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残酷さを増す世界、国家主権とは何か
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投稿者 sci 日時 2011 年 5 月 26 日 20:53:54: 6WQSToHgoAVCQ
 

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/9134
残酷さを増す世界、国家主権とは何か

リビア、コートジボワール、パキスタン、イラク、スーダン…
2011.05.26(Thu)  竹野 敏貴

まずは、簡単な問題を1つ。「今、一番新しい国はどこでしょう?」

 「南スーダンかな? だけど、7月独立宣言をする“予定”だからまだか」

 「コソボ?」

 「いや、そのあと、ロシアに後押しされてグルジアから独立宣言した南オセチアやアブハジアもあるぞ」

 「最後に国連に入ったモンテネグロだ」
世界で50カ国以上が承認する国を日本はなぜか知らんぷり

 いろいろと考えてしまうが、日本国民にとっての正解は、意外にも「クック諸島」である。ニュージーランドと自由連合制を取り、二十数カ国にしか国家承認されていない国連未加入のこの「国」を、3月25日、日本政府が国家承認したからである。

 ハローキティの硬貨を発行したことで日本人にはそれなりに馴染みある地とはいえ、東日本大震災後の大変な時期に、なぜ承認したのかという理由は伝わってこない。

 その一方で、世界で50カ国以上が国家として認めているのに、日本は知らんぷりを続けている西サハラからは全権大使が来日し東北の被災地を訪問したのだが、国家承認するという話は聞こえてこない。

 コソボの時と同様、はっきりとした独自の主張を持った基準は見えてこないが、とにかく自分が国籍を持つ国が承認したものが自分にとっても国、ということになるのである(そういう意味では、日本人にとって北朝鮮は国ではないことになる)。

 「国」というものを考える時、基本となるのが「ウェストファリア・システム」と呼ばれる国家主権が確立された体制である。

 16〜17世紀にかけてヨーロッパを焦土と化した宗教戦争が30年戦争をもってようやく終結した際、ドイツのウェストファリア(ヴェストファーレン)で結ばれた講和条約の精神に則るものだ。
 争いの種となったカトリックとプロテスタントを同権と認めることに始まり、国家がお互いの領土を尊重したうえで、内政干渉を控えることにしたのである。

 この時、講和が成立した大きな要因と言われているのが、戦勝国の1つ、スウェーデンの寛容性。時の女王クリスチナが声高な自己主張を控えたことで、ヨーロッパ世界のバランス・オブ・パワーが保たれたのである。

 スウェーデン出身の伝説の美女グレタ・ガルボが『クリスチナ女王』(1933)で、王位にさえも固執せず、信念を貫き通す聡明な女王を魅力いっぱいに演じている。

 そんなクリスチナはイングランドの護国卿、オリヴァー・クロムウェルと同盟を結び、「バルト帝国」と呼ばれる大国としての地位を固めるのにも抜かりはなかった。

 しかし、そのクロムウェルはと言うと、映画『クロムウェル』(1970)で描かれたように共和制を勝ち取った功績は多大なものだったが、寛容性という意味ではクリスチナとは対照的だった。

 その頃始めたアイルランド侵略でカトリック教徒を徹底的に弾圧、北アイルランドで今にまで続く宗教対立をつくり出してしまったのである。
オランダのハーグに設立された国際刑事裁判所
コンゴ共和国の首都キンシャサ。後方に見える大河はコンゴ川

 こうして、国家の自律性こそが是という世界になってしまうと、他国で人権侵害行為が行われていることが「明らかと思われる」時、国際社会はどこまで介入できるのか、決めることが難しくなる。

 そこで、そうした困難な判断をする機関として、オランダ、ハーグに開設されたのが国際刑事裁判所(ICC)。「人道に関する犯罪」「ジェノサイド」「戦争犯罪」といったものに対し、個人の刑事犯罪を裁くことを目的としたものである。

 そのICCで初めて本格的公判が行われたのが、2009年1月のこと。コンゴ民主共和国の「コンゴ愛国者同盟」なる民兵武装勢力のトマス・ルバンガ元指導者が、15歳未満の子供たちを誘拐などしては兵士に仕立てあげ、戦闘に参加させていた罪を問われたものである。

