとっかかりに過ぎません。私たちはこれを計器で埋められた現代的なコックピットに適用したいと考えています。個々の計器を読み取る代わりに感じ取れるようにしたいのです。

私たちは情報の世界に生きていますが、ビッグデータにアクセスするのとそれを肌で感じ取るということの間には違いがあります。人間の地平を拡張することの可能性には本当に限りがないと思います。たとえば宇宙飛行士が国際宇宙ステーション全体の状態を感じ取れるというのを想像してみてください。あるいは自分の体の血糖値やマイクロバイオームの状態といった見えない健康状態を感じ取れるというのを。あるいは360度の視覚や赤外線や紫外線の視覚を持つというのを。ここで鍵となるのは、未来へと進む中で私たちは自らの周辺機器を選んでいけるようになるだろうということです。母なる自然が長いタイムスケールで感覚器官を与えてくれるのを待つ必要はありません。良い親が皆するように、世界に出て行って進む道を決めるために必要な道具は既に与えてくれているのですから。今私たちが問うべきことは、自分の世界をどう体験し探索したいかということです。ありがとうございました。(スタンディングオベーション)

アンダーソン これ感じていますか?

イーグルマン ええ、このチョッキで拍手を感じるのは初めてですが、良い気持ちです。マッサージされているみたい (笑)

アンダーソン ツイッターでみんな熱狂し、驚喜している! 例の株式市場の実験ですが、もし成功すれば研究資金に困ることはもうなくなりますね?

イーグルマン そうですね、もう国立衛生研究所に提案を書かなくて済みます。

アンダーソン ちょっとの間だけ懐疑的な見方をしてみましょう。これはすごいものだと思いますが、これまで得られた結果の多くは感覚代行が機能するということで、それは必ずしも感覚追加がうまくいくということではありませんよね? 盲目の人が舌で見ることができるのは視覚中枢があって情報処理できるからで、それが必要な構成要素だという可能性はありませんか?

イーグルマン 良い質問です。実のところ脳はどのようなデータを取り込めるのか理論的な限界を私たちは知りません。しかし一般論として、ものすごく柔軟だとは言えます。人が視覚を失うと、視覚中枢が他のものに引き継がれることになります。触覚や聴覚や言葉によって。それから分かるのは、皮質は単機能で、単にある種の計算を行うということです。たとえば点字のようなものに目を向けると、指で感じるでこぼこから情報を受け取っているのです。理論的な限界があると信ずべき理由はないと思います。

アンダーソン それが正しいとなったらみんな殺到することでしょう。非常に多くの応用が可能です。その準備はできていますか? もっとも期待していること、これが進む方向はどのようなものだと思いますか?

イーグルマン 応用はとてもたくさんあると思います。感覚代行を越えるという意味では、宇宙ステーションの宇宙飛行士という話をしましたが、監視に多くの時間費やす代わりに状況を感じ取れるようになるのではと思います。これが特に適しているのは多次元データだからです。鍵となるのは、私たちの視覚システムは塊や境界を検出するのには優れていますが、世界の状態を把握するのはうまくないことです。無数のデータを表示するたくさんの画面を1つひとつ注意して見ていく必要があります。だからこれは物事の状態を感覚的に把握するための方法になると思います。何もしないでいても自分の体の状態を知ることができるように、重機や安全性、工場や装置の状態を感じ取るというのは、すぐに応用できる領域だと思います。

アンダーソン デイヴィッド、本当に驚嘆させられる話でした。どうもありがとう。

イーグルマン ありがとうクリス。(拍手)
http://www.aoky.net/articles/david_eagleman/can_we_create_new_senses_for_humans.htm


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

10. 中川隆[-13502] koaQ7Jey 2018年11月07日 11:59:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20242] 報告

巫女(みこ/シャーマン)
https://jiyodan.exblog.jp/7937207/


御託宣(ごたくせん)の神・事代主(ことしろぬし)の神に始まるシャーマニズムに於いて「神懸(かみがか)り」とは、巫女の身体に神が降臨し、巫女の行動や言葉を通して神が「御託宣(ごたくせん)」を下す事である。

当然、巫女が「神懸(かみがか)り」状態に成るには、相応の神が降臨する為の呪詛行為を行ない、神懸(かみがか)り状態を誘導しなければならない。

巫女舞に於ける「神懸り」とは、すなわち巫女に過激な舞踏をさせてドーパミンを発生させる事で、神道では恍惚忘我(こうこつぼうが)の絶頂快感状態の呪詛行為の術で、仏法では脱魂(だっこん)と言い現代で言うエクスタシー状態(ハイ状態)の事である。

