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ドイツの「民衆扇動罪」 「在特会」が跋扈する日本で考える
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投稿者 提供人D 日時 2010 年 3 月 26 日 10:46:00: zjIwxfdYJcbls
 

ドイツの「民衆扇動罪」 「在特会」が跋扈する日本で考える
木戸衛一(大阪大学大学院国際公共政策研究科教員)
 
 I
 
 去る12月4日、「在日特権を許さない市民の会」(「在特会」)の一団が、京都朝鮮第一初級学校の前で、同校が公園を不法占拠しているという言いがかりをもとに、「スパイの子どもたち!」「朝鮮学校を日本から叩き出せ!」などと、聞くに堪えない罵詈雑言で教員や子どもたちを恫喝・脅迫し、器物損壊を働いた。ところが、警備の要請を受けて出動した警察官は、彼らの妄動を放置するだけであった。
 実はそのちょうど1週間前、私の所属する大学院でも、「在特会」が騒ぐかもしれないと懸念されていた。と言うのも、韓国「ナヌムの家」からハルモニを招いて大阪・京都で開かれた証言集会のプレイベントとして、歴史館研究員の村山一兵氏による講演会が企画されていたからである。
 前日豊中警察署から連絡を受けた研究科長から、私は警備の申し出を受け入れるかどうか打診された。結局申し出は断り、講演会自体も無事に終わった。だが今思えば、白昼堂々の憎悪犯罪を警察に制止してもらえず、恐怖と不安の中でじっと耐えるしかなかった京都朝鮮第一初級学校の関係者(特に子どもたち)に比べ、頼みもしないのに警備を享受できる私たちの「特権」的立場を恥ずかしくさえ思う。
 
 II
 
 日本が1995年に加入した人種差別撤廃条約は、「人種差別」を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先」と定義している。これに照らせば、「在特会」は、明白な人種差別団体である。
 日本は条約締結に当たり、「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけた第4条(a)および(b)に留保を付している。外務省のホームページには、「集会、結社、表現の自由等を不当に制約することにならないか、・・・正当な言論を不当に萎縮させることにならないか、・・・罪刑法定主義に反することにならないか」など、この条項への疑念が示されている。
 おかげでこの国では、「反差別法」のような、国内で条約に実効力をもたせる法令も制定されていない。このことは、「在特会」のような活動を増長させる一因となっていよう(もっとも、京都朝鮮第一初級学校の一件は、現行法の範囲内でも、威力業務妨害などで十分取り締まれたはずである)。
 ところで、人種差別撤廃条約は、ナチス=ドイツのユダヤ人虐殺やアパルトヘイトを背景に、1950年代末西独などでの反ユダヤ主義の高まりを直接的なきっかけとして、1965年12月に国連総会で採択された。つまり、ドイツの「過去」は、この条約の存在と切っても切れない関係にあるのである。
 それでは、往時軍国日本とともに、民主主義を原理的に否定し、洋の東西で覇権を分け合おうとしたドイツは今日、人種差別を扇動し、憎悪を掻き立て、暴力行為を促すような言動に、どのような法的規制を設けているのであろうか。
 
 III
 
 日本の排外主義者たちは、かつての自国の植民地主義・帝国主義政策を「自存自衛」と正当化し、戦争犯罪の事実を否認する。こうした歴史修正主義は、ドイツでは、刑法第130条「民衆扇動罪」(Volksverhetzung)により、訴追の対象となる。その第3項は、「ナチ支配のもとで行われた、国際刑法典〔Völkerstrafgesetzbuch vom 26. Juni 2002:国際刑事裁判所ローマ規程を国内法に修正的に変換したものー木戸〕第6条第1項に示された行為〔民族殺戮ー木戸〕を、公共の平和を乱す形で、公然とまたは集会において容認し、または事実を否定・無害化した者は、5年以下の自由刑または罰金刑に処せられる」、さらに第4項は、「公然とまたは集会において、ナチズムの暴力・専制支配を容認・賛美・正当化することにより、犠牲者の尊厳を傷つける方法で公共の平和を乱す者は、3年以下の自由刑または罰金刑に処せられる」と定めている。
 極右・国民民主党(NPD)のギュンター・デッカート(Günter Deckert)前党首は、ホロコーストを否認し、この民衆扇動罪で何回も訴追されている。1991年6月党首に選出されたデッカートは、同年11月ヴァインハイムで、1988年の「調査」を通じて、アウシュヴィッツ=ビルケナウ絶滅収容所のガス室の存在を否定した、米国人「ガス室専門家」フレッド・ロイヒターを招き、歴史修正主義の会議を開催した。席上デッカートは、ユダヤ人大量ガス殺の「証拠」はなく、「600万人」というユダヤ人の犠牲者数は「象徴的数字」に過ぎず、ユダヤ民族が1933年にドイツに宣戦布告したのだと公言した。
 1年後マンハイム地裁は、デッカートに、保護観察付き1年の拘留刑および罰金1万マルクの有罪判決を下したが、被告・検察双方が控訴、カールスルーエの連邦最高裁判所も判決を棄却した。1994年3月、マンハイム地裁は、改めてほぼ同じ内容の判決を下した。ところが、判決理由の中に、被告が「常に心底にある政治的確信のために、大いに力を尽くし、著しく時間・エネルギーを費やして戦っている」などと、まるで賞賛するかのような文言が散見し、ドイツ中が騒然となった。
 翌月連邦最高裁判所は、この判決も棄却し、保護観察なしの2年の拘留刑という判決を下した。デッカートは、民衆扇動、人種憎悪の教唆、故人の追悼への侮辱、名誉毀損などを繰り返していたが、1995年11月、休暇から戻ったところを、フランクフルト空港で逮捕された。
 デッカートは、翌年3月の党大会で、獄中からNPD党首に再立候補、僅差でウド・フォイクト(Udo Voigt)現党首に敗れた。彼は2000年10月に釈放され、一部極右の間で「殉教者」「英雄」「政治犯」などと崇拝されもしたが、2005年10月の党大会で、「非民主的指導スタイル」を理由に党の役職を解任され、さらには党を除名されるに至った。
 
