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検察の「暴発」はあるのか(下)― 郷原信郎(日経ビジネスオンライン)
http://www.asyura2.com/10/senkyo79/msg/414.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2010 年 2 月 03 日 09:36:33: twUjz/PjYItws
 

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100201/212508/?bvr

2010年2月3日(水)

検察の「暴発」はあるのか(下)
郷原信郎が検察と政治の関係を考える

郷原 信郎 【プロフィール】

政治資金規正法 小沢一郎 民主党 陸山会 検察
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(前回から読む)

 検察庁法14条但書による法務大臣の検事総長に対する指揮権は、行政権に属する検察の権限行使に対する唯一の民主的コントロールの手段として規定されたものだが、造船疑獄での犬養法務大臣の指揮権発動が、国民の多くに、「政治の圧力」が「検察の正義」の行く手を阻んだ事例のように認識されたことで、それ以降、検察の正義は、政治が介入してはならない「神聖不可侵なもの」のように扱われることとなり、指揮権は、事実上、「封印」された形になった。

 しかし、「『法務大臣の指揮権』を巡る思考停止からの脱却を」で詳しく述べたように、実は、この事件における指揮権発動は、捜査に行き詰まった検察側が「名誉ある撤退」をするために、自ら吉田茂首相に指揮権発動を持ちかけた「策略」だった。そのことは、元共同通信記者の渡邉文幸氏の著書『指揮権発動―造船疑獄と戦後検察の確立』(信山社出版)で、事件当時法務省刑事局長だった井本台吉氏の証言などを基に明らかにされているほか、新聞等でも関係者の同様の証言が取り上げられており、ほぼ定説となっている。

 今回の事件で、検察が、小沢民主党幹事長の刑事責任追及の動きを見せた場合には、造船疑獄事件における当時の佐藤自由党幹事長の逮捕をめぐる法務大臣指揮権と同様の構図が再現されることになる。

 両者に共通するのは、検察捜査に無理があること、そして、一方で、政治状況にも不安定な面があり、検察の権限行使によって政権自体が壊滅的なダメージを受けかねないことである。造船疑獄事件での指揮権発動は、吉田内閣に対する国民の厳しい批判を巻き起こし、吉田首相は退陣に追い込まれ、それが保守合同の実現、「55年体制」の確立につながった。


指揮権発動という選択肢はあるか

 今回の事件についても、これまで述べてきたように、石川議員の逮捕事実自体にも問題があり、小沢幹事長に対する刑事責任追及は常識的にはあり得ないが、もし、検察が、あえて、それを行おうとしてきた場合、民主党政権の側には法務大臣の指揮権発動が一つの選択肢となる。しかし、その発動の仕方を誤れば、吉田内閣と同様に、鳩山首相は退陣に追い込まれ、民主党の分裂など、政治の枠組みが大きく変わることになりかねない。

 このような場合の法務大臣の指揮権発動に関しては、造船疑獄の教訓が最大限に活用されなければならない。そこで、最も重要なことは、事件の事実関係、証拠関係の十分な検討の上で法務大臣としての判断を下すことである。造船疑獄事件においては、「重要法案の審議」への「政治的配慮」だけが指揮権発動の理由とされ、佐藤幹事長に対する容疑事実の内容には言及されなかった。それが、政治的圧力が検察の正義の行く手を阻んだように誤解される原因になった。

 法務大臣が指揮権の発動を検討するに当たって、その前提となる事実関係、証拠関係について検察当局から報告を求めるのは当然のことである。検察の権限行使を差し止めるのであれば、まず、事実関係、証拠関係が権限行使の十分な根拠となり得るものか否かを判断する必要がある。

 既に述べたように、今回の事件に関しては、報道されている範囲内の事実関係であれば、陸山会の代表者である小沢氏自身の刑事責任追及は極めて困難だと考えられる。法務大臣としては、そのような方向の検察の権限行使に当たっては、十分な時間的余裕を持って事前に報告するよう指示し、検察側が報道されている以上の証拠、事実をつかんでいるのかどうか、それによって強制捜査や起訴が正当か否かを判断すべきだ。