現代に於いても人々に踊り好き祭り好きが多いのも当たり前で、ディスコダンスでも盆踊りでも夜明かし踊ればベータ・エンドロフィンが脳内に作用して疲れ心地良いダンシング・ハイの興奮状態を招く。

その最も初期に行なわれ、永く陰陽修験に伝え続けられた呪詛行為の術が、すなわち巫女に過激な性交をさせてドーパミンを発生させ、脳内麻薬のベーター・エンドロフィンを大量に発生させ、セックスハィの陶酔状態にする。

そうした事で、巫女がオーガズム・ハイの状態(ラリル状態)に成れば、その巫女の様子から周囲が神の降臨を認め、「神懸(かみがか)り」と成る。

日本の独自文化と言えば、この国では古来から女神が多いのだが、実を言うとその資格について現代では考えられない条件があった。

それは性交の儀式を執り行う事である。

歴史を知らない者にして見れば、「何で神聖な神社や巫女が性交儀式と結び付くのか?」と疑問に想うかも知れない。

しかし歴史にはその時代時代で必要な事情があり、また、歴史には前代から受け継がれる連続性の記憶がある。

弥生時代から古墳時代までの間、日本列島は縄文原住民族と渡来した多くの他民族・他部族が混在する人種の坩堝(るつぼ)だった。

その日本列島に在って、部族間の争い事に対処するもっとも有効な呪術は、次代が混血する為の性交に拠る人種的和合の「誓約儀式(うけいぎしき)」だった。

つまり異部族間の性交が人種的和合の為の呪術だったからこそ、巫女に拠る神前性交儀式や神前娼婦などの文化が残った。

これは理屈に合っていて、後の江戸末期に「公武合体」のスローガンの下に皇女・和宮を十六歳で徳川十四代将軍・家茂に嫁がせている。

つまり「誓約(うけい)」の概念の基本が、何百年経ても血の混血で在った事が、証明されている。

大和合の国(日本列島)黎明期の女神は、神の言葉を天上から受け取り、御託宣(ごたくせん)として下界の民に伝えるのが役目、つまり巫女(シャーマン)だった。

そこに介在したのが、神事として奉納する性交の儀式である。

何処までが本気で何処までが方便かはその時代の人々に聞いて見なければ判らないが、五穀豊穣や子孫繁栄の願いを込める名目の呪詛(じゅそ)として、巫女の神前性交行事が神殿で執り行われていたのだ。

弥生期初期の頃は、大きく分けても本来の先住民・蝦夷族(えみしぞく/縄文人)、加羅族(からぞく/農耕山岳民族)系渡来人、呉族(ごぞく/海洋民族)系渡来人の三つ巴、その三っも夫々に部族集団を形成していた。

つまり最大の政治(まつりごと)は、それらの勢力の争いを回避する手段の発想から始まり、その和解の為の最も実効があるツール(道具)が誓約(うけい)誓約(うけい)の性交に拠る血の融合だった。

そしてその誓約(うけい)の性交は、新しい併合部族の誕生を呪詛(祈る)する神事と位置付けられて、主要な「祀(祭・奉)り」となった。

語呂合わせみたいな話だが、祀(祭・奉)り事は政治(まつりごと)であり、政治(まつりごと)は性事(せいじ)と言う認識が在った。

そして誓約(うけい)の精神こそ民族和合と言う最大の政(祭り)事であり、巫術と称するシャーマニズムに満ちた神楽舞の真髄なのではないだろうか。

理解して欲しいのは、当時の物差しが現代と違い、子宝を得る事も実りの豊穣を得る事も、同じ命を産み出す神の恵みであり、その作業を神の御前(みまえ)で執り行い奉納してご利益を願い、同時に巫女を通して神の声(御託宣)を聞くのである。

勿論民人も、只、巫女に何か言われても易々とは信じない。

巫女が神懸(かみがか)りに成って初めてその御託宣(ごたくせん)が信用される。

この御託宣(ごたくせん)を得る為のアンテナが、巫女の女体そのもので、オーガズム・ハイ状態(神懸/かみがかり)の神域を巫女が彷徨(さまよ)う事に拠って、天上神の声が聞えて来るのである。

