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裸の特異点 もうひとつの”ブラックホール” (SCIENTIFIC AMERICAN February 2009より)
http://www.asyura2.com/09/nature4/msg/439.html
投稿者 ダイナモ 日時 2010 年 5 月 29 日 01:56:49: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0905/200905_022.html

(ダイナモ注:実際の記事には多数のカラフルな図解と解説文が掲載されていますが、この投稿では省略しています)

 近代科学は数多くの奇妙な考え方をもたらしたが、巨大な星が一生の終わりにたどる運命はその最たるものに違いない。長きにわたって星を輝かせてきた燃料が尽きると、星はもはや自分の重さを支えきれなくなり、破局に向かって収縮し始める。太陽のような中くらいの質量の星も収縮するが、より小さなサイズになったところで再び安定する。しかし、星の質量が十分に大きい場合は、収縮にブレーキをかけようとするすべての力を星の重力が上回る。星は直径数百万kmのサイズから、この「i」の字のドットよりも小さな点に潰れてしまう。
 大半の物理学者と天文学者は、その結果がブラックホールだと考えている。あまりにも重力が強いため、その近くからは何者も逃れられない天体だ。
 ブラックホールは2つの部分からなる。中心には「特異点」が存在し、星を構成していたすべての物質がこの無限に小さな点に押し潰されている。特異点の周囲には、そこからの脱出が不可能な空間が広がっており、その空間の境界は「事象の地平線(事象地平)」と呼ばれる。ひとたび事象地平を越えたが最後、再び出てはこられない。ブラックホールに落ちていく物体が放つ光さえもがつかまってしまうので、外側にいる観察者は二度とその物体を見ることができない。物体は落ち続け、ついには特異点に達して押し潰される。
 しかし、この描像は本当に正しいのだろうか? 既知の物理法則によれば、特異点ができるのは確かだが、事象地平についてははっきりしない。大部分の物理学者は、事象地平が科学上の不都合を覆い隠してくれる“イチジクの葉”として非常に魅力的だという理由だけで、事象地平が形成されなければならないという仮定の下に研究を進めている。特異点で何が起きているのか、物理学者はまだわかっていないのだ。特異点で物質は押し潰されるが、その後どうなるのか? 事象地平は特異点を覆い隠すことによって、この知識の欠落を問題の外に押しやってくれる。
特異点では科学的に未知なあらゆる類のプロセスが起こるのかもしれないが、それはブラックホールの外側の世界にまったく影響を及ぼさない。惑星や恒星の運動を追う天文学者は、特異点がもたらす不確実性を安心して無視してよく、広く使われている物理法則を自信をもって適用できる。ブラックホール内で起きていることはすべて、ブラックホールのなかにとどまる。
 ところが、この便利な仮定に疑いを差し挟む研究成果がどんどん増えてきた。星が崩壊する過程で事象地平が生じないケースがいろいろ考えられることがわかり、そうした場合、特異点は私たちの視界にとどまる。「裸の特異点」と呼ばれるものだ。物質も光も、そこに落ちていって再び出てくることができる。ブラックホール内の特異点を訪ねるのがそれっきりの片道旅行なのに対し、裸の特異点には好きなだけ近づいた後に戻ってきて、旅の土産話をすることが原理的には可能だ。もし裸の特異点が存在するなら、その意味するところは重大であり、宇宙物理学と基礎物理学のほとんどすべての面に関係してくるだろう。事象地平がなければ、特異点の近くで起きている不可解なプロセスが外界に影響を与えうることになる。
 天文学者によってこれまでに観測された謎の高エネルギー現象のいくつかは、裸の特異点に基づいて説明がつくかもしれない。裸の特異点はまた、時空の構造を最も微細なスケールで探るための実験室を提供してくれるかもしれない。

