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Re: 渡邉良明・母と語る小沢一郎論 森田実HPより 平成の「大久保利通」――真の「地方の時代」に向けて
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投稿者 てんさい(い) 日時 2010 年 1 月 16 日 18:24:47: KqrEdYmDwf7cM
 

(回答先: 渡邉良明・母と語る小沢一郎論 森田実HPより 良き指導者は、良き人材を集める 投稿者 てんさい(い) 日時 2010 年 1 月 16 日 18:20:27)

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第17回(2007.1.19)

「希望」の持てる社会づくりを!


 1月15日〜16日の両日、民主党の定期党大会が開催された。小沢代表の「私の政治生命をかけて戦うことは、私の真情そのものであり、揺るぎない決意なのであります」との言葉が、胸底に響く。まさに、「時は、今」なのである。
 私は、自民党の「憲法改正」と民主党の「格差是正」とは今夏の参院選の争点に十分なり得ると考える。自民党は、「憲法改正」を争点にすることで、民主党の“分断”を図ろうとしていると言われる。
 だが、もしそれが事実なら、それは、まさに児戯に等しいと思う。むしろ、この争点を強調することは、かえって自・公間の(より厳密に言えば、公明党内部の)分裂になって跳ね返ってくる可能性もあろう。なぜなら、公明党員が真に誠実で、結党精神に忠実な政治家たちであるならば、潜在的に「護憲」や平和主義を貫く人々も多いはずだからである。だが、もし全党員が彼らの仰ぐ“一人の独裁者”の言いなりであるならば、その限りではない。
 しかし、何よりも、安倍総理を始めとする自民党首脳の発想は、国民の“生活感覚”から、完全に遊離していると思う。なぜなら彼らは、国民生活の窮状を看過して、「憲法改正」という単なる自党の党是を優先させているだけだからだ。無論、彼らも、「時は、今」と見たのであろう。だがまさにそれは、「本末転倒」と言える。
 第一、国民は目下、憲法改正などより、“今日の暮らしを一体どうするか”というほどに追い詰められている。まさに今の自民党は、緊急に外科手術が必要な患者に対して、薬の処方箋を「Aにするか、Bにするか」と思案している能天気な医者にたとえられよう。この際、全国の民主党員は、人々の切実な“生活不安”を切に膚で感じ取り、その解決策を日本国民に真剣に提示すべきなのではあるまいか。
 事実、“生活不安”を訴える人々が年々多くなっている。「老後の生活設計」に不安を抱く団塊の世代も多い。たしかに、“一寸先は闇”といった不安感や閉塞感がますます強まっている感じだ。
 安倍内閣の「支持率」が45%に落ち込んだ。40%の臨界点を超えるのも、そう遠い日ではないように思う。周囲を見渡しても、公園や空き地に住む路上生活者が日々増えつつあるように感じる。今、日本から失われつつあるもの、それは、人々の生きる“希望”ではないだろうか。

 民主党が人々に“希望を与える政党”である限り、その存在意義があると思う。だが、もし同党にそれだけの力も意欲もビジョンもないならば、もはや日本に存在する「価値」はないのではあるまいか。換言すれば、現在の民主党は果たして国民に“希望を語れる”政党だろうか? つまり、全国の民主党員は小沢代表の言われる“日常活動”に心底、熱心だろうか? 同時に、各民主党員は相互に真の“信頼関係”を確立しているだろうか? 正直、私は疑問である。
 少し飛躍するが、「信仰と希望と愛」――これはキリスト教の三元徳と言われる。聖パウロ(10〜67AD)が、後世、“いつまでも残るもの”として信徒に語ったものである。
 これは彼が、当時、迫害のもとに生きていた信徒たちに、生き抜く上で“大切なもの”として求めた人生の目標であり、かつ指針だと言える。彼自身はとりわけ“愛の大切さ”を説いた。だが、決して“希望の大切さ”を否定したとは思えない。むしろわれわれは、“希望”なしには、一日たりとて生きていけないと思うのだ。信仰を「信頼」と置き換えてもよいだろう。
 では、「信頼と希望と愛(=友愛・同志愛)」が、今日の民主党内に十分存在しているだろうか? 「私は疑問である」と、重ねて申し上げたい。
 私は先日、母に“希望”ということについて訊ねた。「お母さんは、希望ということについて、どう考えている?」と。すると母は、次のように答えた。
 「希望ということについて、普段、あんまり考えたことはないけれど、ただ、“生かされている”と実感して、毎日、感謝しながら生きているよ。私自身、一昨年、膝の手術をして以来、もう遠出はむずかしいけれど、庭の散歩ぐらいはできるよ。でも、たとえ自由に歩けなくても、私は本を読んだり、テレビを観たり、こうしてあなたと話をしたりして、十分幸せだよ。何よりも、小沢先生に関することをこのように自由に話せることは、私にとってまことに光栄な喜びであり、生きがいでもあるね。こうして、あなたと御国のことについて語れることが、ひと筋の光として、私の人生の最期の瞬間まで“希望”につながるような気がするよ。
 日本女性の平均寿命は86歳――私はまだ5年もあるね。でも、幸せに生きるためには、何より健康で希望を持たないといけないね。けれども今、私たち高齢者は本当に生きる希望を持てているだろうか? むしろ、年金生活で、一日一日を生き抜くのが精一杯だという高齢者が多いのではないかしらね。やはり、自民党の政治が貧困だという気がするね。人々(とくに弱者や高齢者)が希望を持ててこそ、政治の意味があるんじゃないかしら」と。
  この母の言葉は大変考えさせられる内容だった。たしかに私も、「弱者や高齢者」が希望を持てる社会づくりこそ、政治家の役割だと考える。しかし、こう考える政治家は、日本に一体どのくらいいるだろうか? そう多くはないような気がする。
 では、民主党の小沢代表は、どうだろう? 彼は、この問題について、非常に真剣に考えていると思う。事実、彼は、「高齢者が自身のために働ける雇用制度確立を」と題する論説文で、次のように書いている。
 《日本は高齢化社会を迎え、内政的には年金や医療、介護の問題が重大課題となっている。抜本的な制度改革は必要不可欠だが、これらは単なる予算的措置で解決できるものではない。僕は一度定年した後も、高齢者が自分自身の目標を持ち、打ち込める仕事を続けるべきだと思う。大切なことは「生きがい」を持ち続けること。人間は生きがいを失うと気力が抜けて病気になったりする。
 高齢者が人生にゆとりを持ち、最後の最後まで働くことができるシステムを整えていく。これこそ最高の高齢化対策だと思う。僕は以前から、六十歳を過ぎても働きたい者が働ける社会を目指して、定年退職した人については、官民とも一定比率の雇用枠を義務付けることを主張している。
  経済界には、将来の労働人口の減少を移民受け入れで対応しようという安易な意見があるが、僕は疑問だ。仕事内容や給与体系を見直して、高齢者や女性をうまく活用していけば労働者不足は乗り切れるはず。これこそ、社会保険制度と雇用制度の抜本的改革を一つにした案。省庁再編で厚生省と労働省が一つになったのだから、こうした政策が出てもいいはずだが、役人の発想は旧来の縦割りのままだ。
 ともかく、人間は自分のため社会のため国家のために、生涯、生きがいを持って働き続けることが重要。こうしたことは、国や社会が率先してバックアップしていくべきだろう》(『剛腕維新』、角川書店刊より)。
 このなかで小沢氏は、「大切なことは“生きがい”を持ち続けること」だと捉え、そのために、「仕事内容や給与体系を見直して、高齢者や女性の力をうまく活用していけば労働者不足は乗り切れるはずだ」と強調する。実際、こうした高齢者や女性たちの活躍で、たいへん生き生きと活動する会社や自治体が存在する。要は、やる気とやり方次第だと思う。
 小沢氏は、このような国民の熱意や努力を心底期待している。とりわけ彼は、上記の文章にもあるように、「人間は自分のため社会のため国家のために、生涯、生きがいを持って働き続けることが重要だ」と考えている。そして彼は、国民が生きがいを持って働き続けられる「職場」を創出するために、日夜腐心している。この小沢氏の見識や覚悟と同様なものを、安倍総理をはじめ自民党や公明党の政治家たちは果たして持っているだろうか? 甚だ疑問だ。私には、彼らは、どこか違う世界を見ているような気がする。正直、彼らには国民に“希望を語る”意欲も見識もないと思う。
 1月17日の自民党大会での安倍総理の演説をテレビで視聴した。だが、彼の言葉はまるで上滑りで、聴く者の耳には届けど、魂には響いてこない。まるで実体のない“影”が言葉を発しているような印象を受けた。たとえれば、山奥で聞く「木霊(こだま)」のような感じだった。彼が揮毫した「美しい国へ」も、言葉とは名ばかりで正視に絶えず、実に“醜い”と思った。彼の著書同様、よくも恥ずかしげもなく、公に晒せるものだ。正直、安倍氏の神経が私には理解できない。
 過日の始球式での彼の投球同様、まさに幻滅の代物である。私は、すべてが彼の政権自体を暗示している気がする。

 ところが問題は、決して高齢者だけにとどまらない。比較的若い人々にも、人生の悲劇は容赦なく襲いかかってくる。 
 先週1月12日夜、NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」という番組を観た。それは、“孤独死”の問題を扱った再放送作品だ。舞台は、千葉県松戸市にある昭和30年代に建設された大規模団地。その団地内の「孤独死予防センター」での愛と慈しみに満ちたボランティア活動を描いたものだった。同センターは現在、20名のボランティアによって運営されている。そのセンターの発足は、今から5年前、当時50歳の一人暮らしの男性が死後3カ月後に発見されたことへの深い反省にもとづいたものだという。
 現在、同団地には1500人以上の一人暮らしの男性が住んでいるとのことだ。なかには、懸命に働いても、日頃の無理がたたって病気を患い、それがもとで失業し、結果、離婚を余儀なくされた人も多い。現在、働くこともできず、生きがいも持てずに、一人淋しく死んでいく40〜60代の男性がかなりの数にのぼるという。この3年間で、65歳未満の男性が21人も亡くなったとのことである。
 ボランティア活動をする方々の言葉にもあったが、「人は一人では生きていけない」とか、「(私自身、連れ合いに先立たれ一人で苦しんでいたとき)団地の仲間に救われた」とか、「(一人には)重い荷物も、みんな(団地の仲間)で持ったら少しでも軽くなる」といった言葉が心に残った。このような心ある方々の努力や協力で、孤独な単身生活者の生活や“いのち”が守られているのだ。
 まさに、生活や“いのち”を守ることが真の政治ではあるまいか。つまり、自死を含めた死ではなく、あくまで人々に“生きる”ことを教え、“いのち”の尊さを伝えることこそが、政治の使命ではないだろうか。
 だが、今の自民・公明党の政治に、それだけのことができているだろうか? むしろ、人々の自殺を助長し、人間の生きがいを奪い、“いのち”や平和を脅かす政治を展開しているのが、今日の自公政治ではあるまいか。実際、彼らは、日本国民の幸せや富を、自党の存続や一宗教団体のさらなる発展のために犠牲にしているのではないだろうか。
 人々の苦しみや悲しみ、それに絶望に耳を傾け、彼らの心と身体を助け、救うことこそが、本来、政治のあるべき姿だと思う。
 小沢氏が若き民主党員に対して「より多くの人々の声に耳を傾けよ」と言うのは、“人々の悲しみや苦しみ、それに絶望にこそ真心を持って接しろ”という含意ではあるまいか。事実、小沢氏は、このような心で今まで多くの弱者や苦しむ人々に接してこられたと思うのだ。その意味で、彼は、まさに“情の人”であり、かつ“慈しみの人”だと思う。
 人々よ、どうか気づいてほしい。小沢氏の政治は、「理性」の政治である前に、何より、人の“いのち”を重んじる政治なのだ。それに、人々の「生活」を重視する彼の政治は、“人々が真に幸せになるのなら、自分はいつ死んでもよい”というほどの潔い“無私・無欲”の政治なのである。そこには、「この世のすべての人が幸せにならない限り、自分は決して幸せではない」と言い放った宮沢賢治の“慈悲の精神”が思い出される。
 それに、何より、小沢氏の掲げる政治はこの絶望的な日本の現状を直視した上で、あくまで、人々を幸せに導こうとする“希望の政治”だということである。それゆえ民主党は、何より、国民に“希望を語れる”政党であってほしい。つまり、人々が「希望」の持てる社会づくりをめざしてこそ、私は、民主党の存在意義があると思うのだ。


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第18回(2007.1.26)

「変われる」小沢・民主党 vs 「変われぬ」安倍・自民党


 今月21日(日)の宮崎県知事選挙で、元タレントのそのまんま東(東国原英夫〈ひがしこくばるひでお〉49)氏が、川村氏や持永氏に大差をつけて初当選した。この報せに接し、参議院自民党幹事長・片山虎之助氏は、「特殊な例だが、自民党も反省しなきゃいかん」と語った。これに対して、鳩山由紀夫氏(民主党幹事長)は、「無党派層の政治離れが進んでいるのは事実である」と、明確に述べた。
 どちらが、より優れた分析だろうか? 私は、明らかに鳩山氏であると思う。たしかに、政治に“魅力”がなければ、民心は離れる。だが、政治家が真摯に国民に関わるかぎり、人々は必ず応えてくれると思うのだ。
 このたびの宮崎県知事選挙でも明らかになったように、有権者はつねに政党や政治家、あるいは政治を語る者のタテマエではなく、“ホンネ”を求める。政治家は、“希望を語る”と同時に、それをあくまでホンネで語らなければならないと思う。25日(木)から始まる通常国会。国民が真に関心と期待の持てる論戦と、民主党の奮起を求めたい。