それ故に神事として奉納する性交の儀式が真面目に要求され、思想的違和感は無かったのである。

これも、もう少し掘り下げると、初期黎明期の征服部族長(氏族の長)の神格化に辿り着く。

当初は専門の巫女が居た訳ではない。

征服地の統治を容易にするには、民人が信用する絶対的な逆らえない武力以外の力が必要で、それは天上からの神の声である。

氏族長の神格化を進めるにあたって、氏族長を神と成し、屋敷を神域化して神社とすると同時に、その后妃(ごうひ/妻)を、シャーマン役の女神に任じ御託宣(ごたくせん)の能力を持たせる。

つまり女神は、氏族長の后妃(ごうひ/妻)であり、「氏族長(神)の言葉」を、后妃(ごうひ/妻)に御託宣(ごたくせん)させる茶番劇的な「ペテン・カラクリから始まった」と考えるのが合理的である。

それが段々に様式化されて行き、氏族長の后妃(ごうひ/妻)から性交の儀式を執り行う専門の巫女(シャーマン)に替わる。

その女体のアンテナで御託宣(ごたくせん)を得るオーガズム・ハイ状態(神懸/かみがかり)の神域を、巫女が彷徨(さまよ)う為の儀式が、性交呪詛(せいこうじゅそ)と言う「術(すべ)」と成って陰陽呪術に発展、後に本書で記述する「人身御供伝説」への流れが形成されて行くのである。

定説では、遊女の原型は飛鳥期頃から始まって「神社の巫女が官人を接待した事」に由来し、平安期の白拍子も「神社の巫女から発祥した」とされる。

その白拍子は源義経の愛妾・静御前で有名で、白拍子の為す遊芸も元は「神事音楽の巫術から」とされている。

その背景に在ったのは、正に巫女のシャーマニズムと性交呪詛が「誓約(うけい)誓約神話(うけいしんわ)」の古代信仰文化として深く関わっていた事に他ならない。

実はこれらの誓約神話は、多くの多部族・多民族が日が昇る東の外れの大地・日本列島で出遭った事に始まる物語である。

そのが多部族・多民族夫々(それぞれ)に部族国家(倭の国々)を造り鼎立していた日本列島を混血に拠って統一し、日本民族が誕生するまでの過程を暗示させているのである。

元々神道のお祀り(祭り)の意味の内には、異民族(異部族)和合と五穀豊穣の豊年祈願などの呪詛目的を含んでいる。

いずれにしても、巫女は神事としてお祀り(祭り/性交呪詛)に拠る神懸り(かみがかり/神霊降臨)の依り代(よりしろ/憑り代)を役目として負っていた。

そこから派生して、巫女が官人を接待する風習が出来上がって遊女の原型が生まれて行ったのではないだろうか?

現代科学に於いてもこのジャンルは存在を認めていて、エクスタシー状態(ハイ状態)とは恍惚忘我(こうこつぼうが)の絶頂快感状態で、宗教的儀礼などでは脱魂(だっこん)とも解説される。

その宗教的儀礼に於けるエクスタシー状態の際に体験される神秘的な心境では、「神迎え又は神懸かり」に相応しくしばしば「幻想・予言、仮死状態などの現象を伴う」とされている。


尚、アイヌ語では「オイナ」と発音する女性(おんな)は中文(中国語)では女(ニュィ/ニョイ)と発音し、アイヌ語のオイナカムイ(oyna kamuy)は「巫術の神」と解釈するズバリ女神である。

その「巫術の神」は、アイヌラックル (aynu rak kur)で、人間・臭い・神 (つまり半神半人)であるから、原始神道に於ける巫女の原型かも知れない。

◆【性文化史関係一覧リスト】
http://miracle-jiyoudan.com/seibunka_yougo.html

をご利用下さい。

この文章は、

小論・【遊女(女郎)の歴史】
http://miracle-jiyoudan.com/yuuzyonorekisi.html


の一部として記載されています。

◆世界に誇るべき、二千年に及ぶ日本の農・魚民の性文化(共生村社会/きょうせいむらしゃかい)の「共生主義」は、地球を救う平和の知恵である。
https://jiyodan.exblog.jp/7937207/

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11. 中川隆[-13227] koaQ7Jey 2019年1月03日 19:44:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22216] 報告

