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 警察・検察による多数の冤罪事件、戦前の特高警察の悪徳が戦後も継続 !
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/3671.html
投稿者 青木吉太郎 日時 2015 年 2 月 22 日 13:15:54: jobfXtD4sqUBk
 

   警察・検察による多数の冤罪事件、戦前の特高警察の悪徳が戦後も継続 !

公明党が全国支援・連立・自民党体制の正体 !

1998年前の公明党路線・自民党の一党支配を打破し、新政権軸を目指す !

(blog.goo.ne.jp/.: 2013-11-30 より抜粋・転載)


★特定秘密保護法

 警察・検察による有名な冤罪事件をまとめてみました。現在でも証拠捏造・隠滅、でっち上げや誤認逮捕などが横行している中で、特定秘密保護法が成立してしまうと、違反理由が具体的に知らされないまま逮捕されたり、警察の不祥事が闇から闇へと葬り去られてしまう危険が非常に高まります。

 以下の事件のうち、横浜事件は戦前の特高によるものですが、免田事件以降は戦後です。「無罪推定」「疑わしきは罰せず」とはかけ離れており、見込み捜査で長期間の拘束を強い、長時間の取り調べで自白に追い込むやり方は日本の警察・検察の常とう手段となっています。
さらには、調書のねつ造に証拠の改ざん、証拠隠しなどで意図的に無実の市民を犯罪者に仕立て上げ、多くの冤罪事件を作り出しています。

 ここで挙げた多くは死刑や無期懲役などの凶悪犯罪での冤罪事件で、無罪が確定した足利事件と同時期に起こった飯塚事件のように、再審請求準備中に死刑が執行されてしまった例もあります。

最近でも障害者郵便制度悪用事件、パソコン遠隔操作事件、堺署公務執行妨害事件における調書捏造事件など無数の冤罪事件が起こっています。

また、葛飾共産党ビラまき逮捕事件や立川反戦ビラまき逮捕事件のように公安警察が数ヶ月も前からビデオ撮影するなど周到に準備して活動家を逮捕する、市民運動つぶしの露骨な弾圧もあります。
 
 真犯人を見つけるのではなくいかに犯行を自白させるかに重点を置いた自白偏重主義や成果主義、競争主義など多くの問題がある警察・検察にさらに強大な権力を与える秘密保護法は極めて危険です。今でも冤罪を晴らすには非常な困難があるのに、秘密保護法案が通れば、警察・検察に証拠を開示させることができなくなり、冤罪からの救済は絶望的な状況となります。

★横浜事件

 1943年、特高は1枚の記念写真を「日本共産党再建準備会」と決めつけた。改造社、中央公論社、朝日新聞社、岩波書店、満鉄調査部などの関係者約60人が次々に治安維持法違反容疑で検挙された。神奈川県警特別高等警察(特高)は被疑者を革や竹刀で殴打するなどすさまじい拷問を加えた。4人が獄死。殺されないための虚偽の自白が有罪の根拠となった。

 横浜事件の遺族と支援者でつくる「横浜事件を語り、伝える会」のスタッフで、出版社「高文研」前代表の梅田正己さんは「人々を問答無用に検挙した治安維持法は『目的遂行ノ為ニスル行為』という条文が拡大解釈された。行政の長の一存で秘密の指定ができる今回の秘密保護法案は、権力の側が恣意的な運用ができる点で本質は同じだ」と指摘している。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1311260002/

★免田事件

 1948年12月、熊本県人吉市で殺傷事件が起こった。翌年1月、免田栄さんが連行され、拷問を受け、警察の言うがままの「自白」をしてしまう。裁判で無実を主張したが、1950年に1審で死刑判決、1952年に最高裁で死刑が確定した。
無実の死刑囚として獄中から再審を訴え、1981年に再審開始、1983年7月に無罪判決を勝ち取り釈放された。獄中に34年6カ月拘禁されていた。