 ところで、「十人十色」や「百人百様」という言葉どおり、この世には、さまざまな人々がいる。だが大別すると、「変われる人」と「変われない人」がいるのではないだろうか。換言すると、この世には、“自己変革できる人”とまったく“自己変革できない人”という二種類の人間がいると思う。両者の違いは、結局、人間としての”自覚”の問題だと思うのだ。前者は、ものごとを柔軟に考え、自己を相対化できるが、後者は概して頑固で、自己を謙虚に振り返ったり、相対化したりできない。無論、「人物論」に独断や決め付けは許されないだろう。だが私は、小沢代表と安倍総理にはこの種の基本的な“違い”があると思うのだ。 

 先日、私は母に訊ねた。「お母さんは、小沢さんは、昔に比べて変わったと思う?」と。すると、母は次のように答えた。
 「小沢先生の主張やお考えは、昔と比べても、そんなに変わってはいないと思うよ。『日本改造計画』だって、今もって新鮮だし、大筋の考え方は、ほとんど変わっていないと思うね。たとえば、学校の先生はあくまで”聖職者である”というお考えは、今こそ、大事な視点じゃないかしらね。いつの間にか、学校の先生自身が自らを単なる“労働者”だと考えたことが、戦後教育の誤りだったのじゃないかしら。でも、先生方もあまりにも忙しすぎるのじゃないかとも思う。事務的な仕事が非常に多すぎて、子どもたちと直に触れ合う時間が少ないのじゃないかしらね。たしかに、一部には問題のある先生もいるだろうけれど、もっと子どもたちと向き合う機会をつくるために、先生方を助けて上げられるような方法はないものかね。 
 その点、政府の『教育再生会議』の方針は、現場の先生方を追い詰める結果になるんじゃないかしら。私は、何も学校の先生だけが悪いとは思わないよ。なかには、ひどい保護者もいるようだからね。私はむしろ、先生たちにこそ、真の“ゆとり”を与えるべきじゃないかと思うよ。そのような真の“ゆとり”のなかで、小沢先生は、子どもたちを正しく導くために、何より教師が人格を磨き、志と理想を持っていなければならないと考えていらっしゃるんじゃないかしら。これは、政治家についてもまったく同じことが言えると思うよ。その意味では、『教育者』観だけを見ても、小沢先生のお考え自体は、そんなに変わったとは思えないね。 
 もし変わったものがあるとするなら、それは、周りの人々に対する先生の態度や行動じゃないかしらね。お若い頃は、何だか、たいへん緊張しておられたような気がする。でも、今は違うね。とてもリラックスしておられ、非常に健康的だよ。私が言うのもおこがましいけれど、気力が充実している感じだね。今が一番、小沢先生本来の姿が出ているんじゃないかしら。先生が元気でいらっしゃることが、私は何より嬉しいよ」と。  

 昨年、政治的な意味で大変衝撃的だった「言葉」は、小沢氏が、民主党の代表選挙で語った「まず、私自身が変わらなければなりません」という言葉だったように思う。この一言は、多くの民主党員の心を動かし、代表選の帰趨を決した。
 だが、そればかりか、自民党の国会議員や国民にも多大の衝撃を与えた。なぜなら、あの自信に満ち、時に傲慢不遜にさえ見えた小沢氏が変わろうなどと、誰も思ってもいなかったからだ。第一、彼が、このような言葉を口にすること自体、国民の誰一人として、予想だにしていなかったのではあるまいか。
 あの時、“何かが動いた”のである。テレビのニュースでは、あの言葉だけがクローズアップされたので、さも演説の冒頭にでも語ったのかと思われた。だが実際は、演説の締めくくりの部分にあった言葉だった。事実、昨年の4月7日、小沢氏は「政見演説」のまとめの部分で次のように語った。
 《民主党の政権構想の基本は、これまでの党内論議を踏まえつつ、政治、経済、社会のすべてにおいて、筋の通った「公正な国」をつくることだと考えております。それによって初めて、真に豊かで世界からも尊敬される日本を築くことができるのであります。私たち民主党の目指すべき社会は、黙々と働く人、努力する人、正直者が報われる「公正な社会」であります。
 このように挙党一致を実現してこそ、民主党は初めて、国民が一度は政権を任せてみたいと思えるような、「信頼され、安定感のある野党第一党」になることができるのだと信じております。
 まず、私自身が変わらなければなりません。そして、皆様に支えていただきながら、民主党を改革し、さらに日本を改革しようではありませんか》と(『剛腕維新』、角川書店)。 この演説文は、全体を概観すると、よく練られた名文である。この小沢氏の真摯な言葉は、民主党員だけでなく、心ある日本国民の心をも捉えた。
 たしかに小沢氏は、“変われる”だけの勇気を持った人だ。それに彼は、誰よりも柔軟な心性と卓越した想像力を持っている。その彼の魂が、数々の労苦という「磨き砂」で磨かれ、自然と本物の彼の姿が顕れた感じだ。私は、孤軍奮闘していた自民党幹事長時代の小沢氏よりも、現在の小沢氏の方がはるかに“自然体”であると思う。換言すれば、今の方が、彼の「地(じ)」や「本音」が、より多く出ていると思える。
 その意味で、私は、彼は”変わった”という以上に、元(=本来の彼)に戻ったと思うのだ。その分、現在の彼は、肩の力を抜いて、余裕を持って真に明るく振舞えるのではないだろうか。それだけ今の彼は、とても正直に生きていると思う。無論、年齢からくる円熟味もあろう。だが私には、彼は加齢とともに、自分の“本性”にますます近づいているような気がする。
 自民党で活躍していた頃の小沢氏は、海千山千の先輩政治家たちにもまれ、かつ妬まれ、またアメリカとの交渉にも真剣に取り組み、まさに緊張の極みにあったと思う。それに根が生真面目で、何事でもいい加減にできない性分の彼は、人一倍、気疲れもし、人知れず傷ついたこともあっただろう。その生来の生真面目さが、極度の緊張にもつながり、人に“こわもて”との印象を与えたと思うのだ。だが、幼い頃から鳥や犬といった生き物を可愛がっていた彼は、非常に繊細で心優しい人だった。心から動物や小動物を愛する人に決して残酷で薄情な人などいないと思う。むしろ、とても情愛に満ちた人だと思うのだ。小沢氏は、そのような人(=仁者)の代表的な一人であろう。私が、小沢氏が“変わった”というより、元に戻ったと思えるのは、そのような生来の心優しい人柄を、彼に強く感じるからである。 

 だが小沢氏の場合、人間や組織が“変わる”ことには、それなりの特別な意味がある。つまり、彼の言によれば、「変わらずに生き残るには、みずから変わらねばならない」のだ。彼は、次のように書いている。
 《人間とは本質的に変化を好まない存在だ。毎日がめまぐるしく変化していくような生活より、昨日と同じような明日がやってくるほうが楽だし、安心だと考えるのが人間というもので、それは僕も同じだ。しかし、人間は否応(いやおう)なしに変わらなければいけないときもある。
 僕が若い頃見て感動した映画の一つに『山猫』という作品がある。監督は『ベニスに死す』を撮ったことで知られるイタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティ。主役はバート・ランカスター。この映画は、十九世紀末に起きたイタリア統一の激動の中に生きていく一人のシチリア貴族の姿を描いたものだが、バート・ランカスター演じる主人公サリーナ公爵は、旧体制に属す貴族でありながら、革命運動に身を投じる甥に対して理解を示し、さまざまな援助を行なう。
 こうした公爵の行動に対して、公爵をかねてから敬愛してやまない男が「なぜ、あなたのような人が連中の手助けをするのですか」と尋ねるシーンがある。これに対して、公爵は静かに答える。「変わらずに生き残るためには、みずから変わらなければならないんだよ」と。
 公爵のこの言葉は矛盾しているように聞こえるかもしれないが、人間の世の真理を衝いていると僕は思う。長く繁栄を維持したいと思えば、その答えは自己改革にしかないのだ。歴史上、長期にわたって繁栄を維持した国は例外なく、自己改革の努力を怠らなかった。ローマ帝国しかり、ヴェネツィア共和国しかり、イギリスしかりである。時代にあわせて、変わりつづけることだけが、長く生き延びていくことにつながっていく。逆に、変化を拒んだ国家はみな自滅していった。それが歴史の法則だ。
 もし、今の日本人がこれからも経済的繁栄を維持しつづけていきたいと願うのならば、自己改革の勇気を持って、現状に立ち向かっていくしかない。たしかに日本はコンセンサス社会ではあるが、それでも過去には明治維新に見るように自己変革に成功した経験を持っている》(『小沢主義』、集英社)。
 引用が長くなって恐縮だが、「長く繁栄を維持したいと思えば、その答えは自己変革にしかない」という信念が、小沢氏の今日までの各種の政治改革や、現在の「政権交代論」に収斂していると思う。また、それ自体が日本を救う唯一の道である、と彼は確信しているとも言えよう。そのために彼は、自分が変わるだけでなく、日本国民が変わらなければならないと考えている。“国民のレベル以上の政治家は生まれない”というのが、小沢氏の確たる信念である。彼はまた、自民党や公明党はもはや変わりようがないので、民主党を主体に“野党旋風”を巻き起こし、政権交代に打って出ようと考えていると思う。
 古代ギリシアの哲人ソクラテスは、「世界を動かすには、まず自分が動かなければならない」と語ったけれど、小沢氏も、「日本を変えるためには、まず自分が変わらなければならない」と考えられたのかもしれない。
 無論、彼は、ご自分をこれほど過大に評価しているとは思えない。だが私は、日本の現代政治史の観点から考えれば、彼の決断やそれに伴う政治行動は大変大きな価値を持っていると思うのだ。 

 この小沢氏に対して、安倍総理の場合はどうだろう? 正直言って、彼には岸元総理の孫、安倍晋太郎氏の子息という以外の一体いかなる“取り柄(え)”があるだろうか? これらがなければ、彼は、”タダの人”ではあるまいか。
 つまり安倍氏は、自らの力で自然と輝ける人ではなく、何らかの力を借りて輝くような人だと思う。たとえれば、彼は、太陽ではなく、まるで“月のような人”だと思うのだ。無論、彼の好みとする楚々とした月影の美しさ(?)はあろうけれど、安倍氏には、“日輪のような輝き”はないように思える。日の本(「日、いずる国」あるいは「太陽の国」)と自称するわが日本国が、主体性のないまるで“月輪のような”指導者を仰いでいるのは、まことに不幸なことだと思うのだ。
 かつて、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユ(1909〜43)は、人間が“根を持つこと”、つまり自己の主体性や深い信念、それに確たる思想を持つことの大切さを説いた。だが私は、安倍氏はこの大事な“根”を持たない政治家のような気がする。なぜなら、彼の「保守主義」なるものは、岸氏や自民党の先達からの単なる“受け売り”でしかないと思えるからだ。正直、私には、安倍氏が自らの力で何か独自な思想を紡ぎ出したというような“真摯さ”は、まったく感じられない。それゆえ、彼にはなんら思想的、かつ政治哲学的な迫力を感じないのだ。つまり彼には、本質的に自分のよって立つ思想的基盤がないような気がする。
 結局、彼を含めた自民党員も官僚も、一部の人々を除いて、本質的に“不勉強”であり、かつ不誠実なのではあるまいか。それに彼らは、日本が今まで積み上げてきた「財産」を食い潰している道楽息子のようなものではなかろうか。彼らの親ともいうべき国民は、彼らの“放蕩”にいつまで目をつぶっているのだろうか。
 真に自覚のない個人や組織に、真の自己改革や組織変革は望めない。先の小泉氏のように、自己陶酔的に“名ばかりの改革”を唱えようと、また今の安倍氏のように形だけアメリカの「大統領制」を模したとしても、真の政治改革はできないだろう。なぜなら、彼らは、一体何が問題なのか、まったく解かっていないのだから。むしろ彼らは、単に「憲法改正」という党是に拘泥しているだけに過ぎないように思う。また、それだけにこだわって、今日の日本の政治をねじ曲げているように思うのだ。問題は、自民党の外にあるのではなく、むしろ同党の内部に存していると思う。
 その自覚なき自民党に見切りをつけて、小沢氏は1993年に同党を離党したのである。彼のように問題を把握し、その解決手段を熟知した者でないかぎり、真の「政治改革」は望めないと思うのだ。
 「変われる小沢・民主党」と「変われぬ安倍・自民党」の違いは、私にとって、まさに日月の違いである。それと同時に、今後の世界的混乱に対処できるかできないかという点で、まったく“決定的な違い”であるように思える。私は、「変われる小沢・民主党」こそ、国民が真に期待し、希望をつなぐべき政党だと思うのだ。 
 それゆえ、「小沢・民主党」よ、どうか、その確固たる“存在感”を日本国民の前に堂々と明示してほしい!


