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日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/517.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2013 年 10 月 22 日 12:16:01: KqrEdYmDwf7cM
 

http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/812.html
投稿者 TORA 日時 2006 年 1 月 27 日 13:09:43: CP1Vgnax47n1s

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu112.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人
も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?

2006年1月27日 金曜日

◆日本宣教論序説(16) 2005年4月 日本のためのとりなし
http://www.sagamiono-ch.or.jp/intercessors/2005/2005.04.jpn.pdf

わたしは先に第4回「天主教の渡来」の中で、日本におけるキリシタンの目覚ましい発展と衰退の概略を述べました。しかし、ここではキリシタンがたどった土着化の過程について考察してみたいと思います。後で詳しく述ぺますが、わたしの先祖はキリシタンでありました。わたしは伊達政宗の領地であった岩手県藤沢町大籠(おおかご)地区での大迫害で生き残ったかくれキリシタンの末裔です。

今はプロテスタントの牧師ですが、わたしの中にはキリシタンの血が流れていると思います。三年前の夏、父の郷里藤沢町を初めて訪問してこの事実を知ってから、キリシタンについてのわたしの関心は以前より深くなりました。そしてキリシタンについての知識も少し増えました。四百年前のキリシタンを知ることが現代のわたしたちと深く関わってくると思いますので、先ず追害の理由から始めたいと思います。

◆1.キリシタン遣害の理由

宣教師ルイス・フロイスが暴君と呼ぶ豊臣秀吉が「伴天連(ばてれん)追放令」を発したのは、1587年7月24日(天正15年6月19目)でした。これは天正(てんしょう)の禁令として知られる第1回のキリシタン禁止令です。それ以後徳川時代にかけて、次々に発せられた禁止令の理由をまとめると、次の五つになるでしょう。

(1)植民地政策

キリシタンの宣教は西欧諸国の植民地政策と結びついていました。それは、初めに宣教師を送ってその国をキリスト教化し、次に軍隊を送って征服し植民地化するという政策です。秀吉は早くもそのことに気づいて主君信長に注意をうながしています。

ポノレトガル、スペインのようなカトリック教国は強力な王権をバックに、大航海時代の波に乗ってすばらしく機能的な帆船や、破壌力抜群の大砲を武器として、世界をぐるりと囲む世界帝国を築き上げていました。その帝国が築き上げた植民地や、その植民地をつなぐ海のルートを通って、アジアでの一獲千金を夢見る冒険家たちが、何百、何千とビジネスに飛ぴ出していきました。

そうした中にカトリックの宣教師たちも霊魂の救いを目指して、アジアに乗り出して行ったのです。彼らが求めたのは、霊魂の救いだけではなく、経済的利益でもありました。

ザビエルがゴアのアントニオ・ゴメス神父に宛てた手紙から引用すると、
「神父が日本へ渡航する時には、インド総督が日本国王への親善とともに献呈できるような相当の額の金貨と贈り物を携えてきて下さい。もしも日本国王がわたしたちの信仰に帰依することになれぱ、ポルトガル国王にとっても、大きな物質的利益をもたらすであろうと神かけて信じているからです。堺は非常に大きな港で、沢山の商人と金持ちがいる町です。日本の他の地方よりも銀か金が沢山ありますので、この堺に商館を設けたらよいと思います」(書簡集第93)

「それで神父を乗せて来る船は胡椒をあまり積み込まないで、多くても80バレルまでにしなさい。なぜなら、前に述ぺたように、堺の港についた時、持ってきたのが少なけれぱ、日本でたいへんよく売れ、うんと金儲けが出来るからです」(書簡集第9)。

ザビエルはポルトガル系の改宗ユダヤ人(マラーノ)だけあって、金儲けには抜け目ない様子が、手紙を通じても窺われます。ザビエル渡来の三年後、ルイス・デ・アルメイダが長崎に上陸しました。この人も改宗ユダヤ人で、ポルトガルを飛ぴ出してから世界を股にかけ、仲介貿易で巨額の富を築き上げましたが、なぜか日本に来てイエズス会の神父となりました。彼はその財産をもって宣教師たちの生活を支え、育児院を建て、キリシタン大名の大友宗瞬に医薬品を与え、大分に病院を建てました。

(2)奴隷売買

しかし、アルメイダが行ったのは、善事ばかりではなく、悪事もありました。それは奴隷売買を仲介したことです。わた〕まここで、鬼塚英昭著「天皇のロザリオ」P249〜257から、部分的に引用したいと思います。

「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。

キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。

『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。

日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。

数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の原住民が殺され、数十万人の日本娘が世界中に売られた事実を、今こそ、日本のキリスト教徒たちは考え、語り継がれよ。その勇気があれぱの話だが」。
(以上で「天皇の回ザリオ」からの引用を終ります)

わたしはこれまで各種の日本キリシタン史を学んで来ましたが、この『天皇のロザリオ」を読むまでは、「奴隷」の内容について知りませんでした。しかし、こういう事実を知ったからには、同じキリスト教徒として真摯な態度で語り継いで行きたいと思います。

なお今年の1月30日に、第5版が発行された、若菜みどり著「クアトロ・ラガッツィ(四人の少年の意)」(天正少年使節と世界帝国)P.414〜417」に奴隷売買のことが報告されていますが、徳當蘇峰「近世日本国民史豊臣時代乙篇P337-387」からの引用がなされているにもかかわらず、「火薬一樽につき日本娘50人」の記録は省かれています。

そして、「植民地住民の奴隷化と売買というビジネスは、白人による有色人種への差別と資本力、武カの格差という世界の格差の中で進行している非常に非人間的な『巨悪』であった。英雄的なラス・カサスならずとも、宣教師はそのことを見逃すことができず、王権に訴えてこれを阻止しようとしたがその悪は利益をともなっているかぎり、そして差別を土台としているかぎり、けっしてやむものではなかった」(p.416〉と説明して、売られた女性たちの末路の悲惨さを記しています。かなり護教的な論調が目立つ本です。

秀吉は準管区長コエリヨに対して、「ポルトガル人が多数の日本人を奴隷として購入し、彼らの国に連行しているが、これは許しがたい行為である。従って伴天遠はインドその他の遠隔地に売られて行ったすぺての日本人を日本に連れ戻せ」と命じています。

(3)巡回布教

更に秀吉は、「なぜ伴天連たちは地方から地方を巡回して、人々を熱心に煽動し強制し'て宗徒とするのか。今後そのような布教をすれば、全員を支那に帰還させ、京、大阪、堺の修道院や教会を接収し、あらゆる家財を没収する」と宣告しました。

(4)神杜仏閣の破壊

更に彼は、なぜ伴天連たちは神杜仏閣を破壊し神官・僧侶らを迫害し、彼らと融和しようとしないのか」と問いました。神杜仏閣の破壊、焼却は高山右近、大友宗瞬などキリシタン大名が大々的にやったことです。これは排他的唯一神教が政治権カと緒ぴつく時、必然的に起こる現象でしょうか。

(5)牛馬を食べること

更に彼は、なぜ伴天連たちは道理に反して牛馬を食ぺるのか。馬や牛は労働力だから日本人の大切な力を奪うことになる」と言いました。

以上秀吉からの五つの詰問にたいする、コエリヨの反応は極めて傲慢で、狡猪な、高をくくった返答でした。高山右近を初め多くのキリシタン大名たちはコエリヨを牽制しましたが、彼は彼らの制止を聞き入れず、反って長崎と茂木の要塞を強化し、武器・弾薬を増強し、フイリピンのスペイン総督に援軍を要請しました。

これは先に巡察使ヴァリニヤーノがコエリヨに命じておいたことでした。しかし、かれらの頼みとする高山右近が失脚し、長崎が秀吉に接収されるという情勢の変化を見てヴァリニヤーノは、戦闘準備を秀吉に知られないうちに急遽解除しました。

