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バッハ シャコンヌを聴く
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/438.html
投稿者 中川隆 日時 2013 年 7 月 07 日 00:17:39: 3bF/xW6Ehzs4I
 


Hélène Grimaud: Bach: Chaconne in D minor
http://www.youtube.com/watch?v=cuL2cPl0JgU

The Chaconne of Bach played by Adolf Busch.Rec. 1929
http://www.youtube.com/watch?v=t8Im6z30nQo

Joseph Szigeti - Bach Chaconne 1955 recording
http://www.youtube.com/watch?v=wWwzSPZA3lY
http://www.youtube.com/watch?v=WqqCLA86h-c

J.S. Bach, Chaconne (Violin Partita No. 2 BWV 1004) — Andrés Segovia
http://www.youtube.com/watch?v=zcGt9AFlIPY

Bach/Stokowski "Chaconne D minor" Leopold Stokowski
http://www.youtube.com/watch?v=LoU_ToDmsKQ
 

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01. 2013年7月07日 02:40:31 : W18zBTaIM6

映画 無伴奏「シャコンヌ」(1994) LE JOUEUR DE VIOLON

監督: シャルリー・ヴァン・ダム
出演: リシャール・ベリ イネス・デ・メディロス

http://www.youtube.com/watch?v=NU1-Fu_pa1w&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=BF3WQNChWc4&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=HtZt6BmExfY&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=xyGz8Skfu9I&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=Gf1KHRUfoFg&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=bG6VWQ4AfQw&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=RWaLIkA2aJ0&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=rCRso41rf5o&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=iSFXqWahPi0&list=PL9303034D62A81E95
http://www.youtube.com/watch?v=Ykl87YgeAik&list=PL9303034D62A81E95



 映画「マイ・ブルーベリー・ナイツ」のサントラに使われている「夢二のテーマ」(唯一の日本人「続木力」の作品)を聴いていたら、突然14、5年前のフランス映画「無伴奏〜シャコンヌ」のことを思い出した。

 ヒ ョンなことから代役として華々しいデビューを飾った天才バイオリニストの主人公が、コンサートで演奏する意味を見失い、パリの地下鉄構内の無名のミュージシャンや、チケット売り場の女の子との交流を通じて、生きる意味を見いだしていく、というお話。


 映画が始まってすぐに、主人公がバイオリンを修理に出すシーンがある。職人が

「“魂柱”がズレているよ。こんなになるまで弾くなんて・・・これではいくら弾いても良い音はでないさ」

みたいなことを言う。  そうそう、そうだった!バイオリン(というかバイオリン属の楽器)には「魂柱」(こんちゅう)なるものがあるのをこの映画を通じて初めて知ったんだった。

 “魂柱”・・・単なる「支柱」ではなく、「魂」の「柱」!この映画のキーワードにもなっている。


 親 友のソリスト「ミカエル」の演奏会を見にいった主人公「アルマン」は、ミカエルが会場に間に合わなくなったため、急遽彼の代役として舞台に立つことになる。
 ぶっつけ本番でいいから、という劇場主の言葉にあらがい、彼はリハーサルから一緒にやりたい、と言う。突然トラであらわれた無名のバイオリニストに冷ややかな視線を送るオケの団員たち。しかも当日の演目はベートーベンの難曲”バイオリン協奏曲”!

だが、なんと彼はカデンツァ(ま、言ってみれば、ロックにおけるギターソロのようなモノ)にシュニトケを弾く!

普通はヨアヒムかクライスラーである。ティンパニーまでもが参加する20世紀生まれのシュニトケのカデンツァが演奏されることは滅多にないが、百戦錬磨の楽団員も思わず瞠目する美しい音色とカッコよさ!・・・

当然に演奏会は大成功でブラボーの嵐。(クラシックの巨匠たちにはこの手の身代わりデビュー逸話(トスカニーニもそうだった)は多いね)・・・・だが、実は本番で弾かれたのはシュニトケではなく、無難なクライスラーのカデンツァだったのだ。

 思わぬ大成功を喜んだ劇場主はアルマンに引き続き演奏するよう頼むが

「シュニトケは扇情的すぎるから遠慮してほしい!」

と言う。そんな彼に代表される商業音楽主義に嫌気をさした彼はそれを断り、ほどなくリヨンの楽壇を去っていく。


 1 0年後・・・再びリヨンに現れたアルマンに楽壇は冷たい。それどころか一緒に演奏を楽しんだり練習していた親友ミカエルが自殺したことを知らされる。以前、演奏に行き詰まった彼のためレコーディングを替わったことがある(演奏者名はミカエルのまま、つまり替え玉)アルマンは、再び、生きる意味、舞台で演奏する意味を見失い絶望の淵に沈む。

 映画は、そんなアルマンの華々しい地上の時代と地下にもぐった暗い時代の映像を交錯させながら進んで行く。

 セ ンセーショナルなデビューを飾り、一躍リヨン音楽界の寵児となった彼は、あるレストランで、美しいオペラ歌手のいるテーブルから即興の演奏を頼まれる。そこで彼が演奏するのは、イザイの無伴奏バイオリンソナタ第2番「オブセッション=妄想」。バッハのそれはバイオリンの「旧約聖書」と呼ばれ、イザイのこれは「新約聖書」と呼ばれる。僕はこの映画で初めて、バッハを意識して作曲されたと言われているこの曲を聴いたのだが、もし20世紀にバッハが生きていたらこういう曲を作ったかも知れない、と思わせるほどバッハの力強さとモダニズムを感じさせてくれる本当に素晴らしい音楽だ。

 お決まりのように恋に落ちるアルマンと歌手。だが、バイオリンのことしか頭にないアルマンに苛立ちを覚えるオペラ歌手との仲はやがて破綻する。二人の行き違いを象徴するシーンで演奏されるのはベートーベンの「クロイツェル・ソナタ」


 ミカエルの自殺に衝撃を受け、もはや表舞台で演奏する意味はないと悟った彼は、パリのチューブ(地下鉄)構内を弾き場所!と定める・・・アメリカは人種の坩堝と言われるけど、州により、街によりその比率は著しく違う。だがフランス、特にパリは、アフリカンもアラブもジプシーもアジアもスラブもみんな混在している。地下鉄の構内はまさにそんな様々な人種によるコンサート会場のようだ。映画では中近東とおぼしき素朴な祈りのような歌、それに哀愁に満ちた胸をしめつけるようなバンドネオンが流れる。アルマンは多くの通行人、様々な国籍のミュージシャンに出会い、その、真心から弾かれ、歌われる力強い音楽に惹かれ、自らの音楽における「魂の柱」を見つけだしていく。


 そ んななか、いつもただで構内に入場するアルマンを見逃す駅の切符売り場で働く女性「リディア」・・・この子が可愛い!
どこか西アジアが入っていそうな黒髪と大きな黒い瞳(このての顔に(も)弱いなぁオイラ)とつかの間の恋に陥る。突然停電になる地下鉄構内。パニックに落ちいりそうな状況下で、アルマンは人々の心を鎮めるかのように静かにバイオリンソロを弾きだす。落ち着きを取り戻す人々。薄明かりの中に一瞬浮かび上がるリディアの黒い瞳が美しい。


 リディア「・・・ずっとメトロで?」

 アルマン「・・・いや、ずっと地上で弾いてきた・・でも友人のことで打撃を受けた・・・」

 リディア『諺を知ってる?」

 アルマン「何?」

 リディア「 ”過去を見つめすぎると、未来は塩の柱になる”」


 あ るとき、チェリストと一緒に演奏することになったアルマン・・その素晴らしい盛り上がりを見せる音楽に、やがて駅構内の音楽家たちも集まって演奏に加わる。バンドネオン、カスタネット、ビール瓶、ギロ(っぽい)、バンジョーなど様々な音が一つに混ざりあう、それどころか通行人たちさえもその音楽の輪に加わり思い思いに踊りだす、この感動的なシーンはラストシーンと並ぶこの映画のハイライトである。この音楽はウラディミール・メンデルスゾーン(フェリックス・メンデルスゾーンのひ孫らしい。地下鉄構内の停電の時アルマンが弾くのもこの人の作品!)の「ル・ブッフ」!クールというよりヒップでカッコイイ!


 だ が、構内は改装されることとなり、アルマンも居場所を追われる。新たな演奏場所に苦労するアルマン。やっと見つけた場所に私服の警官がやってきて彼に金を要求するが、金のない彼に怒った警官は彼のストラディヴァリウスを床に叩き付けて壊してしまう。呆然とし床に這いつくばってバイオリンの破片をかき集めるアルマンが呻く・・・

「魂柱、魂柱はどこだ」

・・・やっとの思いで見つけ出し、慈しむようにそれを両手に握りしめるアルマン。だが「魂柱」を見失なわなかった彼は心の中に音楽を聴く!
魂の調べが明瞭に聴こえる彼に、もはや現実のバイオリンは不要だ。彼はそこにないバイオリンを、まるでそこにあるかのように弾く(ま、エアーギターならぬエアーバイオリンですね!)音楽が聴こえ続ける限り「コンティヌェ」「コンティヌェ」(続ける、続ける)と呟きながら彼は心のバイオリンを弾き続ける。


 改装された地下鉄構内は、またそこを棲家にしていた、最下層の人々の ねぐらをも奪っていく。廃駅の奥へ、奥へと追いやられた、行き場を無くした異郷の浮浪者たち、逃げ場を失った若い恋人同志、そしてなすすべもなく死を待つだけの老夫婦。  そこは家族から見放され、社会から見捨てられ、絶望の淵にあってもなお魂柱を失わないものたちにとっての最後のアジール(統治の及ばない避難所、英語で言えば、アサイラム)

 そんなアジールで、ひっそりと息をひそめて暮らす人々の群れに身を投じる落魄のバイオリニスト「アルマン」のもとに彼の元の友人シャルルがやってくる。シャルルは偶然地下鉄の構内で見かけたアルマンをずっと気にかけていたのだ。
 シャルルは、楽器を失った彼にそっとバイオリン(たぶん、親友ミカエルの遺品「アマティ」と愛弓)を差し出す。


 映 画のコーダとでも言うべき最終章・・・アルマンが、薄明かりに水面が美しく揺れるパリの地下水道をゴンドラに乗りながら友人のバイオリンで弾くのは、クラシック音楽の最高峰の一つ、J・S・バッハの「シャコンヌ」!

 メトロ構内に鳴り響く彼の音楽は、それに耳を傾けるアサイラムの住人たちのこころを覚醒させて行く。異郷のダンサーは、アルマンの音楽に合わせて踊り狂う、隠れていた恋人たちはアルマンの音楽に勇気をもらったかの如く再び外に飛び出していく。病に臥せっていた老人は、覚悟ができたかのように安らかに息を引き取り、年老いた妻は涙も見せずに彼の死を受け入れる。そんなラストの15分はまさに圧巻!息が詰まるほど感動的な映像と音楽の融合がそこにある。


 ベ ートーベンには傑作の森があるが、バッハの音楽は宝の山、いや宝の大山脈である。エベレストやK2など数多くの名峰を従えるヒマラヤ山脈のごとく、仰ぎ見るほど高い天空に聳える名作の数々。傑作は数えきれないほどあるが、「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」は、まぎれもなくその一つである。中でもパルティータ2番の第5楽章「シャコンヌ」はその最高峰である。

 映画はその「シャコンヌ」を渾身の力で弾き切り、過去の苦い「塩の柱」を振り捨て、自身の揺るぎなき「魂の柱」の確証を得たアルマンの力強い目のクローッズアップで終わる。


 こ れら圧倒的な感動を引き出したこの映画の音楽監督はギドン・クレーメル。世界的に知られた天才バイオリニストだが、その超絶技巧より、ヒップな解釈が素晴らしく、この映画における感動的な音楽の数々は彼のアドバイスと選曲、演奏(映画はもちろん、当て振り!アルマンを演じたリシャール・べリは6ヶ月間特訓をしたとのことだが、そう言われなければわからないほど、本当に彼が弾いているかのような見事な弓さばきと指使い)がなければ成立しなかっただろう。
http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/113mubansou.html


02. 中川隆 2013年7月07日 15:37:48 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

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2. Christian Ferras Bach Chaconne BWV 1004

http://www.youtube.com/watch?v=VpGflUQlTyU
http://www.youtube.com/watch?v=2whTJ0A50DM


この演奏・・・何かを求め続ける、希求の響きに満ちています。

闇を切り裂く第一音。

静寂からフェラスの心の叫びが聴こえてくるかの様です。

何という美音!剃刀のような感性。

狂おしいほどに、美しいバッハ。


クリスチャン・フェラス(Christian Ferras, 1933年6月17日 - 1982年9月14日)


1933年フランス北部のル・トゥケに生まれたフェラスは、6歳の頃から父親からヴァイオリンを習い、1940年から1年間ニース音楽院でシャルル・ビステシに師事しました。

1943年には、ニースのコンクールに優勝し、翌年パリ音楽院に入学します。ここでは、ジョセフ・カルヴェに室内楽を師事するとともに、ルネ・ベネデッティにヴァイオリンを習います。

1946年にはプルミエ・プリを得てパリ音楽院を卒業し、コロンヌ管弦楽団とベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲で共演し、パリでデビューします。

1948年にはドイツのシュヴェニンゲンのコンクールに入賞。
1949年にはロン=ティボー国際コンクールで2位(1位なし)に入賞し、さらに研鑽を積むため、個人的にジョルジュ・エネスコの教えも受けています。

その後、華々しくヨーロッパで活躍するようになり、カラヤンの信望を得て、ドイツ・グラモフォンから次々と有名な協奏曲を録音するようになりますが、ストレスからか、アルコール依存症に罹り、1982年に49歳で世を去っています。
http://www.fstrings.com/player/detail.asp?id=64

J.S.バッハ・無伴奏ソナタとパルティータ
クリスチャン・フェラス(ヴァイオリン)
録音:1977年12月21日・ステレオ

J.S. Bach Sonata for Violin in g minor (Christian Ferras)
http://www.youtube.com/watch?v=5bbbpRd107c


この演奏・・・何かを求め続ける、希求の響きに満ちています。
フェラスは、自らの存在意義をバッハに問うているのでしょうか・・・?

闇を切り裂く第一音。
静寂からフェラスの心の叫びが聴こえてくるかの様です。
何という美音!剃刀のような感性。
狂おしいほどに、美しいバッハ。
そのディミニュエンドの妙。

終始、フェラスは前のめりで、ただ只管に音楽を進めていきます。
しかし、テンポや旋律の歌わせ方には、強かにコントーロールが効いています。

この集中度、慄き、慟哭の響き!
そそり立つ断崖、深い淵・・・畏怖すら感じさせる世界。
そして、あまりにも美しく、時に夢の様に儚く響くのです。

まだ、これからという時に、何故か死に急いでしまった不世出のヴァイオリニスト。

1975年以降、フェラスは極度のストレスから酒に溺れ隠遁生活に入っていたのですが、このバッハは、その時期44歳の録音。その後、1982年、カムバックしてパリで盟友バルビゼと共演し大きな成功を収めるのですが、程なくして彼は49歳の若さで自殺してしまうのです。

この演奏を聴くと、既にその暗示的なものがある様な気もします。

この曲は、深い精神性を持ったシゲティ、厳しく端正なミルシティン、バランスの取れたシェリング等々名演がいくつもありますが、優美なフランス・エスプリの中に希求の響きを封じ込めた、怖いほどに美しい、このフェラスの演奏も私の大切な愛聴盤となりました。


狂おしいほど・・・・そんなに美しいなんて・・・
2006/12/6(水) 午後 11:14 ぴーこたん


聴いてくださいましたか・・・嬉しいです。

「ヴァイオリン(ストラド)とフェラスだけしかこの世に存在しないかのような演奏」

だなぁと再び思っています。この演奏には底知れぬ孤独と、楽器としか会話ができない男のヴァイオリンへの寂しすぎる愛があります。
2006/12/6(水) 午後 11:59 [ bqv*0*53 ]


ぴーこさん、本当に胸に迫る美しさです。
フェラスがヴァイオリンに籠めたこの想いは、一度聴いたら忘れられません。
2006/12/7(木) 午後 0:28 Kapell


闇の中で叫んでいるような孤独感、しかし、音色は無類の美しさ。
この危険な喪失感とでも言いましょうか・・・本当に釘付けになる演奏ですね。
2006/12/7(木) 午後 0:31 Kapell

不運な人でした。バルビゼとのグラモフォン盤にも名演があります。
シューマンのソナタ、そして何と言っても、極めつけのルクーのソナタです。 美音がたっぷり記録されています。日本盤でCD化されましたが、今では忘れられています。ルクーの美音はグリュミオー以上かと・・
2006/12/11(月) 午後 11:49 [ カワサキヤ ]


フェラスの音色は絹の光沢で・・・
闇と光が同居している様な危険な美しさですね。
グリュミオーは常心の大家ですが、フェラスは常心ではない大家と思います。
2006/12/17(日) 午後 6:12 Kapell
http://blogs.yahoo.co.jp/william_kapell/8060270.html

驚嘆しました。旧様式の演奏ではもはや名演は現れないと思っていた無伴奏ですが、このフェラスのディスクはエネスコ、シゲッティ、シェリングに肩を並べる大変な名演です。なぜアナログ時代に評判にならなかったのか不思議というほかないですね。

やや残響が勝った録音ながらバッハにはそれがふさわしいのではないでしょうか。やはり最近聴いたドヴィ・エルリの演奏にも驚きましたが、これはそれをはるかに超える永遠の名盤というにふさわしいディスクです。

フェラスは再評価がすすんで数々の録音がリリースされていますが、これはその白眉というべき絶対的セット。今後、無伴奏を語るうえで逸してはならないディスクとなりました。素晴らしい!
http://www.hmv.co.jp/en/artist_%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%EF%BC%881685-1750%EF%BC%89_000000000002339/item_%E7%84%A1%E4%BC%B4%E5%A5%8F%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF%E3%81%A8%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%85%A8%E6%9B%B2%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%82%B9%EF%BC%882CD%EF%BC%89_1268960


こころふるわせる美音 クリスチャン・フェラス 2008年01月21日(月)

いまシベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴いています。
真冬にシベリウスを聴くのは、冷蔵庫の中でかき氷を食べるような感覚ですね。
演奏はカラヤン指揮のベルリン・フィル、ヴァイオリン・ソロはクリスチャン・フェラス。
1965年、カラヤンの信頼を背負ったクリスチャン・フェラス全盛期の録音。

クリスチャン・フェラス、1933年生まれ、幼少期から数々のコンテストに入賞を果たし、1950〜70年代に活躍したフランス人ヴァイオリニスト。
今日は最も敬愛する一人のヴァイオリニストについて書いてみたい。

1949年のデビュー後、ベーム、シューリヒト、ケンペ、ミュンシュなどの名指揮者との共演による成功からヨーロッパで人気を博した。

パリ音楽院の同期生ピアニストのピエール・バルビゼやチェリストのトルトゥリエらと演じた室内楽、とりわけブラームス、モーツァルト、フランク、ルクーなどの作品は特に素晴らしい。

その後、当時気鋭の指揮者カラヤンと組んで数多くの録音を残した。
しかし、70年代に入って健康上の理由から公式の場での演奏から身を引いた。
60年代後半からの演奏旅行のハードスケジュールによるストレスから、アルコールに頼ることが多くなり、ひどい泥酔状態でリハーサルに臨むこともあったという。

俗に、カラヤンに潰されたヴァイオリニストという評価をする人もいる。

私がフェラスのヴァイオリンに初めて接したのは高校受験を目前に控えたころ。
確か東芝から発売されたセラフィム・シリーズというLP一枚が1,000円の廉価版だった。当時の小遣いでなんとか購入することができたこのシリーズはその後、CD化されていないが、若きころのケンペの指揮や、未発売のメニューインの演奏なども収録されていた宝箱のようなLPだった。

前から欲しかったメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のソロを受け持っていたのがフェラスだった。そしてそのレコードから流れてきたフェラスのヴァイオリンの音を今でも鮮明に覚えている。幼少期に習っていたヴァイオリンをやめてしまったことを後悔させられた音だった。

「美音」、クリスチャン・フェラスの奏でるヴァイオリンを評してそう呼ぶ人が多い。
ハイフェツのヴァイオリンは確かに恐ろしいほどのテクニックに裏付けられたもの。
しかし決して私の心をふるわせるものではなかった。

最近の若いヴァイオリニストの演奏はどれも素晴らしい技術を持っている。
しかし、原曲を自分流の解釈と演奏法で奏でるものは、始めは心地よく感じることはあっても、長くつきあえる演奏にはなり得ない。

最近の音にはぬくもりが感じられない。50年代〜70年代の音の方が、楽器と人との会話がいっぱい詰まってると感じるのは私だけだろうか。

フェラスの演奏は、繊細で美しいが線が細い、との評価から日本での人気は低い。
大音量のオーケストラに負けないダイナミックな演奏をするヴァイオリニストを好む傾向が強いようだ。
確かにクリスチャン・フェラスに似たヴィオリニストを探しても見当たる人がいない。

それほどの美音なのだ。

70年代、ベルリン・フィルの重厚なバックによる数多くのコンチェルトを演奏し続けたフェラスは本来の自分の音を見失いかけたのではないだろうか。

かつて50年代に残した、仲間との室内楽やソナタには彼らしい心地よい響きが感じられる。大規模なオーケストラよりも、楽器そのもののシンプルな音を聴かせる室内楽に彼の本領は発揮されている。

70年代、アルコール依存による病弊が癒えたフェラスが唯一残した録音はバッハの無伴奏だった。マイナーレーベルから出されたこの演奏は彼の晩年の人生観をよく表している。

そこにはバッハの力を借りて、神に平伏す謙虚な姿がある。
達観と慈愛、そんな表現がぴったりな演奏だった。
これほど切なく心を打つ無伴奏をこれまで聴いたことが無い。

最後にやっと自分へと帰ることができたのではないだろうか。
1982年、49歳でクリスチャン・フェラスは自らその命を絶った。

晩年のフェラスは、身辺の世話をする者もなく、いつも孤独で、録音スタジオ や楽屋に小さな飼い犬を連れてひとりで現れることが多かったという
http://ameblo.jp/kotaka/entry-10067011943.html




クリスチャン・フェラス(1933-1982)は、ヘルベルト・フォン・カラヤンと共演してベートーヴェンやブラームスといった有名作曲家のヴァイオリン協奏曲を録音したことで知られる、フランスのヴァイオリニストです。

13歳でパリ音楽院でプルミエ・プリを獲って卒業し、16歳でロン=ティボー国際コンクールで第2位(1位なし)を獲得したフェラスは、カール・シューリヒトやカール・ベームといった名指揮者たちとの共演を重ね、世界的な名声を確立していましたが、1960年代にヘルベルト・フォン・カラヤンと数々の協奏曲録音をこなしていた頃から、次第に演奏活動が低迷し、1970年代半ばに入ると、パリ音楽院の教授に任命されるものの、コンサート活動はほとんど行わなくなってしまっていたそうです。

今回紹介するJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ集の録音は、1977年12月のもので、丁度フェラスが活動を停滞させていた頃の演奏になります。 停滞期のフェラスは、酒に溺れて相当生活が荒れていたという話もチラホラ聞くので、この録音は、その影響から相当腕が落ちているのではないかという憶測が飛び交いがちですが、ふたを開けてみると、こうした憶測はたちどころに溶けてなくなってしまいます。

持ち前の美音にはより磨きがかかり、致命的な技術的破綻も全く見られません。 しかし、ここに収められている演奏は、聴衆を陶酔へと誘う演奏ではありません。 自分の音を武器に修験道を突き進んでいくような凄みが、全曲を通じて感じられます。

しかし、この演奏は、シゲティのようにバッハの本質を聴き手に明らかに伝えなければならないとする使命を帯びているわけではありませんし、エネスコのように自分のバッハ観と自らの人生観を重ね合わせて聴き手に語るわけでもありません。

この演奏は、バッハの楽曲に全身全霊で向き合って奏で切る中で、演奏家としての存在意義を自らに問いかける演奏なのです。

音楽に救いを求めながら、救われぬ自分を呪い、それでもなお音を奏でることに没頭していく演奏家の性が、この演奏にはしっかりと刻印されています。 演奏をするという行為の、的確な音を出すことの向こうにある意味を考えさせられる演奏ということで、シゲティやエネスコといった往年の巨匠の録音と並べても何ら遜色はないと、私は思っています。
http://pm.explasm.jp/RecordReport68.html

クリスチャン・フェラス〜笑わない横顔〜

クリスチャン・フェラスというヴァイオリニストがいました。
1982年に49才で自殺しました。
死後28年を経て、彼ほどの耽美的なヴァイオリニストを私はいまだ知りません。
美音のヴァイオリニストは多数います。
メニューイン、ティボー、グリュミオー・・・

フェラスはその中にあってひときわ凛としています。
メニューインはもっと暖かくて明るく、グリュミオーはもっと地に足ついてる。
フェラスの音は美音の海に身を投げて溺れてしまうような、それでいて誰よりも高貴で上品な音色をもったヴァイオリニストでした。

彼の肖像写真はどれも憂いを持って俯いています。
笑わない横顔で。
http://blogs.yahoo.co.jp/bqv10353/1241437.html

クリスチャン・フェラス蕩れ 
最近、『クリスチャン・フェラス蕩れ』の状態が続いている。

『蕩れ』とは、戦場ケ原ひたぎさんによると『萌えのさらに一段階上を行く、次世代を担うセンシティブな言葉』らしい。クリスチャン・フェラスといえば、カラヤンと共演したソリストとして有名だが、カラヤンも『蕩れ』状態だったらしい。私も名前くらいは知っていたが、実際の演奏を聴いたのは最近のことである。

最初の出会いは、NHKのなんかの番組で風景のバックにながれる音楽として、フェラスのバイオリンの演奏で愛の挨拶とかの小品が流れていた。といっても、そのときはフェラスの演奏だとは思っていなかったのだが、気品があり異様に美しくそしてどことなく憂いを含んだどこか意味あり気な演奏に僕はハッとした。これは並の演奏ではないと思った。

最初、クライスラーなのかと思ったのだが、クライスラーのような明るい音ではない。その後で、チョン・キョンファの演奏も流れたのだが、これも美しい演奏ではあったのだが、先のバイオリニストの方がはるかに音楽に深みがあった。いったい誰の演奏なんだろうと思ってHDレコーダーの逆戻ししてテロップをみると、クリスチャン・フェラスとあった。

「う〜む。この人は、音に命を灯している。」

そのときリリー・ブーランジェにもあるような生命のはかなさというのを感じ、もしかしたらこの人、あまり長く生きてはいけないのではないかと感じたのだが、それほどに壊れやすく繊細な音をしていたのだった。

本日、彼のCDが届いたので小品集から聴いているが、どれも人生に別れを告げているようなところがある。バイオリンは人のこころを映す楽器と言われているが、これほどに極めた人生を聴かせるバイオリン弾きなど聴いたことがない。まさに詩人のバイオリンだ。
http://strings-of-eden.blog.so-net.ne.jp/2009-09-05


幼い頃から神童としてエネスコらから教えを受け、16歳の時にロン=ティボー国際コンクールで最高位を獲得し、その後多くの名演を残したクリスチャン・フェラス。

彼の活動は1960年代半ばとそれ以降の2つに分ける事が出来る。

多くの方は1960年代以降のカラヤンとの共演でフェラスを御存知と思うが、フェラスの本当に輝いていた時代はカラヤンとの共演以前。その中でもバルビゼとのデュオはフォーレ、ドビュッシー、フランク等多くの名演を残した。
http://silent-tone-record.doorblog.jp/archives/26512828.html


Wolfgang Amadeus MOZART Concerto No.3 pour violon et orchestre KV 216
Christian FERRAS, violon
Orchestre de chambre de Stuttgart
Direction Karl MÜNCHINGER
enregistré en octobre 1954 à Genève Vinyl Decca
http://www.youtube.com/watch?v=uLrFFlrVK2k

Mozart Violin Concerto No.7 Christian Ferras Karl Munchinger 1954
http://www.youtube.com/watch?v=25Tzbe2CGjE


「ヴァイオリンのおけいこ」〜クリスチャン・フェラス

 当時、NHK教育テレビで「ヴァイオリンのおけいこ」というのがあった。
 そのなかで、高校生くらいの生徒さんがモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番の第1楽章を弾いてたのを聴いて、この楽器のすばらしさに捉えられてしまった。

 その後、この曲のLPを親に買ってもらった。 クリスチャン・フェラスの演奏だった。
 この演奏は今聴いても本当にすばらしい。第1楽章、第2主題の歌わせ方、、 展開部の楽しさ、そしてヨアヒムのカデンツァの表情づけのうまさ、すべてツボにはまった名演だと思う。カデンツァといえば、最後の小節において、トリルを内声のトレモロにしているほか、大胆に変更を加えているが、こういう前例があったのだろうか?

 録音は1960年。指揮はA.ヴァンデルノートだが、かなりのんきな指揮者なのか、口笛が頻繁に聞こえてくる。第2楽章などかなり目立つ。
 ポルタメントかけまくりのヴァイオリン、口笛吹きまくりの指揮者。
 1960年って今と違ってのんびりした、いい時代なんだなあと思ってしまう。

 以来、フェラスの録音はかなり聴いてきたが、有名なカラヤン/BPOとの一連の録音では、明るい音色や甘いポルタメントといった彼の持ち味がかなり後退しており、その後のコンサートホール録音のラロ、ブラームスの再録では、技術の衰えがひどく、かなりショックを受けた。

 協奏曲第4番の録音は、フェラスが一生に一度しか演奏できなかった奇跡のようなものなのかもしれない。
http://www.geocities.jp/konpoz05/newpage1.ferras.html

青柳いづみこ の師であるバルビゼは、ヴァイオリニストのクリスチャン・フェラスと数々の伝説のデュオを残した。フェラスをカラヤンに奪われると、半身をもがれたように一線から退いていく。

一方、フェラスは、カラヤンの美音のもとで「歌」を失い自滅する。彼の自殺を察したときのバルビゼの様子は、まるでカミュの不条理小説を読むようだ。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%81%9F%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%88-%E9%9D%92%E6%9F%B3-%E3%81%84%E3%81%A5%E3%81%BF%E3%81%93/dp/4560026629/ref=cm_rdp_product

ブラームスのヴァイオリンコンチェルト
この曲は何回、いや何十回聴いたことでしょう。ディスクも色々持ってますので、聴き手も耳が肥えてきます。

今まで聴いた中で印象的だったのは、クリスチャン・フェラス、カラヤン指揮ベルリンフィル盤で、みずみずしさと言ったらこの上ない。とにかく美しい。
この盤で、アニーはフェラスのファンになってしまったのです。

ところが、フェラスを調べて行くと、なんともいわくつきの演奏家でした。

・カラヤン秘蔵っ子と言われたお抱えソリスト
・それ以降演奏法が変わり、アクの取れた非常に洗練された音楽になる
・以前のファン離れ
・そして49歳にして自殺

数奇な運命でした。とても勿体ない演奏家で、もっと録音を残して欲しかったと思います。
http://yaplog.jp/anny-model/archive/298

Q : andrewhoshiさん
バイオリン奏者のクリスチャン・フェラスは何が理由で自殺したのですか?

answer1 _ eight8thmanさん
仄聞では、

「ストレスから精神的疲労、アルコール依存症に陥り、肉体的にも憔悴…」

と伺っています。 晩年にはかなり錯乱状態になることがあり、その死が「本人の意思によるものなのかどうか、はっきりしない」とも聞きましたが…。

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answer2 : greatpianistgouldさん

カラヤン用にあまりに音を磨きすぎたためとどこかで読んだことがあります。
フェラスの音がカラヤン専用っぽくなって他の人では使いづらくなったと読んだような…
記憶が曖昧なので少々間違っていないか心配です。

フェラスが死んだためムターがカラヤンについたときは音を磨きすぎないように周りも本当に気を遣ったようです。 彼女は全くそういうことは問題なく、今でも元気ですね。

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answer3 _ ott02088さん
カラヤンの所為らしいですよ。
ワイセンベルクと同じ運命といいますか,ワイセンベルクも70年代のカラヤンとの録音があるぐらいじゃないですか,そんな感じらしいです。どうもカラヤンに協奏曲で使われるとカラヤン嫌いからの攻撃がソリストにまで及ぶようでソリストたちは落ちぶれていくんだとか・・・怖いですねえ。
ムターはそうはならなかったみたいですけど(フェラスとワイセンベルクの2件もあるなら流石に気をつけますよね)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1135765656?fr=rcmd_chie_detail

アナログ期の巨匠は、LPで聴かないと真価がわかりません。
特にフェラスはモノラルに限ります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1035776795?fr=rcmd_chie_detail

私は尚古主義者なので現代のヴァイオリニストはほとんど知らないのですが,
シェリングは極々普通の音色ですから,現代にもこのような音色の方はおられるでしょう。
グリュミオーはかなり独特な響きですよね。この音色はかなり特異だと思います。

フェラスもかなり特異ですね。彼の潤いのある美音を奏でられる人はなかなかいないでしょう!(ていうか,いてもらっては困ります!笑)

私はティボーの官能的な音色に憧れます。あの彼一流の極細の線は誰にも真似できません!
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1035776795?fr=rcmd_chie_detail


ヴァイオリンの音が鋭かったり響きがキツいからピアノほど癒されないというご意見もあるようですが,私はそれは単に演奏者が悪いだけだと思いますね。私はヴァイオリンの方がピアノよりも癒されますもの。

フェラスなどは本当に美しい潤いのある美音を出すと思います。
しかもそれなのに,線が細いというのがまた素晴らしい。
ですから,本当に良いヴァイオリン小品集を聴くなら演奏者選びは大事ですよ!下手に下手糞を選ぶとまったく魅力が分かりませんから。

先に挙げたフェラスやティボー,クライスラーの他にもエルマン,エネスコあたりは間違いありません!ぜひ聴いてみてください。フェラスの小品集もいいですよ。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1237187312


クリスチャン・フェラスな日々
クリスチャン・フェラス(ヴァイオリン)とピエール・バルビゼ(ピアノ)の演奏にはまっている。
フェラスはカラヤンが重用したのだけれど、42歳の若さでなくなりました。バルビゼは明るいガハハおじさんなんだそうですが、本当にうまいピアノ。つい先日まで生きてらっしゃいました。音楽評や書評を朝日で書いている青柳いづみこさんのマルセイユ音楽院での先生です。最後の有名な生徒は美人で有名な(というとまずいか)エレーヌ・グリモーです。

ブラームスのVnソナタといえばファーストチョイスはピリス&デュメイなのだけれど、これも大変素晴らしい。阿吽の呼吸はまさに室内楽の理想形。ちりめんビブラートもなれるとなんとなくそれらしく聴こえてきてしまう。決め所でのフェラスの思い切りのいい鳴らし方も気に入ってしまった。

シューマンのVnソナタもこのまとめにくい曲をよく演奏している。彼のヴァイオリンは中音部が良く鳴るので、この曲に合ってます。
どうやら最近EMIから「知られざるフェラス」が出ていたり、あるいはイギリスの名演復刻レーベルTESTAMENTからいくつか録音が出ているところを見ると、イダ・ヘンデル同様に再評価が進んでいるのだろう。
もっと聴いてみたい。 特にバルビゼとの室内楽は。
http://franck.cocolog-nifty.com/piano/2005/05/post_b838.html

ロドリーゴ:夏の協奏曲、
セメノフ:ピアノとヴァイオリンの為の二重協奏曲、
エリサルデ:ヴァイオリン協奏曲/ジョルジェ・エネスク(cond.)/イヴァン・セメノフ(cond.)/クリスティアン・フェラス(vn)、他 [TESTAMENT SBT 1307]

Joaquín RODRIGO Concierto de estío (1943)
Christian Ferras, George Enescu, 1951
http://www.youtube.com/watch?v=Lde1uG919LQ

Federico ELIZALDE Violin Concerto (1943) Christian Ferras, LSO, Gaston Poulet, 1947
http://www.youtube.com/watch?v=p3d6Oc5inio


