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タングステンと大日本帝国    (座敷牢
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/615.html
投稿者 hou 日時 2010 年 8 月 30 日 07:10:34: HWYlsG4gs5FRk
 

タングステンと言えば北朝鮮ですが
レアアースを調べていたらおもしろい文献を見つけました。

http://www.warbirds.jp/prince/pr0005.html

タングステンと大日本帝国No.1

2001.11.05 
 12月はクリスマスを迎え、さぞかし日本の戦車で盛り上がることでしょう。
 そこでいずれは絶対に避けて通る事は出来ない対戦車砲弾の材料タングステンと大日本帝国の関係など書いてみたいとおもいます。なお日本におけるタングステン・カーバイト製の対戦車砲弾についてはいづれ「大家さん」や「日本一の大砲の権威様」がきっと必ず書いてくれるでしょう。
 戦前、戦時中の日本のタングステンについて調べてみようなどと思うのは、よほどの物好きしかいません。書こうと決めたのはいいのですが、これがなかなか厄介な物で

「概説」
「日本本土」
「朝鮮半島と中国」
「南方」
 の4回に分けて発表していきます。
 大戦中、ドイツのキワモノ対戦車砲、ゲルリッヒ理論に基づく、2.8cm sPzB 41、4.2cm lePak 41、7.5cm Pak 41の砲弾、とノーマルな対戦車砲に使われたタングステン鋼芯弾Pzr40にはタングステンが使用されていました。大戦勃発後、対ソ戦が始まりシベリア鉄道が封鎖されると、入手が難しくなりより重要性の高い工具鋼に使用が優先され、タングステン製対戦車砲弾は生産されなくなります。

 戦前、ドイツはアメリカと共に大量のタングステンを輸入していました。ドイツは、まったくタングステンが取れない訳ではなさそうなのですが、必要量には全然足りませんでした。
 ところで、そもそもタングステンとは、いったいどのようなものなのでしょうか?

 金属中3400℃という最高の融点を持ち、比重も19.2となかなか重いものです。主要鉱石は鉄マンガン重石(ウォルウラム鉄鉱)と灰重石であり、精錬は精鉱を処理し酸化物を作りこれを水素還元してタングステン粉末とします。最初の使用は皆さんよくご存知の白熱電球のタングステンフィラメントからでした。

 重要語説明(本当は私も理解していないが避けて通れない)

フェロタングステン

  タングステン鉄合金で特殊磁性材料や高速度鋼製造に用いられる。電気炉中で鉄と共に炭素を混ぜて酸化物を還元して作られる。タングステン元素を多量に含有し、溶鋼中に元素を添加するのに用いられる。

タングステンカーバイト

  タングステンと鉄とを炭素と直接結合させて炭化物とした物。極めて硬いが脆いので塊状として燒結して諸種の工具に用いる。コバルト粉末はバインダーとして広く用いられ、これをタングステン炭化物に混ぜて1,500℃前後で燒結する。
 コバルトの量は3〜20%で、高含有の物は耐衝撃性の大きい工具に用いられる。
 他のバインダーとしてはニッケルが主として用いられる。
 2点がなんとな〜く分かれば、これからの話にはついていけます。
 タングステンカーバイトは超硬工具材料として1926年ドイツのクルップ社で開発したウィディア(Widia)以来よく用いられています。また、先に述べたドイツの対戦車砲弾もこれです。


 引用・参考文献
「THE ILLUSTRATED ENCYCLOPEDIA OF AMMUNITION」
Ian V.Hogg

「SMALL ARMS, ARTILLERY AND SPECIAL WEPONS OF THE THIRD REICH」
THERRY GANDER and PETER CHAMBERLAIN

 各種辞典


http://www.warbirds.jp/prince/pr0010.html

タングステンと大日本帝国No.2

2001.11.19 
 日本本土でのタングステン採掘およびタングステン使用の様子(タングステンカーバイトを除く)を簡単に紹介していきましょう。なお、取り上げる資料により数字がまちまちな所がありますが、どれが正しいのか、私にも分かりかねます。詳しく調べようとしたら、それだけで人生が終了してしまいそうです。

 戦前、タングステンは世界の各地に産出しましたが、中国、南米(ボリビア)米国、ビルマ、インドシナ等太平洋沿岸に多く、日本も産地の一つでした。昭和7年頃、国内需要は年400トン内外、これに対し内地および朝鮮におけるタングステン鉱の産額はそれぞれ20トン内外でした。戦前、戦時中の最高生産を示した年でも国内需要の15%しか供給できませんでした。国内精鉱(三酸化タングステン55〜60%)生産高は1942年には、1040トンの最高値に達し、1935−45年の精鉱量合計は5400トンです。輸入(移入)状況を見てみると、朝鮮は1930−45年需要量の60%を供給し、他の供給源は英国、中国、タイ、ビルマ、中南米です。精鉱(三酸化タングステン60〜65%)の輸入高は1939年で4500トン、1945年で2200トンです。