これらの経過を見れば、ポルトガル、スペイン両国の侵略政策の尖兵として、宣教師が送られて来たという事実を認めるほかないでしょう。これらの疑問は豊臣時代だけでなく、徳川時代300年の間においても、キリシタンは危険であり、キリシタンになればどんな残酷な迫害を受けるかわからないという恐怖心を日本人全体に植え付けることになり、キリスト教の日本への土着化を妨げる要因になったと言えるでしょう。(後略)


◆バテレン追放令 2002年7月9日 北國新聞
http://www.hokkoku.co.jp/kagakikou/ukon/ukon19.html

もう1つの国内向けとみられる法令は11カ条からなっている。一条から九条までの内容は▽キリシタン信仰は自由であるが、大名や侍が領民の意志に反して改宗させてはならない▽一定の土地を所有する大名がキリシタンになるには届けが必要▽日本にはいろいろ宗派があるから下々の者が自分の考えでキリシタンを信仰するのはかまわない―などと規定する。

 注目すべきは次の十条で、日本人を南蛮に売り渡す(奴隷売買)ことを禁止。十一条で、牛馬を屠殺し食料とするのを許さない、としていることである。

 以上の内容からは▽右近が高槻や明石で行った神社仏閣の破壊や領民を改宗させたことを糾弾▽有力武将を改宗させたのはほとんどが右近によってで、右近に棄教をさせることで歯止めがかかると見た▽バテレン船で現実に九州地方の人々が外国に奴隷として売られていること―などが分かる。秀吉の追放令は、ある意味で筋の通った要求だった。

 さらに重要なのは、日本の民と国土は、天下人のものであり、キリシタン大名が、勝手に教会に土地を寄付したり、人民を外国に売ることは許されないということである。天下統一とは、中央集権国家の確立にほかならない。キリシタンは、その足元を乱す、かつての一向宗と同じ存在になる危険性があると秀吉が感じていたことがわかる。

 「バテレン追放令」は、キリシタンが対象であるかのように見えて、実は日本が新しい時代を迎えるため何が課題かを暗示する極めて重要な出来事だったのである。


(私のコメント)
今年のNHKの大河ドラマは山内一豊が主人公ですが、信長、秀吉、家康の時代のドラマです。また同じNHKでは「そのとき歴史は動いた」と言う番組でも戦国時代のことをよく取り扱います。その中で秀吉とキリシタンの関係を扱ったものがありましたが、日本の娘などがキリシタンによって奴隷として売りさばかれた事は扱わなかった。

この事は、さまざまな文献資料によっても証明されているから事実なのですが、日本の歴史教科書でも、秀吉のキリシタン弾圧は教えても、日本女性が奴隷としてキリシタンたちが海外売りさばいた事は教えないのはなぜか。そうでなければ秀吉がなぜキリシタン弾圧に乗り出したかが分からない。

ましてや宣教師のザビエルなどが改宗ユダヤ人であることなどと指摘するのは歴史教科書やNHKなどでは無理だろう。しかしこのようなことを教えないからユダヤ人がなぜヨーロッパで差別されるのかが分からなくなる。彼らは金になれば何でもやるところは現代でも変わらない。

なぜこのような事実が歴史として教えられないかと言うと、やはりGHQなどによる歴史の改ざんが行なわれて、キリスト教や白人などへのイメージが悪くなるからだろう。もちろんキリシタン大名などの協力があったから日本女性を奴隷として売りさばいたのだろうが、彼らは日本人の顔をしたキリシタンだった。

おそらく大河ドラマでも高山右近などのキリシタン大名が出てくるだろうが、娘たちを火薬一樽で娘50人を売った事などはドラマには出てこないだろう。しかしこのようなことがキリスト教に対する日本国民のイメージが悪くなり、キリスト教は日本ではいくら宣教師を送り込んでも1%も信者が増えない。かつてキリスト教は人さらいをした宗教と言うDNAが埋め込まれてしまったのだろう。

歴史教科書などではキリスト教弾圧を単なる異教徒排斥としか教えていませんが、信長にしても秀吉にしてもキリシタンに対しては最初は好意的だった。しかし秀吉に宣教師たちの植民地への野心を見抜かれて、だんだん危険視するようになり制限を設けたが、神社仏閣の破壊や日本人を奴隷として売りさばく事が秀吉の怒りに触れて弾圧するようになったのだ。

現代にたとえれば竹中平蔵などがキリシタン大名として宣教師たちの手先となって働いているのと同じであり、日本の銀行や保険会社などを外資系ファンドなどに売りさばいてしまった。戦国時代に日本の娘を奴隷として売りさばいたのと同じ行為であり、竹中平蔵は高山右近であり、アルメイダのような改宗ユダヤ人が日本乗っ取りを狙っている。


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キリシタンが日本の娘を50万人も海外に売った? (日々是語草) ピノキ 2009/8/12 23:45:45 (0)
Re: 日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか? metola 2009/8/11 10:11:01 (4)
日本郵船の奴隷貿易ってこれだね ピノキ 2009/8/11 11:38:29 (3)
天皇一族と三菱財団が日本人女性50万人を海外に売春婦として売却? ピノキ 2009/8/20 02:29:30 (2)
Re: 天皇一族と三菱財団が日本人女性50万人を海外に売春婦として売却? metola 2009/8/20 21:08:12 (1)
からゆきさん ピノキ 2009/8/21 15:48:13 (0)
もちろんそれで過去に行ってきた悪事の罪が消えるわけではありませんが。 こーるてん 2009/8/11 08:06:32 (0)
ナイチンゲールもマザー・テレサもキリスト教ですよ。 こーるてん 2009/8/11 07:59:03 (0)
Re: 日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか? くじら 2009/5/10 08:04:50 (3)
世界の歴史を再認識したく本を読んでますが、宣教師も植民地化に携わっているのでは、と思ってました。 代理投稿1 2009/7/28 06:41:20 (2)
宣教師と殖民地化 ピノキ 2009/8/22 05:01:33 (1)
奴隷貿易っていうのは一方的な搾取じゃなく、売り手と買い手の共同作業 ピノキ 2009/8/22 15:16:30 (0)
Re: 日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか? アシカビヒコ 2006/1/29 05:46:39 (0)  

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コメント
 
01. てんさい(い) 2013年10月22日 12:17:17 : KqrEdYmDwf7cM : 0kUGInjLpY

【メキシコ】安土桃山時代に「日本人奴隷」が3人[13/05/13]

2013年05月14日 18:13

1: やるっきゃ騎士φ ★ 2013/05/13 15:07:12
安土桃山時代末の1597年、日本人が「奴隷」としてメキシコに
渡っていたことがわかった。

ポルトガル人で同国立エヴォラ大特別研究員ルシオ・デ・ソウザさん(大航海時代史)と、
東大史料編纂(へんさん)所の岡美穂子助教(日欧交渉史)がメキシコ国立文書館に残る
異端審問記録で確認した。
「日本人奴隷」の実態を示す貴重な資料であり、日本人の太平洋渡航を詳細に記した
最初の資料としても注目される。研究成果は近く海外で出版される予定。

審問記録には、日本名の記載はないが、名前の後ろに「ハポン(日本)」と明記された、
「日本生まれ」の人物の名があった。「ガスパール・フェルナンデス」「ミゲル」
「ベントゥーラ」の3人で、いずれも男性とみられる。

ガスパールは豊後(大分県)生まれ。
8歳だった1585年、長崎で日本人商人からポルトガル商人のペレスに、奴隷として
3年契約7ペソで売られた。その後の詳細は不明だが、引き続きペレスのもとで、
料理などの家事労働をしていたとみられる。当時のスペインで、高級オリーブオイル1本が
8ペソだった。