当盤を入手した理由はエネスクの指揮した録音を蒐集する為であつたが、若き日のフェラスの藝術性に心打たれる名演揃ひであることを最初に述べてをきたい。

後のカラヤンとの共演の印象が強いが、技巧と気品、そして知性と感情が溢れる名奏者であつた。

ロドリーゴの協奏曲が極上だ。水際立つた技巧、情熱的な歌が聴く者を虜にする。エネスクの指揮が真に素晴らしい。第1楽章の異教めいた妖艶な情念の表出は胸に迫る。

セメノフの秘曲は作曲者の指揮、ピエール・バルビゼのピアノとの共演で、単一楽章の土俗的な曲だ。音源として貴重であるが、感銘は薄い。

フェデリコ・エリサルデの協奏曲は大戦中にヌヴーによつて初演された曲である。残念ながらヌヴーの録音は残らない。神秘的な情熱を秘めた楽想で、フェラスとの相性が良い。この録音はフェラスが14歳の時のもので、天才が光る名演だ。全てDECCAへの録音。
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/violin.html

フェラスとバルビゼのシューマン ヴァイオリンソナタを是非聴いてほしい。
ヴァイオリンの音色とイヤらしさではダントツの名盤です。
ヴァイオリンファンなら必聴の一枚。
フェラス流ポルタメントがまことに魅力的。
ほかにエネスコ盤もいい。ビブラートが独特でうまい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1431297409

・シューマンのヴァイオリンソナタ1番&2番
情熱的でほの暗い雰囲気が漂う名作!フェラスがうまいです。

・ルクーのヴァイオリンソナタ
フランクの弟子。響きがフランクそっくり!
フランクのソナタが飽きたら,ルクーを聴いてみるといいです。
これもフェラスがうまいです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1231067542

フェラスが弾くルクーのヴァイオリン・ソナタ

FERRAS e Barbizet-LEKEU,Sonata per violino e pianoforte:terzo movimento
http://www.youtube.com/watch?v=l8ar4nRDzp4


作曲者 : LEKEU, Guillaume 1870-1894 ベルギー
曲名  : ヴァイオリン・ソナタ ト長調 (1891)
演奏者 : クリスティアン・フェラス(vn), ピエール・バルビゼ(pf)

1960年代後半の録音であるから、最盛期のものと違うが、これまた伸びやかで実に美しい演奏である。
何と言ってもこの音!!
この絹漉しの細やかな響きを聞くことは、最近では滅多に無くなってしまった…。

バルビゼのピアノのまた素晴らしいこと!!
どんなにフェラスが歌っても、ピタリとそれについていくだけでなく、フェラスにインスピレーションを与え、更に彼もフェラスの音に反応し、まさに音楽のダイアローグというべき世界が生まれている。これぞ室内楽である。

わずか24歳で亡くなったルクーが、21歳の時に書いたこのソナタは、成熟した天才の手による、傑作中の傑作。19世紀に書かれた多くのヴァイオリン・ソナタの中でも至高の作品の一つである。
若書きということで、習作のような言い方をする人が私の周りにかつていた。しかしだ!!くり返すけれど、この作品は成熟した天才の手による傑作なのだ。
グリュミオー、ボベスコといった名手の名演とともに、このフェラスの録音は、その完成度において比肩できる素晴らしいものだ。
終楽章の冒頭のように荒々しい部分でも、響きが決して荒れないというか、美しさをしっかり保持しながら力強い表現で不足を感じさせないのは、彼のボウイングの美しさ故であろう。どんなところでも彼のヴァイオリンからはきれいな輝きを持った美しい響きが聞こえてくる。まさに絶品…。
http://suisse.exblog.jp/14396325/


Christian Ferras plays Bach's Violin Sonata No. 1 (BWV 1001)
http://www.youtube.com/watch?v=F6FhsFjesto

Christian Ferras - Bach, Partita No 3, Prelude
Filmed in Paris, 19 May 1958
http://www.youtube.com/watch?v=yxp3fuvkwCY&list=PL26141C23CE5BCA25

Christian Ferras plays Bach (vaimusic.com)
http://www.youtube.com/watch?v=zsxn_OQ8Dck


Bach: Double Concerto in D minor, BWV. 1043 (Menuhin & Ferras)
http://www.youtube.com/watch?v=82wLcfYXKAo&list=PL400A8C405003CD5C
http://www.youtube.com/watch?v=KJyfQNrShwA
http://www.youtube.com/watch?v=v4pm0Hkunms

Violin Concerto in D Major, op. 61 by Ludwig van Beethoven (1770-1827)
Christian Ferras, violin
Royal Philharmonic Orchestra
Sir Malcolm Sargent, conductor
London, XII. 1959
http://www.youtube.com/watch?v=54cw9_4WWU8
http://www.youtube.com/watch?v=E2kGcOmaPI8
http://www.youtube.com/watch?v=IYPF6kNkuq8

Beethoven violin concerto op. 61
Christian Ferras, Karl Böhm, Berlin Philharmonic
http://www.youtube.com/watch?v=jP9MiVnqG54
http://www.youtube.com/watch?v=a6WpFQoulDM&list=PL4DC9581EEBAF8A5D
http://www.youtube.com/watch?v=5HdHP2qip_s


Christian Ferras "Violin-Romance no 1" Beethoven
Leopold Ludwig, conductor Hamburg, I. 1955
http://www.youtube.com/watch?v=oj_4NwCl9gU

Christian Ferras "Violin-Romance no 2" Beethoven
Leopold Ludwig, conductor Hamburg, I. 1955
http://www.youtube.com/watch?v=6P-BpjIOXVM


Beethoven - Ferras & Barbizet (1953) Sonate pour violon et piano n° 5
http://www.youtube.com/watch?v=2KFUlF64toM&list=PL8N1xlPD8UZ982Z3m1Jv7Bx3MLE34cojC
http://www.youtube.com/watch?v=jAKwF90AMaA

Christian Ferras and Nicolas Astrinidis play Beethoven's "Spring" Sonata
http://www.youtube.com/watch?v=mRXQLN_4ud0


Christian Ferras - Pierre Barbizet Beethoven Sonata 1-9.wmv
http://www.youtube.com/watch?v=N6OQ8QXyhqw

Christian Ferras plays Mendelssohn 'Song without words'
http://www.youtube.com/watch?v=eN_zr8qUzts

Christian Ferras - rare live Paganini Concerto No.1 - 1954
http://www.youtube.com/watch?v=4x0XGtLKaks

Christian Ferras plays Schumann Traeumerei
http://www.youtube.com/watch?v=DuPG1vVHie4

Romance op.94 n°1-Schumann played by Christian Ferras
http://www.youtube.com/watch?v=4rO6ulLpf0E

Brahms- Ferras & Barbizet (1953) Sonate pour violon et piano n°3 op 108
http://www.youtube.com/watch?v=xbJSqjpzJnI
http://www.youtube.com/watch?v=aL_2NsGys0g
http://www.youtube.com/watch?v=cioWda2zv8U

Christian Ferras - Tchaikovsky Violin Concerto - ii
http://www.youtube.com/watch?v=N2Iikhu3r8A

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をフェラスの演奏で聞く

Violin Concerto in E minor, op. 64 by Felix Mendelssohn
Christian Ferras, violin
Philharmonia Orchestra
Constantin Silvestri, conductor
London, VI.1957
http://www.youtube.com/watch?v=xhhWZU070dg
http://www.youtube.com/watch?v=nnWeEhaTjtA
http://www.youtube.com/watch?v=Z8AlvhJC3XQ


グリュミオーのいくつかの録音も良いし、デュメイのも素敵だし、キョン=ファ・チョンのプロボーションの良い演奏も大変美しいと思うし…、ああこのような名曲中の名曲ともなると良い演奏にはこと欠かない。
フェラスのこの演奏はその中でも飛び抜けて素晴らしいものだと思う。彼の、特に1950年代から60年代はじめにかけての頃の演奏には独特の輝きがある。
カラヤンとの録音では、共演者の個性が強すぎた感はあるが、この演奏では全てが良いところに納まっていて、とても音楽的。
シルヴェストリが良いのだと思う。フェラスのソロをよく聞き、それに反応し、またフェラスもシルヴェストリとフィルハーモニア管の作り出す音によく反応している。ちょっと室内楽を聞くような楽しみがここにはある。

こうして聞いてしまうと、またしばらくフェラスに填ってしまいそうだ。
まだ聞いていないという方にはぜひお薦めしたいバイオリニスト!!
但し、悪い演奏ではないけれど、カラヤンとのグラモフォン盤から聞き始めないで、これなどから聞いてみてほしい。
http://suisse.exblog.jp/15212266/


Christian Ferras Pierre Barbizet - Cesar Franck Sonata
http://www.youtube.com/watch?v=TSWWr-ilbRQ
http://www.youtube.com/watch?v=8wmTm_--d2Q&list=PL5933DA5A61A3A67D
http://www.youtube.com/watch?v=TCOkoyFvd2s&list=PL587807B54A12C667
http://www.youtube.com/watch?v=pyG6zmH0PpA&list=PL5933DA5A61A3A67D&index=3
http://www.youtube.com/watch?v=pNwgbRkNJ0c&list=PL5933DA5A61A3A67D


Christian Ferras - Debussy: Sonata for Violin & Piano
Christian Ferras plays together with Guy Bourassa the Claude 1961
http://www.youtube.com/watch?v=Erjs3zk33bE
http://www.youtube.com/watch?v=IhRBpLdqPY4
http://www.youtube.com/watch?v=lopbRMPhKtA

Claude Debussy - P. Barbizet & C. Ferras (1953) - Sonata in G minor for violin and piano
http://www.youtube.com/watch?v=0e1WZ00UE8w

Christian Ferras and Nicolas Astrinidis play Debussy's violin sonata 1970
http://www.youtube.com/watch?v=YLxPoNkkdh8

チャイコフスキーChanson triste(悲しい歌)
Christian Ferras(vn) Boris Mersson(pf)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11560242

Christian Ferras plays Chaikovsky Serenade Melancolique
http://www.youtube.com/watch?v=xfDYcn4a5t8


ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番より 
クリスティアン・フェラス1(Vn)
ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団
http://www.youtube.com/watch?v=Nqksi4Hs2CU


Christian Ferras - Saint-Saëns - Le Cygne
http://www.youtube.com/watch?v=9Zkc-CZzcHk


Christian Ferras plays Meditation Thais
http://www.youtube.com/watch?v=Isg65_F1Cto

Christian Ferras - Maria Theresia von Paradis - Sicilienne
http://www.youtube.com/watch?v=KyjUpF-G5t0


Christian Ferras-Pugnani Kreisler-Preludium and Allegro
http://www.youtube.com/watch?v=898zQPfaLd0

caprice viennois-Kreisler played by Christian Ferras
http://www.youtube.com/watch?v=XVGIJGfz_Ng

Liebesfreud-Kreisler played by Christian Ferras
http://www.youtube.com/watch?v=8hBJ4wi0rTI

Christian Ferras - Faure Berceuse
http://www.youtube.com/watch?v=NBpHdzZyQAc

Christian Ferras - de Falla - Spanish Dance (From 'La vida breve')
http://www.youtube.com/watch?v=z1coULD2pb8


Serenade Espagnole- Chaminade played by Christian Ferras
http://www.youtube.com/watch?v=7KVJ_RuqR2A

Christian Ferras - Hora staccato
http://www.youtube.com/watch?v=8_P_7Qwo8hI

フェラスのツィガーヌ

Christian Ferras - Ravel Tzigane
http://www.youtube.com/watch?v=OgwtrfWKa9w


昔の演奏家の演奏を聴くと、心が休まります。

最近のお気に入りは、フェラス。ツィガーヌがとくに好きです!
この曲ってこんなに味わい深い作品だったのね、と感動しました。

おさる坊やも、真剣に聴いていました。

ならば、ダヴィット・オイストラフのも聴いてみよう!
と、ソロ部分を聴き始めたところ、ウワァーーンと、大泣き。

うん、確かに、オイストラフよりフェラスが魅力的よね。
オイストラフは好きな演奏家だけど。フェラスがすごすぎるよね。
http://microtone.exblog.jp/17106975


Christian Ferras - Stravinsky Violin Concerto
http://www.youtube.com/watch?v=A1Dd0Ds8Qjo
http://www.youtube.com/watch?v=sfKVVcf9urU


Alban Berg "Violin Concerto" Christian Ferras
Christian Ferras, violin
Orchestre Philharmonique de la RTF
Rafael Kubelik, conductor
XIIème Festival de Besancon 09.IX.1960
http://www.youtube.com/watch?v=pm6DUNL21LM
http://www.youtube.com/watch?v=IkY5uCEVifM

Christian Ferras - Béla Bartók Sonata No 2
http://www.youtube.com/watch?v=kzpAIXN1mHs&list=PL4463C30242A8A8DD


Christian Ferras plays Wieniawski Mazurka
http://www.youtube.com/watch?v=pZs_UYG_T6U

Christian Ferras - Chausson, Poème for Violin and Orchestra Op.25
http://www.youtube.com/watch?v=za7dYSSfrCM


ショーソン:詩曲、
ラヴェル:ツィガーヌ、
オネゲル:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 
フェラス (Vn) セバスチャン/ベルギー国立O (London LL-762 [LP])

Sonate pour violon seul-Honegger played by Christian Ferras
http://www.youtube.com/watch?v=3zFqfV1UNrg

今回の目玉は、2009年10月11日の記事にも記したオネゲルの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを収録したフェラスのアルバムである。
まずは目当てのオネゲル作品について。きちんとした演奏を聴いたのは初めてだったが、自分で譜読みした印象とそう大きく異なることはなかった。この種の作品の常としてJ. S. バッハの楽曲を強く意識させるのは仕方ないが、渋すぎず、でも噛めば味が出るような空気感に、オネゲルらしさが発揮されている。演奏頻度が高くないのはやむを得ないものの、完全に忘れ去られるには惜しい佳品である。

フェラスの演奏は、他の2曲にも通ずることだが、とにかく美しい。良い楽器のポテンシャルを存分に引き出した高級感たっぷりの音は、それだけで一級品と言ってよいだろう。

聴き慣れたショーソンやラヴェルでは、フェラスの特徴がより一層はっきりとする。解釈や独自の弾き崩しで聴かせるのではなく、磨き上げられた技術と美音でヴァイオリンの魅力を余すところなく端正に表出するといった感じ。カラヤンが好んで共演したのもよくわかる。
http://dsch1975.blog75.fc2.com/blog-entry-387.html

シベリウス ヴァイオリン・コンチェルト
ズービン・メータ指揮、フランス国立放送(ORTF)管弦楽団
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1426444
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1426762
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1426874
http://www.youtube.com/watch?v=x6Kq0qMMpgU
http://www.youtube.com/watch?v=qYR9ychIPJc
http://www.youtube.com/watch?v=ZX-kUgjCAKo

Sibelius - Violin concerto - Ferras / Cleveland / Szell live
Christian Ferras
Cleveland Orchestra George Szell
Live recording, Cleveland 9-11.XII.1965
http://www.youtube.com/watch?v=1NMnaakv0k0


クリスチャン・フェラスのは youTUBEでモノクロ映像ですが全曲が見られます。指揮はメータで、カラヤンのときとは打って変わって大熱演でした。

___

だれもあげないフェラス盤。ホントにフェラスは忘れられてるなあ。
ヴァイオリン好きにはたまらない名盤!ポルタメントがいい。
2楽章が絶品。官能的です。線は細いし,美音です。

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フェラス! どうも人気がありません。なぜなのかよくわからないけど。
フェラスの2楽章。魅惑的です。
ま,私は逆にオイストラッフの演奏のよさがどうしても理解できないんですけどね。

フェラスはね,音程のずらし方が面白いんですよ。ポルタメントとは違うんだけど,低めに音程をとっておいてあとでずりあげるんですよね。あれが実にいやらしいんですよ笑 あと,あの極細かつ美音の音色。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1232256492


・フェラスのヴァイオリン小品集
官能的というかもう肉感的です・・・
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1434292244


フェラスはなによりもあの嫌らしいポルタメントが魅力的。

細い線の官能的な響きで、正確な音程をとるまえにすこし低めに音をとってポルタメントでずり上げる技は肉感的だが、こういうのをシベリウスやクライスラーでやられると、ぴったりとマッチします。

そのほかスペイン交響曲などもうまい。それと、フランク、ブラームス、シューマン、ルクーのヴァイオリンソナタもいいですね。フランクは4楽章は平凡になってしまったが、1,2,3楽章がフェラス・ポルタメントと美音を堪能できる。
ブラームスの雨の歌もフェラス・ポルタメントの連続。あ〜ら、嫌らしいっ。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1330614473

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フェラス破滅の原因となったいわく付きのカラヤンとの共演盤


・チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
・ヴァイオリン:クリスティアン・フェラス
・ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
http://www.youtube.com/watch?v=s3J2DF0p2l0
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4251830
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4251973

・1965年11月(協奏曲)、1966年10月(奇想曲)、ベルリン、イエス・キリスト教会でのセッションステレオ録音。

図体で気押すヴァイオリン
 フェラスというヴァイオリニストは、少なくとも優れた音楽家であるが、技術がファンタジーに追いついていない。この考えというか、妄想は、フェラスの演奏を初めて聴いた時からあって、最初は、この当時の技術水準云々ということで片づけていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
フェラスの発する灼熱は、技術的な困難へ立ち向かうことから発せられるか、それとも、フェラスの意図から生まれるものなのか、ということを考えながら聴いていると、技術的に問題ない(と思われる)個所で、楽器の胴を極限まで太くならそうとする姿が浮かび上がってくる。

場所にもよるのだけれども、これらは単に響かせようとするだけにとどまるものではないようだ。実のところ、やろうとしていたことは、カラヤンと同じだったのかもしれぬ。

 一楽章や、三楽章の速い部分では、明後日の方向え勢いを投げるがごとくかき鳴らす。猛烈な足掻きである。一楽章の有名な部分を管弦楽へ橋渡しする部分では、もはや前後のことを考えていないとすら思える。だが、何とかなってしまうから「優れた音楽家」とかいた。二楽章の抒情的な部分では、カラヤン張りの横の響きがと特徴的。
http://blog.livedoor.jp/musikvereinarchiv/archives/cat_746616.html


・シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
・ヴァイオリン:クリスティアン・フェラス
・ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

力強いヒロイックなフェラスと、巨大な書割としてのカラヤン

 一楽章、遠くを見るというよりは、その場で歌うという始まりである。胴を響かせるはっきりとした歌である。フェラスの歌は、明らかに歌ってのだが、荒削りな部分があって、それが熱くさせるものをもっているようだ。最後はやや味気なく終わるが、それ以外はなかなかの仕上がりである。

 二楽章、カラヤンのオーケストラが雄弁である。ソリストより雄弁である。だが、その中でのフェラスの役割は、オペラ楽劇での歌手が管弦楽の中で果たす役割に近い。場を広げ、その中で、ソリストを活躍させるということである。カラヤンの雄弁さは、やや具体性を欠くように設計されているのだ。だから雄弁であっても漠然としていて、ソリストが目立つという仕組みになっている。

 三楽章は、颯爽と流れていくバティアシヴィリのものとは全く違う、しっかりと刻みつけていく、堂々とした仕上がりである。テンポは遅めで、リズムは跳ねるというよりは踏みしめるといった具合である。美しさよりも、迫力を前に出した演奏であるかと思う。遅いテンポながら、熱気がにじみ出る。チャイコフスキーで急にとってつけたようにギアを変えるということもない。

 カラヤンとの一連の協奏曲の仕事の中で、最もフェラスが世にたたきつけた仕事ではあるまいか。
http://blog.livedoor.jp/musikvereinarchiv/archives/cat_746616.html

フェラス/カラヤン/ベルリンPO(64、DG)のフェラスは懐かしい。
フランス出身で洒落た室内楽などを得意にしていた彼が、カラヤンにとりたてられて60年代に大協奏曲を次々と録音した。

しかし彼はほんとにベルリンフィルなどと大曲をガンガンやる人だったのだろうか。
その後は泣かず飛ばすで酒に溺れ体を壊し82年に49歳で自殺してしまった。

録音はイエスキリスト教会でほの暗く美しい。
第1楽章のヴァイオリンの音色を聴くとやや硬質な響きの中に懐かしい歌い回しで切なくなる。
高域を余裕綽々で弾きまくるという風ではなく、必死感がある所が訴えかける。
オケはさすがに安定感抜群で包み込む。16分をかけてロマンティックな演奏だ。

第2楽章のヴァイオリンの可憐な表情は素敵だがオケはかなりの重圧。
最終楽章も必死に弾くヴァイオリンをいざというときにはオケが平気で覆いかぶさる。
ヴァイオリンの音は美音という感じは無いが、何か独自の艶をもつ。
以前はカラヤンのシベリウスの一環としか思っていなかったが、
よく聴いてみるとヴァイオリンが独自の魅力を持つ演奏であることが分かる。
http://karajan2.blog101.fc2.com/blog-entry-925.html


・ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
・ヴァイオリン:クリスティアン・フェラス
・ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


http://www.youtube.com/watch?v=sezpb4sGeY8
・ベルリン、イエス・キリスト教会でセッションステレオ録音。

 カラヤンは60年代のすべてのヴァイオリン協奏曲を、フェラスとともに録音している。
こういうこだわりがあると、カラヤンの好みが最優先されているような気がしないでもなくて、ワイセンベルクや、このフェラスはまさにそのような雰囲気があると思う。いや、一番の有名な録音がカラヤンとの共演盤であるというだけの話で、両者とも実力の程はなかなかにあるわけだが。だからこそ、カラヤンは共演者に選んだのだ。

 例によって、注目はカラヤンの伴奏に目が行きがちになる。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の録音は結構あるけれども、これほどに管弦楽が分厚く鳴り響くブラームスのヴァイオリン協奏曲はもう二度と現れないのではあるまいか?


たっぷりとしたブラームスのヴァイオリン協奏曲
 たっぷりとして聞こえるのは、カラヤンの伴奏の分厚さだけではない。顕著にその傾向が表れるのは、三楽章で、第一主題のレガートは上で挙げた三者の中で一番多い。リズム強調を少なからず行っている演奏が多い中で、これを聴くとやたら図体が大きく聴こえる。1楽章では、柔らかい歌としてこの特徴は捉えられる。
http://blog.livedoor.jp/musikvereinarchiv/archives/cat_746616.html



ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
・ヴァイオリン:クリスティアン・フェラス
・ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

・1967年1月25,26日、ベルリン、イエス・キリスト教会でのセッションステレオ録音。


可もなく不可もない

 フェラスのヴァイオリンについてだが、はっきり言って、よくわからなかった。いや、だめだと言っているわけではない。歌う部分はあまり大げさにではないが、歌うし、他の演奏家で感じるような、曲の魅力を伝えていることは間違いない。

 気になるのは、音が多くなる部分では急に機械的な処理にきこえたり、こなしているというような感触になったりとどうしても感じてしまうからである。慎重な面が前に出てしまったのか?まぁ、意図なのだろうが、よくわからないというのが正直なところである。

 カラヤンの伴奏はブラームスの協奏曲のような分厚さはない。同曲の分厚さ加減で言えば、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲の方が上であろう。

 方針は、曲が持つ構えの大きい部分を主眼に置いた伴奏である。この曲の管弦楽は、伴奏然とした伴奏なので、そこまで派手なことはできないということもあってか、カラヤンの協奏曲での存在感の示し方からすれば、おとなしい方だと思う。

「結局どうなんですが?」ときかれたら、「悪くはない」と返答するだろう。
http://blog.livedoor.jp/musikvereinarchiv/archives/cat_746616.html


フェラスとのベートーヴェンを聴きました Name:mkn Date:2010/05/19(水)
フェラスとの共演の中で現在もっとも入手困難と思われるベートーヴェンの協奏曲のディスクを入手しました。HMVのネット通販での購入ですが、2002年発売とあります。

入りのティンパニがムター盤を上回る遅いテンポでそれが最後まで一貫します。ただフェラスがそれに付いていけなかったようで、もっとゆったりと歌えば良かったのでしょうが前のめりの部分や細かいフレーズの乱れが散見されました。それにつれてカラヤンの緊張もとぎれがちになったようです。

1964年に始まったフェラスとの公式録音は1967年のこれが最後だと思いますがブラームス(ムター盤に匹敵!)、シベリウス、チャイコフスキーには見られなかった乱れがカラヤンとの齟齬のようなものを感じさせました。よく言われるフェラス晩年の衰えが始まっていたのかもしれません。

フェラスとの共演盤をほぼ揃えることができましたが演奏の出来としてはいささか残念なものでありました。顧みられることが少ない演奏なのもやむを得ないのかもしれません。
http://www.progoo.com/bbs/karajanbbs2_tree_p_1428.html


03. 2013年7月09日 18:04:47 : W18zBTaIM6

フェラス - YouTube
http://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%82%B9&oq=%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%82%B9&gs_l=youtube.3...2132.3616.0.4171.7.7.0.0.0.0.256.977.1j5j1.7.0...0.0...1ac.1j4.11.youtube.1EFCEbSw7sE
http://www.youtube.com/results?search_query=Christian+Ferras&oq=Christian+Ferras&gs_l=youtube.12...0.0.1.42.0.0.0.0.0.0.0.0..0.0...0.0...1ac..11.youtube.8hqwjPjCU8Q

フェラス ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%82%B9?ref=tagconcerned
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%82%B9?ref=tagconcerned_c


04. 2013年7月09日 18:29:33 : W18zBTaIM6


著名ヴァイオリニストの一覧

ニコロ・パガニーニ(Niccolò Paganini, 1782年10月27日 - 1840年5月27日)

ヨーゼフ・ヨアヒム(Joseph Joachim, 1831年6月28日 - 1907年8月15日)

パブロ・デ・サラサーテ(Pablo de Sarasate, 1844年3月10日 - 1908年9月20日)

レオポルト・アウアー(Leopold Auer, 1845年6月7日 - 1930年7月15日)

オタカール・セブシック(Otakar Ševčík, 1852年3月22日 - 1934年1月18日 )

オーギュスト・イザイ(Auguste Ysaÿe, 1858年7月16日- 1931年5月12日)

イェネー・フーバイ(Jenő Hubay, 1858年9月15日- 1937年3月12日)

アルノルト・ロゼ(Arnold Rosé, 1863年10月24日- 1946年8月25日)

リュシアン・カペー(Lucien Capet, 1873年1月8日– 1928年12月18日)

カール・フレッシュ(Carl Flesch, 1873年10月9日- 1944年11月14日)

フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler, 1875年2月2日- 1962年1月29日)

パブロ・カザルス(Pablo Casals, 1876年12月29日 - 1973年10月22日)

カール・クリングラー(Karl Klingler 1879年12月7日- 1971年3月18日)

ヤン・クーベリック(Jan Kubelík, 1880年7月5日 - 1940年12月5日)

ジャック・ティボー(Jacques Thibaud, 1880年9月27日 - 1953年9月1日)

ジョルジェ・エネスク(George Enescu , 1881年8月19日 - 1955年5月4日)

ブロニスラフ・フーベルマン(Bronisław Huberman, 1882年12月19日- 1947年6月15日)

エフレム・ジンバリスト(Efrem Zimbalist, 1889年4月9日 - 1985年2月22日)

ミッシャ・エルマン(Mischa Elman, 1891年1月20日- 1967年4月5日)

アドルフ・ブッシュ(Adolf Busch、1891年8月8日 - 1951年6月9日)

ヨゼフ・シゲティ(Joseph Szigeti, 1892年9月5日 - 1973年2月19日)

イゾルデ・メンゲス(Isolde Menges, 1893年5月16日 – 1976年1月13日)

イェネー・レナー (Jeno Lener 1894-1948)

ゲオルク・クーレンカンプ(Georg Kulenkampff, 1898年1月23日 - 1948年10月5日)

トーシャ・ザイデル(Toscha Seidel, 1899-1962)

ヨーゼフ・ヴォルフシュタール Josef Wolfsthal (1899-1931)

ヴァーシャ・プシホダ(Vasa Prihoda, 1900年8月24日−1960年7月27日)

ヤッシャ・ハイフェッツ (Yasha Heifetz,1901年2月2日 - 1987年12月10日)

ジノ・フランチェスカッティ (Zino Francescatti、1902年8月9日 - 1991年9月17日)

イヴァン・ガラミアン(Ivan Galamian、1903年1月23日 – 1981年4月14日)

ナタン・ミルシテイン(Nathan Milstein 1903年12月31日、 - 1992年12月21日)

エリカ・モリーニ(Erika Morini、1904年1月5日 - 1995年11月1日)

トッシー・スピヴァコフスキー (Tossy Spivakovsky, 1906年12月23日 - 1998年7月20日)

ピエール・フルニエ(Pierre Fournier, 1906年6月24日 - 1986年1月8日)

ジョコンダ・デ・ヴィト(Gioconda de Vito 1907-1994)

ダヴィート・オイストラフ(David Oistrakh、1908年9月30日 - 1974年10月24日)

シモン・ゴールドベルク(Szymon Goldberg 、1909年6月1日- 1993年7月19日)

ヴィリー・ボスコフスキー(Willi Boskovsky, 1909年6月16日 - 1991年4月21日)

リカルド・オドノポソフ(Ricardo Odnoposoff、1914年2月24日 - 2004年10月26日)

ヴォルフガング・シュナイダーハン(Wolfgang Schneiderhan、1915年5月28日 - 2002年5月18日)

ギラ・ブスタボ(Guila Bustabo, 1916年 2月25日 - 2002年 4月27日)

ユーディ・メニューイン(Yehudi Menuhin, 1916年4月22日- 1999年3月12日)

ヘンリク・シェリング(Henryk Szeryng、1918年9月22日 - 1988年3月3日)

ジネット・ヌヴー(Ginette Neveu, 1919年8月11日- 1949年10月27日)

アイザック・スターン(Isaac Stern, 1920年7月21日 - 2001年9月22日)

アルテュール・グリュミオー(Arthur Grumiaux, 1921年3月21日 - 1986年10月16日)

ワルター・バリリ(Walter Barylli、1921年6月16日 - )

フランツ・サモヒル (Franz Samohyl、1921年 - 1999年)

ローラ・ボベスコ (Lola Bobesco、1921年8月9日 - 2003年9月4日)

ゲルハルト・タシュナー(Gerhard Taschner, 1922年5月25日 - 1976年7月21日)

ヨハンナ・マルツィ(Johanna Martzy, 1924年10月26日 - 1979年8月13日)

ミシェル・オークレール(Michéle Auclair、1924年11月16日- 2005年6月10日)

レオニード・コーガン(Leonid Kogan、1924年11月24日 - 1982年11月17日)

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ( Mstislav Rostropovich, 1927年3月27日 - 2007年4月27日 )

アーロン・ローザンド(Aaron Rosand、1927年 - )

ドヴィ・エルリ(Devy Erlih, 1928年 - 2012年)

クリスチャン・フェラス(Christian Ferras, 1933年6月17日 - 1982年9月14日)

ジェラール・プーレ(Gérard Poulet、1938年 - )

ワルター・ウェラー(Walter Weller, 1939年11月30日 ウィーン - )

シギスヴァルト・クイケン(Sigiswald Kuijken, 1944年2月16日 - )

ジャクリーヌ・デュ・プレ,(Jacqueline du Pré、1945年1月26日 - 1987年10月19日)

イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman、1945年8月31日 - )

ギドン・クレーメル(Gidon Kremer, 1947年2月27日 - )

チョン・キョンファ(Kyung-Wha Chung、1948年3月26日- )

オーギュスタン・デュメイ(Augustin Dumay、1949年 - )

アンネ=ゾフィ・ムター(Anne-Sophie Mutter, 1963年6月29日 - )

ヴァディム・レーピン(Vadim Repin, 1971年8月31日 - )

イザベル・ファウスト(Isabelle Faust, 1972-)

マクシム・ヴェンゲーロフ(Maxim Vengerov、1974年8月20日 - )

ヒラリー・ハーン(Hilary Hahn、1979年11月27日 - )

http://chauchaw.web.fc2.com/hafuna-48-29.html
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/violin.html

_______


レコード芸術2012年11月号
名演奏家ランキング・ヴァイオリニスト編

01位 ハイフェッツ
02位 オイストラフ
03位 クレーメル
04位 クライスラー
05位 ミルシテイン
06位 グリュミオー
07位 シェリング
08位 シゲティ
09位 メニューイン
10位 ティボー
11位 コーガン
11位 ファウスト
13位 ムター
14位 スターン
15位 パールマン
15位 フランチェスカッティ
17位 チョン・キョンファ
18位 ヌヴー
19位 ヒラリー・ハーン
20位 エルマン


モーストリー・クラシック2012年5月号
最新格付け!世界の名ヴァイオリニスト 総合ランキング

01位 オイストラフ
02位 ハイフェッツ
03位 クライスラー
04位 ミルシテイン
05位 グリュミオー
06位 シゲティ
07位 シェリング
08位 クレーメル
09位 メニューイン
10位 スターン
11位 ヌヴー
12位 コーガン
13位 フランチェスカッティ
14位 ティボー
15位 ブッシュ
15位 ムター
17位 ゴールドベルク
18位 パールマン
18位 エネスク
20位 ハーン


現役ランキング

01位 クレーメル
02位 ムター
03位 ハーン
04位 ツィンマーマン
05位 レーピン
06位 テツラフ
07位 パールマン
08位 ファウスト
09位 ヴェンゲーロフ
10位 カルミニョーラ
11位 シャハム
12位 ムローヴァ
13位 カプソン
14位 五嶋みどり
15位 デュメイ
15位 ツェートマイアー
17位 バティアシュヴィリ
18位 チョン・キョンファ
18位 庄司紗矢香
18位 クイケン


05. 2013年7月09日 18:49:44 : W18zBTaIM6


バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ聴き比べ


私が一番好きな演奏はメニューインでもミルシテインでもなくチェロで弾いた

Vito Paternoster (musicaimmagine RECORDS MR10033)
http://www.hmv.co.jp/en/artist_%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%EF%BC%881685-1750%EF%BC%89_000000000002339/item_-Cello-sonatas-Partitas-For-Solo-Violin-Paternoster-Vc_792153

です。ハゲット(ハジェット)を除くバロック・ヴァイオリン奏者やツェートマイアー、テツラフなどと同じくいわゆる「語る」演奏ですが、この高雅さ、荘厳な雰囲気、それでいてシェリングのように重苦しくなく軽快でしかも神童時代のメニューインを思わせる力と熱があるというのはとてつもないことです。

この完璧な演奏の他には

モダン・ヴァイオリンでのスタンダードでかつ廉価な

ズスケ(ドイツ・シャルプラッテン or Berlin Classics)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005GG0Y?tag=menuhin-22&link_code=as3&creativeASIN=B00005GG0Y&creative=3999&camp=767


か、

今は入手困難ですが


シュムスキー(ASV)
http://www.hmv.co.jp/en/artist_%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%EF%BC%881685-1750%EF%BC%89_000000000002339/item_Sonatas-Partitas-For-Solo-Violin-Vol-1-Shumsky_190956


が挙げられます。音色面ではズスケの方が好みですが、やや間延びしている感のある曲もあります。


さらにPaternosterにはない高貴さとみずみずしさをたたえたミルシテインの1970年代盤(ドイツ・グラモフォン)や

霊感あふれるエネスコ(Continental、池袋の山野楽器での3,980円が私の知る限り一番安いです)、

特殊奏法で聴かせるB.ノヴォトニー(スプラフォン)、滋味あふれるヴェーグ(AUVIDIS)、

かなり「変な」演奏ですがたまに聴くと心が洗われるシゲティ(ヴァンガード)、

バッハ・ボウ(湾曲弓)を使ったゲーラー(アルテ・ノヴァ)は持っていたいです。

バロック・ヴァイオリンではP. Bismuth(STIL)とダールT&U(ナクソス)が双璧です。

解釈ではクイケン旧盤(BMG)が、テクニックと個性ではハゲット(ヴァージン、EMI)がぴかいちですが、クイケンは音ががさがさし、ハゲットは私は今のところついていけません。

ポッジャー(チャンネル・クラシックス)はCDではやや冷たく聞こえ(HMVでのミニライヴではそんなことはありませんでした)、

E. ウォルフィッシュ(Hyperion)はやや野暮ったいです。

寺神戸(Denon)もいまいち。


あと、ないものねだりですが1980年代にメニューインが4回目の全集を録音していれば、と思います。View Videoの"Tribute to J.S. Bach"にパルティータ第3番の映像が入っていますが、テクニックも安定し、音色も非常に美しい演奏だからです。1970年代の3回目の全集(EMI)はシャコンヌなどぐっとくるところもありますが、音色が汚くソナタでは解釈も不自然なところが感じられます。同じ頃のバルトークの無伴奏ソナタの3回目の録音やブロッホの無伴奏組曲(EMI、LP)、Harry SomersのMusic for Solo Violin(CBC、LP)は非常に輝かしい音色と安定したテクニックで弾かれています。

ないものねだり第2弾はやはりオイストラフの全集です。ソナタ第1番のみ録音が残っていますが、意外にテンポがはやくロマン派的曲解もない素晴らしい演奏でした。
http://www.toshima.ne.jp/~menuhin/bach.html


バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ聴き比べ2

前のページではこれは、という録音のみ取り上げましたが、このページでは私の好みの演奏と私の好みではない演奏を列挙します。これを見て前のページが皆様の参考になるか判断していただければ、と思います。全曲盤は太字になっています。いいかげんですが上にあるものほど評価が高いです(当然ですが未聴のものは関係ありません)。


私の好みの録音

•ズスケ(ドイツ・シャルプラッテン or Berlin Classics)

•シュムスキー(ASV)

•ミルシテイン2回目(1973年 ドイツ・グラモフォン)

•エネスコ(Continental) 西荻窪の某中古LP店がオリジナルLPからCD−Rで録音したもの(製品はCD−Rではない)。ステレオ・カートリッジで再生したのが玉に瑕という意見もあるが、フィリップス盤よりはるかに音質がいい。

•B. ノヴォトニー(スプラフォン)

•ヴェーグ(AUVIDIS)

•藤原浜雄(東芝EMI) とにかく「鳴る」ことでは在京一の読響のコンマス、藤原浜雄の全集はヴィルトゥオーゾ的演奏だが素晴らしく感動的。ミルシテインの新盤もバッハのある面をつきつめた究極の名演だが、その分洗練されすぎ素朴さを欠き一面的と言うこともできる。藤原のバッハにはより普遍性がある。

•ゲーラー(アルテ・ノヴァ) バッハ・ボウ(湾曲弓)使用。

•P. Bismuth(STIL)バロック・ヴァイオリン

•ダール(ナクソス) バロック・ヴァイオリン

•I. Matthews(Elektra Nonesuch)バロック・ヴァイオリン

•シゲティ(ヴァンガード)

•ジェラール・プーレ(1994/95年 Arion) シュネーベルガーを上品にした感じ。音色も非常に美しい。

•ツェートマイアー(Teldec) バロック・ヴァイオリンの影響が強く緩急が激しい。ついていけない人もいるかもしれないが私には痛快。装飾がないのは残念。

•ロザンド2回目(1997年、Vox) 1回目の録音は未聴。

•クイケン(BMG) バロック・ヴァイオリン

•アッカルド(フィリップス) ノヴォトニーほどではないが奏法が面白い。音色もDG 録音のパガニーニとは別人のようにきれい。

•メニューイン1回目(1930年代、EMI) ややあらっぽく出来不出来もあるがそれを超えて迫ってくるものがある。

•F. パウル(TACET) 残響豊かな録音が素晴らしい。石丸ではポールと表記されていることも。

•カントロフ(1979年、Denon) パルティータが特にいい。シャコンヌでは面白い奏法をやっています。

•オロフ(ヴァンガード)

•D. シトコヴェッツキー1回目(Orfeo)
•D. シトコヴェッツキー2回目(hanssler)

•潮田益子1回目(1971&1972年、EMI)

•Kottmann(MELISMA)

•アーヨ(フィリップス)

•Buswell(Centaur)

•和波孝禧(アートユニオン)

•前橋汀子(Sony)

•加藤知子(1999、2000年、Denon)

•A. Brussilovsky(AB)

•M. Lubotsky(1987年、Briliant Classics) NEW!