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第19回(2007.2.2)

小沢一郎という“精神”


 1月29日(月)、NHKテレビで小沢一郎氏による「代表質問」を視聴した。40分間の演説を、私は、決して長いとは感じなかった。むしろ、もっと視聴したいと思った。それほどに、魅力と説得力に満ちた演説内容だった。
 なぜ、それほどまでに私が感動したかと言えば、それは、与党議員の激しい野次や怒号のなか、理路整然と語る小沢氏の演説には凛とした威厳があり、何より “言霊(ことだま)”が感じられたからだ。それに、彼自身の“肉声”や“ホンネ”が終始感受できたからである。安倍氏の「官僚の作文」演説と異なり、小沢氏の言葉そのものに“真実と迫力”が感じられた。
 「憲法改正」か「格差是正」か――安倍総理は「二者択一ではない」と逃げたけれども、この言葉こそ、「論戦を正面から受けて立つ覚悟だ」という彼の言葉がいかに空々しい虚言かということを明白にしている。  同日、柳沢伯夫厚労大臣の「女性は子どもを生む機械」発言に対する謝罪表明もあった。だがこれは、かつてヒトラーやナチス・ドイツが公言していた言葉である。弱者や女性に対する、酷薄な差別感なしには言えない言葉だ。政治家として、“驕り”はなかっただろうか? むしろ大臣や政治家以前に、一人の人間として問題とすべき発言である。
 しかし柳沢氏がもともと、厚労大臣として適材かどうかの問題もある。つまり、安倍氏の人物認識や「任命責任」の問題である。自民党総裁選挙の日、安倍氏の隣にいて、安倍氏の党内票が思ったほど伸びなかったのを知り、思わず“アチャー!”とばかりに顔をしかめたのが、当時の安倍派の選挙参謀だった柳沢氏である。厚労大臣人事も、佐田玄一郎氏の場合と同様、論功行賞の所産である。安倍総理の短慮と独断の責任は、非常にに大きいと思う。   

ところで、民主党代表・小沢一郎氏は、政治家である前に一人の人間であり、同時に一人の父親であり、かつ一個の「人格」である。だが私は、彼はこの時代を超える、一つの“精神”とでも言える存在だと思う。「小沢一郎の精神」ではなく、「小沢一郎という“精神”」という語句は、自ずと意味が異なる。私にとって、こう思える人は、そう多くはない。
 20年以上もの間、小沢氏に期待をかける母の真情とは、一体何なのだろう? それに関する疑問を、私は、次のように母にぶつけてみた。「お母さんは長い間、小沢さんの一体何を、そんなに期待している?」と。すると母は、次のように答えた。
 「それはやはり、本当の“指導力”や“政治力”だと思うね。それに、小沢先生は何より、人間としても政治家としても、“本物”だという気がするね。とりわけ、とても正直な方だと思うよ。
 私たち熊本の人間は、とても議論好きで、“肥後(熊本)の議論倒れ”とまで言われるけれど、生前の姉たちが元気な頃、みんなで会うと、よく政治のことを語り合ったよ。昔の熊本の女性は、とくに政治の話が好きでね。一人の姉なんか、話すたびに小沢さんは嫌いだ≠ニ言っていたけれど、何か外見的に小沢先生を見ていたみたいだね。
 でも私は昔から小沢先生のことが好きだったよ。ほんとに正直かつ誠実で、第一、“カリスマ性”があるもの。それに何より、小沢先生は、“真の愛国者”だと思うよ。日本国だけでなく、われわれ日本国民を真に愛していらっしゃると思う。それだけ、われわれ国民に期待し、われわれを見る目も厳正だと思うね。
 だけど、その分われわれ日本人も、先生のお気持ちに応えなければいけないのじゃないかしらね。私は今まで、小沢先生のおっしゃることを、一つ一つ納得できたよ。この方が、なぜ国民に理解されないんだろうと、昔からずっと疑問に思っていた。でも最近、少しずつでも小沢先生のことを理解なさる方々が増えてきて、私はとっても嬉しい。
 日本人は、どちらかというと、外見やイメージに弱いからね。だから、小泉さんや安倍さんなど、見掛けだけで、まったく内容のない人が総理になっちゃう。病院のリハビリ仲間でも、小泉さんは結局、冷酷な人だった≠ニいう評判だよ。実際、私も、そう思う。
 でも、小沢先生の内面性が理解されると、ファンは、もっともっと増えると思うよ。いつかも言ったけれど、私は、一度、小沢先生に政権を担当してもらいたい。そして、先生の理想となさる政治をどんどんやっていただきたいね。それが、きっと私たち日本人のためになると思うよ。その点で、小沢先生は、今までの日本の政治家にないものを持っておられるという感じだね」と。
 「超然として天にまかせ、悠然として理知を楽しむ。厳然として自らを慎み、靄然(あいぜん――「おだやかに」の意)として人に接す。毅然として節を持し、泰然として難に処す」という言葉がある。人間の一つの理想的な生き方であり、身の処し方でもある。まさに現在の小沢氏は、このような生き方をし、身の処し方をしておられるのではないだろうか。  

 小沢一郎氏以外に、一つの“精神”とでも言える私の大好きな政治家が、実はジョン・F・ケネディ(1917〜63)である。
 私事だが、1991年に私は、拙著『ゴルバチョフとケネディ――指導者の栄光と悲劇』(創流出版)を上梓した。同著で、両指導者の民主的パーソナリティや世界平和政策などを比較・論証した。
 出版後、多くの方々へ拙著をお送りしたが、ボストンのケネディ家へ贈るなどとは夢にも思っていなかった。ところが、ハワイ大学で客員研究員をしていた当時(1993〜95年)、同大学で知り合った日本人研究者のA氏から、「エドワードさん(民主党・上院議員)に贈ってみたら」との忠告を受け、意を決して、上院議員に拙著をお贈りした。すると、三カ月ほど経ったある日、同議員の署名入りのお便りが届いた。その本文には、次のようにあった。
 《兄・ケネディ大統領を懐かしむ思いが、私どもと同様、あなたを初め彼を愛する方々の御心の中に今も生き続けていることを知って、当家の者全員が、どれほど慰められ勇気づけられているかということを、どうかご理解ください。
 兄ジョンは、私たちが彼の死を嘆き悲しむことを、決して望んではいないと思います。むしろ彼は、私たちが、彼の生きざまに目を注ぐことを望んでいると思うのです。それは、彼が祖国アメリカや世界に希望をもたらした、あの輝きに満ちた彼の生涯を思い出すことによって果たせます。もし私たちが、彼を思い出すことによって、また人々に献身することを通して“希望”を保ち続けることができますならば、それこそが彼を生かすことになり、ひいてはそれが、彼の死が決して無駄ではなかったことを立証することになるでしょう。あなたが、私どもと同じ考えを持ち、兄のメッセージを次代の若者たちに伝えるという重大な役割を果たしておられることに、心より感謝しています。》(1994年3月11日付)
 私信を公にすることに、正直、たじろぎもあったけれど、すでに13年も前のものゆえ、同議員も許してくださると思い、上述した。エドワード上院議員(74)は、現在も活躍中で、先日も、民主党議員の代表の一人としてブッシュ大統領の頑迷で間違ったイラク政策を厳しく批判した。私は、彼が兄ケネディ大統領やロバート司法長官の遺志を、十二分に受け継いでいると思う。同議員の健康と今後のますますの活躍を期待したい。 
 人生には、さまざまな人びととの出会いと別れがある。たしかに、「別れ」ありてこその人生なのかもしれない。私の生涯で、J・F・ケネディこそは、最も魅力的な存在だった。少年の頃、彼の突然の死で、生木を裂かれるような苦痛を味わったけれども、私は13年前、エドワード議員からいただいた手紙を読んで、まるでケネディ大統領に“会った”ような喜びを感じた。それは、まさに至福の瞬間だった。
 ケネディ大統領について語るとき、私は、「希望」、「信頼」、「勇気」の大切さを感じ る。彼が、どれほどアメリカ国民から信頼され愛された、勇気ある政治指導者だったかということは、論をまたない。彼の不屈の勇気と「理性」は、古今東西の政治指導者のなかで群を抜いている。彼と時代をともにできたことを、私は心底幸せに思う。 

 それと同様、私は今日、小沢一郎氏と時代を共有できることを、たいへん幸せに感じる。先述したごとく、彼は、一人の人間というよりも一個の“精神”として、わが国の政治に関わっている人だと思うのだ。
 近年、自民党が達成したとされる政治改革の多くは、だいぶ以前から小沢氏が提示し、その実現に向けて尽力していたものである。小泉氏を初めとする自民党の要人たちは、それをまるで自らの手柄のごとく振舞ったのである。
 たしかに、小沢氏のような先見性のある傑出した政治家は、決してそう多くはいない。
 たとえば、前述したケネディ大統領の理性と決断が、核戦争寸前だった「キューバ危機」からアメリカ国民と世界を救った。また、ゴルバチョフの時代、ソ連邦は崩壊したが、彼なくしては、あれほど平和的な権力移譲や東西冷戦の終結はあり得なかったのではあるまいか。旧ソ連邦の人びとは、決してゴルバチョフを高く評価してはいない。だが、もし彼の立場に、スターリンやブレジネフ、あるいは今日のプーチンのような指導者が立っていたら、単なる内戦では済まず、米ソ間の核戦争さえ起こり得たかもしれない。
 さらには、マハートマー・ガンディーの「無心・無欲・無私」の非暴力主義の精神なしには、インドの独立はありえなかったであろう。少なくとも、かなり遅れたはずだ。それゆえ、こんななかに、「真の政治指導者」の価値が存在すると思うのだ。
 このような“存在”を、私は、あえて“精神”と呼びたい。つまりそれは、真の平和の継続のためになくてはならぬ、“絶対理性”のような人間のことなのである。
 しかし、現在の日本の政治家のなかに、このような世界に通用する“存在”は、果たしているだろうか? 私は、小沢氏以外いないのではないかと思う。事実、今日の日本では、実際に政治を動かしているのは「官僚」であって、決して政治家ではない。自民党も結局は、「日本官僚党」とでも言うべき政党なのだ。
 日本の官僚はきわめて優秀だと言われる。なかでも、財務官僚はピカイチだと評されている。だが、果たしてそうだろうか? もしそのとおりなら、日本は、今日の国家破産に近いような財政状態にはなっていないはずである。つまり、もし彼らが真に有能ならば、わが国の国家財政はもっと健全なはずだ。 
 民間では、自社を倒産に導くような管理職を決して有能だなどとは言わない。むしろ、無知・無能だったがゆえに、会社を倒産に追い込んだと考える。
 国家もこれと同様で、日本の各省の官僚も結局は、思想的、かつ人間的に“視野狭窄”で、実質的に無能なのである。なぜなら、彼らには、先見性やビジョン、それに確たる「政治・経済」哲学がないからである。彼らはまた、本質的に“無責任”でもある。なぜなら、国民から預かった多額の血税をまるで自己の私有物であるかのように錯覚し、現役時代にはそれを湯水のように浪費し、退職後は自らの天下り先の「果実」として費消してしまうからだ。
 無論、すべての官僚がこうだというわけではない。だが、前述したような人びとが「霞が関」で右往左往したところで、日本の政治や経済が良くなることはない。むしろ、彼らを指導できるほどの政治家が必要なのである。かつてのケネディやゴルバチョフ、それに今日の小沢氏には、そのような「指導力」や「政治力」があると思うのだ。

 戦後の日本政治史を概観するとき、私は、吉田茂より三木武吉が、また岸信介より石橋湛山のほうが、優れて理想的な政治家だったと思う。簡単に言えば、吉田も岸も結局、「官僚」だったと思うのだ。正直、私には、彼らは「真の政治家」だったとは思えない。
 真の政治家、とりわけ「真の政治指導者」とは、石橋湛山や小沢氏のような、確たる政治・経済哲学を持った人のことを言うのだ。何より吉田や岸のように、国民の感知しないところでアメリカと「裏取引」をするような政治家ではなく、むしろ日本とアメリカを平等かつ対等に見れるほどの国家観や世界観を持った政治家こそ、「真の政治指導者」と呼ぶに値しよう。石橋湛山や小沢一郎氏こそ、まさにそのような政治指導者である。 
 かつて、アメリカのシオドア・ホワイトは、ニクソンとケネディの違いを評して、単なる「船乗り」(=風見鶏)と「航海士」の違いだと看破した。このような差異は、吉田や岸両氏に対する石橋・小沢両氏の差異にも通じるのではあるまいか。
  過日も述べたごとく、かつて石橋湛山が果たし得なかった「政治」とその“精神”を、私は、今日の小沢・民主党が継承しているように思うのだ。あのときの石橋湛山の精神は、“未完の政策”として、彼の退陣とともに国民の前から悠然と姿を消した。だが、いまや再び“巨大な政治の波”となって、新しく民主党内に復活したと思う。
 つまり、小沢一郎氏こそは、まさに日本に「真の民主主義」と「真の政治」を根づかせるべく精励する、わが国にとってかけがえのない一つの理想的な“精神”だと思うのだ。われわれは、この“精神”になお一層注目すべきである。