 IV
 
 このようなデッカートの政治的末路を見ると、日本でも「民衆扇動罪」を設けて、「南京」や「慰安婦」で妄言を繰り返す政治家を、国会ではなく刑務所送りにしたくもなる。だが、ドイツで今も行われる歴史歪曲や人種差別的な言動が、その都度この罪状で摘発されているわけではない。しかも「民衆扇動罪」は、実は「諸刃の剣」の機能を果たしている。
 刑法第130条の第1項は、「公共の平和を乱すのに適した方法で、1.一部住民への憎悪を煽り、あるいはその人たちに対する暴力的または専断的処置を促すか、2.一部住民を侮辱し、悪意をもって軽蔑し、あるいは中傷することで、他者の人間の尊厳を攻撃する者は、3ヵ月から5年の自由刑に処せられる」と定めている。
 また第2項は、「一部住民、あるいは民族的・人種的・宗教的な、またはその民族性(Volkstum)に規定された集団に対する憎悪を煽り、彼らへの暴力的または専断的処置を促すか、一部住民あるいは上に述べた集団を侮辱し、悪意をもって軽蔑し、あるいは中傷することにより、他者の人間の尊厳を攻撃する文書」を準備・配布した者は、「3年以下の自由刑か罰金刑に処せられる」としている。
 この規定の矛先が、あろうことか反戦運動に向けられる場合もある。湾岸戦争の最中、ある平和運動家が、自分の車に、ヴァイマル共和国時代の文筆家、クルト・トゥホルスキの「兵士は人殺しだ」という警句を貼って、「民衆扇動罪」に問われた。トゥホルスキは、1931年8月4日に発行された『ヴェルトビューネ』で、「4年間、国中で人殺しが義務とされ、30分もそこから離れるのを厳しく禁じられた。私は人殺しと言ったか? もちろん人殺しと。兵士は人殺しだ」と論じていた。
 1994年9月19日、連邦憲法裁判所は、この活動家に無罪を言い渡した。それは、「言論の自由」を擁護したからではなく、歴史的引用の明示を理由としたものであった。この判決に、連邦軍や保守派は激しく反発、2日後連邦議会は、「人殺しのレッテルの容認は、兵士から法的保護を奪い、兵士の人間としての尊厳を損なう」という抗議決議を可決した。ゲルト・シュルツェ=ロンホーフ少将は、「兵士が人殺しと同じなら、連邦憲法裁判所はナチス民族法廷に匹敵する」と敵意を剥き出しにした。
 それから15年。今や連邦軍は、約7200名の将兵を海外に送り込んでいる(2009年12月16日現在)。そして、アフガニスタンでは、当初の治安維持活動や復興支援はどこへやら、いよいよ本格的な軍事行動が展開されている。昨年7月22日には、300人の連邦軍将兵が、アフガン兵800人、アフガン警官100人と合同で、タリバンに対する大攻勢を実施した。また9月4日には、クンドゥズ基地の司令官であるゲオルク・クライン連邦軍大佐の要請で、タリバンに乗っ取られた2台のタンクローリーに対して米軍機が空爆し、多数の民間人が死亡した。その後12月に入り、クラインの空爆要請の目的は、タンクローリーの破壊ではなく、タリバンの「根絶」にあったことが明るみに出た。
 「二度と戦争をしない」は、「二度とアウシュヴィッツを繰り返さない」とともに、戦後ドイツ社会の二大公理だったはずである。ところが、1999年のユーゴ空爆で、戦後初めて戦闘行為に参加し、今またアフガニスタンにおいて、事実上の戦争への加担の度を深めているのに伴い、新兵の宣誓式などに際しての連邦軍に対する抗議活動を、「民衆扇動罪」で取り締まる事例が目立つようになった。こうした傾向は、昔の鉄十字勲章を想起させる「勇敢勲章」の制定(昨年7月6日)や、「われわれの連邦軍の死者に。平和・正義と自由のために」と記した「連邦軍栄誉記念碑」の除幕(同9月8日)など、「戦争文化」復権の動きとも連動していると考えられよう。
 
 V
 
 2001年8月31日〜9月8日、南アフリカのダーバンで開かれた、国連主催「人種主義・差別撤廃世界会議」(人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議)は、人種主義・植民地主義の清算に向けた人類社会の重要な取り組みであった。シオニズムや、奴隷制への補償に関する意見対立から、米国とイスラエルが退場したが、欧州諸国も、謝罪・補償・「人道に対する罪」をめぐって強硬な態度を貫き、奴隷制・奴隷貿易のみを「人道に対する罪」と認め、植民地主義についてはそれが「人種主義・差別につながる。犠牲(特にアフリカ大陸の人々、アジアの人々、そして先住民族)の苦しみを認めると同時に、その影響が昨今の社会経済的不平等につながっていることを認める」という文言にとどめさせることに成功した。
 それでも、この決議が採択されたからこそ、2004年8月14日、ナミビアでのヘレロ蜂起100周年記念式典にハイデマリー・ヴィーチョレク=ツォイル経済協力開発相が出席し、かつての虐殺に対する「歴史的・政治的な、道義的・倫理的な責任」を言明することに繋がったと言える。蛇足ながら、フランスで最初の「奴隷制廃止記念日」が制定され(2006年5月10日)、イギリスで奴隷貿易廃止法成立200年に際し、ブレア首相が「深い悲しみと遺憾の意を表明」(2007年3月25日)したのも、その延長線上に位置づけられよう。
 ところが、昨年4月20〜24日、ジュネーヴでの国連人種差別撤廃再検討会議(ダーバンII)を、ドイツは米国などとともにボイコットした。その背後には、在独ユダヤ人中央評議会などの圧力が明らかに働いていた。
 ホロコーストの負の遺産をもつドイツでは、イスラエル批判に「反ユダヤ主義」のレッテルを貼る傾向が強い。イスラエルによるガザ地区への一方的な殺戮・破壊に際しても、アンゲラ・メルケル首相は2008年12月27日、イスラエルのエフド・オルメルト首相との電話会談で、責任が「明白かつ排他的にハマス」にあると早々と言明した。しかし、「反・反ユダヤ主義」の立場からのダーバンUボイコットは、あらゆる人種差別・排外主義と闘うという大原則への背馳を意味する。国際舞台でドイツがつとに強調する「人権」や「民主主義」も、しょせん二重基準に基づくものとの失望を招き、却ってその普遍的価値を貶めかねまい。
 