•江藤俊哉(RCA)

•St. John(WELLTEMPERED) パルティータ第2番・ソナタ第3番のみ。

•メニューイン(1929年、Biddulph) ソナタ第3番のみ。BiddulphのCDはEMIのLP転写盤に比べて迫力に欠ける。CDの全集1に比べて丁寧でしかも熱のある演奏。

•フーベルマン(ライヴ、arbiter) パルティータ第2番のみ。

•チョン・キョンファ(デッカ) 選集。再録音も楽しみ。音色はあまり ・・・

•Michelle Makarski(ECM) パルティータ第1番のみ。是非全曲聴いてみたい。

•メニューイン(1951年、Biddulph) ソナタ第1番、パルティータ第3番のみ。日本録音。神童時代の力と熱が一本調子さに変化しているが剛毅で技巧も冴えている。

•D. オイストラフ(LP:メロディア) ソナタ第1番のみ。

•マルツィ(Coup d'Archet) ソナタ第1番、パルティータ第3番のみ。

•デ・ヴィート(EMI) パルティータ第2番のみ。

•カガン(Live Classics) パルティータ第1番、第2番のみ。

•シゲティ(1940年代ライヴ、セヴンシーズ) 選集。1946年録音のソナタ第1番が超名演で音質もいい。1949年録音の2曲は音質がいまいち。

•シゲティ(1930年代、Biddulph) ソナタ第1番、第2番のみ。不器用なところもあるが音色が美しく後の全集に比べて表現が自然。

•M. ゴールドシュタイン(1991年頃、Mitra)パルティータのみ。 NEW!

•W. レーピン(1990年、TECC-30034)ソナタ第2番のみ。 NEW!

•R. Schroeder(1952, Columbia) バッハ・ボウ(湾曲弓)使用。ソナタ第3番、パルティータ第3番のみ。

•堀米ゆず子(Sony) ソナタのみ。

•ユリアン・シトコヴェッツキー(1955年、Arlecchino) パルティータ第2番のみ。技巧はやや不安定で音色も私の好みではないがシャコンヌの各変奏の表情の変化にはぐっとくるものがある。

•S. スタドレル(1988年頃、MCA)パルティータのみ。 NEW!

•フランチェスカッティ(1950年代後半ライヴ、Biddulph) パルティータ第1番のみ。

•ミルシテイン(1946年ライヴ、Bridge) ソナタ第1番のみ。速いテンポで技巧の切れ味が鋭く痛快。それでいてバッハの音楽を損ねていない。

•Steinhardt(TownHall) ソナタ第1番、パルティータ第2番のみ。

•リッチ(One-Eleven) パルティータ第2番のみ。

•リッチ(SP復刻、One-Eleven) ソナタ第1番、第2番のみ。復刻状態はあまり良くない。

•Vito Paternoster(musicaimmagine) チェロ版。是非彼の演奏で無伴奏チェロ組曲を聴いてみたい。

•カントロフ, G. Back(ピアノ)(Draffig) シューマン編曲ピアノ伴奏付。

•B. Shmid, L. Smirnova(ピアノ)(mDG) シューマン編曲ピアノ伴奏付。

•山下和仁(クラウン) ギター版。P. Galbraithやバルエコのように暗くないのがいい。

•N. ノース(Linn Records) リュート版。

•レオンハルト(DHM、山野楽器) チェンバロ版。ソナタ第3番以外。ソナタ2曲の方がパルティータより面白い。

•モレーヌ他(Glossa) リュート版。選集。シャコンヌは歌付も。独特の静謐感がいい。

•P. Franck(Peerre Verany)ヴィオラ版、パルティータのみ。

•F. Bungarten(1986-87 mDG) ギター版。ソナタのみ。

•F. Halasz(1996 BIS)ギター版。ソナタのみ。

•N. ゴルセス(1994年、Naxos)ギター版、ソナタのみ。

•Grante(Music & Arts) ゴドフスキー編曲ピアノ版。ソナタ第1番、第2番、パルティータ第1番のみ。

____

いまいち

•マルツィ(EMI) 録音が悪く音色に透明感がない。演奏はまさに理想的。

•パールマン(EMI)

•シェリング1回目(Sony) 音色はきれいだが再録音に比べてテクニックの安定感に欠ける。躍動感もない。

•Epstein(AGORA)

•B. Schmid(1999, Arte Nova)

•エディンガー(Naxos)

•メニューイン3回目(1970年代、EMI) 3曲のパルティータは名演。

•ミルシテイン1回目(EMI)

•リッチ2回目(1981年、Unicorn-Kanchana) ビロードのような美音は魅力的だが技巧がやや不安定。今の方が上手いのではないか。3回目に期待。

•リッチ1回目(MCA) ソナタ&パルティータ第3番の出来が悪い。その他は名演。

•クレーメル(フィリップス) 再録音に期待。数年前実演で聴いたシャコンヌは素晴らしかった。

•スーク(EMI) 再録音を強く希望します。1999年の実演(バッハではないですが)は実に素晴らしかった。最近の録音もおしなべて素晴らしく、1970年代よりいいくらいです。

•諏訪根自子(キング)

•メニューイン2回目(1950年代、EMI or HMV) パルティータ第2番は名演

•シュネーベルガー(Jecklin) メニューイン2回目に似ている。面白い演奏ではあるがやや悪趣味。

•Yossi Zironi(Meridian)。

•潮田益子2回目(fontec) 1回目は未聴。

•清水高師(PLATZ)

•寺神戸亮(1999年、Denon)バロック・ヴァイオリン

•ムローヴァ(フィリップス) パルティータのみ。遅いテンポが演奏スタイルに合わない。間の取り方も悪い。

•メニューイン(1956年、フンガロトン、未CD化) ソナタ&パルティータ第3番のみ。音色が美しく技巧も安定しているがそれ以上でもそれ以下でもない。

•ミルシテイン(1930年代、Biddulph) パルティータ第2番のみ。最初の全集よりはいい。

•ハイフェッツ(1930年代、RCA) 選集。ハイフェッツにしては技巧が意外に冴えない。

______

私の好みではない録音

•ハイフェッツ(BMG)

•シェリング2回目(DG) 音色に透明感がなく、躍動感に欠ける。

•グリュミオー(フィリップス)

•ウーギ(BMG) 1999年の実演もいまいちだった。音はきれい。

•テツラフ(ヴァージン、EMI) 何か物足りない。

•ポッジャー(チャンネル・クラシックス) バロック・ヴァイオリン

•ハゲット(ヴァージン) バロック・ヴァイオリン

•L. Mordkovitch(1987年、Chandos)

•Nikolic(Syrus)

•ミンツ(DG) 音色に透明感がなく、躍動感に欠ける。

•I. ヘンデル(Testament) 音色は昔より艶がありふくよかになっているが・・・

•E. ウォルフィッシュ(Hyperion) バロック・ヴァイオリン

•S. Luca(Centaur)バロック・ヴァイオリン

•J. シュレーダー(1989年頃、ADDA)バロック・ヴァイオリン NEW!

•Milenkovich(DYNAMIC)

•千住真理子(ビクター) 和音が汚い。

•ヒラリー・ハーン(Sony) 選集。音色に透明感がなく、躍動感に欠ける。ベートーヴェンのコンチェルトには感動しました。

•ミルシテイン(1957年ライヴ、Orfeo) 選集。音質がいまいち。これよりは同時期のスタジオ全集1の方がいい。

•ミルシテイン(1953年ライヴ、Bridge) パルティータ第2番のみ。音質が悪い。

•シェリング(1975年ライヴ、aura) パルティータ第2番のみ。ライヴならひょっとして、と思ったが・・・

•リッチ(1950年代後半、デッカ) 選集。ステレオ初期のリッチはどれも音色に透明感がない。

•I. ヘンデル(1960年代ライヴ、DOREMI) ソナタ第1番のみ。別のCD(DOREMI)のシャコンヌもぱっとしない。

•A. ロザンド(AUDIOFON)ソナタ第1番、パルティータ第2番のみ。 NEW!

•A.ブッシュ(1929年、EMI) パルティータ第2番のみ。

•レビン(EMI) ソナタ第3番のみ。

•H.スミス(1999年、Astree)リュート版。

•P. Galbraith(Delos) 8弦ギター版。暗い。

•バルエコ(EMI) ギター版。ソナタのみ。暗い ・・・

•J. Geofroy(skarbbo)マリンバ版、パルティータのみ。

シェリングはたまに聴くと感動させられます。ハイフェッツも年に1回くらいは聴きたくなります。


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持っているが未聴のもの NEW!

•Y. Yarom(1989年、ACCORD) NEW!

•V. Paraschkevov(1996年、Telos Records) NEW!

•島根 恵(ALM RECORDS) NEW!

•ズザーネ・ラウテンバッハー(BAYER)

•M. フリード(Lyrinx)

•ミケルッチ(fone)

•浦川宜也(Fontec)

•M. Tenenbaum(ESS.A.Y.)

•塩川悠子(1989年、Camerata)

•N. Chumachenco(1988年、Edelweiss)

•N. ゴトコフスキー(1978-80年、RCA)パルティータ第2、3番のみ NEW!

•S. Azizian(1996-97年、Classico)パルティータのみ。 NEW!

•リッチ(1992年頃、One-Eleven) ソナタ第2番、パルティータ第1番、第2番のみ。 NEW!

•漆原朝子(FunHouse)パルティータのみ。

•M. Fichtenholz(GREAT HALL) パルティータ第1番、第2番のみ。

•R. Rogoff(Sony) ソナタ第1番、第3番のみ。

•シュナイダーハン(DGG) パルティータ第2番のみ。 NEW!

•クレーメル(1972年、メロディア)パルティータ第1番のみ。 NEW!

•クレーメル(1975年、メロディア)パルティータのみ。 NEW!
http://www.toshima.ne.jp/~menuhin/bach2.html


06. 2013年7月09日 19:09:42 : W18zBTaIM6


J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」名盤 〜奇跡の音楽〜
http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/bwv10016-c297.html

バロックとヴァイオリンの最高峰 / シャコンヌ 取り上げる CD 7枚:
クイケン('81/'99)/ダール/グリュミオー/ムローヴァ/フィッシャー/カーラー
http://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/ciaccona.html

バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータCD聞き比べ−独断ランキング
http://www17.ocn.ne.jp/~kon7462/vnranking.html

バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(CD感想欄)
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/t-suzuki/s_and_p/reviews.html#discs

不可能への挑戦「バッハ無伴奏」の独創性 富田庸
http://www.music.qub.ac.uk/tomita/essay/Toppan1.html

【大バッハ】無伴奏ヴァイオリン総合【バルトーク】
http://www.logsoku.com/r/classical/1141115374/


______

楽興撰録 ヴァイオリンのCD評
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/violin.html


07. 中川隆 2013年7月10日 08:23:00 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ヴァイオリニストの系譜

ヴァイオリン奏者達の系譜を「ヨアヒム・ハルトナック」 の資料により4派に分けて、掲載します。
http://chauchaw.web.fc2.com/hafuna-48-33.html

ヨアヒム・ハルトナックというドイツの人が書いた『二十世紀のヴァイオリニスト』という本。

1970年代初頭に出回っていた本なので、情報源としてはかなり古いです。
しかし、この本の面白いところは、演奏者の住んでた地域や師事関係、そして演奏上の特徴を彼なりに丹念に調べ上げ、ヴァイオリン演奏の歴史的な系譜を編み上げたところにあります。

この本の巻末には、家系図みたいなものが載っており、ヴァイオリニストが大好きな人には、この巻末だけでも十分酒の肴になりうる代物です。

さて、ハルトナックのヴァイオリニストの系譜学によりますと、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ(Giovannni Battista Viotti, 1755-1824)は、フランコ=ベルギー奏派のボスだということが分かります。

ヴィオッティ自身はイタリア出身のヴァイオリニストで、ガエターノ・プニャーニの門人。イタリアの宮廷に就職したものの、より華やかな活動の場を求めてパリに行き、パリ随一のヴァイオリニストとして大成功した人でした。

華麗さと気品を身上とするヴィオッティの流儀は、おそらく、18世紀末のフランスの趣味に合わせて研究された流儀でしょう。この流儀は弟子のピエール・ロードらを通じて継承され、伝統的な流儀として確立されていったものと思われます。

そんなヴィオッティは、24曲ものヴァイオリン協奏曲をせっせと作りましたが、その中でもとりわけ名高いのが、第22番の協奏曲です。

この第22番は、ヴィオッティが40代半ば、ロンドンに滞在していた頃に書き上げた作品で、うっとりとするような典雅ななメロディが人気の秘密でございます。19世紀に入っても、ヨーゼフ・ヨアヒムやヨハネス・ブラームスといった人たちが、この曲の素晴らしさを積極的に喧伝していました。ヨアヒムがブラームスの家に行くと、必ずブラームスがピアノの前に座り、ヨアヒムにこの曲を演奏させて嬉しがっていたそうです。

今日では、ヴィオッティの曲は、ヴァイオリン学習者の課題曲として、忘れられることなく弾き続けられています。

このCDでヴァイオリンを演奏するアルテュール・グリュミオー(Artur Grumiaux, 1921-1986)は、ヴァイオリン演奏で爵位まで与えられたベルギーのヴァイオリンの名手です。彼は、ヴィオッティから続くフランコ=ベルギー奏派の継承者であり、ブリュッセル音楽院のヴァイオリン科教授として知られた名教師でした。
ヴィオッティの流儀を今に伝える名人の演奏ということで、確固たる自信と気品を持って名演奏に仕上げています。

伴奏は、エド・デ・ワールトの指揮する、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(国内リリース時は「コンセルトヘボウ室内管弦楽団」名義)。武者修行時代のワールトの仕事です。大先生ににらまれて直立不動な感じの伴奏が、実に初々しいですネ。

ヴィオッティの曲の熱烈なファンとして名前のでてきたヨーゼフ・ヨアヒムですが、彼はまた、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)のニ長調のヴァイオリン協奏曲を名曲の地位に押し上げた人としても知られています。ヨアヒムが初演するまでは、冗長すぎるということで敬して遠ざけられる曲でした。

初演時には、ヴィオッティ門下のロードの名前が出され、ロードの協奏曲の劣化コピーのように評されたようです。

ヴァイオリンのパートは、独奏としてはかなり大人しい仕上がりですが、超絶技巧的な華やかさを駆使しないで存在感を示すことが求められます。

本CDにおけるグリュミオーのヴァイオリンは、その点ではカリスマ性を発揮し、紳士的ながら歌心たっぷりの演奏を聴かせてくれます。

アルチェオ・ガリエラ(Alceo Galliera, 1910-1996)の指揮するニュー・フィルハーモニア管弦楽団の伴奏は、グリュミオーの高踏的なヴァイオリンにメリハリを加え、美しさとダイナミズムを兼ね備えた名演奏に仕上げています。ここでのガリエラは、中島誠之助風に「いい仕事」です。
http://ameblo.jp/albert-jacques-clemens/entry-11022867287.html


ヴァイオリンを勉強してる人じゃないと、あまり触れることがない作曲家年表。

ジョバンニ=バッティスタ=ヴィオッティ(イタリア)  1755年生誕~1824年没

南イタリアフォンタネッタという町の生まれ。鍛冶屋の息子。
ヴァイオリンは、ほとんど独学で始める。
タルティーニ以降パガニーニの登場までの時代に最も影響力のあるヴァイオリニスト、コレッルに始まるイタリアの伝統を受け継ぐ。
同時に、ヴァイオリン演奏19世紀近代フランス学派の創始者。
19世紀のヴァイオリン演奏様式に、多大な影響を及ぼした。

ヴィオッティボウイングなどが有名。
コレルリ門下のプニヤーニに、1770年以降教えを受け、それ以降生涯唯一の師として尊敬していた。

ロドルフ=クロイツエル (フランス) 1766~1831

シュターミッツに作曲とヴァイオリンを学ぶ。
82〜83年ヴィオッティに会っているが、教えを受けた証拠はない。
実際演奏を聞いて、書法奏法の影響を受けている。
シュポアー、ベートーベンも絶賛。

バイヨ、ロードとともにフランスヴァイオリン学派の三位一体を形成。
ヴァイオリン協奏曲は、レガートが強調されスピッカートの運弓法が全く使われていなかったと記した資料あり。

クロイツエルの演奏自体、豊かな音を持ち、運弓法も卓越したレガートの様式を用いた。ヴァイオリンのための42の練習曲は、数ある教本の中でも、特異な位置を占めている。左手の流暢な伸張と収縮を部分的に取り入れ、近代ヴァイオリン奏法への道を開いた。


ピエール=ロード(フランス) 1774~1830

フランスのボルドー生まれのヴァイオリニスト。6歳から始める。
フォヴェルに師事。パリで、ヴイオッティの目に留り、愛弟子になる。
ヴィオッティーの作曲した、13、17、18番を師の希望により初演。

ヴィオッティーの古典的技法を吸収し、そこの小気味よさ、当時フランスに特徴的な熱情を加えた。
最盛期には、シュポアーからも絶賛、「ロードは私の理想とするヴァイオリニスト」と言わしめる。7番の協奏曲は、ナポレオンの前で披露。

1812年、ベートーベンのヴァイオリンソナタ作品96を初演。

1814年に結婚。だんだん、技能が衰え始める。
有名な24のキャプリス作曲。1825年には、メンデルスゾーンと会うが、
「ロードは、ヴァイオリンに触れることを拒否している」と記している。

出典)『ニューグローブ 世界音楽大辞典』
   『ヴァイオリンの魅力と謎』 佐々木庸一著  音楽之友社

このあとは、バイヨ、ベリオ、ビュータン、イザイと受け継がれていきます。
http://yurikaviolin.jugem.cc/?eid=1051


ヴィオッティー → クロイツエル → ロード

ときましたので、その続きです。あとで気がつきましたが、ヴィオッティーは、モーツアルトと同年代なんですね。なのですが、あまりモーツアルトへ影響を与えた様子はないそうです。


クロイツエルもロードも練習曲で有名な作曲家ですが、もちろんコンツエルトもあります。

クロイツエル8曲  初期はシュターミッツの影響があり、1790年代は、ヴィオッティーの影響が見られます。

ロードは13曲  フランスのバイオリンコンツエルトの典型となり、その後の時代に大きな影響を与える。ベートーベンも尊重したとか。

バイオリンの勉強と言えば、この作曲家という人ばかりを集めようと思ったのですが、 調べていくうちに、バイヨという作曲家も外せない様な気がしてきました。

ヴィオッティ、クロイツエル、ロード、バイヨ、の影響を受けながら、あのベートーベンのヴァイオリン協奏曲が出来上がっているそうです。

そう思って、お互いを聴くと本当にそうだなあと思えてくる箇所もあり。
おもしろいですね。

ピエール=バイヨ  フランス  1771~1842年

パリに生まれる。その後1783年に父親が亡くなりローマに移り住む。
ローマでナルディーニの弟子、ポッラーにの指導を受ける。

10歳のときに、ヴィオッティーの演奏を聴いて以来、いつも心にあるのは音楽のこと。

1802年(ベートーベンが遺書を書いた年ですね)ナポレオンの私設オーケストラに加わり、ロシアなどの演奏旅行に加わる。

1814年、パリでの演奏会でメンデルスゾーン、シュポアは熱狂的に讃える。

パリ古典学派のヴァイオリニストの最後の代表者。その演奏は気高く力に満ちた音色、巧妙な技巧、純粋な高貴な様式によって際立っていた。

パガニーニが、ハーモニクスや左手のピチカート、スタッカートのパッセージを奏でるのを聴いて、バイヨは顔を背けたと伝えられている。
ヴィオッティーの偉大な弟子、ロードとクロイツエルとともに『ヴァイオリン奏法 1814』に顕著に貢献した。

シャルル=オーギュスト=ド=ベリオ 
ベルギーのルーベン生まれ 1802~1870

ヴァイオリン演奏史において重要な位置を占めている。

彼は、パガニーニの卓越した技法を優雅で気の利いたパリ風の様式に適合させた。
ヴィオッティーが確立し、ロード、クロイツエル、バイヨが脈々と伝えてきた、 古典的フランス学派を近代化した。フランスベルギー学派として知られる新しい、本質的にロマン派的な方向を開拓した。

ハーモニクス、左手のピチカート、リコシェ、などベリオの技法の多くは、パガニーニに影響されたもの。その一方で、ベリオに特徴的な甘美で優雅な様式は、初期のエール集(エアバリエ集)やコンツエルト1番に見られる様に、パガニーニに出会う以前の20年代にすでに形成されていた。

彼の演奏は人の心を和らげる温かみがあり、それがハイネをして

「彼の亡き妻の魂がそのヴァイオリンを通して歌っているようだ」

と感嘆せしめた。

旋律は甘く感傷的で、技法的な聴かせどころはパガニーニより易しいが、独創的なきらめきがある。彼の音楽の優雅さと妖精の様な魅力は、新しいヴァイオリン音楽の道を開く一助となり、その様式は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲にも反映されている。

「ヴァイオリン奏法 1858」や、「ヴァイオリン超絶練習曲」など、有益な教本をいくつか残した。 最も有名な弟子には、アンリ=ヴュータンがいる。

あとは、ヴュータン、ヴィエニャフスキ、イザイへと続けばいいのかな?
http://yurikaviolin.jugem.cc/?eid=1053

アンリ=ヴュータン  ベルギー  1820~1881

4歳よりヴァイオリンを始める。28年初め(8歳のとき)

ブリュッセルで数度演奏を行い、そのときに師となるベリオの目に留まる。ベリオは、ヴュータンをパリに伴い、ロードの第7番の協奏曲でデビューさせる。33年、父とともに音楽の視野を広げるために、ドイツで演奏旅行をする。

そこで、シュポアに会い演奏を何度か聴く。

33年から34年の冬に、ウイーンに落ち着き、そこで対位法を学ぶ。

ベートベンと親交のあった音楽家サークルに入る。当時忘れ去られていたベートーベンのヴァイリン協奏曲を知って練習に取りかかり、2週間後に素晴らしい演奏を披露する。

シューマンから、パガニーニに匹敵すると論評される。

パガニーニ(1782~1840)は若きヴュータンの演奏を聴き、彼の輝かしい未来を予言したと記録がある。

ヴュータンは、「ヴィオッティーの協奏曲の壮大な形式と近代の技法上の要求との結合」を目標とした。その努力は、2番の協奏曲として実を結ぶ。パガニーニの影響も見られる。

46年から51年まで、ロシアに滞在し皇帝つきのソリスト、バイオリン教師として過ごす。4番は、このときに作曲される。ベルリオーズは、その後その曲をパリで聴き、「オーケストラと独奏バイオリンのための壮大な交響曲」と呼んだ。

第5番は、ブリュッセル音楽院の「コンクール用の作品」として、完成され、

後にヴィエニャフスキのおきにいりの作品となる。

ベルギーバイオリン楽派の発展に全力を注ぎ、弟子の一人にイザイがいる。

ヘンリク=ヴィエニャフスキー ポーランド  1835~1880

42年秋にパリ音楽院のオーディションに見事な成績で合格。48年に弟とともに、パリ、サンクトベルクと演奏会を成功させる。当時宮廷のソロヴァイオリニストだったヴュータンかえあ称賛を受ける。49年にパリ音楽院に再入学し、和声学を学ぶ。

60年、ジョージオズボーンの姪と結婚。有名なレジェンでは妻に捧げられる。

このころ、アントーンルービンシュタインは、ロシアの音楽状況の改善に力を尽くすことを決意。ヴィエニャフスキは、協力を要請され60年から72年まで、サンクトペテルブルグに滞在。ロシアヴァイオリン楽派の発展に決定的に影響を与える。

エチュードキャプリシス、華麗なるポロネーズ第2番、協奏曲2番はこの頃作曲されている。厳格な批評家、キュイでさえ、友人バラキレフに「私はあの最初のアレグロの衝撃からいまだに立ち直れていない」と書き送った。75年、ヴュータンの後任としてブリュッセル音楽院でヴァイオリンの教授を務める。

パガニーニ後の世代のヴァイオリニストの頂点。彼の演奏は、フランス教育とスラブ人気質が結合して形成された。彼はきらびやかな技巧的難技をたやすく弾いてのけたが、一方聴衆の心を動かし、感涙を誘うこともできた。その音色は情緒豊かな特質が備わっており、凝集力の強いヴィブラートがそれをいっそう高めた。クライスラーは、このヴィブラートについて、「ヴィエニャフスキによって、未踏の高みにもたらされた」と語った。

彼のボウイングは、「言葉で表現しがたいほど硬い」と言われ、若い世代に悪影響を及ぼしていると批判をされたこともあった。実際、当時としてはかなり伝統的な方法を逸脱したもので、右ひじをかなり高く保持し、ひとさし指の第2関節より上で弓を押さえるのである。

腕を完全に硬直させることによって驚異的なスタッカートを奏した。この方法は、ロシア楽派をはじめとする何人かのヴァイオリニストによって取り入れられた。カールフレッシュは、これを「ロシアの弓の持ち方」と称したが、遡ればヴィエニャフスキまでたどれるのである。


作曲家としては、パガニーニの革新的技巧を、ロマン主義的なイマジネーションとスラブ的な色彩感に結合させた。彼のポーランド人としての民族主義はマズルカとポロネーズに顕著に顕われている。第2番の協奏曲は、サラサーテに献呈された。
http://yurikaviolin.jugem.cc/?eid=1056

以前に書きかけていたこのシリーズ、今日で最終回です。

うちに文献社から出ている『THE STRINGS』〜伝説の響きをもとめて〜というCD全集があるのですが、その付録で「ヴァイオリニストの系譜」という付録がついています。

ずっとこの人とこの人は、師弟関係にあるようだというのを、事典で調べていっただけでしたが、これである程度頭の中がすっきりしました。

ヴィオッティ→ロード→つづく

これと別師弟関係で

ヴィオッティー→バイヨ→ベリオ→ヴュータン→イザイ→パーシンガー(アメリカ)

と、ここでアメリカ人に継承されて、

メニューイン、ルジェロリッチ、アイザックスターン(3人とも同時代)

につながっていく様です。

で、サラサーテはどこかというと、また別の師弟関係で

ヴィオッティー→バイヨ(フランス)→アブネック(フランス)→アラール(フランス)

→サラサーテ(スペイン)


クライスラーは

ヴィオッティ(イタリア)→クロイツエル(フランス)→マサール(ベルギー)→

クライスラー(オーストリアとアメリカ)


ハイフェッツは

ヴィオッティ→ロード→ベーム→ヨーゼフヨアヒム(ブラームスのお友達)→アウアー

(教科書書いてる人@ハンガリー)→ハイフェッツ

ハイフェッツと同時代でジンバリストとエルマンは同じ系列

だそうです。

参考文献:『ヴァイオリニストの系譜』文献社


ということで、最後はイザイで締めくくりたいと思います。

ヴィオッティー→バイヨ→ベリオ→ビュータン→ヴィエニアフスキー→イザイです。

バイヨの次に、ベリオと枝分かれしているダンクラも発見。

エアバリエで、みんなお世話になっていますね!


ウジェーヌ=オーギュスト=イザイ(1858〜1931)ベルギー

指揮者、作曲家、ヴァイオリニストであった父に4歳からヴァイオリンを習う。

ブリュッセル音楽院で、ヴィエニフスキに師事。76年、病気でやや回復したヴュータンがパリで少数の生徒を受け入れることになり、イザイは即座に弟子になった。

3年間ヴュータンのもとで勉強。レッスンでは、テクニックよりも「美学的助言」を受けたという。

82年には、ピアニストのルービンシュタインとスカンジナビアを回り、その後ロシアでもコンサートを行った。イザイはルービンシュタインから多くのことを学び、「演奏の真の師」と呼んだ。

83年から86年までパリに住み、フランク、ショーソン、フォーレ、サンサーンス、ドビュッシーらと親交を結ぶ。

イザイは彼らのヴァイオリン音楽の熱心な演奏者となり、多くの曲を献呈される。

フランクのソナタ、ショーソンのポエム、ドビュッシーの弦楽四重奏など。

その後12年間、ブリュッセル音楽院でヴァイオリンの教授を務める。

その後イギリス、アメリカでも演奏。

シンシナティー交響楽団で指揮者も4年間務める。ドイツ志向であったレパートリーに、フランスベルギーのレパートリーを多く取り入れ、大成功をおさめる。

ブリュッセルに帰り、病気などで衰弱していたが、最後のコンサートに迎えたソリストは、カザルスだった。


カールフレッシュによれば、イザイは「今まで聴いた中で最も傑出した個性的なヴァイオリニスト」だったらしい。

イザイに心酔した世代のヴァイオリニスト

クライスラー、ティボー、シゲティー、エネスコなど多くの人々に共通のものである。

ヴュータンとヴィエニフスキの伝統を現代化し、20世紀のヴァイオリン演奏のパイオニアとなった。ヴィニアフスキ風の強烈なヴィヴラートを完成し、独特の音色を作り出した。それを見事に取り入れたのがクライスラーだった。

イザイの出す豊かな音は、親指と真ん中の3本の指だけで、鉄の様に硬く弓を握りしめることから生まれていた。フレッシュは、この弓の持ち方は正しくないと思っていたが、やはり晩年弓のコントロールが十分にできなくなった原因となった。


イザイの音楽的成長は一つの上昇線を描いていた。

最初はヴィルトゥオーゾ風のレパートリーを身につけ、フランスの作曲家と接触して成長し、最後に古典に対して、見事な解釈を示すに至った。

31歳になるまでベートーベンの協奏曲を弾かず、40歳までブラームスの協奏曲に取りかかっていない。


1937年、ウジェーヌ・イザイ国際コンクールがブリュッセルで創始。

現在のエリザベート王妃国際コンクールで、初代の優勝者はダビードオイストラフだった。

イザイの演奏したCDを聴いたのですが、クライスラーに似てるなあと思っていました。
それは逆さまで、クライスラーがイザイの真似をしたんですね。
http://yurikaviolin.jugem.cc/?cid=47


ユーディ・メニューインという天才ヴァイオリニストがいました。10代前半でベートーベン、ブラームス、バッハの協奏曲をオーケストラと共演するほどでした。

その10歳そこそこのメニューインは母親に連れられて当時の巨匠、ウジェーヌ・イザイの元にやってきました。ウジェーヌ・イザイはヴァイオリンの皇帝といわれたほどの巨匠でした。当然多くの若き天才ヴァイオリニストが皇帝の下にレッスンを受けにやってきました。

イザイは幼少のメニューインがブラームスやチャイコフスキーの協奏曲を非常な完成度で演奏できることには関心を示さず、まず、3オクターブの分散和音を弾いてほしいといいました。

メニューインはこれができなかったのです。これでレッスンは終了で親子は逃げるようにイザイの元を去っていったと伝えられています。ヴァイオリンの愛好家であれば後年のメニューインの演奏がどうであったか知っていると思います。
http://uae-ivr.blogspot.jp/2011/12/blog-post.html

生まれながらの資質だけでパガニーニ、サラサーテの難曲を煙の如く弾き去ってしまう天才少年の後ろ姿に、世間の評判とは裏腹の

「ヴァイオリニストとしての将来性はない。もう手遅れだ」

と痛烈な烙印を押したのは巨匠イザイである。 師として彼にヨーロッパ音楽の伝統を伝授したエネスコもブッシュも、メニューイン坊やの天与の資質に目をくらまされて、彼がヴァイオリンという楽器を生涯の友とするために不可欠な職人的基礎訓練(例えば音階とアルペジオ奏法の完璧な習得)を欠いているということに気付かなかった。

同じユダヤ系でも、ハイフェッツやミルシテインなどのロシア学派(レオポルド・アウアー門下)は、生涯にわたり「世紀のヴァイオリニスト」として栄光を保ち続けた。
http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/53255821.html


広義の意味で、ゴシック時代のヨーロッパに存在したフィドルと呼ばれる擦弦楽器に、ヴァイオリンの原型を求めていくのは現実的でないとしても、1550年代にはほぼ完成されたヴァイオリンという楽器が誕生しており、そこからヴァイオリンの歴史は始まっているわけです。ただし、演奏家としてのヴァイオリニストの存在・・・これは宮廷お抱えの限定的な存在から、一般聴衆を対象にした演奏活動へと変わっていったことが、今日のヴァイオリニストの基礎、系譜をほぼ形づくったと見て差し支えありません。

