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なぜ原爆を投下したパイロットには逮捕状が出ないのか?   
http://www.asyura2.com/09/holocaust6/msg/101.html
投稿者 西岡昌紀 日時 2009 年 3 月 12 日 20:06:42: of0poCGGoydL.
 

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 始めに、次の記事をお読み下さい。これは、第二次世界大戦の末期に、或るドイツ人親子に起きた出来事です。


        あれから半世紀がたった今でも、ヒルデガルド・
       ブーブリツは、恐怖の記憶におののいている。家族
       とともに東プロシアを逃げ出したときの体験だ。
        ある夜のこと、ブーブリツは家族や仲間と民家の
       地下室に隠れているところをソ連兵に見つかった。
       ソ連兵たちはまず、腕時計を巻き上げた。次に欲し
       がったのは、女だった。
       「私たちの中に女性教師がいた。四五歳で男性経験
       のない人だった。」と、ブーブリツは語る。
       「彼女は、一○人のソ連兵にレイプされた。血に染
       まった下着姿で戻ってくると、大声で泣き叫んだ」
        この教師の母親は、娘を抱きかかえてこう言った
       という。−−「私がカミソリの刃を持っているから」。
       そして、親子は外に出ていった。
       「二人は森の中で死んでいた」と、ブーブリツは言う。


      (アンドルー・ナゴースキー「終戦後の『民族大虐殺』」
        ニューズウィーク日本版1995年5月17日号
        42ページより)

 第二次大戦末期、ドイツに侵入したソ連軍が、占領したドイツの町々で、子供や老人を含む多くのドイツ人女性を強姦、輪姦した事は、有名な事実です。首都ベルリンをはじめ、ドイツ東部のあらゆる地域で、ソ連軍の兵士たちは、ドイツの女性たちを徹底的に強姦しました。その中には、例えば、こんな事例すら有ったのです。


     ドイツでは、老女から四歳の子供にいたるまで、エルベ川
    の東方で暴行されずに残ったものはほとんどいない、といわ
    れている。あるロシア人将校は、一週間のうちに少なくとも
    二百五十人に暴行されたドイツ人少女に出会いさすがに愕然
    とした、という記録が残されている。

  (半藤一利「ソ連が満州に侵攻した夏」文藝春秋社・1999年
   274ページより)


 これは、記述からお分かり頂ける通り、加害者であるソ連側が記録した事例です。そのソ連側の記録で、一人の少女が、「一週間のうちに少なくとも二百五十人(のソ連兵)」に強姦されたと報告されて居るのです。
 そして、これは、ソ連に占領された地域で起きたソ連兵による数え切れない数のドイツ人女性に対する強姦、輪姦のほんの一つに過ぎないのです。


 そうしたドイツ東部で起きた無数の悲劇の中で、私は、こんな恐ろしい事例が有ったと読んだ事が有ります。それは、ドイツ東部の或る町で、その町を占領したソ連軍が、その町のドイツ人女性たちを教会に集め、その教会の中で、それらの女性たちを強姦、輪姦したと言ふ事例です。
 教会の中で、です。皆さんは、その情景を想像できるでしょうか?キリストやマリアの像が有る教会の中で、そんな恐ろしい事が起きたのです。

 これらの行為を何故、「戦争犯罪」と呼ばないのでしょうか?
そして、これらの行為を行なったソ連軍の軍人には、何故、逮捕状
が出ないのでしょうか?

 そして、原爆を投下したパイロットには、何故、逮捕状が出ないのでしょうか?


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■米在住のナチ戦犯に逮捕状…3万人虐殺に加担か
(読売新聞 - 03月12日 11:11)

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=775943&media_id=20

米在住のナチ戦犯に逮捕状…3万人虐殺に加担か
(読売新聞 - 03月12日 11:11)


 【ベルリン=中谷和義】ドイツ南部ミュンヘンの裁判所は11日、ナチスの強制収容所で2万9000人のユダヤ人虐殺に加担した戦犯容疑で、ウクライナ出身で米国在住のジョン・デミャニュク容疑者(88)に逮捕状を出したことを明らかにした。


 第2次大戦中の1943年3月から9月、ポーランドのソビボル強制収容所でユダヤ人虐殺にかかわった疑いがかかっている。検察当局は「彼がドイツに到着し次第、尋問し、裁判にかける」としている。


 同容疑者に対しては、1988年に、別の強制収容所で「イワン雷帝」と恐れられた看守だったとして、イスラエルの裁判所が死刑判決を下したが、93年に別人とわかり、判決が取り消された。


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(追記)

 上の記事に出て来る「別の収容所」とは、トレブリンカ収容所と言ふ収容所です。そこには、戦争中、ガス室が在って、多くの人々が殺されたのだそうです。


 ここには、「ディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室」が在ったと言ふ話に成って居ます。又、今回、この88歳の被告がそこで残虐行為を働いたとされるソビボル収容所にも、同じく、「ディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室」が在ったとされて居ます。


 しかし、今日、トレブリンカにもソビボルにも、その「ガス室」の「実物」は、現存しません。「ナチが隠滅した」からトレブリンカにもソビボルにも、「ガス室」の「実物」は現存しないのです。


 では、そのトレブリンカとソビボルに在った「ガス室」がどんなガス室だったかと言ふと、「ディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室」だったのだそうです。そのガス室で、ユダヤ人をはじめとする多くの人々が殺されたのだそうです。