宇宙検閲官仮説

 ブラックホールのうち、事象地平はわかりやすいと考えられてきたが、特異点は明らかに不可解だ。
 特異点は重力の強さが無限大になる場所で、そこでは既知の物理法則が破綻する。重力に関する物理学者の現在の理解はアインシュタインの一般相対性理論にまとめられており、それによると大質量星が崩壊する過程で必然的に特異点が生じる。一般相対論はミクロな世界で重要になる量子効果を扱っておらず、おそらく実際にはそうした量子効果が介入してくるため重力の強さが本当に無限大になることはない。しかし、こうした説明に必要とされる「重力の量子論」はまだ開発途上だ。
 これに比べると、特異点の周囲の時空で起こることはむしろ単純明快だと思われる。星が作り出す事象地平の大きさは何kmにもなり、量子効果が問題になる典型的スケールよりもはるかに大きい。新たに未知の力が働くことはないと仮定すれば、事象地平は一般相対論だけに支配されるだろう。一般相対論は十分に理解された原理に基づいており、過去90年の観測事実によって裏づけられている。
 そうはいっても、一般相対論を星の重力崩壊に適用するのは、いまなお手ごわい仕事だ。重力を決定するアインシュタイン方程式はひどく複雑で、方程式を解くには単純化の仮定を置く必要がある。米国の物理学者オッペンハイマー(J.Robert Oppenheimer)とスナイダー(Hartland S.Snyder)、そしてそれとは独立にインドの物理学者ダット(B.Datt)は1930年代末、そうした試みを初めて行った。
 単純化のため、彼らは星が完全な球形で、均一な密度のガスからなると仮定し、ガスの圧力を無視した。このように理想化した星が重力崩壊すると、星表面での重力が強まり、ついには光と物質をすべて閉じ込めるようになって、事象地平ができることを彼らは見いだした。周囲に事象地平ができた星は外側の観察者には見えなくなり、その後は特異点への崩壊の道をまっすぐたどっていく。
 しかし現実の星はもちろん、もっと複雑だ。密度は非一様であり、内部のガスには圧力が存在し、星の形も完全な球形に限らずさまざまだ。質量が十分に大きな星が重力崩壊した場合、必ずブラックホールになるのだろうか? 1969年、英オックスフォード大学の物理学者ペンローズ(Roger Penrose)は答えが「イエス」であると提案した。星の崩壊で生まれる特異点は必然的に事象地平の形成を伴うと彼は推測した。もしそうだとすると、事象地平が常に特異点を覆い隠すので、私たちは決して特異点を見ることができない。
 ペンローズのこの考え方は「宇宙検閲官仮説」と呼ばれる。宇宙検閲官仮説は単なる推測だが、ブラックホールの研究の下支えとなってきた。そして、特異点の必然性を示すのに使われたのと同じ数学的厳密さをもってこの仮説を証明できるだろうと、物理学者は期待した。

