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【角栄の「政治は力なり。力は数なり」論考】(れんだいこのカンテラ時評677)
http://www.asyura2.com/10/senkyo81/msg/341.html
投稿者 韃靼人 日時 2010 年 2 月 26 日 21:29:47: XfUHcQiPmEZmc
 

http://otd10.jbbs.livedoor.jp/1000013618/bbs_plain

れんだいこのカンテラ時評677 れんだいこ 2010/02/26 18:45

【角栄の「政治は力なり。力は数なり」論考】

 角栄の「政治は力なり。力は数なり」論が今も歪められて流布している。最近もどこの週刊誌か忘れたが、「政治は数、数は力、力はカネなる角栄式政治論批判」を目にした。ポストか現代か新潮か文春のどれかの記事だったと思う。記者のお粗末さが分かる。書いている本人はそのように理解しているのだろうが、角栄のその種の発言は寡聞である。れんだいこは、角栄が、「数は金なり」と言ったという話が信じられない。悪質な歪曲造語であろう。批判派の話法がこういう悪質論法に拠っていることを知る必要がある。

 角栄は「政治は力なり。力は数なり」とは言ったと思う。しかし、「政治は力なり。力は数なり」と「政治は数、数は力、力はカネなり」とは意味が大きく違う。こういう歪曲批判は為にするもので、為にする者の人格識見が疑われよう。角栄批判者は、角栄が言ってもいない言を捏造し「諸悪の元凶角栄論」を幻像化させ批判のボルテージを挙げた。れんだいこが、ここで反論しておく。

 角栄政治は専らこうした立花隆−日共流の針小棒大ないしは歪曲批判攻めで、その政治活動の稀有なまでの功績までもがタライと共に流され全否定された。裏金に勤しむ検察、その検察が小沢の裏金を突く国策捜査が不起訴に終わった今こそ、ロッキード事件で嵌められた角栄を歴史的に救済せねばなるまい。のみならず、角栄以降の政治の貧困を思う時、角栄政治を再検証し、好評価すべきところは復権させねばなるまい。角栄政治の見直しこそ、日本政治のカンテラとなるのではなかろうか。

 もとへ。角栄の「政治は力なり。力は数なり」は、これは一種の思想哲学である。いわゆる民主主義政治が多数決に基づく制度であることをことを見据えた言辞であり、何ら批判されるには及ばない。もしこれを批判するとするなら、君主政治、貴族政治、官僚政治の側に立たない限りできまい。戦後民主主義のシステムは、三権分立制の上で立法権の裁量を高め、立法権を普通選挙で選出される代議員制に委ね、国会を最高の権力機関とした。これによれば、国会は審議、立法の場であり、異論、異端、分派、野党が堂々と認められつつも最終的には、多数決民主主義の下に政権与党が政府を構成し、責任政治を担うことになる。

 してみれば、角栄の「政治は力なり。力は数なり」は、戦後民主主義の何たるかを根底で捉えた見事な表現であろう。この当たり前の見地に対し、戦後民主主義を擁護するかの如くの言辞を弄しながら、角栄の「政治は力なり。力は数なり」を批判する芸当はヌエものでしかない。もっとも、そのままでは批判できないから、こういう手合いは、批判の前に小細工を弄する。言を捻じ曲げ批判し易いように改竄してから叩く。こういう連中が殊のほか著作権に煩い習性がある。れんだいこが告げておく。チョサクチョサク云う前に、性根を直せ。論の技こそ磨け。変則技ばかり覚えずに正々堂々と論には論で挑め。

 角栄の金権問題で、一言しておく。角栄式金権が案外と清廉潔白的なものであったことが知られているだろうか。案外知られていない逸話を伝えておく。角栄は大臣になっても、各省に割り当てられていた交際費(大臣機密費)にビタ一文手をつけなかった。交際費(大臣機密費)とは、省庁ごとに予算金額は違うものの数千万円から億単位くらいまで予算化されており、各省庁の大臣、長官の自由裁量に任されている。官僚が新任大臣の評価の尺度の一つにこの大臣機密費のお手並み拝見があると云われているもので、歴代の大臣、長官の中には公私混同して顰蹙を買った者も少なくない。角栄は、「君達に任せるから、必要があったらこの中でやってくれ」と見向きもしていない(小林吉弥「田中角栄経済学」参照)。

 こういう面での角栄の実像を知りたければ、以下のサイトを読むべし。

 角栄論
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/)
 田中角栄の思想と政治姿勢、資金源、人脈考
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/sisosiseico/sisosiseico.htm)
 田中角栄と金権政治問題
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/sisosiseico/kinkenmondaico.htm)

 2010.02.26日 れんだいこ拝  

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コメント
 
01. 2010年2月27日 06:19:09
議会制民主主義において"政治は力なり。力は数なり"は、その通りです。

ですが実際には"政治は力なり。力は金(お金)なり"が正しいような気がしますよ。貧乏人が束になってかかっても、革命を起こさない限りは、所詮お金持ちには敵わないのです。

どこにでもお金や権力に追従する人間はいますし、政治の世界ってのは綺麗事とは真逆です。

そのような現実を見据えた上で、なるべく現実を理想に近づける努力をする事が大事なのではないかと思います。現実から目をそらしては、理想をかなえるところか、"理想"という名の虚偽を語る詐欺師に利用され騙されるだけでしょう。

なので、真偽の程はわかりませんが、故・田中角栄氏が"(力)数は金なり"と言ったとしても、別に何とも思いません。実に現実を見据えた言葉だと思います。


02. 2010年2月27日 10:41:33
>>角栄の「政治は力なり。力は数なり」論
その通り! 多くの日本国民は「民主主義」を”理想郷”のように考えているが、民主主義もこの「数式」に当てはまる。だから、昨年の衆議院議員選挙で”民意を追い風”とした民主党が勝利した。
田中角栄氏は一見、”金権政治家”の代表的存在の政治家として語られてきたが、実は、中曽根康弘の方が金権政治家であり、小泉に至っては、金権+売国奴+暴力団員+サディスト+ペテン師+変質者・・である。
「政治は力なり。力は数なり」論は、政治の世界を熟知した頼りがいのある政治家の証しであった。

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