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なんと、全生庵で講演しました =夢か現実か。「赤報隊」体験ゲーム= (鈴木邦男)
http://www.asyura2.com/10/senkyo85/msg/844.html
投稿者 ダイナモ 日時 2010 年 5 月 07 日 23:29:56: mY9T/8MdR98ug
 

http://kunyon.com/index.html

@経済エリートの前で講演した

4月26日(月)、「谷中政経塾」で講演してきました。「松下政経塾」と名前が似てますね。こちらも、政治家を目指す人もいる。でも、もっと幅が広い。大手銀行、証券会社の人。若手官僚。…など、普段、私が付き合いのない人だ。日本経済を支えるエリートたちの集団だ。そこに呼ばれた。そして、「愛国心」の話をした。
場所は谷中(やなか)の全生庵だ。初め、全生庵と聞いた時に、ギクッとした。でも、もう時効だ。大丈夫だ。それに好奇心もあった。
全生庵は由緒あるお寺だ。幕末、国に殉じた人々を弔うために山岡鉄舟が開いた。だから、鉄舟のお墓もある。又、三遊亭円朝のお墓もある。玄洋社の頭山満、田中清玄などもよく訪れていた。右翼・民族派とは関係の深い寺だ。元血盟団で、その後、「政界の黒幕(フィクサー)」「歴代首相の指南役」といわれた四元義隆とも縁が深い。四元はよくこのお寺で座禅を組んでいた。
又、その四元の勧めで、中曽根康弘元首相もよくここに来て座禅を組んでいた。
あるテロリスト集団が、どこでこの話を聞きつけたのか、「よし、座禅中の中曽根を殺(と)ってやろう」と思った。赤報隊だ。朝日新聞阪神支局を襲撃し、記者1人を殺し、1人に重傷を負わせたグループだ。その後、朝日の支局や社員寮などを執拗に狙い、爆弾を仕掛け、ライフルを発砲している。しかし、捕まらない。なぜ、捕まらないのか。

「それは鈴木さんが庇ったからです」と元刑事の北芝健は言う。ギクッとしたが、私にそんな力はない。買い被りだ。ただ、捜査の眼をこちらに引きつけた(結果的にそうなった)。そして、その隙に赤報隊はマンマと逃げのびた。そういうことはある。私は何もしていない。無実だ。

赤報隊は、さらに事件を重ねる。リクルートの江副の家に発砲し、中曽根元首相を殺そうとした。谷中の全生庵で中曽根を殺そうとした。しかし、厄介な事がある。「政界の黒幕」「首相の御意見番」の四元義隆もいる。どうする。「その時は2人とも殺る」と赤報隊は言っていた。いや、言っていたらしい。元血盟団の四元をも殺ろうと思ったのだ。
テロリストの先輩(四元)に対する尊敬の念すらない。「一人一殺」「一殺多生」の血盟団に対しても、何とも思ってないのだろう。だから、赤報隊を庇った男は思った。「乾いたテロリスト」だと。
そして思った。「こいつは右翼ではない」とピンと来た。


A前に来たことがある。ような…

でも私は、ずっと「赤報隊」の容疑者にされていた。何度も別件逮捕され、何十回もガサ入れされた。マスコミからも何百回も取材された。「お前だろう」「お前に違いない」「実行犯でないとしても黒幕だろう」と言われた。ずっと言われ続けると、段々とそんな気になってきた。どっかで関係あるのかもしれない。あるいは、記憶は霧の彼方に消えてしまったが、本当は私がやったのかもしれない。
「犯人は犯行現場に戻る」と言われている。見えない手に導かれて、私は全生庵に来たのかもしれない。そういえば、この門も、その玄関も見覚えがある。裏手のこの狭い階段を昇って私は中曽根を殺しに来たのだ。と、記憶が甦った。馬鹿な。そんな筈はない。幻覚だ。幻視だ。それに、「その日」は私にアリバイがある。「この日、中曽根を全生庵で殺ります。だから鈴木さんはアリバイを作っておいて下さい」と言われたのだ。いや、そんな筈はない。これも幻覚だ。
しかし、赤報隊が中曽根を殺しに来たのは、いつだったのか。調べてみた。『赤報隊の秘密』(エスエル出版会)という本だ。赤報隊の全てが書かれている。誰が書いたのか。きっと〈黒幕〉だろう。