 VI
 
 それに比べて、旧ユーゴスラヴィアに生まれ、父親をナチに殺されたジョセフ・ラピド(Joseph Lapid)元イスラエル法相の発言は、説得力がある。彼は2007年1月、「私たちを殺害し始める前にディアスポラに追い込んだのは、火葬場やポグロムではなく、迫害、いやがらせ、投石、生計への打撃、脅迫、つば吐き、侮蔑だった」と回顧し、「小さな反ユダヤ主義者が途中で待ち伏せし、私たちを殴りつけることがよくあったので、学校に行くのが怖かった。ヘブロンのパレスチナの子どもと、どう違うのか」と、自国の現状を厳しく批判したのである。
 ナチスが自負した「支配民族」にせよ、「在特会」らが奉じる「神国・日本」にせよ、究極の集団的ナルシシズムとでも呼ぶべき選民思想は、容易に他者を辱め、その人間性を剥奪しようとする。まさに、「愛国心は悪党の最後の拠り所」(サミュエル・ジョンソン)なのである。
 日本に限らずヨーロッパでも、新自由主義の政治によって、労働と生存が不安定化し、格差・分断が深刻化する現実への不満をナショナリズムで回収しようとする動きがある。ちなみに、ドイツでは2006年8月、就労における、人種・民族的出自・性・宗教・世界観・障害・年齢・性的アイデンティティを理由とした不利益を阻止・排除するための「反差別法」(正式には「一般平等処遇法」)が施行された。
 歴史を歪曲し、差別と排外主義を公然と標榜する「悪党」を、このまま野放しにしているのでは、日本の国家意思が疑われることになる。「在日」を初め、被差別部落・アイヌ民族・沖縄の人びとや、外国人・移住労働者の「異なる他者」の尊厳をあからさまに踏みにじる行為を禁じることは、「集会、結社、表現の自由等を不当に制約すること」にも「正当な言論を不当に萎縮させること」にもなるはずがなかろう。と同時に、市民社会の側も、「敵のイメージ」に煽られ、かつてのような「抑圧委譲」の愚を繰り返さない覚悟が求められている。
 
http://apc.cup.com/apc201001_12_13.pdf

 

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コメント
 
01. 2010年3月26日 10:57:50
公安が動かないのは、変ですね。誰かが裏で操作しておるのでしょうね?

02. はちまき伍長 2010年3月26日 19:17:05: Zpc9bbdVkJn3c
人種差別撤廃条約の「人種差別の煽動を法律で禁止する」は、もとをただせばジェノサイド禁止条約草案段階でのソヴィエト連邦案です。
審議の過程で何度も却下されたにもかかわらず、スターリン時代のソヴィエト代表がしつこく再提案してきたのがこの条項でした。当然言論の自由を真っ向から否定するこのような条項はジェノサイド禁止条約には盛り込まれませんでしたが、その後ソ連の国連工作が功を奏し、米国の公民権運動の盛り上がりも相まってとうとう人種差別撤廃条約の中に取り入れられてしまったのです。

03. 2010年4月01日 03:34:07
少し以前の阿修羅サイトでは、ツンデル氏とか木村先生とかは
興味深い論理提供者だったのに、
今の狂った阿修羅ではみんな「唾棄すべき修正主義者」扱いになっちゃったのか?

04. 2010年4月16日 15:07:36: KCp7zxZQt6
各国固有の民族性文化等を衰退させゆくゆくは破壊してしまう侵入侵略異民族に対して、
差別はいけないだとか平等だとか人権だとかいう概念は、
元々は流浪の民ユダヤ人が自分達を守る為に広めた都合のいい左翼思想では。
そしてその後日本を亡きものにしようとする南北朝鮮国賊スパイ達もこれを盾にして来たのでしょう。
これらを思えば在日を退け固有の民族性と文化を保つ事こそが英米闇権力とま逆の道である事が分かります。
英米闇権力の最上層のユダヤ人は熱烈な共産主義支持者であるという現実。
創価と同和や暴力団は北朝鮮在日工作集団、自民党や電通マスゴミや暴力団はCIA統一協会で韓国在日工作、とはリチャード・コシミズも明らかにしています。
出て行け北朝鮮!出て行け韓国!と自分の国で堂々と言える明るい世の中が早く来て欲しいものです。

05. 2010年4月25日 17:06:59: fhqMEypoT6
ナチとシオニスト、右翼と朝鮮の関係を暴露する事!!!
阿修羅の役割はコレに尽きるよな!
バリケードの前には日韓のファシスト、背後には中朝スターリニストがいる。
文鮮明と金正日は義兄弟の関係を交わしているそうではないか?

06. 2010年8月27日 04:10:30: TcJwcmz5Jk
在日が日本を支配してる。

在日を追討せよ。・


07. 2010年9月19日 08:00:10: GsmmrCiBFU
第5話 差別排外主義を煽り立てる『マンガ嫌韓流』とマスメディアの真の問題 鄭 雅英


第5話 差別排外主義を煽り立てる『マンガ嫌韓流』とマスメディアの真の問題


 『マンガ嫌韓流』(以下『嫌韓流』)第5話「『反日マスコミの脅威』日本を内側から蝕む反日マスコミのプロパガンダ」の概要は、おおよそ二つに分けられる。

 まず前半では、石原慎太郎東京都知事の「日韓合併の歴史を 100%正当化するつもりはない」という発言(2003年 10月)を取り上げる。 11月 2日のTBSテレビ『サンデーモーニング』は、この発言を「正当化するつもりだ」という誤った字幕を付けて放映し、出演した複数のコメンテータも石原発言を批判するコメントを述べた。これを「反日マスコミ」による「バッシング目的」の「意図的な程造」「歪曲報道」であると断定する。

 後半では、1994年、雑誌『宝島30』に掲載されたルポライターきむ・むい氏による記事「『チマ・チョゴリ切り裂き事件』の疑惑」を利用して、朝鮮学校生徒への暴行事作や「チマ・チョゴリ切り裂き事件」が朝鮮総連サイドによる「自作自演」であることを強く示唆し、にもかかわらず「反日マスコミ」は朝鮮総連の発表を「ウラも取らずに」「垂れ流した」とする。「日本を貶めるためには事実を歪めることさえやりかねない反日マスコミに編されてはいけない」という終盤部分の吹き出しが、第5話全体の結論と見て良かろう。また、きむ・むい氏が『宝島30」の記事掲載から数カ月後に「変死体で発見され」た事実も衝撃的に紹介し、彼の死が記事掲載と関連した事件であるかのようにイメージづけている。

 前後半とも、取り扱われているテーマはすでに一部のメディアやネット上で繰り返し取り上げられてきたものである。『嫌韓流』で新たに紹介されたり論証された事実や論点は、見あたらない。

 本稿ではまず、石原都知事発言誤報道に関して当該事件のいきさつを追い、つぎに都知事の講演内容を分析したうえで権力とマスメディアの関係から浮かび上がるマスコミの問題を考える。さらに、朝鮮学校生徒への嫌がらせ・暴行事件を振り返り、これを「自作自演」と誘導する『嫌韓流』の手法を論じる。


石原部知事発言誤報事件の顛末

 TBSテレビの誤報事作を振り返っておく。

 2003年 10月 28日「北朝鮮に拉致された日本人を救う会東京」主催の「全都決起集会」で石原東京都知事は「基調講演」を行い、そのなかでこう発言した。

 「私たちは決して武力で侵犯したんじゃない、これは、むしろ朝鮮半島の国々が分裂してきてまとまらないから、けっきょく彼らの総意で、ロシアを選ぶか支那を選ぶか日本にするかということで、近代化の著しい同じ顔色をした日本人の手助けを得ようということで世界中の国が合意したなかで、合併が行われた。(中略)(欧米諸国も)それぞれアジアに植民地を構えた。全然違う形で日韓の合併が行われた。それをもって、私は日韓合併を 100%正当化するつもりはない。彼らの感情からすれば、そりゃ、やっぱり忌々しいし、屈辱でもありましょう。しかし、どちらかといえばこれは彼らの先祖の責任であってね」