ベントゥーラは来歴不明だが、ミゲルは94年、ポルトガル奴隷商人がスペイン領マニラで、
ペレスに売った。

ペレスはマニラ在住時の96年、隠れユダヤ教徒として当局に逮捕され、有罪判決を受けた。
次の異端審問のため一家は97年12月、マニラから太平洋航路でスペイン領メキシコ・
アカプルコに移送された。その審問記録に、ペレスの「奴隷」として3人の名があった。

ガスパールは審問で、食事内容をはじめとするペレス家の信仰の様子などを証言。
その後の99年、ベントゥーラと共に、自分たちは奴隷ではないと当局に訴え、1604年に
解放された。

ソースは
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20130513-OYT1T00675.htm?from=top
“マニラからメキシコに向かう当時の航路”という地図は
no title


2: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:11:59 ID:fON+cMLo
宣教師が奴隷貿易の手先になってて秀吉に粛清された経緯がある
1587^t(Y)kc15年)、ŒJãyÀT は九州討伐の途上で当時のイエズス会の布教責任者であった宣教師0¬0¹0Ñ0ü0ë0û0³0¨0ê0çを呼び、0Ð0Æ0ì0óýe>Näを発布して、人身売買と宣教師の関わりについて詰問している。[11]

[11] 『新異国叢書 イエズス会日本年報 下』p228-229


3: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:13:34 ID:VLWaJ1h5
なぜか教科書にはキリシタン弾圧〜しか書いてないよね

4: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:13:46 ID:8ZVK+3SC
日本では話が抹消されてるけど
黒人と日本人は奴隷として有名だったからな
南蛮貿易では硝石1タルと女30人を奴隷として取り替えてたりしてた
大友宗麟とか天草四郎とかは奴隷として女を渡して武器を手に入れてたんだわ

113: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 02:34:36 ID:rOjs0RYm
>>4
天草四郎がやっていたのか!?何に書いてある?

5: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:14:22 ID:T3wQitL7
キリスト教の宣教師たちが、日本人女性たちを奴隷として海外に売り飛ばす手引きをしていたんだよな。
まさに、性奴隷だ。

16世紀から17世紀にかけての日本はポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ諸国に、東南アジアにおける戦略拠点として重視されていた。様々な物資が植民地獲得と維持のために東南アジア各地に輸出されていた。主な輸出品は武器弾薬、鉄や木材などの資源、食料、薬品、そして奴隷である。

古来、日本の戦場では戦利品の一部として男女を拉致していく「人取り」(乱妨取り)がしばしば行われており、日本人領主からそれを買い取ったヨーロッパ商人や中国人商人の手によって、東南アジアなどの海外に連れ出されたものも少なからずいたと考えられている。[10]

1560年代以降、イエズス会の宣教師たちは、ポルトガル商人による奴隷貿易が日本におけるキリスト教宣教のさまたげになり、宣教師への誤解を招くものと考え、たびたびポルトガル国王に日本での奴隷貿易禁止の法令の発布を求めていたが、1571年に当時の王セバスティアン1世から日本人貧民の海外売買禁止の勅令を発布させることに成功した。それでも、奴隷貿易は根絶にいたらなかった。


1596年(慶長元年)、長崎に着任したイエズス会司教ペドロ・マルティンス(Don Pedro Martins)はキリシタンの代表を集めて、奴隷貿易に関係するキリシタンがいれば例外なく破門すると通達している。[12]

やがて日本が鎖国に踏み切り、日本人の海外渡航並びに入国が禁止され、外国人商人の活動を幕府の監視下で厳密に制限することによって日本人が奴隷として輸出されることはほぼ消滅したとされる。

しかし、明治維新後、海外に移住しようとした日本人が年季奉公人として奴隷同然に売り払われることはあった。後に内閣総理大臣になった高橋是清も、アメリカのホームステイ先で騙されて年季奉公の契約書にサインしてしまい、売り飛ばされている。

[10]^ 藤木久志『雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』朝日新聞社、1995年

[12]太田淑子編[P編、『日本史小百科 キリシタン』p148-149


6: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:14:30 ID:DlFuenLb
キリシタン大名が鉄砲と引き換えに日本人女性を多数売り渡した。

7: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:16:42 ID:7GkL9+Y7
酷い話だよな
いきなりキリシタン弾圧とか出てくるけど
さっぱり理由が書いてない
やられるにはやられるだけの理由があるわな

8: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:16:55 ID:N1uD9Q83
>>1
キリシタン禁止は当たり前

野蛮なるキリシタンの犯罪

9: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:17:41 ID:AEdzJEUr
解放されたはいいけどその後どうやって生きたんだろ
証言したりした辺り一応言葉は問題なかったみたいだけど

10: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:17:47 ID:YJAYFlyF
キリシタンは犯罪者だったのか

13: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:21:18 ID:N1uD9Q83
>>10
神社や寺を破壊するだけでなく
キリシタンにならない日本人を奴隷にした。
だからキリシタン弾圧は正しい。
日本人の弾圧→踏み絵
白人の弾圧→奴隷にする。
ここテストにでます。

12: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:21:14 ID:UfkTQQQ5
> 8歳だった1585年、長崎で日本人商人からポルトガル商人のペレスに、奴隷として3年契約7ペソで売られた。
> 99年、ベントゥーラと共に、自分たちは奴隷ではないと当局に訴え、1604年に解放された。

年季奉公と奴隷の区別が(文化的な違いで)分かってないって感じ

110: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 01:36:01 ID:45fYVoJ7
>>12
ああ、そういうことかあ
納得
丁稚奉公のつもりだったんだな

115: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 04:37:43 ID:abD/BB7M
>>110
というかアメリカ大陸じゃ中国人奴隷の最盛期だろこれ
現地の役人は中国と同じアジア人としてハポンがどこかもわからずに
適当に扱ってたんだろ

120: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 16:14:06
>>110
>丁稚奉公のつもりだったんだな


同じことじゃん

121: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 16:37:43 ID:g4vcd+5+
>>120
丁稚であっても奉公換えが出来たので
職業選択の自由はあることになるので奴隷制や農奴制とはまた違う。

給料が全部現物支給という点が後々問題になるが,
給料が現物支給なのも中世は貨幣経済が未発達だった部分もあるからね。

16: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:25:07 ID:0eYOIfdJ
昔から日本人は偉かったんだな、と思った。
きちんと相手を理解したからこそのキリシタン弾圧。
見抜いて対抗、でも貿易は必要だから絞ると。

20: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:28:05 ID:/H0Z7nOB
これがチョンだったら

「強制連行30万人に対し謝罪と賠償の要求。
    1000年経ってもなんちゃらかんら・・・」

となるんだろなw

21: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:30:33 ID:Wvd2EOGu
150年前19世紀中ごろまでアメリカじゃ奴隷がいたんだよな

24: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:35:13 ID:cwxo+O2s
>>21
イギリスも廃止の法律できたのがそのくらい

22: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:32:14 ID:GVd0tnHG
イエズス会とはロクでもないものだ

23: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:33:07 ID:cwxo+O2s
当時のキリスト教では、異教徒は奴隷にしてもよかった
そうやって、教会側はキリスト教徒を増やし、
領主側は、異教徒を奴隷にして働かせ、
両方ともうまく儲ける仕組みを確立してた

25: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:35:39 ID:UfkTQQQ5
イスラム教も異教徒しか奴隷にしてはならないという規定があって
わざわざ遠征してマムルーク狩りしてたくらいだから
宗教ってのはそういうもんなのかね

29: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:42:59 ID:cwxo+O2s
>>25
イスラムはもっと実利的な始まり方をしてて、
マホメットは、イスラム教徒になるか、金を払うか、
さもなければ敵対っていう感じであのあたりを安定化させたので

26: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:36:41 ID:uFAEOOE/
日本人並びに日本の為政者は人種が何であろうと人を奴隷とする事を
毛嫌いしていたので、普通の日本人であれば売買する訳が無い。

28: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:41:39 ID:Wvd2EOGu
信長に引き取られた墨を塗ってると思われて行水させられたって話の
黒人奴隷はその後どうなったんだろう?