特異点のでき方

 その期待はかなわなかった。どんな条件でも通用する直接の証明を考案する代わりに、重力崩壊の例を1つずつ検討し、理論モデルに以前には欠けていた特徴を徐々に付け加えていくという、長い道程へ踏み出す必要があった。
 1973年、ドイツの物理学者ザイフェルト(Hans Jürgen Seifert)らは星のガス密度が非一様な例を考えた。興味深いことに、内側へと落ちていく物質の層が重なり合うことで、事象地平に覆われていない特異点が一時的に生じうることを彼らは見いだした。しかし特異点にはいろいろなタイプがあり、これらの特異点はかなり“穏当”なものだった。密度は無限大になるものの、重力の影響は無限大にはならず、このため落ち込んできた物質を無限小の点に押し潰すことはない。この結果、一般相対論は破綻せず、物質は特異点で最期を迎えるのではなく、特異点の場所を通過して運動し続ける。1979年には、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のアードリー(Douglas M.Eardley)とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のスマール(Larry Smarr)が研究を一歩深め、現実的な密度分布の星を想定して数値シミュレーションを行った。中心の密度が最も高く、表面に向かうにつれ密度が徐々に下がっている星だ。同じ状況について方程式を厳密に解いた研究が、スイス連邦工科大学チューリヒ校のクリストドーロー(Demetrios Christo doulou)によって1984年に続いた。両方の研究で、この星は大きさゼロに収縮し、裸の特異点が生じることがわかった。しかし、このモデルはまだ圧力を無視していた。また、英ヨーク大学のニューマン(Richard P.A.C.Newman)はこれらの特異点がやはり重力的に弱いことを示した。
 こうした研究に刺激され、私を含む多くの研究者は、裸の特異点は常に重力的に弱いものになる、という仮説を厳密に定式化しようとした。そして、不成功に終わった。理由は間もなく明らかになった。裸の特異点は必ずしも弱くはないのだ。非一様な崩壊(密度が不均一な星の崩壊)では、重力の強い特異点(物質を忘却の彼方へ押し潰してしまう正真正銘の特異点)が生じても、外部の観察者から特異点が見えたままになる場合が考えられることを、私たちは発見した。1993年、私と当時インドのアグラ大学にいたドゥイウェディ(Indresh Dwivedi)がガス圧力なしの星の崩壊を一般的に解析し、これらの点に明確な決着がついた。
 1990年代初期には、ガス圧力の効果が考慮された。イスラエル工科大学のオリ(Amos Ori)とエルサレムにあるヘブライ大学のピラン(Tsvi Piran)が数値シミュレーションを行い、私のグループは関連の方程式を厳密に解いた。このように密度と圧力が現実の星と同じような関係にある場合でも、裸の特異点に崩壊しうることがわかった。同じころ、ミラノ工科大学のマリ(Giulio Magli)が率いるチームと、大阪市立大学の中尾憲一(なかお・けんいち、31ページの監修者紹介参照)のチームが、崩壊する星内部の粒子の軌道回転運動によって発生するある種の圧力を考慮した。彼らの結果もまた、さまざまな状況下で、星の崩壊によって最終的に裸の特異点ができうることを示した。
 これらの研究は星が完全な球形であるという仮定を置いているが、実際の星もほとんどが球に非常に近いので、この点はそれほど厳しい制限にはならない。さらに、球形のほうが他の形よりも事象地平がむしろできやすくなるので、球形の星について宇宙検閲官仮説が成り立たないなら、一般に成り立つ見通しはさらに疑わしい。
 それはそれとして、物理学者は非球形の星の崩壊を調べてきた。1991年、イリノイ大学のシャピロ(StuartL.Shapiro)とコーネル大学のチュコルスキー(Saul A.Teukolsky)は数値シミュレーションによって、楕円形の星が裸の特異点に崩壊しうることを示した。その数年後、ポーランド科学アカデミーのクロラック(Andrzej Królak)と私は非球対称崩壊を研究して、やはり裸の特異点となることを見いだした。ただし、どちらの研究もガス圧力は無視していた。
 懐疑的な人たちは、これらの条件設定は不自然で作為的ではないかと疑っている。星の当初の形態がわずかに違うだけで、急に事象地平ができるようになって特異点を隠すのか? もしそうなら、裸の特異点は計算に用いた近似がもとで生まれた見かけ上のもので、実際の宇宙では生じないだろう。
 特殊な物質を仮定したいくつかの崩壊シナリオには微妙なところがあり、確かに要注意だ。しかし、私たちのこれまでの研究結果は、裸の特異点のほとんどが初期条件の小さな変動に対して安定であることを示してもいる。したがって、これらの状況は物理学者が「ジェネリック(一般的)」と呼ぶものだと考えられる。つまり、作為的なものではない。

“裸”になるには...