そうすると、パガニーニは絶対に抜かせません。そして、もう一方は演奏者の立場としてブラームスなど大作曲家たちにも影響を与えた

ヨーゼフ・ヨアヒム → アンリ・マルトーの流れ。

サラサーテやイザイも落とせない。

ヴァイオリニストの系譜を考えるときに、絶対に忘れてはならないことの一つは流派です。


上記ヨアヒムの奏法・・・ドイツの音楽のメイン・ストリームとなる流派

アンリ・ヴュータン(パガニーニの影響)、ヴィエニアフスキから派生するフランス・ベルギー派・・・

ここの巨人はイザイで、マルティン・マルシックを通じてティボーやエネスコといった大巨匠に受け継がれていくもの。

あるいは、そうそうたる門下生を持つイエネー・フバイはヨアヒムとヴュータンの両派。


ロシア流派・・・ペテルブルク方式といわれるボウイングの創始者=レオポルド・アウアー(ハイフェッツやミルシテイン、ジンバリストなどはこの門下)。


そうしてもう一つのヴァイオリン教則の手本、ドイツのカール・フレッシュ。


なおクライスラーについては、この意味で、当時のドイツ語圏で主流だったヨアヒムの奏法を継いでいない異例の演奏家でもあります。

ヴァイオリンの歴史を語る歴史書となれば、上述の名前、これが基本スタンスだろうと思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1441173509?fr=rcmd_chie_detail


ハンガリー出身のヴァイオリニスト

 ハンガリー出身の音楽家で、すぐに連想する巨匠連は、なんと言ってもヴァイオリンの分野になりましょう。


 (1)ヨーゼフ・ヨアヒム(1831〜1907)


 (2)レオポルド・アウアー(1845〜1930)
    門下生:エルマン、ジンバリスト、ハイフェッツ、ミルシュテインなど


 (3)エノ・フバイ(1853〜1937)
    門下生:シゲティ、ヴァルガ、ヴェチェイ、マルツィ、テルマニー、
        レナー、オーマンディ、エレナ・ルビンシュタイン、ジェルトレル、
        セイケイ、アイターイ、ガイヤー=シュルティース、
        フランシス・ダラニー、エルダリングなど。
    この一連の人脈は、「ハンガリー・ヴァイオリン楽派」と呼ばれる。
 

 (4)カール・フレッシュ(1873〜1944)
    門下生:ジネット・ヌヴー、イダ・ヘンデル、ヘンリック・シェリング
        シモン・ゴールドベルグ、イヴリー・ギトリス、マックス・ロスタル
        ヨーゼフ・ボルスタール、アルマ・ムーディなど


 (5)ヨゼフ・シゲティ(1892〜1973)
    日本人の門下生:海野義雄、潮田益子、前橋汀子など
      (出典:BEEHIVE楽師「ヴァイオリンとヴァイオリン音楽」
          平成15年7月 敷島工藝社出版 私家本)


 これだけ見ただけで、まさにヴァイオリニストは「ハンガリー人がすべて」であるような大変な人脈です。
http://freett.com/ncnycy/disc-sp-10-4.html


08. 中川隆 2013年7月10日 09:47:52 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

 イェフディ・メニューインは1916年4月、ニューヨークに生まれた。両親はユダヤ系ロシア人である。シグモント・アンカーとルイス・パーシンガー、後にはジョルジュ・エネスコとアドルフ・ブッシュに師事したが、ヴァイオリンの技巧は独学で体系的には学ばなかったという。

本人はハイフェッツのアコースティック期のレコードを聴いて同じように弾こうと猛練習したら実現した、そしてあまりにも簡単に身に付いたので、失われるのも速かったと語っている。

実際、戦前の神童期の録音を聴くとハイフェッツ張りの強靱な技巧に圧倒される。

戦後スランプを経験し、カール・フレッシュの教本をさらうなど改めて体系的な技巧を身に付けようとしたそうだが、1950年代後半以降の録音に若い頃の超絶技巧が見られないのも事実である。


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___________


カール・フレッシュ(Carl Flesch、1873年10月9日 - 1944年11月14日)

Carl Flesch plays Haëndel sonata
http://www.youtube.com/watch?v=oi0aqi042s4

Carl Flesch plays Haendel : Preghiera
http://www.youtube.com/watch?v=G9sR3KrZCuc&list=PL58502022A60694DC

HANDEL "PRAYER" Dettingen Te Deum Carl Flesch EW67A
http://www.youtube.com/watch?v=AYOw1TdXvdc&list=PL1E766442EA9E83E8&index=13

Joseph Szigeti & Carl Flesch - Bach Concerto for Two Violins
http://www.youtube.com/watch?v=QMGsRZiBhwU
http://www.youtube.com/watch?v=sTG7yljjrbI
http://www.youtube.com/watch?v=NWh0Jh0wBw8

Carl Flesch: Beethoven Violin Concerto
http://www.youtube.com/watch?v=ycefKpeo7dM
http://www.youtube.com/watch?v=Uu6ulX0rSm8
http://www.youtube.com/watch?v=kTNDFCHlElY

Carl Flesch plays Weber-Kreisler : Larghetto
http://www.youtube.com/watch?v=UESIYP53HBw

Falla: Jota, Carl Flesch
http://www.youtube.com/watch?v=PYQ9Nf8-HXU

Faure Berceuse Carl Flesch EW68A
http://www.youtube.com/watch?v=K1Tw-5sHvfU&list=PL58502022A60694DC

Carl Flesch plays E.Grieg : Norvegian Dance No.2.
http://www.youtube.com/watch?v=sGw5uU7GU44&list=PL1E766442EA9E83E8

Happy Birthday, Mr. Edison! - Ave Maria (Schubert) - Carl Flesch (Violin)
http://www.youtube.com/watch?v=stofnmdT4L0


カール・フレッシュ

ハンガリー出身のユダヤ系ヴァイオリニスト。演奏家としてよりも、数々の演奏家を世に送り出した卓越した音楽教育者として世界的に知られている。

6歳よりヴァイオリンの演奏を始める。10歳でウィーンに行き、ヤーコプ・グリュンに入門する。1890年、17歳でフランスに渡り、1894年までパリ音楽院に留学して当初はウジェーヌ・ソゼーに、のちアルマン・マルシックに師事した。1895年にウィーンにてデビューを果たす。

バロック音楽から同時代の音楽までの幅広いレパートリーをもったソリストとして、また、フーゴ・ベッカーやアルトゥール・シュナーベルとピアノ三重奏団を組むなど室内楽奏者として知られるようになり、1897年以降はヴァイオリン教師としても活動した。

1902年までブカレスト音楽院で、次いで1903年から1908年までアムステルダム音楽院で、最後に1903年から1926年までベルリンで教授を務めた
(さらに1924年以降はフィラデルフィアのカーティス音楽院にも出講している)。

教育者として数々の指導書を発表しており、中でも

「ヴァイオリニストのバイブル」と俗称されたこともある『ヴァイオリン演奏の技法(ドイツ語: Die Kunst des Violin-Spiels)』(1923年-1928年)は、ヴァイオリニストを単なるヴィルトゥオーゾとしてよりも、芸術家として観念化したことで知られている。

『音階教本(ドイツ語: Das Skalensystem)』は、ヴァイオリン教育に必携の資料となっている。

著名な門弟に、

ヨーゼフ・ハシッド、
イダ・ヘンデル、
ジネット・ヌヴー、
ヘンリク・シェリング、
イフラ・ニーマン、
イヴリー・ギトリス、
エリック・ローゼンブリス、
マックス・ロスタル、
リカルド・オドノポソフ、
シモン・ゴールドベルク、
ティボール・ヴァルガ、
ノルベルト・ブライニン、
シュテファン・フレンケル

といった錚々たる顔触れが揃っており、それぞれ演奏家や教育者として名を揚げた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%82%A4


24 :名無しの笛の踊り:2013/07/02(火) 23:10:42.65 ID:2+MrpgK6

フレッシュ先生曰く、

自分は神童だけを教えて名前を売ることは興味がなかった
あまり才能の無い生徒が集まってその欠陥を修正してあげた

アウアーには元々優秀な弟子が集まった
ハイフェッツもエルマンもアウアーに習う前から既に・・・


131 :名無しの笛の踊り:2013/07/09(火) 09:25:32.27 ID:hclRZwCs

フレッシュは当時珍しくセブシックを評価した。セブシックは馬鹿にされていた。

18 :名無しの笛の踊り:2013/07/02(火) 20:25:39.93 ID:XHp/vlaq

クライスラーは音程が悪いってフレッシュ先生が言ってた

19 :名無しの笛の踊り:2013/07/02(火) 21:38:41.84 ID:2+MrpgK6

シゲティはボウイングとアクセントの癖が酷いってフレッシュ先生が言ってた

エルマンはフレージングがでたらめってフレッシュ先生が言ってた

ハイフェッツはポルタメントが単調でテンポが速すぎるってフレッシュ先生が言ってた


76 :フレッシュ:2013/07/05(金) 20:21:51.90 ID:SfG6aqFw 

フーベルマン
技術はしっかりしている
独断的な奏き方が多い
弓の持ち方が古くさい
ヴィブラートを手首を使わないで指だけでかけている
半音をピアノの音でとっていたため、バッハ無伴奏が特に不快
音の出し方が乱暴で「ひっかく」か「ささやく」
パッセージの奏き方は音が正しくきれいに出る優れたもの

音楽的にはアーティキュレーションにおいて初歩的な誤りを犯している
特にアクセントのつけ方が間違っている
自分の性に合う曲だけは非常によい演奏をした

97 :フレッシュ:2013/07/06(土) 10:30:49.74 ID:b9SMt6s2 

クリングラー
訓練の仕方が悪かったため、才能を十分に伸ばせなかった
運弓技術は右肘を下げ手を手首において左右に動かすという誤った理論に基づいていた
大げさで癖のあるポルタメント
曲の解釈は立派
しかし技術的にも音の面でもボヘミア四重奏団やカペーの方が優れていた


98 :フレッシュ:2013/07/06(土) 10:57:58.88 ID:b9SMt6s2 

アドルフ・ブッシュ
音の出し方がフランス派やロシア派のヴァイオリニストよりも劣っていた
十分に柔軟性がなく、開けっぱなしで、柔らかみや抑制に欠ける音
内容の深い曲を取り上げ気分が乗ったときだけ、霊感によってこの欠陥を克服した


109 :名無しの笛の踊り:2013/07/06(土) 14:17:17.94 ID:41Z5UKin
>>97
メモワールのコピペやめれ。
佐々木庸一先生ご存命のはず。 昨年再刊した本の新しい後書き書いていらした。
クリングラーは鈴木鎮一の先生だから日本では最大派閥
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/classical/1372202725/


カール・フレッシュ ヴァイオリン音階体系
カール・フレッシュ スケール・システム

導入から上級者の日常の練習のための

1弦のみの1オクターブスケール、分散和音奏、連続3度上下行スケール、クロマティック(半音)連続上下行スケールを連続して練習する 課題1

から始まり、

課題1の1オクターブ上を高いポジションで、2通りのポジションで弾く課題2・3、

そのさらにオクターブ上を課題4、

そして3オクターブ連続 課題5・・・

と言うように12の課題を全24の調で練習するように構成されている。

きわめてシステマティックにヴァイオリンのスケールとポジション移動、フィンガリングの原理が学べるように作られたデイリー・スタディ教本として、中級以上のヴァイオリン学習者必携の書となっている。
http://shop.zen-on.co.jp/p/304011
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4276474531/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_1?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=B000ICMD1O&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=1ZY3AM9SNRF6JSYBE688

カール・フレッシュのスケール・システム

ヴァイオリンの音階教本には色々な物がありますが、中でも重要なのが、
カール・フレッシュ著「スケール・システム」です。

カール・フレッシュとは、ヴァイオリンの名教師として一世を風靡した方で、ヴァイオリン奏法の本や、楽譜の校訂も行い、後世に多大な影響を与えた人物です。

特に我々ヴァイオリニストにとって、避けては通れないくらい、重要かつ有名なのが、音階教本「スケール・システム」です。
(私が愛用していた楽譜。背表紙とかボロボロ…)
音高、音大入試にも使われるので、日本でもかなり使用頻度の高いテキストです。
http://ameblo.jp/starfield-officialblog/entry-11520737008.html

カールフレッシュ スケールシステム

私は子供の頃から就職するまで5人の先生についてきましたが、偶然か必然か、カールフレッシュを用いない方は1人もいらっしゃいませんでした。

本格的というか、、、ただの音階を(アルペジオや半音階、和音やハーモニクスに至るまで)、ご丁寧にも全調記譜されているので、基礎練習にはとても良いのではないでしょうか。分厚〜い1冊です。

私の通っていた大学ではカールフレッシュの一部がスケールの試験の課題として半年に一度必ず出されていましたし、プロになる人は誰もが通ってきた道だと思います。

ただ、カールフレッシュは全調同じ音形の練習しかないので、和音やポジション移動などの事も考えるとある程度のレベルが必要となってくると思いますが、
篠崎教本の何巻くらいまでされたのでしょうか、、、

4巻くらいまででしたらあまり高いポジションまで移動しないレベルですので、カールフレッシュは難しいかもしれません。

基礎練習を学びなおしたいとお考えでしたら、セブシックがおすすめです。
子供の頃何巻もさせられてつまらない思いをしましたが、今とても役にたっていると思います。


_______


カールフレッシュ スケールシステムは主に

・すべての音階を正しい音程と正しいフォームで弾くため
・楽器の奏法技術を高めるため

どんな楽器でも必ず正面から向き合わねばならないスケール練習を弦楽器の世界で細かく正しく身につける体系的な地道で基礎的なものです。とにかく根気が必要で

「とにかく自分が楽しく弾けるんなら、基礎的なことは二の次でいいじゃん
人が自分の演奏をどう聴こうと、あんまり関係ないな〜」

というタイプには向きません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1122702731


KV216の楽譜を買い直す

KV216のマンゼ版と先生の持っているカール・フレッシュ版のあまりのフレージングの違いに閉口し、カール・フレッシュ版を買い直すことにした。

ボーイングがまったく違うので、レッスンのたびごとに修正されるのは、ちょっとしんどいこと。臨機応変でいきたいところだが、ああ、悲しきかな初学者。一つ覚えたボーイングを修正するのは、とても大変なことなのだ。

クラシック音楽の場合、楽譜通りに弾くということは、良く言われていることだが、あながち間違いではないとしても、もう少し突っ込んで言うと、クラシックの演奏は版を選ぶというところから始まる。

プロになると、複数の版を研究したり、作曲家のオリジナル原稿のファックシミリを確認したりして演奏しているのが普通のこと。こうして出来上がった楽譜を自分のオリジナルの楽譜として演奏しているのであり、楽譜通りに書かれているフレージンングをそのまま演奏するということは、ほとんどない。あるとしたらコンクールでの演奏であろう。ただし、音程は変更してはいけないというのはルールかもしれない。

ということで、面白くなってきたのでマンゼ版、カール・フレッシュ版、を比較してみた。

マンゼ版の方は、モーツアルトの書いた楽譜を忠実に編集するという意図がみられる。

カール・フレッシュ版は、バイオリニストの視点でフレージングが細かく書いてあることである。もちろんモーツアルト自身がそのように書き込んでいるわけではないのだが、長年の伝統的なスタイルが集積されたものと考えてもらってよいと思う。


●マンゼ版
 スタッカートではなくスタッカティッシモになっているのが古楽らしい感じ。

●カール・フレッシュ版
これは従来のクラシック・スタイルのフレージング。ご丁寧なことにフレージングごとに区切り記号(/)も入っている。スラーの付け方が、マンゼ版と大きく違うことがわかるであろう。

なお、47小節にでてきる装飾音だが、フレッシュ版では、モーツアルトの書いた装飾音符を演奏しやすいように翻訳して楽譜に書いてあるが、マンゼ版では装飾音符をそのままにしている。

この装飾音って、翻訳してしまったら音楽的なニュアンスを無くすのではないかと思うのだがどうなんだろう。少し文献を読んでみる必要がある。


KV216第一主題│CF

 第一主題のフレージングが、ここまで違うと音楽が発展の仕方がまったく違うようになるのだが、これが、現代の古楽の成果として新鮮なモーツアルト像を提示していることに繋がるのであろう。

実際にマンゼやカルミニョーラの演奏は実にフレッシュである。古楽ではこうしたスタッカートの表現にとてもこだわる傾向にある。

 私は、モーツアルトはあまり好きな作曲家ではなかったのだが、それは退屈な演奏によるものが大きかったのだろう。こうした最新古楽の生き生きとした演奏に触れることによって興味がわいてきた。

とはいえ、オールドスタイルでの演奏法をマスターすることも重要であろうから、レッスンではこちらを尊重していく。
http://violin.doorblog.jp/tag/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5


09. 中川隆 2013年7月10日 12:05:19 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


ヴァイオリン(Vn)教師の四方山話ーヴァイオリンを教えるとは


名指導者とは

 さる音楽談話例会における話題の中で、「名選手必ずしも名指導者にあらず」と言っていたが、 同じ事が音楽にも言えるのではないかと思う。

 ヴァイオリン(以下、Vn)の世界では、レオポルド・アウアー、エネスコやエルマン等は、一世を風靡した 歴史に残る超一流のソリストであったが、その弟子も一流のソリストに育てている。

   特にレオポルド・アウアーに至っては、弟子にジンバリスト、エルマン、ミルステイン、 ハイフェッツとくれば、これはもう驚きである。・・・歴史的な名ヴァイオリニストがずらりと並んでいる。日本では江藤俊哉がその範疇に入る様に思われる。

 しかしVn界全体を通して眺めて見た場合、自分自身はソリストとして前者ほど華々しく 脚光を浴びていない人物が、指導者として、超一流のソリストを育てている場合が、意外と多い様に 思われる。

 日本では鈴木鎮一や鷲見三郎がその範疇に入るのではないだろうか!

ジュリアードのガラミアンとディレイ

 アメリカではジュリアード音楽院のイワン・ガラミアンやドロシイ・ディレイであるが、共に 素晴らしい名ソリストを数多く育てている。ざっとあげてみると次のようになる。

イワン・ガラミアン
ズーカーマン。渡辺茂人。マイケル・レビン。
パールマン。チョンキョンファ。・・・Etc


ドロシー・ディレイ
パールマン。原田孝一郎。竹澤恭子。五嶋みどり。
諏訪内晶子。ギル・シャハム。アン・アキコマイヤーズ。
シュロモ・ミンツ。漆原朝子。チョーリヤン・リン。
チー・ユン。サラチャン。神尾真由子。数住岸子。
前橋汀子。加藤知子。ナイジェル・ケネディ。奥村智弘。・・Etc

(年長の生徒はドロシーがガラミアンの助手をしていたために共通の生徒がいる。)


 このようにして、Vnの指導を受けるのはジュリアードに限る、それもガラミアンや ドロシー・ディレイの指導を受けることが、ヴァイオリニストとしてのステイタスにもなっている ばかりでなく、実際に世界を席巻するソリストが、続々と送り出されている。

 ガラミアンの教育法は古い権威主義と呼ばれていた様に独自の指導法で、誰に対しても同じ方法で 徹底して指導したが、生徒は細部まで、正確に徹底した練習を求められ、テクニックの習得に重点が 置かれていたと言う。

 先生の指示する弓使い、指使いに従わない生徒には容赦をすることがなかった。

 特にガラミアンは運弓の名手と言われたカペーの弟子であっただけに運弓にはうるさく、後に ガラミアンのトレードマークになるが、大きく弓を使いいい音を出すことを徹底して訓練した。

   後にガラミアンは石ころでも立派に磨き上げて、ヴァイオリニストを創ることが出来たと評されている。

 これに対してドロシー・ディレイには固執する教授法はない。

 機械的に反復練習ばかりをさせる事はなく、この生徒のどこに問題があるのかを並み外れた洞察力で もって見い出す事に重点を置き、その生徒に必要なものは何かを的確に指摘した。

 そして生徒と徹底的に話し合い、やがては生徒自身が問題点を見つけ出せるところまで指導すると 言ったものである。

 また生徒の良い点は徹底して褒めて褒めて伸ばしていくと言う教育法をとった。従って生徒は気が付かない間に問題点を克服し、その子が知らない間に弾けなかったところが、いつの間にか弾けている と言う具合であった。

 従ってドロシイの生徒は画一的な教育法でないため、自分に合った様に、自由に成長していった。


 話はそれるが、かつて渋谷天外が藤山寛美を育てるとき、欠点はさておき褒めて、褒めて一流の 芸人に育て上げた教育法に似た感じがするが、しかしその生徒の数、レヴェルを考えるとき、 ドロシー・ディレイは実に天才的な指導者であったと言わざるを得ない。

 ただこれだけ優れた有名な指導者になると、教えを乞う生徒も莫大な数になり、そのいずれもを 平等にレッスンをすることは難しく、やはり才能のある生徒に重点を置かざるを得ないと言う悩みは あったようである。

 そのためか、単に一度か二度レッスンを受けたとか、公開レッスンに参加をしただけで、 ドロシー・ディレイに師事をしたと言う人がいるそうである。

 これはドロシーもよく知っていたが、その生徒がマネージャーとの交渉とか、後々の仕事がうまく行くのならばと言うことで、苦笑いしながらも黙認する事があったと言う。


ヴァイオリン(Vn)教師の逸話二題

 その一つは、地下鉄の駅の入り口でいつもVnを弾く、いわばホームレスがいた。足下には 「投げ銭」をもらうためにVnのケースを開けたままで置いてある。その傍をラヴエルが 通りかかり、

「こんな下手な演奏は今まで聞いたことがない、全くひどくて話にならん」

と通り過ぎた。

 次の日またラヴェルが通りかかったら、今度はVnケースの横に「ラヴェルに師事」と 書いてあったと言う。


   もう一つは、ある時ドロシー・ディレイが飛行機に乗っているとき、Vnを抱えた学生が 乗り込んでディレイの席のそばを通った。

 「まあVnを習ってらっしゃるの、すてきね〜、先生はどなた?」

と尋ねたところ、その学生は困った顔をしてディレイ先生です、と答えたという。


 これらは笑い話であるが、事実このような話はいくらでもあるようだ。

 日本でも、よくある事と考えられる。単に一度公開講座を受けただけで、誰々先生に師事と演奏会の パンフレットに書いてある。百歩譲ってそれでもよかろうと思うが、聡明な聴衆は決して騙される事は ない。聴衆は良い演奏とそうでないものはちゃんと聞き分けているものである。  演奏家はそのことを肝に銘ずるべきである。
http://chauchaw.web.fc2.com/hafuna-48-4.html


イヴァーン・ガラミアン(Ivan Galamian, 1903年1月23日 – 1981年4月14日)

1903年1月23日アルメニア人の両親の下に、ペルシア(現イラン)のタブリッツで生まれた。

1905年2歳のとき家族でモスクワに移転。彼は早くからVnに興味を抱き、両親はそれを伸ばした。

1916年13歳のときモスクワ・フィルハーモニック・スクールに入学し、アウアーの弟子であるコンスタンティン・モストラに師事した。

1917年ロシア革命後、父が実業家として成功していたため、ガラミアンは投獄された。しかし、当時ボリショイ劇場管弦楽団の団員であったことから、釈放された。

1922年パリに移住し、運弓法の権威であったパリ・コンセルヴァトワール教授ルシアン・カペーに師事した。

1924年パリでリサイタルを開いてデビューした。

このころからパリのロシア音楽院でヴァイオリンを教え始めた。

1937年ニューヨークに移住し、ヴァイオリンを教えた。

1944年にジンバリストの招きでカーチス音楽院の教授となる。

1946年ジュリアード音楽院の教授となり、1948年からドロシー・ディレイが助手となった。

ガラミアンの指導は、技術の習得を最優先した厳しいものだった。特に「弓使い」が専門で優れていた。

1970年にはディレイと仲違いをしたと言われている。

マイケル・レビン、パールマン、チョン・キョンファ、ズッカーマン等を輩出。
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/15169841.html

ガラミアンのスケールブックについて
http://www.youtube.com/watch?v=O6r0f7_JFo4


ヴァイオリン奏法と指導の原理 イヴァン ガラミアン (著)

・真面目にヴァイオリンを習得しようとした場合
・真面目にヴァイオリンを教えなければならない場合

きちんとした理論が欲しくなりますが、この本はそうしたきちんとした理論の代表格のようなものです。

値段は大変高く、訳も古く、本の体裁もとてもお堅いですが、ヴァイオリン教育業界では知らぬ者のないイヴァン・ガラミアンの著作とあれば、当てはまる人は参照して研究するべきでしょう。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%A5%8F%E6%B3%95%E3%81%A8%E6%8C%87%E5%B0%8E%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86-%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3-%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%B3/dp/4276144523


アイザック・スターン曰く、

「ガラミアンは教師としてずば抜けた才能を持っていました。
ガラミアンは、まず初めは楽器を弾きこなすことが先決であり、そのために全てのテクニックの練習曲をさらうこと、
次に、テクニックを付けるための曲を弾くことが大切だと感じていました。」


ピーター・ウンジン曰く、

「人は、ガラミアン先生は石ころからでもヴァイオリニストを作ることが出来ると、いつも噂しました。

ガラミアン先生は右腕の移動の方法を知り尽くしていました。
ヴァイオリンの構造をよく理解していたのです。

生徒達は、数週間ごとに新しいコンチェルトを勉強するように言われました。
全ての指使いとボウイングを教え、それを生徒が間違いなく弾けば、その曲の学習が終わったことになります。もし、スピッカートが下手ならば、スピッカートのたくさん入った曲を練習させるのです。」

パールマン曰く、
「完璧に弾かねばなりませんでした。
さもなければ、先生の目がギラギラと睨みつけ、この世の終わりという感じでした。」

スタインハート曰く、
「私がもう学生ではなくなった時、先生は親しく口をきいて下さいました。
時々チェスをご一緒しました。ゲームの時はいつもウォッカのグラスを持ち、
『一杯目はおいしい。二杯目はもっとおいしい。三杯では足りないね。』
と言うのが口癖でした。」
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/15169841.html

天才少年ヴァイオリニスト 渡辺茂夫の喜劇(悲劇?)

渡辺茂夫(1941年6月26日 - 1999年8月15日)

Shigeo Watanabe plays the violin
http://www.youtube.com/watch?v=6uMdz9HeREI

Schubert's Ave Maria Violin and Piano - Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=qzaQJuVmJlI

Tchaikovsky Violin Concerto in D, Op.35 - Violin: Shigeo Watanabe - Japan - Miyajima
http://www.youtube.com/watch?v=UxEuFi6RpSo

Niccolò Paganini - Le streghe Op.8, MS19 - Violin - Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=9kdSBAhki40

Felix Mendelssohn - Auf Flügeln des Gesanges ( On Wings of Song ) - Violin: Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=HdLo_OUj6lo

Frédéric Chopin - Nocturne No.20 in C-sharp minor - Violin: Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=XbEp4W5Z-dE

戦後日本に彗星のごとく現れた天才少年ヴァイオリニスト渡辺茂夫。

4歳半よりアウアー流派の教授法を研究した父季彦氏より薫陶を受け、13歳で来日していたハイフェッツに才能を高く評価される。

その後ハイフェッツによる熱心な推薦で無試験でジュリアード音楽院へ入学し、ガラミアンに師事。

アメリカでもその才能は高く評価されるも、ガラミアンとの意見の不一致や戦後間もない日米間の微妙な空気などから精神不安となり1957年自殺未遂、演奏活動の続行は不可能となった。

この悲劇的かつ伝説的な神童の演奏は渡米前、渡米中の録音がいくつか残されており、その類稀な音楽性を窺い知ることができる。演奏活動を続けていれば間違いなく世界的なヴァイオリニストに成長したと思われ、残念この上ないことである。
http://www.fstrings.com/player/detail.asp?id=68

渡辺 茂夫は少年時代に戦後復興期の日本で活躍したヴァイオリニスト。いわゆる伝説的な音楽的神童のひとり。

音楽家一家に生まれ、茂夫の生母・鈴木満枝はヴァイオリニストだった。4歳より、母方の叔父の渡辺季彦が経営する音楽教室(渡辺ヴァイオリン・スタジオ)でヴァイオリンを学び始める。その翌年、両親の離婚にともない、そのまま渡辺家の養子となった。

天才少年の誕生
1948年(7歳)に芝白金小学校に入学するが、早くもこの年に、巌本真理より音楽的才能を絶賛され、12月に最初のリサイタルを、翌年以降も毎年1回の定例コンサートを行う。また、1949年にはヴァイオリンを弾く少年役として映画「異国の丘」に出演している。早くも創作面にも関心を示し、音楽理論を石桁真礼生に師事しながら作曲活動や詩作にも着手し、小学校の最終年次にヴァイオリン協奏曲、オペラ、ヴァイオリン・ソナタを作曲。その作品はクラウス・プリングスハイムによって高く評価された。

渡米
1954年(13歳)に暁星中学校に進学。同年、イギリスの名指揮者マルコム・サージェントの指揮により、東京交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲を演奏。来日したダヴィッド・オイストラフを訪ねて演奏を行う。5月、渡辺季彦の奔走により、帝国ホテルにおいて、来日中のヤッシャ・ハイフェッツに面会し、演奏を披露、ハイフェッツに深い感銘を与え「百年に一人の天才」と評される。

6月にハイフェッツからの招待を得て、両親に促されて渡米が決まる。1955年3月、ジュリアード音楽院院長より、「ハイフェッツ氏の熱心な推薦により」無試験入学が許可される。各方面の支援者(アメリカ軍属、朝日新聞社、その他の個人)から経済的援助を受け、期限は2年間、演奏旅行には連れ出さないとの条件により、7月に飛行機で渡米。


輝かしい未来
(14歳)カリフォルニア州で語学研修を受けるかたわら、奨学金を得て地元の夏季音楽講習会にも参加する。早くも天才ぶりと品のよい物腰から脚光を浴び、とりわけハンガリー人ピアニストのジェルジ・シャンドールに目をかけられた。

8月末にはモーリス・アブラヴァネルの指揮でベートーヴェンの協奏曲を演奏して、サンタバーバラ市の地元紙で絶賛される。講習会の告別演奏会にも出席して、自作のヴァイオリン・ソナタを披露する。9月にニューヨークに到着し、ジュリアード音楽院でペルシャ出身のヴァイオリニストイワン・ガラミアン(アイヴァン・ガラミアン)に師事することが決定。日系人の家庭にホームステイを始めるが、後にガラミアン宅に同居する。

最後の栄光
1956年(15歳)からニューリンカーンのハイスクールに通学。この頃から日本への連絡が途絶えがちになる(一説には、日本や日本語に対する嫌悪感があらわれたと言われる)。職業音楽家を集めたプライベートの演奏会において、ハイフェッツの伴奏者として知られるエマヌエル・ベイのピアノにより、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ、ヴィエニャエフスキの≪協奏曲 第1番≫を演奏。出席者には、レナード・バーンスタイン、ピアティゴルスキー、レナード・ローズらの顔ぶれがあり、ハイフェッツのお気に入りの指揮者アルフレッド・ウォーレンスタインからは、世界一の演奏家になるとのお墨付きを得た。

新学期の9月には、ジュリアード音楽院で史上最年少の奨学生に選ばれ、さらに半額と規定されていた奨学金も全額支給される。秋にガラミアン教授宅を出て、ホームステイ先を変更。すでにガラミアンと折り合いが合わなくなっていた。


青春の終わり・悲劇の幕切れ
1957年2月、情緒不安定を訴え精神科に通院。春にふたたびホームステイ先を変更する。4月より助手としてジュリアード音楽院に残り、研究のかたわら治療を続ける。夏のヴァカンスでカリフォルニア州に行き、恩人ハイフェッツを訪ね、激賞された。9月にジュリアード音楽院に再入学するが、乏しい報酬と心もとない支援金により耐久生活を余儀なくされており、劣悪な住環境しか見つからなかった(身元引受先のジャパン・ソサエティによる配給額が適切でなかったためとされる)。

異国の地で人間嫌いと疎外感がつのるようになり、自殺願望をほのめかすようにもなると、両親は茂夫の急変を察知。ジャパン・ソサエティに緊急帰国を要請するも、同協会は茂夫の治療優先の方針を崩さなかった。ついに11月2日、茂夫は未成年が購入禁止とされているはずの睡眠薬を大量に服用する。11月5日に日本の家族に危篤を告げる電報が届いた。一命はとりとめたものの、不幸にも脳障害が残り、意識を回復する見込みはなかった。翌年1月、家族の要請により日本に送還され、その後四十年以上に渡って在宅療養を続けた。


演奏の特徴
茂夫の演奏は、ガラミアンにつく前にすでにある程度の完成の域に入っていた、と養父・季彦はいう。アウアー奏法を基本として技術的にも優れた才を示していたにもかかわらず、ガラミアンがそれに理解を示さず、独自の厳しい指導でもって自身の奏法へ転換させようとした重圧に茂夫は苦しみ続けたといえる。

茂夫の養父、渡辺季彦 (1909年 - 2012年6月10日[2]) はヴァイオリン教師であり、門下生の多くが国内の各地や海外で、ソリストや楽団員として活動している。渡辺季彦は、カール・フレッシュの理論書やレオポルト・アウアーの著作をひも解きながら、独自のメソッドを編み出しており、小野アンナと同様、早期教育の重要性を説いていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E8%8C%82%E5%A4%AB


渡辺茂夫は10代に満たない頃すでに国内では神童として名が通っていた。その評価が決定的になったのは、来日したハイフェッツに高く評価され、ジュリアード音楽院への留学を強く推薦されたことだった。

茂夫にヴァイオリンの手ほどきを施した父季彦氏はハイフェッツの師アウアーの教授法の熱心な研究者で、その最も偉大な門下生、ハイフェッツの推薦は決定を意味していた。しかしこのことが悲劇の幕開けとなるとはこの時、誰も思わなかった。

ジュリアードで茂夫が師事したガラミアンは、近代的合理奏法を推し進めた教育者である。そのため、アウアー流派を強く信奉し、既に完成したスタイルを確立していた茂夫とは奏法上の意見が折り合わなかった。

次第に茂夫はアメリカに来た意味を見失い始める。折りしも戦後間もない微妙な時期で、敗戦国からやってきたこの少年に対する周囲の目も相当に冷たいものであったともいう。こうして彼は演奏ができない体になって日本に戻った。時代と巡り合わせによる悲劇という他ない。

 彼は10代に満たない頃から既に深い音楽的洞察を行っている。これは残された録音からも明らかである。この天才を授かったわずか10歳そこそこの少年は、メニューインの来日時の演奏を日記中に評して「深みのない演奏だった」と述べている。実演がどうだったかはひとまずおいて、彼がこの感想を抱くだけの確立した音楽を自身の中に持っていたことは間違いない。

彼の音色は私の知るすべての日本のヴァイオリニストの中でもっとも個性的で、そして最も美しい。その上、天性に他ならない自然で優雅なフレージングを持っている。もし、演奏活動を続けていれば、と思わずにはいられない。
http://www.fstrings.com/player/


神童 渡辺茂夫

音楽の世界では、しばしば神童が現れます。古典的にはモーツァルトやメンデルスゾーン、現代では、ヴァイオリン奏者のヤッシャ・ハイフェッツや五嶋みどりが有名です。ところが、日本にもう1人まだ音楽活動を続けていたならば、演奏面のみならず作曲面でも歴史に留められたであろう神童がいました。

昭和20年代後半に若干10歳を少し越えて国内の演奏家として確固たる評価を受け、14歳で世界を睨んで、米国のジュリアード音楽院に留学した渡辺茂夫です。

残念ながら彼は留学中の昭和32年に自殺未遂をおこしその輝ける才能は16歳にして終焉をむかえます。両親をはじめ多くの関係者から世界の音楽家として一身に期待を受けていた茂夫でしたが、すでに音楽家としての「渡辺茂夫」は完成されていました。それでも彼が留学したのは、当時の日本では彼と共演できるレベルの音楽家が少なかったこと、それに最高を目指すにはやはり世界の舞台に立つ必要があったからです。

しかし、茂夫の音楽性を理解していた人たちは、それでもなぜまだ幼い時期に留学の必要があったのかと顧みます。今回は、神童の出現、渡米、そして自殺未遂まで、なぜ日本の偉大な才能が失われるに至ったかを考察します。


神童が生まれるまで

神童には2つのパターンがあります。生まれながらにしての天才、そして努力を重ねた結果の天才。モーツァルトを前者とすれば、茂夫は明らかに後者です。

養父の渡辺季彦はオーケストラのヴァイオリン奏者としても、また音楽教育者としても一流の人でした。自らの経験から音楽教育は幼いうちから徹底して行うべきだと、茂夫にも5歳のころからスパルタ式でヴァイオリンを教え込んでいきました。