 11月 2日の『サンデーモーニング』は、石原講演の概要を映像と音声で部分的に取り上げたなかで、「私は日韓合併の歴史を 100%正当化するつもりだ」と字幕スーパーを付けた。さらに、この講演内容に抗議する在日韓国青年会と朝鮮総連の会見映像と、 10月 31日の都庁会見での「あまり騒ぎにならなかったな、残念ながら。世間ではやっぱり良識がなってるよ」という知事発言を続けて流した。そして、コメンテータの辺真一(ピョンジニル 『コリアレポート』)、岸井成格(『毎日新聞』編集委員)の両氏と司会の関口宏氏が、一連の石原発言に関し批判的な論調でコメントを付けた。

 11月 4日、TBSはホームページ上で字幕の過ちを謝罪し、原因は「取材テープの当該発言部分の語尾が聞き取りづらかったため、番組スタッフが誤解し」たもので「音声を故意にしぼったり、加工した」という事実はないと釈明した( 12月に番組関係者を減給処分)。
 11月 11日、石原知事は名誉段損と公務執行妨害で新宿暑に被害届け。
 2004年 2月 9日、石原知事は名誉股損でTBSの氏名不詳者を告訴。
 同年 12月 14日、警視庁はプロデューサー級の番組制作担当者四名を名誉段損容疑で書類送検。新聞は「放送内容の誤報で番組関係者の送検は異例」と報じる。
 2005年 3月 29日、東京地検は嫌疑不十分で不起訴処分。

 まず、『サンデーモーニング』の誤字幕については、民放キー局の報道としては弁明のしようがない基本的なミスであり、TBSの謝罪や局による制作関係者への処分は当然である。石原知事が都庁記者会見でも述べていたとおり、講演内容の該当部分(「100%正当化するつもりはない」)は複数のテレビニュースや新聞などで取り上げられている(たとえば『毎日新聞』 10月 29日)。講演から 5日もあとの放送で稚拙なミスを犯したのは、番組制作現場
のずさんなお粗末としかいいようがない。

 また、知事側は、『サンデーモーニング』が 10月 21日に行われた知事会見での発言場面の前後をカットして、発言意図を歪曲したとする。発言の前後を見ると、『毎日新聞』が 28日の講演内容を「マッチボンプで」「たきつけた」「取材力もない」と、知事が『毎日新聞』記者を挑発的に皮肉った発言の一部であると理解される。したがって、この発言前後のカットは、発言の対象が特定メディアであることを抜け落とす結果になっている。


石原発言とメディア危機

 以上を確認したうえで、この番組内容を「意図的ねつ造」と断定できるのか考えたい。

 つぎに、字幕であるが、すでに複数のメディアで繰り返し取り上げられている発言を意図的に変えて報じても、すぐに露見するのは明白である。実際『サンデーモーニング』の字幕誤報は時をおかずに明らかなものになった。字幕の書き抜えという幼稚な手段を使い讃責を覚悟してまで報道内容を「ねつ造」しても、実効性にほど遠いことなど誰にでも分かる。つぎに、知事会見での発言の扱い方は多少不用意だが、発言の後段「世間ではやっぱり良識がなってるよ」は放映されていて、あわせて聞けば自分の発言を「あまり騒ぎに」しなかった世論の「良識」を肯定して、発言を批判的に報じたマスコミを揶揄するニュアンスが理解され、発言の意図自体が大きく改変されたことにはならない。これらを「意図的ねつ造」と断定するには、いかにも無理がある。

 『嫌韓流』では、こうした「歪曲された映像」をもとに『サンデーモーニング』コメンテータが石原知事を「バツシング」したことを問題視しているが、この点はどうか。『嫌韓流』では、コメンテータと司会の石原批判コメントはあたかも「 100%正当化するつもりだ」という誤報字幕付き発言だけを素材にして発せられているように描かれているが、実際には各コメントは 10月 28日の講演内容全体に対して付けられているものなのである。

 そこで石原講演内容について検討しよう。詳細に分析する紙幅はないが、一言でいえば根拠不明と言葉の軽率さにつきる。「日韓合併の歴史を 100%正当化するつもりはない」とのことだが、講演内容を見ると「正当化」しない根拠が見あたらない。よもや「彼ら(朝鮮人)の感情からすれば、そりゃ、やっぱり忌々しいし、屈辱でもありましょう」の部分が、それではあるまい。とすると、要するにこの講演主旨は一貫して日本の韓国「合併」と植民地支配を「 100%正当化」したものなのである。

 日本における朝鮮史研究者の学術団体である朝鮮史研究会は、2003年 11月 16日、10月 28日の講演と 10月 31日の会見における韓国併合正当化発言を批判する、概略以下の声明を出している。

 ●日清戦争、ポーツマス条約後に清、ロシアとも韓国に政治介入はしていない。そもそも、 1905年の第二次日韓協約で日本に外交権を奪われていた韓国に、(ロシア、清、日本のいずれを選ぶかなどという)自主的な選択の余地はなかった。

 ●講演中の「総意」について、知事は会見で「彼らの代表が国会なるものをもっていたのだろうから(中略)彼らが合議して(日本との併合を)採決したんでしょう」と発言したが、当時、韓国には国会に準じる機関は存在せず、併合当時の政治運営は事実上、日本人によって担われ、とうてい国民の「総意」に基づいて併合が行われたのではない。

 ●講演の「世界中の国が合意したなかで合併が行われた」、会見での「あの頃は国際連盟もありましたけれども、外部の国際機関は誰も日本を誹誇する者はなかったと思いますよ」発言について、併合当時国際連盟は存在せず、「合意」といっても帝国主義列強がそれぞれの利権を相互に承認し合ったという狭小な意味をもつに留まるのであり、このことをもって「韓国併合」を正当化することはできない。

 国際連盟の発足が韓国併合 10年後の 1920年であることは扶桑社『新しい歴史教科書』(中学生向け)にも明記されているので、石原知事はよくお読みになるべきだったろう。

 ちなみに石原知事は、『サンデーモーニング』制作関係者書類送検に関し「当然」としたうえで、「政治家にとって言葉は命」だとコメントしている。「三国人」「ばばあ」「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格」などの発言でひんしゅくを買ってきた「政治家」の言葉としては大変興味深いところであるが、「国際連盟」発言を含む先の講演と会見発言ではどのあたりに命を懸けたのだろう。

