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テニスボールと竹の子
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/826.html
投稿者 暴論有理 日時 2013 年 5 月 05 日 17:18:20: Lhw6YrhSkkinE
 

1ヶ月前に道端で見かけたテニスボールが今もそこにある。そのままじゃ誰かが転ぶかもしれない。

うまそうな小ぶりのたけのこが駐車場のみなの目に付くところにそのままになっていて、隣には成長をはじめて食えなくなったのが伸びかけている。そのままじゃ後で伐採が大変だ。

30年前ならテニスボールはとうに子供が持っていったはずだし、たけのこは主婦が採取したはずだ。

なぜだろう。わかった。警察への通報や住民トラブルが怖いのだ。泥棒扱いされるのを恐れているのだ。たかが、ボールやたけのこぐらい。

これは今の日本が粛清時のソ連やナチドイツと同様の管理国家になった証左だ。意やそれ以上かもしれない。ためしに指定日以外の昼間にごみをごみ置き場に持っていってみたまえ。あるいは近所の指定マンション専用のごみ置き場においてみたまえ。どこからともなく、ごみ警察のおばさんや小うるさい男がやってくるか、下手をすると警察を呼ぶだろう。

こんなことがあった。深夜に自由が丘の高級住宅地でコンビニのごみかすが道に落ちてしまったとたん、近所の二階から罵声が飛んだ。

首相の言う美しい国、日本は斉一な管理社会の恐ろしい国、日本のことだったのか。  

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コメント
 
01. 2013年5月05日 17:41:38 : q931E3NW4E
30年前があなたにとって良い時代であった事は認めるし、私もそうした時代に恩恵を受けていた一人だから同じ気持ちを抱きもするが、変化と云うものを怖れていてはいけないよ。心の原風景から、その良き時代が捨てられた訳でもなく、それが復活されることを願われているわけでも無い。今を通して我々が社会と云うものから切り離されている様に感じるのは、自らそこから遠ざかって批判的に願っても居ない事を繰り返している為だ。それは言い換えれば、あなたがそうした生命の心象たる若さ、「巡り来る春の芽吹き」に心が同調していないからなのである。新しいものを素直に受け容れて行く感性が開かれていないのだ。そもそも、皆が同じオモチャに触れ、同じ食べ物を食べなくてはならなかった訳ではない。それぞれ子供の頃に受けとったものは、すべてその一人にとって懐かしく、甘美な時間を与えてくれたものなのだ。それは齢を重ねて行く中で、いつのまにか、時間の流れの中に消えて行くものにのみ、あなたの心が同調し続けていたせいでもある。大事なのは、今あなたが自分の中の何に同調しているかと云う事だ。生命たる部分に同調しているのか、それとも不安や怖れに同調しているかをきちんと自覚しているかどうかなのだよ。

02. 2013年5月06日 14:08:05 : 4ZF1LNxbcE
いや、要するに社会から活気が失われていて、麻痺してるみたいでおかしい、って言ってるんだよ。これは、別に、古い新しいの問題じゃ無いだろ?。

03. 2013年5月06日 16:56:49 : q931E3NW4E
>02
この場合、古い新しいではなく、あなたの意識が「活力か、その減退か」のどちらに意識が同調しているか、と云う事になると思います。そうなると「若さと老い」でもそう外れる事はないでしょう。

あなたがそこに同調しなければ、人々のそうした日常の様子に心を奪われる事はないのでしょう。
その逆の位置に在る、あなたにとって活力ある世間とは、人々のどうした心境が表された世界といえるのでしょうか。

自由とは何か、という単純な問題に、正解というものをなかなか出す事ができないのが今の世の中です。
何故出来ないのかと云えば、言葉による観念的な理解に留まり、実践的な感覚的な理解に至っていないからです。故に誤った解釈が主流でしょう。条件付きで自由は与えられる云々。
問題の「自由」という言葉の認識自体、「只ほど怖いものはない」というように、一般的には恐れと同義的なものと看做しても居ます。つまりそのような社会や世界は訪れないと認識させる力として働いています。誤解されたものを流布し共有化させることにより、真の理解への到達を疎かにさせています。故に人々の進歩は止まったままです。そこには大概次のような事が謳われます。「自由を容認したら、勝手気侭な振る舞いを他者に許してしまい、秩序が守れない、社会が崩壊する」というものです。それは何より、自由である事を怖れる考え方です。

人々は先行きを常に怖れるあまりに、大きな力からの保護を求め訴える為のシステムを生み出しました。その時点で守られる立場の側はなべてみな一様に力を剥奪され均等化された後、支配的な力のみを従者に分け与えられることとなります。
これが現代の価値観の源泉となりました。長い歴史自体が物事に見当を与えたるとしても、正当性や正しさとして混同視されることは誤りです。あなたの言う様に新しい古いは関係ありません。過去どうだった云々は関係なく、今、これが現代のあらゆる様相と差別を生み出す我々の意識の拠り所なのです。

