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川内優輝はなぜ海外連戦ができるのか? お金をかけず、賢く転戦する仕組み スポーツナビ
http://www.asyura2.com/09/sports01/msg/560.html
投稿者 BRIAN ENO 日時 2017 年 12 月 07 日 14:35:18: tZW9Ar4r/Y2EU QlJJQU4gRU5P
 


川内優輝(埼玉県庁)がロンドン世界選手権で日本代表として“最後のレース”を終えて約4カ月がたった。代表争いからは一線を引いたが、現在も各国マラソンを走り、世界のトップランナーたちに挑戦する日々を続けている。


 初マラソンの2009年別府大分毎日から3日の福岡国際まで、川内はこれまで76本のフルマラソンを走っている。うち海外レースは、日本代表として走った世界選手権とアジア大会の4本を含めて33本。実に全体の4割以上に及ぶ。


「『どうしてそんなに海外レースに出られるの? お金はどうしているの?』ってよく聞かれるんですよ」


 川内はそう言って、はにかみながら頭をかいた。市民ランナーという立場でありながら、なぜこれほど多くの海外レースを転戦できるのか。川内本人に聞いた。(取材日:11月19日)

派遣以外にも海外レースに出る方法はある


――そもそも海外のレースに出てみようと思ったのはいつ頃ですか?


 もともとは学習院大4年の時(2008年)に出場したニューカレドニア国際マラソン(ハーフマラソンの部を1時間7分15秒で優勝)の経験が大きいです。日本学連選抜代表として、初めて海外レースに参加して「海外レースってこんなに楽しいんだ! 卒業したら絶対に海外レースに行こう」と。それで、翌年には富士吉田火祭りロードレースで勝って、グアムロードレースに招待してもらいました。自分でお金を出すことは難しく、市民マラソンの上位に入って賞品として海外レースに派遣してもらうものだと思っていたので、派遣を狙おうと思いました。


――その後、11年に日本代表としてテグ世界選手権に出場しましたが、代表ではない海外マラソンという意味では、12年4月のデュッセルドルフが最初になります。出場の経緯を教えてください。


(現在もエージェントとして川内をサポートする)ブレット・ラーナーさんから職場に手紙が来て、大会リストみたいなものをくれたんですよ。「君のラベルだと、こういうところに出られるけど、どう?」と。何も知らなかったんですけれど、「自分のラベルだとこういうレースに出る権利があるんだ」と知りました。派遣ということしか頭になくて、違った形で出られるとはその時全く知らなかったので、「派遣じゃなくて自分でレースを選んで行く方法もあるんだ」と、ブレットさんのおかげで気付いたんです。


当初は国内レースの上位に入り、賞品である海外レースへの派遣を目指していた

当初は国内レースの上位に入り、賞品である海外レースへの派遣を目指していた【赤坂直人/スポーツナビ】


 川内が言及した「ラベル」という言葉を、聞き慣れない人もいるかもしれない。これは、国際陸連(IAAF)が08年に導入した「IAAFロードレースラベル」のことを指す。主にフルマラソンやハーフマラソンといったロードレースを対象とした格付け制度で、海外招待選手枠の設置や記録の計測、メディア向けサービスなどの項目で厳しい基準を満たした大会のみに与えられる。格付けは上から「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」の3つのラベルがある。17年は東京マラソンや名古屋ウィメンズマラソンなど、国内では5大会が最高位のゴールドラベルを獲得した。


 この制度は、招待選手の選出に大きく関係している。大会側は、ラベルごとに設定された記録(直近3年以内の記録が対象)を満たした海外選手を男女各5名、最低5カ国(ブロンズのみ4カ国)から招待しなければならないという規定がある。選手目線で言えば、基準の記録さえクリアーしていれば、プロ選手でも市民ランナーでも平等に招待選手となる権利が与えられているということだ。川内を例に取ると、直近3年のベストタイムが2時間9分1秒でゴールドラベル(2時間10分以上)の基準を満たしているため、3つ全てのラベルの大会で招待選手になる資格があるのだ。


 17年のフルとハーフの基準は以下の通り。


■ゴールド

<フルマラソン>

男子:2時間10分、女子:2時間28分


<ハーフ>

男子:1時間1分、女子:1時間11分


※ゴールドは持ちタイムに加えて、五輪や世界選手権などの世界大会で規定の順位以上に入った選手も対象となる。


■シルバー

<フルマラソン>

男子:2時間12分、女子:2時間32分


<ハーフ>

男子:1時間3分、女子:1時間12分


■ブロンズ

<フルマラソン>

男子:2時間16分、女子:2時間38分


<ハーフ>

男子:1時間4分、女子:1時間15分

IAAFラベル・ロード・レース(大会一覧、規定など)(外部、英語)


 この規定を元に、実際どのように招待選手が決まっていくのか。2014年にゴールドラベルを獲得したオーストラリアのゴールドコーストマラソンでCEOを務めるキャメロン・ハート氏によれば、「私たちはゴールドラベルなので、2時間10分切りの選手が必要です。私たちは2時間8、9分台のランナーを招待したいので、それらの記録を持つ選手の代理人にコンタクトを取り、出場可能なアスリートのリストをもらいます。その中で特に強そうな人、メディアに注目される経歴を持った選手を選んでいくのです」とのこと。時には、代理人側からアプローチを受けることもある。同大会には川内をはじめ日本選手が毎年多く出場するが、日本選手の場合も交渉フローは基本的に同じだという。このようにして、世界のトップランナーたちは招待選手のオファーを受け、出場レースを決めていく。

4カ月連続の海外レースも出費は“ゼロ”


「海外レースに出ること自体が幸せ」と川内。柔らかな表情で自らの体験を語る

「海外レースに出ること自体が幸せ」と川内。柔らかな表情で自らの体験を語る【赤坂直人/スポーツナビ】


 川内も現在、このラベリング制度を活用して多くの海外レースに招待選手として出場するようになった。しかも、お金をかけることなく転戦しているのだという。具体的な手法を川内に解説してもらった。


――ラベリングの競技者とどのようにして大会への招待が決まるのですか?


 基本的にはブレットさんや(大会の)日本事務局の人を通じて交渉してもらいます。大会側も(招待選手に充てる)予算が限られているので、早い段階で出場表明しないと「もう招待選手枠は埋まっていて、予算がないから無理だよ」となったりしますし、逆に直前でも枠が余っていれば、お願いして入れてもらうこともできます。最近は自分でレースを選ぶことが多いですね。実際、ロンドン世界選手権の前は、(大会4カ月前から)1カ月に1本、海外レースを走ったのですが、ほとんど全部自分で(出場する大会を)選びました。ひと昔前のランナーであれば「金銭的に無理だよ」というようなことも、ラベリング制度のおかげでできたんです(笑)。


――そのお金の部分ですが、ラベリング制度ではどう優遇されるんですか?


 今までの考えだと、日本陸連や所属先からお金を出してもらうと思っている人が多いですが、大会側はお金を払ってでも来てほしいと思って招待してくれています。招待はエントリー代が無料なくらいと勘違いしている人もいますが、実際はそれだけでなく、往復の飛行機代と宿泊代も出ます。加えて、私の場合は副業禁止規定に引っかかるのでもらえませんが、本来はある程度レベルの高い選手であれば出走料というギャランティーももらえます。ですから、全くお金がかからず海外に挑戦できるというのが、今のシステムなんです。


――ラベリング制度で招待された選手であれば、必要経費は全額支払ってもらえるということですか?


 基本的にはそうですね。それ以外にかかるとすれば、コーディネートしてくれた方にいくら支払うかという問題が出てきますが、私の場合は賞金の何パーセントかを支払う形でやっているので、この形であれば本当に(経費は)かかりません。


――ということは、川内選手の場合、都合がつけば金銭的な負担を気にせずに海外レースに出られると。


 そうですね、スケジュールさえ合えばいつでも海外に挑戦できるという、幸せな立場にいます。何十年前だったら海外に行くことは簡単にはできなかった思うんですけれど、今は本当に自分のやる気さえあれば、私がこうしてやっているように海外に行けるので、マラソンランナーにとっては良い時代になったなと思っています。


https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201712040004-spnavi

「メリットのほうが多い。どんどん挑めばいいのに」


「日本代表は五輪や世界選手権しかないと思っていた」という川内だが、海外マラソンに勝って日の丸を掲げると、「いいな、国際大会だ!」と感じるのだという。写真は優勝した2013年ゴールドコーストマラソンのもの

「日本代表は五輪や世界選手権しかないと思っていた」という川内だが、海外マラソンに勝って日の丸を掲げると、「いいな、国際大会だ!」と感じるのだという。写真は優勝した2013年ゴールドコーストマラソンのもの【写真は共同】


――英語でのやり取りはいかがですか?


 私の場合はかなりコーディネーター任せな部分があります。ただ、私の練習仲間にも何人かブロンズラベルの人がいて、多少(英語が)おかしくても意思が伝わればうまくやり取りできるので、英語翻訳サイトなどを使いつつ、大会事務局とやりとりして出場しているという人もいます。(マラソンは)自分がよく知っている分野なので、単語を並べて交渉くらいはできるんです。私も英語が話せればもっといろいろできるのになと、常に思っているんですけどね(苦笑)。


――海外レースに出場するメリットを教えてください。


 日本のレースではケニア、エチオピアといったアフリカ勢が、多くても5、6人で、10人いたらかなり多い。でも、隣の韓国まで足を伸ばせば、20人くらいのアフリカ勢に囲まれて走るというレースがあるわけです。その中でいろいろな駆け引きをしながら走るというのは、4、5人の場合と全然違いますし、その中でもしっかり上位に食い込んでいけるし、場合によっては優勝もできる。そうするとやはり自信になります。それに、日本はレース自体きっちりしていますが、海外だと給水所がゼッケンの偶数、奇数でボンボンと2カ所しかなかったり、係員によって言うことが違ったり……。私もすごく神経質な方なので嫌なんですけれど、海外でそういう経験をしていると「まぁ、そんなもんか」というふうにだんだんなってきて、メンタル的に本当にすごく強くなりますよ。


――逆に、海外レースに出るデメリットはありますか? 海外では時差ぼけなどで、体調管理が難しい面もあると思いますが。


 不測の事態が起きる可能性はもちろんありますが、デメリットってほとんどないと思います。基本、自分が行きたいレースに挑むわけですから。そこは慣れですね。初めはデメリットかもしれないけれど、それが緩和されていくと、「こういうふうにすればうまく調整できるんだな」ということが分かってきて、逆に「今回はこれでうまくいったから、次もこういうふうにしよう」と、どんどん楽しくなってくる。メリットのほうが多いので、どんどん挑めばいいのにと思います。

指導者こそ考え方を変えるべき


日本代表レベルの位置にいない選手こそ「自分にはどんな価値があるかを調べてほしい」と川内は訴える

日本代表レベルの位置にいない選手こそ「自分にはどんな価値があるかを調べてほしい」と川内は訴える【赤坂直人/スポーツナビ】


 世界を転戦する中で「国内にいても全く分からないんですけれど、海外にもファンの人がいるんだなということに気付かされる」と川内。実際、先のハート氏も「彼は世界的に有名で、われわれにとっても特別な存在です。“公務員ランナー”という珍しい経歴だけでなく、世界中のレースで戦い、興味をかき立てるエピソードをたくさん持っています。オーストラリアではヒーロー的な存在です」と、川内を高く評価する。それはアスリートの中でも同じで、世界の強豪たちとの人脈が広がり、各国のトップランナーに声をかけられた経験を、「うれしいですよね」と満面の笑みで語る。


 ただ、他の選手にも海外に挑戦してほしいと思う一方で、そうはいかない若手ランナーの傾向も感じているという。33本の海外レースを経た今、川内が後輩たちに伝えたいことは何なのか。


――海外レースに興味を持つ若手選手もいるかと思います。彼らに自身の経験を話すことはありますか?


