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「たちあがれ日本」を持て囃す「文藝春秋」が失った健全なるジャーナリズム【週刊上杉隆:両論併記を忘れた文春の堕落】
http://www.asyura2.com/09/hihyo10/msg/546.html
投稿者 一市民 日時 2010 年 4 月 15 日 17:24:55: ya1mGpcrMdyAE
 

http://diamond.jp/articles/-/7901
【第122回】 2010年4月15日 上杉隆
「たちあがれ日本」を持て囃す「文藝春秋」が失った健全なるジャーナリズム

 新党騒動で永田町が喧しい。

「たちあがれ日本」の結党に続いて、舛添要一自民党参議院議員も、橋下徹大阪府知事、東国原英夫宮崎県知事らと連携する形での新党結成を模索しているという。山田宏杉並区長、中田宏元横浜市長の二人も、国政をにらんだ首長連合を作ろうとしている。

 そんなニュースが流れるが、世論は一向に盛り上がらない。それもそのはず、本コラムでも再三指摘しているように、野党から新党を目指す行為は、それが純粋な政治行動ではなく、単に自身の延命のための脱党行為にしか映らないからだ。

 さらに有権者の感じるそうした胡散臭さにメディアが鈍感であることも、新党結成を目指す政治家たちの勘違いを助長させている要素であることも指摘せざるをえない。

 報じる側の政治記者たちの多くは、55年体制の癖が染み付いたままである。自民党が下野しているにもかかわらず、その意味を忘れてしまい、政治的にインパクトの薄い野党の政治家の動きをさも重大であるかのように扱ってしまっている。

 これも繰り返してきたことだが、与党には求心力、野党には遠心力が働くものだ。だから、現在の自民党の分裂騒動はあらかじめ予見できたものだし、大騒ぎするほどのものでもないのだ。

 にもかかわらず、新聞・テレビは相変わらずだし、さらには在野精神を是としてきたはずの雑誌の中にも、そうした政治運動から距離を置くどころか、自ら進んで巻き込まれてしまっているものまで出現している。


一方の政治的意見ばかり扱うようになった文春の変質

「文藝春秋」は、時の権力と対峙するという点において筆頭格のメディアであった。そこでは、さまざまな価値観を認め、自由な言論の場を提供しようという健全な精神に溢れていた。権力を脅かす役割を担う一方で、その権力側にも反論権も用意し、ひとつの雑誌の中で論争の舞台を作り上げるという懐の深い自由闊達さが「文藝春秋」の特徴であったはずだ。少なくとも執筆者のひとりであった筆者はそう感じていた。

 だが、最近の「文藝春秋」はそうした部分で変質したと指摘せざるを得ない。

 一方の政治的な意見ばかりを扱い、世の中に反対意見のあることを事実上無視してしまっているような形での編集パターンが少なくない。

 かつては違った。筆者が田中真紀子氏の批判キャンペーンやNHK海老沢体制への批判的な論を寄せたとしても、一方では田中氏を擁護し、NHKの立場に応える論文をきちんと同じくらいの扱いで載せるような度量があったものだ。

 それによって「文藝春秋」の読者は、この世の中には、さまざまな価値観と見方のあることを知り、議論そのものを楽しむことができたのである。

 また、そうした余裕があったからこそ「文藝春秋」自身も、日本の言論界のオピニオンリーダーとしての役割を担うという自負もあったのだろう。

 だが、いまや政治に限っては、そうした役割を果たそうとする余裕は消えてしまったようだ。
自己批判もない与謝野氏らの
勝手な使命感

 今月号の『「たちあがれ日本」結党宣言』(与謝野馨/園田博之)こそ、まさしくその典型だ。引用する必要もないので、小見出しだけを列挙してみよう。

〈自民党に蔓延していたしがらみと馴れ合い〉

〈あまりにも露骨な小沢翼賛体制〉

〈民主党に複雑な方程式は解けない〉

〈新党結成は我々の最後のご奉公である〉

 なるほど、これだけを読んでいると違和感はない。それに、新しい政治を構築しようとする者が自らの政治主張を「文藝春秋」に載せるのはよくあることだ。細川護煕元首相の日本新党結党直前の論文などがその好例だろう。