宗教と宗教的職能者


宗教の定義と分類

宗教 religion を定義するのは難しいが、おおよそ、神 god や霊 spirit などの超自然的存在 supernatural being とかかわる観念 idea と実践 practice の体系である、ということができる。宗教を歴史的な文脈でとらえる場合、その起源の古い順に、自然宗教(原始宗教)、民族宗教、世界宗教と分類する。(→世界の諸宗教)あるいは、自然発生的な宗教に対し、開祖がはっきりしているという意味で創唱宗教という分類も用いられる。(→民族宗教と創唱宗教)あるいは、比較的新しい時代になってあらわれた創唱宗教を新宗教 new religion ということもある。ただしふつうに宗教というと、キリスト教、イスラム教や仏教のような世界宗教のことを示すことが多い。逆に自然宗教というのは「その他」というような消極的なカテゴリーである。

いっぽう、宗教を社会人類学的な文脈でとらえる場合、むしろ宗教的職能者 religious prectitioner と超自然的存在との関わり方に注目し、狭義の宗教(祭司宗教)と呪術 magic ・シャーマニズム shamanism を対比させて分類する。シャーマニズムの担い手であるシャーマン shaman (巫師)が、変性意識状態に入り、超自然的存在と直接かかわるのに対し、祭司宗教の担い手である祭司 priest は、変性意識状態にはあまり入らず、超自然界とは間接的にしか関わらない。呪術・呪術師 magician または呪医 witch doctor/medicine man はその中間的な性格を持っている。さらに、シャーマンは、自分が超自然界に「行く」タイプの脱魂型シャーマン、または狭義のシャーマンと、超自然的存在が向こうから「来る」タイプの憑霊型(憑依型)シャーマン、または霊媒 medium に分類される。脱魂型シャーマンだけを「シャーマン」と呼び、憑霊型シャーマンは「霊媒」と呼んでシャーマンには含めない場合もある。(→呪術・宗教的職能者の分類)


宗教現象の基本形としてのシャーマニズム

ところで、これらのさまざまなタイプの職能者や宗教的実践がひとつの社会の中に全種類存在しているということはない。たとえば、コン・ムアン Khon Muan(北部タイ)、バリ島民 Balinese(インドネシア)、沖縄本島、シピボ族 Shipibo(ペルー・アマゾン)を例にとり、それらの社会での職能者の種類をまとめてみると表のようになる。

さらに一般的な通文化比較として、アメリカの人類学者M.ウィンケルマンは、全世界からランダムサンプリングされた47の民族の社会に存在する115の呪術・宗教的職能者を、その生理的・心理的・社会的特徴によってクラスター分析し、それらが、おおよそ、シャーマン、霊媒 medium 、祭司 priest、呪医 healer の四種類に分類できることを明らかにした。ここで霊媒というのは、日本のイタコやユタのような、神や霊を自分に憑依させることで占いや病気治療などを行なうタイプの職能者で、意識の状態を変容させ、超自然的存在と直接交流しているという点で、やはりシャーマンの一種であるともいえる。だから霊媒は「憑霊型シャーマン」とも呼ばれるが、この場合狭い意味でのシャーマンは「脱魂型シャーマン」と呼ばれて対比される。いっぽうの祭司は、キリスト教の神父や神道の神主などのことで、神に祈ることはあっても、自分が神になったり、神の世界にまで飛んでいったりはしないという点で、シャーマンとは区別される。最後の呪医は、呪術師ともいわれるカテゴリーの人たちで、シャーマンと祭司の中間的な性格をもっている。呪術を使って病気を治したり、時には敵を攻撃したりもするが、やはり深い変性意識状態に入ることはない。


ウィンケルマンの分析(表)によれば、47のサンプル社会のうち、宗教的な職能者が存在しない社会は中部アフリカのムブティ・ピグミーと、ボリビア・アマゾンのシリオノの二社会だけで、シリオノの社会にもじっさいにはシャーマン的な人物がいることを考えると、なんらかの形での宗教的な実践というのは人間社会にほとんど普遍的な現象だといえる。また霊媒も含めた広い意味でのシャーマンは全体の約三分の二の社会に存在し、さらに呪医の一部も含め、なんらかの形で変性意識状態に入る職能者は全体の9割にあたる43社会に存在するから、意識の状態を変容させ、超自然的世界とコンタクトする文化というのは人間社会にほとんど普遍的にみられる現象だといっていい。