 するときはありますね。興味がありそうな人にはそういう話はしますけれど、やはりラベリング制度について知らない人が多いです。しょうがないと思うんですよね。(実業団は)チーム事情で回っているので、自分で考えるというよりは監督に「どう?」と言われたからやってみるというのが、若い選手の場合は多いと思います。


 でも、元から海外レース自体に興味がない人もいるので、本当に海外に挑戦する、自分の可能性に挑戦することが面白いと思える選手でないと、おそらくラベリング制度を知ってもそれを生かそうというふうにはならない。私が会っている選手だけかもしれませんが、どちらかというと駅伝や日本代表にしか興味がない選手が多くて。ニューヨークでどうとか、ボストンでどうとか、そういう話題に目を輝かせる選手はそんなに多くない感じがします。


――もし、ラベリングの記録を満たした選手が、川内選手のように海外レースに挑戦したいと思った時、まずすべきことは何でしょう?


 オーストラリアなどの南の島系の大会は日本事務局がしっかりしていますので、彼らを頼れば間違いなくコーディネートしてくれると思います。まずはHPに掲載されている日本事務局の連絡先に問い合わせてみると良いと思います。実際に自己新記録を出した(2013年の)ソウル国際マラソンでは、そのような方法で問い合わせをしたことで招待選手枠や現地サポートを得ることができました。それ以外でどんな世界があるのか興味がある人は、エージェントを探すのが一番大事ですね。


 おそらく監督やコーチも(ラベリング制度を)知らない人がいるので、チームに相談しても「俺たちも海外に行かせたいけど、チームにお金がないから仕方ないじゃないか」となってしまうかもしれません。でも、会社からお金を出してもらって行くという考えはもう古くて、大会からお金を出してもらって行くというのが今の時代です。実際、知っている人は選手を海外に送り出しています。逆に送り出さずに「海外レースなんてものはお金がかかるんだから、派遣以外は無理だ」という人たちがいるということ自体が、さまざまな選手の可能性を摘んでしまっているような気がします。


――世界の舞台で、各国のトップランナーたちとこれほど頻繁に競い合ってきた日本選手はいないと思います。海外転戦を続けてきて、今若い選手たちに伝えたいことは?


 非常に多くの選手が良いタイムを大学時代に出しているので、自分のタイムが一体どれくらいの価値があるのかをしっかり調べた方がいいのかなと思います。箱根駅伝に向かって一生懸命頑張ったことによって、結果的にハーフでラベリングの基準を満たして、実は世界への切符を手にしていたということもあります。箱根が終わって「次は日本代表かな、ニューイヤー駅伝かな」と思う前に、「あ、自分はシルバーラベルだ」「ゴールドラベルだ」と認識して、「自分の権利を使ってちょっと海外でやってみようかな」と、ちょっと変わった発想を持てると、きっとより走るのが楽しくなると思います。


 たとえ陸上を辞めようと思っていた人でもラベルを持っていれば、チームに入らなくても、エージェントと組んで少なくても3年間は自由に活動できます。世界を知らないまま競技を終えてしまうのはある意味もったいない。「箱根から世界へ」と言われていますが、実際に箱根くらいのタイムで走れたら、ラベリング的には世界につながります。これだけ毎年、何百人も(箱根に挑む選手が)いれば、きっと私と同じように世界に挑戦することに興味を持つ人はいると思うんです。そういう選手って、日本代表の位置を狙えない人のほうが多いかもしれない。ですから、悔しい想いを抱えて競技を卒業していこうとしている人にこそ、自分の持ちタイムにはどんな価値があるのか最後に調べてほしいと思っています。自分自身の歩んできた道に自信を持つためにも。


(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)


https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201712040004-spnavi?p=2

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%86%85%E5%84%AA%E8%BC%9D

川内 優輝(かわうち ゆうき、1987年3月5日 - )は、埼玉県の地方公務員、陸上競技選手。専門競技は、主に中距離走・長距離走・マラソン等。以前は埼玉陸上競技協会に所属していたが、後に埼玉県庁走友会が陸協登録をし、現在は埼玉県庁に所属。公務員かつ非実業団の「市民ランナー」としての活躍が注目を集める。

男子マラソン種目の主な実績に、2017年世界陸上ロンドン大会9位、2011年世界陸上大邱大会17位[2]、2013年世界陸上モスクワ大会18位、2014年仁川アジア競技大会銅メダリスト、2013年別府大分毎日マラソン優勝など。

目次
1 来歴 1.1 生い立ちから大学時代まで
1.2 市民ランナーとして
1.3 世界陸上大邱大会17位[2]
1.4 ロンドン五輪日本代表ならず
1.5 世界陸上モスクワ大会18位
1.6 アジア競技大会(仁川)銅メダル
1.7 リオ五輪日本代表ならず
1.8 世界陸上ロンドン大会9位
1.9 男子マラソン日本代表から引退へ

2 人物・エピソード
3 主な戦績
4 自己記録
5 脚注
6 関連書籍
7 外部リンク


来歴[編集]

生い立ちから大学時代まで[編集]

東京都世田谷区生まれ[3]、埼玉県北葛飾郡鷲宮町(現:久喜市)出身[4]。実父・葦生(あしお)は島根県隠岐島の出身であり[5][6]、高校時代に国体にも出場したアマチュアボクサーであった[7]。優輝は3人兄弟の長男に当たり、2人の実弟である次男と三男も学生時代陸上部に在籍、現在3兄弟と実母も加え、家族4人共市民ランナーとして活動中。

小学校入学前に世田谷区から鷲宮町へ転居[5]。鷲宮町立鷲宮中学校(現:久喜市立鷲宮中学校)[8]、埼玉県立春日部東高等学校を経て学習院大学法学部政治学科に進学[9]。

高校時代は、県大会レベルの選手だったが故障を繰り返していた(詳細は人物・エピソードにて後述)、学習院大学時代に関東学連選抜の選手として箱根駅伝競走に2度出場、学習院大学の在学生では史上初めて箱根路を出走となる[10]。2007年(平成19年)は6区を区間6位[11]、2009年(平成21年)は6区を区間3位の成績だった。また2008年(平成20年)にはニューカレドニア国際マラソンのハーフマラソン男子の部で優勝している[12]。

自身初のフルマラソンは、学習院大学卒業前の2009年2月の別府大分毎日マラソンで20位。それから1か月後の2009年3月の東京マラソン2009では19位に入っている。

市民ランナーとして[編集]

大学卒業後には陸上の実業団には進まず、当時陸上部のなかった埼玉県庁に入庁。埼玉県立春日部高等学校定時制に埼玉県職員(埼玉県教育局主事)として勤務する傍ら練習を続け[13]、「市民ランナー」として大会に参加。2010年1月10日の第11回谷川真理(現・ハイテク)ハーフマラソンでは1時間6分49秒で優勝[14]。東京マラソン2010では優勝した藤原正和と17秒差の2時間12分36秒で4位に入った[15][16]。当時は埼玉陸上競技協会所属として出場していた(後に川内の活躍を受ける形で埼玉県庁走友会が陸協登録をし、現在は埼玉県庁所属となっている)。

2011年1月23日には、第16回天皇盃全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に埼玉代表で7区・アンカーで出場(区間41位・総合37位)。2011年2月6日の第65回香川丸亀国際ハーフマラソンでは当時ハーフマラソンの自己ベスト記録をマークし9位。

世界陸上大邱大会17位[2][編集]

同年2月27日の東京マラソン2011では、過去世界陸上選手権男子マラソン代表の入船敏・藤原新らを抑え、さらに終盤追い上げ39Km地点で尾田賢典とサイラス・ジュイ(ケニア)を追い越した後も懸命にラストスパート、当時自己ベスト記録を約4分更新する2時間8分台をマークし、日本人トップとなる3位に入った。これで「2時間9分30秒を切って日本人トップ」という日本陸上競技連盟の代表選考基準をクリアしたため、2011年9月開催の世界陸上大邱大会の男子マラソン日本代表に内定した[17]。

その世界陸上大邱大会男子マラソン本番では、レース前半は先頭集団の一番前の方を走る積極性を見せたが、16km付近で集団から脱落。一時は30位前後まで下がったが、30kmを過ぎ順位を上げた結果、日本人三番手の17位[2]でフィニッシュ[18]。ゴール直後は東京マラソン2011同様に昏倒して担架に運ばれ、インタビューを受ける事は出来なかった(日本人首位は堀端宏行の6位入賞、二番手は中本健太郎の9位)[19]。

同年10月30日に開催の第1回大阪マラソンは、日本男子ではトップとなる4位だった。同年12月4日、翌2012年8月開催のロンドンオリンピック国内選考レースの福岡国際マラソンに出場。中間点付近で一旦は日本人争いの集団から遅れるも徐々に追い上げ、36Km過ぎで今井正人・前田和浩に追いつき、その後二人をかわして日本人トップの2時間10分を切るタイムをマーク、3位でゴール。その福岡国際からわずか2週間後の同年12月18日に防府読売マラソンへ出場。フルマラソンでは3大会連続で日本人首位の成績だったが、同大会2連覇のセルオド・バトオチル(モンゴル・NTN所属)に突き放され2位でゴールした。

ロンドン五輪日本代表ならず[編集]

2012年2月5日の第66回香川丸亀国際ハーフマラソンでは27位ながらも、前年の同大会を22秒上回る自己ベストを達成。ロンドンオリンピック国内選考会再挑戦となる同年2月26日の東京マラソン2012で、日本人トップと自己記録を目指して出走したが、23Km過ぎで日本人トップ争いの第2集団から脱落してしまい、結果14位に終わる。同年3月12日に行われた日本陸上競技連盟のロンドン五輪・マラソン日本代表(男女計6名)の発表においては、結局正式代表選手も補欠メンバーにも選出されなかった。それでも川内本人は、五輪落選時のインタビューで「実力が足りなかった。公平な選考がなされたと思います」とコメントした[20]。