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第20回(2007.2.9)

歴史的岐路である「今」を生きる、われわれ日本人


 今年は例年にない「暖冬」で、雪不足や各種野菜の値段の落ち込みなど、各地でさまざまな影響が出始めている。まさに“乱”の兆しを感じる今日この頃だ。
 だが、これは政界についても言えよう。柳沢厚労相の相次ぐ「失言問題」。しかし、これは単なる失言というよりは、むしろ小沢民主党代表の言にあるように、安倍内閣の“体質”を示すものとも言える。というのも、安倍内閣は心情的に岸元総理から発し、かつての岸氏は、「国家社会主義」のナチス・ヒトラーに通底していたからだ。このたびの柳沢氏の発言は当然、この種の官僚主義的・権威主義的脈絡で考えられよう。「官僚政治家」とは、むろん人にもよろうが、かくも傲慢かつ無神経で厚顔な存在なのだろうか。
 2月5日午後、参院予算委員会での柳沢厚労相の久し振りの笑顔を地元紙(熊本日日新聞、2月6日付)で見た。先日の愛知県知事選挙と北九州市長選挙での与党側の「1勝1敗」によって、皮一枚でも自分の首がつながったと、安心したゆえであろうか。柳沢氏のぎこちない笑顔を一瞥しながら、私は内心、“浅ましい!”と感じた。
 J.P.サルトル(1905〜80)の名著『嘔吐』は一面、一市民のスノビスム(俗物根性)を描いているが、案外、その題名にふさわしく“柳沢氏のような人物”のために書かれたものではないだろうか。
 考えてみれば、1昨年の9月11日、歴代自民党政権の“奇形児”とも言えた小泉総理(当時)が衆議院の総選挙に打って出て、自民党を歴史的な圧勝に導いたときが同党の絶頂(ピーク)だったと思う。
 だが、あのときを境に、もはや自民党はただひたすら転落するしかないと思うのだ。今後、自民党は、まさに雪ダルマ式に転がって行くように感じる。簡単に言えば、先の小泉政権とは、没落・自民党の最後の“徒(あだ)花”だったのだ。彼一流のペテンと詐術に翻弄された国民は、今日、自らの予想をはるかに超えた生活の“痛み”を感じつつある。

ところで、いま、われわれ日本国民は「歴史的岐路」に立たされている。 つまり、このままアメリカ追従型の自公路線を歩むのか、それとも、もっと自主的で独立自尊的な民主党路線を選択するのか――この“岐路”に立たされていると思う。
 換言すれば、いままでの「官僚の、官僚による、官僚のための日本政治」を踏襲する自公政治を選ぶのか、それとも「国民の、国民による、国民のための日本政治」を志向する民主党政治に切り替えるのかの瀬戸際に立たされている。もっと端的に言えば、このまま“生活破壊と社会的混乱”を招く自公政治に流されるのか、それとも「希望と再生」に生きようとする新しい民主党政治に付託するのか、の岐路に立っていると思うのだ。
 この選択で大切なことは、結局、国民の“自覚”と正確な現状認識だと思う。われわれがいつまでも一見心地よく思えるぬるま湯のような長夜の夢に身をゆだねるのか、それとも日本の窮状を直視して真の「改革」に“目覚める”のか――いまこそ、まさに正念場だと思う。言うまでもなく、今夏の「参議院選挙」がその試金石となろう。

 現代はいったいどんな時代だと言えるだろうか? たとえば、「自己実現の時代」「個性尊重の時代」「情報が豊かで便利な時代」などという明るい表現が可能な反面、「格差の時代」「閉塞した時代」「希望なき時代」などの暗くかつ重い表現も考えられよう。 そして時々、人々は思う、“こんな酷い時代に生まれて自分は不幸だ”と。だが、果たしてそうだろうか? 現代だけが悲惨なのだろうか? それに、現代に生きるわれわれだけが不幸なのだろうか?
 戦争を知らない世代は、戦時中が随分と「暗い時代(まさに暗黒時代)」だったのではないかと考える。だが母たち、戦争を生き抜いた世代からすれば、たしかに当時は、空腹に悩まされた時代ではあったけれど、決して暗い時代ではなかったと言う。むしろ明るく、苦しいなかにも活き活きとした時代だったようだ。
 私はある日、母に訊ねた。「お母さん、昔の時代と今と、人々(とくに若者)はどう違うかな?」と。すると、母は次のように答えた。
 「私は、終戦の年(昭和20年)にちょうど二十歳(はたち)だったけれど、あの年、終戦の日にほんとうに久し振りに目にした電燈の輝きを今も懐かしく思い出すね。当時の若者たちはまるで『軍国主義一色』に洗脳されていたように思われているかもしれないけれど、決してそうではなく、それぞれ真剣に悩み、考え、誠実に生きていたように思うよ。それにむしろ、今よりも社会(=世間)が明るかったような気がする。当時の人々は、男性も女性もとても純粋だったよ。何より当時の若者たちは、どんなに短い生涯でも、精一杯生きていたように思うね。陸・海軍の幼年・士官学校生徒の姿など、まだ幼いのにとても凛としていて、その後ろ姿に見とれるほどだったよ。 
 たしかに、“戦時中の若者たちは自由もなく、国家の言いなりで、本当にかわいそう”と思う現代人は多いだろうけれど、私は、今の若者たちの方が“生きる目的や生きがい”もなく、むしろかわいそうだと思うよ。人間が、折角与えられた自分の人生を真剣に生きられないというのは、本当に不幸なことだと思うね。その点では、戦時中の私たちより、今の若者たちの方が、たとえ物質的には恵まれていても、不幸なような気がするよ。むしろ、これとは反対に、今、生きている時代に“感謝できるような気持ち”になれたら、人間は本当に幸せなのかもしれないね」と。
 とはいえ、これは決して戦時中を礼賛し、戦争を肯定する意図で書いたものではない。無論、母もそんな思いは微塵もないだろう。「平和の尊さ」を真に理解しているのは、直に“戦争の悲惨さ”を体験した世代だ。これに対して、戦争を体験していないわれわれ戦無派世代が安易に「戦争肯定」の立場をとるようなことがあってはならない。その点では、現在の安倍政権は、一歩間違えば、その立場に偏する危険性が非常に高いと思う。

 ところで、「自分の生きる時代をどう考えるか」ということで非常に興味深いのは、次のキング牧師の言葉である。
 彼は、晩年の説教のなかで、「全能者(=神)から、マーティン=ルーサー=キングよ、お前はどの時代に生きたいか?」と問われるとしたら、自分は「もし主が20世紀の後半数年を私が生きることをお許し下さるなら、私は仕合せです、と答えるだろう」と述べている(梶原寿著『マーティン=L=キング』、清水書院)。
 つまりキング師は、あの差別と偏見に満ち、不当な暴力と耐え難い恐怖が支配した時代(1950〜60年代のアメリカ)を全面的に受け容れ、あのような過酷な時代であったればこそ、彼が「非暴力主義運動」の貫徹を神から託されたことを、心から感謝しているのである。
 事実、彼にとって厳しい時代や環境であったればこそ、キング師は、自らの魂を浄化し、悲惨な境遇にあえぐ同胞のために献身し、「神の道具」としての生涯をまっとうできたと思う。私は、彼の生きた時代がきわめて厳しいものであったにもかかわらず、彼自ら“神がともに在る”ことを実感できたがゆえに、彼は、何も恐れるものはなかったと思うのだ。
 それゆえキング師は、まさに“今、この時こそ、最高の時”と感じることができたのではないだろうか。そのことに、彼は、心から感謝できたのではないかと思う。悲惨や不遇だけが人間を不幸にしたり、だめにするのではないと思うのだ。むしろ人間は、その悲惨さや不遇に、自ら“負けてしまう”ということがあるのではないだろうか。かえって、それらの奥に潜む“神・仏の言葉”に冷静に耳を傾けるとき、人は逆境から脱出したり、それらを克服できるのではないだろうか。 
 神・仏は、決して人間が克服できないような苦難を与えたりはしないと思う。むしろ、この神・仏への感謝と信頼こそが大事だと思うのだ。今、この時こそ “最高の時”という思いのなかには、神・仏へのまことの感謝と信頼があると思う。この思いがある限り、いかなる状況であれ、人は真に幸せなのではあるまいか。  

 「今」をこのように考える視点と同時に、私たち日本人にとって「今」は、前述したように、大きな“歴史的岐路”である。
 東西冷戦の時代が終焉し、現代は「分裂」と保守的なナショナリズム台頭の時代である。かつて植民地であった中国やインド、それにアジアや南アメリカの新興諸国が現在、世界の桧舞台で重要な役割を演じている。とりわけ、「頭脳大国」インドの飛躍・発展はめざましい。20世紀において「主人公」を演じていた欧米諸国に翳りが見え始め、かつての「端役」だったイスラム諸国を含めた旧植民地国家群の台頭が著しい。 
 とりわけソ連邦崩壊後、“卓越した超大国”と自負してきたアメリカの国力低下と威信の失墜は、非常にに顕著である。
 だが問題なのは、何よりも超大国アメリカが“戦争なしには存続できない、まったくの「戦争国家」”だということだ。中国や北朝鮮といった社会主義国も、イデオロギーこそ違え、結局、アメリカを“手本”にしていると思う。アメリカを牛耳る「ユダヤ」の超権力者たちは、今日まで“経済的詐術”と“戦争の遂行”で、自らの富と権力を増大させてきた。日本の政治権力者たちや国民など、彼らから見れば、まるで赤子以下の存在である。彼らは、幕末の開国以来、日本人のすべてを徹底的に調べ上げた。だが、われわれ日本人は、彼らの本質をまったく知らない。いまもって理解していない。
 このようなアメリカとの間で対等な同盟関係などあり得ない。明らかな「主従関係」であり、「支配・服従の関係」である。戦後、自民党政府は、まさに“この関係”を維持・促進してきた。とりわけ、岸内閣や佐藤内閣以来、この両国間の「主従関係」が強化され、中曽根、小泉、そして現在の安倍内閣で、半永久的に固定化されつつある。
 正直に言えば、戦争に敗れることは決して真の「敗北」などではなく、むしろ多少の独立や自立を与えられたとしても、自国や自国民を犠牲にして、相手国(アメリカ)の無理難題の言いなりになることの方が、はるかに真の「敗北」なのではあるまいか。暴力的な超大国に“去勢された”ような日本、および日本国民を、一体世界のどの国民や民族が尊敬するだろうか!
 戦後における日米間の政治・経済交渉史(=対アメリカ外交史)を概観しても、日米間に“対等な交渉”がなされていたとは思えない。ただ一つ、内閣官房副長官時代の小沢一郎氏が、「建設市場開放」の問題で、アメリカに対して臆することなく交渉したことぐらいが特筆できるぐらいだ。
 細川護熙政権時代、「コメの自由化」の問題が世論を沸かせたが、あの頃、一人の自民党の国会議員がこう語ったという。「アメリカは米国、つまりコメの国(?)なのだから、両国が理解し合えないはずはない」、と。冗談みたいな話だが、国会議員とはいえ、かなりの人々が実際、この程度なのである。ただ地方の名士というだけで、話にならないほどお粗末で不勉強な人々が多く存在する自民党に、今後も、日本国民は政権を付託するのだろうか? とりわけ、戦争超大国アメリカと一体化し、まさに“国家的心中”行為を企てる自民・公明党政権にいま以上の信頼を寄せるというのだろうか。 

 小沢氏自身、日本人の現状について、非常に端的に述べている。「日本人一人ひとりが甘ったれた自己中心主義を直さないかぎり、日本の未来はないでしょう」、と(小沢一郎・菅直人『政権交代のシナリオ―「新しい日本」をつくるために』、PHP研究所)。
 事実、同氏の「日本分析」は鋭い。彼は言う。
 《「日本がこれほど堕落してしまったのは、本質的なものをタブー視して、金銭万能、目先の利害だけで対処してきたからである。自民党中心の戦後政治の欠陥を象徴しています。役人も「事なかれ主義」で保身ばかり考えている。このままでは国を売る輩も出てくるでしょう。……  一連の政治腐敗の元凶は、自民党中心の「政官業癒着」の権力構造にあります。自民党員と官僚、業者が「カネ」「票」「権限」「人事」などで癒着する仕組み、つまり戦後の権力体制を変えないかぎり、結局は何も変わらないのです」、と(同上)。
 小沢氏のこの言は、4年前の菅氏(当時、民主党代表)との対談での言葉である。彼の確言は今日も十分通用する。
 アメリカの対イラク政策が破綻し、ベトナム戦争同様、イラクが泥沼化しつつある現在、われわれ日本人は今、重大な「歴史的岐路」に立たされている。アメリカという“巨大な泥舟”に乗ってそのまま海底に沈むのか、それとも「公正」でバランスのとれた(真の中庸とも言うべき)政治の原点に立ち返り、世界の人々にとって真に尊敬に値する日本国を“再建”するのか、今、日本国民は非常に重要な地点に立っている。われわれは、いままでの悪酔いや眠りから一日も早く覚めるべきである。 
 “今、日本国で最も覚めた政治家は小沢一郎氏である”という思いと信頼感が、今後ますます広がることを願う昨今である。「小沢・民主党よ頑張れ!」と、私は心から祈念せずにはいられない。