年表を見てみる。昭和62年(1987年)5月3日、朝日新聞阪神支局を襲った赤報隊は記者1人を射殺、1人に重傷を負わせて逃走した。23年前だ。それ以来、名古屋の社員寮、静岡支局などを襲っている。そのたびに我々がやった。こういう理由でやったと犯行声明文を出している。そして、昭和63年に奇妙な「犯行声明文」を出す。
中曽根前首相に脅迫状を送り、「62年2月27日に座禅中の中曽根を狙ったが、果たせなかった」と書いている。これは、衝撃的だった。今までは事件の直後に声明文を出している。
ところが、これは脅迫状だ。そして、「実は1年前、お前を狙った。殺そうと思えば殺せたんだよ」と言っている。そして、「殺されたくなかったら、これこれの事を実行しろ」と脅迫している。では、その脅迫状を紹介しよう。昭和63年3月11日に中曽根に届いたものだ。

〈拝啓 わが隊は日本民族の裏切りものを処刑するためにある。貴殿は総理であったとき、靖国参拝や教科書問題で日本民族を裏切った。英霊はみんな貴殿をのろっている。
 わが隊は去年2月27日のよる 全生庵で貴殿をねらった。うしろのかいだんからのぼってあとすこしで殺せたが 警官がおおかったので 中止した。
 今日また朝日を処罰した。つぎは貴殿のばんだ。わが隊は処刑するまで追いつづける。貴殿が病気で死ねば むすこをねらう。
 もし処決リストから はずしてほしければ 竹下に圧力をかけろ。貴殿のあやまちとおなじことをさせるな。竹下のやりかたをみて はずすかどうか決める。日本人であることを忘れるな。
2648年 3月11日
赤報隊一同〉


B黒幕と黒幕の暗闘があった!

「2648年」というのは皇紀のようだ。右翼でも使わない。皇紀をワザと使っている。何か意図的なものを感じる。それに、これは赤報隊の声明文の中でも〈異例〉だ。「一年前に狙った」と言っている。何故、1年も前のことを、わざわざ言っているのか。殺ろうとしたが、わざと殺らないで、恐怖だけを与えて、「言うことをきかせよう」としたのか。あるいは、暗殺に失敗したのか。それが悔しくて、1年も経ってから、「実は」と言っているのか。
事実は後者だ。赤報隊の実力ならば、殺せた。ただ、脱出路がない。赤報隊は常に「脱出路」を用意した上で、全ての犯行を行っている。まるで「ゴルゴ13」のように。だから「乾いたテロリスト」であり、いわゆる「右翼」ではない。従来の右翼なら、当然にやっている。たとえ、それで自分が捕まり、あるいは警察官に射殺されても本望だと思う。そういう人生のオワリ方こそ、「男の本懐」だと思う。
ところが、赤報隊には、そうした〈右翼的心情〉がない。いや、そんなウェットな世界を超えている。又、赤報隊の「指南役」「黒幕」に止められた。という説もある。殺人者とはいえ、これだけの事が出来る人間は今までいなかった。この人間を捕まらせたくはない。黒幕はそう思った。「中曽根なんかよりも君の方が大事だ」と、テロリストに肩入れした。「少しでも危なかったら中止しろ」と言った。

又、「現職中の首相を殺る。そのことの効果は大きい」と決意していた赤報隊に、「いや、それではリスクが大きすぎる。首相をやめて、ガードが少しゆるんだ所を狙え」とアドバイスした。
この「声明」の中で、「今日また朝日を処罰した」と書いている。この日は、朝日新聞静岡支局に爆弾を仕掛けていたのだ。だからこそ、この「声明」はリアリティのある、不気味なものとなった。又、「貴殿が病気で死ねば むすこをねらう」という。こんな発想は「右翼」にはない。それにもかかわらず、公安は「右翼だ」「新右翼に違いない」と、その方面だけを捜査した。何十回と別件逮捕し、何百回とガサをかけ…。その中で必ず赤報隊は見つかると思った。ところが全く手掛かりもない。新右翼に公安の眼を引きつけて、赤報隊はマンマと逃げのびた。

もう一つ、この「声明文」について重大なことがある。昭和62年2月27日に座禅中の中曽根を狙ったという。実は、朝日新聞阪神支局を襲い、記者を殺したのは、昭和62年5月3日だ。つまり、記者を殺す前に、中曽根を殺そうとしたのだ。つまり、中曽根を殺せなかったので、ターゲットを移して、朝日の記者を殺した、とも言える。朝日の記者にとっては不運だった。