★財田川事件

 1950年2月に起きた強盗殺人事件で、谷口繁義さん(当時19歳)が逮捕され、約2ヶ月の厳しい拷問の末、強要された自白により死刑判決を受ける。唯一の物的証拠とされたズボンが検察側によるねつ造で、自白調書も偽造されたものだった。
再審の結果1984年3月、高松地裁は無罪を言い渡し、谷口さんは獄中生活34年目にして無罪放免された。

★梅田事件

 1950年および1951年に発生した2件の強盗殺人事件で生じた冤罪事件。死刑判決を受けることになる犯人の虚偽の自白により梅田義光さん(当時28歳)は逮捕され、殴る蹴るの暴行を受け、自白を強要された。自白を根拠に無期懲役の判決が確定。仮出所後、発生から36年後に再審による無罪判決。

★島田事件

 1954年3月、静岡県島田市で6歳の女児が遺体で発見された。疑われた赤堀政夫さん(当時25歳)が法的に正当な理由も無く身柄を拘束され、島田警察署で拷問を受け、被害者の女児を性犯罪目的で誘拐し殺害したとの自白を強要された。
1958年5月、赤堀さんに死刑判決。1960年12月、最高裁判所は上告を棄却し、赤堀さんの死刑判決が確定した。
しかし、赤堀さんが供述した殺害方法が鑑定と異なり、1989年7月、再審の静岡地裁は無罪判決をした。1989年8月、検察官は控訴を断念し、逮捕から34年8ヶ月後、死刑判決確定から29年8ヶ月後に赤堀さんの無罪が確定した。

★松山事件

 1955年10月、宮城県志田郡松山町の農家が全焼し、刀傷らしきものが認められる焼死体が発見された。殺人および放火の犯人として斎藤幸夫さん(当時24歳)が拘束された。
取調べで自白しては、撤回を繰り返していたが、警察は留置所にスパイを送り込み、「警察の取調べで罪を認めても、裁判で否定すればいい」と斎藤さんに言って自白に追い込んでいたことが判明。

また証拠とされた男性の掛け布団の血痕は、警察の捏造であるとされた。
1957年10月、仙台地裁で死刑判決。1960年11月に最高裁で上告が棄却、死刑が確定。1984年7月11日、無罪判決。28年7ヶ月の獄中生
活に終止符が打たれた。

★狭山事件

 1963年5月、埼玉県狭山市で女子高校生が遺体となって発見された。警察は「あんなことをするのは部落の者に違いない」という差別意識を持って、市内の被差別部落に見込み捜査を集中。
石川一雄(当時24歳)さんを別件逮捕し、ーか月にもわたる強引な取り調べでウソの自白をさせた。一審では罪を認めたが、それは警察が石川さん一家の生計を支える実兄を「逮捕するぞ」と脅かし、自供すれば10年で出してやると約束したためだった。

しかし、一審の死刑判決後、騙されたことを知った石川さんは一転して冤罪を主張。
その後、無期懲役刑が確定して石川さんは服役、31年7か月の獄中生活を余儀なくされた。1994年12月、再審請求中に仮出獄、現在、東京高裁に証拠開示と第3次再審請求を申し立てている。
 
★袴田事件

 1966年、静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件。逮捕した袴田巖さん(当時30歳)への取調べは過酷をきわめ、炎天下で平均12時間、最長17時間にも及んだ。

さらに取調べ室に便器を持ち込み、取調官の前で垂れ流しにさせるなどの虐待を行った。
睡眠時も酒浸りの泥酔者の隣の部屋にわざと収容させ、その泥酔者に大声を上げさせるなどの安眠妨害を行った。そして勾留期限がせまってくると取調べはさらに過酷をきわめ、朝、昼、深夜を問わず、2、3人がかりでの棍棒を使った殴る蹴るの取調べになっていき、袴田さんは勾留期限3日前に自供へと追い込まれた。裁判で死刑が確定した袴田さんは冤罪を訴え、再審を請求している。