狭い意味でのシャーマン(脱魂型シャーマン)だけにかぎっていうと、全世界の四分の一の社会にしか存在しないのだが、その大部分はカラハリ砂漠や極東シベリアや北米の先住民で、伝統的には農耕も牧畜も行なわず、狩猟採集生活をおくってきた人たちの社会である。このことは、シャーマニズムが人間社会における普遍的な宗教的実践であると同時に、さらにその基本形は脱魂型の、狭い意味でのシャーマニズムだということをうかがわせる。人間の宗教活動の起源を特定するのは難しい。儀礼や意識状態それ自体は考古学的な遺物を残さないからだ。最初の埋葬の跡は、6万年前のネアンデルタール人の遺跡から見つかっている。洞窟壁画などの旧石器時代美術が出現するのはおよそ3〜4万年前だが、旧石器時代の洞窟壁画にみられるサイケデリックな幾何学模様や、人間と動物が融合したような存在の描写と、現在の狩猟採集民の描く岩壁画、およびシャーマン的意識状態で体験されるビジョンはよく似ている。またアフリカ、ユーラシア、オーストラリア、南北アメリカなど、世界各地に分散して分布している脱魂型シャーマニズムの技術や世界観などが互いによく類似していることから、これらの人間集団の共通の祖先がシャーマニズム的な技術(または意識変容の能力)をすでにもっていたと考えると、そのような技術あるいは能力の発生は、約3万年前よりも新しいことはないということができる。シャーマニズムの起源は現代人(Homosapiens sapiens)の起源と同じぐらい古いといえそうである。


化石の記録を見るかぎり、人間の脳の大きさや形はここ5万年ぐらい、ほとんど変化していない。5万年という時間は日常生活での時間感覚に比べればとほうもなく長いが、生物進化40億年の時間のスケールからするとほんの短い時間である。それぐらいの時間では生物学的な進化はほとんど起こりようがない。人間の社会はここ1万年ぐらいの間に急速に変化したし、人々の生活や思考の様式も大きく変化したかもしれないが、脳の遺伝的な設計図はほとんど変化していない。進化心理学 evolutionary psychology によれば、人間行動の基盤にある脳構造は1万年以上の過去の環境下で淘汰を受けて形成されてきたもので、少なくとも農耕や牧畜の発明以降の約1万年間、人間の生得的な情報処理のアルゴリズムは基本的に変化していないとされる。アメリカの心理学者S.Krippnerは、この進化心理学の立場から、意識の状態を変容させ、シャーマニズムという形でそれを利用する能力は、すべての人類が狩猟採集生活を送っていた時代に適応的なものとして進化し、その後現在に至るまで変化せずに受け継がれてきているとしている。現代の都市社会では、それは抑圧ないし無視されていて、社会的に利用され開発されることがないだけで、シャーマン的な能力じたいは、われわれの脳の中に生得的に配線されているのかもしれない。


宗教的職能者の分化


全世界の呪術・宗教的職能者の分布を統計的に通文化比較したWinkelmanの分析に戻ると、全体の8割の社会に脱魂型または憑霊型のシャーマンが存在したわけだが、さらに、脱魂型と憑霊型のシャーマンが同じ社会に共存することはほとんどない。だから、脱魂型のシャーマニズムと憑霊型のシャーマニズムは、同じ現象の異なる社会的表現だとみることができる。ウィンケルマンのサンプルにあらわれた17社会の憑霊型シャーマンはすべて南北アメリカ以外の農耕・牧畜社会に存在し、しかもほとんどの場合、祭司とセットで存在している。またWinkelmanのサンプルをジェンダーと社会的地位の立場から分析した蛭川は、脱魂型シャーマンと祭司の多くが男性であるのに対し、憑霊型シャーマンの多くは女性であること(表)、祭司の社会的地位が高いのに対し憑霊型シャーマンの社会的地位が低いこと(表)を明らかにしている。

いままでの議論は以下のようにまとめることができる。


・シャーマニズムは、人間社会にほとんど普遍的な現象である

・人間社会の原型である狩猟・採集社会では、狭義のシャーマニズム(脱魂型シャーマニズム)が社会で中心的な役割を果たしている、

・アメリカ大陸以外の農耕・牧畜社会では


脱魂型シャーマン(男性)→祭司(男性・地位高)/憑霊型シャーマン(女性・地位低)

という分化が進んできたと考えられる。

・アメリカ大陸の先住民社会ではこのような分化は起こらなかった

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~hirukawa/anthropology/theme/religion/religion_text.htm

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