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新人教育についてのつぶやき。 Aobadai Life
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投稿者 行雲流水 日時 2010 年 8 月 04 日 07:52:40: CcbUdNyBAG7Z2
 

http://ameblo.jp/aobadai0301/entry-10609527736.html
2010年08月04日(水) 06時16分11秒

新人教育についてのつぶやき。 


新人教育について、雑感を。


8月から新卒が配属されて、自分の直属の部下としても3名が新たに配属された。

私の部隊は、07新卒、08新卒、09新卒、10新卒と、

若いメンバーばかりなので、けっこうジェネレーションギャップというのは、ある。


以前であれば、感覚として、新人や、若手の気持ちというのはよくわかって、

それでいろいろと彼らの目線に立って、相談にも乗っていたけれども、

最近は、「自分が新卒の頃はどうだっけなあ」と、

思い出しながら、想像もして、頭で整理して考えないとわからない。


ただ、さすがに自分もマネジメント経験が長くなってきて、

ある意味「老獪」になってきたので、

あえて新人たちを、追い詰めたり、悩ましたり、

褒めちぎったり、喜ばしたりという「技」をいろいろと使うようになる。

よく野球監督の本などで、選手のコーチングにあたり、

全体俯瞰をしながら、ほめたり、けなしたり、チャンスを与えたり

と考えるあれと同じことだ。


しかし、一貫していることは、

若手には社会人としての基礎をしっかりつくってもらって、

彼らが、今後、仕事の道に進むにしろ、

専業主婦の道に進むにしろ、

幸せな人生をおくってほしいという、願いからでもある。


さて、彼らはいわゆる「ゆとり教育世代」になるので、

どうしても自分たちの世代とは、共通している部分もあるし、

そもそものバックグラウンドが違うなあ、と思うこともある。


思い出せば、自分たち団塊ジュニアの世代も、

新入社員の頃は、上司や、先輩たちに

「現代っ子」だとか、いわれたものだ。


ただ思うのだが、われわれの世代までは、

学生時代から就職にいたるまで、

日本自身が「成長期」にあったので、

成長していくことが当たり前だと思っていた点。

そして、終身雇用制度がまだきちんとあったので、

会社のために、しっかりと働くという哲学があった点。

こういう点においては旧世代に属すると思うのだ。


今の「ゆとり教育世代」をみていて、

われわれまでの世代と一番違うなと思う点は、

もちろん、受験競争が甘かったんだろうなとか、

あまり周囲から怒られた経験がないんだろうなとか、

いろいろとあるが、


それ以上に、彼らの感性として、

「成長することは当たり前ではない」

という価値観が根付いていることにように思う。


これはやはり生きてきた時代背景として、

バブル期までを経験した世代と、

失われた20年の中で子ども時代や、学生時代を経験した世代は、

やはり違うと思うのだ。


考えてみると、今年の新卒は、ストレートで入った場合、


阪神大震災の時は、小学校2年生で、

金融恐慌で、山一證券が破綻した時は、まだ小学校5年生。

そして、つい最近の2002年の日韓ワールドカップの時は、高校に進学したばかりと。


やっぱり生きてきた時代背景がこうも違うのか。。

と思うことがある。

かわいそうなのは、生まれてからずっと、不況の時代を生きているから、

日本が世界の中で、「冠たる存在」であるというのを、

感覚的に感じてこずに、ずっとリストラだの、不況だのという時代を生きてきたのだなと思う。


考えてみれば、自分がまだ新卒だの二年目だのという時代は、

もちろん、仕事については、当時、

私は新聞社に入って、それで窒息しそうな圧力的な空間の中でも、

いずれ自分がマスコミを変えてやる、ぐらいな思いはもっていたが、

それはそれとして、


一方で、プライベートに関しては、遊ぶことしか考えていなかった。

つまり、ボーナスが入ったら、いい車に乗ることしか考えていなかったし、

彼女とのデートや、旅行は、どれだけ豪華なものにして、

相手を驚かせるか、ということしか考えていなかったし、


そもそも「驚かせがい」のある彼女がほしかったから、

正直に言うと、相手の性格よりもまず、ビジュアルしか当時は見ていなかったと思うし、

そしてそれも自分の満足度ではなくて、

いかに世の中的に、美人の彼女とつきあって、仲間に自慢するかとか、

そういうことしか考えていなかった。


つまり、自分が20代の前半の頃は、ある意味、欲望でしか生きていなくて、

だからこそ、お金をたくさん稼ぐことは大事だったし、

それにいいブランドの会社に入ることや、その先、誰よりも早く出世することは大事だった。


貯金なんてまったくしてなかったが、

クレジットカードの請求が毎月来るのは怖かったとか。