★布川事件

 1967年、茨城県で発生した強盗殺人事件の40日後、桜井昌司さん(当時20歳)は別件逮捕され、アリバイを警察に握りつぶされたあげく、長時間の取り調べによって、虚偽の自白をしてしまった。自白を根拠に無期懲役が確定したのであるが、自白では両手で首を絞めたとしたが、実際には被害者は紐で絞殺されていた。

また、現場では毛髪が8本発見されている。鑑定書では毛髪は桜井さんのものでないことを証明していたのに、この鑑定書を検察側が隠していた。
鑑定書は2005年にようやく開示されたが、裁判所はこれらの証拠が裁判時に提出されていたら無罪になっていた可能性を指摘ている。2009年、再審が開始され、2011年5月、水戸地方裁判所土浦支部にて無罪判決が下された。

★足利事件

 1990年5月、栃木県足利市で女児が遺体となって発見された。犯人として逮捕された菅谷利和さんへの取り調べは酷かった。「証拠は挙がってるんだ、お前がやったんだろ」「早く吐いて楽になれ」と責められ、菅谷さんが無実を訴えても聞いてもらえず、「お前がやったんだ」と同じ事を繰り返し言われ続けた。

さらには、殴る蹴る、頭髪を引きずり回されたり体ごと突き飛ばされるなどの拷問に等しい暴行が横行した取調べ時間は15時間近くにも及んでいる。
逃げ場のなくなった菅谷さんはやむなく虚偽の自白をしてしまう。
起訴され、実刑が確定して服役を余儀なくされたが、遺留物のDNA型が菅谷さんのものとは一致しないことが2009年5月の再鑑定により判明、冤罪であったことが証明された。その後の再審で無罪が確定した。

(参考資料)

T 自民党の一党支配を打破し、新政権軸を目指す !

 (石田公明党委員長)

1993年7月、総選挙に臨む基本姿勢について、石田委員長は、「自民党の一党支配の下で、『政治腐敗が起こる 改革が叫ばれる改革が実現しない 選挙で政権が動かない また腐敗が起こる』というような“悪循環”が何度となく繰り返され、今まさに政治不信はその極に達している。
この『“悪循環”を繰り返してきた最大の原因』は、“自民党に代わる政権の受け皿がなかった”ということであると思う」と日本プレスセンターで発言しました。

さらに、「政治を刷新して、緊張感を持たせる、また、政・官・財の癒着を断ち切るには、どうしても二つの問題が重要になってくる。
1つは“政権交代のシステム”であり、もう1つは“抜本的政治改革”だ」
と主張しました。

政権を選択できる、二大政党制をつくりたい !

(1998年8月:浜四津敏子代表)


U 魚住昭氏の主張:

自民党権力に迎合・屈服した公明党

(魚住昭『差別と権力』講談社2004年、295〜296頁より抜粋・転載)
後に、野中広務元幹事長が、自公政権作りを成し遂げた後、有力支持者の1人が「どうやって学会・公明党とのパイプをつくったんですか」と野中に聞いた。すると野中はこう答えたという。

「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」と著書にしるしている


 

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コメント
 
1. 2015年7月23日 11:59:04 : sJwgT0OhTM

知っておこう!烏賀陽弘道の警察や検察(冤罪)から身を守る方法

ろくでなし子さんの釈放後の激白http://dot.asahi.com/wa/2014073000078.html?page=2を受けて、
烏賀陽弘道さんが2014.8.1に「警察や検察から身を守る方法」を連投してくれています。
強い者(法律)には弱く、弱いもの(市民)には強いのが警官です。

by 烏賀陽弘道  明日は我が身かもしれません。知っておいて自己防衛しましょう。
mumindaninoie138127 view142 コメント2392
http://togetter.com/li/700860


2. 2019年7月27日 17:28:22 : LY52bYZiZQ : aXZHNXJYTVV4YVE=[2326] 報告
不当に処罰を受ける犠牲者たち 世の中に存在する冤罪事件の数々
.
JRPtelevision
2019/07/26 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=WE849w6Y2co

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