五輪落選後も、短いスパンでレースにことごとく出場する。2012年4月15日のかすみがうらマラソンでは、末弟のペースメーカー役を務めていたが、弟が中間点を過ぎてついていけなくなると、優輝は先行する選手を次々追い抜き、ゴールタイムは平凡ながらも自身初めてのフルマラソン優勝を達成した[21]。同年5月13日の第22回仙台国際ハーフマラソンは、日本男子ではロンドン五輪代表の藤原新(2位)に次いで4位に入った[22]。前年ゴール寸前で倒れ途中棄権した6月17日の第7回隠岐の島ウルトラマラソン男子50Kmの部では、2位以下に33分以上の大差をつけて優勝[23]。又7月1日開催のゴールドコーストマラソンでは、日本男子トップの4位だった[24]。

8月26日開催の北海道マラソンは気温30度近い気象条件の中、25Km付近から自ら仕掛けてその後は独走。2位以下に3分以上の差をつけ、2回目のフルマラソン優勝を達成した[25][26]。9月16日開催のシドニーマラソンにおいても大会新記録で3回目のフルマラソン優勝を果たす[27]。また10月6日の世界ハーフマラソン選手権大会(ブルガリア・カバルナ)男子の部は、21位ながらも日本人ではトップに(団体戦は日本男子9位)[28]。 さらに10月21日開催の第1回ちばアクアラインマラソンでは、気温25度を超す高温の影響で終盤フラフラになりながらも、2位以下に10分以上の大差で4回目のフルマラソン優勝となった[29]。

世界陸上モスクワ大会18位[編集]

翌2013年開催の世界陸上モスクワ大会男子マラソン選考レースだった、12月2日の福岡国際マラソンでは、レース前の招待選手記者会見で東京マラソン同様に藤原新との口撃バトルを繰り広げ場を沸かせていた。しかし本番レースでは28Km付近で先頭集団から脱落、終盤追い上げたが6位に留まる。それでも12月16日の防府読売マラソンでは、2位のマイナ・ディシ(愛三工業)に1分39秒の差をつけ、2012年に出場したフルマラソンでは5回目となる優勝で締めくくった。

世界陸上選考会再挑戦となった2013年2月3日の別府大分毎日マラソンでは、28Km付近でロングスパートを仕掛けると、その後ロンドン五輪男子マラソン6位入賞・中本健太郎との一騎討ちに。残り2Kmを切った給水地点を過ぎた直後、自ら果敢に飛び出して中本を引き離し、同マラソン大会新記録をマーク・自己記録も22秒を上回って通算7回目のマラソン優勝を達成。世界陸上モスクワ大会・男子マラソン代表選考へ大きく名乗りを挙げた[30][31]。それから2週間後の金栗記念熊日30キロロードレースでは、自ら30Kmの記録を36秒更新し大会記録で優勝[32]。3月17日のソウル国際マラソンは2時間7分台を目指して出場したが、32Km過ぎから2度目の先頭集団のペースアップについていけずに後退、辛うじて自己記録を1秒縮めるも4位に留まった[33]。しかし、別府大分毎日マラソン、ソウル国際マラソンでの2ヶ月連続2時間8分台達成は、世界でも類を見ない快挙である。4月21日の長野オリンピック記念長野マラソンでは、降雪とスタート時の気温0.4度という厳寒の中、40km手前で2位のアレクセイ・ソコロフ(ロシア)を振り切り、同マラソンでは日本男子として初優勝を達成した[34]。

2013年4月25日、世界陸上モスクワ大会男子マラソンへ2大会連続2回目の代表選出となった[35]。同年6月2日の千歳JAL国際マラソンでは、タイムは2時間18分台ながらも合計9回目のマラソン優勝[36]。3年連続出場となる、6月16日の第8回隠岐島ウルトラマラソン男子50Kmは招待選手で出走、トップでゴールするも軽い熱中症で完走直後に倒れ、病院へ搬送された[37]。2年連続出場の7月7日のゴールドコーストマラソンでは大会タイ記録をマーク、自身丁度10回目となるフルマラソン優勝を成し遂げた[38]。

しかし、川内自ら「6位入賞」が目標だった世界陸上モスクワ大会男子マラソン本番は、25度を超える高温に対応できず、25Km付近で2位集団の争いから脱落。結局は日本人四番手の、総合18位のゴールに終わった(日本人首位は中本健太郎の5位入賞)[39]。

アジア競技大会(仁川)銅メダル[編集]

レース前「目標は2時間7分30秒以内」と宣言した2013年12月1日の福岡国際マラソンでは、ペースメーカーが外れた中間点で川内自ら先頭集団を抜け出しスパートを仕掛ける。しかし29Km過ぎで後ろの集団に吸収され、34Km過ぎ、優勝したマーティン・マサシ(スズキ浜松AC)についていけなかった。その後は3位の位置をキープし、タイムは2時間9分台ながら日本人ではトップの3位に食い込んだ(ライバル・藤原新は20Km過ぎで途中棄権)[40]。なお、福岡国際マラソンから2週間後(12月15日)には、前年優勝の防府読売マラソンに出場。結果は2位だったが、前年を上回る2時間9分15秒(大会史上3位)で完走したことによって、「月間2大会(および2大会連続)でゴールタイムが2時間10分を切る」という快挙を達成した[41]。

2014年3月2日のびわ湖毎日マラソンでは、22Km過ぎで先頭集団から脱落するもレース終盤に追い上げ、日本人では佐々木悟(旭化成)に次ぐ2番手の4位に入る。同年3月12日、東京マラソン2014で日本男子首位で8位の松村康平(三菱重工長崎)と共に仁川アジア競技大会男子マラソン代表に選出された。同年4月13日、さが桜マラソンでは15Kmから独走し12回目のマラソン優勝。それから僅か1週間後の4月20日、とくしまマラソンでは途中腹痛により20Km過ぎでトイレに駆け込み、3分近くのロスタイムが発生しながらも同マラソンの大会新記録で13回目のマラソン優勝[42]。5月4日のハンブルクマラソンは9位ながら日本男子首位、さらに日本人では、男子マラソン最高記録(2時間6分16秒)保持者の高岡寿成(過去6回)を超える、単独最多記録のマラソン7度目のサブテン(2時間10分未満)を達成した[43]。6月15日の第9回隠岐の島ウルトラマラソン男子50Kmの部は、招待選手として出走の為順位は付かずタイムは参考記録ながら、自らの大会記録・非公認の日本記録を更新、世界歴代6位相当の2時間47分27秒でフィニッシュ[44][45]。7月6日のゴールドコーストマラソンでは20Km手前、転がってきたカラーコーンを踏み外し転倒したが、後半追い上げて日本男子トップの3位に食い込んだ[46]。川内は、ペースメーカーと選手が蹴ったコーンが自分の前に来たと語った[47]。

2014年10月3日開催の仁川アジア競技大会男子マラソンでは、レース終盤まで優勝・金メダル獲得のハサン・マハブーブ(バーレーン)、2位・銀メダルの松村康平と激しく競り合ったが、最後のトラック勝負で離されてしまい、マハブーブに4秒、松村にも3秒の僅差で惜しくも敗れ3位・銅メダル獲得に留まった[48]。レース後の川内は「(2015年開催の)世界陸上北京大会男子マラソンの国内選考会には一切出場しない」と公言、2016年開催のリオデジャネイロオリンピック男子マラソン日本代表は、世界陸上後の国内選考レースで出場選出を目指す予定。同年12月21日開催の防府読売マラソンでは、同大会2年ぶり2回目の優勝、同年5月のハンブルクマラソン以来8度目のサブテンを達成した[49]。

2015年4月12日、本庄早稲田の杜クロスカントリー・ハーフマラソンのレース後、「2017年の世界陸上ロンドン大会でメダル獲得を目指し、同大会で第一線から区切りを付けたい」と、日本代表から引退する意向を示した[50]。また同年6月、昨2014年度に日本陸連が設立したマラソンナショナルチーム(NT)の、今年度のメンバー入りを辞退した事を明らかにした(日本陸連は2015年5月、翌2016年のリオ五輪マラソン日本代表選考でNTメンバーから優先的に選出とした規則を撤廃)。それに関して川内は「(方針を)コロコロと変えるのはどうか。優遇が無ければ辞退する選手は沢山出ると思う」等、NTへの不満や疑問点についても追求している[51]。

2015年5月24日、富山県黒部市のカーター記念 黒部名水マラソンでは、タイムは2時間17分台と平凡ながら自身20回目のフルマラソン優勝を達成。同年6月21日、第10回隠岐島ウルトラマラソン男子50Kmに5年連続で出場。2時間48分台でゴールしたが、昨年同様順位はつかず参考記録扱いだった[52][53]。同年8月30日、オーストラリアのシティ2サーフマラソンへ2年連続で出走、同大会2連覇を成し遂げた。

リオ五輪日本代表ならず[編集]

2015年12月6日、リオデジャネイロ五輪男子マラソン国内選考会の福岡国際マラソンに出場。しかし左足が痺れるアクシデントにより、12Km手前で早々先頭集団から脱落。その後ペースダウンした選手を次々追い抜くも、結局日本人4番手の総合8位に終わった。複数のリオ五輪選考会に出場の場合、日本歴代2位相当の派遣設定記録(2時間6分30秒)を突破しないと、最初に出場レースが選考対象となる為、五輪選出は東京・びわ湖毎日各マラソン大会で再挑戦し派遣記録を破らない限り、絶望となる[54]。それから2週間後の防府読売マラソンでは、34Km地点でロングスパートを仕掛けて優勝の藤原新についていけず34秒差の2位に敗れたが、福岡国際のタイムより24秒上回った[55]。

リオ五輪最終選考会だった2016年3月6日のびわ湖毎日マラソンへ、一般参加選手として出走するも、17Km付近で日本人首位争いから後退[56]。レース後半に追い上げて最後は皇子山陸上競技場内で中本健太郎を追い越し、日本人5着の総合7位に入ったが、4年前のロンドン五輪に続きリオ五輪男子マラソン日本代表選出もならなかった[57][58]。

2016年6月19日の第11回隠岐の島ウルトラマラソン男子50Kmの部は、2年ぶりに自身の大会及び日本記録(非公認)を3分以上更新、2時間44分07秒でゴール(世界歴代3位相当、但し招待選手の出場で順位無し・参考記録)[59]。2週間後の同年7月3日、5年連続5回目の出場のゴールドコーストマラソンは2位だったが、自身2014年12月の防府読売マラソン以来1年7か月ぶりに自身日本人最多記録更新となる、合計9度目のサブテンを達成した[60]。

2016年8月21日の第35回北方領土ノサップ岬(ハーフ)マラソンは3年連続トップでゴール(ゲスト参加により公式順位・記録なし)[61]。

世界陸上ロンドン大会9位[編集]