 だが、今回は違う。新党に参画した政治家に新鮮さがないというだけではなく、古い自民党政治の中にどっぷりと浸かり特権を享受してきた者たちばかりだという点で、まったく共感できないのだ。

 本当に、日本のためを思って「たちあがる」のならば、なぜ与謝野氏は自民党時代に立ち上がらなかったのか。総選挙が終わって下野し党内が苦しい状況にある中、なぜ脱党するように逃げだしたのか。自民党政治のどこが悪いから新党を作ったのか。

 彼らは、そうした説明を省き、自己批判もなく、勝手な使命感を伴って「文藝春秋」に登場しているのだが、なぜか「文藝春秋」もそれを許し、重宝し続けている。


いつから「諸君!」のような編集方針になってしまったのか

 かつてならば、こうした政治宣言の後にも平気で与謝野氏らの主張に相反する論文を載せるのが「文藝春秋」のお家芸であったし、懐の深さでもあった。それは自由な言論を守ろうという健全性の顕れでもあったように思う。

 だがいまやそうした余裕はない。いつから「文藝春秋」は、意図的にひとつの政治勢力に加担する、「諸君!」のような編集方針になってしまったのだろうか。もちろん「諸君!」ならばそれでよかった。そもそも「諸君!」は左翼伸張の70年代、保守のための意見発表の場を提供するという目的で発刊されたものであった。

 一方で「文藝春秋」は違う。在野精神を是とし、森羅万象さまざまな事柄を、遠慮なく掲載することで、論争の場を作ろうという菊池寛の精神を体現するものとしてスタートした雑誌ではなかったか。

 最近の「文藝春秋」はまるでその精神を忘れてしまったかのように政治的だ。

 結果、自己延命をもくろんでいるに過ぎない野党政治家たちの策略にまんまと乗っかってしまっている。

 野党から新党が成ったとしても所詮それは野党に過ぎない。野党には強い遠心力が働くものなのだ。それはメディアが忌み嫌う小沢一郎が、新進党という壮大な実験を失敗させることで実証されている。

 政治も、雑誌も、恃まれていない使命感を持つほど厄介なものはないのである  

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コメント
 
01. 2010年4月15日 18:55:14: FqDvXxU8vI
もう、妄想の域に入ってると思います、文春とか新潮とか読売とか。
怖いなあ。
人間、こうやって狂うんですかね?
朝日新聞で井上って学習院の教授が、またまた政党再編・連立内閣再編を言いたいばかりに、戦前の政治を論って弄んでます。
要は、自民党が推し進めた改憲・対テロ戦争推進路線を、逆噴射するな!ちゃんと進めろー!と言いたいらしい。
挙句に、軍部独裁を招いた愚には故意に触れず、自民の延命こそ下手な戦前の模倣な事も無視して、只管大連立を説く。
利権に囚われると、学習院の評判を道連れにこの人も堕ちて行くんだろうなあ…。

02. 2010年4月16日 07:07:18: jTMO5wQAjQ
> 一方で「文藝春秋」は違う。在野精神を是とし、森羅万象さまざまな事柄を、遠慮なく掲載することで、論争の場を作ろうという菊池寛の精神を体現するものとしてスタートした雑誌ではなかったか。

今のマスコミ全てが失ってるモノですよね
マスコミの凋落を嘆いている業界人は多いと思います

この、政治的空白の恐ろしさ |【雁屋哲の美味しんぼ日記:民主党支持者でなくても憤る鳩山政権攻撃の偏向報道】
http://www.asyura2.com/10/senkyo84/msg/462.html
投稿者 一市民 日時 2010 年 4 月 15 日 19:16:03: ya1mGpcrMdyAE

この、政治的空白の恐ろしさ | 雁屋哲の美味しんぼ日記

記事URL:http://kariyatetsu.com/nikki/1223.php
投稿日時 :2010年4月14日(水)@ 22:46

 先日、朝のテレビ番組を見ていたら、いやな物を見てしまった。
 それは、ニュース番組なのだが、若いアナウンサーが、嬉しそうに「今日は、凄いニュースが入ってきました」と言って、手に持った、A4判くらいの大きさの厚紙に字を書いた物を取り出してみせた。
(一般的に、このような物を、テロップ、と言うが、それは典型的なテレビ業界のアホな間違いの一つである。テロップとは、広辞苑によれば「(television opaque projector の略) テレビ放送のために考案した光学的映写装置。テレビ‐カメラを用いずに写真・絵画・文字などを送信できる。また、それによる字幕や絵。」である。
 手に持っていては、テロップではないのである。
 まあ、そんなテレビ業界の愚劣な間違いを上げ始めるきりがないから、この件に関してはこれでおしまいにするが、問題は、その厚紙に書かれていた数字である。


