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安倍政権下、日本が、戦争への道を転げ落ち 始めている時だから歴史を検証が重要だ !
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投稿者 青木吉太郎 日時 2015 年 5 月 15 日 16:13:59: jobfXtD4sqUBk
 

戦前の歴史を検証すれば、真珠湾攻撃が最大の愚策とわかる !

安倍政権下、日本が、戦争への道を転げ落ち始めている時だから歴史を検証が重要だ !

国家・軍隊や強大な組織が失敗を繰り返す理由 !



(「植草一秀の『知られざる真実』」:2015/05/11より抜粋・転載)


1)日米開戦の正体、「史上最悪の愚策を解き明かす」

5月13日、元外務省国際情報局長である孫崎亨氏による『日米開戦の正体――
なぜ真珠湾攻撃という道を歩んだのか』(祥伝社)。http://goo.gl/o1Jyta:が全国書店で発売される。

帯には「史上最悪の愚策を解き明かす」とある。タイトルを見るだけで強い関心をそそられる。

出版社による概要は次のものだ。「歴史上最悪の愚策といわれる「真珠湾攻撃」。
なぜ、日本は、勝てる見込みのないこの戦いを仕掛けたのか。
皇族、軍人、政治家、外務官僚といった、国策に関わった当事者たちの「生」の声を紹介しつつ、日露戦争の勝利から始まった「真珠湾攻撃への道」の真実に迫る衝撃の書、ついに刊行。」
著者の孫崎亨氏は、次の言葉を発している。


2)「真珠湾攻撃への道」の 真実に迫る衝撃の書 !

「この本の特色は、私の解説を主眼にしたものではないということです。
当事者の生の声をできるだけ紹介したいと考えました。
後世の人間が「後知恵」で解説するのではなくて、当時の人々自らの声で歴史を語ってもらいたいからです。

歴史にはいろんな選択肢があった、異なった道があった、その中で、なぜ真珠湾攻撃という選択をしたのか。
戦後70年の今こそ、日露戦争から真珠湾攻撃までの歴史を検証し、この「なぜ」を徹底的に考えたいと思います。日本は今、大変な曲がり角にいます。


3)なぜ真珠湾攻撃という選択をしたのか、歴史の検証が重要だ !

「こんな時代はなかっただろうか」と考えてみると、まさにありました。
真珠湾攻撃のときでした。

敗戦から70年。安倍晋三氏は、敗戦50年の際に村山富市首相が総括した、
「侵略、植民地支配、痛切な反省、心からのお詫び」の文字を消し去ろうとしている。

そして、日本国憲法の規定に違反する、集団的自衛権の行使を容認する、「違憲立法」
を強行しようとしている。
「平和主義」を捨て去り、「戦争主義」に突き進む安倍晋三政権。


4)戦前の歴史を検証し、正しい日本の進路を選択しなければならない !

私たちは、歴史を振り返り、日本の進路を誤らないようにしなければならない。
著者は、本書のなかでこう記す。「英国オックスフォード大学で、最も権威のある学部が
歴史学部です。

今日、歴史学に100名の教授陣を揃えています。
学部生1500名、大学院生500名、凄い規模です。
米国でも名門イェール大学の歴史学部は、最も権威ある学部で、学生の15〜20%が歴史を
専攻します。」私の高校時代の恩師が授業のなかで繰り返しこう述べた。


5)座標軸を定めるには、哲学と歴史を学ぶことが、必要不可欠だ !

人間が座標軸を定めるには、哲学と歴史を学ぶことが、必要不可欠である。
孫崎氏は、米国歴史協会のサイトに掲載されている、ピーター・N・スターンズ(歴史学者。ジョージ・メイソン大学教授)の論評、「なぜ歴史を学ぶか」(Why Study History?)が、一つの答えを出していると指摘する。

「歴史は人間や社会がどう動くかを示す情報の倉庫である」「人間の行動を実験するわけにはいかない。歴史こそ実験室といえる。

歴史だけが人間、社会の行動の広範な証拠を提供してくれる」歴史は人間社会がどう動くかを理解するために貴重なのです。歴史は、昔を知るためだけの学問ではありません。

今を理解するためです。孫崎氏はさらに続ける。なぜ今真珠湾攻撃を学びたいと思ったのか。


6)戦前の歴史を検証すれば、真珠湾攻撃が最大の愚策とわかる !