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第21回(2007.2.16)

日本が、真の「日本」であるために


 2月13日(火)、衆議院予算委員会で与野党の論戦が交わされた。菅、岡田、前原、それに馬淵、荒井といった民主党の主だった政治家諸氏が確たる自信をもって論戦に臨んだ。その力強さに、私は同党の“将来性”を感じる。 
 母は、亀井静香氏の熱い弁舌にたいへん感じ入った様子だ。心から共感、かつ納得しながら視聴していた。  また14日(水)、西日本では「春一番」が吹いた。季節は、徐々に変化している。それと同様に、内外政治の変化さえ感じる。6カ国協議が一応の合意にこぎつけた。だが、北朝鮮の一人勝ちといった感が否めない。米・中・北朝鮮の3カ国が、深いところでつるんでいる感じで、日本の疎外感や舵取りの難しさは、今後ますます強まろう。ほとんど信頼できず“何でもあり”の北朝鮮ではあるが、同様に、“何でもあり”の中国であり、かつアメリカだと思う。 
 外交はつねに自国の「国益」を第一に進められる。拉致問題を含め、日本の「国家主権」が問われる事態がこれからもさまざまな形で現出しよう。これに対して、日本政府(外務省を含めて)は、真に毅然たる態度や行動がとれるだろうか? 今までの“アメリカべったり”の「無主権外交」では、周囲の国々から足元を掬われる結果となろう。これからが、まさに日本外交(今日の「安倍外交」)の正念場である。

 ところで、かつて日本の若者の“カリスマ”とも言われた尾崎豊(1965〜92)は、「僕が僕であるために」と歌った。彼は、「人を傷つけることに目を伏せるけど、優しさを口にすれば、人は皆傷ついてゆく。僕が僕であるために、勝ち続けなきゃならない。正しいものは何なのか、それが、この胸に解るまで…」と、甘くかつ力強く歌い続けた。
 それと同様に、私は、「日本が、真に日本であるために」と叫びたい。
 正直、現在の日本や日本人を見て、これが本当の「日本」であり、「日本人」なのか?と疑問を感じる人々が多いと思う。いつから、わが国はこのような“信頼できない”「欠陥国」になったのだろうか。また、日本人も、いつから、こんなどこの国の人間かもわからないような「無国籍人」となり、男女の区別さえもつかないような「中性的」な国民になり下がったのだろうか。
 先日、私は母に「今の日本や日本人について、どう思う?」と訊ねた。これに対して母は次のように答えた。
 「今の日本は、かつての日本とはまったく違ってしまったね。今の日本人は、フランス語で『エトランゼ』と言うのかね、まるで“異邦人”のような、“外国人”のような感じがするよ。戦時中の日本は、『一億総火の玉』とか『赤心報国』とか言って一種の精神論が全国民――当時は臣民と言ったけれど――を支配していたね。でも、アメリカとの戦争に負けて、その反動がもろに出た感じだね。それに何より、戦後、私たちは日々の糧を得るのに精一杯だったような気がする。そのため、私たちは一生懸命に働いたよ。 あなたたち団塊の世代も、社会に出れば“モーレツ社員”などと呼ばれ、まったくの会社人間になった人も多かっただろうね。私たちは世代こそ違え、共通して、息子や娘たちの躾や教育を誤ったような気がするよ。つまり、何か精神的な“バランス”を欠いていたような感じだね。私たちは、もっと心の『核』となる、お金や物より大切な“何か”を子どもたちに教えるべきだったのではないだろうか。ただ、いい学校を出て、いい会社に勤めたりお役人になることだけを求めすぎた気がするね。
 これは、日本では、今後もそんなに変わらないと思う。私たちに“心や道徳の伝承”ができなかった結果、『ひきこもり』や『ニート』といった、生きる目的や目標を見失った若者たちを生み出したようにも思うね。この問題の“根”は深いと思うよ。
 でも、私は、日本や日本人のことを決して諦めてはいないよ。私たち日本人はきっと立ち直れるだけの力と精神力を持っていると思う。若い子たちだって、昔の私たちに比べて、数段、様々な才能に恵まれているよ。でも、よりよい日本や日本人をつくるためには、あなたたち大人(=社会人)が、もっとしっかりしなければね。そして、若い人たちに日本のよさや美風、たとえば、日本人が持っている誠実さや努力や信頼性、それに他者への思いやりや神仏を敬う気持ちなどを伝えていかなければならないね。 
 それができれば、今後の日本や日本人は、きっと世界の人々も注目し、心から尊敬できるような国家や国民になれると思うよ。小沢先生はじめ民主党の方々も、そんな日本や日本人をめざしていらっしゃるのじゃないかしら」と。

  この母の答えを聞いたあと、私は、気になっていたことがあったので、次の点も訊ねた。「では、日本は、アメリカに対して、今後、一体どうあるべきだと思う?」と。
 すると、母は間を置かず、次のように答えた。
 「小泉さん(前総理)は、アメリカがイラクを攻撃した際、どの国よりも早く『賛成』の意思表示をしたね。あれは、北朝鮮の日本攻撃を意識してのことだったと言われるけれど、長い目で見ると、本当に正しかっただろうか? むしろ、間違っていたかもしれないね。あの時を境に、まるで日本はアメリカと“運命共同体”になった感じだね。でも、そこまでしなければいけないのだろうか? 
 それに、あの時(野党党首たちとの個別の会談で)、小泉さんは、戦争への協力を『その場の雰囲気で決める』とおっしゃったそうだね。でも、そんな無責任なことでいいのかね。なんだか日本はアメリカの気にいるようにだけ行動している感じだね。まったく“主体性”がないよね。
 無論、終戦直後、日本はアメリカからの物資や薬品で多くの国民が救われたけれど、その後、高度経済成長期に、日本人が一生懸命に働いたり、輸出して得た多くのお金で、日本はアメリカの国債を買ったというじゃない。もし、そのお金が日本のために使われたら、私たち日本人の生活はもっと豊かなものになっていたと言われるね。
 勿論、アメリカとは仲良くしていかなくてはならないけれど、日本は、単にアメリカの言いなりになるのではなく、もっと自国民の幸せについて真剣に考えていくべきじゃないかしらね。小沢先生は、小泉さんや安倍さんとは違い、堂々と日本の立場をアメリカに主張なさるような気がするよ。そんな日本だったら私たちも安心だね」と。

 日本の「問題点」を熟知しているのは、もはや日本人自身ではなく、むしろ欧米のジャーナリストや日本研究家たちかもしれない。たとえば、ユダヤ教のラビ(僧侶、宗教指導者)M・トケイヤー氏、ジャーナリストのカレル・V・ウォルフレン氏やベンジャミン・フルフォード氏、それに実業家のビル・トッテン氏などはその代表的な識者だと言えよう。
 彼らの慧眼と鋭い日本分析は非常に有益でたいへん示唆に富む。われわれがどれほど彼らから学んでも学びすぎるということはないと思う。また、彼らは共通して深く「日本」を愛している人々だとも思うのだ。日本を心から愛するがゆえに、われわれ日本人の、アメリカに対する媚(こび)・へつらいと「従属」心を真正面から批判するのである。
 そして彼らは、その返す刀でアメリカの傲慢さと理不尽さを糾弾し、そんなアメリカから日本が一刻も早く“独立すべきである”と説く(とくにウォルフレン氏にはこの考えが顕著である)。
 そこで彼らが問題とするのが、日本における「官僚による支配」であり、彼らを統御すべき政治指導者の“不在”である。とりわけ、日本での生活が45年に及ぶ(アジア諸国への取材旅行も含めて)ウォルフレン氏によれば、日本は、国際政治における政策を自ら決定する権利を持っていない。事実、日本の対外政策を決定しているのはアメリカなのだ。したがって、彼は、日本を本当の意味で「独立国家」と呼ぶことはできないと言う。なぜなら、本来、国家の「主権」とは、「ある国が、誰からの干渉も受けずに自分の意思で政策を決め、国を運営していく権利」だからだ。
 つまり、国家が持つ自衛権や生存権、独立権、領土権などの基本権はすべて「主権」の一つの表われである。だが、この「主権」意識は、両国(たとえば日本とアメリカ)が、あくまで“対等な関係”であることによって成り立つ(カレル・V・ウォルフレン著『アメリカからの「独立」が日本人を幸福にする』、実業之日本社刊、参照)。
 しかし、日米関係は政冶・経済的に、また軍事的にも、真に“対等”だと言えるだろうか? 心ある日本人の多くは、「いや、決してそうではない!」と断言するであろう。
 ウォルフレン氏によれば、日本国内のいわゆる「官僚(による)支配」は、わが国に真の意味での“主権”が欠如していることと連動している。先年の、小泉前総理による「(戦争への協力を)その場の雰囲気で決める」という発言も、この「主権」意識の欠如による“政治責任の放棄”とも解されよう。 
 だが、ウォルフレン氏は、単なる「アメリカ嫌い」ではない。同氏は、20世紀に少なくとも2度、世界の政治文明を救ったアメリカには強い親愛の情を抱いている、と語る。1度目はソ連とともにヒトラーの軍政を打ち破り、ついで日本のアジア支配を終わらせたとき。2度目は第2次世界大戦後のソ連の拡張主義を首尾よく食い止めたとき。また、アメリカは、ヨーロッパの戦後の経済復興にも大きな役割を果たした。
 しかし、1990年代に入ってから、アメリカのモラルを形づくっていたものが消えた。対立する超大国がなくなって外交政策も真剣さを失い、今では根拠のない復讐心と世界支配をめざす狂気の構想に突き動かされている(カレル・V・ウォルフレン、ベンジャミン・フルフォード編『幸せを奪われた「働き蟻国家」日本』、徳間書店刊、参照)。
 同氏によれば、かつてのアメリカならともかく、現在のアメリカはともに行動するには値しない、危険で凶暴な「戦争国家」なのだ。これに対して、日本はあくまで自国の「国益」を追求しなければならない、と同氏は力説する。

 では、現在の日本の国益とは何か。それはアメリカへの“従属”を続けることで保身を図ることだろうか。決してそうではない。
 ウォルフレン氏によれば、そもそも「国益」とはどうすれば自分の国とその民が一番幸せになるかを考えることだ。アメリカへの従属を続けることで、当面は今までと同じように安定した日常が保障されるかもしれない。しかし、長い目で見れば、それは日本人が幸せに暮らしていける道でないことは明らかだ。アメリカが歩みつつある帝国主義への道をともに歩んでも日本人が幸せになれるとは到底思えないのである(ウォルフレン著、前掲書)。
 そこに、日本の「主権」の確立と真の“独立”を求める意義がある。
 無論、私は、日本が1956年に「独立」を回復し、同年、国連に加盟した事実を否定するものではない。だが、1960年に締結された日米安全保障条約が、「日本のアメリカ従属」を決定づける“国家主権無視”の内容であったことを看過することはできない。その本質は、今日も変わっていないと思うのだ。 
 その意味で、今後の日本のあるべき姿についてウォルフレン氏は言う。「この延長線で考えていけば、いわゆる『ならず者国家』や中国に対して、日本もアメリカと同等か、それ以上に強硬な姿勢に出ざるを得ない。いち早く真の政府を持ち、自らの頭で考え、行動できる体制を築かなければ、世界を恐怖のどん底に陥れつつあるアメリカのお先棒を担ぐ国に成り下がってしまいかねないのである」(同上)。
 “お先棒担ぎ”という点では、小泉前総理は、アメリカ・ブッシュ政権が求めた以上の“理想的”(?)存在だった。安倍氏も小泉氏と、それほど差がないであろう。
 だが、小沢代表が、かつての小泉氏や現在の自民党首脳の対米姿勢について危惧するのは、このようなお先棒担ぎということだけでなく、日本の政治指導者が主体性もなく、真摯な責任感もない点である。そして、今回の6カ国協議でも明らかになったように、アメリカと中国は連携して、自国の国益のために平気で日本を疎外し、かつ窮地に陥れるのである。 
 「日本が、真の日本であるために」という思いと願いは、小沢氏が人一倍強く感じておられる思念ではないだろうか。