毎日7〜8時間、幼い子供には地獄ともいえる特訓を施したのです。彼の完ぺきなまでのテクニックは父の指導のもと完成していき、そして彼の天賦の才能が加味して、後に「天上の音楽」とも呼ばれた、他にはまねの出来ない演奏を行うようになりました。7歳の小品の初リサイタルから、小学6年生の時にはすでにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の共演まで神童にふさわしい音楽活動を続けました。


神童は神童を知る

ヤッシャ・ハイフェッツ茂夫がジュリアードへ留学するきっかけとなったのは、世界的なヴァイオリニスト、ハイフェッツとの出会いでした。茂夫の才能に惚れ込んだ彼は、最年少でジュリアード音楽院のスカラシップに推薦します。

ハイフェッツ自身、15歳の時ベルリンフィルと共演して、「100年に1人の天才」と呼ばれた人物です。非常にプライドの高い彼は、茂夫をして「25年に1人の天才」と称賛しました。これはハイフェッツにとっては最大の賛辞なのです。

また一方、茂夫は作曲の方面でも非凡な才能を発揮しました。茂夫が試作するソナタやオペラを見て、彼を指導した武蔵野音大教授プリングスハイムは最大級の賛辞を惜しみませんでした。もし、彼が作曲を続けていたならば、演奏家としてだけではなく、作曲面でもクライスラー以上の成功が約束されていたでしょう。茂夫の音楽にはそれほどの美しさが宿っていたのです。


ガラミアン学校
イワン・ガラミアン教授茂夫を推薦したハイフェッツには大きな誤算がありました。

父、季彦が茂夫に伝授した奏法はかつてハイフェッツも師事したレオポルド・アウアーの流れを含むものです。一方、ハイフェッツが推薦したガラミアン(Ivan Galamian 1903-1981)は当代最高の音楽教師でしたが、茂夫の演奏法には否定的でした。

ガラミアン学校では後にパールマンやズッカーマンなど今日では巨匠と呼ばれている演奏者を輩出します。しかしながら、厳格な彼の教育法はすでに完成されたスタイルを持つ茂夫には不適切で、才能を伸ばすよりむしろ混乱を与えたようです。感受性の高い思春期の子供への教育としてよく見られる傾向ですが、褒めることよりも厳格な指示による教え方は、かえって反発を買い、本人の才能を縮める結果となります。

特に感受性の高い茂夫にとっては、ガラミアンのレッスンは、本人の人格まで否定しかねなく、彼は徐々に情緒不安定に陥っていきます。彼の変化は単に反抗的になっただけではなく、人間嫌いになり、また自分自身を否定するような日本語拒否反応を示すようになります。この結果、周りからも疎外されていき、ますます孤独に陥るようになっていきます。さらにひどいことに、本来援助されるべき茂夫の生活費が、当時身元引受先であったジャパン・ソサエティから生活に必要な半分も支給されず、生活は惨めなものでした。

神童の悲劇
茂夫は未成年者が買えない睡眠薬をどこからか買って、それを大量に飲んで、自殺を図ります。それ以前に自殺を匂わす言動がしばしば見られましたが、残念ながら誰も真摯になって彼を顧みるひとはいなかったのです。一命を取りとめましたが、彼の脳細胞は薬の影響で破壊され、音楽家としての偉大な才能も失われました。
http://www.mozartant.com/Jordan/Classic/Shigeo_watanabe.htm


渡辺茂夫(天才バイオリニスト)の晩年の40年間の介護 2012/08/27

2012年6月10日、驚異のバイオリン教師、渡辺季彦氏が103才で亡くなられた。

 昭和21年(1946年)渡辺季彦、美枝夫妻にもとに美枝の妹、鈴木満枝の妹と長男の茂夫が同居を始めた。

 茂夫の実母の満枝もバイオリニストだったため、養父の季彦は5才から茂夫にレッスンをほどこしたが、

「最初は他の生徒と比べ、ダントツの下手さで馬鹿じゃないか、と思った」

という不器用さだったが、季彦の猛特訓に耐え、

「一年ほどたって、上達してきた」。


 それが7才で交響楽団と共演のリサイタル、だから驚くしかない。

 8才での名古屋交響楽団との共演では、日記に「交響楽団が全くついてこれないので苦労した」と書くほどだった。

 渡辺茂夫はジュリアード音楽院(NY)に授業料全額免除の破格の待遇でハイフェッツの推薦で入学。

 バイオリンは人の声に最も近い音を出す楽器という。

茂夫の演奏は門外漢が聞いても、まさに天上からの情感に満ちた、もしや人の声?
ではとさえ思わせる音色、演奏。

 8歳頃か、名古屋交響楽団と共演の際、楽団メンバーだった後述の若井一朗氏は

「いざ、本番、真剣勝負となると、まるで天から神様が降り立ったようだった」

と述べている。

  渡辺茂夫の天才ぶりは米国ジュリアード音楽学院時代の在学女性(米国人)も

「シゲオは現代のモーツァルトだった」

と感歎をこめて(番組で)語っていた。


 さて、渡辺茂夫は当時としては夢のまた夢の渡米してのジュリアード音楽院入学。だが、この渡米が天才バイオリニスト渡辺茂夫を潰してしまった。

ジュリアードの帝王、イワン・ガラミアンに惚れ込まれ、ガラミアン邸(ウェストサイドのマンション)に一室に住まわされた。だが、養父の季彦に教えられて完成の域の奏法を変えられてしまい、迷路に彷徨うハメになってしまった、のが最大の不運だった。

この点について、渡辺季彦氏は

 「ガラミアンのように、全て分かっているはずの人が自分の流儀に強引に変えさせるなんて、彼は結局、本当の芸術家じゃなかったんですね」

と憤懣やるかたない、のである。

 なおジュリアードでガラミアンにバイオリン奏法を変えさせられた被害者!に桐朋学園大教授のバイオリニストの小林健次氏もいて、番組でコメントされている。

 米国留学の必要は(あの時点で)、全くなかった。
来日した(1954年)ハイフェッツとの前での演奏が結果として命を奪った。

 クラシックの留学先としてアメリカは何か不適な面がある。
ヨーロッパが当然ベストだが第二次大戦での疲弊が激しかった。

 すでに完成していた奏法を強引に変えられ、生活面でも葛藤が多かったようだ。ガラミアン亭を出て一人暮らし、を始めてからは金欠の傾向が出てきた。

それはまさに経済的な困窮だった。留学に際して渡辺家は三条件の一つに「アルバイトはしない」を挙げていた。しかしあまりの茂夫の窮状をみかねたガラミアンは「週三回のオーケストラでのバイト」を提示した。
ギャラは月収75ドルでこれは当時の水準でも安い。

 ガラミアンの紹介したオーケストラは「National Orchestra association」で全米の演奏家の登竜門だった。 同時期にジュリアードにいた小林健次もこのバイトをしていたが、この中では小林、渡辺は抜群の実力だった。

 だが、このオーケストラにJudieという茂夫より年長の可憐な白人の少女がいた。16才になっていた茂夫はジュディにぞっこんになった。 茂夫は英文日記で

 「今、ジュディに電話しようかと迷っている。彼女は忙しく、僕のことなどに構ってくれないだろう。この夏は彼女によく逢えた。そして心を乱された。ジュリアードでは同じクラスを僕は繰り返し、幸福ではなかった。言葉も十分でなく、意思の疎通の出来ず、トラブルが多かった。生活も混乱した。他人の感情に悩まされてはいけな(ジュディを除いて)」

 小林健次によれば

「確かジュディという少女はいたように記憶しています。
まだ彼女も十代でした。派手でなく可愛い人でした。オーボエだったか、バ
イオリンだったか、」

 ともあれ、この頃の多感な茂夫が他生年上の少女に恋した、のも無理からぬことだった。だがしょせん、友情としか思っていないジュディは茂夫の苦しみの原因になった。

 日記「ああ、今すぐ、ジュディに逢えたら、と思う。彼女を忘れられない。
彼女のことで頭が一杯だ。この二日間、誰とも話していない。
ジュディがいないと寂しくなる。生きる希望を失っていた僕に希望を与えてくれたのだ」

 「この夏、ジュディに逢ったとき、人生で初めての幸せを感じた。だが、今
はそうではない」

 ジュディを知って逆に週三回のバイトが楽しみになった。

米国でも「二十世紀のモーツァルト」、「比べる者もない演奏」と評されても、・・・・・16才で終わりました、では悔やんでも悔やみきれない損失と言うしかない。

 「今の僕の考えは危険なものになりつつある。誰も親身になって気づか
ってくれないのだ。
 僕は一つの結論に達した。ジュディはもう僕などに関心はない。だが僕
は変われない。ジュディに聞きたい。僕をどう思っているのか。はっきりさせ
てほしい。もう逃げるしかない。全てが終れば何も感じないだろうから」

 「ああ、僕は間違っていた。僕を助けてほしい。ジュディだけが僕を助けてくれる。僕は疲れてしまった。今の僕は何も出来ない。もう数週間したら、・・・」

 十月下旬、茂夫はジュディへの手紙をオーケストラノメンバーに託した。
だが、返事はなかった。いくら待っても返事がないことに茂夫は絶望した。

 ・・・・実は手紙を託されたメンバーが忘れてジュディに渡さなかったのだ。
これが運命を決めてしまった。

 「僕はジュディに声をかけた。だが返事はなかった。もうジュディに頼らな
いことにする。僕はもう疲れてしまった。」

 「僕を本当に思ってくれる方へ
 策や彼女に別れを言って、全てが決まった。この夏、全く希望などなか った。僕自身、すべてを忘れようとして、いろんなことをやった。ただ幸福になりたくて友人をたくさん持ちたいと思った。しかし、心の中のどこかでこの世から逃げ出すことを決めていた。(中略)
NYに戻ったとき、人生が恐ろしかった。しかし再びジュディと逢った。気持が戻った。その後、いつもジュディに惹かれていた。彼女こそ僕を幸せに出来るただ一人の存在だ。核心は、僕は全てをジュディに捧げた。が彼女は僕を見ようともしない。もう何も考えないことにしよう」

 茂夫の悲劇が起こって手紙を託されて忘れたメンバーは後悔に苛まれ
た。

 下宿先の女性には自画像「鎖でベッドに足をつながれて演奏している自らの姿」を書いて見せていた。

 1957年11月1日、茂夫は日米協会を訪れた。いあわせたオーバートン事務局長に
「僕はたいへんなご負担になっている、と思います、日本に帰ろうと思うんです」

 日ごろの茂夫の日本嫌いを知っていた事務局長は驚いた。だから
「 無理に帰国させたら自殺のおそれもある」
と精神科の医師も言っていたのだ。それが突然の翻意だ。

 「今帰国したら皆、おかしいと思うよ」

 「そうでしょうか」茂夫は首をかしげた。

 翌、二日後もまた茂夫が現れた。
「もう身許保証人になっていただかなくていいです。すぐ日本に帰らせてください」

 翌日の三日は茂夫は終日、部屋にこもっていた。

 この日の午後、2階の小林健次の部屋を米国人がノックした。

 「建次、ちょっと心配なんだ。いま廊下で茂夫は私に錠剤を見せて
『これを飲んで死んでやる』
なんて言ってるんだ。大丈夫かな。私は仕事があるので見ていてやれないが」

 小林健次は茂夫の茶目っ気と思った。本気で死ぬ人間がそんなものを人に見せるだろうか。小林は、どうすべきか、思案していた。

 その夜、12時近く、うとうとしていた小林健次は誰かが激しくノックする音で目が覚めた。

 「建次、起きろ!茂夫が大変だ!」

 「何があった?」

 「茂夫が自殺したんだ」

 小林ははねおきて4階の茂夫の部屋に走っていったがすでに茂夫は運びだされていた。

 ニューヨーク市警に報告が入ったのは午後11時45分。パトカーが到着した時は既に誰かがセント・ルークス病院に運んでいた。

 市警の報告書

 「男性、16才、黄色人種。シゲオ・ワタナベは特定できない睡眠薬を飲んで明らかに自殺を計った。個人的にセントルークス病院に運ばれた。
 ジャパンソサイアティによれば本人は重体で面会謝絶。医師はスコポラミンとメサフィリンを服用したのが原因としている。この大量摂取は危険である。失恋で精神がめいっていた、との証言もある。要望で捜査は打ち切る」

 ただちに全力を挙げての茂夫の治療が始まった。意識不明で瞳孔散大 。
自律神経失調で発汗しない。そのため体温は急上昇して40度を超えていた。全身は反り返っていた。胃の洗浄したが薬物は既に吸収されていた。
呼吸困難が始まった。痙攣が顕著。服毒から治療開始まで7時間経過。

 小林健次も病院に来たが、
「口も利けず私が誰かもわからない。言葉も話せない」


 外務省にNY総領事館からの報告

 「目下、当地でバイオリン研修中の渡辺シゲオは米国人娘に失恋し、それを苦にして、昨日3日夜m多量の睡眠薬で自殺を企て、重体になっているところを発見され、直ちにセント・ルークス病院に搬送された。あらゆる治療がなされたが、午後にいたっても危篤状態は変わらず、担当医師の話では、回復の見込みはなく、命は取りとめても脳が破壊されているため通常の生活はおろか、寝たきりになって精神機能もないであろう、ということである」

 渡辺季彦はこれを信じることはなく、終始一貫、自殺など責任逃れであって、何者かの陰謀によるものだ、と信じて疑がわなかった。

 茂夫の治療費は莫大になっていった。協会の茂夫のためのお金はすぐに枯渇した。若井一朗は米国が責任を持って面倒見るべき、と主張した。

 結局、それは無理と分かり、茂夫を帰国させる、こととしたが、この重体の半死半生の患者をどうやって遠路はるばる帰国させるか、が問題になった。

 若井は協会会長に掛け合って渡辺茂夫基金を創設することを認めさせた。茂夫が生涯に得る金額は想像を絶する大金だろう。それだけの金があれば茂夫を帰国させても療養生活を余裕を持って送れる、と踏んで若井は自ら付きそって帰国させることとした。

 日本航空は断った。ノースウェストが受諾した。コクピットの後ろの特等席にある四つのベッドの一つに茂夫を固定した。若井が付き添っていた。 鼻にはvチューブ尿を取るカテーテル、他の乗客は何事か、と怪訝な顔をしていた。

 機内で茂夫は暴れ、わめき、他の客は必死で耐えた。

 昭和33年1月16日、羽田に到着した。そして渡辺季彦などの待つ自宅に到着した。・・・・・・

 テレビ朝日の番組では

 若井氏いわく「脳の表面が壊れてしまっていて、喜怒哀楽はかろうじてあるようだったが、四肢も動かせず全く動けなくなっていた.全身は硬直し、けいれんが続いていた」

 ・・・・脳の表面が壊れていた、・・・とは開頭したのだろうか。・・・・
睡眠薬多量服用のためとされる。

 だが養父の渡辺季彦氏は生涯、その死の原因を追究し続け、
「茂夫が自殺なんかするはずないじゃないですか。NYの新聞記者によれば茂夫はギャングの陰謀に巻き込まれたんですよ.。これは、はっきりしていることなんですよ」
(89才のとき、テレビ朝日放送番組で)

 ・・・・・渡辺季彦氏は鎌倉でバイオリン教師(レッスン)の傍ら91才まで茂夫が58才で亡くなるまで40年間、必死の介護、リハビリを行い、最後は何とか支えたら歩けるていどにまで回復させた。しかし帰国後、言葉を発したことは一度もなかった。

 TV]で放送されたその時の茂夫と風呂に入れて食事もさせる季彦氏(当時89才)のそのに気丈な姿。あまりに愛情に満ちて献身的な季彦氏である。

 なおこの時、番組スタッフが茂夫氏に何度かコンタクトを計り、最初は茂夫氏も警戒心を示していたが、徐々に完全に打ち解けてくれたそうである。

テレビ朝日で放送された茂夫死去2年まえの番組のゲストとして出演されていた服部克久先生が

 「さらに経験を積んで上達し、彼が最高の名器で、そして現在の録音技術の中で演奏していたら、どれほど素晴しいものが出来ていたことか。日本はまさに宝を失った、ということなんです」

 は、まさに至言と思われます。

 それにしても半生半死の状態で帰国、動けず、言葉もなく、感情も失せた茂夫を必死の介護で支えた養父の季彦は茂夫が1999年8月15日、58才で亡くなるまで二人で41年間、肩を寄り添って鎌倉で生きたのである。
http://madonna-elegance.at.webry.info/201208/article_28.html


まあ、これだけ気が小さくて意気地無しだったら大成できる筈も無いんですけどね。

ガラミアンには何ら責任は有りません。

欧米では か弱い女性でもこの自己主張の強さですからね:

ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグ。

Nadja Salerno-Sonnenberg Plays Mendelssohn's Violin Concerto on the Tonight Show
http://www.youtube.com/watch?v=ROWnNIVgVyA

知っている人は知っている。私と同い年らしい。

1960年生まれのアメリカのヴァイオリニストで聴いて頂きますが、この人とんでもない「じゃじゃ馬」だったようです。

ヴァイオリン教師の神様のような伝説的存在、カーティス音楽院の故・イワン・ガラミアンに習ったのですが、全然、言うことをきかなかった。ガラミアンはおっかない先生で「イワン雷帝」というニックネームで呼ばれる厳しい人でした。とにかく基礎から徹底的に絞る。おかげでパールマンとかものすごく優秀な弟子が才能を伸ばしました。

ガラミアンの

Cry now. Play later.(今、泣いて、後で弾け)

という有名な言葉があります。今はとにかくテクニックを身につけろ。上手くなれるだけ、なれ。

音楽的にどうだとか、そう言うのは後で良い。と、まあ乱暴に言うと、そのような意味です。

以前、日記に書いたので、お読み下さい。

2004年01月07日(水) Cry now. Play later."―今、泣いて、後で弾け。― イワン・ガラミアン=ヴァイオリン教師

さて、今日お聴き頂くメンデルスゾーンのソリスト、ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグという人。前述のとおり、並の変わり者ではないようです。

イワン・ガラミアンの生徒は大抵、先生に逆らうことなど恐ろしくて出来ませんが、ナージャは、言っちゃうんですね。ガラミアンがナージャの弓の持ち方がなっていない、と指導すると、

「どうして?他の子にはそれでいいかもしれないけど、私は嫌だわ」

一時が万事で、とうとう、ガラミアンは匙を投げたそうです。


その後、我流で練習していたらしいのですが、14歳の時に、やはりヴァイオリン教師の神様みたいな、ジュリアード音楽院のドロシー・ディレイという先生の門下生となるのですが、ディレイ先生も最初はひっくり返ったそうです。

ブルッフという作曲家のヴァイオリン協奏曲の一部を弾いて見せたら、ディレイ先生、ナージャの完全に我流のボーイング、楽器の構え方を見て、

「あんな弾き方でどうしてこんな演奏ができるのか、全く信じられない」

唖然としたらしい。それでも弟子にしたのは、音楽的な才能の片鱗をナージャに見出したのでしょう。

しかしながら、ナージャはディレイ先生のレッスンでも大変だったそうで・・・。

ディレイ先生、基礎からやり直させようとしたら、ナージャは、私には前のやり方が合っているし、第一、ちゃんと弾けています。教えなきゃいけないことだけ教えて下さい!

と反論したそうな。相当なもんだね。普通破門だけど、ドロシー・ディレイ先生、辛抱強く説得したんです。すると、ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグはもともとバカじゃないから、先生の言うことの合理性が次第に理解出来て、教えに従うようになったと。

それで落ちつくかと思ったら、また大変でした。1981年にあるコンクールに出てナージャは優勝するのですが、その前、何がどう気に入らないのか、何と7ヶ月もの間、レッスンに楽器を持たずに現れては、ディレイ先生と話をするだけ、という「レッスン」が続いたそうな。ディレイ先生、半年は何とか我慢したが、ついにキレて、

7ヶ月目、
来週楽器を持ってこなかったら、破門にする。更にジュリアードも退学にする。
と、激怒して宣言したのです。それでやっとナージャ・ソレルノ・ソネンバーグは目が覚めて、コンクールまで1日13時間練習したそうです。で二ヶ月でコンクールに優勝したのだから、やはり才能あるんでしょうね。

芸術家に変わり者が多いのは、世間にも知られていることですが、最近の音楽家でこれほど、異端児は珍しい。演奏にも現れてます。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=89954&pg=20090313



10. 中川隆 2013年7月10日 12:40:31 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ジネット・ヌヴー


ジネット・ヌヴーは系譜から見るとフレッシュの弟子といふことになるが、藝風は完全に独立した個性的なものだ。

ヌヴーは型に嵌つた演奏を嫌ひ、様式と相容れまいが確信を持つて感じたままを表現した。

この傾向は幼少の時からのもので、ヌヴーの経歴を見ると殆ど独力で音楽を造つてゐるといふ驚くべき事実に突き当たる。

エネスクのアドヴァイスに対し

「自分が感じたやうにしか弾けません、、」

と言葉を返し、慧眼を持つフレッシュにヌヴーを矯正しようなどといふ気をおこさせなかつたほどの気性の激しさは、そのまま演奏に顕はれてゐる。そして、その信念の強さこそが聴く者を催眠にかけたヌヴーの凄みなのだ。

 ヌヴーの録音は衝撃的であつた。

ヴァイオリンが斯くも熱く燃え上がることが出来るのかとたぢろいだ。

こんなにも集中力を凝縮出来た奏者がゐたこと自体が驚きである。

しかも女流である。しかもと云つたのは演奏家は肉体を使役する故、性差は重要な要素であり、表現の幅を考へれば男性奏者の方が有利であるからだ。男を顔色なからしめる女流奏者はデュ=プレやアルゲリッチなどを筆頭に気性の激しさで音楽を表現する。

国際的な活動を開始しようとした矢先のヴェニャフスキ国際コンクールでヌヴーに完敗を喫したオイストラフは

「悪魔のやうだつた」

と評し、ティボーは

「ヴァイオリン界の至高の女司祭」

と讃へた。ヌヴーこそ男勝りの気性で彼らを凌ぐことが出来た筈の唯一のヴァイオリニストであつただけに、夭折が悔やまれてならない。

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 ヌヴーの録音を聴いてゐて気付くのは呼吸の激しさである。

演奏中にしばしば聴き取れる鼻で息を吸ふ音はその証である。

神秘的で静寂な楽想においてもヌヴーの息遣ひは激しく伝はる。

ヌヴーの演奏姿を記録した映像が僅か2分程度だが残つてゐる。ショーソンのポエムの終盤、玄妙なトリルが続きディミュヌエンドして行く瞑想的な箇所で、指揮者ミュンシュの棒を睨むかのやうに凝視するヌヴーの強い眼力には息苦しささえ感じる。音楽への集中度は過去の如何なる巨匠と雖もヌヴーの次元には迫れなかつた。

こんな演奏をしてゐては身がもたないだらう。

運弓は発火するやうな激しいアタックを用ゐながら、決して上滑りしない重厚なアーティキュレーションを維持してをり、擦れや潰れがない驚異的なボウイングを会得してゐる。スタッカート奏法の水際立つた鮮やかさは特に素晴らしい。

濃密で赤裸裸な感情を曝け出すヴィブラートは機械的な振動ではなく、生命を鼓動される天性の霊感によつて変化自在にかけられてゐる。ヌヴーは技巧面ではハイフェッツを意識した世代の奏者であるが、音楽への取り組みは楽器の制約を超えたところにある感性と知性の表象を純粋に追求してをり、その点でエネスク、ティボー、フレッシュ―マルシック三羽烏―の直系である。

独Electrola録音は18歳から19歳にかけての録音であるが、成熟した音楽には驚愕の念を禁じ得ない。中でもヌヴー畢生の名演と云へるショパンのノクターンが奇蹟的な出来だ。

冒頭から想ひ詰めたやうな感情が溢れてをり聴き手の魂を奪ふ。

それは楽器の音を超えた人間の深い心の声で、跳躍に込められた神聖な火花は胸が苦しくなるほど切ない。

後半のソット・ヴォーチェでは喪失感漂ふ幽玄な世界へと誘ひ、忘れ難い印象を残す。


シベリウスは作曲家本人が謝辞を述べたほどの伝説的名演で、独奏部分に関すれば現在でも最高の演奏だ。

特に第1楽章が凄まじく、冒頭から切々とした情念がのたうち回つてゐる。

展開部での閃光のやうな跳躍は宛ら電撃を思はせ、コーダでの激情が持続する異様な興奮は憑物に捕はれたかのやうだ。繊細な神経が研ぎ澄まされた第2楽章や、上滑りしないテンポと雄々しいアタックで腰の据はつた第3楽章も見事。

ラヴェルのツィガーヌの気魄は唯事ではない。

特にラッサンが至高の名演で、重厚な奏法から濃密で妖気漂ふ音楽が火花を散らす。

恐ろしいほどの集中力で燃焼するファリャは、重いテンポで派手な煽りには頼らず、発火するやうなアーティキュレーションで奥底から燃え上がる稀代の名演だ。


ブラームスのソナタはヴァイオリンの研ぎ澄まされたアタックが暗く悲劇的な音楽を抉りだしてゐる。第3楽章と第4楽章は楽器の限界を超えて激情が溢れ出す恐ろしき昂揚を聴かせる。デ=ヴィート盤と並ぶ屈指の名演と云へよう。

ヌヴーの演奏に若さを認めない訳にはゐかない。エネスク、ティボー、クライスラー、ブッシュといつた奏者から得られる懐の深さ、聴く者への慰めはない。ヌヴーの音楽は克己し、常に闘争へと向ふ。強く深い故に短くなり勝ちな呼吸が災ひし、フレーズが短く切迫した印象を与へる。

古典作品、ベートーヴェン、ショーソンの演奏はヌヴーの青さを露呈してゐる。だが、20代の奏者が情熱に頼らず、老いさらばえた演奏などをしてゐては先がない。ヌヴーの弱点は若さに由来したものであり、だからこそ大成したはずの藝術家ヌヴーを永遠に失つた損失は量りしれないのだ。

 ヌヴーは激しい情熱、張り詰めた集中力、高度の技術、天性の直感力を持ち合はせた未完の大器であつた。
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/neveu.html

渡辺茂夫に限らず、人前ではおどおどして自分の意見すら言えない軟弱な日本人にはクラシック音楽は無理という事かもしれないですね。


11. 中川隆 2013年7月10日 13:02:26 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ジネット・ヌヴー(Ginette Neveu, 1919年8月11日 - 1949年10月27日)


Ginette Neveu - YouTube
http://www.youtube.com/results?search_query=Ginette+Neveu&oq=Ginette+Neveu&gs_l=youtube.12..0l3.1687.1687.0.2888.1.1.0.0.0.0.262.262.2-1.1.0...0.0...1ac..11.youtube.BNBJGY_H5YY

ジネット・ヌヴー ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8C%E3%83%B4%E3%83%BC?ref=tagconcerned


Ginette Neveu -Sibelius Violin Concerto (1946)
http://www.youtube.com/watch?v=7Oy24SIvesg
http://www.youtube.com/watch?v=qxDORUqwr7Q

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77
ジネット・ヌヴー(Vn)
ハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団
1948年5月
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16016756
http://www.youtube.com/watch?v=n08w4-U5S3U&list=PLC47FF238D725C8F4

Ginette Neveu plays Gluck - Mélodie (from Orfeo ed Euridice)
http://www.youtube.com/watch?v=Icr0l8zJmfg&list=PLC47FF238D725C8F4&index=1

Ginette Neveu Plays Ravel Tzigane
http://www.youtube.com/watch?v=-ZdmEBHKBjA&list=PLC47FF238D725C8F4&index=3

Ginette Neveu - De Falla 'La vida breve'
http://www.youtube.com/watch?v=UgICAdFvx3I


12. 2013年7月10日 13:07:14 : W18zBTaIM6

ジネット・ヌヴー

Vnの教師であった母の手ほどきでVnを始める。父はアマチュアの弦楽器奏者であった。

5歳でパリ音楽大学のタリュエル夫人に師事。

タリュエル夫人はヌヴーが同じフレーズを50回もさらう事がよくあったので「もう充分よ 。」と言うと、ヌヴーは「でも、もっと美しく弾かなきゃならないもの。」と答えたという。

7歳の時、コンセール・コロンヌ管弦楽団と共演して、ブルッフのVn協奏曲でパリ・デビューした。


10歳の時にジョルジェ・エネスコにレッスンを受けたことがある。

シャコンヌのあるパッセージにきたとき、エネスコはヌヴーに

「私ならそうは弾かないよ。」

と言ったところ、ヌヴーは

「私はこの曲を私の理解した通りに弾くわ。ピンと来ない弾き方では弾けないもの。」

と答えたという。エネスコは微笑みながら黙って次を続けさせたらしい。


11歳でパリ音楽院に入学、名教師プシューリに師事、作曲をナディア・ブーランジェについて学ぶが、僅か8ヶ月でパリ音楽院の最優秀賞を得て卒業した。

13歳の時ウイーンの国際コンクールに出場するが、4位にとどまった。
しかし、この時カール・フレッシュは彼女の才能を見抜き、ヌヴーはベルリンに留学して4年間カール・フレッシュに師事した。フレッシュは

「ヌヴーはすでに完成された芸術家であり、自分はいくつかの技術上のアドヴァイス以外にすることはなかった。」

と述懐している。
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/27415751.html


13. 中川隆 2013年7月10日 13:42:51 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


> ガラミアンは1922年パリに移住し、運弓法の権威であったパリ・コンセルヴァトワール教授ルシアン・カペーに師事した。

> 特にガラミアンは運弓の名手と言われたカペーの弟子であっただけに運弓にはうるさく、後に ガラミアンのトレードマークになるが、大きく弓を使いいい音を出すことを徹底して訓練した。

ガラミアンが自分の指導に絶対の自信を持っていたのは あのリュシアン・カペーのボウイング技術を完璧にマスターしているからなのですね:


リュシアン・カペー(Lucien Capet, 1873年1月8日 – 1928年12月18日)

リュシアン・カペーはフランスのヴァイオリニスト・室内楽奏者・音楽教師・作曲家。超絶的な演奏技巧と力強く温かみのある音色とを併せ持ち、ヴィルトゥオーゾとして名を馳せた。
カペーは教育者としても一目置かれ、とりわけ運弓技術で名高かった。

著名な門弟にヤッシャ・ブロツキー(またはヤッシャ・ブロドスキーとも)とイヴァン・ガラミアンがおり、いずれも今世紀の最も影響力あるヴァイオリン教師となった。

『ベートーヴェンの17の弦楽四重奏曲(Les 17 Quatuors de Beethoven )』や『希望すなわち哲学的著作(Espérances, ouvrage philosophique )』などの著書があるが、最も重要なのは、ヴァイオリンのボウイング技術のあらゆる側面についての決定的な論文『運弓技術の奥義詳解(La Technique supérieure de l'archet où abondent les exemples et les détails )』(1916年)である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%9A%E3%83%BC


カペーは弓職人のジョゼフ・アルチュール・ヴィニュロンと協力して、「リュシアン・カペー型」の弓を作り上げた。ヴィニュロンの設計した弓は(リュシアン・カペー型であるとしばしば刻印され)、湾曲した一種の三角形の交差部分があり、(重心は中心より低めにして)弓に安定感を加えたものだった。

電気録音初期に登場したカペーSQの録音が、旧派の名団体のみならず当時最大の人気を誇つたレナーSQの株を奪ひ尽くした理由は、偏にボウイングの妙技による。

1910年以前に記録されたヴァイオリニストの録音を聴くと、弓を押し当てた寸詰まりの音、頻繁な弓の返しが聴かれ、時代を感じさせる。

ところが、カペーのボウイングからは、響きが澄み渡るやうに程よく力が抜けてをり、だからといつて空気を含んだ浮ついた音にはなつてゐない。凛と張つたアーティキュレーションは大言壮語を避け、ボウイング・スラーを用ゐることでしなやかなリズムを生み出した。

『運弓のテクニック』なる著作を残したカペーは、エネスクやティボーと並ぶボウイングの大家である。彼らの共通点はパルラント奏法と云ふ朗読調のボウイングを会得してゐることにある。多かれ少なかれ、あらゆるヴァイオリニストは歌ふことに心を砕くが、歌はフレーズを描くために強い呼吸を必要とし、リズムの躍動を糧とする。だから、ためらひや沈思や侘び寂びを表現するには必ずしも適当ではない。これらの表現は、繊細な呼吸、慎ましい抑揚、語るやうに送られる運弓法によつて初めて可能になるのだ。

カペーSQはノン・ヴィブラートとポルタメントを演奏様式とする旧派の一面も持つが、ボウイングに革新的な表現力を持たせたカペーの元に一致団結した名四重奏団である。
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/capet.html

カペー弦楽四重奏団
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/capet.html


14. 中川隆 2013年7月10日 19:38:16 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


シューマン編曲 バッハ・シャコンヌのピアノ伴奏版

http://www.youtube.com/watch?v=qtK--J3qiac

J.S. Bach - Partita No.2 in D minor, BWV 1004: Chaconne Schumann's transcription for piano and violinPerformed by Benjamin Schmid and Lisa Smirnova

シューマンの晩年の大作は、様々な文献で記されているように、バロック音楽に特徴的な要素を各所に刻印している。付点リズムが印象的な第一主題は、フランス風序曲のグラーヴェを彷彿させるし、その第一主題がソロと交代しながらほぼ規則的に繰り返されるのは、コンチェルトの伝統的なリトルネッロ形式のように聞こえる。第二楽章のラルゴは、バイオリンの独奏と平行するチェロのソロパートの組みあわせは、ロマンティックな風情の背後に対位法を忍ばせていないだろうか。そして最後の第三楽章、これはゆったりとしたポロネーズである。

このようなバロック音楽との関連は、背後にどのような事情があったのか。それはヴァイオリン協奏曲が作曲された1853年のシューマンの生き様を調べれば、ある想像が容易に可能だ。そう、この年はシューマンがバッハ研究に集中的に取り組んだ年だった。となれば、この協奏曲に、その影響が現れたと考えるのが自然だろう。あのフランス序曲風の冒頭や、フィナーレのポロネーズは、バッハの管弦楽組曲の影響だと考えられる。第一楽章の冒頭主題は、属調であるイ短調を取るフランス組曲BWV831の冒頭との近さを感じないだろうか。

1853年はシューマンにとってヴァイオリンとチェロの無伴奏作品研究の一年だった

ところで、この1853年のシューマンのバッハ研究とは、どのようなものだったのか。シューマンはその成果として、今では殆ど知られていないが、シューマンのバッハ観を知る上で、とても重要な作品を残している。それは、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータのピアノ伴奏版の編曲である。

シューマンがこの無伴奏ヴァイオリン作品の研究と編曲を手掛けたのは、1852年の年末のこと。その作業は、それから正月にかけての数日間に集中して行われた。このような仕事の背後に、メンデルスゾーンによるシャコンヌのピアノ伴奏編曲があることは、かつて、このエントリーにて触れたことがある。結果として、この年の年末には、この編曲は六曲のソナタとして出版されている。また、この年は、このヴァイオリン音楽の大作だけでなく、他にも無伴奏チェロ組曲の研究にも取り組んでいた。

さらに、シューマンのバッハ研究は、このデュッセルドルフ時代に限ったことではなかった。シューマンはドレスデン時代にもバッハの鍵盤作品を研究し、ペダル付きのピアノもしくはオルガン用のフーガを作曲していることを踏まえると、この年の後半に作曲されたこのヴァイオリン協奏曲は、シューマンのバッハ研究の成果の集大成だったのではないだろうか。ただ、この協奏曲が誕生した契機は、このバッハ研究だけではなかった。それは、ヨーゼフ・ヨアヒムという若いヴァイオリニストとの出会いもあった。

バッハを巡るヨアヒムとシューマンの視線のずれ?