 ペンローズの推測に対するこれらの反例は、宇宙検閲官仮説が一般的なルールではないことを示している。「大質量星が崩壊すると必ずブラックホールになる」とか、「物理的にリアリスティックな崩壊はみなブラックホールで終わる」などとはいえない。ブラックホールができる崩壊例もあるが、他のケースでは裸の特異点になる。
 いくつかのモデルでは、特異点が見えているのは一時的で、最終的には事象地平が生じて特異点を覆い隠す。別のモデルでは、特異点は永遠に裸で、ずっと見え続ける。また、裸の特異点は崩壊の幾何学的な中心にできるのが典型的だが、常にそうだとは限らないし、中心に生じてから他の領域へ移ることもありうる。裸の“度合い”もさまざまだ。事象地平は遠方にいる観察者の好奇の目から特異点を隠すかもしれないが、事象地平を通過して落ちていく観察者は、特異点にぶつかるまでの間、特異点を見ることができるだろう。このように、驚くほど多様なバラエティーがある。
 事象地平ができるかできないかは何によって決まるのか。私は共同研究者とともに、それを左右する特徴を崩壊シナリオから抜き出した。とりわけ、非一様性とガス圧力の役割を調べた。
 相対論によると、重力は複雑な現象で、引力だけでなく剪断力のような効果も含んでいる。物質の異なる層が横方向へ逆向きに動いてズレる運動が剪断だ。もし崩壊する星の密度が非常に大きく、光をも捕捉するのに十分なほどであっても、同時に星が非一様である場合には、重力のうち引力以外のこの効果によって“逃げ道”ができるかもしれない。例えば特異点近くの物質に剪断が生じると、強力な衝撃波が生まれ、物質と光を放出する可能性がある。いわば、事象地平の形成を妨げる“重力台風”のようなものだ。
 話を明確にするため均一な星を考え、ガス圧力も無視しよう(圧力によって細かな点は変わるが、大筋は同じだ)。星が崩壊するにつれ、重力が強まり、物体が動く道筋がひどく曲がる。光もまた曲げられ、ある時点でこの曲がり方があまりに強くなって、光はもはや星から離れて伝わってはいけなくなる。このように光が捕捉されている領域は、最初は小さいが、しだいに広がって、最終的には星の質量に比例したあるサイズに達して安定する。一方、星の密度は空間的には均一であって、時間的に変化するだけなので、星全体が同時に1点に押し潰される。それよりずっと前に光の捕捉が起こっているので、特異点は隠されたままだ。
 さて今度は、星の密度が中心からの距離に応じて低下し、それ以外の条件は上と同じケースを考えよう。この場合、星は物質の殻が同心円状に重なったタマネギのような構造だといえる。それぞれの殻に作用する重力の強さは、その殻よりも内側にある物質の平均密度によって決まる。内側の殻ほど高密度であり、より強い重力を受けるので、外側にある殻よりも速く崩壊する。星全体が同時に特異点に潰れるのではない。最も内側の殻が最初に崩壊し、そこに外側の殻が1つずつ順に積み重なっていく。
 こうして生じる遅れは、事象地平の形成を遅らせる可能性がある。事象地平がどこかに生じる場合、高密度の内側の殻にできるだろう。しかし、密度が距離に応じて急激に低下している場合には、これら内側の殻の質量を合わせても光を捕捉するには不足かもしれない。その場合、特異点ができたなら、それは裸の特異点になるだろう。
 つまり閾値がある。非一様性の程度が非常に小さく、ある臨界値を下回るならば、ブラックホールができるだろうし、非一様性が十分に大きければ、裸の特異点が生じる。別の崩壊シナリオでは、崩壊のスピードが重要な問題となる。この効果が明らかに表れるのは、星のガスが完全に放射に変換されて星が巨大な火の玉になるような崩壊例だ。このシナリオは、星の放射をモデル化する一環として、1940年代にインドの物理学者ウェイディア(P.C.Vaidya)によって最初に考えられた。
 ここでもやはり閾値がある。ゆっくり崩壊する火の玉はブラックホールになるが、火の玉が十分に速く崩壊する場合は、光は捕捉されず、星の中心に形成される特異点は裸になる。