赤報隊は、10件近くの事件を起こしている。しかし、その原点となるものは「阪神支局襲撃」だと思われている。「赤報隊事件」と一般的に言う時は、この「記者殺し」の事件だけを言うことも多い。しかし、違うのだ。本当は「中曽根暗殺(未遂)」が本命だったし、これが原点だったのだ。
黒幕にしても、この直後によもや記者殺しに方向転換するとは思わない。だから、安心して、「中曽根殺し」の指南をした。中曽根には元テロリスト(血盟団)の四元義隆が付いている。「黒幕」と「黒幕」の闘いだ。そして黒幕同士は生涯、会うこともなく、すれ違い、生を終えた。「近世名勝負物語」かもしれない。あるいは、「影」と「影」が闘う、忍びの世界のようでもある。


Cあの頃は、「政界の黒幕」に敵対していた

一般の人には知られない、そんな闘いがあった。その〈現場〉の全生庵に行ったのだ。そんな「黒幕」「指南役」同士の暗闘など全く知らない。でも、「犯人は必ず犯行現場に戻る」と言われている。しかし、私ではない。今までの話だって、「推測」だ。関係者のまた関係者から聞いた話から、推測したのだ。
「あの時は大変でした」とご住職さんも言う。「声明文にある通り、裏の階段から昇れるし、下見に来たことは間違いないでしょう」と言う。中曽根は、首相在職中から、よく全生庵には座禅に来た。地方に行って帰京し、その足で、急に寄ることもある。しかし、警備のお巡りさんは大変だ。お寺の周りをびっちりと警備し、「私でも入れなかった位です」とご住職さんは言う。その当時は高校生だったらしい。
そんな激動の現場、昭和史の現場で、私は呼ばれ、「愛国心」について講演したのだ。しかし、よく私ごときを呼んでくれたと感謝している。「赤報隊」の容疑者なのに…。それに、今までの講演者は、錚々たる人々だ。政治家、作家、ジャーナリスト、大学教授…と。私のようなドロップアウトした人間はいない。私よりも、聞いてる人の方が日本の政治、経済についてよく知っている。その人たちに話してもらった方がいい。そう言ったのだが、ダメだった。

それで覚悟を決めて喋った。社会のエリートの人ばかりだから、生きてる「右翼」を見ることもないだろう。見てみたい、話を聞いてみたい。そんな関心もあるのかもしれない。だから、私が右翼のバリバリだった頃の話からやった。又、60年安保、70年安保の話。三島事件と森田必勝。そして一水会などの歴史も話した。
「なぜ右翼はテロを肯定するのか」「なぜ右翼は怒鳴るのか?」という素朴な質問もあった。「現場で怒鳴っていては、かえって誰も聞いてくれないだろう」と言う。考えてみると当然だ。でも、昔は、そんな当然のことすら分からなかった。「右翼はこうあるべきだ」と、自分で自分を型に嵌めていた。又、あえて「理解」など求めてなかったのかもしれない。そんなツッパッテいた若き日を思い出しながら話した。
中には、私と同じ位の年の人がいた。「1960年の山口二矢(おとや)の事件の時は中学3年でした」。という。「それから、二矢(おとや)とあだ名が付きました」と言う。当時、中、高生だった「山口君」は皆、「二矢」と呼ばれたのだろう。1960年は右翼少年・山口二矢が浅沼社会党委員長を刺し殺した年だ。その時から、社会党の凋落は始まったのか。だとすれば、テロは効果があったのか。

三島由紀夫は「民主主義にテロは必要だ」と言った。テロがあることで政治家は身を正すと。そんな効果はあるかもしれないが、だからといって「テロが必要」だとはいえない。全生庵に関係のある人で四元義隆という人がいる。元血盟団の人だ。
…と、四元の話をした。そして、四元の同志、重信末夫(重信房子の父)の話もした。その四元は、戦後は、テロを否定し、「政界の黒幕」「首相の指南役」になった。テロを否定しても、偉くなる人もいるし、ダメになる人もいる。さまざまだ。
「じゃ、その四元義隆をどう思ってますか?」と質問された。私が、バリバリの右翼の頃は、「敵」だと思っていた。少なくとも戦前はテロリストだったのに、それを否定して、政治の世界に入り込み、〈黒幕〉になるなんて許せないと思っていた。児玉誉士夫のように、右翼を集めて、その集団の圧力をバックにして政治家に睨みを効かす、というのなら分かる。これなら現役の活動家だ。ところが四元にしろ安岡正篤にしろ、右翼からは遠く離れてしまった。そして、政治家とくっついて、その黒幕、指南役になっている。これはおかしい。初心を忘れてると思った。だから、会いたいとも思わなかった。