 ディーゼル・エンジンは、一酸化炭素を極く微量にしか排出しない事が、その工学的特徴なのですが。


                 西岡昌紀

(参考サイト)
  ↓
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西岡昌紀「アウシュウィッツ『ガス室』の真実本当の悲劇は何だったのか」
(日新報道・1997年)ネット上の目次(URL)


(はじめに)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/195.html
(第1章 「マルコポーロ」廃刊事件)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/194.html
(第2章 「ユダヤ人絶滅計画」は実在したか?)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/193.html
(第3章 「ガス室」は実在したか?)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/192.html
(第4章 「証言」の問題)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/191.html
(第5章 真の悲劇は何だったのか?)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/190.html
(第6章 「ホロコースト」の政治学)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/189.html
(終章 戦時報道は終わらない)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/188.html
(あとがきにかえて)
http://www.asyura2.com/08/holocaust5/msg/187.html


(文献参照、図、写真、グラフ、などは、本を御参照下さい)

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(参考記事1)
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 連合軍は、戦後ドイツで大量のドイツ政府公文書を押収した。それによって、戦争中ドイツ政府が何を検討し、何を命令していたかが明らかになるからだが、その押収されたドイツ公文書の量は、アメリカ軍が押収したものだけでも千百トンに及んでいる。
 ところが、戦後、連合軍が押収したそれらのドイツ政府公文書の中に、ヒトラーもしくは他のドイツ指導者が「ユダヤ人絶滅」を決定、命令した文書は一枚もなかったのである。実際、連合国は、ニュールンベルク裁判において、ドイツの指導者が「ユダヤ人絶滅」を決定、命令した証拠となる文書を提出していない。
これに対しては、「ナチが証拠を隠滅したから文書が残らなかったのだ」とか、「ユダヤ人絶滅計画は極秘事項だったので、命令は全 て口頭でなされたのだ」とかいう反論が予想されるが、そうした主張は、あくまでも「仮説」でしかない。事実としてそのような文書は、今日まで一枚も発見されていない。もし証拠となる命令文書はあったが隠滅されたとか、命令が口頭でなされたとか主張するなら、その証拠を提示するべきである。実際、アメリカにはこのような主張をする人々がおり、それなりの「証言」や談話の記録、会議録、手紙などを引用する人すらいるが、結論から言うと、彼らが引用するそれらのものは、全く「証拠」になるようなものではない。具体的には、ニュールンベルク裁判におけるハンス・レマースの証言、ハインリヒ・ヒムラーが1943年10月4日に行なったとされる談話の筆記録、ヴァンゼー会議という会議の記録、ゲーリングが1941年7月31日に書いた手紙、ベッカーという軍人のサインがあるソ連発表の手紙等々であるが、これらの文書は、しばしばそれらの反論者たちによって「ユダヤ人絶滅を命令、記録したドイツ文書」として引用されるものの、よく読むと、全くそんな文書ではないのである。
 それどころか、ドイツ政府が計画した「ユダヤ人問題の最終的解決」なるものの内容が、実はユダヤ人の「絶滅」等ではなく、ユダヤ人の強制移住であったことを明快に示す文書が、押収されたドイツの公文書の中に多数発見されている。それらの文書は、ポーランドに作られたアウシュヴィッツ収容所等へのユダヤ人移送が、ドイツ政府にとっては「一時的措置」でしかなかったことを明快に述べている。

– 「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」(『マルコポーロ』1995年2月号)p. 178


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(参考記事2)
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 アウシュヴィッツをはじめとする強制収容所で戦争末期にチフスが発生し、多くの死者を出したことは、明白な事実である。このことについては「ホロコースト」があったとする人々も異論を唱えてはいない。ナチスが建設したユダヤ人収容所で衛生業務に当たったドイツ軍軍医による記録、ドイツ西部で解放直後の強制収容所の衛生状態を観察したアメリカ、イギリスの医師たちによる報告などは、一致して、戦争末期から戦争直後にかけての強制収容所でのチフスの発生のひどさを詳細に記録しており、このことについては論争の余地はないものと思われる(J・E・ゴードンなど)。問題は、ドイツがそのような状況にどのように対応したかであるが、ドイツ軍当局は、ユダヤ人を戦時下の労働力として温存したか ったのであり、意図的に衛生状態を悪化させたと考えさせる証拠は見つからない。例えば、ドイツ政府の中でユダヤ人問題を総括する立場にあったハインリヒ・ヒムラーは、チフス等の病気によるユダヤ人の死亡が多いことに神経をとがらせ、収容所の管理者たちに対し、もっと死亡率を低下させよという命令を出してすらいる。例えば、一九四二年十二月二十八日の日付けで強制収容所の統括司令部がアウシュヴィッツ収容所に送った命令書には、こう書かれている。「収容所の医師達は、これまで以上に被収容者の栄養状態を観察し、関係者と連携して改善策を収容所司令官に提出しなければならない」
 これは、ヒムラー自身の言葉ではないが、この命令書はヒムラーの次のような言葉を引用しているのだ。「死亡率は、絶対に低下させなければならない」この命令は、言われているような「民族皆殺し」と両立する命令であろうか?

– 「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」(『マルコポーロ』1995年2月号)p. 179

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