2016年12月4日、翌2017年開催の世界陸上ロンドン大会男子マラソン国内選考会・福岡国際マラソンにエントリーしたが、11月12日の練習中に右脹ら脛を痛め[62]、更に本番2日前は左足首を捻挫する負傷にも見舞われ、周囲からは欠場を勧められたが断固拒否、レース直前に鎮痛剤を服用し強行出場[63]。その福岡国際では終始先頭集団に果敢についていき、中間点過ぎでペースメーカーが離脱すると、川内自ら積極的に飛び出してトップに立つ。その後優勝したイエマネ・ツェガエ(エチオピア)、2位のパトリック・マカウ(ケニア)らと競り合う中、後半ややペースダウンしたが2時間9分台の日本人首位・総合3位でフィニッシュ、ゴール後の川内は感極まり男泣きしていた[64]。レース後の日本陸連理事・尾縣貢専務は「経験から築かれた冷静さと試合展開、攻めのレースは非常に評価している。本当に素晴らしい」、又長距離・マラソン強化戦略プロジェクトリーダー[65]の瀬古利彦も「粘りまくってよく3番になってくれた。いい一歩目を踏み出せた。彼に有難う!と言いたい」と、それぞれ川内の激走ぶりを絶賛していた[66]。なお川内は今回の福岡国際で、日本男子マラソン界では前人未到の二桁回数となる、合計10度目のサブテンをマークしている。

2017年2月12日の第55回愛媛マラソン・男子の部では、従来の大会記録を7分近くも更新する、更に自身11度目のサブテンとなる2時間9分54秒と52年ぶりの大会新記録を達成、同マラソン初優勝を果たした[67][68]。同年3月17日に日本陸連の理事会において、世界陸上ロンドン大会男子マラソン日本代表へ2大会振り3回目の選出となった(ほか中本健太郎・井上大仁の計3人が選出[69][70])。

2017年8月6日、世界陸上ロンドン大会・男子マラソン本番に出場。レース序盤で看板に激突や転倒など度重なるアクシデントに見舞われるも、果敢に先頭集団についていった。中間点過ぎの22Km過ぎで先頭争いから脱落し、一時20位前後迄落ちていたが、30Km過ぎから徐々に順位を上げていく。41Km付近で日本男子暫定首位だった中本を追い抜き、ゴール直前で8位のダニエル・ワンジル(ケニア)を必死に追い縋るも、僅か3秒及ばず惜しくも入賞はならなかったが、3回目の世界陸上では自身最高順位となる、日本人トップの9位でフィニッシュした(中本は10位、井上は26位に終わった)[71][72]。

男子マラソン日本代表から引退へ[編集]

ロンドンから帰国後の川内は、報道陣に対し「(世界陸上に)3回も挑戦したのに結果を出せず悔しい。だが、2020年(8月開催予定)の東京オリンピック(男子マラソン)は暑さも加わるので、これ以上の順位(9位)を臨むのは難しい。今後は若い選手達の刺激になるような存在に成れれば良い」と語り、若手へのバトンタッチと男子マラソン日本代表からの引退の意向を明らかにした[73]。

同年8月15日、地元・埼玉県久喜市の世界陸上報告会で川内は「今後は日本代表という立場ではなく、自分の時間の中で海外の試合に多く出ていきたいと思います。世界中の大会に出て人脈を作り、日本人でもこういう形で世界で戦える処を見せていきたい。好きな大会で好きなだけ走り、これからも自分を追い込んでいきます」とコメントした[74]。

人物・エピソード[編集]

現在は公務員ランナーとして、埼玉県立久喜高等学校定時制で事務を担当する傍ら、主に駒沢オリンピック公園を拠点に練習を行っており、青島健太は「最強市民ランナー」と評している[75] ほか、マスコミも「日本男子最速の市民ランナー」という表現を用いている[76][77]。過去に何度か実業団の強豪チームからスカウトを受けたこともあったが「今のスタイルで結果が出ている」として頑なにスカウトを断っている[78]。その一方で川内は「実業団には負けたくない。いつも『死んでもいい』という思いで走りますから」と強烈な自負を持ち続けている。

フルタイムで勤務していることから多くの練習時間を確保できず、実業団選手では、月間走行距離1000km以上の選手もいる中、川内は600kmほどで、競る相手がいないため強度の高い練習もできない。強度の高いポイント練習も水曜日と土曜日の2回だけ。水曜日がスピード練習(400mや1kmのインターバル走など)で、土曜日が距離走(30〜43kmのペース走やビルドアップ走など)をしており、あとの5日間はすべてジョグである。ポイント練習は週に2回だけであり、そのときはいつも以上に集中して取り組んでいるという。また、他のトップ選手が年1〜2レースなのに対し、川内は年9回(2012年)のフルマラソンに出場している。川内はこれを「究極のトレーニング」と捉えている[79]。

川内が東京マラソン2011で日本男子トップの3位に入った際、実業団主導の日本男子マラソン界に大きな衝撃を与え、また日本陸連男子マラソン部長及び中国電力陸上部監督の坂口泰は「実業団の選手達はショックでしょう」としながらも、川内の快挙に対して賛辞を惜しまなかった[80]。本業は全く陸上競技と関わりが無かったものの、川内本人は世界陸上選手権の内定代表選出に関して「有給休暇が使い切れていないのでこういう時に使わせてもらう」として、休みを取っての大会出場に意欲を見せていた[81]。

フルマラソンでは常に全身全霊で力を振り絞って突っ走るためか、マラソンのゴール直後は意識朦朧の状態で倒れ込み、医務室へ運ばれる事態が多い。川内本人は「本当は医務室とはお世話にならない選手になりたいのですが、100%近く力を出し切らないと勝負にならないので」としきりに頭を掻きながらコメントしていた[82]。

大の漫画好き。特に陸上競技を題材とした漫画を集めており「長距離マンガなら日本で有数のコレクターだと思う」(本人談)という[83]。2011年世界陸上の際もお気に入りの漫画持参で現地入りしている[84]。

2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会男子400mHで二大会銅メダリストの為末大が2011年6月にゲスト出演した春日部高の同校講演会で対談が実現した[85]。なお対談終了後の為末は、川内の印象に対して「やっぱり変な奴だな、と思いましたね」と苦笑いした。それから2年後、2013年の世界陸上モスクワ大会・男子マラソン日本代表に選出の川内と再び対面、為末は「彼は陸上界にとってもはや『きわもの』ではなく、新しいスタンダードを生み出しつつある」と記事を寄せている[86]。

世界陸上大邱大会・男子マラソンでは個人戦で18位に留まったが、医務室で休んでいる最中日本代表のマラソン団体戦は2位に入った事を聞かされた後「団体の銀メダルに貢献出来て嬉しい」と涙を浮かべ、「僕みたいにスピードが無くても日本人の粘りがあれば、マラソンはやれるんだと証明できた」と自身も納得のコメントを述べている[87][88]。そのマラソン本番翌日の2011年9月5日、日本帰国便の飛行機を空港ロビーで待機中に、男子マラソン元日本記録保持者でマラソン15戦10勝の実績を持つ瀬古利彦と対面。瀬古からは「オレの記録(2時間8分27秒)を抜きなさい」と発破を掛けられていた[89]。なお2013年1月、エスビー食品陸上部が廃部のため同年4月からDeNA陸上部監督就任の瀬古より、同陸上部への入部オファーがあったものの、川内は「僕は指導者に従うつもりはないし、自由にやりたい」とあえて辞退した[90]。

レース前に「2時間7分台を狙う」と宣言した東京マラソン2012だったが、序盤で給水ボトルが取れず動揺した影響もあってか[91]、中盤で日本人トップ争いからズルズル後退してしまい完敗。その翌日の2012年2月27日、記者陣の前に現れた川内は母親に頼んで五厘刈りのスキンヘッドの髪型にして登場。「大勢の方の期待に応えられず悔しいし、情けない。誠意を示すために丸めました」と目に涙をためながら謝罪した[92]。

なお東京マラソン2012では、レース前の記者会見で当時の無職ランナー・藤原新[93]との激しい口撃バトルが繰り広げられる。すると前男子マラソン世界記録保持者の「皇帝」ことハイレ・ゲブレセラシェが「ケンカは良くないですよ」と川内・藤原の二人を宥める場面があった[94][95]。その東京マラソン本番は、藤原が日本人トップの2位に入りロンドン五輪男子マラソン代表に選出されたが、川内は14位で五輪落選と明暗が分かれる結果となる。その記者会見で川内は「藤原さんが五輪の舞台に立つことは嬉しい。藤原さんからお誘いがあれば勉強させていただきたい」とコメント。その後藤原も「僕も彼に刺激を受けて頑張れた。川内君と一緒にロンドンを走りたかった。五輪の枠に収まるようなランナーではないし、今後も良いライバルでい続けて欲しい」とエールを送っていた[96]。

2012年3月31日には藤原新からの誘いにより、埼玉県の荒川沿いの河川敷にて藤原との合同練習を公開していた[97]。それ以降も2012年・2013年の福岡国際マラソンなど、川内・藤原両選手が揃って出場する際の記者会見で、二人の舌戦が話題となっていた[98][99]。

2013年1月17日、翌日開催のエジプト国際マラソンに招待選手として出場するが、成田国際空港で搭乗前にパスポートを忘れてしまい、主催者側が用意した航空便に乗れず、約26万円(給与1か月分程度)の航空チケット代金を自腹で切らざるを得なくなるハプニングがあった(当初航空会社は約80万円支払ったと発表していたが、後日川内本人が笑いながら否定)[100]。なお、パスポート不携帯に気付いた時には母親が埼玉県の自宅から駆け付けたものの、電車が遅れた不運もあって間に合わなかった[101]。また現地で予定された記者会見もキャンセルに[102]。そのエジプトのマラソンでは大会新記録で優勝、その後エジプト大使館の好意で復路航空代の約25万円が支給された[103]。

2013年3月24日には、次弟が第1回サンスポ古河はなももマラソンで初マラソン初優勝を達成、優輝も弟の快挙に喜びのコメントを述べている[104][105]。

かつて川内が「マラソンをおまけに考える実業団選手には負けたくない」との発言に、九電工所属の前田和浩[106]は「実業団をばかにしないでほしい」と反論していた。2013年5月、世界陸上モスクワ大会・マラソン日本代表に選出の選手達(男子5名全員・女子は野口みずき1名)がメディカルチェックで東京都内に集合。その際川内と対面した前田は「川内君の出場レースの多さは凄い。僕は感心しています。わだかまり?全然無いし普通に話しましたよ」とコメント。又、別府大分マラソン優勝の川内に20秒差で2位と敗れた中本健太郎(安川電機)[107]は「世間を騒がせてくれたけど、注目の的になって苦労して大変だなと思う」と苦笑しつつも川内の動向を気遣っていた[108]。

地元である久喜市の鷲宮商工会が何らかの形で応援できないかと、町おこしで関わりのある漫画・アニメ『らき☆すた』の作者、美水かがみに応援キャラクターの制作を打診、川内のアイデアを取り入れた、ノースリーブのパーカーにスパッツ姿のポニーテールの少女「武比奈まい」が作られた。名前は鷲宮神社の祭神・武夷鳥命と同神社で奉演される神楽の舞から付けられている[109][110]。

