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【植草氏の企業献金全面禁止論についてもの申す】 れんだいこのカンテラ時評703  
http://www.asyura2.com/10/senkyo83/msg/816.html
投稿者 韃靼人 日時 2010 年 4 月 07 日 12:12:41: XfUHcQiPmEZmc
 

http://otd10.jbbs.livedoor.jp/1000013618/bbs_plain
れんだいこのカンテラ時評703 れんだいこ 2010/04/06 20:01

【植草氏の企業献金全面禁止論についてもの申す】

 「植草一秀の『知られざる真実』」の2010.4.5日付けブログは、「企業献金全面禁止反対の政党は金権党である」と題して、企業献金禁止論に言及している。れんだいこは、植草氏の論考には日頃学ばせていただくこと頻りなのだが、こたびの論には首肯し難いのでコメントしておく。
 (ttp://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-fad5.html)

 植草氏は、戦後政治を主導してきた自民党の政治手法が「官僚、大資本、米国」に依存し、マスメディアをも含む利権複合体を形成してきたと分析している。この仕組みを「政官業外電の悪徳ペンタゴン」と呼んでいる。ここまでは良い。その上で「企業献金諸悪の根源論」を唱えている。ここがオカシイ。

 ペンタゴン批判と「企業献金諸悪の根源論」は必ずしも一致しない。「企業献金諸悪の根源論」は一見尤もな指摘のようだが同調し難い。政治資金の実際には企業献金、業界献金、団体献金が考えられる。植草氏が企業献金だけを批判しているのか、企業献金、業界献金、団体献金を纏めて企業献金として一括して批判しているのかはっきりしないが、どちらにしてもこの種の論は臭い。

 なぜなら、幾ら企業、業界、団体献金を禁止しても政治にカネがかかる現実までは変えられまい。だとすれば、問題はあくまでカネがかかる政治構造の方にあり、それを踏まえてどう調達しどう政治するのかが問われているのではあるまいか。どうしても企業、業界、団体献金を禁止するのなら、その代わりの政治資金調達対案を出さない限り意味を為さないのではなかろうか。

 植草氏のこたびのブログは、その対案を出さぬ代わりに「みんなの党批判」にすり替えているように見える。「みんなの党批判」はこの脈絡ですべきではないのではなかろうか。れんだいこには、そこが解せない。論旨が直続しないのだ。植草氏は実践的な対案を出さないまま、「政治の刷新にとって、何よりも重要なことは、大資本=企業のための政治を打破し、一般市民=主権者国民のための政治を実現することである」と述べている。これは日共式のキレイ潔癖型衛生論に過ぎない。衛生論というものは概して一見正当なようで、本質的に反動的な害悪理論である場合が多い。これについては後で述べる。

 植草氏は次のように述べている。「企業献金を全面禁止して政治を一般市民のためのものに純化することは、社会主義化を意味しない。日本国憲法の参政権の規定を純粋に解釈するなら、本来、企業献金は成人一人一票の参政権の基礎を歪めるものであり、認められるべきものでないのだ。企業献金を認めないと金持ちしか政治家になれないとの反論があるが、企業献金を全面禁止したうえで、お金持ちでなくても政治家になれる道筋を確保するための制度を検討して導入すればよいだけのことだ」。

 この論調は少々歯切れが悪い。もっと歯に衣を着せずに云うべきだ。企業団体献金を禁止するとならば、残るのは市民一人一人の政治献金しかない。政治は市民一人一人の政治献金によってのみ担われるべきだと主張すれば良い。しかし、自由自律なアトム的市民を想定しての政治論は机上の空論に過ぎない。植草氏が一党一派を立ち上げれば直ぐに分かる話だが、「市民一人一人の政治献金」によって政治活動費が賄われるのかどうか。消費税反対を叫ぶ連中が消費税以上の政治カンパを要求される仕組みの愚劣さを思いやってみれば良い。