不確かな予測可能性

 物理学者が裸の特異点の可能性を受け入れるまでにこんなに長い時間がかかった理由の1つは、裸の特異点が概念上の謎を引き起こすからだ。よく挙げられるのは、そんな特異点が存在すると自然が本質的に予測不能になるのではないかという心配だ。一般相対論は特異点で破綻するので、特異点が何を起こすかは相対論では語れない。ピッツバーグ大学のアーマン(John Earman)が、特異点から「緑色のドロドロとなくしたソックス」が出てくるかもしれないと述べたのはよく知られている。そこは魔法の場所であり、科学は機能しないと彼は考えた。
 特異点が事象地平の内部に問題なく安座している限り、この偶然性は封じ込められたままで、少なくとも事象地平の外では、一般相対論は完全に予測可能な理論となる。しかし、もし特異点が裸でありえるなら、その予測不能性は残りの全宇宙に影響するだろう。例えば太陽をめぐる地球の軌道に一般相対論を適用する場合、宇宙のどこかにある特異点が発したランダムな重力パルスによって地球が深宇宙へと飛ばされるような可能性を考慮せざるをえなくなる。
 しかし、この心配は見当違いだ。実は一般相対論には予測不能性がよく見られ、宇宙検閲官仮説の破れとは直接関連しないものもある。一般相対論はタイムトラベルの可能性を否定しておらず、予見不能な結果をもたらす因果ループを生じうるし、通常のブラックホールさえ予測不能になりうる。
 例えば帯電していないブラックホールに1個の電荷を落としたら、特異点の周辺の時空の形が激しく変化し、ブラックホールの内部はもはや予測不能になる。ブラックホールが自転している場合も、似た状況が起こる。具体的には、時空が空間と時間にきちんと分かれなくなり、ブラックホールがどう時間発展するかを考えるのは不可能になる。完全に予測可能なブラックホールは最も純粋なブラックホールだけ、電荷を持たず自転もしていない純粋なブラックホールだけだ。
 ブラックホールに関するこうした予測不能性などの問題は、特異点の発生がもとになっている。特異点が隠されているかどうかは関係ない。これらの問題はおそらく重力の量子論によって解決されるだろう。量子重力理論は一般相対論を超えたものになり、特異点を完全に説明するはずだ。
 その理論では、特異点の密度は非常に大きいものの無限大ではなく、有限の値になる。裸の特異点は量子重力の法則に支配された超高密度の天体「量子星」となり、でたらめに見える事柄に論理的説明がつくだろう。
 もう1つの可能性は、特異点の密度はやはり本当に無限大なのかもしれないということだ。特異点は量子重力理論によって説明すべきものではなく、そうしたものとして、あるがままに受け入れる。特異点で一般相対論が破綻するのは理論そのものが誤っているのではなく、空間と時間に“端”があることを示しているのかもしれない。特異点は物理世界が終わる場所を示す印だ。私たちは特異点を物体ではなく、事象として考えるべきだ。重力崩壊する物質が時空の“端”に達して存在を終える瞬間──つまりビッグバンを逆にしたような事象が特異点だと考えられる。
 この場合、裸の特異点から何が出てくるかといった質問は、実質的に意味を失う。特異点は時間のなかのある一瞬にすぎないから、出てくるものなど何もないのだ。私たちが遠くから見ているものは特異点そのものではなく、特異点という事象に近づいた極端な条件の物質のなかで起こっているプロセス、例えば超高密度媒質の非一様性が引き起こした衝撃波や、特異点近くの量子重力効果だ。
 予測不能性に加え、第2の問題が多くの物理学者を悩ませている。これまで物理学者たちはとりあえず宇宙検閲官仮説が正しいと仮定し、過去数十年を費やして、ブラックホールが従うべきさまざまな法則を定式化してきた。それらの法則は深い真理を突いているが、いくつかの大きなパラドックスを抱えている。例えばブラックホールが情報をのみ込んで破壊してしまうということ。これは量子力学の基本原理と矛盾する(L.サスカインド「ブラックホールと情報のパラドックス」日経サイエンス1997年7月号参照)。
 このパラドックスをはじめとする厄介な問題は、事象地平の存在がもとになっている。もし事象地平が存在しないとなれば、これらの問題も消えてなくなるかもしれない。例えば星が崩壊の後期に質量の大部分を放射として放出してしまうなら、情報は破壊されず、特異点も残らないだろう。この場合、特異点を説明するのに量子重力理論は不要で、相対論で十分かもしれない。