 その結果、十分な証拠や事実に基づかずに検察当局が小沢氏本人に対する捜査権限を行使しようとしていると判断した場合には、検察当局から示された証拠関係や事実関係を公開した上で、指揮権を発動するという選択肢もあり得る。

 刑事事件の事実関係は、捜査、公判業務に密接にかかわるものであり、個人のプライバシーも多く含まれていることなどから、「訴訟に関する書類は公判の開廷前はこれを公にしてはならない」との刑訴法47条本文の規定によって、具体的な刑事事件についての事実関係や証拠関係を公表することは差し控えられてきた。

 しかし、殺人、強盗のような一般的な刑法犯であれば、犯人を検挙し処罰することが最優先されるのが当然であるが、政治資金規正法違反事件というのは、まさに、国民に対する政治資金の収支に関する情報の公開が問題になっているのであり、検察当局の動きが、単なる刑事事件の処罰を超えて、政治闘争の色彩を帯びている場合には、情報が公開され、十分な議論が行われた上、最終的に国民が判断することが重要である。

 検察の権限行使が適切ではないと判断して指揮権を発動するのであれば、法務大臣は、検察当局から示された証拠関係を公開し、その判断の是非を公の議論と国民の判断に委ねるべきである。その場合の証拠の公開は47条但書の「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合」に該当すると言えるであろう。指揮権発動の判断が国民に支持されない場合には、法務大臣として責任を問われることになり、首相の任命責任につながることもあり得る。それだけに、法務大臣が十分な証拠の検討に基づき適切に行われるよう、法務大臣をサポートする体制を整えることが必要となる。


小沢氏は十分な説明を行うべき

 本件の事実関係が、基本的に報道の範囲内なのであれば、もともと、小沢氏自身が刑事責任を追及されるような話ではない。しかし、小沢氏の刑事責任が追及されず、今回の捜査が検察の「敗北」に終わったとしても、資金管理団体による不動産取得等に関する小沢氏に対する批判がすべて的外れだったということではない。

 本件当時、資金管理団体による不動産の取得は禁止されておらず、多数の秘書を抱える有力政治家が政治資金を有効に活用する方法として秘書の宿舎のための不動産を取得することに一定の経済合理性があることも確かである。しかし、そもそも、資金管理団体は特定の政治家のための政治資金の財布のような存在である。その団体が代表者の政治家の名義で不動産を所有した場合、その政治家が死亡した後の不動産の所有関係に問題が生じることは避けがたい。

 今回の陸山会をめぐる政治資金の問題の背景には、このような資金管理団体による不動産取得に関する疑念があったのであり、小沢氏には、その疑念を晴らすための十分な説明と不動産の所有関係の問題を解消するために納得できるだけの措置をとる必要がある。法令に違反していないので問題はない、という言い方は、悪しき「法令遵守」主義そのものであり、「政治団体の収入・支出についての誤りはすべて処罰の対象」という理屈で今回の捜査を進めてきた検察の「法令遵守」主義と同レベルだと言えよう。

 小沢氏は、刑事責任追及を免れた場合も、今回の事件に関連して受けた様々な批判を、真摯に謙虚に受け止め、政治的、社会的責任を明確にすることで国民の信頼を回復することに努めるべきだ。

 「小沢VS検察」の対立構図になって以降、検察の敗北が小沢側の報復と検察の支配につながることへの懸念が、法務・検察や、それを支持するマスコミの大義名分にもなり、それが強引な検察捜査を可能にしてきたとも言える。今回の捜査が検察の敗北に終わった場合、検察の組織は、危機な状況に陥る。そうした中で、小沢氏側が政治的な力で検察に対する報復や検察組織の解体を行おうとすることはあってはならない。「小沢VS検察」の対立構図になって以降、検察が敗北すれば小沢氏側からの報復などにつながるとの懸念が、小沢氏側に対する検察捜査の大義名分となってきた面もある。

 検察捜査が敗北に終わった場合においても、小沢氏の側には検察に対して慎重な対応が求められる。報復的に検察組織に介入したり、支配をしようとする動きは、検察の捜査権限を政治的に利用する悪しき前例を残すだけだ。小沢氏側がそのような動きを見せた場合には、筆者を含め、今回の問題に関して検察の「暴走」を批判してきた多くの論者は、一斉に小沢氏側を批判する立場に回ることになるであろう。