 『サンデーモーニング』でコメンテータの岸井氏は、「(講演の)翌日に知事とお会い」して「いろいろな話をしましたけれどね、やっぱり石原さんは確信犯ですよね」と述べた。このコメントについて『嫌韓流』では、「あれ……? 岸井氏は翌日に石原都知事に会ってるのに…/このテロップミスや編集に気づいていない…?」とし、「音声の編集と程造テロップを百も承知でバッシングした」と「意図的ねつ造報道」の根拠にしている。

 確かにテロップミスに気づかなかったのは、コメンテータとして「恥をさらしている」。しかし、岸井コメントは、あくまでも正当性のない根拠で独断的発言を連発する都知事の政治姿勢そのものを評した内容である。辺真一氏が石原発言に「何を言いたいのかわからないですね」とコメントしたのも、もっともなことであった。『嫌韓流』こそ、こうした番組の全体的構図を「意図的に」寸断して、あたかも番組制作側の意図的改変によってコメンテータがミスリーデイングされたかのように「歪曲」「ねつ造」しているのは明らかである。

 以上、テレビ放送制作現場における(ずさんな)技術上のミスを都合よく拡大解釈し、「反日マスコミ」の「意図的ねつ造」と決めつけた『嫌韓流」の手法を明らかにした。

 ところで、第5話冒頭には「放送法」と「TBS放送基準」のうち、報道の「政治的公平」「客観性」を規定した部分が掲載されている。TBSの報道を椰捻したつもりのようだ。

 ジャーナリズムの「公平」「中立」という概念は、近年しばしば「政治的な左右の中立」とか「是々非々」などと誤解されている。しかし、これは元来あくまでも「政治権力からの」公平、中立を意味したはずである。

 マスメディアの引き起こす「報道被害」とジャーナリズムに不可欠な政治権力に対する監視、批判機能を意図的に混同させ、基本的人権の根幹たる言論の自由に強力な制限を加えようとする日本政府や保守政界、保主言論の動きは急である。一方のマスメディアは対小泉政権しかり石原都政しかり、それに抗うどころか権力監視、批判機能を大幅に後退させている。『嫌韓流』式の「反日マスコミ」の喧伝や石原知事による『サンデーモーニング』制作者の告訴および不起訴に終わったとはいえ、警視庁による異例の送検などは、こうした危機的文脈でこそ捉えなくてはならない。


「チマ・チョゴリ切り裂き事件」は「自作自演」か

 つぎに、第5話後半の「チマ・チョゴリ切り裂き事件」に関する部分を検証する。

 その内容で根拠としてあげられている資料は、1994年に雑誌『宝島30」に掲載されたきむ・むい氏のルポ「『チマ・チョゴリ切り裂き事件』の疑惑」のみである。朝鮮学校生徒に対する同様の暴行・嫌がらせ事件が多発した「テポドン騒ぎ」の1998年と「拉致問題」の2002年における事例にはまったく触れていない。そこで、きむ・むいルポから考察しよう。

 まず結論的に述べると、きむ・むいルポは「チマ・チョゴリ切り裂き事件」が「自作自演」だとは一言も述べていないし、「自作自演」を暗示すらしていない。そもそも「自作自演」という言葉が出てこないのだ。

 きむ・むい氏は、朝鮮学校生徒の「チマ・チョゴリ切り裂き事件」に関する一連のマスコミ報道について、「事件の内容が何だかできすぎていて嘘っぽい」、「犯人像の描写」が「滑稽としか言いようがない」、「常識的にみて怪しい」、さらに「国際情勢や日本国内世論が北朝鮮に圧倒的に不利になるとなぜかチマ・チョゴリは切られ出す」という疑惑から取材を始めた。きむ・むい氏が警視庁、複数の全国紙(『朝日新聞』を含む)の社会部記者、朝鮮学校出身者、東京朝鮮高校を直接取材した結果、つぎのことが明らかにされる。

●警視庁は1994年 4月から 7月 11日までに、朝鮮学校生徒が衣服を切られたり、暴行傷害、窃盗と強制わいせつの被害を受けた被害届計 22作を受理し、うち 2件については被疑者を検挙済みであること。

●朝鮮学校卒業生によれば、チマ・チョゴリを切られるような事件は日常的にあったが、通常、学校側は被害数の統計や事実究明に関する活動を行っていなかったこと。

●東京朝鮮高校を訪問したきむ・むい氏は、保管されている切られたチマ・チョゴリの現物を見て、「ナマで見る説得力は想像以上だった」と感じる。さらに、不自然としか思えなかった暴言事件に関する報道の事実経過について学校側に疑問をぶつけると、「答えは、明瞭だった」「そう説明してくれれば、とりあえずは納得がいく」、他の報道についても「新聞が舌足らずだっただけで、やはり理解できるプロセスがあったのだろうか」としている。

 きむ.むい氏はさらに、朝鮮学校に対して「民族排外主義的な日本人の仕業」と断定できるのかと質問すると、学校側は「私たちは同民族の犯行であってはならないし、あってはほしくないと思います。状況から見て、日本の方、と断定できます」と回答している。きむ.むい氏はこれに対し、「だが、仮に事件のすべてが日本人によるものだとしても、そこに民族排外主義的なるものが介在していたどうかは、藪の中としか言いようがない」と述べるにとどまる。

 きむ・むいルポは、最終部分でこう結論している。

   チマ.チョゴリは確かに切られていた。だが、それによって『朝日新聞』をはじめとする日本のジャーナリズムは「反民族差別」キャンペーンに成功し、核疑惑報道が下火となって北朝鮮と朝鮮総連は得点を上げ、そして、チマ・チョゴリ着用を強制さ  れている女子生徒たちだけが、恐怖に震えていた。

 『嫌韓流』も、さすがに「チマ・チョゴリ事件」を「自作自演」と断定する根拠の乏しさは自覚していたのだろう。わざわざ登場人物に(犯人を)「憶測で特定の民族や団体だと断定することは良いことではない」、(従軍慰安婦問題を引き合いにして)「証拠も無いのに決めつけるのは愚劣な行為だ」などと語らせて、回りくどい展開になっている。『嫌韓流』の構成はごていねいなことだが、それでも元ネタにしたきむ・むいルポさえ何ひとつ一言及しなかった「自作自演」を強く印象づけるよう仕向けているのだから、姑息な「歪曲」手法というべきである。

 つぎに、きむ・むい氏が疑問として残した犯行者の「民族排外主義的なるものの介在」と朝鮮総連とマスコミの「政治キャンペーン」について考えよう。


民族学校生徒被害と「民族排外意識」

 朝鮮学校生徒が暴行暴言などの被害を受けたケースについて、日本人が作成した調査報告書がある。たとえば、北朝鮮の「核疑惑」が報じられた1994年 7月、弁護士、大学助教授、声楽家、作家など 7名で構成された「朝鮮人学生に対する人権侵害調査委員会」の作成した「朝鮮人学生に対する人権侵害調査報告書」である。比較的簡単な構成で、被害生徒の聞き取りは 3件しか掲載されていないが、聞き取り内容は具体性と一貫性があり、作為を見いだすことはできない。きむ・むい氏は、この報告書を読んだだろうか。