 タングステンの鉱石は日本で少なくとも130ヶ所にあることがわかっていて、そのうち40ヶ所から少量の精鉱が生産されました。生産地の多くが本州にあり、1925ー45年生産の83%を占めていました。過去の生産順位によって鉱山をあげれば明延(兵庫県、三菱鉱業)金内(京都府)大谷(兵庫県)高取(茨城県)喜和田(山口県)恵比須(岐阜県、帝国鉱業で戦時中受託経営)ハガシマ(岩手県)があり、屋久島にも2鉱山がありました。(これらの鉱山について詳しく知りたい方は、現地の市町村史を見れば出ていると思いますので、調べて私に教えてください。)

 日本ではタングステンは錫鉱石に付随して産出するのですが、戦争勃発後、南方圏の錫が潤沢に供給されるようになり、日本の錫鉱山は操業を縮小させられ、設備は他に転用されます。(錫鉱山整備事業)そのため、日本でのタングステン産出は減少します。これからも、当時の日本でのタングステンの重要性(緊急度)のなさと、南方圏からの取得に対する自信が感じられます。

 タングステンの製錬なんですが、詳しい資料には今だ出会っていません。三菱鉱業社史に少し取り上げてありますので紹介します。

 鉱業研究所は大正10年代からタングステンの研究を行い、高取鉱山産の重石鉱の処理や、生野(明延)鉱山の錫精鉱からのタングステン回収を研究し、大正12年から金属タングステンの製出を始め、続いてフェロタングステン製造の研究に進み、昭和3年からその製出を見ることができた。研究所において試験的規模ながら設備を整えて製出を続け、昭和8年には金属タングステン20,127kg、フェロタングステン91,900kgを製出した。

 直島製錬所では昭和10年3月にはタングステンの製錬場を開設した。これは錫精鉱中に含有するタングステンを回収するもので、錫精鉱をバイ焼して灰重石として回収した。原鉱として錫精鉱月額261トン(タングステン酸品位4%)を処理して灰重石13トン(タングステン酸品位60〜70%)を得ようとするもので、製品はすべて大阪製錬所に送り、昭和15年の生産は355トンであった。

 次にタングステンの実際の使用状況を調べてみましょう。ただし、タングステンフィラメントは私の趣味じゃないので触れません。あくまでもタングステン合金について書いていきます。まず、基になる戦前、戦中のフェロタングステン生産量を見ていきます。(日本本土内だけだと思われます。)

1931年 32t
1936年 447t
1939年 2499t
1940年 3274t
1941年 2949t
1942年 2152t
1943年 3216t
1944年 1567t
1945年 58t

 となっていますが、これが日本の必要量に達していたのか。どれくらいの量を必要としていたのか。(欲を言えば幾らでも欲しかったのでしょうが)その辺の所がさっぱり分かりません。(防研に行けばこれらの資料があると思うのですが。)戦時中、12会社が標準品位のフェロタングステン(タングステン含有80%以上、炭素1%以下)を生産しました。大分県の日本鉱業株式会社佐賀関製錬所では、ジロー型電気炉による普通の二段操作(還元、精錬)によって、能率的にフェロタングステンが生産されました。山口県の日本電気化学工業株式会社小国工場では、一段操作で標準品位フェロタングステン生産に成功をおさめました。1939−45年の間に1万9000トンのフェロタングステンが朝鮮で生産され、当時の大日本帝国内で消費されました。

 一例として三菱鉱業のフェロタングステンの生産について触れます。
 昭和8年10月より大阪製錬所においてフェロタングステンの製造を行なうこととなった。当初の生産能力は月産22トン程度であったが、軍需用としての需要が高まるので、11年に工場の拡張を行い、電気炉を増設して生産能力を倍増し、昭和12年は477トンとなった。更に昭和13年に至り工場を拡張して月産150トンの能力とした。その結果昭和14年の生産は一挙に1,200トンを超えるに至った。

三菱鉱業における
フェロタングステン生産
1940年 1372t
1941年 754t
1942年 651t
1943年 489t

 さて、フェロタングステンを使用した特殊鋼(タングステン鋼)の生産なんですが、これが不思議なことにほとんどの製鉄、製鋼の社史には記載されていません。わずかに見られたのは、日立製作所の安来工場(島根県)と水戸工場でのタングステン鋼生産と大同製鋼の尼崎工場(特殊鋼専用薄板工場、終戦時未成)でのタングステン鋼鈑(金切鋸用)生産ぐらいでした。ただし、特殊鋼生産の記載は多くの会社で見られますので、その中には当然タングステン鋼に当該するものがあるのでしょう。