108: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 23:19:15 ID:EH6+P+wU
>>28
本能寺の変で森蘭丸とともに織田信長と一緒にいたんでないの?

109: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 23:45:53 ID:Vj/EydwI
>>108
逃がされた説もあるよね
そのあとの消息は不明みたいだけど

109: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 23:45:53 ID:Vj/EydwI
>>28
信長がめっちゃ気に入って、武士の身分を与えて家臣にしたんだっけ

112: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 01:48:24 ID:5qAJN/oR
>>28
たしか弥助って名付けられたんだよ

天正10年6月2日(1582年6月21日)の本能寺の変の際には弥助も本能寺に宿泊しており、明智光秀の襲撃に遭遇した。信長が死ぬと二条御所に行って戦った末、明智軍に捕縛された。家臣にどう処分するか聞かれた光秀は「動物で何も知らず日本人でもない」との理由で処刑はせず、南蛮寺に送った[5]。この処遇は光秀のこの黒人に対する蔑視を現していると考えられる一方、弥助を殺すことが忍びないと思った光秀が生かすための方便であったとの意見もあるが[6]、真実は不明である。弥助の以後の消息は不明


[5] 『イエズス会日本年報』
[6] 藤田みどり『アフリカ「発見」日本におけるアフリカ像の変遷』岩波書店、2005年5月。


30: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:43:58 ID:MVkW0Mv8
そういう時代だったんだな。

31: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:46:00 ID:mMl/PCWL
日本人は賢いな、西洋人の本質を見抜いてる

32: パンツ ◆7vYOZotTDo 2013/05/13 15:48:07 ID:Wf7hAOvr
安土桃山時代は、日本人が日本人を奴隷にしてた時代だろ
くだらねー

33: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:50:26 ID:cwxo+O2s
>>32
それを禁止したのが秀吉なのが、
タイミング的に面白いと思う

38: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:57:07 ID:CXk6+Cu/
 ◆戦国時代の謎

 「1543年に日本に鉄砲(種子島)が伝来する。
 強力な兵器である鉄砲はあっという間に国産化され、全国に普及し、
 それを最も大規模かつ巧みに戦術に取り入れた織田・豊臣勢がやがて天下を取る事となる」

 これは誰もが知っている日本史上の有名な出来事であろう。
 しかしそれは事実の一端を語っているに過ぎない。
 ここにはひとつ見逃されている重大な件がひとつある。
 火薬である。
 鉄砲ばかりがクローズアップされているが、その実鉄砲は火薬がなければ用をなさない。
 その火薬はどうやって調達していたのかの視点が欠落しているのである。

 日本が鉄砲をすぐに真似して国産化したことをもって、「日本の技術力は優秀だった!」
 「アジアで最も技術に優れた国だった」などと歴史小説家の司馬遼太郎などは言うが、
 肝心の火薬問題についてはまったく触れていない。

 なぜなら、もし触れてしまったが最後大変なことになるからである。
 白人の犯罪を暴かなくてはならなくなるから、司馬は避けたのであろう。

 司馬という男は「戦国時代、日本は金が銀よりも安く、
 そのため西洋人は銀を輸出して日本から金を買っていた」だの、
 「竜馬が薩長同盟を成し遂げた」だの、
 「日露戦争は近代において有色人種が白人に勝った最初の戦争であり、
 アジアにおける快挙であった」だのと、
 次から次へと息をするようにもっともらしく嘘を書きたてる捏造作家である。

39: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:58:26 ID:CXk6+Cu/
 彼は元々は産経新聞の記者であったが、後に歴史作家となり、
 その後開口健らと並ぶ「サントリー文化人」となった。

 「サントリー文化人」とはロックフェラー財団との提携のもと、
 巧みな宣伝広告戦略をもって日本国内で大きな影響力を持つに
 至ったサントリー財団が養い育てた、日本的文化人・知識人集団の代表的人物である。

 そのため司馬は潤沢な資金と各種史料の閲覧機会を、
 同時代の歴史小説家や歴史学者の誰よりも豊富に与えられていた。
 極端に言ってしまえば組織的なバックアップのもと、
 西洋資本の意に沿う通りの「歴史研究」を執筆する役目を負っていたのである。

 彼は日本史におけるオピニオンリーダー的存在となり、その著作物は各種メディアで持ち上げられ、
 映画化やドラマ化、ドキュメンタリー化などがなされ、
 全国の視聴者はそれを通して昔の日本の姿を「学習」した。
 更にはその設定を用いた二次三次の著作物が雨後の筍のように出現していった。
 いわば彼は大衆にとっては歴史学者よりよほど影響力の強い人物だったと言える。

 しかし司馬の実態はアメリカの工作員であって、歴史の節々で外国勢力の暗躍を隠し、
 読者の目を問題の本質から逸らしたり、
 ある特定の結論に至るよう恣意的に歪めた研究を記述してきた事がわかってきている。

 ここでは司馬という男の正体についての詳述は避けるが、彼があえて書かなかった
 火薬の調達経路を調べる事により、これまであまり知られなかった
 戦国時代の「真の姿」が見えてくるのである。

40: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 15:59:43 ID:CXk6+Cu/
 ◆宣教師の正体

 戦国時代にあって鉄砲の重要性は今更語るまでもない。
 自国がそれらを充実させれば敵国の侵略を撃退でき、
 備えられなければ敵国に敗れるのは必定であった。
 そのため戦国大名はどこも競って銃器と火薬を入手しようとしていた。
 しかし鉄砲の方は国内で生産できるのに対し、火薬の方はそうはいかなかった。

 当時火薬の原料は『硝石』(硝酸カリウムを主成分とする
 天然に産する硝酸塩の混合物)であったが、
 これは西洋が大量に所有しているのに対し、国内ではほとんど産出しない。

 そのため日本人は人間や家畜の排出物を微生物の作用で硝酸カリウム化したものを
 抽出する事で硝石を得ていたのだが、大量生産はできなかった。
 そのため大量に入手するためには南蛮貿易に頼るほか無かった。

 戦国時代とは、つまり内戦状態であるから、
 兵器・火薬を売る西洋人にとっては格好の販売舞台だった。
 A大名のところにいって、「隣りのB国が大量に銃器、火薬を備えましたよ」と囁けば、
 A大名は「ではウチにも売ってもらいたい」と乗りだしてくる。
 その後B大名に同じ事を囁けばそちらでも火薬を欲するようになる。

 インドなど世界各地で鉄砲という強力な武器を伝えし、その国の軍隊に鉄砲を大量生産させ、
 内戦を激化させ、それに乗じてて火薬を売りつけて益を得ていた西洋商人は、
 当然日本でも同じ事を行った。

42: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:01:07 ID:CXk6+Cu/
 西洋の商人の尖兵として大名に近づき、そういう販売を行ったのが耶蘇教の宣教師であった。
 ザビエルはそのために日本に来たと言っていい。
 鹿児島や大分にはザビエルの記念像がある。
 折しもザビエル渡来450周年記念行事が行われたが、それがとんでもない愚行である事に、
 現地の人はどれだけ気づいているものか。

 日本ではザビエルは、「スペインに生まれ、パリ大学に学び、学者として世に立とうとした教養人。
 キリスト教宣教師となり、東洋宣教を志した。
 マラッカで日本人ヤジロウと出会ったことにより、日本に強い関心を寄せ、ヤジロウの案内で日本の土を踏む。
 東洋の使徒として世界に広くその名を知られる歴史上の偉人」と言われてる。