 1998年に始まった紛争では、こうして3万人以上の子供が、兵士として敵の殺害や略奪、放火といったことを強いられていたのである。

 オムニバス映画『それでも生きる子供たちへ』(2005)には、そんな少年兵たち同様、戦渦のルワンダで兵士として生きることを余儀なくされた少年の苛酷な現実が描かれている。

ルワンダの首都キガリにあるジェノサイド・メモリアルセンター。犠牲者名が記されている

 ルワンダと言えば『ホテル・ルワンダ』(2004)で世界中に知られるようになった民族紛争により、80万人にも及ぶ「ジェノサイド」が起きた地だが、コンゴ民主共和国とは東部で国境を接している隣国。

 このコンゴでもルワンダ同様の民族対立があり、子供たちが戦わされた紛争の大きな原因ともなっていたのである。

 そんなコンゴでも2009年になってようやく和平が成立し、治安は徐々に回復に向かっている。しかし、今年に入ってからも首都キンシャサで武装勢力が大統領官邸を襲い銃撃戦となるなど、まだまだ、安心して外を歩けるような状況にはなっていない。

 その一方で、あれだけの大虐殺があったルワンダの治安は極めて良好となり、今やアフリカ随一の治安の良さを誇るまでになっていることには感動さえ覚える。

 そんなルワンダの首都キガリには「ジェノサイド・メモリアルセンター」なるものがあり、ルワンダでの虐殺ばかりか、世界中の「ジェノサイド」とされる事件の様子を伝える丁寧な展示がある。そこの売店で見かけたのが「Rwandan survivors sing for Darfur」なるCD。
日本人がほとんど気にもかけないダルフール
Rwanda survivors sings for Darfur のCDジャケット

 ルワンダの悲劇を乗り越え今では平和な生活へと戻ったミュージシャンたちが、今、悲劇の真っ只中にいるスーダンのダルフール地方の人たちに捧げたものだ。

 「世界最悪の人道危機」と言われて久しいダルフール紛争だが、日本での関心は全くと言っていいほどなく、ダルフールとはどこなのかも覚束ないというのが現実だろう。

 スーダンは米国ビル・クリントン政権時代にテロ支援国家に指定され、1998年には、テロリスト訓練施設とされた地域(スーダン政府は医薬品と飲食品の工場だったと主張)が空爆されたこともある。

 こうしたこともあって、建国以来、断続的に続いていた内戦と相まって、日本人ばかりか欧米人の足も遠のく中で、中国は進出を続けた結果、今日、スーダンの石油企業をはじめとした看板の多くに漢字が踊っている。

 スーダン政府とつながりが強くなった中国政府に対し、北京オリンピックの頃、外交圧力によるダルフール紛争終結を期待する旨の書簡をスティーブン・スピルバーグ監督が送ったことが話題となったが、効果は全くなかった。

スーダンの砂漠地帯 今も多くの人々の生活は家畜とともにある

 2003年から続くこの紛争は今も収まることはなく、スーダン政府がジャーナリスト規制しているために地域の現実を見ることすらなかなかできない。

 そんな中、アフリカ連合の監視役としてダルフールへと向かった元海兵隊員の米国人が撮った『馬に乗った悪魔』(2007/日本未公開)で見せる苛酷な現実の映像は実に貴重である。

 しかし、日本では公開されることも、そしてDVD発売さえもされることのない関心の低さには淋しくなってしまう。

 そのスーダンでは、南スーダンの分離独立の可否を問う住民投票が今年の1月行われた。しかし、そんなニュースを聞いても多くの日本人はピンとこなかったことだろう。

 西部のダルフールでさえも覚束ないのに、それとはまた違う南スーダンのことだからである。
帰属のはっきりしない油田を抱え争いはエスカレート

 列強によるアフリカ分割の固まった19世紀末に始まる英国によるスーダン支配は、エジプトを介した間接支配となった北部のアラブ系イスラム教徒と、直接支配しキリスト教の影響が強くなった南部のアフリカ系住民とを分離したものだった。