 「拉致問題」で揺れた 2002年秋以降、朝鮮学校生徒の被害は急増し、朝鮮学校や朝鮮総連などの団体や施設への脅迫や実弾撃ち込み事件も多発する。03年 6月、12人の日本人弁護士によって組織された「在日コリアンの子どもたちに対する嫌がらせを許さない若手弁護士の会」は、関東圏にある初級(小学校に該当)、中級(中学校に該当)、高級(高校に該当)各朝鮮学校 21校の生徒 2700余名にアンケート調査を行った結果を、『在日コリアンの子どもたちに対する嫌がらせ実態』にまとめた。

 調査結果によれば、02年 9月の小泉訪朝と「拉致問題」の焦点化以降、なんらかの被害を受けた生徒の比率はほぼ 2割に達しているが、小泉訪朝以前に嫌がらせを受けた経験のある子どもも 2割を越えている。被害内容は「衣服を切られる」「唾を吐かれる」「石を投げられる」「拉致される、といって蹴られる」「駅のホームで突き飛ばされる」などの暴行、「日本から出ていけ」「ここは日本だから日本語を使え」「朝鮮人は馬鹿だから日本語も知らない」「拉致ってるんじゃねえよ」「おまえら殺してやろうか」などの暴言ほか、数え切れない。生徒自筆のアンケート回答紙のコピーも多数掲載されていて、迫真性に富む。

 また、設問にはそれぞれ「学校」「親」「日本政府」「日本人」に望むこと、という項目がある。「学校」に対しては、「一層の安全策」のほか、「共和国(北朝鮮)の真実(を教えてほしい)」「極端に朝鮮を正当化しないでほしい」「一方的に日本側を否定するのは変だ」などの意見もそのまま掲載されており、調査の客観性は明白である。アンケートの結果、各朝鮮学校の把握していない被害ケースが多数回答され、学校側をあわてさせたとも聞く。

 報告集の被害例を見れば、一連の加害行為がなんらかの「民族排外主義」に基づいていることは否定のしようがない。被害例のなかには、チマ・チョゴリの女生徒が電車のなかで体を触られるというケースも散見される。これは「痴漢行為」で「民族排外主義」とは別だ、という理解もあり得よう。しかし、朝鮮学校から日本の学校に進学した経験をもつ辛淑玉氏によれば、「民族服からセーラー服に替えたとたん痴漢にあう数はぐんと減った」(『マスコミ市民』)といい、「痴漢」行為と「民族排外主義」の強い相関性を感じさせる。

 また、『嫌韓流』には「民団系の学校では服を切られる被害はあったのですか?」「聞いたことがない!!」というコマが出てくるが、民団系(韓国系)民族学校には民族服の制服はなく切られようがない。

 ただし、関西にある民団系民族学校A学園では「拉致問題」渦中の2002年秋、下校途中の韓国籍女子児童が車に乗った若い男性から「朝鮮に帰れ」などの暴言を吐かれ、同じく関西民団系B学園の男子中学生も、あとのことだが近隣公立中学の生徒から「おまえら朝鮮は朝鮮に帰れ」という言葉を投げつけられている。「拉致問題」と絡めたつもりだろうか。韓国系学校の生徒に「朝鮮帰れ」と怒鳴る加害者の知識不足も切ないが、「民族排外主義」に冒された者にとっては、「在日」であれば韓国籍も朝鮮籍も等しく「排外」の対象ということなのだろう。

 そもそも、『嫌韓流』と銘打った本が朝鮮総連や朝鮮学校を題材にとっていること自体、見事にそれを証明している。「嫌韓」という言葉は目新しくとも、その本質は過去一世紀以上にわたって日本杜会の根底を蝕んできたどす黒い民族排外意識の再版にすぎないことが理解されよう。


誰が「女子生徒を恐怖に震え」させているのか

 きむ・むいルポで評価できる点は、『朝日新聞』を含む全国紙の社会部記者に取材した結果、新聞の「チマ・チョゴリ切り裂き事件」報道では、記者個人としては違和感を覚えつつも朝鮮総連側の発表を確たるウラ取りもせずに記事にしている、ということを明らかにした点である。きむ・むい氏は憤慨して、こう書いている。

   「……それにしてもあんまりではないか。つまりは、朝鮮学校の女の子がいたずらされたというだけの事件に、そんなに手間とコストはかけられませんよ、ということか。これでは「うさん臭い」といわれても仕方がないのではないか」

 被害者の立場や気持ちを斟酌(しんしゃく)することなく、安易に「ネタ」として飛びついて記事化してしまうマスコミの姿勢に向けたきむ・むい氏の怒りは正しい。きむ・むい氏白身がそうであったように、被害事作を「うさん臭い」と妙な勘ぐりの対象にしてしまう可能性があるからだ。

 ところで、「嫌がらせ実態」調査でも明らかにされたが、朝鮮学校生徒の被害実態は学校側が必ずしも十分に把握しているわけではないし、学校に申告のあった被害がすべて警察に届けられてもいない。一般に起きる女子生徒の痴漢被害を考えれば分かることだが、暴行・暴言被害のうち実際に学校や警察に届けが出されるものは一部にすぎない。ましてや、いまだに朝鮮人を名乗るだけで明らかに空気の変わる日本警察とは、できる限り関わりをもちたくない心情は、在日コリアンにとって共通のものだ。

 『嫌韓流』は『朝日新聞』に出た朝鮮学校生徒被害総数と警察への届け出数の差が大きいとして、これも「疑惑」としているのだが、多少の想像力を働かせれば「疑惑」でもなんでもないことが分かる。ただし、たとえば『朝日新聞』がより詳細に取材をするべきだったのでは、という不満は確かに残る。

 さらに「嫌がらせ実態」調査は、「拉致事件」が明らかにされる以前にも、学生への暴行・暴言事件は以後と同じ比率で発生していたことを明らかにしていて、この点はきむ・むいルポの内容とも一致する。『嫌韓流』は「世論が北朝鮮に不利になるとチマ・チョゴリが切られ」「金日成主席(当時)が亡くなった途端チマ・チョゴリは切られなくなった」として、「自作自演」の有力根拠のようにあげているが、被害実態調査はそれを覆したことになる。金日成死亡という朝鮮総連にとっては「お国の大事」を前に、朝鮮学校側が被害状況のカウントや公表を差し控えたのが実相だろう。