 大ウソである。
 彼は国内で戦争を煽り立て、それに乗じて大金を稼ぐ「死の商人」でもあったのた。
 耶蘇教の伝教は同時に現地工作員の養成でもあった。

 ザビエルは大友や有馬といった九州の戦国大名を耶蘇教に「改宗」させた。
 「キリシタン大名」とは要するに、火薬欲しさに日本人の魂を売った連中の事である。
 ザビエルの説く耶蘇教に心を動かされて改宗したのだからいいいじゃないか、美談ではないか、
 むしろそれで貿易が盛んになったのだから誰も損をしていないのではないか──と一般の人々は思うだろう。
 ところが実態はそんな綺麗事とは大きくかけ離れているのである。

43: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:02:23 ID:CXk6+Cu/
 ◆西洋貿易の実態

 海外との貿易において、戦国大名たちが火薬を手にいれるには、「何か」と交換しなければならない。
 では当時の日本に、何か西洋人が喜んで交換したがるような物品はあったろうか。

 金? 銀? そんなもの潤沢にあるわけないし、産出国は限られていた。
 工業品だってない。戦国の世の中、落ち着いて産業を興しているヒマはない。
 米を売るか? そんなもの西洋人は欲しがらないし、
 戦乱に明け暮れている日本では生産力が落ちているため売るほどはない。
 今のように日本刀や鎧が非常に価値のある骨董品・美術品として見られていたわけでもない。

 陶器? 漆器? そんなものの値段などたかが知れている。
 ではいったい戦国大名たちは「何」を売っていたのか?

 「人」である。奴隷を売ったのだ。
 西洋人が欲しがったのは、家畜の代わりにこき使うための子どもを含めた若い労働者、
 あるいは肉便器として使用するための若い娘たちであった。
 わずか火薬1樽と交換に、うら若い娘50人が奴隷として差し出された。
 火薬原料の硝石欲しさ、にである。

 秀吉の家来であった大村由己という人が『九州御動座記』にこう書いている。

 『宣教師から硝石樽を入手せんがため、大名、小名はいうに及ばず、豪族の徒輩までが、
  己の下婢や郎党はおろか、自分の妻まで南蛮船で運ばせた。
  それは獣のごとく縛って船内に押し込むゆえ、泣き叫び、喚くさま、あたかも地獄のごとし』

63: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:48:33 ID:UfkTQQQ5
>>43
内戦の戦争捕虜を奴隷として輸出していてそれが一定規模の金額だったのは確かだが

> 今のように日本刀や鎧が非常に価値のある骨董品・美術品として見られていたわけでもない。
この部分間違い含みというか
室町幕府がやってた日明貿易の品目見れば扇子、刀剣、漆器や屏風も十分な値段で売れてる
あとバタヴィアやルソンの貿易記録を見る限りは日本酒や醤油が意外といい値段で売れてる
日本刀や扇子が結構な値段で取引されていたのは中国(宋や明)の文学的記録に結構出てくる

あと火薬原料(硝石、硫黄、木炭)の一つである硫黄は豊富に産出したので
日明貿易のころの主要な輸出品のひとつになっている。
もちろん硫黄を産出しない地域の大名はこれが出来なかったわけだが。

72: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 17:00:03 ID:Bt+7zSQn
>>43

なんか文章がゴシップ風で胡散臭くないか

81: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 17:43:50 ID:4cvQD3zs
>>72
このソースは多分鬼塚英明の「日本の一番醜い日」だと思う。
確かに書きすぎている感があるが、
実際宣教師と共にやってきたポルトガル商人が奴隷貿易をやっていたのは本当。
この文章がどぎつ過ぎて、これを取り上げて「宣教師が奴隷貿易に関わってたなんて嘘だ」と
言っているブログなどもあるが、実際宣教師暗黙でポルトガル商人の日本人奴隷貿易は行われていた。
秀吉は5か条の詰問とか言うのを出して、そういうのを問い詰めた。
元々は秀吉はキリスト教歓迎していたんだよ。
秀吉が歴史ドラマなどで格好悪く描かれるのもここら辺関係してるかもね。

46: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:05:41 ID:fr8Vf8uZ
世界で初めて黒人奴隷解放をしたのは織田信長です。
モザンビーク人の黒人を解放してヤスケと言う名前を与えサムライにしました。

49: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:09:39 ID:MQg0Kcns
まあ奴隷は当たり前だった時代だしな
白人だって、中世なんかは中東やエルサレムなんかに売り飛ばされていたわけだし

52: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:15:42 ID:TAZRKYXH
当時の日本からメキシコって、今で言うと
地球から火星へ行って住むぐらいの気分なんかな?

54: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:19:12 ID:cwxo+O2s
日本人は、説教にはあまり釣られなかったけど、
菓子には釣られたwって話もあるね

キリシタン改宗は、堺の豪商などで意匠の流行なんかと同時にはじまったり、
細川ガラシャなんかの改宗を見たりすると、
エキゾチックな部分に夢を見るような流行として存在したんじゃないかと思う

56: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:25:56 ID:2Ef5QJoG
中学の社会科の教師は
「日本は鎖国によりその文明進化が200年は遅れた」と言い放った。

もし鎖国してなかったらオレたちゃ英語とかポルトガル語喋ってるんかい…。

57: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:32:11 ID:cwxo+O2s
>>56
だいたい、日本の200年前に文明開化してた国ってどこよ、だと思うがなあ
日本も植民地ばんばん作って奴隷に働かせて大もうけしたら良かった、
って意味で言ってるならともかく

58: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:36:38 ID:2kDesa2k
キリシタンは、今の世の統一教会と変わらないな
合法奴隷、強制集金、悪の枢軸が好きな生臭坊主など、宗教とは程遠い集団が、あまりにも多い
次の憲法改正では、宗教の自由を削除ですね

60: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:39:54 ID:cwxo+O2s
清貧すぎて当時の教皇から嫌われてたフランシスコ修道会とかだと、
そうでもないよ
一般人から見ると清貧っぷりがマジキチ気味だけど

今度のローマ教皇もそういう感じだからあの名前になったのかねえ

61: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:41:03 ID:5F2JHuJX
キリシタン大名以外にも上杉謙信のように、奴隷狩り目的で戦争をしていたのもいて、
直江津は奴隷交易で大きくなった町。海外に輸出された奴隷は、琉球王国に送られて、
中国人で構成された倭寇が狩ってきた中国人や朝鮮人と一緒に、那覇港でセリにかけられ、
世界各地に転売された。

64: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:48:58 ID:9X5Frj+W
そもそも秀吉や家康がキリシタンを取り締まったのも
扇動して争いを起こさせてたのがバレたのが原因だし
実際、渡来人が欧州に宛てた手紙に、日本は軍事力が高く植民地化するのは無理なので
地方大名などを扇動して同士討ちさせるって書いてあるしね

65: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:50:13 ID:nEOtLdhP
元々秀吉なんか信長の影響で西洋の文化が好きでキリスト教も認めていたのに、
急にアンチキリスト教になったのはこういう理由があったのか。

70: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 16:56:11 ID:juNccfV6
なんか、それぞれ誤解があるんじゃねーの?

日本人側の商人、子供・・・丁稚奉公みたいなものと認識

ポルトガル人・・・奴隷と認識

実際、どんな生活だったんだろうな

76: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 17:18:40 ID:5HIOd+od
白人からみたら二次大戦前まで黄色人種は家畜くらいの認識で間違いない

84: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 18:00:05 ID:N6UGgEWp
スペインにいるハポン姓の人々も奴隷の末裔なん?