 戦争国家・アメリカは、つねに仮想敵国を想定しなければ存続できない。冷戦時代のソ連に勝利した後、 1985年の「プラザ合意」後、日本との“経済戦争”(単なる「経済競争」ではない)に勝ち、今では、さらなる石油資源の確保のためにイラクを倒し、イランとの戦争に備えている。だが、これは、来年から再来年にかけてのブッシュの退陣により実質的に無理であろう。当面のイラクに対してさえ、四面楚歌の状況だからだ。だが、イラクの反政府活動を支援するイランに対して、アメリカが、ある程度の軍事介入をする可能性は十分残っている。 
 アメリカの中の「アメリカ」(=アメリカを牛耳る“影の政府”)は、アラブ・イスラム世界での覇権を奪取した暁には中国との戦争さえ画策していると考えられる。かつて中曽根康弘氏が浅薄にも語った“不沈空母・日本”は、その防波堤として存在しているのである。
 事実、“米中もし戦わば”という発想は、決して新しいものではない。すでに半世紀も前からアメリカでは議論されていた。共産・中国の建国(1949年 10月)以来、それはアメリカの“奥の院”では真剣に論じられていたことなのだ。彼らにとって、「属国・日本」はその最終的勝利のための単なる“持ち駒” に過ぎない。  アメリカからこのように思われている「日本」に、われわれは、心底、満足できるのだろうか?
 櫻井よしこ女史はじめ多くの識者が“中国脅威論”を力説される。それらは一面、たいへん説得力に富んでいる。では彼らにとって、アメリカはまったく“脅威”ではないのだろうか? つまり、彼らはアメリカを心底信じておられるのだろうか? もし、万が一そうだとすれば、きわめてナイーブ(無知)だと思う。実際はアメリカも、中国と同等か、それ以上に日本にとって“脅威”だと思うのだ。
 その点の認識では、櫻井女史よりウォルフレン氏の方がはるかに深く、かつ優れていると思う。
 かつて、アメリカのエドウィン・O・ライシャワー博士(1910〜90)がウォルフレン氏に対して、「30年そこらの日本滞在(当時)で、日本が理解できるはずがない」と批判的に語ったことを思い出す。ライシャワー氏は“自分は日本に生まれ、あなたの2倍以上も日本と関わっているのだ”とでも言いたかったのだろう。だが、“認識の深さ”は決して関わった年月の長さではないと思う。無論、われわれは、ライシャワー氏から多くのことを学べるとは思える。だが、よくよく調べてみると、彼も単なる一人の“アメリカ至上主義者”だったように思うのだ。その彼の本質を突いたウォルフレン氏の“頂門の一針”が、ライシャワー氏の先の言葉を生んだようにも思う。私には、われわれがウォルフレン氏から学ぶべき点はライシャワー氏以上に多いと思えるのだ。 

 そのウォルフレン氏が、13年前に次のような意味深い言葉を記している。
 「94年9月末、小沢一郎(原文のまま)の呼びかけで、ゆるやかな院内会派『改革』が結成された。これが、名実ともに政党としての信頼を得て、史上初めて日本の選挙民に政治的選択を可能にする、自民党の残党と真に交替可能な党へと成長していくことが望まれる。ほかの野党政治家に理解してほしいのは、自分たちの集団が、選挙で選ばれたわけではない官僚たちを支配(コントロール)する能力をそなえた堅固な勢力へと変化し、統一されたとき、初めて政治家として真に重要な存在になれるということだ。
 そして新聞には、小沢を『野心満々』で『頑固』だなどと、考えもなしにしょっちゅう否定的に論評するのは慎むように望みたい。そんな暇があるなら、将来のために政治家主導型の日本政治をつくろうとしている小沢の試みを分析してみるべきだ。もし小沢が、みずからの目標として説明してきたことの実現になんらかの理由で失敗したとき、ほかの強力な政治家たちのなかのだれが小沢に代わって仕事ができるのか、新聞編集者は問うべきなのである」(ウォルフレン著『人間を幸福にしない日本というシステム』、毎日新聞社刊)。  ウォルフレン氏の“天分”はすでに早い時期から小沢氏の政治行動に注目していた。
 天才とは“物事の本質を見極める人”のことである。ウォルフレン氏だからこそ、小沢氏の天与の才と不屈の行動力を見抜き、それに着目していたと思う。そして彼は、この「事業(政治家主導型の統治)」は、小沢氏をもってしてこそ初めて可能なのだと確信していたと思うのだ。
 「日本が、真の『日本』であるために」という思いは、小沢氏の思念であると同時に、ウォルフレン氏の長年の願いでもある。そればかりか、今日、これは民主党員をはじめ、多くの心ある日本国民の共通願望ではなかろうか。私は、小沢氏をはじめとする多くの民主党員の政治行動の原点には、強い“この思い”があるように感じる。
 より多くの同胞が、日本の真の“独立”と“国家主権確立”のための「政治運動」に参加してくれることを心から願いたい。
 今、小沢・民主党が推し進めている「政権交代」もこの思いと運動の一環なのだと思う。そして、この思いと運動のなかにこそ、私は、われわれの真の“愛国心”があると思うのだ。


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第22回(2007.2.23)

平成の「大久保利通」――真の「地方の時代」に向けて


 小沢民主党は、今春の「都議選」に関して苦衷の中にいる。だが、そんな中でも、決して悪いことだけではないと思う。むしろさまざまな困難の中でこそ、何かしら“活路”は見出せるものだ。また正直、そうなることを願いたい。 
 2月21日の地元紙(熊本日日新聞)の一面のトップに、「小沢氏、事務所費を公表」という見出しが踊っていた。記事を読むと、《小沢氏は「国民の政治不信を払拭するため、事務所費の公表を提案した。与党幹部にその意思がないと判明したので、率先して公表する」と強調。「政治団体が解散すれば、名義人である小沢氏個人のものになる」(中川秀直自民党幹事長)との批判に、「政界引退時は第一に後進の支援のために使い、ライフワークである日米、日中の「草の根交流」の基金に充てたい。死亡した場合も同様だ」と述べた》とある。
 その前夜のテレビでこの事実を知り、私は、実に痛快な気分だった。小沢氏が自民党、とりわけ中川幹事長や松岡農水相、それに伊吹文科相へ挑戦状を叩きつけた、ともとれるが、小沢氏は、“公言したことを実行したまで”との思いかと思う。たしかに小沢氏は、“言ったことは実行する”、「有言実行型」の人だと思うのだ。何より、日米、日中の「草の根交流」に関する小沢氏の“私心の無さ”が、私は一番印象に残った。
 中川氏は、「あれでは、疑問に答えたことにはならない」と、テレビの中で強弁していたが、内心は案外、“してやられた!”と思っているのではないだろうか。母は、小沢氏の“捨て身”とも言える行動に心から感動していた。たしかに、仲間さえ唖然とするような果敢な行動こそ、時に真の指導者に求められるものだ。これこそ、まさに自・公政府に対する「反転攻勢」である。小沢氏自ら、今夏の参院選の戦いの口火を切ったと言えよう。 

ところで、「地方の時代」と言われて久しい。だが、真に「地方の時代」となるためには、まだ長年月を要するだろう。
 先日、私は母に訊ねた。「お母さんは、東京と地方の問題について、どう思う?」と。すると母は、次のように答えた。
 「私の場合、地方とは言っても、熊本市内しか知らないけれど、あなたたちが若い頃は、東京に出るのは、ごく当たり前といった感じだったね。でもこれは、今でもそう変わらないと思う。だけど何だか、すべてが東京に集中している感じだね。仕方がないと思う反面、ちょっと行き過ぎてはいないかとも思うよ。
 小沢先生も、『日本改造計画』の中で、東京一極集中の問題を挙げておられたね。たしか、“この現状は、日本がこのままでは立ち行かなくなる危険信号だ” とまで書いておられたと記憶しているよ。そのために、“地方分権改革が求められる”と訴えておられたね。つまり小沢先生は、ずいぶんと前からこの問題を把握しておられたわけだね。今でこそ、人は、“地方の時代”と言うけれど、この真の問題を理解していたのは、小沢先生はじめ、限られた方々だったと思う。
 日本には、さまざまな格差の問題があるだろうけれど、都会と地方間の格差も大きいと思うね。小沢先生は、日本中をお歩きになって、この問題を人一倍実感していらっしゃると思うよ。この都会(とくに東京)と地方との格差を正すために、先生は、“地域主体”の地方分権を強調なさるのだろうね。自由党時代の小沢先生のお考えも、まさにその線で進んでいたように思う。とにかく、小沢先生のお考えは、決して付け焼き刃ではなくて、長い年月培われたものなので、心から信頼できるよ。私は、日本人一人一人が、少し頭を冷やして、小沢先生の『日本改造計画』を読み直すことを勧めるね。読んでいらっしゃらない方は、是非一読なさるといいね。実は私、先日も読んだけれど、今もって新鮮だよ。正直言って、私は今こそ、日本の皆さんに小沢先生のこの本を精読してほしい」と。 

 事実、自由党時代の小沢氏は、中央政府の仕事は外交や安全保障、治安、教育、基礎的社会保障といった国家的課題に特化して、それ以外の国民生活に関する分野については、権限も財源も地方自治体に任せるといった徹底した「地方分権」を主張していた。まさに、 “地方主権(あるいは地域主権)”の考えといっても過言ではない。それは、実質的な「霞が関解体」とも言えよう。少なくとも、「霞が関改革」が、小沢氏の「地方分権論」の前提だと思うのだ。 
 そのために小沢氏は、かなり以前から地方を縛る個別補助金を廃止し、それに相当する額を地方に自主財源として一括交付すべきだと提唱していた。彼の著書からの言葉を借りれば、「われわれ日本人は、自ら新しい価値、新しい生活様式、新しいシステムを構築する必要に迫られている。これに対応するためには、国民の潜在的な可能性、創造力を十二分に開花させることである。そのためには中央の権力を限定すべきだ」ということであり、まさに「国政改革の第一歩は、国民生活の関係する分野を思い切って地方に一任すること」(『日本改造計画』)なのである。
 この小沢氏の企図する「地方分権」は、彼の提唱する「生活維新」と一体だとも言えよう。なぜならそれは、「生活者」主体の政治や行政を目指し、生活者の真の幸せや福祉の増進を目指すものだからである。

 日本で最初に「地方分権」を提唱したのは、実は福沢諭吉(1834〜1901)である。福沢は 1877(明治10)年に出版した『分権論』のなかで、国権を「政権(ガーウルメント)」と「治権(アドミニストレーション)」に分け、軍事、外交、通貨管理などの「政権」は中央政府に、公共事業、衛生、教育等の「治権」は地方政府に集中させるべしと説いた。福沢は、フランスのアレクシス・ド・トクヴィル(1805〜59)の『アメリカン・デモクラシー』から引用した。したがって、アメリカの連邦政府と州政府の関係に酷似している(平松守彦ほか『[熱論] 合州国家・日本』、PHP研究所、参照)。
 福沢諭吉を引用しながら、小沢氏は、「人間にとって最も大事なことは、確固とした価値観やモラルを確立することであり、正しいと信じたことをやり抜く勇気をもつことだと思う」と述べる(『小沢主義』より)。その点で、彼が誰よりも尊敬しているのが福沢である。
 小沢氏によれば、福沢の価値判断は「日本およびアジアの独立と近代化」にあって、自己の栄達を目的にしたことは一度もなかった。彼の目はつねに日本人、そして広くアジア全体に向けられていた。小沢氏は、福沢こそ、真の意味での「近代人」であると確信している。この点で、小沢氏が、福沢の「地方分権論」に一定の理解と共感を抱いていることは、容易に首肯できる。

 実は、石橋湛山(1884〜1973)も、この小沢氏や福沢とほぼ同じ考えだった。1925(大正14)年、彼は、「市町村に地租営業税を移譲すべし」という小論文の中で、次のような論を展開している。
 《思うに地方自治体に、今日の国税地租ないし営業税を移譲し、以てここに独立の財源を与うべしとするの論は、地方自治の堅実なる発達を図るの策として、従って地方の産業を発達せしむる策として、その事それ自身に多くの反対あるべしと思われぬ。しかもなおその実行に対して、責任ある者の躊躇するは、一はその結果生ずべき中央国庫の歳入減をいかにするかの問題と、二はこの両税を地方に移して、果たして旨(うま)く運用せらるるや否やの危惧が存するためにほかならぬ。実をいうと、私もまた従来、ここに少なからざる心配をもった。しかしながら第一の問題はしばらくおき、第二の点については、私は最近の我が地方自治体の状況を見て、もはや何時までも、しかく危惧すべきにあらざるを感ずるのである。地方自治、少なくも町村自治の近来の覚醒は著しい。これはまことに喜ぶべき気運であるから、宜しくこの際多少の不便と弊害はあっても、この気運に乗じて地方自治体に独立の財源を与え、以てますますその気運の増長を図るべきである》と(『石橋湛山評論集』、岩波文庫)。
 この石橋の論は、第二次世界大戦後のものではない。まさに82年前の言論である。ここに私は、彼の思想の“先見性”を感じずにはいられない。また、小沢氏との思想・信条の近似性も感じる。その生きた時代状況や立場こそ違え、小沢氏と石橋湛山の思想と哲学には、通底し合う“地下水脈”を感じる。この「地方自治」論も、決して例外ではない。
 加えて、マハートマー・ガンディー(1869〜1948)も、現在のような「中央集権国家」のインドではなく、「緩やかな連邦国家(あるいは、地域主権国家)」インドを、独立後の“理想型”として思い描いていた。彼は言う。「私は提唱する。インドが非暴力の方針に沿って発展しようとするならば、多くのものを分権化しなければならない。中央集権は十分な力がなければ維持できないし、守れない」と(『ハリジャン』、1939年12月)。
 ガンディーは、「支配と服従」や「搾取と被搾取」といった人間関係ではなく、あくまですべての人々が自己の“主人”となれるような平等で公正な国家づくりをめざした。彼の考えでは、インドにおける真の民主主義は、“自治と自己抑制”に基づく「連邦主義」によって叶えられる。彼は、国家権力による政治的および経済的な“中央集権化”に反対した。 
 彼はまた、全国民が地方分権化、いわゆる権力と責任の分散を通して、調和のとれた社会を形づくるために目覚めるよう促した。このようにガンディーの「民主主義」観は、政治および経済権力の“分散”という考えに基づいていた。