 しかし、日常的に起きる民族学校生徒への暴行・暴言事件について学校側がリサーチやケアを十分に行っていなかったらしいことは、批判されるべきである。同様の事件が「日常風景化」していたとはいえ、「お国の大事」で生徒の安全が軽く扱われることはあってはならない。また、きむ・むい氏が憤慨したように、チマ・チョゴリを着た女子生徒が組織のピンチを救う「広告塔」を担わされているという感情は被害当事者に残り得るだろう。なお、「拉致事件」以降、ようやく学校ぐるみでの学生安全対策がとられ始めたことは「嫌がらせ実態」調査報告集の資料編で読むことができる。


 「嫌がらせ実態」調査では、チマ・チョゴリを着た女子中・高生の被害率がもっとも高いことも明らかにしている。朝鮮学校の保護者のあいだでは、こうした実態に加え、「女子生徒だけが民族服を着ること」や制服着用そのものへの疑問が提起され、一方で、それでも当の生徒からは「暴力によって、チマ・チョゴリを脱いだりはしない」という声が上がるなど、一時期議論を呼んだ(その後、通学時はブレザーを着用するなど一定の対策がとられている)。

 きむ・むい氏は「『北朝鮮』の活字がおどろおどろしく躍る街を、全在日人口のなかで数パーセントにも満たない朝鮮学校の女子生徒だけが、チマ・チョゴリを着せられて歩いている」と、ここでも怒りを露わにする。

 きむ・むい氏の制服論議には、一定の合理性がある。しかし、すでに見たように『嫌韓流』は、きむ・むいルポを都合よく読み替えて利用したのにすぎない。だから、一方で「チマ・チョゴリ事件自作自演」を印象づけておきながら、「チマ・チョゴリを看用させられていた女子生徒だけが恐怖に震えていたんだ!!」と被害者をかばってみせるなど、訳の分からない展開になってしまっている。『嫌韓流』作者は心優しきジェンダー論者なのかもしれない。

 繰り返すが「チマ・チョゴリ事件自作自演」説は『嫌韓流」の拙劣な「ねつ造」である。かりにマスコミの取材がいい加減で、朝鮮総連が「チマ・チョゴリ事件」を組織的に利用して、なおかつ女子生徒だけがチマ・チョゴリを着用させられているのだとしても、それではいったい、誰が朝鮮学校の女子生徒を今日も恐怖に震えさせているのか。『嫌韓流』の言説は、民族学校生徒への暴行・暴言や偏見を煽り立てる性質をもつ点で、その悪質さを看過し得ない。本書は「あまりに危険すぎて出版各社から拒否された」そうだが、この内容では当然だろう。


「通名」が「日本人のフリ」?

 第5話の終盤部分と、おまけのように付いている活7を主体にした 2ページの「極東アジア調査会レポート」(余談だが、「極東(Far East)」という用語は周知のように欧米中心の地理感覚から造語されたものである。「東アジア」ぐらいにしておけばよかった。残念なことである)では、在日の多数が通名を使用していることを「(通名は差別によるという在日の主張の)是非についてはともかく、だからといって日本人のフリ(ママ)をして生きていくというのは、どうなのかな?」「韓国人であることを隠し、日本人のフリをして生きていく人生(ママ)…」と表現し、加えて「反日マスコミ」『朝日新聞』記事が犯罪加害者を本名でなく通名にして「まるで日本人が犯人であったかのように報道され」ていると、ヒステリックな危機感を煽っている。

 2005年 8月、歌手和田アキ子が雑誌『週刊文春」誌上で自分が在日韓国人であることを明らかにするや、YAHOO!掲示板「和田アキ子」の欄はつぎのような書き込みであふれた。いわく「在日はゴミ」「薄汚く勝手に日本に入り込んだゴキブリ」「在日韓国北朝鮮は出ていけ」「朝鮮は絞っても丸太でしかない。7 31部隊の材料」などなど。

 そうしたなかに、「(日本人を装って)平然と視聴者を騙していた」「(日本人を装って)在日の奴らって図々しい」「日本に住んで日本語が話せるからといって日本人だと思わないでほしい」などがあり、『嫌韓流」の底意と共通するニュアンスを感じさせる。

 それにしても、グローバリゼーションの叫ばれる今日、自ら壁を築いた閉鎖空間のなかで他者を嘲ってって自己満足に浸るこの貧しい精神はなんだろう。

 商取引から就職、近所づきあい、子どもの学校生活にいたるまでアジア系在日外国人が「通名」を事実上強要されてきた理由は何か。その一方で、犯罪報道に限り「○○こと」の冠付きで本名や国籍をせっせとほじくり返してきたマスコミは日本人の人権感覚に何をもたらしてきたのか。それを考えれば、「通名」や「通名報道」は自ずと理解されるものだ。

 さすがに『嫌韓流」も、この話題に触れる論拠の危うさを自覚したのだろう。「極東アジア調査会レポート」では突然「最近は朝鮮名に誇りを持ち、本名で生活する在日が増えているらしく、喜ばしい限りだが」と人権派言説に転じるためらいを見せたあげく、結末部分では「(通名報道にこだわる)このような朝日の姿勢が、『在日の犯罪は隠蔽されている』『マスコミは在日に乗っ取られている』といった流言飛語(傍点筆者)がはびこる一因になっているのでは?在日の方々へのいわれなき差別を、朝日が助長させている可能性(ママ)がある」と結論、づけている。

 排外意識丸出しの「流言飛語」を飛ばしておいて、最後で在日の人権に心を寄せるとはご苦労なことだ。執筆者の定見の無さに呆れるほかないが、これでは質の悪いコントの脚本ではないか。熱心な読者にも失礼だろう。


情緒化する大衆世論とメディア

 「拉致問題」が焦点化された 2002年秋以降、日本のマスメディアは「朝鮮ネタ」に一斉に飛びつき、それこそウラ取りなどまったくない内容(学界ではとっくに否定された「金日成偽者説」、アメリカや韓国のメディアは根拠なしと切り捨てた「金正日酒乱説」ほか)まで総動員して連日、反北朝鮮感情を存分に煽った。結果、初回の小泉訪朝直後にマスコミ各杜が七割前後と報じた日朝国交交渉を肯定する世論は、完膚なきまでに吹き飛んだ。

 「反日マスコミ」だという『朝日新聞』やTBSも、そうした潮流に強く抵抗したという痕跡はない。マスコミの役割が拉致被害者の救援にどれだけ有効だったのか、という検証すらなされていない。無根拠で事実に反していても「なんでもあり」のマスコミ姿勢が、北朝鮮における金正日氏の権力基盤強化に貢献した可能性ぐらい疑うことがあってもよかろうに。

 「なんとなく不快だ」という大衆の情緒をメディアが一斉に煽って、特定のターゲットをバッシングする傾向が著しい。「自己責任論」が叫ばれたイラク日本人人質事件は、さしずめその典型だろう。2003年の第 2回小泉訪朝直後には、首相に批判的な意見を述べた拉致被害者家族に対してまで、「感謝が足りない」と攻撃が集中する有様だ。

