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憲法の包容力よ再び 誰もが当事者の立憲的改憲論(凶暴化する自衛隊を抑える檻とは?!)
http://www.asyura2.com/09/kenpo3/msg/498.html
投稿者 戦争とはこういう物 日時 2018 年 1 月 14 日 00:21:05: N0qgFY7SzZrIQ kO2RiILGgs2CsYKkgqKCpJWo
 

(回答先: “年内にも国会で憲法改正の発議” 自民 二階幹事長(数が有利なうちに?) 投稿者 戦争とはこういう物 日時 2018 年 1 月 13 日 20:58:32)

 改憲論とやらを論議するには、現場は余りに情報が乏しい。本気で非武装平和主義に手を入れるなら、『自衛隊』が出られないような強固できめ細かな檻に加えて、
前大戦を引き起こす主因となった前主権者を象徴に留める事なく永久に追放する仕組み等、物凄き議論が必要となる。
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憲法の包容力よ再び 誰もが当事者の立憲的改憲論

倉持麟太郎 弁護士、慶応義塾大学大学院非常勤講師(憲法)

2018年01月12日
立憲的改憲論

http://webronza.asahi.com/politics/articles/2017122600003.html

●カミからカチへ
自民党の憲法改正推進本部の全体会合であいさつする細田博之本部長(中央)=2017年12月20日午後、東京・永田町の党本部
拡大自民党の憲法改正推進本部の全体会合であいさつする細田博之本部長(中央)=2017年12月20日午後、東京・永田町の党本部
 憲法改正や憲法論義が盛り上がりつつある、とされている。一方で、やはりまだまだ日常的な問題として人々の間で憲法が語られる状況であるとはいいがたい。法律家ではない知人と話していても、憲法改正や憲法論議について「難しい」「私たちの生活とは遠い」といった理由で、敬遠されがちである。

 これは、憲法が抽象的で難解な法であるからということだけが理由なのではない。我々の社会の中で生起している生の事象、すなわち、より細分化された道徳観や性への意識、格差の拡大、真の意味で個人の尊厳に配慮した「働き方」へのまなざし、排除・画一化とヘイトスピーチ、窮屈な監視社会化、歪(ゆが)んだ報道と報道の独立性、弛緩(しかん)した権力に接近するための情報の開示、世代・性別・人種・地域といった多様できめ細やかな民意の反映、軍事力の膨張、種々の「違憲状態」の放置……といった社会的病理現象及び我々の現実の生に対して、憲法が現実的で豊かな回答を与えてこなかったことが大きく起因していると考えられる。

 すなわち、我が国での憲法問題といえばまずもって9条のみに焦点が当てられ、「日本国憲法(典)」という「紙」を一文字変えるか守るかの議論に終始してしまう。

 憲法という法規範自身は、本来、まったく相いれない価値観を大切にしている個人がそれぞれ「自分らしく生き」ながら「共生」を図るというある種の矛盾を克服するための極めて包容力の高い寛容な法規範のはずである。しかし、一たび憲法が議論の「対象」になると、激しい思想的分断を生み、人々からも遠のく。日本国憲法が、戦後日本の公論・思想空間の分断を助長したといっても過言ではない。

 現代において憲法の包容力を再生させるためにも、この分断を超え/治癒する、誰もが当事者の憲法論議を育んでいかなければならない。

 憲法の本来の包容力の源泉は、憲法を憲法たらしめている自由や権利、そしてそれを保障するための厳格な権力統制の仕組みといった普遍的価値(≒立憲主義)である(日本国憲法前文、13条、97条)。憲法論議も、この価値を社会の中で実践するにはどうすべきか、という最優先課題からスタートすべきである。重要なのはこの憲法的な価値を守ることであって、「憲法典」という今ある成文憲法を守ることではない。

 これは、成文の憲法典を持たないイギリスでも「憲法改正」論議があることを考えれば、「憲法改正」=「憲法典改正」ではないということは容易に理解できるのではないだろうか。改憲論議も、いわゆる憲法が掲げる諸価値や権力統制を強化するために改正が必要か否かという視点で進めていくべきである。

 この視点が「立憲的改憲」という視点である。

●憲法改正議論の思考の順番
 憲法も国家統治のための「法」なのであるから、過度の思い入れ等の情念や、詩的・叙情的な創作意欲等で改正の是非等を議論すべきでないのはいうまでもない。

 国の政治の在り方や、これを構成する市民社会の自由及び権利について、どのような制度設計をすべきなのか、まずはこの大枠で大上段のビジョン≠ェ欠かせない。個人の権利の拡充、権力均衡の回復、熟議民主主義の再興、等の大きなテーマや問題意識の設定から出発しなくてはいけない。そして、テーマやビジョンの設定こそ、政治家の仕事である。

 この、1)政治哲学や国家ビジョンがあるからこそ、2)そのテーマを実現するためにどのような改正項目が挙げられるかが俎上(そじょう)に上り、3)挙げられた改正項目をどのように変えるかの提案から4)具体的な条文案へと落とし込まれる。