03. 2010年4月16日 09:13:51: A95K8fhJKA
「たちあがれ日本」の記事載せて売れるわけないのに。
だれも関心ないし。

04. 2010年4月16日 13:15:29: lqOPOFnyLE
>「文藝春秋」は、時の権力と対峙するという点において筆頭格のメディアであった。

この認識は疑問だ。「文藝春秋」はやや超保守的な面での多様性を見せていただけで、権力と対峙するというのとは全く別ものであったと思う。


05. 2010年4月16日 22:55:19: ygeAi6ZZvk
今日新聞の新潮の広告で、でかでかと「小沢一郎が倒れた朝」なる記事の広告が載っていました。

『反旗を翻した筆頭秘書の証言第一回
「小沢一郎が倒れた朝」

   慌てて私が小沢の寝室に入ると、彼は布団の上で胡座をかき、弱々しく虚空   を見つめ、苦悶していた。顔面は蒼白で、息も絶え絶えの様子から、一目で   心臓 発作だと直感した』

こんなもの載せる人の神経がわかりません。
心配しているわけではないのでしょう?その逆でしょう。
ゾっとしました。

って言うか腹が立ちました。


06. 2010年4月17日 00:32:22: OljrnMHcyM
われわれ多くの国民は民主党を選択した。
その中心人物、小澤一郎氏を支持した。
われわれ国民にけんかを売るマスコミ等らとは徹底的に対峙していかなければならない。われわれ国民は今までとはまったく違う日本国民なのだ。肝に銘じておけ。

07. 2010年4月17日 01:49:24: OqY2v1iGFU
文藝春秋を見て
背後に読売のナベツネがいて
操作している感じがする。

08. 2010年4月17日 13:53:18: ii4FTD7wNI
近頃の文春発行の雑誌「文芸春秋」「週刊文春」の記事内容の愚劣な特集記事内容に呆れてしまう。あの自民党脱走組みの与謝野をヨイショして見たり、週刊文春に到っては、低脳記者が事もあろうに米国偏向紙のデマ記事を録に取材もしないで大袈裟な記事に仕立て上げ日本国民の不安を煽って得意げにしている悪辣さ、こんな記事を書いている連中は日本人の心と赤い血が流れているのだろうか、心から恥を知り国民に謝罪すべきだ。何を書いても鳩山さんから反論が来ない事を好いことに書き放題、この様な出版社は国民の支持を失い消滅してしまうだろう。少しはマシな出版社とは思っていたが幻滅です。「週刊新潮」共々廃業して貰いましょう。

09. 2010年4月18日 11:42:31: JlQtjvetx6
文芸春秋なんて、今に始まったことではありません。私は昔から胡散臭い雑誌だと思っていました。それにしても、雑誌のへタレぶりには、どうしようもありませんが、ただ嘆いているだけでは、その先がありませんから、参議院選挙には、どうしても、勝ち抜いていかなければならない。国民の胆力が試されています。

10. 2010年4月19日 12:06:39: Ya0PZHfZo6
もう、[新党立ち枯れ日本]を持て余しています。バカが雑誌に載ってやってきた。世間の笑い物です、文芸春秋。

11. 2010年4月30日 18:05:09: XvLKmCsSAc
>>9
>私は昔から胡散臭い雑誌だと思っていました

文芸春秋は「保守」ではないです
「昭和初期の革新」なんですね
自民党的なもの、岸信介的なものと同じです
大東亜戦争賛美してたのもここです
林房雄とか社会主義者の転向組もここで書いてる
戦後左傾化したから保守の立ち位置にあるだけです

>雑誌のへタレぶりには、どうしようもありませんが

「文学部ジャーナリズム」にも問題あるのではないでしょうか


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