問題の根本にある組織の閉鎖性と硬直性

 拙著『検察の正義』(ちくま新書)の中でも述べたように、検察の危機の根本的な原因は、社会的価値判断が不要な一般的刑事事件中心の刑事司法において「正義」を独占してきた検察が、社会が複雑化・多様化し、複雑化・多様化する中で、様々な分野における法令違反行為に対する健全な制裁機能を果たすことを求められているにもかかわらず、組織の閉鎖性、硬直性ゆえに、社会の構造変化に対応できず、大きく立ち後れていることにある。

 検察は、今回の事件を機に、検察組織が直面している危機的な状況を認識し、特捜検察の組織体制や権限行使の在り方についての抜本的な改革に自ら着手しなければならない。

 最悪のケースは、検察の「暴走」が成功し、「小沢VS検察」が検察の勝利に終わった場合だ。最大の政治権力者を、今回のようなレベルの政治資金規正法違反の容疑で葬り去ることができるとすれば、もはや、マスコミ報道を味方につけた検察の権力に対抗できる個人も組織もなくなるであろう。昭和初期に、帝人事件をはじめとする検察の疑獄摘発と軍部の台頭によって民主主義が崩壊したのと同様に、戦後初めての選挙による政権交代によって新しいステージに入りつつあった日本の民主主義は重大な危機に瀕することになる。

 最後に、「THE JOURNAL」のコメントの中にあった、戦時下の体験を綴った匿名の一文を紹介して、本稿を締めくくることとしたい。

 「戦時中、軍国少年だった私です。太平洋戦線が始まった頃、学校の担任教師が『2・26事件』を論評し、政府要人を殺害した青年将校の所業について≪彼らの行為は自分の生命を犠牲にして、腐敗と悪臭に満ちた重臣たちを征伐した≫と、小学生の私たちに教えました。戦後になって、その教師たちも、自分たちの誤りに気づいたことと思いますが、戦時中は、大多数の日本国民が、『2・26事件』の犯人(青年将校)を、そのように評価していたのは事実です。

 これは戦時中に書かれた数々の書物に残っていますが、中には事件の犯人たちを≪幕末の勤皇の志士≫と同じとまでなぞらえ、称賛していた作家もいたのです。

 だからこそ、事件を起こした青年将校たちは≪自分たちの政府要人たちの殺害は、昭和維新を実行する【正義の鉄槌】と信じ込み≫新聞・世論も、それを安易に容認していたのです。
 その結果、あの悲惨な太平洋戦争へ傾斜していったのです。

 今回の東京地検特捜部の独走は、戦前の『2・26事件』ほか、数々の≪自分たちだけが、正義である≫の誤った独断で、日本を破滅に導いた悪夢の再来としか思えません。

 【自分たちだけが正しい】。こうした考え方を、凶器同然の【国家権力の逮捕権】を持っている人々が思いこんだとき、民主主義は破滅いたします。」

 

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コメント
 
01. 2010年2月03日 10:39:27
小澤の報復=検察人事への介入、組織改革
別にこれは報復ではなく、郷原氏の述べる旧態然たる検察組織を改革し
時代に沿ったものにすることです。
報復などというのは下種の勘繰りです。
しかしながら、
今回の検察捜査関係者に対する
責任の取りかたは
どうあるべきかを
郷原氏は説明して欲しい。

02. 2010年2月03日 11:43:21
郷原氏は確かに、元検察官としてはまともな精神の持ち主である。
しかし、所詮は検察畑の人である。自分の育った畑は荒らされたくない気持ちは隠せない。氏は小沢氏の報復と言う言葉を使っているが、そこに氏の検察畑出身の気持ちが滲んでいる。そして報復は如何と言い、検察の自浄作用を期待している。
しかしそれは甘いと言わざる得ない。

それほど検察に自浄能力があるならなぜ何十年も、裏金というれっきとした犯罪を犯し続け、内部告発をや外部告発を何度もされそうになると、あらんことか権力乱用してまで人の人生を台無しにする卑劣な口封じ逮捕したりしたのか?また被告発中の検察幹部の裏金疑惑を隠蔽するため、検事総長自ら内閣に対して裏工作に走り回ったのか?また政治(国家)体制の方向性を検察が決めようとしたとしか考えられない、鈴木宗男氏逮捕や植草氏逮捕など巨悪を見逃した正義とはほど遠い恣意的暴挙を繰り返して来たことをどう思うのか?