2015年3月11日、世界陸上北京大会の女子マラソン選考において、横浜国際女子マラソンで優勝した田中智美が落選、大阪国際女子マラソンで日本人トップの2位[111]ながら田中のゴールタイムより18秒先着の重友梨佐が選出された事に関し、川内は「やっぱり優勝して選ばれないのは…私は優勝の田中さんを真っ先に選ぶのもアリだと。(陸連は)事前にタイム中心で選考すると言っていないし、積極性についても言っていない。メンバーのレベルなんて、エントリーしてみないと分からないですから」等とコメント、日本陸連が下した選考方法に疑問を呈していた[112]。

同年11月15日、埼玉県が共催に加わり第1回大会が開かれるさいたま国際マラソンの大会サポーターに就任[113]。その前日のトークショーに出席した川内は、ロシア陸上界の組織的なドーピング問題について「あれだけ厳格に検査をやっている筈なのに…これでもっと厳しくなり(居場所情報など)手続きが面倒になると、アスリートにとって害になる」など不愉快な気分を表していた[114]。

2016年3月13日に開催された、川内の出身地・第1回久喜マラソンでは開会式時に上下紺色の背広・ネクタイ姿で登場。その後もランニングウェアに着替える事無く、スーツに黒サングラスを掛け、黒革靴を履きながら、ビジネスマン風のコスプレの格好でハーフマラソンを出走[115][116]。翌2017年3月の第2回・久喜マラソンでは、鷲宮中学校・陸上部時代のユニホームを着用しトップでゴール[117]。

第91回・第92回箱根駅伝で総合2連覇達成の、青山学院大学陸上部監督・原晋が指導する当時19歳の下田裕太が、2016年2月28日の東京マラソン2016で、10代男子の日本記録達成(2時間11分34秒)で日本勢2着(男子総合10位)に入った事に、原は「下田の伸びしろは200%有る。『将来性』を見越し下田をリオ五輪男子マラソン代表に選出すべき」と大口を叩いた。これに川内は「下田君のゴールタイムは凄いが、若ければ良いってものじゃない。将来性だけで五輪に選ぶのはどうか」「私自身マラソンは10回以上下田君より良いタイムで走った。1・2回しかフルを走ってない若手選手と違い、経験では負けない」「原監督の発言に悔しく思った実業団選手は大勢いるだろうし、私も同感。最低2時間10分は切らないと。監督も箱根駅伝を語るのは良いが、マラソンはまだ早い」等、原のビッグマウスぶりを批判している[118]。

同年4月30日、同じ苗字に因んだ福島県双葉郡川内村の「第1回川内の郷かえるマラソン −復興から創生への折り返し−」へゲストランナーとしてハーフマラソンに出走した(公式記録・順位は無し)[119][120]。

主な戦績[編集]


マラソン以外(太字は2017年現在のハーフマラソン自己最高記録)

月日

大会

距離

結果

記録

備考

2007年 1月3日 第83回箱根駅伝競走 20.8 km 6区・区間6位 1時間00分24秒 関東学連選抜として出場(学習院大学2年)
2008年 8月24日 第26回ニューカレドニア国際マラソン 21.0975 km 優勝 1時間07分15秒
2009年 1月3日 第85回箱根駅伝競走 20.8 km 6区・区間3位 59分27秒 関東学連選抜として出場(学習院大学4年)
2010年 1月10日 第11回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 優勝 1時間06分49秒
2011年 1月9日 第12回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 3位 1時間06分40秒
1月23日 第16回天皇盃全国都道府県対抗男子駅伝競走大会 13.0 km 7区・区間41位 39分57秒 埼玉代表・総合37位
2月6日 第65回香川丸亀国際ハーフマラソン 21.0975 km 9位 1時間02分40秒
6月19日 第6回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km 途中棄権 - 残り1km付近で昏倒しレース後救急車で搬送
7月1日 第54回札幌国際ハーフマラソン 21.0975 km 63位 1時間07分12秒
2012年 1月8日 第13回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 2位 1時間06分19秒
1月29日 第10回奥むさし駅伝競走大会 9.283 km 6区・区間1位 27分15秒
2月5日 第66回香川丸亀国際ハーフマラソン 21.0975 km 27位 1時間02分18秒 自己ベスト記録
3月18日 2012さいたまシティマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間04分26秒 ゲスト出場のため参考記録
4月1日 第27回焼津ハーフマラソン 21.0975 km 優勝 1時間03分48秒 大会記録
5月13日 第22回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 4位 1時間03分49秒
6月17日 第7回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km 優勝 2時間51分45秒 50Km日本最高記録(当時)
10月6日 世界ハーフマラソン選手権大会 21.0975 km 21位 1時間04分04秒 日本人最高順位
2013年 1月13日 第14回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 優勝 1時間05分31秒 エジプト国際マラソン(1月18日)の5日前のレース
1月20日 第80回埼玉県駅伝競走大会 11.90 km 3区・区間2位 36分54秒 エジプト国際マラソン優勝の2日後のレース
1月27日 第11回奥むさし駅伝競走大会 4.679 km 4区・区間1位 13分00秒 区間記録。別府大分毎日マラソン(2月3日)の1週前のレース
2月17日 金栗記念熊日30キロロードレース 30.0 km 優勝 1時間29分31秒 自己記録・大会記録
3月3日 第64回金栗杯玉名ハーフマラソン大会 21.0975 km 2位 1時間03分12秒
3月24日 2013さいたまシティマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分52秒 ゲスト出場のため参考記録
4月28日 第47回織田記念国際陸上大会 5000 m 18位 14分09秒88
5月4日 第25回春日部大凧マラソン 21.0975 km ゲスト出場(10位) 非公開 最後尾からスタートし10位でゴールするもタイムは非公開
5月5日 第25回日刊スポーツ豊平川マラソン 21.0975 km 優勝辞退 1時間05分45秒 大会新記録でトップでゴールするも優勝は辞退
5月12日 第23回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 10位 1時間03分30秒
5月19日 第3回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 14位 1時間05分05秒
5月25日 第30回カーター記念黒部名水ロードレース 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間03分58秒 ゲスト出場のため参考記録
6月16日 第8回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場(1位) 2時間57分28秒 ゲスト出場のため参考記録
7月21日 第27回サフォークランド士別ハーフマラソン 21.0975 km 22位 1時間06分45秒
7月28日 第41回釧路湿原マラソン 30.0 km ゲスト出場 1時間33分27秒 ゲスト出場のため参考記録
9月15日 グレートノースラン2013 21.0975 km 8位 1時間04分08秒
9月29日 2013函館ハーフマラソン 21.0975 km 4位 1時間04分51秒
10月20日 第38回高島平・日刊スポーツロードレース大会 20.0 km 2位 59分17秒
10月27日 猪苗代湖ハーフマラソン2013 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間07分53秒 ゲスト出場のため参考記録
12月31日 San Silvestre Vallecana 2013 10.0 km 13位 29分54秒
2014年 1月12日 第15回谷川真理ハーフマラソン 21.0975 km 2位 1時間04分17秒
1月19日 第2回公認奥球磨ロードレース大会 21.0975 km 2位 1時間03分40秒
1月26日 第12回奥むさし駅伝競走大会 5.295 km 5区・区間1位 14分42秒
2月2日 第81回埼玉県駅伝競走大会 11.9 km 3区・区間1位 36分13秒
2月9日 第54回唐津10マイルロードレース 10.0 マイル 4位 47分28秒
3月9日 名古屋シティマラソン2014 21.0975 km 2位 1時間04分17秒
3月16日 2014さいたまシティマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間04分49秒 ゲスト出場のため参考記録
3月23日 第35回小郡ロードレース大会 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分21秒 ゲスト出場のため参考記録
3月30日 仁川国際ハーフマラソン大会 21.0975 km 5位 1時間06分04秒 前日の食あたりによる嘔吐にもかかわらず入賞
レース後4時間寝込んだ後アジア大会コースの下見を敢行[121]
4月13日 第29回焼津みなとマラソン 21.0975 km 優勝 1時間04分19秒
5月11日 第24回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 4位 1時間03分23秒
5月18日 第4回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 11位 1時間03分48秒
5月25日 第34回河北新報錦秋湖マラソン 30.0 km ゲスト出場(1位) 1時間34分01秒 ゲスト出場のため参考記録(大会記録)
6月15日 第9回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場(1位) 2時間47分27秒 ゲスト出場のため参考記録
当時大会記録・日本最高記録・世界歴代6位相当
7月27日 第42回釧路湿原マラソン 30.0 km ゲスト出場(1位) 1時間33分49秒 ゲスト出場のため参考記録
8月3日 第28回日本海メロンマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間06分28秒 ゲスト出場のため参考記録
8月17日 第33回北方領土ノサップ岬マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間06分12秒 ゲスト出場のため参考記録
9月21日 第29回田沢湖マラソン 20.0 km 優勝 1時間01分43秒
10月12日 第6回北見ハーフマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間04分33秒 ゲスト出場のため参考記録
10月19日 ちばアクアラインマラソン2014 21.0975 km 優勝 1時間04分22秒
11月16日 第27回上尾シティマラソン 21.0975 km ゲスト出場(10位) 1時間02分55秒 ゲスト出場のため参考記録
11月30日 小江戸川越ハーフマラソン2014 21.0975 km ゲスト出場(2位) 1時間03分39秒 ゲスト出場のため参考記録
12月31日 Cursa dels Nassos 10.0 km 12位 30分30秒
2015年 1月18日 第3回奥球磨ロードレース大会 21.0975 km 9位 1時間04分44秒
2月1日 第82回埼玉県駅伝競走大会 12.1 km 3区・区間6位 39分28秒
2月22日 第9回ふかやシティハーフマラソン 21.0975 km 18位 1時間13分36秒
3月1日 立川シティハーフマラソン2015 21.0975 km 14位 1時間07分19秒
3月8日 金栗杯玉名ハーフマラソン2015 21.0975 km 24位 1時間06分37秒
3月22日 第25回熊谷さくらマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間04分41秒 ゲスト出場のため参考記録
3月29日 練馬こぶしハーフマラソン2015 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分39秒 ゲスト出場のため参考記録
4月5日 第24回幸手市さくらマラソン 10.0マイル ゲスト出場(1位) 49分20秒 ゲスト出場のため参考記録
4月12日 第19回本庄早稲田の杜
クロスカントリー&ハーフマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間07分47秒 ゲスト出場のため参考記録
4月26日 佐渡トキマラソン2015 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間06分14秒 ゲスト出場のため参考記録
5月3日 第24回朝霧湖マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間07分23秒 ゲスト出場のため参考記録
5月4日 第27回春日部大凧マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間07分03秒 ゲスト出場のため参考記録
5月5日 第27回日刊スポーツ豊平川マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間09分23秒 ゲスト出場のため参考記録
3日連続のハーフマラソン
5月10日 第25回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 29位 1時間08分36秒
5月17日 第5回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 24位 1時間06分16秒
5月24日 第32回カーター記念 黒部名水マラソン2015 21.0975 km 優勝 1時間17分58秒
6月14日 ビーナスマラソン in 白樺高原 2015 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間10分39秒 ゲスト出場のため参考記録
6月21日 第10回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場(1位) 2時間48分23秒 ゲスト出場のため参考記録
6月27日 第2回奥尻ムーンライトマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分04秒 ゲスト出場のため参考記録
7月26日 第43回釧路湿原マラソン 30.0 km ゲスト出場(1位) 1時間35分08秒 ゲスト出場のため参考記録
8月16日 第34回北方領土ノサップ岬マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間07分01秒 ゲスト出場のため参考記録
9月6日 2015二十間道路ハーフマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分32秒 ゲスト出場のため参考記録
10月18日 第40回高島平ロードレース大会 20.0 km ゲスト出場(1位) 1時間00分57秒 ゲスト出場のため参考記録
11月15日 第28回上尾シティマラソン 21.0975 km ゲスト出場(5位) 1時間03分11秒 ゲスト出場のため参考記録
2016年 3月13日 第1回久喜マラソン 21.0975 km ゲスト出場(3位) 1時間06分42秒 ゲスト出場のため参考記録
上下スーツのコスプレ姿で出走
3月27日 練馬こぶしハーフマラソン2016 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分32秒 ゲスト出場のため参考記録
4月2日 金栗記念選抜中・長距離熊本大会2016 1500 m 総合18位 3分54秒60 タイムレース1組・6着
4月10日 第31回焼津みなとマラソン 21.0975 km 優勝 1時間03分47秒 同レース2年ぶり2度目の優勝・大会記録
4月30日 第1回川内の郷かえるマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 非公開 ゲスト出場のため公式記録・順位無し
5月4日 第28回春日部大凧マラソン 10 km ゲスト出場 非公開 ゲスト出場のため公式記録・順位無し
5月8日 第26回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 5位 1時間04分35秒
5月15日 第6回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 11位 1時間03分39秒
5月29日 第36回河北新報錦秋湖マラソン 30 km ゲスト出場(1位) 1時間35分20秒 ゲスト出場のため参考記録
6月19日 第11回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場(1位) 2時間44分07秒 ゲスト出場のため参考記録
大会記録・日本最高記録・世界歴代3位相当
6月26日 2016函館マラソン 21.0975 km 5位 1時間04分24秒
7月31日 第44回釧路湿原マラソン 30.0 km ゲスト出場(1位) 1時間34分55秒 ゲスト出場のため参考記録
8月21日 第35回北方領土ノサップ岬マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分30秒 ゲスト出場のため参考記録
10月2日 第30回今治シティマラソン 21.0975 km ゲスト出場 非公開 ゲスト出場のため公式記録・順位無し
10月16日 第41回高島平・日刊スポーツロードレース 20.0 km ゲスト出場(1位) 59分43秒 ゲスト出場のため参考記録
10月23日 ちばアクアラインマラソン2016 21.0975 km 2位 1時間06分26秒
10月2日 第30回今治シティマラソン 21.0975 km ゲスト出場 非公開 ゲスト出場のため公式記録・順位無し
11月20日 第29回上尾シティマラソン 21.0975 km ゲスト出場 1時間34分26秒 右脹ら脛痛の為最後尾から出走(ネットタイムは1:31:18)
ゲスト出場のため公式記録・順位無し
2017年 1月8日 第31回壱岐の島新春マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間06分35秒 ゲスト出場のため参考記録
1月15日 第5回公認奥球磨ロードレース 21.0975 km 6位 1時間04分17秒
1月29日 第15回奥むさし駅伝 4.3 km 3区・区間9位 13分16秒
2月5日 第84回埼玉県駅伝 12.1 km 3区・区間3位 36分59秒
2月26日 2017そうじゃ吉備路マラソン 21.0975 km 2位 1時間04分52秒
3月5日 第30回たねがしまロケットマラソン 21.0975 km 優勝 1時間04分43秒
3月19日 第2回久喜マラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 1時間05分03秒 ゲスト出場のため参考記録
中学生時代のランシャツ・ランパン姿で出走
3月26日 第26回上里町乾武マラソン 21.0975 km ゲスト出場 非公開 ゲスト出場のため公式記録・順位無し
4月23日 第7回高橋尚子杯ぎふ清流ハーフマラソン 21.0975 km 15位 1時間04分06秒
4月30日 第2回川内の郷かえるマラソン 21.0975 km ゲスト出場(1位) 非公開 ゲスト出場のため公式記録・順位無し
5月15日 第27回仙台国際ハーフマラソン 21.0975 km 11位 1時間03分29秒
6月18日 第12回隠岐の島ウルトラマラソン 50.0 km ゲスト出場(1位) 2時間47分35秒 ゲスト出場のため参考記録
10月15日 第42回板橋区・高島平ロードレース大会 20.0 km ゲスト出場(2位) 59分32秒 ゲスト出場のため参考記録
11月19日 第30回上尾シティマラソン 21.0975 km ゲスト出場(18位) 1時間03分35秒 ゲスト出場のため参考記録


