★阿修羅♪ > 音楽3 > 293.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
山谷(やま) やられたらやりかえせ   
http://www.asyura2.com/10/music3/msg/293.html
投稿者 愚民党 日時 2010 年 9 月 29 日 03:16:29: ogcGl0q1DMbpk
 

(回答先: キャンディーズ 春一番 投稿者 愚民党 日時 2010 年 9 月 29 日 02:58:11)

出版社/著者からの内容紹介

やまさん--みんながそう呼んだ日雇い労働者運動の担い手・山岡強一。86年1月凍てついた新宿の路上で彼は右翼の凶弾に倒れた。真摯な思考過程を明かす遺稿集。

内容(「BOOK」データベースより)
日雇い労働者運動の担い手・山岡強一。1986年1月、凍てつく新宿の路上で、彼は右翼の凶弾に倒れた。あれから10年、「過去は現在の裡にあり、我々は過去を生きつつ、同時に現在を生きている」ことを明かす遺稿集。

http://www.amazon.co.jp/%E5%B1%B1%E8%B0%B7-%E3%82%84%E3%81%BE-%E3%82%84%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%89%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%8B%E3%81%88%E3%81%9B-%E5%B1%B1%E5%B2%A1-%E5%BC%B7%E4%B8%80/dp/4773895179  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 陣中見舞い 2010年9月29日 19:15:39: 3pEdi1PI5rkGQ : E1XQiUqBr6
「やま」といえば、先に愚民党さんの既投稿である、岡林信康の、この歌。
http://www.asyura2.com/10/music2/msg/565.html
これが68年。
キャンディーズ解散が78年。
やまさんが凶弾に撃たれたのが88年。
この20年間に何があったのかね。
岡林の背景の鉄骨がビルに成り、中のテナントが移り変わったのは間違いないよ。

象徴的なコメントを貼り付けときます。

この歌、飯場でオンボロギターで歌いました。
ボロボロと泣く人が居ました。弱い者が
力を合わせ、肩を寄せ合い、誰を恨む事無く
明日の夢を見ていました。そんな「世間のクズやん」
と、蔑まれるけれども「これだって世間の為や」と
誰もやりたがらない、きつい肉体労働を
酷い搾取や理不尽な扱いであっても「これは他人様の為、
世の為」と、耐えて忍んだ人の屍の上に、今の繁栄が
有るのを、どうか、忘れないで下さい。 この歌は「忘れない為に」
聞く歌です。

よくぞ見つけたものです。
あの頃は、どんに人間にも夢があったような気がします。
団塊の世代、真ん中です。

建築労働者は太古の昔から人類最高の聖職だった。ピラミッド石工­団は今でこそフリーメーソン、メソン・リーなどと陰謀のクランに­されるが、本来は、人の心にも現実の中にも、崩れ去ることのない­絶対幸福『永遠の安定』を築く秘技秘伝をまもりつたえてきた。 イエスはナザレの大工の倅、モーセはファラオの一員でありピラミ­ッドなどの建築設計士。これら幸福の建築家の秘技秘伝こそが大切­になるだろう。

あっしの生まれ育った場所なので、良く知ってるけど、都市再開発で、今や往時を偲ぶのは困難。

岡林の歌詞に答、ありますね。


02. 陣中見舞い 2010年9月29日 20:11:53: 3pEdi1PI5rkGQ : E1XQiUqBr6

最後の二行は私のもの。

訂正
 やまさんが凶弾に撃たれたのは86年です。 


03. 愚民党 2010年9月30日 02:40:39: ogcGl0q1DMbpk : Z24EfJZFQU
陣中見舞いさん。

コメントありがとうございました。


04. 2012年1月26日 02:04:26 : bQwKJlscJc
「耐えて忍んだ人の屍の上に今の繁栄があることを、どうか忘れないで」
その通りです。
今現在も、原発事故現場で身を挺して作業している皆さんがいます。
その日当はといえば・・・・。
chickenな自分でも何かできることがないか?と思っています。

05. 2014年2月16日 13:58:44 : dv6kljamIQ
泪橋って元々は小塚原刑場から来ているんですか?
気になって検索したらwikiで出てきてしまって、なんだか身も蓋もないというか
陣中さんの話の続きで聞いてみたかったです

少し前に、同タイトルのドキュメンタリー映画の上映会に行きましたが
ガードレールをくぐり抜けて泪橋に至り、佐藤満夫監督が刺殺されるシーンに始まり、山谷の春夏秋冬を通して、日雇い労働者の日常や、労働争議の様子が淡々と映されている、異様なものでした。この映画を引き継いだ山岡さんも完成後直ぐ狂弾に倒れ、2名の監督が亡くなっている事、映画で腹はふくれぬが・・・という佐藤さんの言葉、そういう強烈でわかりやすい部分だけ記憶に残りました。
当時の時代背景やこの二人の監督や関係者の血脈を全く知らずに観に行ってしまい、どこかに着地点欲しいと思うものの、まとまらないままです、
>この歌は「忘れない為に」聞く歌です。
という一文が、響きます


  拍手はせず、拍手一覧を見る

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
 コメントの2重投稿は禁止です。  URL紹介はタイトル必須
ペンネームの新規作成はこちら←  最新投稿・コメント全文ページ
フォローアップ:

このページに返信するときは、このボタンを押してください。投稿フォームが開きます。

 

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 音楽3掲示板

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。

     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 音楽3掲示板

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