しかも知識人の間では検察は米国の手先という指摘さえある今日だ。あながちこの指摘は頷けるものがあるのは事実だ。
また、判検交流などで長年にわたる司法との癒着を批判されながらも是正することなくここまで来たばかりでなく、近年の国賠裁判事例などを見ればさらに強化されている様子さえ見られる始末だ。

このような足跡を改善もなく辿り続けて来た検察に、郷原氏のいう検察の自己改革などいまさら期待出来るわけがない。

氏は小沢氏の報復と被害者的に言うが決して報復などではない。外部から強制的に改革しなければこの腐りきった検察・司法・マスゴミの三角関係はどうにもならないところまで来ているということだ。

裏金から冤罪逮捕、国策逮捕まで膿みをすべて出さなければならないのだ。このような我が身の血肉を切る大手術を、これまでの腐りきった体質にどっぷり浸かったいまの検察に出来るとでも言うのか?それとも氏はここまではやりたくないのか?

郷原氏の捜査に対する正義感と見識は立派で今回は多大な役割を演じてくれたと思うが、検察改革に関しては到底氏の主張は受け入れることは出来ない。


03. 2010年2月03日 11:45:25
「検察捜査が敗北に終わった場合においても、小沢氏の側には検察に対して慎重な対応が求められる。報復的に検察組織に介入したり、支配をしようとする動きは、検察の捜査権限を政治的に利用する悪しき前例を残すだけだ。小沢氏側がそのような動きを見せた場合には、筆者を含め、今回の問題に関して検察の「暴走」を批判してきた多くの論者は、一斉に小沢氏側を批判する立場に回ることになるであろう。」
と書かれておりますが、私は違うと思います。

癌患者に治療を受けさせなかったり、乳幼児保護者に対し、保護義務を行使させなかったりしたことの責任は重いです。
私は、今後、二度とこのような対応を国民に行使させないための対応をとるべきだと考えます。
その対応施策をもって、「小沢氏側を批判する」口実にはなりえません。


04. 2010年2月03日 11:59:10
>小沢氏側がそのような動きを見せた場合には、筆者を含め、
>今回の問題に関して検察の「暴走」を批判してきた多くの論者は、
>一斉に小沢氏側を批判する立場に回ることになるであろう。

郷原さんのこの部分のコメントに、違和感を感じました。
郷原さんのこれまでの素直な(組織防衛と言う目的を含まない)
「検察の本分」に沿った解説に感服していたのですが
それは錯覚だったのでしょうか?
上記の文書には、報復でない建設的な対応の提案を付け加えて書いて欲しいです。
どちらが「勝つ」と言う事が目的でなく。この日本が良くなるために。


05. 2010年2月03日 12:34:12
03に同感!!!

検察の癌患者に治療を受けさせなかったり、乳幼児保護者に対し、保護義務を行使させなかったりしたことの責任は重いです。
しかも両方とも女性秘書であり、関係性は薄い。石川議員の秘書は今回の問題発生時は秘書をしていなかったにもかかわらず、拘束された。
がん患者だった秘書は、まんぞくな治療が受けられず亡くなってしまった。

これを無かったことにできますか?


06. 2010年2月03日 12:45:31
>>05さん

今回の問題で検察の威信は地に落ちた。俺的には大昔から検察を信用していなかったが、世間一般広く検察の不正義が広まったことは大きな収穫だった。

ここまで、検察が小沢に拘り、墓穴を掘ってくれるとは思ってもいなかった。

あまりにも強引な捜査手法、マスコミリーク(捏造嘘も交え)、世論操作(風をふかす)被疑者拷問、関係者拘束拉致、捜査権・起訴権の乱用、今回の問題で検察がもう一つの強大な権力であるという国民の認識が高まった。よって、国民が監視監督する
(できる)仕組みが必要であるという自然な議論ができることは、正常化の第一歩である。
可視化法案成立は、そのための第一歩でなんとしても今国会で成立させよう。