わが「生涯の師」森田実氏も、自著『公共事業必要論』の中で、「地方再生なくして日本再興なし」と唱える。まったく同感だ。同氏は次のように記す。
 《ドイツの詩人シラーは、「生きることの目的は生きることそれ自体である」といった。この意味は、人間は、生きること以上の目的があるかのように思い込み、無理矢理「目的」をつくり上げるが、肝心なのは生きることそのものなのである――というのである。
 この3年間(2004年現在)、日本、というより東京は異常な改革熱に浮かされてきた。“米国流グローバルスタンダードに日本を合わせなければ日本は生きていけない”とか、“日米同盟を固めなければ日本は潰れてしまう”などとオーバーに騒ぎ立て、日本を“アメリカ化するための革命”に突き進んできた。そのために「三位一体改革」「市町村合併」「不良再建処理の加速化」「財政再建」「憲法改正」などのいわゆる「聖域なき構造改革」に向かって突進してきた。この“革命”を煽動したのがマスコミである。巨大マスコミがアメリカ化革命の先兵と化した。
 だが、その結果何が起きたか。日本国中の富の東京への集中、中央(東京)と地方との格差拡大と二極化、強者と弱者への分裂、そして日本の軍国主義化…などである。地方は切り捨てられ、荒廃が急激に進んでいる。敗者は社会から排除され、自ら死を選んだ人も少なくない。
 私がいいたいのは、この世に生まれた人間にとって、生きること以上に大切な目的がどこにあるのか、ということである。政治において、国民が平穏に生きることを保証するよりも大切にすべきことはないはずである。米国型市場万能主義を日本に入れるために日本国民を不幸にするような政治は罪悪に等しいものだ。…人間が生きていること自体を尊重する政治を行なわないと、日本は滅びるだろう》と。
 この罪悪に等しいことを小泉氏はやったし、現在も自民・公明党の政治家諸氏が、その“犯罪行為”に加担している。
 それに「東京」だけが、何も日本ではない。私は32年間、東京で過ごした。同地では、さまざまな人々との出会いがあり、お世話になった方々には心から感謝している。だが正直言って、心底、東京を愛する気持ちにはなれなかった。ある日、羽田空港から都心を見た時、東京は、どんよりとした大きなスモッグに包まれていた。そのとき私は、「人間の幸せは都会生活にはない」と語ったガンディーの言葉を実感した。むしろ私は、生来の「地方人」であることを心底誇りに思う。
 われわれが地方を守ることは、日本の「文化」を守ることだ。いや、日本そのものを守ることではあるまいか。私は、地方の主体性や「地域主権」を認めないことは、人間の「個性」を認めないことに通じると思う。自民党・公明党政府は、教育改革(実際は改悪)の名の下に、国家に対して表面的に従順なだけの“没個性的なロボット”をつくろうとしている。それと同時に、地方を切り捨てることで、日本全体の“生命力”を枯渇させようとしている。

 思うに、江戸幕府の滅亡と明治維新の大業は、西郷隆盛なしには考えられない。それと同様に、明治政府による中央集権化は、大久保利通の存在なしにはあり得なかったと思う。大久保は版籍奉還や廃藩置県を通して日本の中央集権化をはかり、富国強兵と殖産興業による近代化を推進した。そのために彼は、日本国(当時の大日本帝国)の国家的 
エネルギーを東京に集中させた。
 だが今日、首都東京は、一種の“飽和状態”にある。それゆえ今、その国家的エネルギーが逆流し、地方に分散しようとしている。しかし、ただ分散するのではなく、このエネルギーを地方主体に発現しなければならない。つまり、単なる地方分権ではなく、「地方主権」の確立こそが重要だ。
 この方向づけができる政治指導者こそ、「平成の大久保利通」とも言える小沢一郎氏ではないだろうか。
 人一倍、歴史物の好きな小沢氏は、その“徹底的な改革”ということで織田信長を敬愛し、「時代の先」を見越したその先見性と私心のなさで坂本竜馬を愛している。また彼の母校、慶応義塾の創立者、福沢諭吉の“近代人としての自覚や自負”に対する尊敬の念も相当なものであろう。無論、西郷隆盛の情と義に殉じた「原日本人的」心性も、彼の敬愛の範疇に入っていよう。
 だが、小沢氏が最も強く“自己同一化”しているのは、大久保利通ではないだろうか。私は、かつて近代日本の建設のために大久保利通が果たした「中央集権化」の歴史的な流れを、日本の各地方の主体性や個性が求められる現在、まったく逆に“地域主権”の方向に進めようとしているのが、「平成の大久保利通」小沢一郎氏だと思うのだ。
 かつて西郷も大久保も、その歴史的使命を担っていた。これは、高杉晋作や坂本竜馬、それに勝海舟や福沢諭吉についても言えよう。小沢氏は、彼らとほとんど同じレベルで、同様の“歴史的使命”を担っていると思う。それが国民本位の政治をめざした、かつてのさまざまな「政治改革」であったし、これからの「地方分権(=地域主権)」の推進だと思うのだ。 
 彼は、その過程に存在する“政権交代”のために日夜努力している。小沢氏は、自己の名誉や名声、あるいは権力欲のために奔走しているのではないと思う。明治の英傑たちと同様、すべては日本と日本国民のためだと思うのだ。 
 ある識者によれば、大久保利通は、内心「理想」を抱きつつも、決して空理空論に偏することなく、“一日一日を大事にした”という。小沢氏の毎日も、まさにこの大久保と同じではあるまいか。小沢氏も大久保同様、一日一日を大事にしながら、民主党が選挙に勝つべく粉骨砕身している。今回の「事務所費の公表」も十分、その脈絡で考えられよう。
 自民党議員からの非難や冷笑にもひるむことなく、ただ真正面を見据えて黙々と仕事に取り組む小沢氏に、私は最晩年の大久保の真剣な生き方を思い出す。小沢氏の思い描く彼方に、私は真の「地方の時代」の将来像を感じるのだ。
 今後の日本を、真に「地方の時代」とするために、われわれ国民一人一人が政治意識を高め、それぞれの持ち場で尽力しなければならないと思う。かつて徳冨蘆花が喝破したように、「国家の実力は地方に存する」のだ。日本が健全に繁栄していくためには、何より地方が“元気”でなければならない。それを真に理解しているのが、小沢氏をはじめとする心ある民主党議員やその支持者たちだ。 
 私は、真の「地方の時代」を推進するのは、まさに「平成の大久保利通」小沢一郎氏であり、彼を支える民主党の政治家諸氏であると確信している。私はまた、この方々のさらなるご健闘とご活躍を心から祈念する一人である。

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第23回・最終回(2007.2.28)

心ある人々の力を民主党のために、そして日本のために――苦難を超えて、ともに生き抜こう!


 安倍内閣が迷走している。中川幹事長による“贔屓の引き倒し”のせいで、安倍総理の“重み”のなさだけでなく、同内閣が浅薄な「欠陥内閣」だということが露呈した。
 だが、もともと、それは分かりきっていたことだ。それに元来、安倍氏に“威厳”やリーダーシップなどはない。それを“毛並みの良さ”と女性受けや世間受けする外見、加えて「拉致問題」に対する姿勢で、彼を総理に祭り上げたのは、自民党員のまったくの打算だった。しかし、それが“思わぬ誤算”だったことを彼らは薄々感じ始めている。この思いは今後、ますます強まろう。今夏の参議院選挙で、安倍氏の応援を辞退する候補者も多いのではあるまいか。
 端的に言って、安倍氏は、政治指導者として“若い”というよりはあまりにも“未熟”だと思う。彼に対して、かつてのアメリカ大統領J・F・ケネディは、若くてカリスマ性があっただけではない。彼は無類の読書家で、非常に深い思想と確固たる政治哲学を持っていた。無論、安倍氏は、ケネディと比ぶべくもない。まさに「月とスッポン」である。
 正直なところ、安倍総理は、政治指導者としては“贋物”だと思う。「政治的な毛並みの良さ」というメッキで、どれほど糊塗しても、彼は、実質的には“何も持っていない”。まるで独活(うど)の大木か、翌檜(あすなろ)のようなものだ。
 すでに旧聞に属するが、2月19日はアメリカの祝日「大統領の日」だった。それに合わせて、暗殺される直前のケネディ大統領(夫妻)の写真がインターネット上で公開された。ちょうど、暗殺90秒前のものだという。ジャクリーン夫人の美しい笑顔が印象的だ。また、大統領の自信に満ち、“すべてを信じきった”ような威厳を湛(たた)えた勇姿が、見る者の心を打つ。ケネディ大統領は最期の瞬間まで、同胞を信じ、同時に人間そのものを信じきっていた。
 1963年11月22日――アメリカと世界は“平和の使徒”、かつ“時代の良心”とも言うべき偉大な政治指導者を亡くした。ケネディの死後、米国の諸大統領は、嘔吐を催すほどの“俗物大統領”のオンパレードだった。
 今日のブッシュに至っては、まるで“猿の惑星”の大統領かと思わせるほどの似非(えせ)指導者ぶりである。彼は、大統領というよりも、まるでサーカスのピエロのような印象だ。それを珍重する自民党政治家たちの、何と救い難きことか! まさに喜劇を通り越して、表現しがたき“悲劇の世界”である。悲しいことに、その「悲劇の主人公」はわれわれ日本国民なのである。

 ところで、「人生はたった一度」と高杉晋作(1839〜67)は言った。たった一度の人生ならば、悔いを残さず生きたいものだ。そこでは、己れの“魂の声(=良心)”に従い生き抜くことが大切だ。それに、たとえ見果てぬ夢であっても、可能な限り挑戦しよう。たとえ、夢が叶わなくても、駄目でもともと。おじけて挑戦しないよりはましではないか。初めから、敗北者になるのではなく、自らが瞑目する日まで、生涯、 “一挑戦者”になろう。たった一度の人生ならば、自分にしかできない「生き方」を貫いてみよう。われわれはそのために、この世に“生”を受けたのだと思うのだ。
 今回は、少し「政治」の話から離れて、私は、母に次のように訊ねた。「お母さんは、人間が生きる上で大切なことは一体何だと思う?」、と。すると、母はこのように答えた。
 「私はこの前、82歳になったばっかりだけど、生きる上で大切なことなど、まだよく分からないね。でも、そんな私でも正直に思えることは、次のようなことだね。
 まず第一に、“失敗を怖れないこと”だろうね。失敗だけじゃなく、何事も怖れないことが大事だろうね。どんな事態になっても、慌てる必要はないと思っているよ。おじいちゃん(=母の父)がよく言っていたよ、『山よりも大きな猪は出てこない』と。何事も怖れるな!と言いたかったんだろうね。
 第二に、“自分や人を信じること”かしらね。これは、最終的には仏様や神様を信じることにつながるだろうね。今の日本人は、人への信頼感や神・仏への信仰心が薄いような気がするよ。日本人は本来、“信じる心”を持っているのだから、それを雑念なく育んでいけばいいと思うよ。
 第三に、『反省と感謝の心』じゃないかしらね。人間は誰しも完璧な人なんていやしないと思う。間違いや過失を犯すからこそ『人間』だと思うね。でも大事なことは、その人が過ちを犯しても、自ら深く反省することができるかどうかだと思う。それに、何事に対しても“感謝する気持ち”が大事だと思うね。今の日本人は、この感謝する心が一番欠落していると思うよ。何か、驕っているんじゃないかな。私も、他人事みたいには言えないけれど、心から気をつけたいね。
 第四に、“つねに希望を失わないこと”かしらね。今の日本は、『希望の喪失』が一番の問題だと思うね。人が幸せか不幸せかというのは、お金のあるなしの問題じゃないと思う。もちろん、お金は大事だけれど、それが直接幸福につながるとは思えないね。それに、いろいろな言い方ができるだろうけれど、その人が生きることに希望を持っているかどうかが、その人の幸不幸を左右するような気がするよ。まだ、82歳の“未熟者”の私、あまり大きなことは言えないけれどね。
 それで、この四つを併せ持っているのが、実は、小沢先生じゃないかしらね。先生は、何も怖れてはいらっしゃらないもの。それに今までも、心底人を信じてこられたよね。それだけに、随分と人々から裏切られた経験をお持ちだけれど、決してそういった人々を恨まず、いまも『希望』を捨ててはおられないと思う。また、いままでもさまざまなことを反省なさり、つねに感謝の心を忘れておられないと思うよ。その豊かなお気持ちがいま、小沢先生のお顔にも出ているんじゃないかな。
 そのようなお気持ちを土台にして、ひたすら先生は、ことし夏の参院選での『民主党の勝利』を確信しておられると思うよ。そういった小沢先生の真心を、周囲の方々ばかりじゃなく、より多くの国民が信じてあげられたらいいのにね。私は心からそう思うよ」と。
 母の「人生論」は、いつの間にか、彼女の敬愛する「小沢一郎論」になっていた。