85: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 18:03:21 ID:cwxo+O2s
>>84
あれは、伊達政宗が派遣した支倉常長の遣欧使節団の関係者の子孫だという話
直接欧州と交易しようとしてあれこれしたけど、
当時スペインの植民地だったスペインと輸出物が被るので、
そこで儲けてる連中の反対にあい、結局通商条約を結ぶ事には失敗して終った

87: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 18:22:25 ID:cwxo+O2s
>>85
あミスった
>当時スペインの植民地だったスペインと輸出物が被るので、

当時スペインの植民地だったフィリピンと

88: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 18:24:38 ID:tgiZfX5P
まぁ当然あっただろうねぇ


外交目当てで当時の日本に来る外国人とかいないし

91: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 18:58:37 ID:604Hgc4N
信長の黒人家臣 弥助ってもう新しい資料は出てこないのかなあ
墓とか、子孫とかどうなったんだろ

99: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 19:59:38 ID:5WXXX7Po
家事労働とかの奴隷の方が、封建農奴よりは楽だったかもね

黒人奴隷でも家事労働をするのは白人に気に入られるハウス・ニガーだと言って農作業やってた奴隷は愚痴を言った

100: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 20:21:28 ID:0wilOxxi
奴隷やなくて板前やん

101: 七つの海の名無しさん 2013/05/13 20:31:03 ID:UfkTQQQ5
>>100
奴隷の最低限の定義は「職業選択の自由がないこと」。
古代ローマでは職業選択の権利がなく主人によって売買される家庭教師・会計士・料理人などがいた。
スキルが高ければ相応の高待遇を受け、必要に応じて/長年の功労に感謝して開放されることがあった。
同時に農場や鉱山で劣悪な条件で働く奴隷もいた。

118: 七つの海の名無しさん 2013/05/14 13:30:35 ID:btfLy/yL
現代の視点で、過去の日本の政策を文明が遅れたと評する進歩的文化人が多いけど、
当時の国際情勢からすると、外国勢力の介入を減らしたのはベストでないにしろベターな対応だった


02. 2013年10月22日 12:52:27 : W18zBTaIM6

日本の歴史教科書は天皇一族が日本の娘を何百万人も海外に性奴隷として売った事も教えてないよ


天皇一族は売春業者

 19世紀初頭、世界帝国を建設しようと考えた英国はアジアに対し、アヘン=麻薬を売り、アジア人に英国に対する抵抗心を喪失させ、アヘン売買の利益でアジアを支配するための兵器を買う戦略を採用する。

英国のアヘン売買の中心となったのが、銀行ジャーディン・マセソンであった。マセソンは、英国がインドでアヘンを買い付ける資金を提供し、中国、日本にアヘンを運搬する船の建設費を出し、アヘンの売り上げはマセソンの銀行口座に振り込まれ、その資金で中国、日本を攻める兵器が購入された。兵器の代金は、マセソンの銀行口座で決済された。

マセソン、中国では香港に香港上海銀行(現在の中国の中央銀行)を支店として置き、日本では東京に日本銀行=日銀を支店として創立した。日本政府の井上馨、渋沢栄一に「命令」し、ノウハウを教え、日本銀行を創立させたのは、麻薬銀行マセソンのアレクサンドラ・シャンドである。

日本の中央銀行、日銀は麻薬銀行として創立された。しかし中国と違い、日本では麻薬は売れなかった。


困ったマセソンは、福沢諭吉と天皇に相談し、日本人女性を誘拐し「売春婦」として海外に「販売」する事にした。


貧しい農村の女性には海外で豊かな生活が出来るとダマシ、良家の娘達には洋裁学校を紹介するとダマシ、天皇と三菱財閥は日本人女性を「売春婦」として、海外に売り飛ばした。

天皇と三菱の経営する船会社、日本郵船がダマサレタ女性達を売春婦として海外に運んだ。大部分が処女であった日本人女性達は、船の中で「売春婦」として教育するため、英国人水夫達に毎日、強姦輪姦された。これは天皇の「命令」である。

天皇がダマシ、売春婦として海外に売り飛ばした日本人女性の数は、50万人を超える。大くの女性は、20歳代で梅毒等の性病で死に、または刃物で自分の喉を突き刺して自殺した。

天皇一族の財産はこうして作られた。

http://alternativereport1.seesaa.net/article/50371493.html

高校教科書『新詳説・日本史』の一節から引用する。


「日本の商社活動が活発となり、横浜正金銀行が積極的な貿易金融を行った。(略)また、海運業奨励政策によって、日本郵船会社などの手で、次々と遠洋航路がひらかれていった。(注)日本郵船会社は、三菱会社と半官半民の共同運輸会社との合併によって1885年に設立され、1893年にはボンベイ航路、1899年にはヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアへの各航路がひらいた。」

日本郵船の大株主は天皇家と三菱財閥であった。
アメリカへ大量の移民を運んだのは、この日本郵船の船であった。

<中略>

天皇家と日本郵船の深い関係は、明治時代から続いていた。
この会社の船で娼婦たちが海外に「進出」させられた。
詳しくは山田盟子の『ウサギたちが渡った断魂橋』に書かれている。


日本の偉人中の偉人と評価の高い福沢諭吉は、


「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」

(『福沢諭吉全集』第十五巻)と主張した。

娼婦を送り出す船会社が、天皇家と三菱に大いなる利益をもたらすということを計算したうえでの「得策なれ」の主張であった。


「至尊の位と至強の力を一に合して、人間の交際を支配し、深く人心の内部を犯してその方向を定る」


福沢諭吉の思想は当時の天皇家に迎えられた。


至尊の位(天皇)と至強の力(三菱)を一に合して、日本郵船は発展していった。日露戦争後、アメリカ移民が増えていった。1908年ごろには、約十万人の移民がアメリカにいた。

1901年、共産主義者の片山潜は、小冊子『渡米案内』を発行した。一週間に二千部売れるほどの当時では大ベストセラーとなった。 片山は、アメリカでの移民生活をベタほめした。日露戦争のころ、アメリカに行くのに約二百五十円の大金が要った。現在、日本に密入国しようとする中国人が、中国マフィア(蛇頭)に支払うくらいの金額だった。
やっとアメリカに渡ったものの、新聞や雑誌や『渡米案内』の甘言広告とは違い、辛酸の極みの生活が移民を待っていた。


男たちは鉄路の重労働やタマネギ畑で働かされ、女たちのほとんどは娼婦の館にほうり込まれた。


このときの莫大な金は、福沢が言う「至尊の位と至強の力」すなわち、皇室と三菱の懐に入った。

片山潜は、天皇が支配(大株主)する横浜正金銀行(旧東京銀行の前身)から金を貰って生活していた。当時の日本共産党幹部たちが、ニューヨーク、ロンドン、モスクワと流れていったが、そのほとんどの金は、この銀行が出したのである。元社会党委員長鈴木茂三郎もこの銀行から金を貰った一人である。

http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060825



03. 2013年10月22日 12:52:59 : W18zBTaIM6

1885年、天皇一族と三菱財閥で日本初の船舶会社


日本郵船が創立される。

明治維新により富国強兵の道を歩み始めた日本は、欧米からあらゆる兵器を購入し続けていたが、欧米への支払いに当てる資金が日本には無かった。

そこで福沢諭吉は、


「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」


という指示を天皇に与える。賤業婦人つまり売春婦として日本人女性を海外に「輸出、 売却」し、兵器購入資金を作るというプランであり、天皇一族はこのプランに飛び付き実行する。

(福沢諭吉全集 第15巻)


1900年初頭から天皇の命令の下、

「海外に行けば良い仕事があり、豊かな生活が出来る」


という宣伝が日本全国で大々的に行われた。

日本の健全な家庭に育った当時の若い女性達は天皇の言葉を信じた。

天皇一族によりだまされ「売春婦として欧米に販売された」日本人女性の数は数十万人。

大部分は健全な家庭に育った若い女性達であり、天皇は「健全な女性を売春婦」として「売却」する事で、欧米の売春業者から女性1人あたり数千円、当時普通の会社員で
あれば10数年分の給与を手に入れていた。