 そんな分裂状態は、1956年に独立してからも続くことになり、相容れない南北は内戦を断続的に展開することになるのである。

 住民投票の結果は当然のごとく、圧倒的多数が独立を支持した。強硬姿勢で知られるオマル・アル・バシール大統領も結果を認めざるを得ず、7月にはめでたく独立する運びとなった。

 しかし、その境界となるアビエ地方は油田が豊富な地域であるにもかかわらず、帰属がはっきりしていない。そのため情勢は不安定さを増すばかりだった。

 ついには戦闘へと発展、5月22日には、政府軍が戦車15台を展開し多数の死傷者を出す事態となってしまった。

 そのバシール大統領には、現在、ICCから逮捕状が出ている。ダルフール紛争での人道的犯罪により、2009年に発行されたものだ。

 しかし、現役の国家元首を国際機関が訴追するということになると、まさに「国家主権への不可侵」というウェストファリア・システムに則る国際社会の基本前提が崩されてしまう。

 そんなジレンマにICCがどう対処していくのか、否が応でも注目が集まるが、2年経った今も何ら進展を見せていない。

 そんな中、5月16日、ICC主任検察官は人道に対する犯罪容疑で、今度はリビアのカダフィ大佐の逮捕状を請求したことを発表したのである。

 現在、日本を含めて114カ国がICCと締約している。しかし、こうした罪を国際社会が裁くことに対しては、自国の国益が損なわれる恐れがあるとして距離を置く国も少なくない。
ICCと距離を置く核保有国

 そして、そんなスタンスを崩さないのが、米国や中国、インド、パキスタンといった核保有国、そしてリビアやイスラエルといった国際社会で問題を抱える国々なのである。

 近年の紛争では、国家主権というものを果たしてどこまで認めているのか疑わしい軍事行動も珍しくない。旧ユーゴ紛争、9.11後のイラク侵攻、そして、先日のパキスタンにおけるウサマ・ビンラディン殺害などはその最たるものである。

 さらには、コートジボワールで、抵抗を続けるバグボ前大統領に対する攻撃にPKO部隊が参加していたことに対し、潘基文国連事務総長の「PKOは常に中立というわけではない」主旨の発言があったという事実も、重くのしかかってくる。

 ウェストファリアを起点として、「世界はすべて善である」との師の言葉を信じ、時空を超えて世界中を彷徨し続ける主人公「カンディード」が活躍する映画『ヤコペッティの大残酷』(1975)は、ピカレスク小説「カンディード」の翻案である。

 その原作は、創造主である神の善意で形作られているはずの世界が、1755年のリスボン大地震で無残にも崩れ去る現実を目の当たりにし、神学的常識への疑問を持つようになったヴォルテールが著したと言われているものだ。


傭兵となり戦い、異端審問で処刑されそうになり、と災禍に見舞われ続ける主人公が行き着いた先は、宗教闘争に明け暮れる北アイルランド、そしてパレスチナ。

 映画の製作された1975年という時代にアレンジされたヴォルテールの世界は、確かに邦題通り「大残酷」なものだ。

 それからさらに36年を経た今、東日本大震災は起こった。北アイルランドは沈静化しているものの、パレスチナは依然として混乱のままである。

 日本、イラク、アフガニスタン、リビア、スーダン、コンゴ、コートジボワール・・・と、カンディードが向かわなければならない地は増える一方である。

 そして、すべての起点だったはずのウェストファリアでの国家主権の尊重という礎さえも危うい「大残酷」な世である今、大震災による激変でヴォルテール同様過去の常識への疑問を持たざるを得ない我々は、カンディードのように幾多の災禍を免れ続けることができるのだろうか・・・。

(本文おわり、次ページ以降は本文で紹介した映画についての紹介。映画の番号は第1回からの通し番号)
(371)クリスチナ女王 (372)クロムウェル人 (373) それでも生きる子供たちへ
(374) 馬に乗った悪魔 (375)ヤコペッティの大残酷
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/9134?page=6  

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