マラソン全成績(太字は2017年現在の自己最高記録、優勝の(数字)は優勝回数)

年月日

大会

大会
順位

日本人
順位

記録

備考

2009年 2月1日 別府大分毎日マラソン 20位 15位 2時間19分26秒 初マラソン
3月22日 東京マラソン2009 19位 15位 2時間18分18秒 世界陸上ベルリン大会選考レース
12月6日 福岡国際マラソン 13位 3位 2時間17分33秒 広州アジア競技大会選考レース
2010年 2月28日 東京マラソン2010 4位 4位 2時間12分36秒 広州アジア競技大会選考レース
12月5日 福岡国際マラソン 10位 6位 2時間17分56秒 世界陸上大邱大会選考レース
2011年 2月27日 東京マラソン2011 3位 1位 2時間08分37秒 世界陸上大邱大会選考レース
初の2時間10分以内(サブテン)達成
2011年日本人マラソン最高記録達成
9月4日 世界陸上大邱大会 17位[2] 3位 2時間16分11秒 男子マラソン団体戦・日本代表銀メダル獲得
10月30日 大阪マラソン2011 4位 1位 2時間14分31秒
12月4日 福岡国際マラソン 3位 1位 2時間09分57秒 ロンドン五輪選考レース
2度目の2時間10分以内(サブテン)達成
12月18日 防府読売マラソン 2位 1位 2時間12分33秒
2012年 2月26日 東京マラソン2012 14位 9位 2時間12分51秒 ロンドン五輪選考レース
4月15日 かすみがうらマラソン 優勝(初) 1位 2時間22分38秒 フルマラソン初優勝
4月29日 デュッセルドルフマラソン 8位 1位 2時間12分58秒
7月1日 ゴールドコーストマラソン 4位 1位 2時間13分26秒
8月26日 北海道マラソン 優勝(2) 1位 2時間18分38秒 フルマラソン2度目の優勝
9月16日 シドニーマラソン 優勝(3) 1位 2時間11分52秒 フルマラソン3度目の優勝(大会記録)
10月21日 ちばアクアラインマラソン 優勝(4) 1位 2時間17分48秒 フルマラソン4度目の優勝(大会記録)
12月2日 福岡国際マラソン 6位 4位 2時間10分29秒 世界陸上モスクワ大会選考レース
12月16日 防府読売マラソン 優勝(5) 1位 2時間10分46秒 フルマラソン5度目の優勝
中13日での2大会連続サブ11達成
2013年 1月18日 エジプト国際マラソン 優勝(6) 1位 2時間12分24秒 フルマラソン6度目の優勝
(大会記録・エジプト国内最高記録)
2月3日 別府大分毎日マラソン 優勝(7) 1位 2時間08分15秒 世界陸上モスクワ大会選考レース
フルマラソン7度目の優勝(大会記録)
3度目の2時間10分以内(サブテン)達成
3月17日 ソウル国際マラソン 4位 1位 2時間08分14秒 自己最高記録
4度目の2時間10分以内(サブテン)達成
中41日での2大会連続2時間08分台達成
2013年日本人海外マラソン最高記録達成
4月21日 長野マラソン 優勝(8) 1位 2時間14分27秒 フルマラソン8度目の優勝
6月2日 千歳JAL国際マラソン 優勝(9) 1位 2時間18分29秒 フルマラソン9度目の優勝(大会記録)
7月7日 ゴールドコーストマラソン 優勝(10) 1位 2時間10分01秒 フルマラソン10度目の優勝(大会タイ記録)
8月17日 世界陸上モスクワ大会 18位 4位 2時間15分35秒
10月13日 メルボルンマラソン 2位 1位 2時間11分40秒
11月3日 ニューヨークシティマラソン 11位 2位 2時間12分29秒
12月1日 福岡国際マラソン 3位 1位 2時間09分05秒 仁川アジア競技大会選考レース
5度目の2時間10分以内(サブテン)達成
12月15日 防府読売マラソン 2位 1位 2時間09分15秒 6度目の2時間10分以内(サブテン)達成
中13日での2大会連続サブテン達成[122]
2014年 2月16日 熊本城マラソン 優勝(11) 1位 2時間10分14秒 フルマラソン11度目の優勝(大会記録)
3月2日 びわ湖毎日マラソン 4位 2位 2時間10分38秒 仁川アジア競技大会選考レース
中13日での2大会連続サブ11タイ達成
4月6日 さが桜マラソン 優勝(12) 1位 2時間13分02秒 フルマラソン12度目の優勝(大会記録)
4月20日 とくしまマラソン 優勝(13) 1位 2時間15分25秒 フルマラソン13度目の優勝(大会記録)
5月4日 ハンブルクマラソン 9位 1位 2時間09分36秒 7度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多達成)
2014年日本人海外マラソン最高記録達成
6月1日 千歳JAL国際マラソン ゲスト出場 (1位) 2時間15分57秒 ゲスト出場のため参考記録(大会記録)
7月6日 ゴールドコーストマラソン 3位 1位 2時間11分27秒 20km手前で転倒事故
8月31日 シティ2サーフマラソン 優勝(14) 1位 2時間12分55秒 フルマラソン14度目の優勝(大会記録)
10月3日 仁川アジア競技大会 3位 2位 2時間12分42秒 世界陸上北京大会選考レース
11月2日 ニューヨークシティマラソン 11位 2位 2時間16分41秒
11月23日 福知山マラソン 優勝(15) 1位 2時間12分59秒 フルマラソン15度目の優勝(大会記録)
12月7日 NAHAマラソン 優勝(16) 1位 2時間13分43秒 フルマラソン16度目の優勝(大会記録)
12月21日 防府読売マラソン 優勝(17) 1位 2時間09分46秒 フルマラソン17度目の優勝
8度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多更新)
2015年 1月11日 いぶすき菜の花マラソン 優勝(18) 1位 2時間24分10秒 フルマラソン18度目の優勝
左足首捻挫を押しての出場
2月8日 延岡西日本マラソン 8位 8位 2時間15分16秒
2月15日 高知龍馬マラソン 優勝(19) 1位 2時間15分06秒 フルマラソン19度目の優勝
35度目の2時間16分以内(サブ16)達成(世界最多)[要出典]
37度目の2時間17分以内(サブ17)達成(世界最多)[要出典]
3月15日 ソウル国際マラソン 16位 1位 2時間13分33秒
4月19日 チューリッヒマラソン 2位 1位 2時間12分13秒
5月24日 カーター記念 黒部名水マラソン 優勝(20) 1位 2時間17分58秒 フルマラソン20度目の優勝
7月5日 ゴールドコーストマラソン 8位 2位 2時間16分23秒
8月30日 シティ2サーフマラソン 優勝(21) 1位 2時間16分23秒 フルマラソン21度目の優勝(大会2連覇)
9月20日 ケープタウンマラソン 9位 1位 2時間16分33秒
10月11日 いわて北上マラソン 優勝(22) 1位 2時間13分21秒 フルマラソン22度目の優勝(大会記録)
11月1日 ニューヨークシティマラソン 6位 1位 2時間13分29秒
12月6日 福岡国際マラソン 8位 4位 2時間12分48秒 リオデジャネイロ五輪選考レース
12月20日 防府読売マラソン 2位 2位 2時間12分24秒 中13日での2大会連続サブ13達成
2016年 1月10日 いぶすき菜の花マラソン 優勝(23) 1位 2時間15分14秒 フルマラソン23度目の優勝(大会記録・2連覇)
3月6日 びわ湖毎日マラソン 7位 5位 2時間11分53秒 リオデジャネイロ五輪選考レース
3月20日 新北市萬金石マラソン 2位 1位 2時間14分12秒
4月25日 チューリッヒマラソン 優勝(24) 1位 2時間12分04秒 フルマラソン24度目の優勝
7月3日 ゴールドコーストマラソン 2位 1位 2時間09分01秒 9度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多更新)
2016年日本人マラソン最高記録達成
2016年日本人海外マラソン最高記録達成
9月25日 ベルリンマラソン 13位 1位 2時間11分03秒
11月6日 ポルトマラソン 2位 1位 2時間14分32秒
12月4日 福岡国際マラソン 3位 1位 2時間09分11秒 世界陸上ロンドン大会選考レース
10度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多更新)
12月18日 防府読売マラソン 3位 3位 2時間12分45秒 50度目の2時間16分以内達成(世界最多更新)
2017年 2月12日 愛媛マラソン 優勝(25) 1位 2時間09分54秒 フルマラソン25度目の優勝(大会記録)
11度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多更新)
4月2日 大邱国際マラソン 6位 1位 2時間13分04秒
5月7日 プラハマラソン 6位 1位 2時間10分13秒 32Km付近で転倒事故
2017年日本人海外マラソン最高記録達成(当時)
6月3日 ストックホルムマラソン 6位 1位 2時間14分04秒
7月2日 ゴールドコーストマラソン 3位 2位 2時間09分18秒 12度目の2時間10分以内(サブテン)達成(日本人最多更新)
8月6日 世界陸上ロンドン大会 9位 1位 2時間12分19秒 世界陸上では自己最高順位
9月16日 オスロマラソン 優勝(26) 1位 2時間15分58秒 フルマラソン26度目の優勝
10月1日 別海町パイロットマラソン 優勝(27) 1位 2時間13分43秒 フルマラソン27度目の優勝(大会記録)
11月5日 ニース−カンヌマラソン 6位 1位 2時間15分02秒
11月12日 さいたま国際マラソン 優勝(28) 1位 2時間15分54秒 フルマラソン28度目の優勝(大会記録)
12月3日 福岡国際マラソン 9位 4位 2時間10分53秒 MGCシリーズ第2弾(東京オリンピック選考会)