しかし、今は、少し違ったことを考えている。四元、安岡は、戦前の非合法闘争をやるだけやった。トコトンやった。そして、それではダメだと思った。だから、下手に未練を持たずに、方向を変えた。本来ならば、右翼テロリストとして倒すべき政治家たちだ。でも、その政治家たちの内部に飛び込み、内部から変えようとした。政界の〈黒幕〉と言われてもいい。「首相の指南役」と言われてもいい。そんな覚悟だったのではないか。そんな風に、彼らの核心を推し量っている。だから私も、勇気を持ってそうした〈黒幕〉たちの内部に飛び込み、話を聞いておくべきだったと思う。本音を聞いておくべきだったと思う。重信末夫さんには会って聞いたのに…。
血盟団の小沼正や、2.26事件の末松太平などには会って聞いたのに。それに、テロリスト、運動家として、彼らは「一本の道」を進んだ、と思ったからだ。でも、四元、安岡は違う。方向転換した。そう思った。彼らの方向転換を理解できなかったのだ。それは返す返すも残念だと思う。そして、赤報隊事件では心ならずも敵対してしまった。
 

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コメント
 
01. 2010年5月08日 00:16:37: B7imjkSuEo
テロの実行犯に知り合いなどはいないけれど、戦前の昭和初期に殺されてしまった人材を考えると、テロと言う行為が日本の国益につながったとは考え難い。 日露戦争の勝利の後、テロではなかったとしても大正初期のシーメンス事件にかこつけた山本権兵衛氏の失脚が、日本の曲がり角だったような気がしている。 テロで失われた原啓・浜口・高橋・犬養・斉藤は惜しい人材だったと思う。 彼等よりも前にハルビンで殺された伊藤博も日本にとって大きな損失だった。 明治日本にとってなら、大久保・西郷は殺され方は異なるが惜しむべき人たちだろう。 戦前の日本での大事件だった軍の統帥権干犯というデマゴギーを議会でもてはやしたのは、今の鳩山首相の祖父にあたる鳩山一郎氏だったことも忘れられないことである。 同じ様に祖父が首相を勤めた麻生前首相がぼろくそに批判されていて、鳩山由紀夫首相があまり批判されていないのは何故だろうかと考えてしまう。 とにかくテロによって人材を抹殺するのは間違いだと思うのだが。 N.T

02. 2010年5月08日 06:12:46: zUW6JE6Y3o
最近の政治板の中では良い投稿だと思います。

03. 2010年5月08日 09:42:57: pLbxjwZicQ
血盟団事件の黒幕=真犯人は暗殺リストの中にいる、と私は考えています。

赤報隊事件の黒幕も、ターゲットでありながら生存している
大勲位がアヤシイということになりますね。


04. 2010年5月08日 09:46:11: EjDXcObFNw
以前、鈴木邦夫氏に”民族派と右翼とは違うんじゃないですか?”と訊ねたところ、キョトンとした。 この時、ああやっぱり、ダンカイはダメだな、、とは思わなかったが(笑)、戦後(政治)の呪縛の強さを感じたものだった。 そんなことだから、「真犯人」の像もぼやけたままなのだろう。

大急ぎで朝日新聞はもみ消したが、真相に一番近付いたのが例の週刊「新潮」で名乗り出た人物であって、「事件」の本質は、マフィアを使っての米大使館員(CIA所属)の指示によるものと、連携して動いた元「軍人」による撹乱行動であった、というものだ。


05. 2010年5月08日 10:04:23: EjDXcObFNw
付け加えておく。

この島村なる人物が何故告白したのか?おそらくは、日米共に、「政権交代」に向かう政治の潮流の変化を、彼なりに感じ取ったのだろう。

なお、この事件の構図を、もっと大規模な形にして起こしたものが「サリン事件」である。


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