量子重力の実験室に

 裸の特異点は厄介者どころか、物理学者に非常に役立つとも考えられる。大質量星の崩壊で生じた特異点が外部観察者の目に見えるなら、量子重力効果を調べる実験室となりうる。ひも理論やループ量子重力理論など構築途上にある量子重力理論は、理論を検証するための何らかの観測事実をぜひとも必要としている。それなしでは、あり余るほどの可能性を絞り込んで理論をまとめていくのはほとんど不可能だ。これまでは一般に、そうした観測事実を初期宇宙に求めてきた。初期宇宙の条件は非常に極端で、量子重力効果が支配的だったからだ。しかし、ビッグバンは一回きりの出来事だ。これに対し、裸の特異点が存在するなら、宇宙で大質量星がその命を終えるたびに、ビッグバンに相当するものを観測できることになる。
 通常なら観測不能な現象を、裸の特異点を通じてならうかがい知ることができるかもしれない──この可能性をさらに探るため、私たちは最近、ループ量子重力理論が予測する効果を考慮に入れて、星が裸の特異点にどのように崩壊するかをシミュレートした。
 ループ量子重力理論によると空間は小さな“原子”からできており、物質の密度が十分に高くなると、その効果が顕著になる。その結果、非常に強い斥力が生じ、密度が無限大になるのを防ぐ(M.ボジョワルド「量子重力が予言するビッグバウンス宇宙」日経サイエンス2009年1月号参照)。私たちの理論モデルでは、そうした斥力によって星はバラバラに分散し、特異点は解消した。最後の1マイクロ秒以内に星の質量の1/4近くもが一挙に放出される。これが起こる直前、遠方にいる観察者には崩壊中の星からの放射が急に弱まるのが見えるだろう。これは量子重力効果の直接の結果だ。
 この爆発によって、高エネルギーのガンマ線と宇宙線、ニュートリノなどの粒子が放たれるはずだ。国際宇宙ステーションに搭載されて2013年に観測を始める予定の宇宙線望遠鏡EUSO(Extreme Universe Space Observatory)など将来の高感度観測装置で、この放出をとらえられるかもしれない。予測される放出は量子重力理論の詳細によってわずかに異なるため、観測によってどの理論が妥当かを見極められるだろう。
 裸の特異点は物理理論の非常に多くの深部に関係するので、宇宙検閲官仮説が証明されるか否定されるかいずれかの決着がつけば、それ自体が物理学にとってのちょっとした“爆発”になるだろう。
 これまでの理論研究で明白になったのは、かつて考えられていたのとは違って、宇宙検閲官仮説がどんな条件下でも成立するわけではないということだ。適切な条件が整った場合にだけ、特異点は着物をまとう。裸の特異点が生まれる条件が自然界で生じえたかどうかという疑問はまだ残っているが、もし生じうるなら、物理学者はきっと、かつて恐れていたものを好きになるに違いない。 (編集部訳)


監修 中尾憲一(なかお・けんいち)
大阪市立大学大学院理学研究科教授。専門は重力理論および宇宙論。趣味は魚釣りだが、最近はもっぱら魚釣りをする自分の姿を想像することを趣味としている。著者のジョシ教授と共同研究するため、ごく最近もインドに出張したばかり。


著者 PankajS.Joshi
ムンバイにあるタタ基礎研究所の物理学教授。重力と宇宙論を専門とする。物理の研究をしていないときには、自然散策やインドと西洋の古典音楽を楽しんでいる。昨年11月のテロ現場のごく近くに住んでおり、事件の際にはこの記事を執筆中だった。

原題名
Naked Singularities (SCIENTIFIC AMERICAN February 2009)
 

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