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人だけが観念としての死を意識する
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投稿者 ピノキ 日時 2010 年 4 月 08 日 19:02:59: /cgEbzQ/iEx0c
 

(回答先:  死  命  魂  ??? 投稿者 岐伯 日時 2010 年 4 月 05 日 11:54:54)

死後に存在する魂はないということでは人間も他の生き物も同じだと思うよ。その点で区別はない。

聖書の見解もその点でははっきりしている。

 「わたしはまた、人の子らについて心に言った、『神は彼らをためして、彼らに自分たちが獣にすぎないことを悟らせられるのである』と。
 人の子らに臨むところは獣にも臨むからである。すなわち一様に彼らに臨み、これの死ぬように、彼も死ぬのである。彼らはみな同様の息をもっている。人は獣にまさるところがない。すべてのものは空だからである。
 みな一つ所に行く。皆ちりから出て、皆ちりに帰る。」 (伝道の書 3章 18-20節 口語訳)

でも、だから命の重さはみな同等かというとそんなことはないと思う。
その違いは、本能だけで生きている動物と、生きたいという意思を持って生きてる人間の違いかなあ。
だから人は死ぬことを恐れたりするわけで、これは動物にはない意識だよね。
人間以外の動植物にはそうした意識がないわけだから、道端の草を踏んでしまっても、腕にとまった蚊を叩きつぶしても罪悪感を感じる必要はないと思うよ。
とはいっても命を軽視していいってわけじゃなく人間と同等にみる必要はないってことでね。


>だからこそ、蟻や蜂は其々が全体の一部として当たり前に役目を果たしている。
>もっと言えば、地球と言う「生態系」も生命とも言え
> 私自身(個)=地球
>という関係も成り立つ。
>こういう考えっていかがでしょうか?

どうかな。おいらはあんまりピンとこないけど。
でも言いたいことはわかるよ。

個が集合して一つになるってことは、何か目的があるってことだ。
人間の60兆ほどの細胞も付随する微生物もみな人間の体を健康に維持するって目的で協力して働いてる。
そして個々の細胞は消耗品だ。傷つき修復が困難な細胞があると、その細胞は自分を分解消去し新しい細胞と入れ替わる。人間の場合、そんなふうにして死んでいく細胞が1日に3000億個もあるらしい。でもそのおかげで身体は健康に維持されている。

で、地球を一つの生命体とした時、そこに住まう個々の生物を地球のために存在している細胞のようなものと考えられるかってことだけど、うーん。なんかやだな。
おいらの存在意義が地球という生命体を維持することにあるってのは抵抗がある。しかも消耗品だ。
それよりも地球は人間のために存在する住みかって考えたほうがしっくりするよ。  

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