なんというか、こう、ガツガツだけして、生きていたように思う。


ただ、それは自分だけではなくて、

けっこう周りの人間もそういう連中が多かった。


もちろん、そうした生き方をしてくると、

何回か、頭を打ったり、失敗したり、打ちのめされることが多々あって、

それよりも人生で大切なことは、

いかに自分がいい仕事をするかとか、

心から信頼できるパートナーを見つけられるかとか、

根源的なところに価値観が移行していって、

まして、今のように、子どもまで生まれてしまえば、


20代前半の頃からすると、ずいぶんと価値観って、変わってしまったと思うのだが、


さて、今のゆとり世代と向き合ったときに、

車を買うことにそもそも興味がなかったり、買ったとしても実用的なワンボックスだったり。

彼女をたくさんつくることよりも、まずは堅実な形の結婚にあこがれて、早々に結婚してしまう子が多かったり。

その結婚式も、一流ホテルで豪華にやるのではなく、

レストランを借りて、身内で、ちょこっとやって、

で、会費制の二次会という形になったり。


そもそも、「将来、何をやりたいの?」という質問に、

答えられない子が圧倒的で、社長や、マネジメントではなく、

むしろ、堅実な仕事で、家族と堅実に生きたいという夢を語られたり。


なんだか、こう。


30代で、子持ちの既婚者が語りそうなことを、

20代前半の若手が語るのって、これでいいんだっけ?


ということを思うのだ。


私たちが若手の頃は、「指示待ち族」というのは軽蔑される言葉で、

むしろ、自分で野心をもって、バリバリやってくれ、

おかしいところがあれば、ぶん殴るぞ、ぐらいの先輩のコミュニケーションだったと思うが。


いまや、「指示待ち族」というのは、ある意味当たり前で、

いかにそこを自分の頭で考えさせて、自走させるか、というところに苦心する。


考えてみれば、いつの頃からか、

私が新卒や、若手にするコミュニケーションも、昔は各論の話や、

スキルの話が多かったが、


最近は、心構えや、ビジネスにおけるモラルなど、

本当に基本中の基本について、指導することが圧倒的に多くなった。

そして、その基本が出来たうえで、

「あとはまず、自分で考えてみろ」と突き放す。


・・・まあ、でも、やっていて思うのは、


今のゆとり教育世代って、これまで学んできたことが圧倒的に少なくて、

ただ、ちゃんと教えれば、真綿のように吸い込むので、そこは教えがいがある。

いえば、大卒新人だとしても、

高校卒業したばかりの18才の子たちと向き合っているような感じだ。


ただ、そもそもの働くうえでの「心構え」ができていないから、

とにかくそこを確立してもらうことに、パワーがかかるよな。。と。


もうちょっと彼ら、彼女たちが欲望を見せてくれればいいのだけど。


そんなジェネレーションギャップに苦しむ2010年の夏かと。

以上、個人的なつぶやきでした。


 

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コメント
 
01. 2010年8月05日 10:37:31: VBQol1Jua6
大変参考になる、投稿です。この様な投稿も、欲しいです。二児の、父としてです。長男は、福祉、社会人です。下の、娘が、大学2年でもあり、有難い投稿です。野村監督は、論語で有名とききます。道徳教育ですね。しかも、つぶやく・・との事。選手に、おそらく「おしつけない」教育に、なっているのでは!甘い世界では、ない事でしょう。会社の為に、と考え、働いたのは、団塊世代も、同じです。これに、少し問題あるんですが!それでも、「自分のため」に、なってます。人生に、無駄はない、と思ってます。が、やはり、無駄な生き方している、方がいますね。「命の教育」を、望みます。以上

02. 2010年8月08日 08:44:59: KHM9IviPOc
自立した人格が大切でしょう。集団でよくなるというのは幻想です。富の公平配分か貨幣の廃止は貨幣を配る係りが重要ではなく本人の意見そのものが重要になる。今の大人というのは貨幣収奪競争のコマでありそれ以上の意見はない。いまの社会はどうでもいい商品のモデルチェンジ。必要以上の軍事兵器。単に個人崇拝集金集団の宗教。若い人のすることがすべていいというわけではないが、無用な競争を避けるというのは今後生きるうえで大切でしょう。具体的には集団に依存しない個人の生きる権利を尊重した経済が必要でしょう。日本は個人の生き方にまで集団の上下を強要する習慣が多い。職場外でも「先生」をつけるとかね。「さん」で呼ぶなど変えたらどうですか。案外戦争の起こる理由も、個人崇拝も小さなプライドに由来したりする。オレは庶民にくらべてとっても生まれながら優れているんだとか、選民だとか。それがならされれば人間関係も地球環境も安定するでしょう。

03. 2010年8月20日 18:53:32: FDEltQZkWY
http://jlab-dat.uploda.info/s/28300.jpg

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