 このような思考の順序をたどれば、「憲法改正論」として議論すべきは、「憲法典」に限られない。いわゆる「憲法附属法」(法律や規則も含む)も含めた、壮大な「憲法改革」とでもいうべき一大工事となる。憲法を頂点とした法秩序全体と現実の社会との間を行き来し、これらを横断的に見渡した構想を掲げることこそ、「憲法改正」構想である。

●現代社会の抱える問題に憲法で「横ぐし」を入れ、光をあてる
 「個人の権利保障の拡充」というテーマでは、その実行力の担保として後述の憲法裁判所の創設や、プライバシー権、知る権利、LGBTの権利についても議論すべきだ。

 「権力統制・権力均衡の回復」としては、9条を筆頭に、国会権能の強化と行政府の統制も議論せねばならない。先般問題となった委員会での質問時間の配分問題も、規則レベルだが、「改憲論議」の枠内で行うべきである。議会の不文律で重要なものは明文化すべきだ。2008年フランスの改憲議論や、近時のドイツでの議会改革の改憲論議でも規則改正や明文化の議論が活発に行われている。

 また、日本固有の「権威と権力」の均衡を担う皇室制度についても、改憲論議の中心的課題であり、女性宮家の創設及び女性・女系天皇について皇室典範の改正論議は、改憲構想の中で語られるべきである。

 「熟議民主主義の再興」では、参議院改革、地方自治制度、選挙制度、国民投票制度(国民投票法を含む)の再考、外国人の地方参政権等、多様な民意の反映のための制度構築の見直しをしなければならない。

 また、「主権の回復」として、日米地位協定の改定も9条改正とセットで改憲論議に含まれるだろう。

 このように、「憲法改正」の議論は、憲法典から規則まで(タテ)、そして今まで所管省庁や各利益集団のテリトリー内のみで論じられていた問題(ヨコ)に「横ぐし」を入れ、我々個人一人一人、そして市民社会の隅々に光を当てるものとして再定位されるべきだ。

●私たちの檻は狂暴なライオンを入れておける代物か?
 現在、立憲主義を極めて平易化した解説で、権力をライオン、憲法をその檻に見立てて、暴走してしまうかもしれない狂暴なライオンを檻に入れる(権力を憲法で統制する)のが立憲主義であるという比喩による説明がなされることがある(楾大樹著『檻の中のライオン』)。

 これに例えれば、日本国憲法は、まず、かなり行儀よく暴走しないライオンを想定していた。だからこそ、檻はすかすかで発泡スチロールか段ボールでできており、すぐに壊されてしまうし檻から出ていこうとするライオンを統制することができない。

 ライオンが最も狂暴化する「軍隊」や「自衛権」については、そもそもライオンが無力化されて檻がないことになっているので、こっそり檻を抜け出したライオンの暴走を止められない(9条は安保法制や解釈で集団的自衛権まで認められることを止められなかった)。

 しかし、人々は、檻から狂暴なライオンが飛び出しているのに、そのライオンに対して「檻を出るな!」「檻を大切に守れ!」と叫んでいる。そもそも檻を作った根源的な理由たる「ライオンは暴れる・狂暴だ」という共通理解はどこへいったのか。ライオンは当然暴走し狂暴だからこそ檻を作ったのに、そのライオンの狂暴さをライオン自身に対して糾弾するだけで、檻の脆弱(ぜいじゃく)性の問題には触れない。このままでは、人々及びその自由や権利は立憲主義とともに檻から出たライオンに食い殺されてしまう。

 今こそ檻を強化し、ライオンが出られないような強固できめ細かな檻を一から作り直すべきときではないか。その際、もう一度、その檻の存在意義、檻によって守ろうとしたもの、檻が機能する一番適切なオプション等々、既存の檻にとらわれずに我々の社会に一番マッチした檻を構想すべきである。

・・・続きを読む
(残り:約3536文字/本文:約6618文字)
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 本気で議論する気など誰かあるのか。
 

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コメント
 
1. 2018年2月11日 17:12:06 : LY52bYZiZQ : i3tnm@WgHAM[-3436]
2018年2月11日(日)

政治考

今年中の改憲発議に執念

「日本会議」勢力 焦り

 憲法に自衛隊を明記するとの安倍晋三首相の9条改憲案の実現へ、改憲右翼団体「日本会議」とそれに連なる勢力が「今年中の改憲発議」に向け、激しい執念とともに焦りを示しています。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-02-11/2018021101_06_1.jpg
(写真)日本会議20周年記念大会に、改憲議論に「歴史的使命を果たす」とメッセージをよせた安倍首相=2017年11月27日、都内

 通常国会開会日翌日の1月23日、「憲法改正を阻むものは何か」と題するシンポジウムが東京都内で開かれました。主催は「国家基本問題研究所」。同研究所理事長でジャーナリストの桜井よし子氏が司会を務め、副理事長の田久保忠衛・日本会議会長も会場に陣取りました。

