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内山節 『時間についての十二章』(岩波書店) よりTPP農業問題によせて
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/878.html
投稿者 okonomono 日時 2010 年 10 月 26 日 01:27:54: ufgCmUGS6CG6M
 

内山節 『時間についての十二章』(岩波書店) より

[以下引用]

山間地農業の農業所得は低い。合理的な経営を考えるかぎり、山間地農業は経営として成り立たない。なぜなら農業労働の一時間あたりの所得を計算すると、一労働時間によって得られる経済価値は、社会的な平均に遠く及ばないからである。農業を時間労働と経済価値の関係からとらえるなら、少なくとも山間地では農業をつづける理由はない。時間の合理性の破綻は、経営の合理性の破綻をも意味している。

といっても私の知るかぎり、専業農民に戻った上野村の高齢者たちは、不満をいだきながらそうしているわけでもないのである。なぜなら農民に戻り、村人の時間世界を取り戻していくことは、客観的な時間の支配からの解放としても意識されているのだから。時間から経済的合理性を追放したとき、はじめて村人は自然と結びあえる時間世界を、あの循環していく村人らしい時間世界を回復していく。

合理的な時間世界からの離脱は、経済的合理性からの離脱を伴いながら、村人たちに時間の自由を回復させていった。そしてここには、近代的産業と伝統的職業との根源的な対立があるのである。近代的産業、すなわち近代的商品生産は、時間価値の客観化と合理性を基礎にして展開している。ところが伝統的職業は、その職業に特有な時間世界につつまれて展開するのである。

実際農民たちは、農業は近代的産業のひとつなのか、それとも伝統的職業なのかという問いかけに、日々追いかけられている。もし前者であるなら、農業もまた時間価値の合理性を確立しなければならない。それを追求すれば、少なくとも山間地農業のほとんどは崩壊するしかないだろう。では農民は、もともと農業がもっていたような伝統的な時間世界のなかで生きていけばよいのだろうか。だがそれを求めれば、今日の社会の仕組から離脱することになりかねない。

この矛盾のなかで、農民は気持の半分のなかで農業経営の合理性をつくりだそうと努力し、また気持の半分のなかではそれをこえた大地と作物の世界のなかで農業を営む。

上野村の若い農民たちに言わせると、この村は水田が一枚もなく、農地の狭いことが幸いしたのだという。それがゆえに、戦後の農業政策は、上野村を相手にしなかった。稲作の近代化も、畜産団地づくりも、果樹や野菜の産地形成も、村の外でのできごとであった。すなわち農業に労働時間の経済価値を確立しようとする農業近代化は、この村では実現しなかったのである。

それは結果として伝統的な農民の暮らしを持続させた。まずもって農業は自家消費用の作物をつくるために営まれる。第二にその作物は山村社会のなかで分配される。そしてそのうえで換金作物がつくられる。とともに暮らしは所得の範囲内で営まれるのである。一労働時間あたりの所得がいくらになるかは計算されていない。集落機能が維持され、伝統的な農業と暮らしの関係が守られていれば、少ない所得でも暮らせるのが伝統的な農村である。すなわちここでは、労働時間に経済的な価値を求める近代的な営みとは異なって、作物を育てながら暮らす農家の伝統が持続された。

いまの上野村の若い農民たちは、この伝統的な労働と暮らしの関係に、都市とは異なる山村の文化をみいだしてきた人々である。だから彼らの目には、耕地の狭いことが、つまり農業の近代化をとげようもなかったことが、かえって山村的な労働と暮らしのかたちを維持させてきたように映る。

確かにそうなのであろう。だが近代的な時間価値とは異なる時間世界のなかで生きることは、農民たちに多くの困難を強制してきたことも確かなのである。それは急速な村の過疎化をすすめ、今日では近代的な時間価値に意識的に対抗する者と、もはや時計の時間の世界から離脱することを許された高齢者たちによって、この村の農業は担われるようになってきた。

[以上引用]

(内山節 『時間についての十二章』 岩波書店 1993年 205-206ページ)


[以下投稿者コメント]

引用文中に出てくる上野村というのは、1985年に日本航空123便の墜落現場となった群馬県多野郡上野村のことだ。内山節は1970年代から上野村に通って畑仕事や釣りをし、大晦日もすごしているようだ。

引用文中にも書かれている通り、上野村では農業の近代化が実現しなかった。だから日本の農業の現状を知るうえではほとんど参考にならないだろう。しかし、最近のTPP関連のニュースをみるにつけて、本書の内容が思われてならない。

農業を重視する立場からは農家の戸別所得補償制度が、経済成長を重視する立場からは農業を含めた産業構造の転換が主張される。それらにたいし、本書の立場は前者ですらあるまい。それだけに、今後取り残されていくであろう国内産業とそれに従事する人々の行く末について、ひとつの示唆を与えてくれる。

上野村の特殊な財政状況について付言しておくと、東京電力の上野ダムからの税収によって 「2006年度以降地方交付税の不交付自治体となっている」 (ウィキペディア「上野村」)。  

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コメント
 
01. 2010年10月26日 09:12:42: TCRibQAyZo
PTTの間違いだと思いますが、
PTT加盟問題は単に農業に限らず日本という国のアイデンティティーの崩壊、
伝統・文化の崩壊につながる。国家存亡の危機を迎える問題だ。
若者はアメリカの傭兵になるしか生きる道がなくなるだろう。
しかも、がま口は自分持ちで。

02. 2010年10月26日 10:53:03: TCRibQAyZo
失礼。小生の方が間違いでした。
TPPですよね。

03. 2010年12月01日 21:44:17: C6fsTqsMag
資本主義経済の世界の中で時間の継続を必要とする自給的な農業を営む事は現在という現実を否定しなければ実現しないのかもしれません
TPPの問題に直面して 農家として改めて思い知らされています

時間についての十二章読ませて頂きます


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