 ネット空間では、とっくにそれが常態化していて、過剰な誹誇・中傷・罵倒の対象は韓国.朝鮮関連だけではなく、被差別部落、障害者、ジェンダー論から天皇家内部にまでおよんでいる。なかには「東京嫌い」「大阪嫌い」をテーマに書き込む掲示板まであって、根拠もなく対象を汚くなじり倒す文体は「嫌韓」論者たちのそれとうり二つである。世論の奥底に潜む、このモヤモヤと欝屈した心情に、日本杜会は本気で向き合う必要がある。

 情緒化しやすくなった世論にマスメディアは抑制をかけるどころか、無責任に煽って視聴率や購買数の増加を図りがちだ。ファシズムの再来を深刻に予感させる世情にあって、まともな根拠も示さず他民族への蔑視排外感情を一方的にかき立てる『嫌韓流』は、さしずめ時代の寵児といったところであろう。マスコミが「日本を内側から蝕」んでいるという第5話の副題は、そうした意味で正しい。

 最後になるが、第5話は例によってなんの根拠も提示せずに、きむ・むい氏があたかもルポ掲載が原因で「変死」したかのように描いている。きむ・むい氏を知る方によれば、ルポ執筆当時、氏はすでに体調を崩していたという。ルポの内容を勝手に「歪曲」利用してきむ・むい氏の主張とかけ離れた漫画を作り上げ、あげくの果てに作者を事件まがいの「変死」と決めつける『嫌韓流」の手法は、許されてよいのだろうか。執筆者の責任を問いたい。

【参考文献】
ウリハツキョをつづる会『朝鮮学校ってどんなとこ?」社会評論社、2001年。
きむ・むい「『チマ・チョゴリ切り裂き事件』の疑惑」『宝島30』 1994年 12月号。
在日コリアンの子どもたちに対する嫌がらせを許さない若手弁護土の会編『在日コリアンの子どもたち に対する嫌がらせ実態調査報告集』2003年。

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執筆者:鄭雅英(チョンアヨン)
1958年生まれ。大学講師、雑誌『ほるもん文化』編集委員。


http://mywiki.jp/detarame/detarame/%91%E6%82T%98b+%8D%B7%95%CA%94r%8AO%8E%E5%8B%60%82%F0%90%F8%82%E8%97%A7%82%C4%82%E9%81w%83%7D%83%93%83K%8C%99%8A%D8%97%AC%81x%82%C6%83%7D%83X%83%81%83f%83B%83A%82%CC%90%5E%82%CC%96%E2%91%E8%81@%93A+%89%EB%89p/diff/?from=2006-05-14%2019:06:19


08. 2010年11月19日 13:46:31: FLqTKfM4UQ
ナチスがユダヤ人虐殺を行った背景にはユダヤ人がシオニズムに基づいて
ドイツ人虐殺を行っていたからだという考察もある。
イスラエルがパレスチナ難民に行ってきた無差別爆撃や拷問処刑を考えれば、
ユダヤ人には虐殺魔や海賊の一面もあると言えるのではないか?
また北朝鮮や韓国は自国民を大量に拷問処刑してきた国であるし、韓国人のなか
には排他的なナショナリズムで日本女性をレイプしたり、日本人相手に強盗を
してきたものもいる。
日本人女性を騙して売春宿に売りつけるホストは韓国人が多いという説もある。
日本人に変装し、日本名を名乗って行うのだから悪質だろう。
霊感商法で詐欺を繰り返してきた統一教会も韓国人の集団である。
つまり人種偏見とはこうした暴力に対する正当防衛であるという事実もある。

09. 2011年11月04日 03:07:36: 6kuobrWeYc
>>08

偏見をもたれた側が偏見をもつ側を好意的に思うこともないが。


10. 2012年2月26日 13:52:46 : EqQmxBNtH6
痒みがかなりあるみたいです。ダニがいるので、痒み止めは使用できません。痒み止めを使うと、ダニが増えて、皮膚病が悪化します。こちらの病院に来院なさる前に、多分その痒み止めを使用されていたのではないか、と思います。今後は、前回お渡しした『液体の薬』と『錠剤』の2つのお薬を、継続する必要があります。継続の期間は、最低でも1ヶ月は必要で、それ以上になる事もあります。この2種類のお薬とは別に、新しく3種類の飲み薬を追加すると、皮膚に良いと思います。ただし痒みを止める事ができるかは、分かりません。薬の種類が増えれば当然、飲ませる手間と、薬の費用がその分増えます。飲ませるのは毎日2回です。費用はそれほど高くありません。これらの飲み薬とは別に、全身に塗るお薬があります。この塗り薬を使用すれば、ダニを退治する効果が上がります。ただし塗り薬には、いくつかのリスクがあります。リスクの1つめは、ご自宅では塗る事ができないので、来院して一時ワンちゃんをお預かりして、病院で塗る必要があります。お預かりといっても、泊まる必要はなく、朝に来院すれば、夕方に退院できます。リスクの2つめは、お薬の刺激が強いので、皮膚がかぶれたり、ワンちゃんの具合が悪くなるかも知れません。お薬は、犬のダニを退治する効果はありますが、犬の皮膚病の治療薬として認可されていません。塗り薬の来院は週に1回程度の頻度で、全部で数回の来院が必要です。費用は1回ごとに3000〜40000円かかります。この塗り薬を使用するしないに関係なく、前回お渡ししたシャンプーはご自宅で継続して下さい。以上の飲み薬と塗り薬を継続すれば、ダニはほぼ退治されます。稀に退治できない事もあります。ダニを退治できたら、皮膚は改善します。ただしダニを退治しても、痒みが消えるとは限らなくて、毛が生えてくるとも限りません。初めてこちらに来院された時、すでに皮膚の状態は最悪でした。皮膚炎を起こしにくいフードに切り替えると、痒みがマシになるかもしれません。フードは病院に皮膚専用のものがあります。ただし一般のフードよりは食費がかかります。一般のフードでも皮膚に良い物はあります。皮膚に良いフードを見つけるには、いま食べているフードやおやつ類の原材料を確認する必要があります。できれば、今は食べていなくても、以前に食べていたフードがあれば、それの原材料も分かった方が良いです。ただしフードを変えれば、痒みがマシになるかもしれませんが、必ずしも痒みがマシになるとは限りません。またフードを変えても、ダニを退治する事はできません。

[削除理由]:意味のないコメント
11. 2013年4月07日 10:31:49 : 3PJAqRzx3M
>>04
そのうち日本人が海外で働いて自国に送金するような時代がくるかもよ?
それでもそんなこといえる?


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