桜井氏語気強め

 シンポのパネリストは、日本会議代表委員の長谷川三千子氏、日本会議国会議員懇談会の木原稔財務副大臣・自民党衆院議員、産経新聞政治部の田北真樹子記者。

 桜井氏は「遅々として進まない憲法改正の論議。これからどうすべきか」と提起。パネリストからは「改憲を阻んでいるのは自民党の罪が大きい。党全体として改憲に向かう意思が欠けている」(田北氏)などと、自民党の改憲案取りまとめが遅れ、公明党や野党勢力との協議も進まないことへの強いいら立ちが出されました。

 桜井氏は、来年の政治日程をあげ、「今年が恐らく憲法改正の最後のチャンス。今年できなければどの内閣がいつできるのか」と語気を強めました。

「交戦権」を主張

 会場から、日本会議政策委員の伊藤哲夫・日本政策研究センター代表が「(戦力不保持・交戦権否認の)9条2項をとりあえず棚上げし、第3項に防衛力と交戦権を認める条項をつくる。9条2項を何とかすることが絶対に必要」と発言しました。自民党内で石破茂元幹事長が「交戦権のない自衛隊を認めても意味がない」と主張し、安倍提案に疑義を示していることを意識したものです。

 日本会議政策委員の百地章・国士舘大学特任教授は「2項を改正して軍隊を持たなければ日本を守れないが、それでは公明党が動かない。1、2項を残して自衛隊明記であれば公明党はいける。日本維新の会も大丈夫。この線でいくしかない」と述べ、「自衛隊明記派と2項改正派の大同団結」を訴えました。

9条2項“抹殺”狙うが…

日本会議内部で混迷も

 「明治150年。明治の日本人たちは今みたいに生ぬるい議論じゃなかった。多くの人が殺され、斬り合い、血を流して、日本国を守り通した。その発想が今必要だ」

 司会の桜井よし子氏はこう檄(げき)を飛ばし、会場からは日本会議の田久保忠衛会長も「明治の気概に立ち返れ」と発言しました。

 木原財務副大臣は「安倍さんがここ一番、『いざ鎌倉、今だ行け』と言われたとき、われわれは必ず立ち上がる」とこたえ、最後には「今年、国民投票までいきます」と明言しました。行政府の責任ある立場にありながら、憲法尊重擁護義務(憲法99条)をかえりみない改憲強行の宣言です。

 日本会議勢力の改憲論の中身は、自衛隊を憲法に明記し2項を骨抜きにするというもの。桜井氏は「9条1項は守ります。2項はおかしいけど、2項を変えると誤解を招くから、自衛隊を書くことにするというのが安倍さんの戦術」とあからさまに語りました。

自衛隊の格上げ

 2項の削除か空文化か。どちらにしても9条2項を“抹殺”することが根本的狙いです。

 9条2項の戦力不保持・交戦権否認規定があるからこそ、自衛隊は「日本への武力攻撃の排除」に限定された「必要最小限度の実力」とされ、集団的自衛権の行使や海外での武力行使は禁止されてきました。

 2項を残して自衛隊を明記するという案は、2項削除が困難な中で、自衛隊を「憲法上の存在」に格上げし、憲法で軍事組織の保有を認めることで2項の意味を失わせる(空文化)ことを狙ったものです。結局、無制限の海外での武力行使に道を開きます。

 一方、国会内で桜井氏らとも連携して活動する自民党有志議員らが1日、記者会見を開き、安倍提案の“発展型”とする改憲案を提示しました。有志議員の中には有村治子、山田宏両参院議員、長尾敬衆院議員など日本会議議連の中心メンバーも参加しています。

 その中身は、「9条3項」として「前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない」という条項を追加するというもの。

 中心メンバーの青山繁晴参院議員は「自衛隊だけ書くという(安倍首相)案だと2項が空文化してしまう懸念がある。普通の国民もそう思う」と指摘。「『自衛権の発動を妨げない』という文言ならば1項、2項の中心的な考えを確認するという意味だから、2項は死文化せず、限定的だ」と主張しました。

 しかし、それも「一つの解釈」を示したにすぎません。「自衛権の発動」を明記すれば、個別自衛・集団的自衛の区別なく無制限な武力行使が可能となるという問題が回避できるとはいえません。

どちらも無制限

 安倍提案のように自衛隊を書き込むだけで、「自衛権」などの権限を書き込まず「解釈」に任せるなら、憲法として軍事組織を何ら明確な基準で縛らず、無制限な権限拡大をもたらしかねないという批判を受けざるを得ません。他方、青山氏らのように「自衛権」などを書き込めば、やはりフルスペック(無制限)の集団的自衛権の行使を認めることになります。

 執念、焦りとともに日本会議内部でも混迷が深まっています。(秋山豊、中祖寅一、日隈広志)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-02-11/2018021101_06_1.html


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