 こういう場合、政治家ないしは政治活動を他人ごとにせず、もし自分が担うことになった場合を想定して考えれば良い。先立つものはやはりカネなのだ。自分は評論活動に徹しており政治活動を担わないので知ったことではないというのでは無責任の誹(そし)りをうけよう。政治言論は実際に有効に機能するものでなくては意味を為さない。植草氏が企業団体献金禁止論を声高にする以上、「お金持ちでなくても政治家になれる道筋を確保するための確かな制度」を具体的に提起せねばなるまい。

 植草氏は次のように述べている。「『政治とカネ』の問題が取り上げられ続けてきたが、この問題の根幹に、大企業と政治の癒着、『カネのために政治家になる政治屋』の存在があることを忘れてならない。『脱官僚』以上に、『政治と資本の癒着』、『金権政治家の根絶』が大切なのである。『企業献金全面禁止』に反対する国会議員はすべて、程度の差はあるにせよ『金権政治家』であると見て間違いない」。

 この論調で行くと、田中角栄の場合にはどうなるのだろう。日共と同じように諸悪の元凶論で批判するのだろうか。れんだいこの知るところ、角栄は、紐付きの財界からの政治献金を極力避けた。代わりに調達したのが自前調達の資金であり、刎頚の友・小佐野から借りる場合もあった。あるいは角栄が公共事業振興派であったことにより自ずと潤った業界、企業からの政治資金が集まった。あるいは旧財閥系に対抗する形で勃興しつつあった新興勢力からの政治資金が集まった。それらは強制でも受注見返りでもなかった。角栄を研究して判明することは、角栄政治を支持するいわば企業、業界、団体の自主的な政治カンパであった。ここがボンクラ政治家のそれと一味もふた味も違うところである。角栄は、この資金を潤沢にするシステムを作り上げることにより後顧の憂いなく信念に基づく政治を展開した。先ほど亡くなった佐藤昭が金庫番を務めていた越山会が取り仕切っていたのだが、れんだいこには角栄の政治活動総体が議会制民主主義下の政治家の鑑のように思える。

 こういう場合、その政治資金調達方法だけを採り上げて、企業、業界、団体献金を受けているから政治家失格として、金権政治家のレッテルを貼って批判轟々するべきであろうか。植草氏がイエスと云うのなら、れんだいこの認識と根本的に交わらない。れんだいこは、政治にカネがかかる現実の下で、自己の信ずる政治を貫徹する為に必要な資金を調達する政治家は、そのことだけで批判されるべきではなく、要は彼が資金を手元にどういう政治を執り行ったのかで総合的に評価されるべきだと考える。外国勢力、財界からの紐つき政治資金と自前調達型のそれとは質的に区別されるべきだと考える。

 従って、次のような結論にはならない。「この意味で、『みんなの党』が一般市民=主権者国民の側に立つ政治グループであるのかどうかを判定する基準として、『企業団体献金全面禁止に賛成』であるか否かをぜひ確かめていただきたい。『企業団体献金全面禁止』に反対する政治グループは『金権政党』であるとの基準を置いて、今後の政界再編に向けての動きを観察するべきだ」。

 こういう見立ては、主観的にはどうであれ、実践的には何の役にも立たずむしろ反動的なそれでしかない。「政治に於けるカネ」は政治のダイナミズムを担保するものであり、人が空気を吸って生きているのと同じ意味で必要な政治に於ける血液のようなものである。これを絞ると政治は活力を失う。資金栓を絞るほどなるほどキレイ潔癖かも知れないが、政治家の活動域が狭まり、結果的に却って有害なものになる。それが証拠に政治資金不足で音を上げている政治家、政党、それら予備軍が五万といるではないか。その結果、補助金狙いの政治家、政治活動ばかりになっているではないか。

 問題はあくまで、政治資金をどういう具合に工面するのか、工面した資金を元手にどういう政治を行うのかが問われている。出てくる結論は、個人献金良し、業界献金良し、団体献金良し、企業献金良しではなかろうか。但し、それら全てをガラス張りにせねばなるまい。故人献金なぞあって良い訳がない。政治献金隠しは悪質と認定されねばなるまい。その上で、過度の族議員化を防ぐ手立てとして上限論を設定すれば良かろう。この適正な数値を設定することこそ叡智なのではなかろうか。議論はここに向かわなければならない。この必要な議論に背を向けさせる企業団体献金全面禁止論は、この叡智に対する冒涜であり、適正値考究を妨げる意味で反動的害悪な理論でしかない。