07. 2010年2月03日 13:10:49
> 検察捜査が敗北に終わった場合においても、小沢氏の側には検察に対して慎重な対応が求められる。報復的に検察組織に介入したり、支配をしようとする動きは、検察の捜査権限を政治的に利用する悪しき前例を残すだけだ。小沢氏側がそのような動きを見せた場合には、筆者を含め、今回の問題に関して検察の「暴走」を批判してきた多くの論者は、一斉に小沢氏側を批判する立場に回ることになるであろう。

これは、検察は、強大な国家権力を乱用して、マスコミを使って世論を誘導し、国民が政治を選択する権利を踏みにじっていることについて、一切、責任をとらなくて良いということなのでしょうか?
そうであるなら、私は今後、郷原氏のご意見を支持しません。


08. 2010年2月03日 16:20:33
郷原さんのおっしゃる意図は理解出来ないこともないですが、そこまでおっしゃるのでしたら、小沢氏の更なる説明責任を求めるのと同様に、一般国民に理解できる内容で噛み砕いた説明が必要だと思います。検察の敗北が確定したわけではありませんが、仮にそうなった場合には今後の検察の態度、動きを見極める必要があります。
郷原さんの今回のその部分のコメントは、それを待ってからでも遅くはなかったと思います。
その後検察が依然として自己改革もしない(具体的には、可視化を拒否する、記者
クラブの解放拒否、リーク情報の管理不徹底 など)自浄作用もないなど、検察に
改革のきざしが見られない場合は、やむをえず政治が介入せざるを得ないと考えます。その場合報復介入であれば、マスコミが今以上に報復報道に出るのでその可能性は低いと思われます。
私は今回の郷原さんのコメントは少々勇み足(検察の暴走に比べれば取るに足りないが)か、あるいは小沢支援者への乳母心なのか、今後を待ちたい。

09. 2010年2月04日 08:04:54
郷原氏の裏金問題や検察改革に対する消極的さは第三者委員会の追求の頃から私は感じていたが、たまたま2月3日投稿のヒゲ戸田氏の記事「連赤の植垣氏が語る!連帯の武委員長が語る!」http://www.asyura2.com/10/senkyo79/msg/478.htmlの中のビデオで以下の秘話を知りその謎が解けた気がする。

下記の三井環(みついたまき)氏の祝賀会のビデオを見て貰えれば確認出来るが、そのなかで呼びかけ人の一人である尾塚野氏という人の話によれば、2年程前にテレ朝の朝生テレビから三井氏に出演依頼があったという。私が調べたところたぶんその番組は2007年12月1日放映の「激論“検察の正義”とは何か」だと思う。

尾塚野氏の話しによればその出演者に元最高検検事の土本武司、同永野義一、郷原信郎の各氏が予定されていて、3人は三井氏の出演を妨害したというのである。3人は三井氏が出るなら自分たちは出ない態度を見せたという。結果三井氏は出演出来なかったようだ。これが本当なら三井氏から必ず出る検察裏金追求や検察改革発言を3人は嫌ったということになる。

尾塚野氏はこの秘話の事情に関する?FAXを所持しているらしいのだ。祝賀会ビデオ全体を通じ見ると尾塚野氏は検察事情に精通しているらしくこの秘話の信憑性は高かったし、私が郷原氏の検察改革に対する消極姿勢を感じた印象とも一致するものだった。

郷原氏は捜査のあり方に対する正義感を持っているのはわかる。郷原氏が捜査上の暴走(現場レベル)に対する一定のブレーキ役を果たしてきたのは十分認めるし、その点では監視役として今後とも頑張ってもらいたいと思う。

しかしこと腐敗を取り除く検察改革となると過大な期待は出来ないだろう。やはり検察司法改革は徹底的にやる覚悟を示した三井氏や鈴木宗男氏らを支援し頑張ってもらうとともに、我々市民が手綱を緩めず鳩山政権の尻を叩いてやらせるしかないと思う。

三井さん祝い会5:三井氏語る!2:裏金検察とマスコミの実態批判等9:34
http://www.youtube.com/user/todajimusho#p/u/12/17N3iIxxo_I


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