それは、真珠湾攻撃が、日本の歴史上最大の愚策だからです。
本書を読み進めると、真珠湾攻撃がなぜ「日本の歴史上最大の愚策」であったのかが浮き彫りになる。

この歴史の真実を学ぶことは、知的欲求を満たすことを目的とするものではない。
今の日本、今の日本の愚策を理解するために、歴史を見つめることが求められているのだ。

孫崎氏が一刻も早い本書の刊行を望んだのは、いま日本が、戦争への道を転げ落ち始めているからなのである。日露戦争から柳条湖事件を契機とする中国への軍事介入。

そして、日中戦争と三国同盟。南部仏印進駐と米国による石油輸出禁止。

7)安倍政権下、日本が、戦争への道を転げ落ち始めている時だから歴史を検証が重要だ !

真珠湾攻撃と日本国民の悲劇。歴史における「IF」の意味は、重大である。
結果に到達した時点で「IF」は、意味のないことだとされる。

しかし、歴史を学ぶ視点から見れば、その意味はまったく異なる。
現実というのは、常に、思考、判断、行動の連続である。

歴史に記録される事実は、その最後の「実行」による。

しかし、「実行」に至る過程に「思考」と「判断」がある。
歴史の検証においては、過去の時点における「思考」と「判断」を、詳細に分析することにより、現実に実現した行動とは異なる、別の行動の可能性を探り、その行動が取られた場合の結果を、シミュレーションすることができる。

8)過去の「思考」と「判断」を、分析する事、異なる「行動」の摘出が重要だ !

そして、多くの場合、異なる「行動」が、まったく異なる「結果」を生み出した可能性を、
摘出できるのである。

その「差異」を摘出し、そのことによって、歴史の時点における「思考」と「判断」の適否を
論じることが可能になる。

そして、その考察そのものが、今を生きる私たちにとっての大いなる指針になるのだ。
歴史を学ぶ意味は、この点にあると言ってよいだろう。
日本が真珠湾攻撃に至る際に、実は、冷静な分析、冷静な主張は存在していた。

―この続きは次回投稿します―

(参考資料)

T 国家・軍隊や強大な組織が失敗を繰り返す理由 !

「戸部良一・寺本義也等共著『失敗の本質』ダイヤモンド社」によれば、失敗の本質・理由は、以下の諸点である。

@無謬性のワナ、A情報参謀の軽視、B失敗を正視するリアリズムの欠如、
C官僚化した日本軍、D「権限への逃避」と「既成事実への屈服」、E集団主義原理
Fあいまいな戦略目的、G短期決戦の戦略志向と古い戦術への固執、
H主観的な戦略策定―論理的議論を排除、➉学習(反省・議論)を軽視した組織―教条的傾向の拡大、J積極論者の過失を大目にみる組織―猪突猛進性の助長、K統合的判断の欠如、L日本軍の「失敗の本質」とその連続性

帝国陸軍・海軍のケース

旧日本軍に対する戦後の批判は、下記に列挙するように、多様になされているが、その最たるものは、日本を建国以来の悲惨な敗戦に追い込んだ軍部(政治に高い見識のない特殊な専門家集団)の政治介入(シビリアンコントロールの否定)といえるだろう。
それは、真の戦争指導、ことに政略と戦略の関係、つまり戦争哲学の具体的研究といったものが十分でなかった陸軍大学校の教育に、その源を発していたということができる。

日本は、その騎虎の勢い・行け行けで綜合国力比、1対15のアメリカに決戦を挑んでいったのだ(なぜ敗れるべき戦争に訴えたかは他の研究に譲り、開戦した後の日本の「敗れ方」を究明する)が、当然のように戦争終結に関する成案は持っていなかった。

軍隊は、合理性と効率性を追及する組織の典型といってよい。        
にもかかわらず、敵国に関する情報も十分持ちえずに、また、本来的意味における戦略もないままに太平洋戦争に突入した。

そして、旧日本軍は、非現実的で非合理的な作戦を次々と敢行した。      
当然の帰結として「蹉跌の連続」になった[1]。

その結果、大東亜戦争における種々の甚大なる被害のうち、死亡者に限定しても、日本人で約310万人、アジアで約2千万人といわれる膨大な被害をもたらし、その悲惨かつ深刻な後遺症は、連綿と日本・アジア全般に存続し続けている。

しかし、その真実の公表・責任追及・総括・反省等は、敗戦後60年余、いまだに不十分である。


U 旧日本軍部の中枢=A級戦犯等が売国者=米国の子分では勝てる訳がない !  