 軍用のタングステン鋼なんですが、海軍は1909年にすでにタングステン鋼を作り初めています。その詳細は「呉海軍工廠製鋼部史料集成」の海軍艦政本部規格に成分、性能、使用品が書かれていますので、知りたい方はこの本を調べてください。(この本を引用することは私のポリシーに反しますので、書けません。)
 陸軍は、銃身鋼にタングステン鋼を使用しているようですが、くわしい史料は見当たりませんでした。


 引用・参考文献
「日本の天然資源」 連合軍総司令部 経済安定本部資源調査会訳
時事通信社 昭和26年2月20日発行

「日本の鉱物資源」 メルヴィン・ポラード 連合軍総司令部
経済安定本部資源調査会訳 時事通信社 昭和26年12月25日発行

「日本戦争経済の崩壊」 アメリカ合衆国戦略爆撃調査団
正木 千冬訳 日本評論社

「三菱鉱業社史」
昭和51年発行

「帝国鉱業開発株式会社」
昭和45年3月1日発行

「日立製作所史2」 株式会社日立製作所
昭和35年12月25日発行

「大同製鋼50年史」 大同製鋼株式会社
 昭和42年7月1日発行

「呉海軍工廠製鋼部史料集成(一)(二)」
平成8年8月15日刊行

「名古屋陸軍造兵廠史・陸軍航空工廠史」
昭和61年12月9日発行

「陸戦兵器総覧」 日本兵器工業会
1977年3月25日初版発行

「戦前軍用特殊鋼技術の導入と開発」 日本鉄鋼協会
平成3年3月28日発行


 結局、何にも分かっていないのかもしれません。

http://www.warbirds.jp/prince/pr0011.html

タングステンと大日本帝国No.3

2001.12.07 
 日本支配下にあった南方地域は世界的に見てもタングステンの重要な産地でした。戦前ビルマ(現在のミャンマー)は世界第2位の生産地で、生産量は世界の18%、マライ(マレーシア)、スマトラ(インドネシア)、タイ、仏印(ベトナム)の生産を合わせると世界の30%にも達していました。

 前にドイツでタングステンが不足していた話を書きましたが、戦中、ドイツは日本側から限られた手段ではありますが、タングステンを持ち帰っています。第一はブレードランナー(海上封鎖突破船、柳船)、第二はUボート(イタリアの潜水艦を輸送用に改装した物も含む)、第三は日本海軍の訪独潜水艦です。前二者の実際はよく分からないのですが、訪独潜水艦は「深海の使者」吉村 昭著によって詳しく紹介されていますし、近いところではNHKスペシャル「消えた潜水艦イ52号」に関連する記述が載っています。このイ52号の記述でタングステンに関して勘違いなされていると思われる部分がありますので、本題に入る前にチョット触れます。


 「日独製造権および原料相互供給協定」昭和19年3月調印

 敗色濃くなったドイツは、日本側の原料提供と引き換えに、最高軍事機密の技術をも日本に提供することをきめたのである。生ゴムやタングステンなどの天然資源は日本でも不足していた。しかし、新技術を導入するためにやむなく、訪独潜水艦に大量の天然資源を載せてドイツに送ったのである。


 との記述があります。当時、ドイツに送られた錫、生ゴム、タングステンは世界的状況から見れば潤沢とも言えるほど日本支配下地域には存在し、実際不足したと言われる(?)のは船舶不足による輸送難(海没)が原因で、生ゴムなどは日本本土内に大量に貯蔵されていました。またこれらの物資はシンガポールで積み込みされていますので、船舶不足でシンガポールに眠っていた資源を効率よく捌いた一面があった事を理解してください。

 戦時中、南方支配地域でのタングステン生産の様子や生産量は断片的な記述しかなく、実際のところよく分かりません。しかし、戦前のタングステン生産の記述は揃っていますので、これらから戦時中の様子を類推するしかありません。


 概観

 タングステン鉱床は、南方圏においては中国の江西、広東、福建等の各省及び北部仏印を包含する地域と、タイ、ビルマ国境からマレー半島を経てスマトラの北方ビリトン島に及ぶ地域の二地域に発達している。第一の地域においてはタングステンと少量の錫モリブテンを伴っており、第二の地域においては周知の如く世界的な錫の産地と同一である。


 「仏印」(ベトナム)