その金額が数十万人分=莫大な資金がこの天皇一族のサギ行為、女性の人身売買により天皇一族に転がり込んだ。 その資金の一部は戦争のための兵器購入に当てられたが、
大部分は天皇の「個人財産」として「蓄財」された。

天皇一族は自分の金儲けのために、健全な若い日本人女性をだまし、売春婦として欧米に「売却」して来た。

天皇一族は欧米の売春業者とタイアップした日本の売春業者であった。

天皇により経営される日本郵船により、欧米に「売却」された日本人女性は、1人残らず現地に着くと即座に売春宿に「連行」され監禁された。そして売春を強制された。

初めての外国であり、逃げ場も助けてくれる相手もいない。
数十万人の日本人女性が、天皇によって売春を強制された。

これが従軍慰安婦の原型である。


日本郵船の共同経営者三菱財閥もこの売春業で巨大化した。
この莫大な富を生む売春業に参加させてもらったお礼に、三菱財閥は昭和天皇の結婚後の新居を、全額三菱財閥の出資で建設する。

渋谷区下渋谷の第一御領地の「花御殿」が昭和天皇の新婚の住居であり、それは数十万人の日本人女性を「売春婦として販売した」利益で、三菱の天皇に対する「売春業参加のお礼」として建設された。

(山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」 新日本出版社)。

また天皇が大株主であった船舶会社商船三井も天皇と協力し、同一の「売春婦・輸出事業」に従事する。 こうして日本人女性の「販売業者」として天皇一族が蓄積した財産は、第二次大戦後日本に進駐してきた

米軍GHQの財務調査官により調査され、当時の金額で1億ドルを超えると記録されている。

国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は、女性の人身売買で金儲けし、また日清戦争、日露戦争で中国、ロシアから得た賠償金を自分の私財として「着服」していた。

戦争中全ての日本人は餓死寸前の中、軍需工場で「無給」で重労働を行っていた。
そうした重労働と日本人男性=軍人の死によって戦争によって得られた賠償金を、国民のためでなく自分の私的財産として天皇は着服し、密かに蓄財していた。

また日本軍が朝鮮、中国に侵略し、朝鮮人、中国人を殺害し略奪した貴金属は、天皇の経営する日本郵船によって日本に運び込まれ、日銀の地下金庫にある天皇専用の「黄金の壷」という巨大な壷に蓄財された。

中国、朝鮮から略奪された貴金属、そして賠償金=侵略戦争 は天皇の個人的蓄財のために行われていた。

この問題を調査したエドワード・ベアは、「天皇一族は金銭ギャングである」と吐き棄てるように語っている。

(エドワード・ベア「天皇裕仁」 駐文社)


1945年、日本の敗戦が決定的になると、天皇一族はこの蓄財を米国に「取られる」事に恐怖を感じ、海外に蓄財を「逃し」始める。

天皇の個人銀行でもあった横浜正金銀行を通じて、スイスに850万ポンド、ラテンアメリカに1004万ポンド等、広島、長崎に原爆が落とされ死傷者が苦しんでいる最中、天皇は自分の蓄財を海外に次々と逃がす事に専念する。この問題を調査したマーク・ゲインは、海外に天皇が逃した蓄財は累計で5〜10億ドルに上るとしている。

(マーク・ゲイン「ニッポン日記」 筑摩書房)。

広島、長崎に原爆が落とされ膨大な死傷者が出、戦後日本をどのように再出発させるかを考えなくてはならない時期に、天皇はひたすら自分の蓄財を守るため数百回に及ぶ海外送金を繰り返していた。

日銀の地下金庫からは、莫大な金塊と貴金属が日本郵船により運び出され、アルゼンチンの銀行そしてスイス銀行まで遠路運搬されていた。

中国では日本に逃げ戻るための船舶が無く、逃げ遅れた日本人女性が中国各地で多数強姦殺人され子供が殺害されている最中、天皇は貴重な船舶を独占し、自分の金塊を遠路
アルゼンチン、スイス等に運び出していた。

天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。

(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)。


なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行く。
天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンである。

そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」である。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めるが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーが虐殺したユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行であった。

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していた。

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であった。

(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 


ベストセラーズ・・また濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)。


1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立させる。
日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった。


天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」

(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉がある。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言である。

日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止した、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのである。

天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団である。

追記・・例え殺されても自分の命と引き換えに真実を語るのがジャーナリストの仕事である。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。

http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&log=20070607

人身売買と近代日本の成立 


自国女性を海外に売るのが「ロイヤルビジネス」だった


「からゆきさん」と呼ばれたどちらかといえば普通の「娘の身売り」の陰には、さらに悪質な詐欺的人身売買が、国策として、天皇のロイヤルビジネスとして、白人商人と連携して組織的に、国策会社日本郵船(=三菱)により、大々的に行われていた。

そして、その人身売買こそが、日本資本主義の原初的蓄積過程だった。

つまり、近代日本国家は自国女を売って成立した。


「オルタナティブ通信」などを通じて知るようになったこの事実ですが、まとまった知識を持った人をTwitterで見つけました。

http://twitter.com/urashima2


戦前の日本は民族差別に反対してたとか言ってる方がいまだに多いが、実際のところは人身売買する上で邪魔だったというのが大きな理由のようだ。そもそもアメリカが排日移民法を作らざるを得なかったのは日本からあまりに膨大な日本人女性が売られてきたからにほかならない。


戦前の日本が差別を許さないとか、プロパガンダにもならない妄想…。

世界最大の賤業婦人(売春婦)輸出大国だったのに。

それも騙して海外へ連れ出すという極悪非道ぶり。


いわゆる「からゆきさん」なんてハイカラな名称付けられているのが、それ。

ジャパゆきさんは自分の意志でオーディション受けて、どういう場所で働くか承知で来るかも知れない、からゆきさんの大半は国策として騙された人や誘拐・拉致同然に連れだされた方々なのでまるっきり違う。


からゆきさんと言っても中国だけじゃない。

世界中に貨物船の片隅に押し込められ売られており、明治から昭和にかけて、その数は30万人以上とも言われている。

戦争責任を追求する大手マスコミでさえ、からゆきさんについては非情に及び腰。

理由はロイヤル・ビジネスだから。


おもに日本郵船=三菱と組んでいるが、三菱といえば岩崎弥太郎。

岩崎といえば龍馬。龍馬といえばグラバー。

グラバーといえば武器商人…ってな具合に背後は真っ黒の助。

そもそも武器を買うための資金として人身売買をはじめた。


グラバーといえばマセソン商会の元社員で代理人。

マセソンといえばアヘン商人。

ようするに茶を買うためアヘンを売るのが、武器を買うために女性を売る…にかわっただけ。

長州ファイブを留学させたのもマセソン商会。

岩崎=長州閥=天皇家は一蓮托生でアヘン・武器商とつるんでた。


騙して日本人女性を売った金で武器を買う。

その両方でピンハネすればボロ儲け。


三菱財閥が巨大化した最大の理由が人身売買…

などとは歴史の教科書や社史にも出てくるわけない。


人身売買であげた利益で武器を買い、それで戦争を行っては国民を虫けらのように死なせた。そういうビジネスを明治以来一貫して下衆なアヘン・武器商人と結託しながらやってきた。宗教も人種も違う連中を奴隷貿易するでもなく、自国の同胞女性を詐欺まがいに海外へ大量に売り飛ばすという豪快なことをしていた日本。


さうがの毛唐も

「オーマイガッツ!