    
「大本営陸海軍発表。帝国陸海軍は本日未明、西大平洋において、米英軍と戦闘状態に入れり」――昭和16年(1941年)12月8日、早朝ラジオの臨時ニュースは日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入したことを報じた。

日本はこの日より国家滅亡への道をひた走りに進んでいくのである。日本が米英を相手に戦いを始めたことは、大局的かつ戦略的な失敗であった。だが、はたして当時の日本に他の選択肢があったかと言えば、それはなかったとしか言いようがない。

明治以来、日本はアジア諸国を決して友邦として扱ってこなかったのみならず、アジア人を一段低いものとして「蔑視」すらしてきた。

中国や朝鮮と連帯するどころか、植民地支配を続け、抗日、侮日のナショナリズムを高揚させたのである。“日本はアジアの中で孤立し、ABCD(米・英・中・蘭)包囲網によって経済的に追いつめられ”ていった。

日本が描いた「大東亜共栄圈」の夢もアジア諸国の理解を得られたものではなく、「日本が西欧植民地にとって代わる」というスローガンでしかなかった。

満州事変を正当化した「王道楽土」の建設も、結局中国人には通用しなかったのである。
太平洋戦争はまさに「清水の舞台から飛び降りた」(東条英機)ものであった。

だが、太平洋戦争が勃発せざるを得なかったのは、英米等による、日本を戦争にひきずり込む、「数々の歴史の罠」と歯車が存在したからである。
“太平洋戦争は海軍が主体の戦争”であった。

アメリカを相手に戦って日本が勝つ見込みはほとんどなかったが、日本側にもし本来の高度な戦略とそれを実行する優秀かつ愛国心に燃えた将官がいれば、戦局は大いに違ったものとなっていただろう。

“日本帝国海軍の中枢は「欧米派」で色どられ、その内の主要な人物はユダヤ・フリーメーソン”ですらあった。

このため日本の海軍はあらゆる太平洋上の戦闘で不可思議な動きをする。
“それは、敵に手ごころを加え、まるで負けることを目的としたかの如き戦いぶり”であった。

また陸軍についても同様のことが言えた。大本営参謀本部の高級参謀たちはつねに「無謀極まる作戦計画」を立てては日本軍に多大な損害を与え、多くの将兵を失う結果を招来した。

陸軍参謀本部といえば陸軍大学を優秀な成績で卒業したエリート中のエリートである。
その彼らが、まるで痴呆のように拙劣な作戦を立案してはそれを強行し、日本軍に取り返しのつかない打撃を与え続けたのである。

“参謀本部のエリートたちもやはり日本を敗北に導くために「世界支配層」によって操られた者たち”であったのだ。

彼らの一部は“ユダヤ・フリーメーソンであり、またその一部はソ連と通謀した共産分子”であった。

国家としてあろうことか、日本はこのような「売国的戦争指導者たち」(その子孫が自民党体制の権力者によって太平洋戦争を戦わなければならなかったのである。
太平洋戦争は大きく分けると4つの局面で展開していく。それは「開戦・進攻」、「戦局反転」、「特攻・玉砕」、「斜陽・終戦」である。そしてそれぞれの局面で日本軍はいつも決定的な失策を犯し、戦局は暗転していくが、その失策を犯す人間は「ある特定の人物」であり、その人物の指導により日本軍は決まって壊滅的な打撃を受けるのである。

戦略や作戦に携った司令官や参謀たちの多くが無能であったという以上に、「敵と密通」し日本が敗北することを望んだ奸たちがいた”からに他ならない。

日本は戦う前にすでに敗れていたのである。



[1] 三根生久大『帝国陸軍の本質』講談社1995年、5〜8頁。

 

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