自己記録[編集]


種目

記録

年月日

場所

備考

1500m 3分50秒51 2012年9月22日 日体大長距離記録会
5000m 13分58秒62 2012年9月23日 日体大長距離記録会
10000m 29分02秒33 2010年6月20日 ホクレンディスタンス
10 km(ロード) 29分54秒 2013年12月31日 San Silvestre Vallecana 10 km(マドリード)
10マイル 47分28秒 2014年2月9日 唐津10マイルロードレース大会
20 km(スプリット) 59分10秒 2012年2月5日 香川丸亀国際ハーフマラソン
20 km 59分17秒 2013年10月20日 高島平ロードレース
ハーフマラソン 1時間02分18秒 2012年2月5日 香川丸亀国際ハーフマラソン
25 km(スプリット) 1時間14分32秒 2013年2月17日 金栗記念熊日30キロロードレース
30 km 1時間29分31秒 2013年2月17日 金栗記念熊日30キロロードレース
マラソン 2時間08分14秒 2013年3月17日 ソウル国際マラソン 日本歴代17位
50 km 2時間44分07秒 2016年6月19日 隠岐の島ウルトラマラソン 日本最高記録、世界歴代3位相当(参考記録)
歴代記録は当時の順位

脚注[編集]

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1.^ a b 川内 優輝 Yuki Kawauchi公益財団法人日本陸上競技連盟
2.^ a b c d 当初、川内の同大会男子マラソンは18着でゴールだったが、後年のドーピング再検査で4着だったモロッコ代表選手が違反・失格判定とされ、川内は17位に繰り上がった。
3.^ “川内優輝2泊5日で2戦! エジプト→埼玉”. nikkansports.com. (2012年9月26日) 2015年8月10日閲覧。
4.^ “川内、銅で内定取れず…「世界選手権」選考は出ない/アジア大会”. SANSPO.COM. (2014年10月4日) 2015年8月10日閲覧。
5.^ a b 『日刊スポーツ』2012年2月22日第6版20面
6.^ 川内優輝インタビュー − スポーツ総合サイト:Sports@nifty
7.^ 父親は優輝が当時高校3年生の2005年2月、急性心筋梗塞により59歳で逝去。
8.^ “鷲宮を世界にPR 世界陸上マラソン・川内選手”. 埼玉新聞 (2011年5月22日). 2011年5月28日閲覧。
9.^ “陸上競技部・川内優輝君 第85回箱根駅伝大会の結果について”. 学習院大学 (2009年1月5日). 2011年2月27日閲覧。
10.^ 選手詳細情報 川内優輝 - 箱根駅伝公式サイト
11.^ “「山下りをもう一度」学習院大、川内優輝”. 読売新聞 (2007年10月19日). 2011年2月27日閲覧。
12.^ “院長表彰(スポーツ活動賞)(”. 学習院大学 (2009年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
13.^ “世界選手権は有給休暇で…川内選手は公務員”. 読売新聞 (2011年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
14.^ ““箱根ランナー”が優勝/谷川真理ハーフ”. スポーツニッポン (2010年1月11日). 2011年2月27日閲覧。
15.^ “藤原正が日本人初優勝! 2位は藤原新、3位は佐藤敦 女子はビクティミロワがV”. スポーツナビ. 2011年2月27日閲覧。
16.^ “東京マラソン:“市民ランナー”川内が3位 世界選手権へ”. 毎日新聞 (2011年2月27日). 2011年2月27日閲覧。
17.^ びっくり市民ランナー!公務員の川内 3位で世界切符 - スポーツニッポン・2011年2月28日
18.^ 世界陸上:男子マラソン決勝 実況 - スポーツナビ・2011年9月4日
19.^ ワールドカップマラソン公式結果- IAAF World Championships Deagu 2011 RESULTS
20.^ “川内「公正な選考」今後も公務員ランナー”. 日刊スポーツ (2011年3月13日). 2011年3月13日閲覧。
21.^ “川内 ペースメーカーだったのに…マラソン人生初V”. スポニチ (2011年4月16日). 2011年4月16日閲覧。
22.^ “藤原地力、終盤加速 仙台ハーフマラソン・男子”. 河北新報 (2012年5月13日). 2011年5月14日閲覧。
23.^ “第7回隠岐の島ウルトラマラソン大会結果について”. 隠岐の島町 (2012年6月20日). 2011年7月26日閲覧。
24.^ “川内4位、吉田が優勝 ゴールドコーストマラソン”. MSN産経ニュース (2012年7月1日). 2011年7月10日閲覧。
25.^ “北海道マラソン、男子は川内優輝、女子は吉住友里がともに初優勝”. 北海道新聞 (2012年8月26日). 2012年8月26日閲覧。
26.^ “川内V 世陸で「表彰台に」/マラソン”. 日刊スポーツ (2012年8月26日). 2012年8月27日閲覧。
27.^ “シドニーマラソン2012公式サイトリザルト” (2012年9月16日). 2012年9月16日閲覧。
28.^ “川内、日本勢トップの21位 世界ハーフマラソン”. 日本経済新聞 (2012年10月6日). 2012年10月6日閲覧。
29.^ “川内がぶっちぎりV 猫7位/マラソン”. 日刊スポーツ (2012年10月21日). 2012年10月21日閲覧。
30.^ “川内が大会新で優勝/マラソン詳細”. 日刊スポーツ (2013年2月3日). 2012年2月4日閲覧。
31.^ “ひと:川内優輝さん=別府大分毎日マラソンで優勝「やっぱりマラソンは楽しいな」”. 毎日新聞 (2013年2月4日). 2012年2月4日閲覧。
32.^ “川内優輝 また優勝 7分台へ好感触”. スポーツニッポン(スポニチアネックス) (2013年2月17日). 2012年2月19日閲覧。
33.^ “川内が自己最高で4位 ソウル国際マラソン”. msn(産経ニュース) (2013年3月17日). 2013年3月19日閲覧。
34.^ “公務員ランナー川内が優勝 長野マラソン、日本人として初”. exciteニュース (2013年4月21日). 2013年4月22日閲覧。
35.^ “マラソン川内“因縁”モスクワで瀬古&宗兄弟の「無念晴らしたい」”. スポーツナビ (2013年4月25日). 2013年4月26日閲覧。
36.^ “川内が2時間18分台で優勝 千歳JAL国際マラソン”. 日本経済新聞 (2013年6月2日). 2013年6月4日閲覧。
37.^ “川内、トップゴール後に倒れ病院へ…熱中症で脱水症状”. スポニチアネックス (2013年6月16日). 2013年6月17日閲覧。
38.^ “【陸上】川内が大会タイで優勝 Gコースト・マラソン”. msn(産経ニュース) (2013年7月7日). 2013年7月7日閲覧。
39.^ “男子マラソン 世界陸上実況”. スポーツナビ (2013年8月17日). 2013年8月18日閲覧。
40.^ “マサシ初V、川内が日本選手最高3位 福岡国際マラソン”. 朝日新聞 (2013年12月1日). 2013年12月1日閲覧。
41.^ “川内優輝、15秒差で2位…防府読売マラソン”. 讀賣新聞 (2013年12月15日). 2013年12月16日閲覧。
42.^ “川内、大会新で優勝 とくしまマラソン”. 日本経済新聞 (2014年4月20日). 2014年4月20日閲覧。
43.^ “川内9位 日本人最多7度目「サブ10」喜ぶ ハンブルク・マラソン”. 日本経済新聞 (2014年5月4日). 2014年5月5日閲覧。
44.^ 川内、父の日に父の故郷で記録更新「自信になった」 ― スポニチ Sponichi Annex マラソン
45.^ “【マラソン】川内、50キロで“日本新”マーク!世界6位”. スポーツ報知 (2014年6月16日). 2014年6月16日閲覧。
46.^ 川内、課題は転んでも「立ち直ること」 - 陸上ニュース : nikkansports.com
47.^ 川内が早朝帰国 転倒で「不完全燃焼」 雨天トレ→出勤 ― スポニチ Sponichi Annex マラソン
48.^ 勝機を生かせず金メダル逃す - コラム 陸上 スポーツナビ
49.^ 川内優輝2年ぶりV 防府読売マラソン - スポーツニュース 日刊スポーツ
50.^ 川内、世界選手権で代表引退へ「ロンドンが1つのいい区切り」 - スポニチ Sponichi Annex マラソン
51.^ 川内辞退で波紋 他の有力選手も辞退も - デイリースポーツ
52.^ 島根)ウルトラマラソン、最多1338人が健脚競う(朝日新聞)
53.^ RUNNET 大会結果 第10回隠岐島ウルトラマラソン
54.^ マカウ連覇、佐々木3位、川内8位/福岡国際M詳細(日刊スポーツ)
55.^ 藤原が初優勝、川内は34秒差の2位…防府読売マラソン(スポニチ)
56.^ リオ代表獲り川内優輝ばくち「びわ湖」一般参加(日刊スポーツ))
57.^ 川内、情熱失わず=びわ湖毎日マラソン(時事ドットコム)
58.^ 川内優輝7位…選考「かすってもない」リオ五輪消滅(日刊スポーツ)
59.^ 島根)隠岐の島ウルトラマラソン 1087人駆ける(朝日新聞 DIGITAL)