この1853年は、シューマンにとって、ヨーゼフ・ヨアヒムとヨハネス・ブラームスというその後の音楽史に名を残す若者達との出会いの年としても知られていることを、忘れてはいけないだろう。このヴァイオリン協奏曲は、同年春にヨアヒムの弾くベートーヴェンの協奏曲に刺激され、その後に手掛けられたとされているし、そのヨアヒムにこの作品は献呈された。

ところが、あろうことか、そのヨアヒムと妻クララによって、この作品は公衆の面前で演奏されることなく封印され、永い眠りにつくことになってしまった。その理由としては、シューマンが精神を病みつつあった時期の作品のため、ということが言われている。それはたしかにそうなのかもしれない。

ただ、シューマンによる無伴奏ヴァイオリン作品の編曲と、ヨアヒム晩年の同曲のSP録音を聴くと、もしかしたら、シューマンとヨアヒムの間にバッハを巡る視線に大幅な違いがあり、それが結果としてこの協奏曲に対するヨアヒムの無理解に繋がったのではないか、という想像も可能になってくる。

先にシューマンの無伴奏ヴァイオリン作品のピアノ伴奏編曲と書いた。でも、これは正確ではない。実は、シューマンは無伴奏ヴァイオリンのパートには、全くを手を入れていないのだ。シューマンがやったことは、ヴァイオリンの和声や対位法における対旋律を補足するためのピアノパートを作ったに過ぎない。
これはシューマンがこのバッハの作品が持つ、バロック様式を十分に尊重していたことを十分に指し示していないだろうか。だから、この作品に特徴的な一つの楽器でポリフォニーを志向するというアクロバティックな要素も、そのまま残されている。

ところが、一方のヨアヒムはどうだろうか。

彼の最晩年1903年の録音(BWV1001のプレリュードと、BWV1002のブーレ)を聴くと、この作品が目指していたポリフォニックな音響を一つの楽器で、という志向は、この演奏では二の次、いや、あえてそのような要素をヨアヒムは必死にねじ伏せようとしている。あくまでも旋律と伴奏というホモフォニックな発想に基づく音楽として。

ここには、バッハに対するロマン主義的な視線の分岐が現れている。シューマンはバッハの手法を十分に尊重した上で、その時代に相応しい音楽とすべく、接ぎ木(ピアノ伴奏)を行ったのに対し、ヨアヒムのそれは、バッハの音楽の本質を歪めてまでも19世紀の音楽観を優先させようとしている。その違いには、一方は前衛を志向する作曲家、もう一方は聴衆のニーズに応え続けるべき演奏家、という立場の違いが現れているとも言えるだろう。ヨアヒムにとっては、その分岐のみならず、そのバッハの作品にある極度の演奏の困難さまで引き継いでしまったシューマンの協奏曲は、とても理解し難かったのではないだろうか。

ただ21世紀の今、古楽復興という運動を経験した我々から見たとき、我々にとってリーズナブルなアプローチを取っていたのは、やはりシューマンではないだろうか。

そして、シューマンによる無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ編曲は、全曲をベンジャミン・シュミットの録音で聴ける。また、有名なシャコンヌだけだが、ピリオド・アプローチによるシューマンのヴァイオリン関連作品集三枚組にも納められている。

ヨアヒムのSP録音は、テスタメントの伝説の名手達の録音を集めた二枚組で聴ける。


Joseph Joachim plays Bach Sonata #1
http://www.youtube.com/watch?v=tixMlx2YOwI

Joachim plays Bach - Adagio
http://www.youtube.com/watch?v=-XQxCLDPB24

Bach Adagio g-minor played by Joseph Joachim 1904
http://www.youtube.com/watch?v=i3wysuAIDGc


また、シューマンとバッハとの関係を探る点では、シューマン編曲によるヨハネ受難曲は早々に聴くべき録音なんだろう。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2008/04/22-135104.html


15. 中川隆 2013年7月10日 19:47:58 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ブラームス編曲 バッハ・シャコンヌの左手のためのピアノ版

Bach/Brahms - Chaconne for the left hand - Paul Wittgenstein
http://www.youtube.com/watch?v=jk_yNa0KPEM
http://www.youtube.com/watch?v=DsHcjYdPChQ

KRYSTIAN ZIMERMAN plays BACH Chaconne Transcription by BRAHMS (1982)
http://www.youtube.com/watch?v=91KBiPlit-Y

J. S. BACH / J. BRAHMS -- Chaconne in D Minor. M. Béroff, piano
http://www.youtube.com/watch?v=rMeCWkRIzRc

「無伴奏」のなかでも特に高い関心を集めたのは、パルティータ第2番の終曲である「シャコンヌ」で、様々な演奏形態へと編曲されました。

ピアノ伴奏を加えたものは、F.W.レッセル(1845)、メンデルスゾーン(1840-47)、シューマン(1853-54)のものが良く知られていますが、最後の二人の編曲は、第三者により再度アレンジされて出版されています。

その他にも、A.ヴィルヘルミは小編成のオーケストラ伴奏(1885)を書いていますし、ピアノ用の自由な編曲ではC.D.vanブルイック(1855)、J.ラフ(1865-1867)、E.パウアー(1867)、F.ブゾーニ(1893)のものが知られています。

左手だけを使ってピアノで演奏するように編曲されたブラームスのもの(1877-1879)は特に巧みにアレンジされています。

その他にも、4手のためのものや、2台のピアノ、オルガン、ピアノ・トリオ、弦楽四重奏、チェロやヴィオラ用に忠実に編曲されたもの、2つのヴァイオリン、ギター、オーケストラ用などへも広く編曲されています。

 このようにバッハのオリジナルを編曲することへの意義は、概して二つありました。一つは、ロマン派の音楽家が、バッハの楽想の豊かさに魅せられてしまったと言うことです。

1840年にメンデルスゾーンが自らのピアノ伴奏で演奏した「無伴奏」(ヴァイオリン:F.ダーフィット)を聞いたシューマンは、

「メンデルスゾーンは、バッハの原曲にあらゆる種類の声部を絡ませ、しかも聴衆に喜びを与えた」

とその感想を述べています。そのシューマンも、後に自らピアノ伴奏をつけて出版していますが、彼はロマン派の思想からバッハの表現を感じ取っており、「無伴奏」の幅広い伝承に貢献しました。このことについては、1877年にブラームスがクララ・シューマンへの書簡の一つで述べている感想が、ロマン派におけるバッハのイメージを的確に言い当てていると思います。

 「『シャコンヌ』は私にとって最も驚異的でかつ不可解な作品の一つです。ほんの一段の譜表で、ひとつの小さい楽器のために、この作曲家はこれほど深遠な思想と力強い感情の世界を創造したのです。もし私自身が霊感を得ることができてこの曲を作曲したと想像すると、その途方もない興奮と感動で気が狂ってしまったことでしょう。」
http://www.music.qub.ac.uk/tomita/essay/Toppan2.html


16. 中川隆 2013年7月10日 20:03:10 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ブゾーニ編曲 ピアノ版 バッハ・シャコンヌ


BUSONI PLAYS Bach - Busoni - Chaconne d minor
http://www.youtube.com/watch?v=MyABEniTRSw
http://www.youtube.com/watch?v=8SXzYPjd9wQ

Bach/Busoni - Chaconne in D-minor (Duo-Art Busoni)
http://www.youtube.com/watch?v=5eYsbmfRYjo


Bach, Busoni Chaconne in D minor BWV 1004 Arthur Rubinstein
http://www.youtube.com/watch?v=NKYyiD8ypCo
http://www.youtube.com/watch?v=VZtg6pKdtlM
http://www.youtube.com/watch?v=YVqZ7_V6RCc


Michelangeli plays Bach-Busoni Chaconne in d-moll BWV 1004
http://www.youtube.com/watch?v=gZ_PvAicuI0
http://www.youtube.com/watch?v=wCMK-HyMG0M
http://www.youtube.com/watch?v=TnoSeI3APSg
http://www.youtube.com/watch?v=aLIDrJQ7BFQ


Helene Grimaud - Chaconne from Violin Partita No.2 BWV1004 (arr. Busoni)
http://www.youtube.com/watch?v=cuL2cPl0JgU
http://www.youtube.com/watch?v=Taq-Vy0OhIE
http://www.youtube.com/watch?v=QbkkpNHGIjM
http://www.youtube.com/watch?v=fgcf80UCYfY

Bach-Busoni - Chaconne in D Minor BWV 1004, Hélène Grimaud, 2001
http://www.youtube.com/watch?v=RjCLlzdM9Vs
http://www.youtube.com/watch?v=sw9DlMNnpPM
http://www.youtube.com/watch?v=pkOH-MtUplU

__________


シャコンヌ 各種編曲版CD案内
http://homepage1.nifty.com/chaconne/cdinfo.html


17. 中川隆 2013年7月10日 20:07:37 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

J.S. Bach, Chaconne (Violin Partita No. 2 BWV 1004) — Andrés Segovia
http://www.youtube.com/watch?v=zcGt9AFlIPY
http://www.youtube.com/watch?v=PNXlslzL8EY&list=PL9C4ADDC248D8B581
http://www.youtube.com/watch?v=qRhorozjEEg&list=PL9C4ADDC248D8B581


Bach Chaconne in D minor, Narciso Yepes (6-string guitar, 1959)
http://www.youtube.com/watch?v=uj8BRY-EQSQ


Bach/Stokowski "Chaconne D minor" Leopold Stokowski
http://www.youtube.com/watch?v=LoU_ToDmsKQ
http://www.youtube.com/watch?v=QxKID2BcBT4
http://www.youtube.com/watch?v=CAZQBUmkwG8


Seiji Ozawa - SAITO-KINEN Chaconne
http://www.youtube.com/watch?v=_Ne6IV5KiMY


18. 中川隆 2013年7月12日 20:56:47 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


バイオリンの発展

バイオリンの聖地、クレモナ

16世紀後半から18世紀前半にかけて、北イタリア・ロンバルジア地方の小都市クレモナはバイオリン?製作の中心地になり、約2万個の名器が作られました。そしてクレモナのバイオリン製作家は家ごとに一派を成し、その技術は代々受け継がれたのです。最も有名な製作家の名前を挙げると、アマティ一族が5人、ストラディヴァリ一族が3人、グァルネリ一族が5人。他にもカルロ・ベルゴンツィ作のバイオリンは名器として知られています。

これらのバイオリンは現代にいたるまで一流のバイオリニストに弾き継がれ、今でも有名なバイオリニストの多くが、このクレモナの名器を愛用しているのです。


名器の特長は製作者にそっくり?

ストラディヴァリ(左)とグァルネリ(右)

アントニオ・ストラディヴァリとグァルネリ・デル・ジェスは、ほとんど同じ時代にクレモナで活躍したバイオリン?の名工で、どちらも史上最高の製作家と呼ばれ、今も彼らの作った名器が珍重されています。けれども彼らの楽器を比べてみると、音の性格はかなり異なっているようです。

アントニオ・ストラディヴァリは1644年ごろ生まれて90歳過ぎまで生き、最晩年までバイオリンを製作していたといいます。推定製作本数は約1100本。現在約600本が残っていますが、これは1人がつくった数としては驚異的です。彼の楽器は隅々までていねいに作られていて、華々しく艶(つや)のある音が特徴です。

一方、グァルネリ・デル・ジェスは1698年から1744年の生涯を破天荒に生きた人。お酒もよく飲み、刑務所に入ったこともあると伝えられています。製作本数は推定約300本で、そのうち約140本が現存しています。彼のバイオリンは、作りも荒々しく、エネルギッシュで深い、迫力のある音がするんですよ。

モダンとバロック、その違いは?

バイオリン?は誕生した時にすでに完成された姿をしていました。そのためその後の改良もごくわずかです。その改良というのは、19世紀に、時代の流れに対応するために行われたもの。ひとつは指板を胴の中央まで長くしたこと。これは特にE線の高音をもっと多く弾けるようにするためでした。もうひとつは、音量と輝かしさを増すために、駒を高くし、同時に指板の位置も高くして、弦の張力を増すようにしたこと。

古い名器にこの改良を加えた楽器や、それを真似て新しく作った楽器を一般に「モダン・バイオリン」、そうした改良を加えない、古いかたちのままのものを「バロック?・バイオリン」と呼んでいます。現在では、ストラディヴァリやグァルネリの名器でも、ほとんどすべてがモダン・バイオリンになって使われています。
http://www.yamaha.co.jp/plus/violin/?ln=ja&cn=10102&pg=2

古楽器とピリオド奏法   小池はるみ

■バロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンのちがい

 まずは楽器のお話を。

 モダンヴァイオリンに比べるとバロックヴァイオリンはネックがやや太く、駒は低くカーブがなだらか(重音が弾きやすい)。指板は短く、表板に対する角度も緩やか(派手なポジションチェンジの必要がなかった)。顎当て、肩当ては使わず(金属製のネジがなかった)楽器は鎖骨の上に乗せるだけ。初めはグラグラして落としそうになりますが、慣れるとその方が良く鳴るし軽やかに弾けるようになります。バロックヴァイオリンは実際軽いのです。

 指板が長くなったのはパガニーニ以降。ストラディバリウスも元々はバロック楽器だったのを今はみんなモダンに改造してあります。革命によって貴族社会が終わり、音楽が市民のものになると、コンサート会場もやがて宮殿からホールへと移り、より大きな音が求められるようになり、楽器のテンションも高くなっていきました。今では現存するオリジナル楽器はほとんどないので、バロックヴァイオリンを手に入れるには、古い楽器を再改造するか新作のバロックヴァイオリンを注文しなければなりません。でもいきなりバロックヴァイオリンを買わなくても大丈夫。手持ちのモダンヴァイオリンにガット弦を張り、バロック弓で弾くだけでかなりバロックの響きに近づきます。私もそこから始めました。当時も、ある時一斉に楽器が変わったわけではなく、様々な段階を経ながら少しずつ変わっていったのです。

■ガット弦について

 古楽器にはガット弦を張ります。ガットは羊の腸(牛の腸もある)を乾燥させたもので、そのまま使うのがナチュラルですが、夏などは汗ですぐに「裂きイカ」状態になって切れていまうので、ワックスのようなものをコーティングして切れにくくしたものや銀を巻いたもの、二本をより合わせたものなどを使うこともあります。 長さは120センチ。チェロは一本を一回で使いますがヴァイオリンは半分に切って二回使えるのでちょっと得をした気分になります。弦はヴァイオリン用チェロ用という区別はなく、太さを自分で選んで購入します。太さは音色やピッチ、楽器との相性や弾きやすさなどを考慮して選びます。ガット弦を楽器に張る時は自分でループを作ります。弦の端をライターで焼いておくとほどけません。


■弓(ボウ)について

 バロック・ボウは元々、あの矢を引く弓と同じアーチ形をしていました。木は弾力の強いスネイクウッドを用い、ネジはなく、弓の毛を張る時は手元にフロッグをはめ込み、緩める時には外すというシンプルな仕組みでした。 毛は馬の尻尾で、白毛だけでなく黒毛も使いました。やがて張り具合をネジで調節できるようになり、丈も長くなり、またアーチがだんだん毛と平行になり(クラシカル・ボウ)、さらに逆反りになり(モダン・ボウ)、ダウンとアップ、弓の先・中・元の音量差をなくすことに成功しました。産業革命で工業製品が出回るようになり、どの製品も同じ品質が保証されるようになると、人々は音楽にも均一を求めるようになったのです。でもそれはハンドメイドの味わい、つまりバロック弓がもたらしていた陰影や躍動感を失うこととなりました。これが、現在私達がモダン楽器でピリオド奏法をする上での大きな問題です。   


■ピリオド奏法  

 ピリオド、つまりその「時代」に演奏されていた方法を再現し、作曲家の意図をより忠実に表現しようというのがピリオド奏法です。演劇の世界で言えば、時代劇には時代考証(暮らし、衣服、言葉使い、立ち居振る舞い、等々…)が欠かせませんね。それと同じです。

 ピリオド奏法については文献が色々出ているので、ここでは実際に私達の演奏の際に心得ておきたい基本的なものだけを取り上げることにします。基本がわかると、ソリストや先生方の指摘がバロックとしての常識なのか、先生独自の解釈なのかが判別できるようになります。

(1)ピッチと音律

・音律について。
 音律は平均律、純正調、バロッティ、ヤング、ピタゴラス、ミーントーン等々多種ありますが、ターフェルではバロッティ音律で演奏していますね。私は今まで純正調と平均律しか知りませんでしたので慣れるのが大変でした。バロッティの5度は純正調よりも狭いので、Aから順番に純正5度で調弦してしまうとGやCで誤差が生じてしまいます。Aより低い弦は少し高めに、E線はやや低めに調弦します。でもこれもやはり個人の感覚の差があってピッタリ一致しないので、各自が「古典音律チューナー」(古楽器奏者は大抵持っています)を買って練習するのが一番ですが、わざわざ買うのはちょっと…という方は、調弦の時に弦を一本ずつオルガンに合わせ、合奏の時には極力オルガンを聴いて合わせ(特に通低)ればかなりバロッティに近づくことができますので是非試してみて下さい。そうすれば全体に音程がもっともっとスッキリして和音が透明になると思います。


・ピッチについて。
 ご承知の通り、バッハの頃のバロック・ピッチは a=415、モーツァルト・ベートーベンの頃の古典ピッチは a=430〜435、モダン・ピッチが a=440〜443(ヴィヴァルディの頃のイタリアでは a=460前後との記録があります)と少しずつ上がってきています。 これも、よりダイナミックに、よりソリスティックに、という時代の要請でしょう。ターフェルではモダン・ピッチでバッハを演奏していますね。バロック・ピッチとモダン・ピッチとの差は約半音。聴いているとあまり違和感がないように思いますが実際に弾くとテンションが全然違います。私達もできればあまり力まずに、バロック・ピッチのイメージで弾きたいものですね。


(2)メッサ・ディ・ボーチェ

 鳴り始めが弱く、次第に真ん中が膨らみ、最後に減衰して消えるのがメッサ・ディ・ヴォーチェで、これがバロック時代最も美しい音のシェイプと考えられていました。

 バロック弓はまさにこの形をしていますね。モダンに比べ元が軽く、真ん中の張りが強く、先が弱いのでメッサ・ディ・ヴォーチェに最適なのです。 でもバロック弓を持てば自動的にメッサが出来るわけではありません。 私の最初のレッスンも、大半がa=415のバロッティ音律による調弦とこのメッサ・ディ・ヴォーチェの弾き方に費やされました。 もちろんイメージさえあればモダン弓でもメッサは可能です。是非美しいメッサ・ディ・ヴォーチェを練習してみて下さい。


(3)ヴィブラートとトリル

 モダンでは全ての音にヴィブラートをかけ続けますが、バロックではヴィブラートはトリルの一種とみなされ、装飾として部分的効果的に使われました。ですからまずは全ての音をノンヴィブラートで弾けるようにしてからバロック式ヴィブラートを練習すると良いのですが、実際には自分では全くかけていないつもりでも無意識にかけていたり、ノンヴィブにした途端に音程が悪くなるなど、なかなか一朝一夕にはいきません。

 ヴィブラートは立ち上がりからいきなり速く掛けるのではなく、ちょうど大きな鐘を打った時のようにロングトーンの後半から自然に揺らして消えるのが良いのです。また細かい音符には決してかけないのが原則です。

 一方、トリルには様々な種類があり、その弾き方も実に多彩で驚くばかり。符点音符のように揺らしてかけたり、右手でトントントトト…とかけたり、特に初期バロックでは単純なメロディーラインを自由自在にトリルで飾り、演奏者の腕を披露します。それが次第に作曲家自身が装飾を楽譜に記すようになりました。ですからバッハなどを弾く時には、どの音がメロディーの芯となる音でどの音が装飾なのかを判別しなければなりません。また各フレーズの最後のカデンツには楽譜に書いてなくてもトリルを付ける習慣が残っているので、フレーズの始まりと終わりをしっかり把握して弾きたいと思います。


(4)表と裏、対比、イネガル、繰り返し、装飾など

 バロックでは同じ音形や類似するフレーズが繰り返される時には必ずどちらかを裏にして表と対比させるようにします。二回出てくる時はエコーにする場合が多いですが、まず弱く弾いてから二回目念を押すように強く弾くこともありますし、三回繰り返される場合には強ー弱ー強にするなど、ニュアンスも変えて必ず陰影を作ります。(ゼクエンツはまた別の項で扱います)

 ひとつの音形の後に違う音形が出てきたらアーティキュレーションをはっきり変えて、音形の違いを際立たせます。 8分音符や16分音符が連続する時には強拍を長めに弱拍を短めに(符点でもなく三連でもない感じで)弾き、不均等(イネガル)を心がけます。 リピート記号で繰り返したり、ダ・カーポした場合にはトリルや装飾で変化をつけます。 このように、隣り合った音、音形、フレーズ、パターンなどを決して同じように弾かないのがバロックの原則です。

 考えてみますと、当時は不平等、不均一が当たり前の時代でしたから、人々にとっては音楽もその方が自然だったのでしょう。いびつな真珠(バロック)を味わい、いびつを生かして美しく配置することにこの時代の美意識を感じます。


(5)拍子のヒエラルキー

 二拍子は強・弱
 三拍子は強・弱・弱
 四拍子は強・弱・中強・弱

 これが拍子の力関係です。なんと拍にも身分の違いがあるんですね!今でこそ男女平等、子供達も全員平等ですが、日本も家長である父親と跡取りの長男が偉かった?時代がありましたから、それを連想すると分かり易いかも知れません。 1と3は神を表すので強く、2と4は人間を表すので弱く…とも聞きました。ご参考までに。

 ただ、これを実際に演奏するのは大変です。基本的には強をП(下げ弓)で弱を∨(上げ弓)で弾きますが、モダンボウではどうしても∨が大きくなってしまうので、細心の注意が必要です。私も初めは一生懸命頭で考えながらゆっくり弾いてみて、次第にテンポを上げて練習しました。今もまだちょっとぎこちないです。でもこの拍感こそ、バロックの生き生きとした躍動感を生み出す基本なので、是非とも身につけたいものですね!


(6)フレーズ(カデンツァ、タイ、和声など)

 バロックでは楽譜は右から左へ見よと言われます。つまり、まずフレーズの終わりがどこかを確認してから弾き始めるのです。行き先のわからない電車に乗る人はいませんね。また目的地に着く前に降りたり乗り過ごしたりすると迷ってしまいます。

 フレーズにはポイントになる音がいくつかあるのでその音を道標にして前へ前へ進みましょう。ポイントになる音は、強拍、最高音、最低音、不協和音など。これらの音を中心に(>をつけるとフレーズが立体的になります。同じ音形を繰り返しながら上がっていく(下がっていく)ゼクエンツなどはその到達地点がポイントになりますし、7、56、246、9、ナポリの6などの不協和音も重要ポイントです。

 タイの終わりに不協和音がある場合には、途中で音が抜けてしまわないように保ち、しっかり音をぶつけるとその後の解決が非常に気持ちいいですね!和声は私もまだまだ勉強中ですが、和音によって様々なキャラクターがあるのがとても面白いと思います。ちなみに普通の6の和音は広がるイメージなのであまり力まないで弾きましょう。

  目的地の直前にカデンツァが出てきたら流さずしっかり終わります。
第一拍目の頭の音がフレーズの終わりで裏拍から次のフレーズが始まるというケースもよくありますね。弦楽器も歌や管楽器のようにそこで軽くブレスをしてみてはどうでしょうか?

 ところで「小節線を踏まない」というルールをご存知ですか?私はそれを聞いた時とっさに、和室で畳の縁を踏まないのと同じだな(笑)…と思いました。初めは意識し過ぎてフレーズがぶつ切りになるのですが、知っておくとアウフタクトが弾きやすいし、終止もスッキリして、全体が美しいフレーズに仕上がります。


(7)上行形と下行形、順次進行と跳躍進行

 上行形では次第に気持ちが高まり(クレッシェンド)下行形では徐々にクールダウン(デクレッシェンド)します。また、二度で動く順次進行の時にはレガートで、三度以上飛ぶ跳躍進行の時には切って弾くのが基本です。 特に完全五度上は天上を表すのでキッパリと、それに対して二度は地上を表すのでタラタラと、だそうです。面白いですね!

 バロックの時代は自動車も飛行機もエレベーターもありませんから、坂道も階段もすべて徒歩でした。その目線で弾いてみて下さい。自然にそのような奏法になるはずです。

(8)アーティキュレーション

 2つの音符にスラーがついていたら、最初の音を重く次の音は軽く弾きます。音符が3つ、4つ、それ以上に増えても常にスラーの最初の音を重くし、あとは自然に減衰させます。私はモダンのポルタート癖が抜けず、気づかないうちに均等になってしまって苦労しました。

 スタッカートも均等に弾かずに、拍の裏と後半を軽く短めにすると躍動感が出ます。特にスタッカートは弓のスピードが速くなりすぎないよう、弓を使いすぎないよう注意しましょう。

  重音をアルペジオで弾く時には常に低い音を重く高い音を軽く弾きます。
  スタッカートもスラーも何も書いていない場合は、音形を良く見て判断します。バロックではよく「音形通りに」「音形が見えるように」弾けと言われます。同じような16分音符の連続に見えても実は様々な音形が組み合わされているのです。

 文章に句読点があるように、フレーズの途中で音形が変わる時に一瞬間を取ることを「アーティキュレートする」と言います。これも音形の変化に敏感になってフレーズの把握が的確に出来るようになると、どこでアーティキュレートすべきか自ずと解ってきて、音形の違いに応じて効果的な対比を作り出すことができます。

 「鳥の目と虫の目で見る」という言葉がありますが、バロックもまさに、鳥のように空から全体の曲の構造、フレーズを把握した上で、今度は地上の虫のように順次進行や跳躍、上行と下行、落とし穴のような不協和音、音形の違いに一つ一つ反応しながら進んで行けるようになれば実に愉しいと思います。 …と口で言うのは容易いですが実際に弾きこなすのは至難の業ですよね。私もなんとかもっと自然に表現できるようになりたいと精進の毎日です。
http://tafel.exblog.jp/18083238/


19. 中川隆 2013年7月12日 21:03:17 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


バッハ無伴奏ヴァイオリン作品について考えたこと(上)-シューマン、ヨアヒムそして-

シューマンによる「シャコンヌ」ピアノ伴奏版は、ヴァイオリンがLisa Marie Landgraf、鍵盤がTobias Kochという初めて名前を聞く演奏者ですが、ピリオド・アプローチでのロマン派作品演奏について、かなりの検討が加えられているようです。

Performed by Benjamin Schmid and Lisa Smirnovahttp://www.youtube.com/watch?v=qtK--J3qiac

ピリオド系演奏と自作自演によるヨアヒムの「ロマンス」

Joachim plays Joachim - Romance
http://www.youtube.com/watch?v=hF6XfABTsQE
http://www.youtube.com/watch?v=EeVFYA0Duss

Joseph Joachim plays Bach Sonata #1
http://www.youtube.com/watch?v=tixMlx2YOwI

Bach Adagio g-minor played by Joseph Joachim 1904
http://www.youtube.com/watch?v=i3wysuAIDGc
http://www.youtube.com/watch?v=-XQxCLDPB24

ヨアヒムの「ロマンス」とバッハの無伴奏、これらの曲目はヨーゼフ・ヨアヒムの1903年の歴史的録音で聴ける作品でもあります(但し、ヨアヒムの録音でのバッハはBWV1001のプレリュードとBWV1002のブーレ)。この歴史的録音と、先のシューマンによる「シャコンヌ」ピアノ伴奏版を比較すると、まあ、呆れるくらいの違いがあります。

例えば、ヨーゼフ・ヨアヒムの自作である「ロマンスハ長調」。GENUINのシューマン全集で聴ける演奏は、特に破綻も無く、当方の耳に自然に馴染む演奏に聞こえます。しかし、一方のヨアヒムの自作自演では、本当に自作自演なのかと疑ってしまいたくなる、容赦ない自由闊達な演奏ぶりに驚かされます。

テンポの定まらないピアノ伴奏も、なんとも味がある?のですが、ヨアヒムの演奏も、これは事前のどんな練習も無意味ではないかと思うような、自由なテンポ。お互いこれでは、縦の線を揃える等ということは不可能に思えてくるのですが、それ以前に、揃えるという意識があったのかどうか、疑問です。

この二つの演奏を聴くと、20世紀後半以降と、かの19世紀における演奏の概念に、何か根本的な違いがあるのではないか、そんな疑念がふつふつと湧き出てきます。そのような思いを深堀することは当方の力では出来ませんが、明確な違いは、バッハの無伴奏ヴァイオリンでも聴くことができます。


復活したバッハは当時の音楽観の鏡だったのか

メンデルスゾーンによるバッハのマタイ受難曲演奏が初めて行われたのは1823年。
ベートーヴェンもモーツァルトも、バッハの存在は知っていたわけですが、この復活演奏が、バッハを近代的なコンサートのレパートリーに加える、その契機であったことは確かだと思います。しかしながら、バッハがこの世を去ってから既に70年以上、その間にフランス革命やナポレオンの席巻、ウィーン会議という激動を経験した欧州社会には、バッハが作品を生み出した文脈は残っていなかったのでしょうか。

19世紀の演奏者や作曲家たちは、バッハの作品の文脈を辿ること以上に、バッハの作品を自らの価値観を反映させる鏡として、機能させてきたように感じられます。
自らの価値観を反映させる鏡としての、バッハの作品たち。バッハに注がれたそのような視線は、このシューマンの編曲と、ヨアヒムの自作自演からも読み取れると思います。

啓蒙普及が目的だった??シューマンの編曲

まず、ピアノ伴奏が付くシューマンの編曲は、ヴァイオリンには全くを手を加えておらず、シューマンがピアノ・パートのみを作ったという、正確には編曲とは言えない作品のようなのです。実際、シュミットや先のLandgrafの演奏は、極めてオーソドックスなものに聞こえてきます。

シューマンがこのようなパートの追加を行ったのは、この作品の普及啓蒙を目的としていたようで、それは本来「パルティータ」と「ソナタ」という二つの名称が附されているのに、シューマンのパート付加では、「6つのソナタ」とされていることにも現れています。19世紀における音楽概念(当時であれば、伴奏の無いヴァイオリンの作品??、「パルティータ」って何??)に適合させ、バッハの音楽を普及させたい、そんなシューマンの思いが感じられます。


無伴奏ながら明らかにホモフォニック志向のヨアヒム

それに対し、ヨアヒムの録音ではピアノの伴奏は無いものの、貧弱な録音から聞こえる演奏は、明らかに当方が馴染んでいる演奏とは違いがあります。それはよく聴くと、重音に対する封じ込めと言えるでしょうか、この作品から明確な旋律を抽出し、その旋律を構成しない音については、極力目立たないようにするという、はっきりとしたホモフォニック志向が聞き取れます。重音に伴うアルペジオは控えめであり、旋律として抽出した以外の音は、短く音を切って演奏されているように聞こえます。

そのような、ヨアヒムのホモフォニック志向は、シューマンの編曲では聞き取れなかった要素です。

逆に、シューマンは当時の主要な音楽観(と思われる)とは異なる、バッハのポリフォニックな響きに価値を見いだしていたのでしょうか、BWV1001の冒頭等では、ヴァイオリンのアルペジオを強調するかのように、ピアノがヴァイオリンと同じアルペジオを刻む箇所(装飾音??)が聞き取れます。


ヨアヒム、シューマン、バーナード・ショウ、そしてシュヴァイツァーへ

このように、ヨアヒムとシューマンがバッハの無伴奏ヴァイオリン作品に注いだ視線は、お互いによく知った関係ながら、明確な違いが見られます。

バッハの作品が持つポリフォニックな側面に価値を見いだしながら、当時の音楽観に馴染ませるべくパルティータという名称を廃し、ヴァイオリン・ソナタという概念に沿わせるべく、ピアノの控えめな伴奏を付与したシューマン。

それに対し、ピアノの伴奏は伴っていないけれど、その演奏は明らかにホモフォニックを志向したヨアヒム。

二人のアプローチは違っていますが、バッハの無伴奏ヴァイオリン作品を、当時の音楽観に見合ったものとして提示しようとする意志は、はっきりと感じられます。そして、そのヨアヒムの演奏を以てしても、当時の聴衆からすれば、何なんだこれは、という印象を喚起させていたことが、記録に残っています。ジョージ・バーナード・ショウがコルノ・ディ・バセットのペンネームで残した音楽批評の中には1890年2月28日付け記事として、ヨアヒムによるバッハの無伴奏ヴァイオリン作品の演奏に対して、次のようなかなり痛烈な言葉が残されています。

例えば、彼(ヨーゼフ・ヨアヒム)はバッハのハ長調のソナタを火曜日に行われたセントジェームズ・ホールでのバッハ合唱コンサートで演奏した。その第2楽章は300から400小節あまりのフーガだった。三つの連続的なパートを、一つのヴァイオリンで本当に演奏することはもちろん不可能だ。しかし、重音や、あるパートから別のパートへ、すっとごまかす(dodging)ことにって、バッハやヨアヒムが導びく、醜悪なフーガの亡霊を喚起することが出来るのだ。

それがまさに火曜日に起きたことなのだ。ヨアヒムは気違いじみたように弦を引っ掻き、その音はブーツの底で上手にナツメグを砕こうとしているかのようであり、エオリアン・ハープの旋律のように聞こえたかもしれない。音はピッチを聞き分けられる程度には音楽になっていたが、ほぼ全くの調子外れだ。恐るべき−呪うべきものだった!

もし無名の作曲家の作品かつ無名の演奏者だったら、彼は生きて逃れられなかったろう。しかし、我々全員−私はもちろん他の人々も−興味津々そして熱狂的であったのだ。我々は何者かのように拍手喝采し、ヨアヒムも我々に対して威厳を保ちながらそれに答えたのだった。貫禄を感じさせる芸術的なキャリアを持つヨアヒムと、偉大なバッハの名声が、天上の音楽による忌まわしいノイズに心を寄せるよう、我々に催眠術をかけたのだ。

まあ、言いたい放題の文章で、読むだけで辟易してきますが、バッハの無伴奏ヴァイオリン作品を演奏するということは、このような評価を受ける可能性はあったわけです。だから、これを当時の音楽観に見合ったかたちで、「より良く」演奏することへの欲望は、当方がこれまで思っていたよりも、強かったのかもしれないです。

シューマンが楽器の編成を通じて、そしてヨアヒムは演奏手法を通じて、偉大なるバッハの作品を、彼らや社会の持っていた音楽概念と摺り合わせたのですから、実際に楽器に何らかの変更を加えることによって、バッハの作品を演奏しようとする行為が現れるのは、決して不自然では無いのでしょう。

そこで焦点が当たるのが、数年前にCDとなってリリースされ、そこそこの反響を呼んだ、ルドルフ・ゲーラーによるシュバイツァーの湾曲弓による演奏なわけです。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2005/07/17-221344.html

バッハ無伴奏ヴァイオリン作品について考えたこと(下) -シュヴァイツァー、クイケン-

世界の偉人ということで、必ず登場するアルベルト・シュバイツァーは、20世紀後半の本格的な古楽復興のきっかけを作った一人だと言えるのではないでしょうか。

オルガン奏者として名声を博したこのシュヴァイツァーもまた、バッハの無伴奏ヴァイオリン作品、そしてチェロ作品に対して、自ら抱く理想的な響きを追求した音楽家だったのでしょうか、三重音や四重音をならすことが出来る湾曲弓を、長い試行錯誤の後にシュバイツァーが世に問うのは1933年のことだったようです。

そしてその響きは、数年前に登場したルドフル・ゲーラーによるソナタとパルティータ全曲のCDで聴くことができます。


バッハ弓による無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)
ゲーラー(ルドルフ)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%E5%BC%93%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%84%A1%E4%BC%B4%E5%A5%8F%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF-%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BF-%E5%85%A8%E6%9B%B2-%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC-%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95/dp/B00005EH5G

Über die Chaconne für Violine von Bach und den Rundbogen
http://www.youtube.com/watch?v=C7T23-zeTT0

湾曲弓の背後にあるのはオルガンの響き?