 こういう例は天下り問題にも通底する。一体、天下り全面禁止論は無謀無意味なのではなかろうか。我々が要求しているのは天下り全面禁止論ではなく、官僚の高級制天下りであり、退職金のウグイスの谷渡りの禁止である。その気になれば、有料高速道路の料金底額化と同じで直ぐにでもできるものである。その直ぐできることをやらず、議論を二者択一式に上程し長談議へと誘い、そして結局何もできない。

 さて結論。企業団体献金全面禁止論、天下り全面禁止論、有料高速道路無料化論を二者択一式にせぬ方が良い。できるところから、よりましな、漸次見直しできるような、より具体性実効性のある論を提起し、即実行すべきではなかろうか。我々はそれを望んでいる。饒舌長談議は体に悪い。政治を遊びにしてしまう。

 2010.4.6日 れんだいこ拝


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企業・団体献金は、政党本部にだけできるようにし、議員に分配する場合は、すべてガラス張りにする、というのはいかがでしょうか。

 

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コメント
 
01. 2010年4月07日 17:29:41: e7714

企業献金を無くすという条件で、政党助成金を作ったのに、二重取りをいまだに続けている。 

一般社会ではこれを詐欺と言う。


02. 2010年4月07日 18:32:02: BZO6r
問題は、企業献金と同等以上の規模で、国内企業等以外の組織からのカネの流れがあること。そしてそれを無視して論議すること。

03. 2010年4月07日 20:53:51: U9Cqqk3u4g
01さんと同じ意見
企業献金全面禁止で植草氏の述べたように金がなくても政治家になれるように制度を変えればいいのです。供託金制度とか、戸別訪問の解禁とかネットでの選挙活動の解禁など

04. 2010年4月07日 21:04:47: CszdAI8sNg
政治家は公務員なので政党助成金を増やして全部税金で活動させたらいいのでは?
多額のお金を企業などからもらうと、どうしてもそっちのほうにいい顔をしてしまうと思う。

05. 2010年4月08日 10:32:10: Zuo9mHMINl
れんだいこ氏の言ってる意味は判るが、額の多い側に顔が向くという人間の習性の問題をどう考えているのかということだ。そのことを防ぐ提言が無い。
つまり金を貰ったり世話になったりすると人間、世渡り人生を送ってきた者ほどそちらに顔が向くという救い難い習性があるということだ。
政治家を目指す人間は、そうした処世術で社会的知名度や地位を築いてきた者が大部分だから、よほど崇高な志を持った人物で無い限りにその傾向はなおさらである。
植草氏はこのことを問題にしている。つまり献金額の極端な格差が問題なのだ。その象徴が大企業による多額な企業献金である。
大企業など資金豊富な一者が他の献金者より多額な金を献金すれば結果は火をみるより明らかだ。献金は義務ではないのだから植草氏も指摘している通り、献金する側は見返りを期待しているからこそ出すのであって、当然献金額に見合った見返りを期待する。
それを防ぐには多額を出す大企業や特定団体の献金はまず全面禁止して額の横並び化をすべきだと思う。政治家は多額の資金が必要というが、遊びが実態化してるような視察名目の外遊や会食など無駄遣いの「事業仕分け」も必要だ。そして特定業界・団体の利益誘導に繋がる政治的行為に対しては厳しい法整備をすることが必要だ。そのうえで資金調達の方法や政党助成金の再考をすべきだろう。大企業の多額献金などなくても個々人の政治活動はやっていけると私は思う。そもそも大企業の多額の献金などは自民しか入らなかったのだから。自民的政治活動は見直せということである。
植草氏の念頭にあるのは多額の献金を出す大企業等の献金全面禁止だと理解している。

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