60.^ 川内は2位、女子は堀江が優勝 豪ゴールドコースト・マラソン(長崎新聞)
61.^ RUNNET 大会結果
62.^ 川内 福岡国際マラソン強行出場「“出ない方がいい”と言われたが…」(スポニチ)
63.^ 川内 またアクシデント!ふくらはぎ痛に加え左足首捻挫も(スポニチ)
64.^ 川内 号泣3位で世界陸上へ前進「ホッとして、うれしくて」(スポニチ)
65.^ 公益財団法人日本陸上競技連盟 強化委員会 一覧 2016年11月24日
66.^ 川内優輝の激走を陸連が大絶賛、瀬古利彦リーダー「ありがとー!と言いたい」(デイリースポーツ)
67.^ 第55回愛媛マラソン 川内独走 強さ異次元、2時間9分54秒V(愛媛新聞)
68.^ 走る喜び共に 愛媛マラソン1万201人挑戦 川内選手52年ぶり大会新(愛媛新聞)
69.^ 世界陸上マラソン日本代表が意気込み川内優輝は“集大成”のロンドンへ照準(スポーツナビ)
70.^ 川内優輝「これが最後」世界陸上マラソン代表に決定(日刊スポーツ)
71.^ 世界陸上ロンドン大会 男子マラソン実況(スポーツナビ)
72.^ 川内優輝が示したマラソンの戦い方 万全の準備で「やりきった」ラストラン 世界陸上LONDON2017(スポーツナビ))
73.^ 川内優輝「完全燃焼したかったけど…」代表引退へ(日刊スポーツ)
74.^ 「これからも自分を追い込んで走り続けます!」川内優輝【週刊ランナーズ】
75.^ 最強市民ランナーの川内選手、「僕はアフリカの選手よりハングリー」 - 日経BPネット・BPnetビズカレッジ
76.^ 第65回福岡国際マラソン - 九州朝日放送
77.^ 柏原、マラソン4分台の夢へ「絶対に勝ちたい」 - スポーツ報知
78.^ 川内優輝が世界陸上代表内定 市民ランナーが日本人トップ - 中日スポーツ・2011年2月28日
79.^ "公務員ランナー"川内優輝のマネジメント力 - 東洋経済オンライン・2013年7月4日
80.^ “市民ランナー”川内が世界選手権代表に決定 実業団に衝撃を与える好走 - Yahoo! JAPANブログ・2011年2月28日
81.^ 実業団勢抑えた川内選手 世界選手権は「有給で」 - スポーツニッポン・2011年2月27日
82.^ 川内、日本人最高4位もゴール後に医務室直行…第1回大阪マラソン - スポーツ報知・2011年10月31日
83.^ 川内 陸上マンガ持って大邱入り - 中日スポーツ・2011年9月1日
84.^ 川内、漫画6冊持参で韓国入り/世界陸上 - 日刊スポーツ・2011年9月1日
85.^ 川内、為末選手が対談、「文武両道」高校生に語る…埼玉 - 読売新聞・2011年6月6日
86.^ 川内はキワモノではない/爲末大学 - 日刊スポーツ・2013年8月7日
87.^ 市民ランナー川内はマラソン団体2位に感涙「完全燃焼」で医務室直行 - msn産経ニュース・2011年9月4日
88.^ 川内、完全燃焼の18位「粘りがあればマラソンはやれる - msn産経ニュース・2011年9月4日
89.^ 川内、瀬古さんからエール「俺の記録を抜け」…陸上 - スポーツ報知・2011年9月6日
90.^ DeNAの誘いを蹴飛ばした公務員ランナー 川内優輝 瀬古監督にソッポ - livedoor SPORTS・2013年1月22日
91.^ 公務員ランナー川内選手が実証「本当は恐いマラソン給水」 - 週刊FLASH・2012年3月20日号
92.^ 川内、「けじめ」の丸刈り 東京マラソンから一夜明け- 朝日新聞・2012年2月27日
93.^ 藤原とのマラソン直接対決は過去7度有り、川内の3勝4敗。
94.^ 川内がライバル藤原と会見場バトル- 日刊スポーツ・2012年2月25日
95.^ 川内、目標は2時間7分台 ゲブレシラシエには恐縮 東京マラソン2012・招待選手記者会見- Sportnavi・2012年2月24日
96.^ 落選川内 藤原新を合同練習で支援- 日刊スポーツ・2012年3月13日
97.^ 藤原&川内の“無所属”コンビが合同練習- スポーツニッポン・2012年4月1日
98.^ 福岡国際マラソン会見で川内が藤原を猛攻撃- 東スポweb・2012年11月30日
99.^ 川内VS藤原 恒例?の舌戦 12・1福岡国際で激突- スポーツニッポン・2013年11月30日
100.^ 自腹航空券は26万円「80万円も払ってません」 - スポーツニッポン(スポニチアネックス) 2013年2月3日
101.^ 川内優輝 パスポート忘れて招待機乗れず - スポーツニッポン 2013年1月17日
102.^ 川内 ぐったり「人生最高に焦りました…」 - スポーツニッポン 2013年1月17日
103.^ 公務員ランナー川内優輝、エジプト国際マラソン大会で優勝 - J-CASTニュース 2013年1月17日
104.^ 優輝選手の弟、こちらは“営業マンランナー” 古河はなももマラソン - 産経ニュース 2013年3月24日
105.^ なお次弟は國學院大学に在学するも、箱根駅伝には一度も出場ならず卒業。
106.^ 前田とのマラソン直接対決は過去6度有り、川内の4勝2敗。
107.^ 中本とのマラソン直接対決は過去5度有り、川内の3勝2敗。
108.^ 川内って、いいヤツ 実業団選手“休戦” - 日刊スポーツ 2013年5月22日
109.^ 川内応援美少女キャラ「武比奈まい」完成,日刊スポーツ,2013年8月8日
110.^ 川内優輝選手 : 美少女の応援キャラ「武比奈まい」完成 「らき☆すた」作者がデザイン,毎日新聞,2013年8月7日
111.^ 当初首位のタチアナ・ガメラ=シュミルコ(ウクライナ)が、2015年11月にドーピング違反・失格により順位・記録抹消され、重友の順位は3位から2位に繰り上がった。
112.^ 川内 女子マラソン選考に持論「優勝者を真っ先に選ぶのもアリ」 - スポーツニッポン 2015年3月14日
113.^ “さいたま国際マラソン、Qちゃん「街と自然が味わえるコース」”. 産経ニュース. (2015年4月16日)
114.^ 川内、ドーピング問題で吠える「厳格に検査やってるはずなのに…」 - スポーツニッポン 2015年11月14日
115.^ 埼玉)川内選手、スーツ姿で激走 久喜マラソン大会 - 朝日新聞デジタル 2016年3月14日
116.^ ゲストの川内選手、スーツ姿で駆け抜ける 久喜マラソンに3500人 - 埼玉新聞 2016年3月13日
117.^ 川内優輝、久喜マラソンハーフの部でぶっちぎり優勝「ロンドンでもしっかりやりたい」 - スポーツ報知 2017年3月19日
118.^ マラソン川内優輝「青学・原監督がマラソンを語るのは早い」 - NEWSポストセブン 2016年4月7日
119.^ 第1回川内の郷かえるマラソン大会〜復興から創生への折返し〜(大会HP)
120.^ 川内復興へ初のハーフマラソン 川内の郷かえるマラソン - 福島民友 2016年5月1日
121.^ 公務員ランナー・川内が韓国での“悲惨体験”告白,東京スポーツ,2014年04月02日
122.^ フルマラソンでの2大会連続2時間10分以内を最短で記録したとして、ギネスブックに申請する意向を明かしている。12月1日の福岡国際マラソン(2時間09分05秒)に続き中13日で達成。

関連書籍[編集]
##『走れ!優輝 最後まであきらめないで』(川内美加(著)、中央公論新社、2012年2月24日出版、母親による著作、ISBN 978-4120043369)
##『常識破りの川内優輝マラソンメソッド』(津田誠一(著)、SB新書、2015年12月5日出版、元学習院大学陸上部監督)

外部リンク[編集]

##川内優輝 - 日本陸上競技連盟の選手名鑑

##川内優輝 - 国際陸上競技連盟のプロフィール(英語)
##川内優輝選手情報コーナー(久喜市)
##川内優輝選手応援プロジェクト(久喜本部)(Facebook)
##もうひとつの箱根駅伝-箱根駅伝予選会 今年、箱根6区を学連選抜で走った 川内優輝さん(多摩てばこネット)
##挑戦!見据えるのは世界 箱根駅伝予選会のヒーローから市民ランナーの星へ 川内優輝さん(多摩てばこネット)
##第85回箱根駅伝 川内優輝君の走行シーン (学習院大学)
##全国都道府県対抗男子駅伝競走大会 非公式サイト - 埼玉

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%86%85%E5%84%AA%E8%BC%9D


 

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コメント
 
1. 2018年2月18日 01:22:19 : LY52bYZiZQ : i3tnm@WgHAM[-3391]
川内優輝は明日の北九州マラソン2018にも出場する。開催中の冬季五輪との政治的な絡みでメディアもこの大会や川内本人の成績が優秀だった場合には過大にその内容を取り上げようとする可能性もある。その様な時にその報道が財界人の私利私欲を満たす行為に利用されないか監視しないといけない。特に強硬な原発再稼動の動きを警戒する場合には鹿児島→北九州→山口→東京という4地点のつながりとその複合的な動きに注意を要しておく必要がある。

https://kitakyushu-marathon.jp/guest/


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