 一つの短歌がある。「哀しくて 生きることさえ 切なくて ただひたすらに 吾は歩けり」。 実は、八方ふさがりになったときの私自身の気持ちを詠んだものである。人はときに、“生きることさえ切なくて”、何もかも放り投げたい気持ちになることがある。そんなとき、私には、ただひたすら街路を歩くことしかできなかった。だが、歩くのが必要だから歩いたのではない。ただ、独りで歩かずにはいられなかったのだ。
 人間は、「他者(ひと)を誤解し、他者からも誤解される」生き物だ。他者を真に理解し、他者から真に理解されることは、なかなかむずかしい。それは、夫婦間でも友人間でも言える。互いに誤解することが、いさかいや争いにまで発展する。もっと冷静になり、寛容になればいいのに、なかなかそうはできないものだ。むしろ、自分の欠点は棚に上げて、心の中でつい相手を責めてしまう。
 そんなとき、もっと“素直な心”“明るい心”になれたらいいなと思う。ひたすら歩き続けながら、ふと思う。“あれ、私は自分のことばかり考えている” と。たとえ万分の一でも、千分の一でも多く、自分のことよりも相手のことを考えられたら、きっと人間はもっと幸せになれるのだと思う。もっと“素直な心” “明るい心”になれたらいいな、と思う今日この頃である。 
われらが人生は、たとえそれがどれほど苦難に満ちたものでも、本当に“すばらしい”と思う。たとえ、それがどんなに短いものでも、人生とは実に“ありがたいもの”だ。
 私たちは、それぞれに異なる人生を歩む。人それぞれの人生が、おのおの違った色合いと輝きを放つ。人生がたとえいかなるものであれ、それを生き抜いてこその人生だ。
 人は、一人で生まれ、一人で死ぬ。多々反省はしても、正直、悔いの残らない人生でありたい。それゆえ、それぞれに、威風堂々と生き抜こう。たとえ数々の苦難があっても、前をしっかりと見据えて、胸を張って生きて行こう。  人生――それは、われわれの魂を磨く道場。
 人生――それは、いろいろな宝物を発見できる無限の宝庫。
 人生――それは、私たちの魂を導く「教師」。
 人生――それは、われわれ一人一人が名演技をすべき天下の晴れ舞台。… 
 われわれは、人生の終幕の日に堂々と心の中で叫ぼう、「人生、君は本当に美しい」と。 

 ところで、この世のあらゆるものが神によって創られたものとするなら、その“最高傑作”は、一体何だと思われるだろうか?
 私は、「涙」ではないかと思う。人生で涙を一度も流さなかった人はいないはずだ。人はそれぞれに、他者(ひと)には言えぬ悲しみを背負い、それでも希望を抱いて生きている。人は悲しいときや切ないとき、あるいは辛いちきや淋しいときなどに自然と涙がこぼれる。反対に、嬉しくてたまらないときや喜びの絶頂にいるときにも、思わず涙があふれるものだ。心から感動したときも感激の涙が流れる。このように、人は感涙を通して自らの“正直な思い”を吐露する。
 しかし、涙のなかで最も多いのは、やはり「悲しみの涙」ではないだろうか。肉親や愛する人を病気や事故あるいは事件などで亡くしたり、親しかった友人と離別したり、信頼していた友人に裏切られたりして、人は悲しみの涙を流す。
 けれども、私たちはもはや“涙も流れない”ほどに辛い体験をすることがある。実際、あまりにも悲しすぎて涙も流れないのだ。ときには悲しみがあまりにも深いため、気が狂(ふ)れる一歩手前まで行くこともあろう。
 そのような場合、涙の存在は実にありがたいものだ。それは私たちにとって“無上の慰め”となるからだ。事実、人は落涙によって癒される。ときに涙は人の心を浄化さえしてくれる。その意味でも、涙は神様の“最高傑作”と言えるのではないだろうか。
 戦後間もない頃、『にがい米』というイタリア映画があった。ときに、惨めな思いをして生きるがための「食」を得るのが、われらが人生である。人間、誰でも歯を食いしばりながら働き、かつ生き抜いている。“明日は、今日よりもよくなる”という思いを抱きながら。だが近年、この確信さえも疑わしいものになってきた。そこに“政治の貧困”があり、自民党さえも手玉にとる「官僚政治」や「官僚支配」の根深い問題が存在する。
 実際、人が生活に窮して「今日の米に事欠く」ということもある。ときには、“神も仏もあるものか!”と悲憤慷慨することもあろう。それでも、われわれは生き抜かなければならない。決して辛い人生から逃げてはならないと思う。生活の苦しみや絶望感から死を望む人が多い今日、かつて与謝野晶子が戦地に赴く弟に対して言ったように、「君、死に給うこと勿れ!」と叫びたい。苦しいのは、決して「あなた」だけではない。この世には、生きたくても生きられない人さえいるのだ。 
 われわれは、涙なしには生きられない。前述したように、悲しくても涙、切なくても涙、また嬉しくても涙、まさに涙あってこその人生だ。涙こそ、われらが生涯の良き友だ。
 親鸞上人は「愛欲の広海に沈み」と、自らの欲望(とくに性欲)の強さ・深さを告白なさった。上人の正直さに私は感動する。だが、人間の欲望だけでなく、まさにわれらが人生こそが広く、かつ深き「海」である。それも古今東西、数限りない人々が共通して流した涙によってできた“涙の海”だ。われわれは、「人生」という名の苦難や苦痛に満ちた、この”涙の海”を泳いで渡らなければならない。ならば、友よ、ともに涙の海を泳いで渡ろう! われら一人一人に渡り切る勇気と力が、平等に与えられていると思うのだ。

 ところで、政治家とは無論、政治(行財政を含めた)や政策のプロであってほしい。だが、何よりも、人々が悲しみや苦しみで涙するとき、ともに“涙を流せる人”であってほしい。民主党員(とくに若い方々)に現在、この心情と目線で、人々に接する気概と真心があるだろうか? 苦しむ人々の汗と涙に心底共鳴できるだろうか?
 共産党と公明党――ともに、その全体主義的な組織政党ゆえに、国民の警戒と批判の対象となる。だが、両党の党員諸氏は、いままで社会的弱者とともに涙し、人々に「希望」を語れるだけの“大衆性”を保ってきた。無論、両党には「組織が個人に優先する(ときには個人を犠牲にする)」という“本質的な欠陥” がある。だが、さまざまな問題を内包しつつも、今日まで彼らが培ってきた“大衆性”こそは非常に強力である。決して侮れるものではない。
 正直、新参でもある民主党員に彼らに比肩し得るほどの“大衆性”があるだろうか? 民主党は、労組などの「組織票」に依存してはいないだろうか? 民主党は、国民一人一人の顔を思い浮かべれるような真の「大衆政党」だろうか?
 人々の涙にともに涙し、汗をかきながら歩き回り、ともに働き、かつ人々と語り合い、その悩みや訴えに耳を傾け、土の匂いさえも感じられることこそ、真の「政治」ではあるまいか。私は、政治とは、単なる理論や理屈ではないと思う。もっと汗臭く、土の匂いのするものではないかと思うのだ。
 だが、現在の民主党は、その涙と汗と土の匂いを忘れつつあるのではないだろうか。そのような民主党から、心ある農民や漁業従事者、それに中小企業の経営者や労働者が離れつつあるように思う。今日の苦難を知っているのは、誰よりもさまざまな「社会的弱者」である。このような人々とともに歩み、ともに苦しみ、ともに希望を見出してこそ、真の“政治の意味”があるのではあるまいか。
 「苦難を超えて、ともに生き抜こう!」というのが、私の正直な願いである。だが同時に、これは政治家諸氏の胸底に存する願いであってほしい。
 言うまでもなく、政治は社会的弱者を幸せにするために存在すると思う。しかし、“人々のために”という思い以上に、“人々とともに”という視点も大事だと思うのだ。その意味で、政治とは「人々(とくに社会的弱者)とともに自らが幸せになる行為」とは言えないだろうか。そこでは、社会的弱者を単に救うべき「他者」として認識するのではなく、むしろ“自分と同一”だという一体感が求められる。
 私が理想とするマハ―トマ―・ガンディーや尊敬する宮沢賢治には、このような社会的弱者との全き“一体感”があったと思う。インド独立(1947年)直後、ガンディーは、彼の祝福を求めに来た国民会議派の新米議員たちに対して、次のように述べた。
 「今日から、あなた方は、茨の冠(イエス・キリストが処刑前に被せられたもの)を被るのです。権力に気をつけなさい。権力は必ず腐敗します。その虚飾と見掛け倒しの罠に陥らないようにしなさい」と。 

 あえて理想を論じるならば、私は、「真の政治家」とは、単に政治・経済的、あるいは法律的な知識や理論を駆使できるエリートのことではなく、むしろつねに「社会的弱者」と自己を“一体化できる人間”のことだと思う。そして、この一体化の視点に立ち、「苦難を超えて、ともに生き抜こう!」と訴えることのできる人だと思える。 
 正直、私は、小沢一郎氏は、このような言葉を魂の奥底から言える“真の政治家”だと思うのだ。事実、小沢氏は次のように述べている。
 「経済を立て直すことは、正しい政策を手順を間違えずに実行すれば、それほど難しくありませんが、精神を立て直し、国民が心を奮い立たせて新しい国づくりに取り組めるようにするのは、至難のわざです。したがって、私たちは、何よりも、日本人の心の荒廃を直視し、日本人のよき資質を再生させることに心を砕くべきです」と(小沢一郎・菅直人『政権交代のシナリオ――「新しい日本」をつくるために』、PHP研究所)。
 小沢氏ほど、自ら「日本人の“心の荒廃”を直視し、日本人の“よき資質”を再生させることに心を砕いている」政治家は、そういないであろう。私は、彼こそは真に日本の危機や日本人の問題を正確に把握し、その解決策を国民に提示できる“唯一の政治指導者”だと思う。 
 それゆえ、小沢氏を旗頭に、「心ある人々の力を民主党のために、そして日本のために結集しよう!」と心から訴えたい。そこで、「生活維新」こそは民主党員、ならびにその支持者がともに擁(いだ)ける立派なスローガンとなろう。
 今夏の参院選で自民党は敗北を喫するだろう。
 では、その勝利者は民主党だろうか? 正直言って、いまの私にはそのようには思えない。同選挙は、いままでよりもっと“政党離れ”の進んだ選挙になるのではあるまいか。過日の宮崎県知事選挙は、その“先触れ”だったかもしれない。その意味で、真の勝利者はどの政党にも属さない“無党派層”ということになりかねない。
 あるいは、先日の亀井静香氏の名演説や糸川正晃氏などの活躍の影響もあり、国民新党が大躍進するかと思う。正直、自民党に対する批判票は民主党にではなく、むしろ国民新党に流れる可能性が大きいと思う。同党には、真摯さと真の“迫力”がある。つまり民主党も実質的に、自民党同様、“負ける可能性”さえあると思うのだ。
 だが、決して負けてほしくはない。むしろ、堂々と勝ってほしい。そのためには同党には真に魅力ある政党になってほしい。民主党はそれが十分可能だと私は思う。しかしそのためには、鳩山幹事長が語ったように、「今夏の参議院選挙は、民主党にとって(自民党同様)、まさに“背水の陣”だ」という覚悟と気構えが必要だと思うのだ。
 11年前に「民主党」が結成された後、「同党は、菅氏と鳩山氏の路線の違いが、やがて同党の分裂を生むだろう」と自信を持って予言した一人の政治家がいる。石原東京都知事である(『諸君!』平成8年12月号「幼稚な国の幼稚な選挙」より)。だが、民主党は石原氏の予言どおり分裂しただろうか? ましてや、小沢氏が民主党の代表になるなどとは、石原氏でさえも予想できなかっただろう。
 ことほど左様に、日本にはいま、わが国を正しい方向に導こうとする“時代の嵐(=真の神風)”が吹こうとしている。われわれは、その“歴史の声”に耳を傾けるべきだと思うのだ。
 民主党は、真に祖国日本と日本国民を愛する人々が集う政党だ。同時に、「政治」を官僚の手から国民の手に取り戻し、国民主体の政治にしようと考える人々の政党でもある。さらには、日本が自らの力で世界平和に貢献することを心底願う人々による政党だ。
 「わが同胞(はらから)よ、民主党の旗の下に集まろう!」――これこそが、日本国民を真に幸せにする道だと私は確信する。
 小沢代表のご健康と民主党員諸兄の今後のご活躍とご健闘を心より祈念したい。衷心からの期待と皆様への感謝を胸に、拙稿を謹んで擱筆したいと思う。〈了〉 

【5か月間、拙稿「母と語る小沢一郎論」をご愛読くださり、本当にありがとうございました。なお、森田実様はじめ森田総合研究所の皆様方にはた大変お世話になりました。心より御礼申し上げます――渡邉良明】  

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コメント
 
01. 2010年1月17日 05:25:03
長かった〜、けどようやく読み終わりました。
小沢一郎論であると同時に前回参院選直前までの政治状況や問題点などを的確に分析した政治論でもありました。
知らなければ読むこともなかった小沢一郎論の投稿に感謝します。
今マスゴミに騙されつつある国民に是非読んで欲しい政治論です。
しかし、こんな良い論文が森田実のHPに掲載されているなんて、最近は小沢叩きばっかりしている森田さんはどうしちゃったのでしょう。
 

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