他者の振る舞いを監視する最大の理由と関心は、そもそも自由だったあり方が、他者の気ままな振る舞いの所為で自由ではなくなったと考えることにあります。そして今や自由は「制限つきで与えられるもの」としてあり、その課せられた条件をクリアしないものに対して、ペナルティを与えなければ気が済まなくなるのです。そこにまたシステムを外につくり出す様になります。より強力な支配力を利用しようとするからです。それは内側の自分の責任から逃げ出す事と同じ事です。故にそこに差別を産み、国家権力を強化させるのです。それは恐れから生まれた怒りから生じています。言うなれば、それは自然であるあり方から、自らそれを遠ざける事を選び、その苦痛を常に感じ続けていくような結果である事です。そのような不自然なあり方に、いつまでも耐えられる造りに人は在りません。故に意識は常に本来の自己の姿と自由を求めています。時にそれは、不自然な抑圧に本性が歪められた姿として現れ、反発や抵抗、秩序を乱す犯罪行為として現れます。それはただ自分の隠された力を掘り起こそうとしているだけです。しかし現代社会では、自然でありのままの姿に向かおうとするものを、異質な者として扱います。よって制裁が加えられます。権力とそれに対峙する者はそれぞれ自らに誤りのない正義を主張します。それぞれが大義の下に起こされる行為です。人はただありのままの姿を求め、そこに返り咲こうとし続けているだけです。

つまり現代は、不自然に溜め込まれた活力によって世間の秩序が維持されてもおり、そのことによって乱れても居ると云う事ですね。勿論それはみずから支配を求めた者の末路ということにもなりますが。

そもそも、自由とは、裏を返せば、他者のありのままの振る舞いを許すことだと言えるでしょう。これが出来れば、あなたは何からも自由で居る事が出来ます。人を制する必要は在りません。逆にそれが出来ないと考えるからこそ、今のような秩序支配が出来上がる口実を与えている訳ですね。
根本的に社会のあり方を変える事でしか、双方の言い分を納得し満足させる方法は無いと言えます。ただし、それぞれは満足した生き方は出来るのです。
意識は常に本来の自然な活力にのみ同調を見せる事でそれが可能です。

皆がそのようになれば、どうでしょうね。ゴミは散らかりっぱなしとなるでしょうか。もしそうなったとしても、気づいた者がどうすれば良いかは判りますよね。活力と云うものに乏しくなるのは、意識が喜びから離れて活力の減退や、寂しさや、悲観する物事に同調を見せているからです。それは常に、自身が、自分をどのように「見ているか」ということに気づく事で、再び愛情ある力を取り戻す事ができます。
すべての存在はそのように愛そのものと看做す事が出来るかどうかなのです。自分を信頼する事が出来ないものが、他人を信頼する事は出来ません。
人類や事の成り立ち、生死観、すべてを不可解に思っている者が、突然物わかりが良くなる事はないのです。人と云うものはよくわからない、と考えるから、そこに恐れや、懐疑的な目を向ける様になるのです。そこでは、悪魔だけでなく、神すら不可解なものなのですから、そこに隔てなく恐れを見るのは当然です。何もかも怖れるから支配を企むのです。愛が見えないのではなく、それを見るにはその者が愛に同調していなければならないのです。

今は分業化というものが進んだ所為で、意識的に落ちているゴミはその場を管轄する者の仕事だと感じて、故意に拾わなくなりました。浅草なんか、朝行けばゴミだらけです。でもそれが誰かの仕事となっている。ひとつの観点では、それは当たり前。それ以外は「当たり前でない」。サービスに過ぎるのもまた、消費者の顧客意識を悪戯に上げて,クレーマーを増やす原因にもなっている。またそこに、普段の抑圧された感情をぶつけている人さえ居る。ここで大事なのは、如何にゴミを捨てないか、抑圧を溜めないようになれるか、と云う事になると思います。ただし、それを社会の所為や学校教育の所為、つまり誰かの所為にし続ける事では解決には至らない。
そこには愛情だけが必要なのではないでしょうかね。

率先して、誰かがやるべきでもない事を人の目を気にせずやりつづける事が出来れば、自分は満足出来るでしょう。それを他者に強いる言葉や観念的な言い草をなしにして、ただ愛情をもってそこに尽くせば、ただしいメッセージとなるでしょうね。
自分の中にある活力に意識を合わせていれば、どのような秩序を乱す行為をみたとしても、再び批判して"活力の減退"に意識を合わせてしまうことはなくなるでしょう。習慣化されたものは、少しずつ変えていければ良いだけです。


04. 2013年5月06日 22:01:13 : ralOHr4Asg
↑どうやら、同じ感覚では生きられないらしいね?。話が合わないとは、この事だ。

05. 2013年5月06日 22:03:45 : ralOHr4Asg
大抵、世界の何処へ行っても、人と人とは、気持ちが通じるわけなんだけど、身近にいても気持ちや感覚が通じない奴がいると言うのは、非常に憂慮すべき事だと思うぞ。何故なら、それは、その社会の崩壊を意味するからだ。

06. 2013年5月07日 23:04:54 : jthrzTgzHs
今の社会は確かに息苦しい。マスコミは小泉政権以後、政権批判をしなくなったが、代わりに隣への小さい事柄への批判は厳しいものになっている。
それは大問題から目を背ける為ではないのか。つまり大問題と直面すれば自分が巨大な権力から迫害を受けるかも知れない。
そこで正義の味方として叩いても全く反撃を受けなさそうな権力のない奴を(非国民として)袋叩きにするのである。

07. 2013年5月17日 10:41:27 : cWteh9JAsA
>>06
その通りとしか言い様がありませんね。
現にgataro大先生に弟子入りを認められた知人たちは
近所から「アブナイ人々」と恐れたれている勇猛果敢な人々ばかりですから
ますごみの連中は一切手出しできません。

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