このルドルフ・ゲーラー自身によるCDの解説文を読むと、湾曲弓の提案がオルガンの響きと密接に関係していたことは確かだと感じられます。

いままで、シュバイツァーは「バッハ弓」を歴史上の湾曲弓の一つから「復元した」つもりだったとされてきた。だが、そんなことは考えてもいなかったのである。楽譜に書かれた音をオルガンの響きと結び付け、自分にとって理想的な響きを実現しようとして、きわめて「新しい構造」を考えていたのだ。バッハがこれと同じ感覚を有していたのかどうか、今では推測することしか出来ない。
(略)

歴史的演奏法の実用化は、今世紀後半の進化まで待たねばならず、当時はまだシュバイツァーの美意識の要求とは相いれられなかった。判で押したような弦をひっかくノイズで和音が寸断され、常にフォルテで演奏されることに、彼は我慢がならなかった。アルペッジョのパッセージをますます長くすることになる、各声部の無意味な導入については言うまでも無い。

この湾曲弓による録音は、先のルドルフ・ゲーラーの聴き応えのある無伴奏ヴァイオリン作品の全曲録音の他に、ミヒャエル・バッハというチェリストによる、無伴奏チェロ組曲の第三番ハ長調を納めたディスクがあります。

The Polyphonic Cello: Michael Bach plays Joh. Seb. Bach
http://www.youtube.com/watch?v=wW5vsgiHIec
http://www.youtube.com/watch?v=f9IsFcPS17U
http://www.youtube.com/watch?v=04SNbvSDv4g
http://www.youtube.com/watch?v=HOVya3H0pas
http://www.youtube.com/watch?v=Dcx2MCQLEs4
http://www.youtube.com/watch?v=wltBP-8Xv2Y


これら二つを聴くと、確かにアルペジオで鳴らされることはなく、ほぼ同時に和声が鳴り響いてきます。そして、その和音もチェンバロのように減衰を運命づけられた音ではなく、演奏によっては好きなだけ持続させることが出来るわけで、極めてオルガン的な発想が裏にあるのは、やっぱり確かなんでしょう。

湾曲弓からクイケン、オーセンティシティ

果たしてそのような響きが作品にとって理想なのかどうか、それは私にはわかりません。ヨアヒムのようなホモフォニックな作品として抽出すること、そしてシュヴァイツァーのようにポリフォニックな作品として、ある意味完全な姿を目指すこと、そのいずれの姿をこの作品に見いだすべきかは、相対的な問題であるように感じられます。

私自身、ヨアヒムの演奏に対する違和感は無論、シュヴァイツァーの湾曲弓に対する演奏にもまた、物足りなさを感じざるを得ません。そのような物足りなさというのは、1999年のジギスヴァルト・クイケンの来日公演に寄せた、矢澤孝樹さんの素晴らしい解説によって、説明されているような気がします。この解説では、ゲーラーの録音を評価しつつ、作品の趣旨やクイケンの旧録音をふまえて、次のように言及しています。

バッハ自身の口からその回答を聞くことはできないが、ゲーラーの演奏を聴くと、重音を奏するために慣用されるアルペジオが、決して「やむを得ない解決策」ではないことが逆にわかってくる.。一度に和音が鳴ると、そこまで単旋律からポリフォニー空間を想像/創造してきた耳が、急激なギア?チェンジに追いつかない。ところがアルペジオで奏することによって、聴き手の耳はわずかなタイム・ラグで飛び込んでくる和音の各音をとらえ、立体的なポリフォニー空間を頭の中で描くことができるのだ(和音を「散らす」ことが、バロック時代の通奏低音奏者にとっては一般的な手法だったことを思い出してもいい)。また、アルペジオ奏法に伴うテンポの揺れも, ヴァイオリンという旋律楽器が持っている生来的な「歌の論理」にとっては自然な要素であり, むしろ音楽を前に進めて行くための活力となっていることに気づく。

もしバッハがアルペジオを表現の重要な要素と認識していたのであれば、ジギスヴァルト・クイケンを始めとする、昨今のピリオド・アプローチによる録音の数々は、そこにオーセンティシティ(歴史的正当性)を有していると言えるのかもしれません。確かに当方にとっても、ジギスヴァルト・クイケンの旧録音は現在でも愛聴し続けている好きな録音です。

しかしながら、そのクイケンを始めとするピリオド・アプローチによる演奏もまた、ヨアヒムやシュヴァイツァーのように、後の時代のオーセンティシティを語る人々によって、疑問を投げかけられる存在かもしれないのです。そのような認識は、寺神戸亮氏によるウェブログで公開されている、見たこともないヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという楽器を手にするジギスヴァルト・クイケンの姿を見て、痛感することであります。

寺神戸氏によれば、無伴奏チェロ組曲自体が、両足で挟むチェロではなく、このヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを対象とした作品では無かったのか、そんな言及があると、安易なオーセンティシティという表現は、控えなければならないことがよくわかります。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2005/07/19-223845.html


クイケン盤

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)

J.S.Bach - Sonatas & Partitas para violín solo
Sigiswald Kuijken, violín 1981年録音盤
http://www.youtube.com/watch?v=msq7LQE9nvs


This is by far the fastest CHACONNE i've ever heared
Sigiswald Kuijken
http://www.youtube.com/watch?v=_0B4-2MkkR8
http://www.youtube.com/watch?v=sHkW2mbbX4g

J.S.Bach - Partita II d-moll BWV 1004/Ciaccona (S.Kuijken)
(August 11, 1992)
http://www.youtube.com/watch?v=CjnkFLmatfM


ジギズヴァルト・クイケン DHM。1981年、旧録音。
もちろん悪い演奏ではない。しかし、ポッジャー盤、ファン・ダール盤の前では、録音も含めて色あせて聞こえる。


ジギズヴァルト・クイケン DHM。1999〜2000年、新録音。
ということで、期待されたクイケンの新録音は、録音・演奏とも旧盤を遙かにしのぐ出来である。
楽器は寺神戸と同じく、1700年頃Milano製Giovanni Grancinoである。
http://classic.music.coocan.jp/chamber/bach/bachvnsolo.htm


1981年録音盤
 クイケンのものは、バロック・ヴァイオリンを使用しており、古楽器演奏の走りのような存在です。普通のヴァイオリンの演奏より音量も小さくシンプルに聴こえますが、バッハの時代はこのように聴こえたのかと思うと、感慨深いものがあります(管理人)

 この雄大で壮麗、そして音楽的充実と内的緊張感に溢れた作品はそれだけでバッハの天才が永遠に記憶されるに違いないような傑作で、これまでヴァイオリン独奏曲の頂点として数多くの名手が取り組んできました。しかしモダン・ヴァイオリンでは決して表現し得ないバッハ時代の様式感と精神を、バロック・ヴァイオリンの名手シギスヴァルト・クイケンは名器グランチーノ(ピリオド楽器ならではの平らな駒、ガット弦、バロック弓)と歴史的な考察による解釈で十全に表現して高い評価を得ています。必聴の名盤です。

[演奏]シギスヴァルト・クイケン
(バロック・ヴァイオリン:ジョヴァンニ・グランチーノ、1700年頃ミラノ/弓:作者不詳、18世紀初頭)

 シギスヴァルト・クイケンによる、最初の無伴奏ヴァイオリン作品の録音。現代楽器では表しきれない細かなニュアンスや、響きなど、新鮮な驚きの連続だった画期的録音だった。この時点でのひとつの答えを提示した。(アマゾン)

 バロック・ヴァイオリンの名手シギスヴァルト・クイケンによって輝きと新たな生命が与えられた、ヴァイオリン独奏曲の最高峰!従来のすべてを越えた名演!!(タワーレコード)

99年再録音版
 名手シギスヴァルト・クイケンが1981年の録音した名盤の誉れ高い無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータから約20年の歳月を経て、満を持して放つ待望の再録音です。この新録音では、日本でも全曲演奏ツアーでも行い高く評価されたように、作曲家バッハと演奏者クイケンの間の豊穣な音楽の対話が高く飛翔し、端正な中にも微妙な揺らぎをたくし込んだ演奏が旧録音を遥か凌ぐ説得力と感動をもたらします。21世紀に相応しい名盤の誕生といえます。

[演奏]シギスヴァルト・クイケン
(バロック・ヴァイオリン:ジョヴァンニ・グランチーノ、1700年頃ミラノ/弓:作者不詳、18世紀初頭)(アマゾン)
http://homepage1.nifty.com/chaconne/cdinfo.html


ジキスワルト・クイケンは古楽演奏のパイオニアで、このシャコンヌも81年の旧盤は バロック・ヴァイオリンとしては事実上最も早い時期に話題となり、新時代のスタンダードとして評価が高かったものです。

彼は兄弟たちとバンドを組ん で室内楽を色々録音しています。それらは 「クイケン・ブラザーズ」の演奏として有名ですが、多くは大変リラックスして音楽を 楽しむような、家族的な雰囲気があります。音楽のささげもの、ハイドンやモーツァルトの四重奏など、美しい楽器の音とあいまって大切な愛聴盤です。

1700年頃のミラノで 作られたジョヴァンニ・グランチノの楽器を用いているこのシャコンヌも、倍音のきれいさがバロック・ ヴァイオリン特有で楽しめます。しかし少し気になるのは、この曲については彼の他の室内楽の演奏といささか波長が異なるように思えるところです。試合筋が出たとまでは言いませんが、これは何でしょうか。

まず全体の傾向ですが、 後の世代のポッジャーなどでも同様に感じられることとして、ピリオド・アプローチ特有のアクセントがあげられます。弓の入りが弱く、途中で強く当てて音を大きくし、終わりがけに力を抜くという山なりの音圧で一つの音譜を弾きます。音譜の継ぎ目で弓を弦から 離して響かせる手法が含まれる場合もあります。

このクレッシェンドとデクレッシェンドを同一音程の中で行う技法 はメッサ・ディ・ヴォーチェと呼ばれるもので、元々は歌曲の抑揚だったのですが、60年代に発して70年代に市民権を得た古楽の流行とともに復興され、最初はヴァイオリンなどの弦楽器から、後に器楽全般に広まりました。アーノンクールやブリュッヘンといった古楽演奏の指揮者たちでお馴染みであると同時に、クイケンご本人もそ の運動の中心にいたのではないかと思います。

これは18世紀以前は語るように弾かれていたという学問的研究によ り、歌のテクニックが参照されたという面もあるでしょう。また、当時の弓は今とは反対側に反っており、張力の弱い弦 とともに山なりの強弱をつけるのに適していたということもあります。そしてなにより、現代のようにすべてにわたってビブ ラートをかけるような習慣はバロック時代にはなかったのであり、その分このメッサ・ディ・ヴォーチェで表情をつけていたとも考えられたようです。

(弦楽器のビブラートについては一括りにできない問題があり、ソロのヴァイオリ ンでは18世紀にすでに多用されていた一方、オーケストラでの弦楽パート全般での使用は20世紀に入る前後から だとも言われます。そして歌曲と器楽とではもちろん、同じ問題として論じられないところがあります。)

 しかしすべてのピリオド楽器の奏者が一様に顕著なメッサ・ディ・ヴォーチェでやっているわけではないようで す。クイケンはその強弱以外にも角のあるフレージングであったり、途切れがちな進行であったり、あるいは途中から駆け足になるようなテンポだったりと、モダン楽器の伝統的なや り方とは違うことを示しているかのようなところがあります。それが少しせわしない運びになっている部分もあるのではないかと思いま す。そしてそれら の形に現れた部分と心とは切り 離せなくもあるのですが、だからといって必ずしもピリオド奏法自体のせいだとはいえないところで、ここでの彼はなにか、見開いた目を閉じない人のような印象があります。奏法へのこだわりがそうさせているのでしょうか。意識しないかすかな怒りなのか、何かへの苛立ちや焦りなのか。

考え過ぎかもしれません。99年には再録音をしていますので、そっちもじっくり聞いてみました。録音はこちらの方が反響が長くついています。使っているヴァイオリンは旧録音のときと同じものです。

出だしの音の扱いは旧盤とよく似ているように聞こえます。しかしややテンポは遅くなっているようで、流れも滑らかになって力が抜けています。18年間にソロイストとしての名声も不動のものとなり、落ちついてきたのかもしれないなと思いました。ピリオド語法もこなれていて良い演奏だと思います。

このCDはバロック・ヴァイオリンでシャ コンヌを楽しむのに最適だな、と考えました。そしてそうやって聞き進んで行くうちに気づいたことは、旧盤のときとは趣が違うものの、やはりかすかに胸の痛みを感じるのです。 シャコンヌという曲はこういう感覚を隠さずに伝えてくるところがあります。短調の曲だからではありません。前の演奏ではそれがかすかな苛立ちのような感覚として響きました が、今回は少しあきらめが混じったような、悲しみの感情のようです。このように聞こえている感覚を個人の主観以上のものだと証明することはできないですし、また仮にそれが あったとして、そういう感情表現も人の普遍ですから悪いわけではないのですが。
http://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/ciaccona.html



20. 中川隆 2013年7月12日 21:05:01 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ピリオド・アプローチと歴史的録音(上) - ヨーゼフ・ヨアヒムを軸に -


同じピリオド・アプローチでも印象は大きく異なる「ジーグフリート牧歌」

改めてノリントンのワーグナーをじっくり聴くと、入念かつ自由自在なリズムやフレージングの設定が極めて印象に残ります。例えば「ジークフリート牧歌」、ノリントンと同じく、ピリオド系アプローチによる演奏であるフロリアン・メルツ/クール・ザクセン・フィルのワーグナー作品集とは、演奏時間は似通っているものの、受ける印象は極めて異なるものです(ノリントン盤は16分11秒、メルツ盤は16分56秒)。後者は初演時の室内楽版によるものですが、違いはそれだけには留まらないように思います。

前者のノリントンによるワーグナー作品集の解説は、神崎さんのサイトにて翻訳されています

ノリントンのワーグナー演奏ノート
http://www.kanzaki.com/norrington/note-wagner.html

気になるのは「演奏スタイル」の次の言葉。

今日との決定的な違いは、木管と金管のアーティキュレーションと、スタッカートと[弓を]弦にのせたレガート、ポルタートと飛ぶようなスタッカートを区別する弦の弓使いでした。何よりも注目すべきは、ビブラートはオーケストラのどのパートでも使われず、一方ポルタメントは明らかに用いられていたという点でしょう。

明確なアーティキュレーションの区別を施す弓使いと、ビブラートの抑制、そしてポルタメントの活用。これら19世紀末に特徴的とされる表現要素は、実際にノリントンの演奏だけではなく、メルツの演奏からも、はっきりと聞き取ることができます。

しかしながら、バロックから古典へ歴史を辿った延長としての位置づけなのか、ノリントン・LCPの録音から聞こえるフレージングは、ピリオド的というか、極めて立体的なのに対し、メルツの演奏では濃密な音色が平面的に広がってその中にフレージングが浸透していくような印象を受けます。その2つの表現はあまりにも異なっているため、どちらがその時代に即したものなのか、そんな意味のない質問をついつい建ててしまいたくなるのですが、その質問を敷衍させてくれる格好の素材があります。それはヨーゼフ・ヨアヒムが1903年に残した歴史的録音です。


ヨーゼフ・ヨアヒムの録音から聞こえる姿

Joseph Joachim plays Brahms Hungarian Dance #1
http://www.youtube.com/watch?v=f-p8YeIQkxs
http://www.youtube.com/watch?v=2YsG4r-PzW8

Joseph Joachim - Brahms' Hungarian Dance No.2 (1903) (RARE!)
http://www.youtube.com/watch?v=lV_YXtUs_Ow
http://www.youtube.com/watch?v=FZjVnURl6Fk
http://www.youtube.com/watch?v=lkgEwB5fdck

Brahms: The 1889 recordings (& Joachim 1903 recording)
http://www.youtube.com/watch?v=H31q7Qrjjo0

Joseph Joachim plays Brahms on Schallplatte Grammophon
http://www.youtube.com/watch?v=wlamh1HCBlI


ヨーゼフ・ヨアヒムの録音は恐らく、現在我々が聴ける最古のヴァイオリン録音の一つ。バッハの無伴奏2曲とブラームスのハンガリー舞曲2曲、そして自作の計5曲の演奏を、テスタメントから出されているCDを通じて聴くことが出来ます。

ブラームスやメンデルスゾーンとの関係を語るには欠かせないこのヴァイオリニスト、この粗末な録音から聞こえてくるヨアヒムの演奏は、先に記した要素(明確なアーティクレーションの区別とヴィブラートの抑制とポルタメントの活用)を確かに聞き取ることが出来るように思います。

特に印象的なのは、ヨアヒム自身が編曲したブラームスのハンガリー舞曲第1番、前半の有名な主題の繰り返しがあるのですが、その繰り返しの二回目、一回目では控えられていたヴィブラートの振幅と、ポルタメントによる下降音型の強調が、繰り返し前後の明確な違いとなって表れています。しかし、それらの要素が表現となって伝達されるのは、その背後にある厳格に表情を抑制されたフレージングがあるから。だから、バッハの無伴奏の演奏では、その禁欲さ(と、あからさまなモノフォニック志向)に物足りなさを覚えることもありましょう。

先の「ジーグフリート牧歌」の2つの演奏、どちらがヨアヒムのそれに近いかといえば、その控えめなフレージングはメルツの演奏に近いように感じられるものの、やはりどちらとは言い切れません。それは当然の事であって、どちらかに帰することは、ヨアヒムやノリントン、そしてメルツに対しても失礼な事。

とはいえ、ビブラートの抑制は、ヨアヒムの録音からも明らかに感じられることで、実際ヨアヒムは自身の教則本の中で、次のように語っています。

ヴィプラートが癖になることを強く警告しても、し過ぎるということはない−とりわけ間違ったパッセージにおいて。上品で健康で繊細なヴァイオリニストは、いつも一定した音造りを正常なものと認め、ヴィブラートは表現の内部からの必要性が指示した時だけにもちいるのである

バッハの無伴奏に感じられた、その禁欲さ。それは「一定した音造り」という言葉に表れた見識の発露だったのかもしれません。そして、ヴィブラートに対する見識、常に施すものではなく、表現手段の一つとしてヴィブラートを捉えることの重要性が語られているのは、次のエントリーで紹介するケネス・スロゥィックのある意味衝撃的な論文を読んだ後では、特に痛切に感じられるものです。

ヨーゼフ・ヨアヒムの録音と現代の録音の繋がり

実際にノリントンは、山尾敦史さんとのインタビューにて、ワルター/VPOによるマーラー第5番アダージェットを引き合いに出しているように、過去の歴史的録音を自らの演奏の手掛かりの一つとして把握しています。ですので、このヨアヒムの録音もまた、そのように捉えられいると思います。そして、メルツもまた、ロマン派以降のピリオド系アプローチを追求している一人であることを踏まえれば、このヨアヒムの録音を参照しているはずでず。そのヨアヒムの録音をどう捉え、実際はどのように演奏するのか。ピリオド系アプローチとはいっても、多様な広がりがあることが、ここでも認識することができます。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2005/02/06-125518.html

ピリオド・アプローチと歴史的録音(下) - スロウィックとメンゲルベルク -

アメリカのピリオド系チェリスト兼指揮者のケネス・スロウィック。
そのスロウィックの活動の中心となっているのは、スミソニアン博物館付属のスミソニアン室内音楽協会。モノに拘らずに歴史的遺産の収集スミソニアン博物館の音楽団体だけあって、博物館が所蔵する楽器を活用した演奏活動を展開しています。

リヒャルト・シュトラウスやマーラーをガット弦で演奏

このエントリーで主に取り上げるのは、そのスロウィックが指揮者として「スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ」を率いた、"METAMORPHOSIS"と"TRANSFIGURATION"と題された2つのディスク。

これら2つでは、後期ロマン派の弦楽アンサンブル向け作品を対象に、当時はまだ使われていたガット弦による演奏を記録したもの。これらは19世紀末から今世紀前半の作品に対するピリオド・アプローチの可能性を示した貴重な試みの記録であり、丁寧な文献研究と歴史的録音の検証の成果が、ふんだんに取り入れられているように思います。

ガット弦による演奏は、その甘美かつ高貴な音色が非常に魅力的に聞こえるのですが、その演奏以上に貴重なのは、スロウィック自身による演奏の解説。

"METAMORPHOSIS"では、今世紀初頭にガット弦がスチール弦に取って替わられるプロセスが詳細に描かれており、"TRANSFIGURATION"では、歴史的録音(特にメンゲルベルク)を通じて、現代では失われた演奏習慣と、スロウィックのめざす表現の方向性が、こちらも詳細に記載されています。


ガット弦がスチール弦に取って代わられる経緯

注目の解説に書かれているのはガット弦がスチール弦に移行する経緯と、その交代と共に変わったヴィブラートの位置付け。とてもユニークな文章なので、以下にその要約を示します。

ヴァイオリン族が発明された16世紀初頭から1900年はじめまで、ガット弦は素材の標準だった。

カール・フレッシュの教本「ヴァイオリン演奏技法」の第一巻(1928年)で書かれているように、コントロールの難しさや寿命の短さの点で、ガット弦は演奏者に困難を与えている。特に寿命の短さは、経済的な理由によってスチール弦に入れ替わる主要な原因となる。

1920年代以降、徐々にガット弦はスチール弦に入れ替わっていったが、ジークフリート・エーバーハルトの議論にもあるように、1940年代になっても、ガット弦対スチール弦の論争は続いていた。ガット弦の時代の終わりは恐らく、ステレオ録音の開始の約10年前と考えられる。

このディスクに収録した作品については、エルガーの作品は確実にガット弦が主流だった時代に属する作品だったと考えられる。バーバーの「アダージョ」については、ガット弦とメタル弦の間で奏者の選択が揺れ動いた時期である。「メタモルフォーゼン」については、戦時中ガット弦の入手は極めて困難であったと考えられるが、シュトラウスが記そうとしたドイツ文化に関わるオーケストラの弦楽の音色は、ガット弦のそれであったことは絶対に確実である。

ガット弦が使われていた時代の録音では、この弦の利用とは異なる別の観点、即ちヴィビラートの使用についても、示唆を与えてくれる。例えば、ヨーゼフ・ヨアヒムの録音や教則本で自身が強調しているように、ヴィブラートの使用には十分な注意が行われている。同様のヴィブラートの抑制は、アルノルト・ロゼーが残した録音からも伺うことが出来る。

20世紀初頭の教則本では、ガット弦の場合とスチール弦の場合の2通りの運指法が記載されている。

スチール弦の運指では、金属の耳障りな音の発生を押さえるために、開放弦の回避や圧倒的なヴィブラートが求められている。イザイは、連続的なヴィブラートを用いた、最初の重要なヴァイオリン奏者であり、その後は、大幅なヴィブラート使用の方向へ進むことになった。しかし、リュシアン・カペーやレオポルド・アウアーが記したように、ヴィブラートの乱用を厳しく諫める意見も多かった。

フリッツ・クライスラーは、より早いパッセージでもヴィブラートを用いる、今日の音楽教育がモデルとする音へのきっかけを作った。しかし、クライスラーの落ち着いて漂うヴィブラートは、ヤッシャ・ハイフェッツのより力強く、神経質で絶え間なく連続するヴィブラートとは著しく対照的である。

ここには、ガット弦からスチール弦への移行は表現的な要請よりも、実用的な要請から行われたこと、

そしてスチール弦の音色の問題を覆い隠すために、ヴィブラートが多用され始めた

という、私のような素人にはショッキングな話が。

なお、ほぼ同じ趣旨のヴィブラートに関する論文をノリントンが書いています。

(Time to Rid Orchestras of the Shakes)
http://www.kanzaki.com/norrington/roger-nyt200302.html

これらの事実を踏まえると、より良い表現を追求するために、作品の作曲年代に関係なく、恒常的にガット弦を使うアーティスト(例えばビルスマやイッサリース)がいることも至極当然のことでしょう。


メンゲルベルクへの傾倒

Willem Mengelberg, 1926 - Mahler, Adagietto, Symphony 5
http://www.youtube.com/watch?v=qdEAuw87XV4
http://www.youtube.com/watch?v=CIss8Tnv7hY
http://www.youtube.com/watch?v=2HQpJdORX6w

Bruno Walter, 1938 - Mahler, Adagietto, Symphony 5
http://www.youtube.com/watch?v=QbdJjSqgUog
http://www.youtube.com/watch?v=-Flxoq67BsE
http://www.youtube.com/watch?v=dZzN8We546c


そして、次のディスクである"TRANSFIGURATION"では、彼らによるマーラーの交響曲第5番のアダージェットの録音と共に、メンゲルベルク/コンセルトヘボウ管の1926年録音と、ワルター/ウィーン・フィルの1938年録音の冒頭が納められています。その解説では、スロウィックは次のように語り、メンゲルベルクへの傾倒を臆面もなく示しています。

1926年の録音はオーケストラの「ルバート」と「ポルタメント」が魅力的で、そのどちらもが骨身を惜しまずに準備されたメンゲルベルクの、アムステルダムの解釈の商標となっている。ちょうど7分を超えるこの演奏は、近年の明らかに哀調的な演奏の約半分の長さである。CDでの短い見本は、メンゲルベルクのリズムの驚くべき融通性と生命力へのアプローチだけではなく、旋律中のある音同士の注意深い結び付きや、耳に聞こえる滑らかな移行への彼の固執が、音楽の叙情性と意味深長さを高める企てとなっている。

ブルーノ・ワルターのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との1938年の録音は、マーラ一の門弟という当然の評価にもかかわらず、それに較べてほとんど不毛のものである。

(中川註: 音楽ファンの間ではブルーノ・ワルターの1938年録音の方がメンゲルベルクの1926年録音より人気が有ります)

マーラー「アダージェット」以外に"TRANSFIGURATION"に納められているのは、ベートーヴェン/マーラー編曲の「セリオーソ」弦楽合奏版とシェーンベルク「浄夜」。ガット弦で響く「浄夜」の抑制と高貴さが同居した演奏も素晴らしいのですけど、やはりメインはアダージェット。

そのあからさまなポルタメントが印象的なスロウィック達によるアダージェットは、ノリントンやメルツ達の演奏を聴いた耳には、極めて魅力的に響きます。スロウィックの言う通り、メンゲルベルクは過去の演奏習慣を受け継いだ存在だったのでしょうか。とはいえ、メンゲルベルクの表現に比すると、スロウィックの演奏は大人しく聞こえます。とくにアダージェットの展開に相当する箇所、4分を過ぎた辺りでは、メンゲルベルクの演奏ではポルタメントの嵐とでも言いたくなるような、濃密な表現が錯綜するのに対し、スロウィックのそれは、ポルタメントは明らかに控えめです。

そこはどのような意図があるのか、私には良く解らないのですが、ヨアヒムの次の言葉

「上品で健康で繊細なヴァイオリニストは、いつも一定した音造りを正常なものと認め、ヴィブラートは表現の内部からの必要性が指示した時だけにもちいるのである」

を踏まえると、スロウィックとメンゲルベルクの内発的な表現の必要性、その違いが表れたものとも言えるのではないかと。芸術家としてのスロウィックは、なにもメンゲルベルクのパッションまで、なぞる必要性は無いのですし。


メンゲルベルクを通じて更にマーラーの演奏へ迫る

スロウィックは「マーラーからワーグナーにまで遡る、指揮におけるオーストリア=ドイツ19世紀ロマン派の正統を示」す存在として、メンゲルベルクの表現の方向性を、さらに丹念に探って行きます。そのメンゲルベルクが残したマーラーの交響曲録音は、この第5番のアダージェット以外には、第4番のみ残されているのはご存じの通り。

Mengelberg, - Mahler, Symphony No. 4 in G Major
http://www.youtube.com/watch?v=BVT-F8nhM1w
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17772083


この第4番の録音では、スロウィックは、マーラーとメンゲルベルクの関係を詳細に分析し、メンゲルベルクをロマン派の正当を示す存在という抽象的な正統性を踏み越えて、マーラーの演奏意図を直接読み込もうとしているようです。そのプロセスもまた、スロウィック自身による長大な解説に記載されています。


1895年に24歳でコンセルトヘボウ管の指揮者に任命されたメンゲルベルクは、コンセルトヘボウを世界最高のオーケストラの一つに仕立て上げただけでなく、数多くの同時代の作品を最も熱心に取り上げた存在でもある。しかし、その中でも、マーラーは特別の存在だった。

メンゲルベルクがマーラーの作品に始めて触れたのは1902年。マーラー自身の指揮による第3交響曲だった。自らの演奏の理想とする姿を見た若いメンゲルベルクは、1903年から1909年の間、マーラーをアムステルダムへ何度も招待する。

マーラーの客演では、メンゲルベルクは事前にリハーサルを行い、マーラーがリハーサルをする際は、指揮台の横に陣取り、オーケストラに対するマーラーの指示を克明にスコアに記録していった。その甲斐あってか、第4交響曲では、メンゲルベルクの指揮による演奏をマーラーは客席で心地く聴き、自宅にて自分自身が演奏しているようだという言葉をアルマに漏らしている。そのような状況にマーラーは極めて満足し、仕事や家族の責務から解放されるのであれば、アムステルダムへ移住したいという事まで語っている。

1911年にマーラーは亡くなるが、メンゲルベルクはその後もマーラーの作品を取り上げ続け、彼は約400回もマーラーの作品を実演で取り上げた。特に第4交響曲は約100回に登り、それに「大地の歌」と第1番が続く。

1920年、メンゲルベルクとコンセルトヘボウ管の関係の25周年を記念し、アムステルダムにてマーラーフェスティバルが行われる。第一世界大戦開戦のの6年後に行われたこの祭典では、メンゲルベルクとコンセルトヘボウ管はマーラーの管弦楽作品の殆どを取り上げ、それを聴いたエードリアン・ボールドは

「メンゲルベルクは、マーラー作品演奏において最も優れた指揮者である。それは、恐らくマーラー自身以上に」

と語っている。


メンゲルベルクによるマーラー演奏の録音は、第4番と第5番のアダージェット、そして「さすらう若人の歌」しか残されていない。しかし、マーラー全作品を含む、メンゲルベルク自身のスコアは、ハーグのメンゲルベルクアーカイブに700点あまりが残されている。メンゲルベルクは同じスコアを繰り返し使ったために、その譜面は書き込みによって極めて煩雑に見えるが、第4交響曲の場合、マーラー自身の指示の記録は赤のペンで、メンゲルベルクの自身の書き込みは、赤の鉛筆で書き込まれている。

この録音で使われている弦楽器は、17世紀にアマティによって作られている。これらは1998年にスミソニアン協会に寄贈され、定期的にスミソニアン室内音楽協会の演奏に使われている。これら以外にスミソニアン協会が保有する世界的なコレクションと同様、弦には「ガット弦」を用いている。

なお、ここでの「ガット弦」とは、金属線の周りにガットを巻いた弦も含む。このガット弦は第二次世界大戦後にスチール弦に取って変わられたのであって、マーラーやメンゲルベルク、シェーンベルクが聴いていた弦の音はほぼガット弦によるものである。

この演奏では、第4番のスケルツォで、ガット弦とスチール弦の違いを活用した試みを行っている。すなわち、スコルダテューダの指示があるヴァイオリンを、ガット弦を張ったアマティではなく、スチール弦を張ったモダン仕様のヴァイオリンを使っている。これはベルクがヴォツェックにて、フィドルを「スチール弦を張り、半音高く調弦したヴァイオリン」と指示しており、マーラーも更に10年健在であればこのような指示を下した可能性がある。また、この楽器選択は、メンゲルベルクの「ヴァイオリンは常に優勢で」「ソロヴァイオリン(死)の導入箇所は荒々しく、fffでなくてはならない」という指示にも、完全に見合ったものである。

この演奏を、メンゲルベルク自身による録音と聴き比べてみると、確かにメンゲルベルク独特のルバートやポルタメントを、十分に反映させた演奏に聞こえます。また、スケルツォでのスチール弦によるヴァイオリンの利用は、確かにガット弦を張ったアマティとは異なるもの。スチール弦によるヴァイオリンで表現した、「死」を巡る荒々しいイメージは、その後に続く第3楽章冒頭の、甘美なチェロの音色を聴くことによって、回想するかのように印象に残ってきます。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2005/02/12-001111.html


スチール弦か、ガット弦か、それが問題だ

バイオリンなどに使われる弦は、現在では一般にスチールを素材としたスチール弦(最近ではナイロン弦も)が使用されます。しかし、スチール弦が使用されるようになったのは20世紀も半ば近くになってからでした。それまでは、羊の腸の筋をよって作ったガット弦が広く用いられていたのです。

スチール弦は19世紀の末から知られていましたが、広く普及するまでに多くの時間が必要でした。特に1920年代前後には、演奏家の間で「スチール弦か、ガット弦か」という優劣論争が繰り広げられました。ガット弦特有の柔らかい響きを重視する演奏家がいる一方で、より力強い音が可能でしかも耐久性の面で特性を発揮するスチール弦の優位を主張して止まない演奏家もいたのです。しかし、音量と耐久性の面で特性を発揮するスチール弦に軍配が挙がったのはその後の歴史に見る通りです。

ところが、作品の作られたものと同様な楽器で演奏する、いわゆる「オリジナル楽器」の演奏家が増えてきた現在では、ガット弦の復権にも目覚ましいものがあります。古き良き時代の音を髣髴とさせるガット弦の良さが再び注目されてきたのです。
http://www.yamaha.co.jp/plus/violin/trivia/?ln=ja&id=101004

知られざるヴィブラートの歴史

これはここ数年、

「ビブラートの悪魔」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_bf7e.html

「ウィーン・フィル、驚愕の真実」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_a919.html

「21世紀に蘇るハイドン(あるいは、ピリオド奏法とは何ぞや?)」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/21_f86b.html


等の記事を通して僕が考えてきてこと、そして本やインターネットを調べるなどして分かった新たな事実を総括したものである。

ルネッサンスからバロック期、そしてハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(1827年没)の時代に至るまで、装飾音以外で弦楽器や管楽器に恒常的ヴィブラート(伊: vibrato)をかける習慣はなかった(当時の教則本などが根拠となる)。それを現代でも実践しているのが古楽(器)オーケストラ、例えば日本で言えばバッハ・コレギウム・ジャパン、オーケストラ・リベラ・クラシカ、大阪ではコレギウム・ムジクム・テレマン(テレマン室内管弦楽団)等である。

19世紀半ばになると、ロマ(ジプシー)の音楽に関心が高まる。リスト/ハンガリー狂詩曲(1853)、ブラームス/ハンガリー舞曲(1869)、ビゼー/歌劇「カルメン」(1875)、サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン(1878)等がそれに該当する。それとともにジプシー・ヴァイオリンのヴィブラートを常時均一にかける奏法(continuous vibrato)が注目されるようになった。これは従来の装飾的ヴィブラートが指でするものだったのに対し、腕ヴィブラートへの変革も意味した。

ここに、continuous (arm) vibratoを強力に推進する名ヴァイオリニストが颯爽と登場する。フリッツ・クライスラー(1875-1962、ウィーン生まれ)である。20世紀に入り急速に普及してきたSPレコードと共に、彼の名は世界的に知られるようになる。音質が貧弱だったSPレコードに於いて、甘い音色を放つヴィブラートという武器は絶大な威力を発揮した。その”ヴィブラート垂れ流し奏法”と共に弓の弾き方(ボウイング)にも変化が起こる(このあたりの事情はサントリー学芸賞、吉田秀和賞を受賞した片山杜秀 著/「音盤博物誌」-”さよなら、クライスラー”に詳しく書かれている)。

一方、当時のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はノン・ヴィブラートを貫いていた(1938年にレコーディングされたワルター/ウィーン・フィルのマーラー/交響曲第9番でもヴィブラートはかけられていない)。クライスラーはウィーン・フィルの採用試験を受けるが、審査員の一人だったコンサートマスター、アルノルト・ロゼは「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と言い、「音楽的に粗野」という理由でクライスラーを失格させた。しかしマーラーの妹と結婚し、自身もユダヤ人だったロゼはナチスのオーストリア併合直後に国外追放となり、ロンドンへ逃れ客死。娘のアルマはゲシュタポに捕らえられアウシュビッツで亡くなったという(オットー・シュトラッサー 著/「栄光のウィーン・フィル」音楽之友社)。

第2次世界大戦後、1950年代に入りオーケストラは大きな転機を迎える。スチール弦の普及である(これは鈴木秀美さんのエッセイに詳しい)。それまで弦楽奏者たちは概ね羊の腸を糸状に縒ったガット弦を使用していた(パブロ・カザルスもガット弦でバッハ/無伴奏チェロ組曲をレコーディングしている)。

ガット弦よりスチール弦の方が強度に優れ切れにくく、湿度の影響も受けない。おまけに値段も安価である(消耗品だからその方がありがたい)。だから皆、一気に飛びついた。

しかし柔らかい音色のガット弦に対し、金属製のスチール弦は硬質な音がする。ヴィブラートの普及には様々な説があるが、その音質の違和感を緩和するために恒常的ヴィブラート奏法(continuous vibrato)が推奨されるようになったのも、理由の一つに挙げられるだろう。