ジャップのやつ正気の沙汰とは思えない。

オークレイジー」

なんて驚いたことだろう。


そういう背景により、クレージーなジャップによる人身売買を阻止するため、アメリカは排日移民法をつくってくれた。それを、差別だとかいうのだから凄い。


戦争の原因について


「カリフォルニア州への移民拒否については、 日本を憤慨させるに十分なものであった」

とは裕仁天皇のお言葉。これが戦争の原因なのだというから素晴らしい。


戦前の国策による人身売買の実態を隠蔽するため「からゆきさん」と混同されるようにイメージの偽装転換が巧妙になされている。実際はからゆきさんなんてレベルをこえた国策の人身売買が壮大なスケールで行わていた。


本来の「からゆきさん」なんてのは九州の貧しい農村部の女性が女衒に連れられアジアの娼館で働くというものだが、日本郵船とかがやってたのは基本的に詐欺。


「海外で教養を身につけよう」

「あこがれのアメリカで働こう」


なんてかんじで良家の子女から寒村にいたるまで処女を集めた。


私もこのブログで、アメリカの人身売買報告書が日本に異常に厳しいことを人種差別ではないかと批判したことがありましたが、見当違いだったかもしれません。

彼らは当然ながらこういう過去の事実を知っている。この件の被害者は日本人であり、欧米商人も関与していたので、あえて言挙げはしないが、日本国がこういう体質をもっているということには留意している。このような過去の犯罪行為について、日本人がほとんど知らされておらず日本国内に批判も反省もないことも見ている。

普通に「人身売買を防止する」という観点から見て、日本が要警戒国になるのは当然ですね。


これから必然的に貧しくなっていく日本ですが、日本女性は日本国家および天皇一族を警戒したほうが良いといえます。同時に、従軍慰安婦問題や南京強姦事件で騒いでくれる近隣国の人々に感謝しなければならない。被害者が日本人だけなら、誰も騒がず、語ろうとする者は口封じをされ、そんな過去はなかったことになります。

天皇と三菱とが一体になり、外国商人と連携して、国策でこのような犯罪行為を行った歴史が「なかったこと」にされている。何の反省もない。

このままでは、日本国家にカネが必要なときにはまた同じことが繰り返されることになるでしょう。


日本国=天皇=三菱等、

はその成立時から人身売買マフィアであり、芯から腐っていると言えます。初めから腐っているものはどうしようもありません。「日本の解体」が是非必要です。

http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.com/

あめゆきさんの歌、山田わか


 日系アメリカ人の歴史の本を読んでいた時に、

「アメリカの日本人の嚆矢(はじまり)は日本人売春婦」

という記述に出会って、愕然としたことがある。


 コロラドに、江戸時代の日本人売春婦の墓標が残されているそうだが、日米和親条約(1853年)が締結される以前の話である。日本から、アメリカに直接に向かうことができなかったので、アジアを経由して、密航者としてアメリカに渡ったらしい。

 この女性たちの歴史の発掘に尽力されたのが、サンフランシスコの日本語協会の石崎五郎さん(UCデイビス校の獣医学の教授、故人)だった。石崎さんは、そうした女性の存在を不憫に思われたようだ。 中国や東南アジアに渡ったからゆきさんのことは、森崎和江や山崎朋子の著作で知ってはいたが、そうした事実が、このアメリカでもあったのだ。


 明治の新聞ダイジェストを読んでいた時に、オーストラリア行きの船の船倉で、日本人売春婦が窒息死体となって発見されたという記事を目にしたことがあるが、日本人売春婦は、オーストラリアにも、密航させられていたようだ。 十九世紀末のアジアに渡った日本人売春婦を意味する”からゆきさん”という言葉から、山崎朋子(ノンフィクション作家)が、”あめゆきさん”という言葉を作り、「あめゆきさんの歌:山田わかの数奇なる生涯」という本を書いたのが、1978年。

 プラムさんに、山田わかが働いていた場所を訊ねられた私は、シアトル時代の山田わかの手掛かりを求めて、この本を読み返した。 この本の記述とシアトル旧日本人街明細図から、20世紀初頭に、彼女が白人相手の売春婦として働いていた場所が分かった。

現在のシアトル・アジア人街のあるインターナショナル・ディストリクトの一角だ。 私自身、以前、インターナショナル・ディストリクトを訪れた時に、山田わかはどこで働かされていたのだろうと、漠然とした疑問をもちながら、同地域を歩いていたのだが、今回、キング・ストリートと5番街の角のアロハ・ハウス(現在は別のお店になっている)で働いていたことが分かった。


 1906年に、26歳で日本に帰国した山田わかは、近所に住んでいたことから平塚らいてふと知遇を得て、青鞜に参加。『朝日新聞』の人生相談の回答者になって、アメリカ帰りの女流評論家として成功した。


 アメリカの図書館で、私は、戦前に発行された山田わかの本を2冊、見掛けたことがあるし、サンフランシスコで、彼女の夫となった山田嘉吉の教える英語塾で山田わかに出会ったことがあるという人から話を訊いたこともある。 私が渡米した頃には、ヤングさんと呼ばれた日系一世の若手がまだ、生きていたのだ。ヤングさんは、英語の勉強のために、サンフランシスコの山田嘉吉の英語塾に通ったようだ。

 山田わかのシアトル時代の記述については、サンフランシスコで発行された『あめりか新聞』(1937年)のオリジナルをUCLAのライブラリー(special collections library)で読んだこともあるし、山崎朋子が出会ったリン(林)司書から、直接、お話を聞いたこともある。リンさんは、UCLAのアジア関係の生き字引のような方だったが、1990年代の前半に退職された。

第二次世界大戦後、山田わかが心血を注いだ仕事に、売春婦の更生施設の建設、運営があった。 売春婦から更生して家庭人となった彼女だからこそ、更生が、いかに大切であるかということを知っていたのであろう。

 私は、アメリカに住む日本人のことをリサーチしている理由の一つに、日本人は、アメリカから何を学ぶのだろか、ということがある。山田わかの場合は、不屈の向上心だったのではないだろうか。

http://plaza.rakuten.co.jp/katiebooks/diary/200408240000/

昔アメリカで、ハロウィーンに英語もできないくせに白人様の真似をして調子こいていた馬鹿な日本人留学生が射殺された事件がありました。しかし、アメリカ白人がやったことなので日本人は怒りません。その因縁のハロウィーンを、やがて日本人たちはアメリカ白人と一緒になって馬鹿騒ぎして祝うようになりました。

だいたい日本人に同胞意識などない。自分が白人様にでも引き立てられれば、黄色人種の同胞なんてクソみたいなものです。日本人で出世して偉くなる人はみんなそう思っています。


天皇のロイヤルビジネスは、日本人の素人女性を騙して、日本郵船の貨物船に乗せて海外に性奴隷として売り、外貨を稼ぐというものでした。


日露戦争などの戦費もそれで出した。

同胞の日本人女でさえ騙して奴隷にして、船内で白人船員に強姦させて売春婦教育し、外国の売春宿に平気で売る事をしてきた日本人なので、朝鮮人従軍慰安婦の強制連行や戦地や日本軍進駐先(前記事のタイにも進駐していた)での住民強姦など朝飯前のことです。

(そんなことを否定したり事実を争ったりする方がどうにかしています)。


日本はもともとそういう麗しい国なのです。なので、マトモな人間なら、日本人であれ外国人であれ、「反日」になるのが自然です。
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.com/


04. 2015年1月14日 01:28:32 : ZmmvITEnM2

<投稿>
◆日本宣教論序説(16) 2005年4月 日本のためのとりなし
http://www.sagamiono-ch.or.jp/intercessors/2005/2005.04.jpn.pdf
このページは表示できません


<コメント欄>
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20130513-OYT1T00675.htm?from=top
指定されたページが見つかりません。
http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&log=20070607
このページは表示できません
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.com/
ブログを削除しました
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したらば掲示板
ローマ・カトリック教会による日本人奴隷売買・貿易
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/729/1170293751/


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