 タングステンの主産地はトンキンのチンツツクおよびピア・クアック(Pia-Quac)で、錫の鉱床にウォルフラム即ちタングステン鉱石が並存している。1905年頃から生産を開始し、1918年頃までは鉱石で250トン程度に達したが、その後生産は停滞し100トン内外となったが、1935年以降再び増勢をたどっている。1938年で鉱石で555トン、金属含有量換算で327トンの生産を上げた。タングステン鉱は錫と同様マレーに輸出されていた。


 「ビルマ」(ミャンマー)

 ビルマでは錫鉱とタングステン鉱は緊密に共生する。主たる産地はマルタバン湾東側カレニ州のマウチ鉱山およびタボイ川沿岸メキル地方である。中でもマウチ鉱山の鉱床が最大で錫を伴ない、鉱量15万トン(錫38%、タングステン鉱33%)と称せられている。選鉱はほとんどすべて英本国およびその属領に向けられていた。

ビルマ、タングステン鉱産出量 (単位 トン)
選タングステン鉱 錫 ウォルフラム混合鉱 内マウチ鉱山分
1934年 1246 4190 3889
1935年 2522 4851 4813
1936年 3125 4989 4989
1937年 3348 5030 5023
1938年 3848 4704 4646
1939年 4342 5593 5564

 日本占領下の活動としては、軍の要請を受け、昭和17年3月、三菱鉱業はタボイ鉱山の操業を開始した。生産状況は、資料の喪失によって正確にすることができないが、昭和18年には労力・資材・食料の不足、輸送の隘路等によって生産は著減した。タボイのタングステン生産も月産100トン内外となった。


 「マレー」(マレーシア)

 マレーはタングステン鉱として、いづれも品位、60%程度のウォルフラム鉱と灰重石とを産出する。中国、ビルマについで、世界主産国の第三位を占めていた。ウォルフラム鉱は普通錫鉱山の副産物として漂砂鉱より採掘されるが、これを主目的として鉱脈を採掘する場合もある。重石は重石鉱山として、それを主目的として採掘さるるを常とする。ウォルフラム産地はケダー州ブキツト・カチ、トレンガヌ州ヅングン、チェンドロンである。灰重石産地はベラク州クラマ・プライ、スランゴール州スンガイ・ブンであったが、灰重石は乱掘の結果枯渇しつつあった。

マレー、タングステン鉱産出量 (単位 トン)
灰重石 ウォルフラム混合鉱 計
1935年 1365 269 1634
1936年 1365 275 1639
1937年 3348 5030 5023
1938年 836 263 1089
1939年 573 318 891

 採掘源鉱はほとんど全部輸出されていた。1939年における国別輸出高は次のようである。

仕向国別マレー産タングステン鉱輸出高
鉱量 百分率
イギリス 432トン 66.5%
ベルギー 6トン 0.9%
フランス 43トン 6.6%
米国 59トン 9.1%
カナダ 30トン 4.6%
日本 50トン 7.7%
その他 30トン 4.6%
計 650トン 100%


 「タイ」

 タイ国においてもタングステンは錫の副産物として産出され、主たる産地はプーケット、ソンクラ、パンガン島、サムイ島等である。パンガン、サムイ両島の産出が増加し、農務省がその採掘事業に当っている。

タイ、タングステン生産量 (単位 トン)
1934-35年 53.7
1935-36年 63.4
1936-37年 80.7
1937-38年 99.7
1938-39年 271.2
1939-40年 304.4

 「蘭領東印度」(インドネシア)

 錫はマレーの半分程度の採掘量があるのだが、タングステンはほとんど含有しないようである。主要鉱山はティクス鉱山であり、多少のタングステン鉱がシンゲケプ島から得らる。1936年タングステン鉱採掘、1トンの記録がある。

 最後に、北号作戦において、昭和20年2月10日シンガポールを出港した戦艦日向は47トン、戦艦伊勢は47トン、軽巡洋艦大淀は20トンのタングステンを2月20日呉に持帰った。


 引用・参考文献
「佛領印支那」 宮島綱男 土居博
東京修文館 昭和18年10月25日発行

「三菱鉱業社史」


「南方圏の資源 第一巻 マレー編」 小林 碧著
日光書院 昭和17年5月25日発行

「蘭印事情」 小笠原 長ひろ著
羽田書院 昭和15年9月18日発行

「南方産業技術要覧」 南方産業技術要覧編纂会
山海堂 昭和19年6月20日発行


 付録1

 タングステンカーバイト切削工具に関連して、砲身のボーリングの話が「回想の譜 光海軍工廠」工廠会 昭和59年10月31日発行と「陸戦兵器総覧」に書いてあります。また「名古屋陸軍造兵廠史・陸軍航空工廠史」で薬莢をつくる搾伸臼に鉄薬莢の場合、超硬質合金を使用したとあります。

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