その過程に於いて、フルートやオーボエなど管楽器にもヴィブラートが普及していった。フルートの場合、以前は木製のトラヴェルソであったが、19世紀半ばからリングキーを採用したベーム式が普及し始め銀製の金管楽器に取って代わられる。故に木管らしからぬ金属的響きを、ヴィブラートによって緩和する目的もあったのではないかと推測される。

ヴィブラートの普及に呼応して、オーケストラの演奏速度は遅延の方向に向かう。速いテンポではヴィブラートを十分に効かせられないからである。

ここに1920年代から40年にかけ、ラフマニノフがオーマンディやストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団と共演した自作自演によるピアノ協奏曲の録音がある。驚くべきは、現代とは比較にならないくらい速いそのテンポ感である。20世紀の間にラフマニノフがロマンティックな文脈で捉えられるよう変化していった過程がそこに垣間見られる。

ベートーヴェンの交響曲も次第にロマン派以降の価値観で解釈されるようになり、遅くなっていった。ベートーヴェンがスコアに指示した極めて速いメトロノーム記号に則して演奏すると、ヴィブラートをかける暇などない。

そこで、
•ベートーヴェンの時代は器具が正確ではなかったのでスコアに記されたメトロノーム表記は必ずしも信用できない。
•耳が聞こえなくなってから、ベートーヴェン本人が考えているテンポより速い表記になっている可能性が高い。

などといった、こじつけにも等しい説が登場した。しかし、考えてみて欲しい。まず作曲者本人を疑うとは何と無礼なことであろうか!スコアに記されたテンポで十分演奏可能であることは、延原武春、ブランス・ブリュッヘン、ロジャー・ノリントンら古楽系の指揮者たちが既に証明済みである。

こうやってヴィブラートの歴史を見ていくと、現在盛んに行われるようになってきたピリオド奏法(=モダン楽器を使用して古楽器風に演奏すること)は理に適っているのか?という疑問も生じてくる。つまり、金属的響きのするスチール弦をノン・ヴィブラートで演奏することに果たして意味はあるのだろうか?という問いである。

そういう意味でピリオド奏法をする弦楽奏者達は今一度原点に立ち返り、スチール弦からガット弦に張り替える勇気を持つ必要もあるのではないかという気が僕にはするのだ。ちなみにダニエル・ハーディングやパーヴォ・ヤルヴィが音楽監督を務めてきたドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは奏者全員がガット弦だそうである。また名ヴァイオリニスト ヴィクトリア・ムローヴァも、最近ではガット弦を張り、バロック弓を使用している。

ヴィブラートにまみれ、スコアに記されたメトロノーム指示を無視した、遅くて鈍重なベートーヴェンを未だに「ドイツ的で重厚な演奏」と褒め讃える人々がいる。ドイツ的って一体、何?僕には皆目、理解が出来ない。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/20-7b10.html


21. 中川隆 2013年7月12日 23:14:02 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

アマンディーヌ・ベイエ - Amandine Beyer (バロック・ヴァイオリン)

BACH - Partita BWV 1004 - Ciaccona - Amandine Beyer
http://www.youtube.com/watch?v=aZEBGRh59H0


フランス・バロック・ヴァイオリン界の第一人者アマンディーヌ・ベイエ(ベイエール)の演奏。

歌と語りと舞踏の高度な両立。純粋なバロック奏法&楽器&ピッチによる演奏としては、1997~8年録音のポッジャー盤以来の名演と思います。仏ディアパゾン&クラシカ両誌年間賞、仏ACCディスク賞受賞と母国の賞を総なめにした1枚。
http://www.kit-ya.jp/etc/club/daiku-i/201204.html

バロックバイオリンを使用していますがバイオリン自体はビンテージではなく現代製作のバロックバイオリンのようです。
http://vaiopocket.seesaa.net/article/244922787.html


バロック・ヴァイオリン奏者アマンディーヌ・ベイエールの新盤。

 聴いていて、どんどん「無心」になっていくような演奏でした。

 彼女の弾くヴァイオリンの美しい音(バロック・ヴァイオリンの常識を覆すほど)が、私の心の汚れを落とし、彼女のバッハの音楽から人間の言葉をまるで鑿で彫り出していくかのような厳しいまでの態度がいささかくたびれた私の心をしゃんとさせてくれる。

心の中でわだかまり、こんがらがっている厄介事が、少しずつ紐がほどけていき、私の心の一番奥底にある「静けさ」の中へとどんどん収斂していく。そんなふうに、ベイエールの演奏は、聴き手である私に何かを与え続けようとする演奏ではなくて、むしろ聴き手の中からどんどん余分なものをそぎ落としていくような演奏でした。
http://nailsweet.jugem.jp/?eid=783


アマンディーヌ・ベイエール(Amandine Beyer)の古楽器による演奏はとても落ち着いた演奏で、無理な力を入れなくても自然にバッハの精神的深みが表現されている。シゲティの後にこれを聴くと余計にそう思えて来る。


ヨーゼフ・シゲティ(Joseph Szigeti, 1892〜1973)が1955年から56年にかけて録音した往年の名演は、テンポが遅く、アクセントは思いっきり強め、フレーズに入る前にタメを作り、思うがままにテンポを揺らしている。それによってスケールが大きく、主情的で力こぶの入った演奏が繰り広げられているのだ。

それは印象で言うなら、「人生は苦難の連続なんだぞ!」と宣言されているようとでも言ったらいいのだろうか。重荷を背負い、 一歩一歩足を踏みしめ、深い雪の中をゆっくり進んでいくようなイメージがある。きっと演奏しているシゲティの顔は、歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ、苦悩に満ちているに違いない。

解説の礒山雅氏は「鎧兜に身を固めた益荒男振り」と言っていたが、そういう言い方もできるかもしれない。とにかく重いのだ。力の入り方は半端じゃない。

ここには半世紀の時代の流れを聴かないわけにはいかない。苦難の人生を力強く生きることを尊ぶのか、そんな熱い思い入れは捨て去って、自由に、軽やかに、蝶が舞うように生きることを是とするのか。それを一概に決めることはできないが、受け入れられる時代の雰囲気というものは確実に存在し、その時代に生きる人は多かれ少なかれ時代の空気に支配されて生きている。
http://blog.livedoor.jp/nadegatapapa-classic/tag/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB


Joseph Szigeti - Bach Chaconne 1955 recording
http://www.youtube.com/watch?v=wWwzSPZA3lY
http://www.youtube.com/watch?v=WqqCLA86h-c



22. 中川隆 2013年7月13日 07:13:16 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


バッハ無伴奏の一番完璧な演奏は間違い無く
カール・フレッシュ門下のヘンリク・シェリングの1967年録音盤でしょう:

Szeryng - YouTube
http://www.youtube.com/results?search_query=Szeryng&oq=Szeryng&gs_l=youtube.12..0l6j0i5.2211.2211.0.3476.1.1.0.0.0.0.317.317.3-1.1.0...0.0...1ac..11.youtube.ed2qAl7H3cI


J. S. Bach - Chaccone (Henryk Szeryng - Violin) 1967年録音
http://www.youtube.com/watch?v=1ZGrCrR8CJw
http://www.youtube.com/watch?v=1mALnCn0UUE
http://www.youtube.com/watch?v=SiNbjuSEURQ
http://www.youtube.com/watch?v=4OYd4GfNE3Y


【高音質】J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)
シェリング 1955年,Paris
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7701225
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7701311 


Henryk Szeryng - Partita No.2 in D minor BWV.1004 1967年録音
http://www.youtube.com/watch?v=C1cR_8t5YwI

Henryk Szeryng - rare live Bach Chaconne (Moscow 1960)
http://www.youtube.com/watch?v=MgE2ZeU1AxI&list=PL62ACCD297EE2F14E
http://www.youtube.com/watch?v=NMNJRtYnWk8&list=PL62ACCD297EE2F14E

Szeryng: Bach Violin Solo (1964)
Partita Nr.2: Ciaccona (Tokyo, 1964)
http://www.youtube.com/watch?v=ud_uJX-ISTM

Henryk Szeryng, Bach Partita in E (1.2.3.) Live in Prague Spring
Live in Prague Spring 3.6. 1968. Dvořák Hallhttp://www.youtube.com/watch?v=0L1xlEUmjVc

Henryk Szeryng plays Bach's Chaconne ('live')
a recital in Lugano, in 1975http://www.youtube.com/watch?v=c5YMKK-Typo

Henryk Szeryng - J.S. Bach - "Ciaccona"
Recorded by Radiotelevisione della Svizzera Italiana/Rete 2, Ascona, September 1975http://www.youtube.com/watch?v=6ezOgBBoLW0


大海よりも偉大なバッハ(ベートーヴェン談)の最高傑作は「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」「ロ短調ミサ曲」としても、僕がかねがね奇跡の音楽と思っているのは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ集」です。あの小さな楽器のヴァイオリンたった一台のために書かれた曲集であって、鍵盤楽器の伴奏も何も有りません。それが、大編成の声楽曲や交響曲にも負けないほどの大きな音空間を創り上げます。それは正に宇宙的なまでの広がりを持っています。これこそは奇跡以外の何物でもないと思います。

この曲の凄さを知ったのは、今から30年以上も前の僕がまだ20代の頃です。東京文化会館にヘンリク・シェリングのヴァイオリン・リサイタルを聴きに行きましたが、その時の曲目にバッハの無伴奏パルティータの第3番が含まれていました。

演奏が始まると、それまで聴いたことも無いような美しい響きが、あの大きなホール一杯に響いてゆきました。演奏するシェリングの身体には少しも力みが無く、一見すごく軽く弾いているのですが、ふわりと自然に広がっていく音に、客席全体が包み込まれてしまいました。

僕が聴いていたのは最上階5階のサイドなので、シェリングは見下ろすステージの上で弾いているのですが、音はまるで大きなホールの空間がそのままヴァイオリンになってしまったかのように感じられました。それは、あたかも大きなヴァイオリンの箱の中で聴いているかのような感覚なのです。

ヴァイオリンのコンサートを聴きに行って、こんな感覚を持った経験は後にも先にもこの時だけです。恐らくは、バッハの音楽とシェリングの演奏が組み合わさって、初めてこのような現象が起こるのだと思います。この時の来日公演では、別の日のコンサートがTDKからライブCDとして出ていますが、あの体験は実際の会場で無ければ味わえないものだと思います。要するに、この曲は、音楽の神様に選ばれし者に演奏されたときには、とてつもない音楽になってしまうのです。

ヘンリク・シェリング(1967年録音/グラモフォン盤) 

昔から定盤と呼ばれている演奏です。シェリングのベートーヴェンやバッハは、何ら大げさなことをしていないのに何故これほど音楽の偉大さを感じるかというと、基本は技術です。

特筆すべきは音程の完璧性です。それは実演の場合でも全く変わることがなく、他の誰のスタジオ録音よりも音程が確かで、一音たりとも外すことが有りません。その結果、重音、アルぺッジオが非常に美しく響きます。まるでオルガンのような響きを感じさせる奏者が他に居たでしょうか。

その為には、ボウイング(弓使い)のなめらかさも不可欠なのですが、この人はほぼ晩年まで衰えることが有りませんでした。技術的な難所にあっても微動だにしないテンポの安定性も特筆されます。

結果として、フーガでの構築性や立派さは比類が有りません。情よりも知に優る演奏ですが、バッハの音楽の計り知れない大きさや凄さを最も感じさせてくれるのは、やはりこの演奏が一番です。

ナタン・ミルシテイン(1973年録音/グラモフォン盤)も情感深く歌わせるアダージョやシャコンヌは素晴らしいと思いますが、フーガ楽章で音が次々に重なって巨大になってゆく造形性はシェリングほどには再現できていません。重音の和音の美しさも、やはりシェリングには一歩譲ります。

これ以外にも魅力的な演奏があるだろうとは思いますが、シェリングの演奏を本命として、マルツィを次点、ミルシテイン、ズスケ、ハジェットを決して外せない演奏だと思います。

コメント

私個人はバッハ無伴奏全曲ではエネスコ、エルリーが好きですが、現代ヴァイオリンでの正統的な演奏ではシェリングとマルツィがやはり素晴らしいように思います。はじめてこの曲を聴く人に尋ねられたら、おそらくこのどちらかをお奨めするのではと思います。

シゲティのヴァンガード盤は現行のCDの音が悪質なマスタリングで著しく音色が変質しており、これではシゲティのよさは伝わらないと思います。技術的な弱さばかりが耳に付くのもやむなし、かと。残念なことです。
投稿: theta | 2012年4月 8日 (日) 23時14分

元々、シェリングは大好きですが、この録音はやはり素晴らしいです。奇をてらった表現の一切無い、正攻法の極みのような演奏ですが、そこが良いんですよね。
投稿: ハルくん | 2012年4月 6日 (金) 22時07分


シゲティ盤を改めてシャコンヌだけ、シェリングと聴き比べると、後者はどこまでも流麗で音が荒れない。バッハには神聖さを求めてしまうので、やはりシェリングが最高です。
投稿: source man | 2013年3月25日 (月) 22時16分


シェリングは「音楽的に」あんなに上手く弾ける人は居ないと思います。これ一筋に徹した、正に神業と言っても良いですね。
投稿: ハルくん | 2013年3月26日 (火) 00時10分
http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/bwv10016-c297.html


ヘンリク・シェリング(Henryk Szeryng、1918年9月22日 - 1988年3月3日)

ポーランドのワルシャワに生まれた(ユダヤ系)。
使用楽器は1743年製グァルネリ・デル・ジェス「ル・デューク」

5歳の時ピアニストであった母親からピアノを習い始めた。

7歳の時Vnに興味を持ち、楽器をVnに持ち替える。そしてアウアー門下であったモーリス・フレンケルに師事。

1928年9歳の時フーベルマンに熱心に勧められ、ベルリンに赴きカール・フレッシュに師事する。

12歳の時ワルシャワ、ブカレスト、ウィーン、パリでデビューして成功を収めた。

1935年17歳の時ルーマニア王妃から文化勲章を授与される。同年ワルシャワでで行った、ベートーヴェンの Vn協奏曲の演奏が、例を見ない成功を収めたが、彼はもう一度パリへ戻りジャック・ティボーに師事し、1938年までナディア・ブーランジェに師事した。

第二次世界大戦中は、ポーランド亡命政府のために通訳を勤めるかたわら、連合国軍のために慰問演奏を行った。メキシコシティにおける慰問演奏の合間に、同地の大学に職を得、主としてメキシコ大学で教鞭を執ることになる。

1946年には、メキシコがポーランド難民を受け入れてくれたことに感謝して、メキシコ市民権を得た。

1954年にメキシコに演奏旅行に来ていたアルトゥール・ルビンシュタインが彼の演奏を聴き、その実力に驚いて、直ちにヨーロッパの音楽界の重要人物に紹介すると共に、彼とベートーヴェンの Vnソナタを共演したものを録音した為に、シェーリングの名声は一躍国際的なものとなる。

シェリングは、ドイツやフランスで学んだ結果、ヨーロッパのあらゆる地域の演奏スタイルを吸収した。その意味では折衷的な演奏スタイルであり、確実な技巧と美しい音で、どの時代のどの地域の作品も弾きこなすだけの柔軟さや器用さを兼ね備えていた。

日本へは、1965年を皮切りに1966年、67年、76年、81年と度々来日している。

1984年65歳で初めて42歳のドイツ人言語学者と結婚した。


シェーリングは実直であるが、非常に神経質な人物であり、晩年は極度のアルコール依存症であった。

最大の巨匠のイメージを保つことに腐心して自らの演奏に完璧さを求めて、呻吟した結果ではないかとも言われている。
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/24375666.html

付き合いでも中心人物でいたい人っているいる。 
♪ ヘンリク・シェリング 2012-10-08

ギドン・クレーメルの父親はヘンリク・シェリングのバッハのレコードを聴き感銘を受けたのだそうです。
むろんクレーメルも学生時代には非の打ち所がない演奏を模範としたそうです。

東ベルリンでシェリングの演奏を体験し完璧な演奏だったのですが驚いたことが沢山ありました。

・例えばね・・・リハーサルの前に30分もかけて照明の調整をする。

・公演当夜に立つ場所にチョークで印をつける。

音響効果なんてさほど変わらないのだそうですが神経質だったのでしょうか。

クレーメルは、これらを自分が目立ちたいための作業だったのではないかと疑問視しています。

性格は日本風にいうならば大風呂敷・・・あるいはペテン師。

晩餐会ではサーの称号を持つメニューインをさておき臨席者に対する礼儀をわきまえぬ立ち振る舞いをしていたようです。

『(オイストラフとの会話)「ところがシェリングはね。」と続けた。

「私がパリで演奏をするときは必ず、わざと近くに座るんだ。」

そしてニッコリ笑い

「ラジオ放送で誰かとても上手にヴァイオリンを演奏しているんだ。
それが誰だか分からない時は決まってシェリングなんだ。」

あの時私はその話を面白がって聞いていた。
そしてあれ以来、私も放送を聴いて何度か同じ経験をした。
そのたびにオイストラフの言葉を思い出した。
シェリングの演奏の質を的確に表現していると同時に、彼のアキレス腱を指摘していた。

シェリングがフランス国立放送局のインタビューに応じたときの言葉を一つ引用しておこう。

 「ギドン・クレーメル?
あ〜〜あ・・・そうそう。素晴らしいヴァイオリン奏者だ。
いつも感銘を受けている。特に彼のバッハ演奏に。
二重協奏曲を弾いたときのことは忘れない。」

私は彼と未だかつて一度も競演したことがない。』


クレーメルは何度も何度も彼によって嫌な思いをしています。
自分が良ければすべて良しってことか。
自分がいつも中心で生きていたい人なのか。
こんな人・・・・けっこう・・・いるかも知れないです。(います・・・)
http://ameblo.jp/mihama01/entry-11374163903.html

シェリングもある意味戦争の犠牲者で不遇の時代が長かったのですね。
思い切ってアメリカへ来ていた方がよかたのかも。

ラジオを聴いていた人が「なかなか良い演奏だね、一体誰なんだろう」
と問われたパールマンは即座に「そりゃシェリングだろう」。

端正だが無国籍スタイルで没個性的演奏を皮肉ったジョークです(確か出典はThe Art of Violinだと思います)。ほんとうはそれが彼の個性なのでしょうが。シェリングが日本へ足しげく来ていた頃、彼をシゲティの後継者と言う人が居ましたが、私は賛同しかねました。

彼のバッハはあまり好きではありません。もう少し感情の起伏が表に出てもよいのではといつも思ってしまいます。彼が校訂した楽譜はフィンガリングが実によく検討されており合理的ですのでよく参照しております。
2007/10/23(火) 午前 4:44 [ jack_violin ]

スターンとグリュミオーを足して2で割ったような感じがシェリングの個性なんでしょうね。
私は彼のバッハは嫌いではありませんが、ミルシテインのバッハの方が色気を感じます。
2007/10/23(火) 午後 11:34 metabo仙人
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/24375666.html

ヘンリク・シェリング『無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ』の旧盤に寄せて

 バッハの『無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ』は、バイオリン弾きにとっては特別な曲である。パルティータ第二番のシャコンヌは「バッハが一生にこの一曲だけを作ったとしても大作曲家と呼ばれるだろう」といわれるほどの名曲であるが、演奏は当時のほかのバイオリン曲と比べても極端に難しい。

バイオリンは伴奏を伴って厚みを出すべき楽器だという概念を見事に打ち崩しただけならまだかわいいもので、完璧な和声と対位法を駆使してバイオリン演奏の極限にまで迫っていくうちに、バイオリン一本で宇宙を奏でるかのような壮大な音楽が結晶しているのだ。

 だから古今のバイオリニストたちはこの曲を演奏するときにはことさら、気合を入れることになり、名盤も多い。

 なかでも有名なのは、外面の体裁をかなぐり捨てて音楽の確信へと迫るかのような鬼気迫るヨーゼフ・シゲティの演奏と、バイオリンの響きを最大限生かしてまるでパイプオルガンのように響かせながら聖なる響きへと昇華させたヘンリク・シェリングの演奏だ。

ほかにも線は細いながらピンと張り詰めたナタン・ミルシテイン、古楽器の軽やかさを生かしきったポッジャーの演奏など名演に事欠かない。

 今回、タワーレコードとソニーの共同企画で実現したのがシェリングの旧盤の復刻である。後年のシェリングと比べると、音楽への情熱を感じさせる音楽である。まだ30代の若い演奏であるせいかもしれない。ちょうどニューヨークでの演奏会が大成功を収めてアルトゥール・ルービンシュタインの目に留まったころで演奏家としては、やや遅めの国際舞台への登場を果たしたころだ。

 バイオリンはドイツの名バイオリニストで名教師であるカール・フレッシュに師事する。その後、パリでナディア・ブーランジェに師事する。

 シェリングはユダヤ系のポーランド人なので、第二次世界大戦中は例によってナチスに追われることになる。ポーランド亡命政府の通訳や慰問演奏を重ねるうちに慰問先のメキシコの大学に職を得る。

 この経歴からも分かるように、特定の国の強い伝統のもとにある音楽家ではない。彼は常に異国の地で、自分の感受性とは異なる音楽に触れ、それを昇華しながら取り込んでいった。 その結果、彼の演奏は

「これほどうまい演奏は聴いたことがない。だが誰の演奏かは分からない」

と揶揄されるほど個性的とは言い難いものとなった。良くも悪くもそれがシェリングの持ち味である。

 シェリングの場合、そこに知性が出現する。

 理知的であること、論理的であることは、他者と何を共有可能なのかを考え抜くことにある。「感性」は共有できない。私たちはどこに何を感じても、感じた瞬間それは「私の」感性となるからだ。いま目の前に厳然としてある客観にのみ立脚することで、より多くの人と共有できる芸術を作り上げる。シェリングはそう考えたのではあるまいか。

 37歳で録音された旧盤の「無伴奏」を聴くと、それ単体ではなるほど他の演奏家の演奏よりは「理知的」である。しかし彼はここに満足しなかった。まだ、この演奏にはシェリングの「私」が表現されているからだ。シェリングはバッハの音楽に共感し、それを音にしようとしながら、ギリギリの客観性を保とうとしている。そこに瑞々しい気品が生み出される。

 シェリングの新盤を聞くと、ここからさらにシェリングの感受性をそぎ落としていったことが分かる。バッハを弾くということは、シェリングを聞かせることではない。シェリングはそうした音楽にさらに磨き上げていったのだろう。そこには堂々としたバッハの音楽が立ち現れる……このようなバッハをシェリング以外のだれが表現しえるだろう? ここには確かに確固たるシェリングの個性が表現されるのである。

 ここに「個性」とはなにかという問への、1つのはっきりとした答えが現れる。
 個性とは、個をそぎ落として言った後に見えてくる個なのだ。

 日本の教育の場面で「個性を大切にする」といったときに、多くの場合、子どもたちの感受性を保護し、傷つかないようにすることを意味するようになった。そこにはシェリングのような、個をそぎ落としていく作業はどこにも現れない。そこに出現するのは、お互いの自尊心を傷つけないようにし、それを「空気を読む」というような脆弱な個性の群れだ。

 シェリングが頑固一徹に貫いてきた精神に学ぶべきものは、「個性」が氾濫する現代には大変多いだろう。
http://blog.goo.ne.jp/tamano_syndicate/e/978466a833ba3b8483d6ac6232f8653f


花の命は・・・/シェリング初期録音集 2012年02月21日

ヘンリク・シェリングといえばLP期を代表する大ヴァイオリニストだが、本ブログの趣旨からいうとあまり取り上げる理由のない演奏家である。歴代ベスト・ヴァイオリニストとか音楽雑誌がよくやるアンケート企画などがあれば必ず上位5人、悪くとも10人以内には名前が出るであろうほどよく知られており、誰もが知っているような名盤の数々が良好な録音で残っており、入手も容易である。シェリングを熱心にきくファンの方はごまんといるし、あちこちで名盤紹介もされている。何も私がことさらに取り上げるまでもない。実際、今までこのブログでシェリングの録音を取り上げることなど、考えたことさえなかった。

それがブログのコメント欄でのやり取りでたまたま話に出て、シェリングが1940年代終わりから50年代初頭にかけて仏パシフィック、オデオンに吹き込んだ一連の録音が話題になった。そして、この時期のシェリングこそは、私がこのブログでこれまでに取り上げた往年の名手たちと同様に愛し、親しんでいるヴァイオリニストなのである。

さらに言えば、この時期の録音は復刻が少なく、存在さえあまり知られていない。ならば、取り上げる理由は十分にあるだろう。それに何しろ、この時期のシェリングの演奏はとびきりに素晴らしく、私にとっては後年のRCAやDG、フィリップスでの録音よりも遥かに魅力的に思われるからである。

シェリングはこの時期、第2の故郷となったメキシコの国立大学で教授職に就いており、そのかたわら、かつて学んだパリを訪れてローカルのレーベルにかなりの数の録音を残した。その後ルービンシュタインらの強力な引き立てで「中央」にデビューすることになり、一流演奏家としての国際的な地位をすぐに獲得することになった。こんな話は私などよりもシェリングをよくご存知の方がすればいいと思うので簡単にしておくが、一般に認識されている大ヴァイオリニスト、ヘンリク・シェリングはその中央デビュー後の録音、コンサート活動を通じて知られているひとである。変な想像だが、かりにシェリングがそのままメキシコでの教授職にとどまり中央楽壇に出て行かなければ、戦後のスター・システム下ではそのまま埋もれ、忘れられてしまい、一部のマニアだけの間で幻の大ヴァイオリニストとして語り継がれ、数少ない仏オデオンやパシフィックのLPは数十万、数百万のプレミアがついてマニアが血眼で求めるようなものになっていたのだろう(もっとも、実際にこれらのLPは市場ではかなりの高値が付いて取り引きされているそうだが)。

中央デビュー前のシェリングの録音が素晴らしい、というはなしは私に限らずあちこちで囁かれているが、そこには誰もが知る定番の名演をこれみよがしに軽視し、あまり人に知られていないものをむやみと持ち上げる、マニア特有の独占欲と虚栄心がないまぜになった自己顕示があるので話半分にきいておくべきだろう。後年のシェリングがRCA、マーキュリー、DG、フィリップスに録音した数多くのスタンダードな名盤を大事にしている愛好家の方は多いだろうし、それにわざわざ因縁をつける筋合いはどこにもない。とはいえ、私のかなり偏奇な嗜好の琴線に触れてくるのは、やはりこの時期のシェリングなのだということも個人的な真実なのである。

今回紹介する音源だが、ヴィターリの「シャコンヌ」やタルティーニ、クライスラー、ヴィエニャフスキなどの小品にサン=サーンスの「ハバネラ」「序奏とロンド・カプリチオーソ」といった戦前の名人たちの定番メニューを組み合わせたものがひとつ。あとはバッハの2番、ベートーヴェン、ポンセのコンチェルト、いずれも1950年代初頭の録音である。

このうち何といってもおすすめなのは小品集で、明朗闊達で湧き上がるような生気と躍動感に満ちており、きいていて心が浮き立つことこの上ない。したたるような美音のヴィターリとサン=サーンス、パガニーニやヴィエニャフスキの胸がすくような冴え切った技巧などききどころ満載だが、

私がいちばん好きなのは、タルティーニの「コレルリの主題による変奏曲」。

これはまるで天界からの贈り物のような、かけがえのない逸品中の逸品である。これをきいていると、まるで満開の花畑の香りをいっぱいにたたえた春風をいっぱいに吸い込んだような、甘酸っぱい愉悦感に心がざわめき、ぞくぞくさせられる。これこそは、ティボーやクライスラーといった小品の名手でさえ、ごく限られた演奏でしか感じさせてくれないような極上の快楽である!そう、昔の名人たちには「華」があったとよくいわれるが、もっといえば、生々しく官能的な「花」の香りがそこにはあるのだ。


コンチェルトは小品に比べるといささか私の興味は落ちる。後年のシェリングのレパートリーからして好楽家諸兄の関心が集まるのはバッハ、ベートーヴェンだろう。とくに後者はティボーの指揮という思わぬ特典?もある。むろん悪い演奏では全くなく、みずみずしいカンティレーナと清新な美音が実に魅力的だが、こころなしか、小品にきかれた「香り」や「活き」が、ここではやや影をひそめている感があり、そのせいかいくぶん平板で単調にきこえてしまう。

むしろ作曲家から献呈されたポンセの協奏曲が素晴らしい。楽曲への共感の度合いがずっと高く、こちらの方がシェリングも自己をいかんなく発揮している感がある。野性的で奔放自在、それでいて気品が非常に高く、確信に満ちた名人芸を堪能できるだろう。

ダウンロードは下記のリンクからどうぞ。

初期小品集(ヴィターリ、コレルリ、サン=サーンスほか)
http://www.mediafire.com/download/38qrx0ngs0d1u5l/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0+%E5%88%9D%E6%9C%9F%E5%B0%8F%E5%93%81%E9%9B%86.zip

ポンセ :ヴァイオリン協奏曲(エルンスト・ブール指揮コンセール・ コロンヌ管弦楽団)
http://www.mediafire.com/download/paec9bybu6ex9en/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0+%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%82%BB+%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2.zip

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(ジャック・ティボー指揮 パリ音楽院管弦楽団)
http://www.mediafire.com/download/f1k0j4a1xf7rful/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0+%26+%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9C%E3%83%BC+%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3+%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2.zip

バッハ:ヴァイオリン協奏曲 第2番(ガブリエル・ブイヨン指揮 コンセール・バドルー管弦楽団)
http://www.mediafire.com/download/u3ax8ctmf36q9xw/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0+%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F+%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC2%E7%95%AA.zip

http://blog.livedoor.jp/thetatoshi/archives/cat_207184.html


23. 中川隆[6378] koaQ7Jey 2017年1月27日 16:34:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[6830]

チョン・キョンファ/J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会 2017年1月26日
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/js-4fb2.html

1月25日(水)ザ・シンフォニホールへ。チョン・キョンファによるJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会を聴いた。

1月23日(月)に福岡で公演が予定されていた「熊本復興支援チャリティーコンサート」は体調不良によりキャンセルとなった。どうなることかと心配したのだが、大阪公演は無事開催された。

冒頭で彼女はマイクを持って登場。

「1969年から私のマネージャーを勤めてくれたTerry Harrison (UK)が亡くなったと昨日電話で知らされました。今日の演奏は彼に捧げます」

と英語でアナウンスした。会場は「そんなこと言われても、その人知らんし……」と微妙な空気に包まれた。


イザベル・ファウストなどが日本で全曲演奏会をするときは大概、2日に分ける。アリーナ・イブラギモヴァが1日で演ったときも、第1部 14:00〜 、第2部 17:00〜と2部構成で別料金だった。それが一気に聴けるというのはかなりお得。

2回の休憩(15分・20分)を挟み、全6曲が演奏された。19時開演で4曲終了時点で既に20時50分、終演は21時54分と約3時間に及ぶ長丁場だった。終電の関係もあり、途中で帰る客もチラホラ。


ここ30年位でバッハの演奏様式はガラッと様変わりした。

それを象徴するのがギドン・クレーメルのCD。
彼は無伴奏ソナタとパルティータ全曲を1980年と2001-2年に2回録音している。
21年間で全く異なる演奏となった。

旧盤はふつーにヴィブラートをかけているのだが、新盤は装飾音以外、ヴィブラートを極力排している。

これは古楽奏法(ピリオド・アプローチ)の隆盛と無関係ではない。つまりバロック・ヴァイオリン奏者シギスヴァルト・クイケン、サイモン・スタンデイジ、寺神戸亮らの登場が大きい。彼らに倣いヴィクトリア・ムローヴァも大変身を遂げたし、最近ソナタ&パルティータ全曲を録音した五嶋みどりやチョン・キョンファも例外ではない。

•知られざるヴィブラートの歴史

今回の演奏会では昨年発売されたCDよりもゆっくりと開始された。哀しみが滲み、諸行無常の趣き。しかし一方で凛とした佇まいがあり、若き日の彼女の鋭さやバッハの厳しさも垣間見られた。

パルティータ第1番の途中で弾き間違いがあり、その後動揺したのかテンポが千々に乱れた。先行きが危ぶまれハラハラしたが、次の曲からなんとか持ち直した。またソナタの第3番を弾き始めて気に入らなかったのか数小節して中断、最初から演り直す場面も。なんだかボロボロだったのだが、なんとか最後まで持ち堪えた。満身創痍、でも聴き応えのある演奏会だった。不思議な体験をさせてもらった。


24. 中川隆[-7703] koaQ7Jey 2017年5月09日 09:24:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配
読売新聞 5/9(火) 7:42配信
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 【ワシントン=三井誠】数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディバリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバイオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

 論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。

 このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の楽器を弾いた演奏家でも、音の評価に大きな差がなかったとする研究を同紀要で発表している。チームは今回の研究で「バイオリンの作製技術が上がったのか、あるいは一般に信じられているほどの音色の違いがなかったのかもしれない」とコメントしている。

 実験は、パリ郊外と米ニューヨークのコンサートホールで、音楽の批評家や作曲家などを含む聴衆計137人の前で行った。ストラディバリウス3丁と現代のバイオリン3丁を、演奏者にはどちらのバイオリンかわからないようにしてソロで弾いてもらい、どちらの音色がよく響くかなどを、聴衆が評価した。


25. 中川隆[-7146] koaQ7Jey 2017年7月17日 07:47:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

youtube で聴く世界の名曲


糾弾掲示板[1816] 楽しく糾弾しましょう(音楽)

youtube で聴く世界の名曲 : コメント No.426 以降
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=1816
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=1816&l=1-

糾弾掲示板[2725] 音楽を楽しもう

伝説のオーディオ名機で聴く名曲 : コメント No.1 以降
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=2725
____


YouTube をパソコンにダウンロードする方法
http://www.dvdvideosoft.com/jp/products/dvd/Free-YouTube-Download.htm#.UraNBJ2Cimx
 


26. 中川隆[-6076] koaQ7Jey 2017年10月24日 18:22:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「2018年度版!」「YouTube」の動画を安全にダウンロードする方法について
https://www.japan-secure.com/entry/blog-entry-459.html

YouTube動画変換 - MP3、MP4、AVIダウンロード
https://www.onlinevideoconverter.com/ja/video-converter


27. 中川隆[-12454] koaQ7Jey 2018年5月17日 14:21:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14017]

薄い板厚でボックスの鳴きを利用した音創りについてはよく語られる。

かつて極厚板、過剰な補強でとにかく共振を排除する設計がスピーカーに限らず流行したがいつのまにかあまり言われなくなった。

床に穴を開けて地面からコンクリートブロックを立ち上げたプレーヤー置き場など今見たらちょっと滑稽な光景。でも当時は良い音に対する熱意は今の比ではなかったと思う。

薄い板厚のボックスはなんとなく楽器風で手軽なのだが良い音にするには条件があるようで板の硬さが大切だという。
これはバイオリンでも一緒で表裏板加工するときの重要な要素とのこと。
(加工時に板を硬くするという技)

最近ではビンテージバイオリンの解析が進んできて品格はともかく良い音の製品ができているらしい。ちょっと弾かせてもらったことがあるが国産高性能軽自動車みたいだと思った。

ちなみにストラディバリウスも弾かせてもらったことがある。

なにか蝋人形のような恐ろしい顔をしたバイオリンだった。
どういった経歴かわからないがなにかぞっとするものを感じた。
(大抵は血統書のようなものがついていて美しい図鑑でストラドをはじめ有名なビンテージ品は把握されている。業者はそれを見ながらオークションに参加する)

バイオリンは各国で作られているが面白いことに地域ごとの序列がある。

最高位はもちろんイタリアで現在はクレモナの復興が目覚ましい。

かつて日本製のバイオリンが世界を席巻して昔からの産地は廃れてしまったのだが。
その他ドイツでも有名なそして悲劇的な生涯のマエストロが存在した。

次に東欧、アジアと続く。

先ほどのバイオリンは実はアジアで作られたバイオリンのパーツを日本で加工、組み立て、塗装して完成させている。社長によれば木材からの削り出しから行なっていてはとても試行錯誤にならず分業することで数をこなすことができてはじめて発見できた事が多かったと。
https://blog.goo.ne.jp/kobmina/e/c003aa45613620602ef65da5e4ed65f5


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